白む空に燻る紫煙　---〆

( 相手が二週間の休暇を取る事になり署内で顔を合わせる事は無くなった。代わりに担当となった刑事とはそれなりに上手くやり、聞き込みの最中で何故か意気投合し仲良くなった日系アメリカ人の女性はいろいろな情報を提供してくれて、仕事の愚痴や悩みまでもを話してくるようになった。犯人も絞り込む事が出来ていて後は聴取を経て逮捕に踏み切る。何もかもが問題無く進んでいた、はずだったのに。＿＿逃げきれない事と自分に不利な情報を警察に提供したと踏んだ犯人があろう事か日系の女性を刺殺したのだ。あまりにずさんでお粗末な犯行に速攻で逮捕はされたものの事件の結果的には更なる犠牲者を出して失敗。自分が彼女と仲良く話していた所を見られたのだろう、だから犯人に目をつけられた。後悔や言い様のない怒り、『お前のせいじゃない』という同僚の言葉すら何も届かない。頭が真っ白になり音が遠くに聞こえる感覚の中、涙も出ないのだ。＿仕事をしなければ。次の仕事は完璧にやり遂げなくては。職場では何事も無かったかのように振る舞う努力をすれど、ご飯の味はよくわからず、頭には楽しそうに笑う女性の声が響き、次第に上手く眠る事が出来なくなってきた。＿寝室の壁に掛かる時計をぼんやりと見上げて思うのは休暇を取っている相手の事。思わず伸ばした手がスマホを握り締め微かに震える。通話のボタンを押したいけれど夜も遅くきっと相手は休んでいる、その葛藤の中膝を抱え蹲り )

　





（　強制的に休暇に移行した為、途中まで追っていた事件の進捗や情報がプツリと入らなくなるのは想像以上にもどかしい物で。事件の結末を知る事も無く家でただ時間を過ごす日が続き、その夜は少しのアルコールを摂り気付けばソファで眠りに落ちていた。__また例の夢に苛まれ目を覚ましたのは日付を跨いだ深夜、浅くなる呼吸を整えつつも起き上がり、グラスに残ったワインを飲み干して深く息を吐く。悪夢はいつも、瞼の裏に嫌な色を焼き付けて直ぐには消えてくれない。身体に倦怠感が纏わり付いて直ぐに再び眠りに着く事も出来ず、徐に棚の上に置かれた煙草の箱に手を伸ばして。普段吸う事はない為1箱を空にするにはかなりの時間が掛かるが、こうして嫌な夢に叩き起こされた夜、眠れない時に気を紛らわせる為だけに吸う事があった。火をつけたそれを浅く咥え、吐き出す煙が立ち昇って行く様子をぼんやり眺めつつソファに身体を預けて。　）





　

( もし相手がちゃんと眠れていたら、こんな時間に電話なんて非常識にも程がある。明日は非番なのだ、お昼位に電話を掛けてご飯を一緒に食べたいと言えばそれでいいではないか。頭ではわかっているのに心が着いて来ない。無理矢理気持ちを抑え付ける事が出来ない程には打ちひしがれている。スマホをきつく握り締め抱えた膝に顔を埋め微動だにしない事数分、重たい頭を持ち上げ静かに顔を上げればこの事件の結果の不甲斐なさと相手に電話を掛けたいという気持ちが抑えられない事に一度泣きそうに表情歪めて。＿＿結局親指は通話のボタンを押す。呼び出し音が鼓膜を震わせ重苦しい頭に響くその時間はとても長く感じた。後1コールで出なければ切って眠る努力をしよう、そう決めた時に相手の声が届けばあっという間に双眸には涙の膜が貼り、ぐ、と息が詰まる感覚に上手く言葉を紡ぐ事が叶わず数秒の沈黙を経た後「…エバンズさん、」と震える唇で相手の名前を呼んで )

　





（　不意にテーブルの上に置いたスマートフォンが振動し、画面が明るくなる事で着信を知らせた。こんな時間に誰がとそれを手に取れば、表示されているのは相手の名前。事件に関する報告、或いは確認事項だとすればこんな時間に掛けてくる事は無いはずだ。灰皿に吸いかけの煙草を置いてから電話に出るも直ぐに声が聞こえる事は無く、一瞬何かの弾みで掛かってしまった間違い電話かと思ったものの、電話の向こうから聞こえる小さな息遣いがそうでは無い事を知らせて居た。沈黙の後に耳に届いた自分の名前を呼ぶ声はいつもと違い酷くか弱く何かを押し殺す様に震えていて、何かがあった事は明らかで。「___どうした、」静かにその問い掛けを紡いだものの、相手の言葉を急かす事はせずに居て。　）





　

( 鼓膜を震わせたのは酷く静かで落ち着いた、それでいて優しさをも含んだような声。こんな時間に何を考えているんだと怒られる事も、明日にしてくれと切られる事も無かった。勿論相手はそんな人じゃないとわかっているが機械越しであっても繋がっていると言う事に言い様のない安心感と溢れる涙が止められない。言葉を紡ごうとして辞め、ギリ、と奥歯を噛み締め息を飲み、また唇を開きかけて辞めてを数回繰り返した頃には相手にも泣いている事がわかってしまっただろう。『だうした』の問い掛けに大きく息を吸って少しでも落ち着こうと試みてから「エバンズさん」と再び相手の名前を呼んだ後、「助けて…っ」と結局震えを抑える事の叶わなかった唇で言葉を絞り出すように告げて。 )

　






（　一頻り泣いて、少ししてはにかんだ様に笑ういつもの涙ではない事は電話越しにも伝わって、震える息遣いが直ぐ近くで聞こえている様に思える。胸に渦巻く悲しみ、恐怖、後悔、そう言った類の感情が行き場を喪った時に、人はこう言う泣き方をする。相手が自分のペースで言葉を紡ぐのを待っていると、振り絞る様にして助けを求める言葉。何か言葉を紡ごうとして一度止める、相手が自分に助けを求めるのは“頑張ってもどうしても立ち上がる事が出来なくなった時”だと言う事は知っていた。何があったのか、と言う問いを重ねて投げ掛ける事はせず「……ミラー、今何処に居る。」と、もう一度静かに問い掛けた。今相手が自分に救いを求めて居る事は疑い様の無い事実、苦しい時に誰かが側に居る温度が救いになると言っていたのも相手だ。住所を言え、と言葉を重ねて。　）





　

( 助けて欲しい。兎に角助けて欲しい。本当は自分があの女性を助けなくてはいけなかったのに、それが出来なかったのに自分だけはこの苦しみから助けて欲しいと願うのか。本来ならばこの先明るい未来が待っていた筈なのに、美味しい物を沢山食べて沢山恋愛もして＿＿“助けて”と口にした事で次はそんな自責の念が大きくドス黒く胸の奥の奥で渦を巻き、喉の奥がきゅうと締め付けられる感覚と同時に視界が嫌な歪み方をする。それが涙のせいなのか最早何もわからない。このまま死.んでしまうのではないかという恐怖すらも湧き上がる中でスマホから聞こえる相手の呼吸音や声だけを必死に手繰り寄せ正気を保ちつつ嗚咽で何度も何度も途切れ途切れになる中、必死で住所を伝えて )

　





（　手近にあった紙を引き寄せ、相手が口にした住所を走り書くと「今行く、そこから動くなよ。」と告げて一度電話を切る。続けてタクシー会社に電話を繋ぎ配車を頼むと、煙草を灰皿に押し付けてから立ち上がりコートを羽織って。流石に自分が処方されている薬を相手に飲ませる訳には行かないが、気休めに持っている市販薬であれば万が一の時に役立つかもしれないと念の為それをポケットに入れ、他には財布と携帯があれば十分だろうと家を出る。夜遅い時間の為直ぐ近くを走っていたのであろうタクシーは既に家の前に停まっていて、後部座席に乗り込むと相手の告げた住所を伝えて。---車で10分程で相手の家に到着し、足早にそのマンションの階段を上がって言われた部屋番号の扉を叩く。不安に押し潰されそうな時、1人で耐える苦しさはよく知っている。思わずドアノブに手を掛けると鍵は既に開いていて、相手が出て来るのを待つべきだとは思いながらも扉を開けると室内へと呼び掛けて。　）




　

( こんな真夜中だと言うのに相手は来てくれると言う。言葉にならないまま見えている筈が無いのだが何度も何度も頷いて。電話が切れてからの10分程度の時間はあまりにも長く感じた。真っ暗の中で相手の声を失った今、本当に闇の中へと落とされた気分で恐怖から再び膝を抱えて蹲る。＿＿自身の荒い呼吸だけがやけに煩く響いていた部屋の中で、ふいにドアをノックする音が重なり弾かれた様に顔を上げれば続けて己を呼ぶ声が。勢い良く立ち上がった事でここ一週間程の心身の不調が一気に現れ軽い目眩を起こすもそんなものに構っていられる筈が無い。暗闇の中で何かに足を引っ掛けてそれが床に落ちた乾いた音が聞こえたが勿論気に止める事無く玄関へ。「エバンズさん…っ！」暗闇に慣れた瞳には確りと相手の姿が映っている。子供のように泣き喚き縋り付きたい気持ちを最後の最後に残った理性で押し止めては胸元の服を握り締め「苦しい…よ、」と床に幾つもの涙の雫を落として )

　





（　部屋の中は暗く相手が何処に居るのか目で見て判断する事は出来なかったが、何かが床に落ちる様な硬い音と共に自分の名前を呼ぶ声が聞こえて。服を握り締め、尚も耐える様に言葉を紡ぎ涙を溢す相手が余りに痛々しく、かつて妹が泣いている時それを宥める為にして居た様に、思わずその背と後頭部に手を回して相手を抱き寄せて居た。此の状況を見る限り相手の心にはかなりの負荷が掛かり、1人で立ち上がれるはずが無かった。相手が以前の言葉通り自分に助けを求めて来た事に何処かで安堵しつつ、浅く上下する背中をゆっくりと摩る。背中を摩る掌は、苦しい呼吸を整える糸口になる事はよく知っていた。「ミラー、落ち着け。___大丈夫だ。」何があったかも知らない此の状況で無責任に大丈夫と言う言葉を紡ぐべきでは無いかもしれないが、玄関に立ち尽くしたままその言葉を紡ぐ事が今は最善だと思えて。　）






　

( 両足にありったけの力を入れなければ文字通り立って居られないくらいに何もかもが限界だった。そんな中でふいに視界が相手一色に染まった事で遅れて抱き締められている事を理解する。過呼吸一歩手前のような浅く早い呼吸の中で感じた煙草の匂いが鼻腔を擽り、背中に添えられた手が優しく上下すれば“落ち着け”の言葉には従えない。後から後から溢れる涙が相手の胸元の服を濡らしていく中で幼子の様にしがみつきわんわんと泣き崩れ。＿＿それからどれくらいの時間が経っただろうか。足下がひんやりと冷たさを帯びるのに反比例し密着する箇所はとても温かい。相手の声を復唱するように心の中で何度も何度も“大丈夫”と繰り返し唱えれば何時しか呼吸音は正常を取り戻し、視界こそは歪むも子供のような泣き方も治まりを見せた。息苦しさが遥かに無くなった頃には胸元から静かに顔を上げ泣き腫らした真っ赤な目で相手を見やり )

　





（　此方に縋る様にして泣き崩れる相手が、ただ此の場に崩れ落ちて仕舞わない様に抱き支え背中を摩る事で落ち着けようと試みる。憔悴しきった相手はどれほど心を張り詰めさせて耐えて居たのだろう、苦しさを少しでも吐き出して軽減出来れば良いと。暫くして泣き声が小さくなり幾らか初めより落ち着いたと判断して相手に視線を向ければ、相手も此方を見上げて居て泣き腫らした目と視線が重なる。「…身体を冷やす。上がっても良いか。」この場所に立ったままでは相手も身体を冷やして仕舞うと思えば、部屋に上がって良いかと尋ねて。　）




　

( 交わった視線の中で部屋へと上がる許可を問われれば静かに頭を縦に動かす事で構わないと告げ。その後視線を外しゆっくりと相手から離れては冷えきった足で部屋の中へと戻り、リビングの電気を一番暗い明かりで灯して。部屋の中が明るくなった事で先ほど倒したのがテーブルに置きっぱなしにしていたミネラルウォーターのペットボトルだと言う事がわかった。それを拾い上げ同じ場所に置き直しつつ二人掛け用のソファの端に腰を下ろす。たっぷりの時間の後静かに唇を開けば先ずは「ごめんなさい」の謝罪を。それには夜中に電話をした事、来させてしまった事、子供のような姿を見せた事、服を濡らしてしまった事、その他様々な意が篭っており。重たくなった目蓋を持ち上げた赤くなった瞳の下には此処数日間上手く眠れていなかった事を表す隈が浮かんでいて、「私、ちゃんと出来なかった…」と零した言葉には有り有りとした後悔が滲み出て )

　




（　相手の許可を得て部屋へと上がり、少し明るくなった室内で見る相手の姿はやはり痛々しい物。暫く1人で耐え忍びどうにも立ち行かなくなって助けを求めて来たのだろう、眠れて居ない事も心の状態にも、せめて自分が署に居れば気付けただろうに。相手からの謝罪には首を振る事で、気にして居ない事を伝えて。ソファに腰掛ける相手を見下ろしつつ、想定して居たとは言え紡がれた言葉から事件に関する事だと確信すると「…何があった、」と尋ねて。相手の様子からして、何かのミスや予期せぬ事態が起きた事は分かり相手を真っ直ぐに見据えて。　）




　

＿＿私が…事件の捜査中に仲良くなったから…、犯人捕まえる寸前だったのに…っ、
( 此方を真っ直ぐに見つめる射抜くような視線は署内の誰もが見せる哀れみや腫れ物に扱うかのようなものでは無い。それが今は酷く心地良い。話始めようとすれば頭が、心があの日の事を思い出したく無いと拒絶するように霧がかるのを懸命に振り払い途切れ途切れの言葉を紡ぐ。僅かに頭を下げぼんやりとした視線でテーブルの縁を見つめながら「…リーさんっていう女の人、捜査に凄く協力してくれて仲良くなったの。まだ事件解決した訳じゃ無いのに、彼女とご飯も食べに行って……犯人捕まえる前に殺された…。っ、私が、浅はかだったから！私と仲良くしてる所を偶然見て、彼女が私にいろんな情報を提供したって知ったからそれに腹が立って殺したって言ってた…。＿＿犯人が供述でそう言ったんだよ？誰がなんて言ったって私のせいなのに…っ、皆違うって言う…。違うはずないじゃん…。だったら彼女は、遺された家族は誰を責めたらいい？不運でしたねって、そう言って慰めるの？原因がちゃんとあるのに！」殆ど虚ろな目で前半を、徐に顔を上げたかと思えばやり場の無い自身への怒りや失望をまるで八つ当たりするかのように間違いだとわかっていながらぶつけて )

　





（　相手から語られた事実は、その心を容易く折ってしまう事が分かる程に重たい物で、もう1人の犠牲者が出たのかと黙ったまま足元に視線を落として。警察に情報を提供した者が逆恨みに合って犠牲になると言う事は、残念ながら稀に起き得る。相手は何も悪く無い、運が悪かっただけだから忘れろと言う事は容易いが、こういう時の後悔や罪悪感はそう簡単に拭い去る事は出来ない上に、幾ら自分の所為では無いと言われた所で納得する事など出来ないと言うのは身を持って感じている事。ソファに腰を下ろすと何から伝えようかと少し思案してから口を開き。「__お前が自分で分かって居るように、捜査の進め方に関して改善する余地が無いとは言わない。ただ、取り分けて杜撰な捜査だった訳でも決して無い。…ひとつ言えるのは、お前は彼女から無理矢理情報を聞き出したりはしていないと言う事だ。被疑者の事を知っているなら尚更萎縮して話さない人が多いが、お前になら話しても良いと信頼されたから彼女は進んで事実を話した。刑事と接触する事に危険が伴うとは彼女も分かっていたはずだ。…大切な人を奪われ行き場を無くした感情は確かに此方に向き咎められる事があるが、自分にも非があると感じるなら尚更、誠意を持って最後まで事件に関わる他俺たちの立場で出来る事は無い。___責任が全て自分にあると思わなくて良い。」相手の心に寄り添う様な優しい言葉では無く感じるままに、それでも誠意は持って言葉を紡いで居るが、冷淡だと捉えられるかもしれない。相手の心をこれ以上掻き乱す事にならなければ良いと思うのだが、此れが正しい寄り添い方なのかは自分でも分からずに言葉を落として。　）






　

( 相手が隣に腰を下ろした事でスプリングが軋むのを感じる。感情に任せた八つ当たりだと言う事を遅れて理解し己は何をしているのだと項垂れ再び謝罪を紡ごうとするも、それよりも先に相手の言葉が室内に静かに響いた。膝の上で固く両の拳を握り締め一度は持ち上げた視線を再び下げて聞き続ける中で止まった涙がぽた、ぽた、と拳の上に落ちたがこの涙は先程までのとはほんの少しだけ違う。己と最後まで事件を共にした訳では無いのに相手には何故こんなにも見ていたかのように気持ちがわかるのか。一緒に組んだ男性刑事ですらひたすらに『お前のせいじゃ無い』だけを繰り返したのに相手が伝える言葉はそれだけでは無く己を再び立ち上がらせる強い熱がある。聞く人が聞けば100%の寄り添いでは無い冷淡にも思えるかもしれないが確かに救われるのだ。＿＿彼女が死んだ事は紛れも無い事実で幾ら願い嘆いた所でもう二度と戻っては来ない。それはどうする事も出来ないのだ。でもだからこそその後遺された遺族や彼女自身にどうやって向き合うか。時間は掛かるかもしれない。何度も何度も思い出すかもしれない。それでも…「エバンズさん。私、明日お線香あげに行って来る。遅れちゃったけど、ちゃんと謝ってくる。」隣りに座る相手に視線を向けて絞り出した言葉は少しずつでもこの状況に向き合い、再び立ち上がろうとする小さな小さな火種が見え隠れしていて )

　





（　涙を溢しながらも、それは己の無力さや不甲斐無さに打ちひしがれて流れる物では無さそうでほんの少し安堵して。顔を上げた相手の瞳を見据える、心が壊されてしまったかの様に虚な色は幾分落ち着き、先程までは見えなかった確かな光が小さくもその瞳に宿るのを見た。相手の決意とも取れる言葉に頷いて「今出来る全ての事にベストを尽くすと、後悔しない様に彼女と遺族に伝えて来い。」と告げて。家族が被害者となった時、此方を罵る親も居れば、ただ泣き崩れる親、理性的に丁寧に対応してくれる親も居る。時間が経ってから、あの時は責める様な事を言って申し訳無かったと頭を下げた人も居た。大切な人の死を前にどれが正しいとも言えない事なのだろうが、自分達はただ誠意を込めて向き合う事が唯一の正解と言えるはずで。___最もらしい事を口にしながらも、自分には最後まで向き合いきれなかった遺族が居た事は事実。途中で彼らが命を絶ってしまったからだったが、あの様な事は二度と、もう目にはしたくない。「…そういう失敗はどうしても、ほんの小さな弾みで起きてしまう事もある。…俺も経験がある。」と、関わって来た事件が多い程にそうした不可抗力の失敗を経験している者も増える、相手だけでは無いと告げて。　）





　

( 正直に言えば物凄く怖い。線香をあげてきっと笑っているだろう彼女の遺影を見た時にまた気持ちの不安定を振り返してしまうのではないか、そもそも何をしに来たと罵倒され線香すら上げる事が出来ないかもしれない。怒りや恨みに満ち溢れた遺族の視線や言葉を真っ向から受け止めて、それでもひたすらに頭を下げる事が出来るのか。それでもそうしなければならない。相手の言う通り後悔しない為に。頬を伝った涙の跡が乾いて皮膚が引き攣る感覚を無理矢理剥がすように手の甲で乱暴に拭えば「エバンズさん、助けに来てくれてありがとうございます。」と小さく頭を下げて更なる落ち着きを得る為テーブルに置かれたミネラルウォーターのペットボトルのキャップを開けて喉を潤し。＿＿相手の口から告げられた言葉は相手自身の体験の最初。「え、」と小さな声を漏らしてまだ赤い瞳を向ける胸中には確かな驚きがあり。「…エバンズさんも助けられなかったの？」仕事にあまりにも真っ直ぐ過ぎる相手、己の様なミスは侵さないと勝手に思っていたのかもしれない。控え目にそう尋ねてはやけに早く脈打つ心音を頭の片隅で捉えつつ言葉を待って )

　





（　自分を憎んでいるかもしれない人の所に行き謝罪をするのは足が竦む様な、逃げ出したくなる様な心細さがあるだろう。それでも、もしも拒絶されようとも行動を起こさず後悔するよりは良い、それに犯人に有罪の判決が下されるその瞬間までは自分が遺族に寄り添わなくてはならないのだ。---相手から尋ねられた言葉に、あぁ、とだけ頷いて今度は此方が手元に視線を落とす。「……1人じゃない、10人以上になる。…誰も、誰1人として助けられ無かった。俺はその場に居たのに。」この事件の事を、経験として誰かに話すのは初めての事だった。あの日、事件で犠牲になった子どもたちと教諭。そしてその後自ら命を経ってしまった夫婦。警察の不手際による最悪の事件として大きく報道された為事件の名前を口にすれば相手も聞き覚えがあるかもしれないが、新聞などで事件を調べて妹と関係がある事を知られたく無かった。また情景が脳裏を過り眉を顰めたものの、軽く目を閉じる事でそれをやり過ごして。共に現場に居た数人の上官は、未だ若手だった当時の自分以上に責任を感じてその多くは既にFBIの組織には居ない。捜査の指揮を取っていた捜査官は長く鬱病を患い、数年前にこの世を去った。アルコールに溺れてしまった者も居た、罪悪感と後悔に苛まれ過ぎると人は簡単に壊れてしまうのだ。だからどうか___「…お前には後悔して欲しく無い。心を壊さないで欲しい。」溢した呟きは、懇願するような響きを持って。　）