刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
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( 頼んだのは相手と同じ物。運ばれて来るや否や鼻腔を擽る蕎麦と出汁の香りにほぅ、と溜息を吐き出して。いざ食べよう、と箸を持ち上げた時に掛けられたのは極めて淡々とした要望。「__忘れられる訳無いじゃん。エバンズさん倒れたんだよ?」持ち上げた箸を一度テーブルへと置き目前に座る相手を真っ直ぐに見やる。「…本当に過労だったの?」これは聞いてはいけない。頭ではそうわかっていたのに気付いた時には唇を震わせた言葉が空気中へと放たれた後だった。そうなればもう取り消す事は出来ない。今回だけではなく度々通院しては検査をしていて、何度も何度も薬を服用して、過呼吸を起こし最後は倒れる。突発性のものなれば大きな過労が祟ったと思えるかもしれないがこんなにも前から続いてるなんて__とても過労だけが原因だと思えないのだと緩く首を左右に振って )
( 職場に戻れば、捜査途中に長く休みを貰った為どうしても上に病状を報告する必要がある。「上への報告にも口裏を合わせてくれ、大ごとにしたくない。」ともう一つ要求を添えたのだが、訝しむ様な色を含んだ言葉が相手の口から出ると、此方を見つめてくる瞳を見据え「…何が言いたい、」と一言。踏み込まれたく無い為か無意識ながら距離を取ろうとするような冷たい目を向けて。元凶が単なる疲れでは無いと相手は考えたのだろうが、それを悟られるのは困る。ずっと話している訳にも行かないと手元に視線を落とすと箸を手に蕎麦を口にして。重苦しい空気が流れている事を別にしては、香りも良くとても美味しい食事なのだが周りの賑やかさとは打って変わって暫しの沈黙が流れる。食事を終えるまで話を切り出すのは待つべきかと思いはしたのだが、気の急く性格の所為で既に後の祭り。「…これ以上お前に迷惑は掛けない。捜査時の組み合わせについては俺からも上にも掛け合う。」と、相手がどんな思いで居るかも知らず暗に相手が自分とのペアにならないように進言すると告げた。距離が近付くとその分後退ってしまうのは昔からの事で。 )
__だったら、私からの要求も聞いて下さい。そしたら上を含む全員に何も言わないって約束するから。
( 本来ならば上の人間に絶対的に報告しなければならない案件。そうして更なる休暇を貰うなりなんなりしなければいけないのに。それをわかっていながら相手は頑なに拒み続ける。入院の時とは違い恐らく此方が折れなければ難しいだろう事をヒシヒシと感じれば少しの間を置いた後に所謂“取り引き”を持ち掛けて。交差した視線は恐らく出会ってから今までで一番冷たく拒絶を多く含んでいる。踏み込めば踏み込む程距離は遠くなって行く事を知っている。笑って無くてもいいから拒絶だけはしないでと言葉にならない瞳が訴えるがそれとは比例せずに唇は「過労だけじゃない何か別の原因もあるんじゃないの?」と本質に迫る問い掛けを繰り返していて。__麺類は食べやすいなんて言った人に文句を言ってやりたいくらい少しも喉を通らないではないか。いい匂いだけはちゃんと感じ取れるのに。それでも食べないと言う選択肢は勿論の事無い訳で、一口を咀嚼するもそのタイミングで瞳よりも確かな拒絶の言葉を告げられれば「何でそうなるの!」と思わず声を荒らげて。それに驚いた周りの客が此方の様子をチラチラと窺い始めたものだから一先ず謝罪を。それからキッと睨む様な視線を向け先程よりも声のトーンを落としつつ「私はもう薬の事もいろいろと知ってる。だからまた前みたくなっても驚かないし対処出来るから。でも他の人は違う。今度は本当に上にバレて大事になるかもしれない。エバンズさんにとっても私と組む事はマイナス点ばっかりじゃないはずでしょ。……お願いだから拒絶しないで…っ!」本当はこんな損得勘定で相手を縛りたく無い。けれど今はこれしか思い付かないのだ。必死に訴える言葉の最後は最早涙声の様に震えていて )
容疑者を取り調べるような口振りはやめてくれ!
( 止む事の無い追及めいた問い掛けに此方も思わず声を荒げる。自分の中にある嘘を暴こうとする様な、普段捜査で容疑者を取り調べる時によく似た疑いの交ざる声色だと、直感的に感じていた。しかし要求を聞けば周囲には口外しないと言う相手の言葉にはじっと視線を向けて、条件を言ってみろと促して。---自分と捜査に当たらなくて済む様にと口にした言葉は相手の神経を逆撫でた様で、睨み付けてくる視線に溜め息を吐き。相手の言う事は一理ある、実際に他の刑事と組んで今回のような事が起これば、それこそ上に報告が行って事務方にでも飛ばされるかもしれない。しかしかと言って、敏い相手とこれ以上時間を共にすれば少しずつボロが出る可能性も高くそれを避けたい気持ちもあり。失礼だと怒ったり、付き合い切れないと向こうから拒絶したりすれば良い物を、何故か相手は自分から離れて行こうとしない。拒絶するなと声を震わせ今にも泣き出しそうな相手を前に、何が望みなのかと問い掛けて。自分にはマイナスな事ばかりじゃないと相手は言うが、逆に相手にはプラスな事など何一つ無い。「…俺と関わって居てお前に何の得がある?若手の育成に長けてる奴は他に大勢居る。そいつ等なら捜査に穴を空けたりはしないし、遅くまで仕事を強要したりもしない。」上司の中で自分が最悪な部類に入るのは自覚していて、刑事として成長したいのであれば尚更相手と組む適任者は大勢居ると、言い聞かせるような静かな口調で伝えて。 )
今のは私が悪かったです。ごめんなさい。
( 所謂職業病と言ってしまえばそれまでだが相手の声を荒らげる姿を初めて見ればビクリと肩を震わせて。されど容疑者でも無い相手に掛けた口調としては間違っている事に気が付くと素直に謝罪を一つ伝え。視線で以て促されるままに唇を薄く開いては「隠れて薬を飲まないで欲しい。飲まなきゃならないタイミングで私が傍に居てもちゃんと飲んで。何も追求しないから。それから、休める時は休んで欲しい。週に一回でもいいから一緒にご飯が食べたい。後__私の事本当に要らなくなった時以外は拒絶しないで。」一つ、一つ、とやや多過ぎる気もする要求を至極真面目なトーンで告げていき、最後だけは明らかに先程の言葉を聞いての付け足しだろうがお構いなく。まるで駄々を捏ねる子供に言い聞かせるような色で落とされていく言葉達を途中で口を挟む事無く最後まで聞き遂げる。そうして浮かべる表情は怒りではなく笑み。「私、エバンズさんと一緒に居ると幸せなんです。一緒に食べるご飯は美味しいし、仕事ももっともっと頑張ろうって思うし、…これじゃあ理由になってないかな?」心の底からそう思っているのだという事が相手には伝わるだろうか。聞く人が聞けば愛の告白とも捉えかねない言葉だが自身にとってはあくまでも真面目な返答であり )
( ひとつずつ重ねられていく相手の言葉を聞き届けたものの、要求はどれも相手に何の得があるとも思えない物ばかり。1人で抱え込まずにほんの少し寄り掛かっても良いと言われて居る様な、そんな妙な気分だった。「…俺は気を遣われるのも同情されるのも好きじゃない。身体の事を理由に仕事が制限されるのも、食事に行くのも、誰かに頼るのも嫌いだ。」暫しの沈黙の後、口を開いたと思えば相手が告げた内容は全て自分の嫌いな物だと当て付けのように並べ立てて。相手が何故そこまで自分を案じ傍に居たいと言うのかは見当も付かないが、この要求を飲むと言う事は相手に更に弱みを曝け出す事に繋がる。すぐにyesと答える事が出来ず押し黙ったままで居ると、穏やかな口調で語られた言葉に一層何も言えなくなってしまい。自分と居るのが幸せだなんて、相手の方こそ仕事の疲れで可笑しくなったのだろうかと思わずには居られない。「…上司に泣かされながら食う飯が本当に美味いか?」と此の状況を揶揄しつつも、過干渉さえされず自分が気を緩めなければ、今知られている体調面の不安定さを隠さ無くて良い場所がひとつでもあるのは寧ろ楽なのかもしれないとも。「___本当に妙なのに懐かれたな、」と諦めと溜め息交じりに溢した言葉は、渋々ながらその条件を飲むと納得した事を示していて。代わりに相手が知った一切を、周囲の誰にも口外しない様にと改めて釘を刺し。 )
( 出した要求の何もかもが気に入らないと言われればそれは相手の言う通り気遣いから出たものの為何も言えない。それでも「ご飯は体の事もだけど私が一緒に食べたいの」とほんの少しの訂正を入れつつはてさてどうしたものか。取り引きというのは基本的に利害関係が一致して初めて成り立つものの筈。今回の件に関しては己には得は無いように見えるがそれはあくまで他者からの目線。あれこれ云々と考えあぐねていた矢先、今の状況を比喩した問い掛けが来れば「美味しいよ。私泣いてないからね。」なんて子供じみた強がりを返して。__と、諦めを含んだ呟きが相手の口から漏れた。それはYESと直接的な言葉では無いが確かに要望が聞き入れられた証。難しそうに歪められていた表情は瞬時に後光が射したかの様に輝き、念を押すように続けられた言葉に大きく頷いては「取り引き成立。次は上にどうやって誤魔化すかだ。__何か悪い事してるみたいだね。」と先程とは打って変わって隠蔽工作を密かに楽しむような悪戯な笑みを浮かべて見せて )
( 先程迄の表情が嘘の様に一瞬で輝く相手の表情を見て、本当に相手の出した要求を飲んでしまって良かったのかと言う思いは残るものの一先ずの口封じの為には他に選択肢は無い。止めていた箸を再び口に運びながら、悪戯に笑って見せる相手を前に改めて深々溜め息を。「何処まで追及されるかにもよるが、貧血で倒れたとか熱が下がらなかったとか言っておけば何とかなるか?」恐らく搬送された事は耳に入っているだろうし、5日も休みを取ったのだからそれなりの説明が求められるはずだが良い案はこれと言って思い付いている訳でも無く。入院が必要な重篤な物では無かったと上司に思わせる事が出来ればそれで良い。---こんな面白くも無い話をしながらの食事で相手が何を楽しんでいるのかは謎だが、今後も週に1回は相手に何処かしらの店に連れて行かれるのだろう。同時に、条件を飲んだ以上此方から相手とペアにしないよう上に話を付ける事は出来なくなった訳で、今後も相手との業務を与えられる可能性は高そうだとも考えながら、程なく食事を終えて。 )
__そうだね、貧血がいいかも。それだったらもし万が一薬飲んでる所見られても鉄分のサプリだって誤魔化せるだろうし。
( 重苦しい話が終わった後は食事。やや伸びてしまった気もするが味は変わらずに美味しい蕎麦をモグモグと咀嚼しつつ飲み込んだタイミングで頭を縦に動かし、人目がある所でもどうしても薬を口にしなければいけない状況下に置かれた時の事を考え念には念を入れた提案を。これで上に何か聞かれても二人が違う事を言う心配も無くなった。__相手がこの時間をどう思っているかはわからぬが一先ず密やかな内緒事の食事は終了。今回はきちんと自分の分のお金を払いお店を出れば「美味しかったぁ」としみじみ呟きつつ、ぐ、と大きく伸びをして。それから体ごと相手へと向き直ると今思い出したとばかりに「そう言えば一週間後、アイオワ州のデモインで政治家の警備の仕事があるみたい。まだどのメンバーで行くか決まってないらしいんだけど、2泊3日で仕事自体は最初の1日だけなんだって。」と相手が入院している間に新たに出た仕事の内容を掻い摘んで告げて )
( 薬を飲んでいても怪しまれない様にと言う所まで気が回る事には感心しつつ、上への説明に関しては無事共通認識を持ち一先ず懸念事項はクリアでき。食事を終え店を出ると、相手に伝えられた仕事の内容に適当な相槌を打つ。「行きたがる奴が大勢居そうな案件だな。そう言う仕事がレイクウッドに回ってくるのも珍しい。…近々大規模な音楽フェスもあるだろ、そっちの人員も確保する必要があるらしい。署が静かになって助かる。」警備の仕事で出張、それもかなり余裕のあるスケジュールとなれば羽を伸ばしに行きたがる者も多いだろう、同時期に開催される音楽フェスにも警備で人が要るらしく、その時期は署が静かで快適だろうと自分はどちらにも行く気の一切無い返事をして。基本的には物騒な事件ばかりを担当している為警備の様な仕事が回ってくる事は少なく。そんな話をしながら相手の車へと向かい。 )
私はどっちかといえば音楽フェスがいいな。
( 心も体もすり減らす仕事の後にこう言う仕事があると少しでもリラックス出来るというもの。刑事なのだからそんな事を言うのも間違いなのだろうが人間なのだからそんな気持ちにもなる。__署へと到着してコートを脱ぎ椅子へと腰掛ければ不思議な高揚感と満足感が体を纏わり付いている事に不思議そうに首を傾け、直ぐに今日一日たくさんの感情を使い結果的に充実した時間を過ごした事を思い納得する。__あぁ、そう言えばと思い出した事が一つ。デスクから今回の殺人事件の報告書を取り出しては相手へと手渡し。「本当は明日でもいいかなって思ったんだけど…確認お願いします。」約束通りこれを見て貰うのは相手。幸い報告書を上へと提出するのはまだ直ぐで無くとも良いが恐らくそのタイミングで色々と突っ込まれるだろう事は予測しており )
( 勤務の再開は翌日からだったが前日の内から諸々の確認が出来るのは有り難い配慮で、久しぶりのデスクへと向かい。未だフロアに残っていた数人には軽く挨拶を返しつつイスに腰掛け、幸い書類が大量に溜まっていると言う事も無く一先ずメールボックスの確認を。相手から報告書を受け取ると、メガネを掛けながら「確認しておく。」と目を通し始め。本格的な修正は明日にすれば良いのだが、仕事となるとつい熱が入ってしまう物で読み込み始める。---やがて立ち上がり相手のデスクに向かうと報告書を返しつつ「事件概要や容疑者の供述は概ねよく纏まってる。後は事件発生までの経緯を詳細に、発生直後の園の対応についても加えた方が良いな。」と修正点を伝えて。とはいえ捜査中では無い為急ぎの案件でも無い。自分も今日は帰ろうと「修正は明日で良い。遅くまで残る必要も無いんだ、お前も数日はゆっくり休め。」と相手にも告げて帰宅を促し。 )
了解です。
( 自身のデスクに戻り書類を纏め、データを纏め、大きな事件の無い今のうちにやれる事をやる。急ぎでは無い筈だが先程わたした報告書を修正点と共に返されれば受け取りつつ軽くお礼を口にして。休める時に休んでおく事は相手に散々休息をとって欲しいと懇願した身としては大切な事。自分の事は棚に上げてとなってしまえば説得力も無くなってしまうのだから。パソコンの電源を落とし纏めた書類をデスクの引き出しの中へとしまい込み立ち上がる。まだフロアに残って居る同僚や先輩方に挨拶をし相手の元に歩み寄れば「明日朝一で上に報告書出すね。ちゃんと何も言わないし口裏も合わせるから。」周りには聞こえない所まで声のトーンを落としてちゃんと約束を守る事を伝え署を出て。__翌日。何時もより早く目が覚めたとはいえとても快適な目覚めなれば相手に言われた修正点をきちんと直しつつ職場へと向かい。上へとわたした報告書は問題無いと言われたが案の定相手の事については追求があった。少しの嘘も感じ取られぬよう気を張りつつ事前に決めた答えを淡々と返していく。それで一先ず納得してくれたのか下がっていいと言われ向かうは相手の元。「おはようございますエバンズさん」と背後から朗らかな挨拶をして )
( 朝から上司の待つ部屋に呼ばれ、イスに座らされた上で長々と話をする事となり。倒れたと聞いた、という話から始まり5日の療養を経て体調は改善したのかとしつこく聞かれ、今の仕事に当たるのが辛いようなら希望を出して部署を異動する事も出来るとまで。職場で体調を崩す者が出ると上はそのケアに必死になる様だが必要無いと早々にその話を遮り、相手と話した通りの内容を説明して体調にはもう問題が無い事を伝えて。その後デスクに居ると明るく声を掛けられ、あぁ、と軽く返事を返し。相手は昨晩の言葉通りの返答をして上司もそれに納得したようで、それ以上の追及を受ける事は無かった為一安心していたのだが。---夕方頃になって再び呼び出されたと思えば、告げられたのは昨晩相手が話していたアイオワでの警備の仕事、此れを担当して貰いたいと言う物。今後入る予定のある業務の中で一番負荷が少ないだろうからと言う話だったが、早速上からも気を遣われている様に思えて若干苦い表情を浮かべて。同行はまたしても相手、此れに関しては相手の詳細な証言が評価されての所謂“お目付役”か、単純に調度良いペアとして見做されて居るのかは分からないものの再び同じ仕事に当たる事が決まり。 )
( 夕方頃に呼び出された内容はまさかの護衛警備。それも署内の大半の人が是非とも行きたいと願っていたもの。己としては音楽フェスの警備の方が何倍も興味があったのだが共に行く人が誰なのかわかった瞬間に現金な事にフェスの興味はあっという間に無くなり。『本部からのエリートさんと2泊3日なんてご愁傷様』という同僚達の哀れみを含んだ言葉は当人には届かない。警備は警備だが残りは自由なのだ。相手と一緒に何処を観光しようか考えるだけで勝手なまでに楽しさが倍増する。そして今回ペアが相手という事は、ちゃんと取り引きの内容を守ってくれたという証なのだから。「天気良ければいいな」なんて誰に宛てるでも無い独り言を漏らしつつ相手の元へと行けば「まさか本当に行く事になるなんて思わなかったね。警備とホテルの詳細は近くなってからまた伝えるって。」と去り際の上からの言葉を告げた後、気遣われ明らかに不満であろう表情に苦笑いを浮かべて )
( 署内の多くの人が行きたいと願っていた出張とはいえ、同行者が愛想の欠片も無い刑事と分かった時点で大半は手を下げるだろう。それを喜んでいるのは恐らく相手くらいの物で。音楽フェスの警備に行けと言われるよりはマシだが、わざわざレイクウッドから時間を掛けてデモインまで行き、1日警備を担当して更に実際は業務の無い2日間が存在すると言うのは、自分に言わせれば無駄が多いスケジュールだ。人手が足りなかったりローテーションがあったりの関係で大きい出張ではよく起き得る事ではあるのだが。相手はいつも通り機嫌が良さそうだったが「航空券は2人分纏めて俺の所に来るらしい。出発前にお前に預けるのは心配だ、当日に渡す。」と、失くすだろうとでも言いたげな口調で告げて。---1週間後、朝からの警備に備えて前泊する事になっていてキャリーケースと鞄をデスクの脇に置き資料を確認し。程なくタクシーが署の前までやって来る予定。既に音楽フェスに人員が駆り出されている為か署内は想像通り静かな物で。 )
( デモインまでの出張を命じられてからの一週間はあっという間だった。前日に中身の確認をしたワインレッド色のコンパクトなキャリーケースと普段使っている鞄を持ち署へ。案の定相手は先に出勤していたようでその姿を確認するなり「おはようございます」と朝の挨拶を。タクシーが入口前に到着すればそれに乗り込みレイクウッド空港へと向かい。__ややして目的地の空港へと到着する。朝だと言うのに何処かしらへ移動する人々が大きな鞄を抱えて空港内を歩き回る姿をぼんやりと目で追いつつも航空券の事は確りと覚えていたようで「無くさないタイミングは今だと思う。」と前日に言われた言葉に今更ながらの返事を返して。__手荷物検査と身体検査を済ませていざ搭乗手続きへ。青空を大きく映す窓から見えた飛行機は何処と無く小型に見えたが兎に角無事に到着すればいいのだ。一応休暇では無いのだから。相手とは隣同士の席。「ハイジャックにあわない事を願っておこうかな。」なんて縁起でもない事を口走りつつ座席に深く腰掛け離陸するのを待ち侘びて )
( 今なら失くさないと言う相手に、搭乗直前になってようやくチケットを渡すと指定の飛行機に乗り込んで。「物騒な事を言うな、そんな事件には関わりたく無い。」と一蹴しつつ相手の隣の席に座り、軽くネクタイを緩めて。その後無事離陸すると程なくCAがドリンクサービスを始め、温かい紅茶を一杯貰い窓の外を眺める。天気も良く眼下には青空と雲が広がっており、飛行機に乗るのも久しぶりだと考えつつシートに背中を預けて。「着いたら起こしてくれ。」深い眠りにならなければ夢見が悪くて飛び起きるような事も無いだろうと相手にそう伝えておき、目を閉じる。---相変わらずあの事件以外の夢を見る事は無く、眠りに落ちて夢を見始める度に意識が覚醒する為、微睡むばかりでもどかしくもあったがこれはいつもの事。深い眠りに就くには睡眠薬かアルコール飲むかしか無いのだが、それでも夢を見ない確証は無い。目的地までの間、浅い眠りを繰り返していて。 )
( キャビンアテンダントから貰ったのはホットカフェラテ。程よい甘みのそれは喉を通り体の中から全体を暖めてくれる。ほぅ、と息を吐き出した所で到着までの時間を睡眠に当てるという相手から申し出が来れば小さく頷き自身は目前の椅子の後ろに取り付けられたモニターの映像をぼんやりと眺めて。__ちらりと横目で隣の相手を見やる。とてもゆっくり休めているとは思えない浅い睡眠。いつもこうなのだろうか。だとしたら一体どれくらい前からなのか。こんなんじゃ自律神経も何もまともに機能しない。きゅ、と胸が締め付けられる感覚を覚えて視線を外す。いつか薬が無くても気を張らなくても普通に眠れるようになりますように…。__それから暫くして雲を割いていた飛行機が着陸するというアナウンスが流れる。「エバンズさんもう着くって。」シートベルトを締めてくださいの合図と同時に隣に居る相手に軽く声を掛けて起床を促しつつ自身は簡易テーブルを元の位置に戻して )
( 相手に声を掛けられ目を覚ますと姿勢を戻して、緩めていたネクタイを締め直す。フライト時間はそれ程長かった訳では無いが、浅い眠りを繰り返して時間だけは経っていたらしい。残っていた紅茶を飲み干して、程無く着陸。飛行機を降りてからレーンで荷物を受け取り、この後はタクシーでホテルに向かうのみ。空港から数十分の場所にある大きなホテルだと聞いている。前乗りの為その後のスケジュールは決まっていない、強いて言えば明日早朝からの任務に備えて今夜は早めに休む事くらいだろう。「ホテルはもうチェックイン出来る。昼食は何処かで取るとして、とりあえずホテルに向かって良いか?」ホテルより前に寄りたい所が無ければ先にチェックインして荷物等を部屋に置きに行くのが良いだろうと相手に尋ねて。 )
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