2021-03-20 19:00:03 |
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『 眠りの迷宮 』
■物語
勇者が魔王を討ち、世界に平和が齎されたその日から半世紀の時を経て尚、辺境の地では未だ魔王軍残党と王国軍が絶え間なく衝突を繰り返していた。
魔王の死から五十年。人類に深い怨恨を抱く魔族達が次代の王を立て、再び力をつけて復讐を図るには十分な年月が経とうとしている。
辺境の戦が激化したその年、老いた勇者は再び危機に瀕せんとする世界を憂いながらこの世を去った。──〝眠りの迷宮を殺せ〟と、一言の遺言をのこして。
通称〝眠りの迷宮〟と呼ばれる地下迷宮は、遠い昔に古の黒魔法によって造られた大型ダンジョンであり、百年以上前に発見されて以来その最深部まで辿り着いた者は一人として居らず、かの勇者一行でさえ攻略不可能であったと言われる。
嘗ては前人未到の迷宮攻略に憧れ、我こそはと勇ましく迷宮に挑む冒険者が後を立たなかったが、迷宮内部に生息する魔物やそこかしこに張り巡らされた罠に皆その身と意志を砕かれ、次第に人の足が遠ざかり、そして人々の記憶からも消えていった。
既に忘れ去られた古の迷宮の攻略と破壊を、死の間際に及んで勇者が望んだのは何故か。彼は気づいていたのだ。先代魔王が討たれる以前ほどの力を持たない現魔王軍が、一刻も早く多くの魔力を蓄え人類を凌駕する為の鍵。それが古の強大な黒魔法によって造られた迷宮であることに。
迷宮を魔王軍に明け渡してしまえば、それは以前の彼らを凌ぐ多大な力を敵に与える事になる。然し魔王の崩御から確かに人類側に分があった魔王軍との交戦は近年再び激化を極め、今や迷宮まで彼らの足が及ぶのは時間の問題といえる。勇者の遺言の真意はそこにあった。
魔王軍の手に落ちる前に、我々人類の手によって迷宮を壊さねばならない。
〝眠りの迷宮〟の攻略と破壊、並大抵の冒険者では成し遂げ得ない重く過酷な任務を一体誰が背負うのか。最初に白羽の矢が立ったのは、元勇者一行の一員であり、魔王討伐の功績を持つ魔法使い。最も魔法の扱いに長ける彼こそがこの役に適任とされた。寧ろ、この任を果たせる者は彼の他に居ないだろうと誰しもが考えていた。
年老いた魔法使いを迷宮の最深部へ連れて行く用心棒には、とある一人の少年が選ばれた。そして少年が今や森の奥で隠居生活を送っていると言われる魔法使いの屋敷を訪ねると、彼は数日前にこの世を去った後であり、そこにはたった一人少女が残されているだけだった。
希望は絶たれたと思われた。迷宮の最深部へ到達し、その核を壊せる可能性のある人間は彼を除いて他にない。勇者が命を賭して守った人類の平和が僅か五十年で奪われてしまう──そんな少年の不安を吹き飛ばしたのは、魔法使いの弟子を名乗るその少女。
少女が唄うように詠唱を紡げば穏やかな春風は強い突風に変わり、森の木々が身を揺らして葉を散らし、空には厚い雨雲が立ち込め雷鳴が轟く。降り注ぐ豪雨が激しく地面を叩くと、雨上がりに光射す雲の晴れ間から一頭の龍が現れた。彼女が扱う魔法は、既に師を超えるものだったのだ。
かくして手を取りあった少年と少女は迷宮に向けて旅立つ事となる。
──それは迷宮を葬る旅。彼らの冒険譚はひっそりと幕を開けたばかり。
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