うっすらと目を開けた。
薄暗い拷問室。カビの匂い、血の匂いが埋め尽くす中で、耳に呻き声が届く。
見下ろすと、すでに死体となった自分の体がある。これは所謂、幽霊というものになってしまったのだろうか。……自分が死んでいるということは、あのうめき声は自分ではない。誰だろうか、と見渡す。
すると、暗い中で床にくたりと倒れる白い体が見えた。
目に鮮烈なまでに映るのは、美しい織物から零れ落ちたような金色の髪。
彼は薄く開いた深紅の目で、自分の髪を掴み顔をあげさせる拷問官を流し見た。
均整の取れた肉体には赤黒い蚯蚓脹れ……鞭の後が夥しく残っている。
周りには生臭い匂いも漂っていた。あの様子では、受けた拷問は暴力だけではなかったのだろう。うつくしい顔をしているから、尚更のはずだ。
少し耳鳴りがして、聴力が戻ってくる。
うるさい男のがなり声が耳を刺したあと、拷問を受けているとは思えない穏やかな声が返るのが聞こえた。
「何をされても答えは同じです。……この通り僕の心は健在、折れる気配もないのだからね」
鈍い鈍い音がして、彼がこちらへと倒れ込む。顔を殴りつけられ、その上頭を硬い床に打ち付けたようだ。また、彼が苦しげに呻いて、それでもその口が動く。
「暴力や蹂躙でしか解決できない人間ほど愚かなものも無い。帰って愚痴でも言うことをお勧めするよ」
けれど、肩ほどまでの金糸の隙間からその赤は笑っていた。綺麗だと、心の底からそう思った。
話の流れから聞くに、彼は高貴なご身分の方だったらしい。そんな身分に生まれながら、この汚い国に背く革命軍の参謀役だったのだと。
話を聞きながら、再び腹を蹴られる彼を見つめていた。
やがて男がそこから出ていったあと、鎖に繋がれ、横たわる彼だけが残された。微かにその胸が上下しているのが見える。
小さな声が耳に届いた。
「かえりたい」
細い細い一言だった。今にも溢れてしまいそうな、切実な声。思わず手を伸ばす。届くはずなどない。幽霊である自分はきっともう何かに触れることなんて……
「うわ」
「っ!?」
女の声と男が息を飲む音が重なる。
触れてしまったものは仕方がない、と心を決めた暗闇の向こうの幽霊はとうとう男に声をかけた。
「酷くされたのね。背中が真っ赤」
あまりにも驚いたのか、焦ったように浅い呼吸を繰り返す彼を宥めるように手を伸ばして、髪を梳く。
彼女は結局彼に言わないことにした。
ただ共に拷問されていて、彼がいることで後回しにされている拷問対象者だという事にしたのである。
男は自分が酷い目に遭うことで守られる命があると信じたのか、拷問を受ける度に暗闇の中から差し出される手を求め、それを活力とした。
その守るべきものが、とうに失われていることなど知りもせずに。哀れな彼が真実を知るまで、愚かな幽霊が彼の想いを裏切るまで、あと?───────