常連さん 2020-10-13 15:52:02 |
通報 |
…いや、大丈夫だよ。
(くしゃりと眉を寄せて発した言葉は、今からまさに始まろうとしている新生活を、共に迎える同居人へのファーストインプレッションにしては簡素だったかといまさらなことを考えて。生まれて初めての引っ越し、自分のものを運ぶなんて何個段ボールが必要かと心配していたが、なんなら全てこれに収まってしまって、寂しくなった右手のキャリーバッグ。卒業旅行以来使用していなかったため新品にも見えるそれをグッと部屋の端に寄せると、そっとエドワードとなのる青年に近寄り。見慣れない床、見慣れない天井、家具も家電も最低限のシンプルな部屋に、ひとつ煙が燻るだけでなんて安心するんだろう、と不躾に見つめた後、「なぁ、隣いいか?」と彼が占領しているソファに伺いをたて)
………どうぞ。
(彼はその声を聞くとぼうっと何処かを見つめていた瞳をちらりと相手の方に向け、煙草の煙を揺らしながら何の感慨もなさそうに空いていた右手で自分の隣を指し示して。しばらく無言のまま煙草を吸っていたが、吸っていた一本が吸い殻になると灰皿に押し付け、何か話題を探すように天井を見つめた後「…お仕事って何を?」と当たり障りのない質問を口に出し)
仕事、か。今は花屋をやってるよ。
(当たり障りのない会話にはにっこりと当たり障りのない笑顔を返すに限る、これは接客業でこそ身についたことで。休日だというのにつけっぱなしでいた革手袋をそっと外し、やっとひとごこちついて。気まずさのようなものを早く無くせられたらなと、ふと見れば相手のタバコを待つ左腕には百合の花が描いてあることに気づき、思わず質問をして)
もしかしてだけど、百合が好き?
…え、ああ…まあ…。
(呆気なく終わった話題から次の話題を探そうとまた天井を見上げていた所、急に声を掛けられて驚いたのか一瞬身体を震わせ、返事とも鳴き声ともつかない不思議な声を上げるものの何とか口調と表情を取り繕い、左腕のタトゥーに目線を移すと「……嫌いじゃないです。…人間より静かなんで。」ぼそぼそと口の中で呟くように口に出し、不意にソファーから立ち上がるとキッチンの方へ逃げるように歩いて行き、コーヒーメーカーに手を触れると「…コーヒー飲みます?…これくらいなら淹れられますけど。」とカップ片手に問いかけて)
ああ、うん…いただこうかな。
(返事したはいいものの、急に移動されると心許なくなり。何かしてしまっただろうかと寂しげに眉を寄せつつも、やっとひとごこち着いたというのにすぐにソファから立ち上がって。また逃げられてしまわないだろうかと、なるべく距離を詰めすぎないように近づいて。「ついででいいんだけど、ここのキッチンの使い方を教えてくれないか?」もちろん料理は自分がやるつもりであり、お願いするような顔で尋ね)
…ああ…はい。えっと…確かここに色々…
(気だるげに頷いてカップをシンクに置くと猫背気味にしゃがみ、シンクの下の戸棚を開いて調味料やら料理酒やらをがさがさと探り、「…調味料とかがここで…包丁は…」その横の棚を開いて包丁を出したりと忙しなくキッチン用品を探し回っていて)
へぇ、一通りのものはあるんだ。すごいなぁ。
(一生懸命一つずつ説明してくれる彼の肩越しから中を覗き込むと、使用感のある棚が見えて。男性の一人暮らしと聞いていたためあんまり物はないのかなと考えていたが、必要なものはしっかりと揃えていたため、正直な感想を呟き。ほうほうと感心していると、ふわりと香ってきた彼のタバコの香り、ああ、こんなに近づいていたのかとそこで気づいて)
…こんな感じで…す。
(顔の近さに一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに無表情に戻ると「…コーヒー淹れますから。」と置いていたカップを掴むとコーヒーメーカーの方へ踵を返して)
…うん、頼んだよ。…説明してくれて助かった。
(避けられているわけではない、と思う。でもなぁ…この距離でもダメなのか…?と人生で初めて隼人の中での普通を揺るがす出来事に直面し心中穏やかではなく。それを顔に出すことはなかったが、ここはまず相手のパーソナルスペースを知らなければと吹っ切り、素直にソファへと向かい)
…どうぞ。
(しばらくした後、湯気の立つカップを二つ持ってキッチンから戻ってきて。自分のカップは灰皿を避けてサイドテーブルに、相手のカップは相手に直接手渡すとソファーに座り込み、リモコンを取るとテレビを点けて)
ありがとう。
(暖かいカップを両手受け取ると、慣れないコーヒーのいい匂いが鼻腔をくすぐった。いつもは紅茶ばかりを飲んでいる自分には、濃いブラウンの水面が新鮮に映って…といったところで改めて今日は初めてづくしだと気づき。この歳になっても新発見はあるんだと感じたところで、もしかして相手もそうなのだろうか…なんて目の前のテレビを見ているフリでそんなことを考えていて)
…………
(しばらくテレビをその虚ろな瞳でぼうっと見ては時々コーヒーを啜って黙り込んでいたが、ふと気付いたように立ち上がるとソファーの横に放り出していたリュックから大学ノートとペンケースを取り出し、いきなり床に座り込んで「…大学のレポート書くんで…テレビ好きに変えてください。」とだけ相手に言うとペンケースから青いシャープペンシルを取り出してノートに文字を書き連ね始め)
(しばらくして少しだけ日が傾いたくらいに、ぼんやりと見ていたワイドショーが終わって。何分くらい経ったのだろう、見ていたはずの内容も長さも覚えていないくらいならテレビを消した方が良かったかな、なんて思いながら冷めてしまったコーヒーを飲み干して。彼のレポートはだいぶ進んだように見え、それでも長時間ぶっつづけて書き進めるのは大変だったろうと、邪魔にならないようにキッチンに向かい。簡単なスープとかなら食べるかな、と淡い期待でスープを作り、ソファに戻る道中で一声かけて)
…なぁ、これ飲むか?
……ありがとう、ございます。
(ふう…とため息を吐いてシャープペンシルを転がし、ようやく一段落ついて休憩していた所に掛けられた声に顔を上げると一度鼻を鳴らし、ぺこりと頭を下げて。邪魔にならないようノートを閉じ、シャープペンシルをペンケースに収納すると気だるそうに髪を掻き上げ)
はい、熱いから気をつけて。
(受け取ってもらえそうな様子に安堵し口角を上げると、作りたてのスープの入ったマグカップを熱さに忠告しつつ、そっと手渡して。思っていたより長く座っていたため自分の跡のついたソファを撫で付け再び腰を下ろし。「冷蔵庫さ、勝手に開けちゃってごめんな?」育ちの中で他人の冷蔵庫を勝手に開けることに抵抗はあったため、そう発すると少し眉を下げ)
…いえ…。
(手渡されたマグカップを会釈と共に受け取り、ソファーにまた腰掛けると謝罪には首をゆっくり左右に振ってから口を付けて。「……」一口飲んでも無言のままだったが、心なしか口許を緩めていたところ点けたままだったテレビから「ハロウィン特集」なるコーナーの紹介が流れてきて。「…あ…そういえば、そろそろハロウィンか。」ちらりとテレビに目線を遣るとまたスープを飲み)
あ?、もうそんな季節なんだな…
(時の流れは早い、若ければ若いほど容易についていける。普段身近にいるのは自分よりも歳が30も上な爺様たちばかりで忘れていたが、アーケードのおばさま方に若い若いと言われてももう三十路近い年齢だと思い知らされた気分になり。「仮装とかさ、したことある?」まだ学生の彼、そんな体験もしてるだろうかと何気ない様子で聞いて)
……高校の時、一回だけ…。
(ぼそぼそと呟くとポケットからスマホを取り出し、アルバムからその写真を見つけ出すと相手の方に見せて。スマホの中では同級生と思われる女子生徒数人に取り囲まれ、中心で嫌そうに控えめなピースをしている吸血鬼姿のエドワードが写っており、「……文化祭で仮装カフェ、っていうのをやらされて…嫌だって言ったんですけど。」思い返すように苦虫を噛み潰したような表情になり、 誤魔化すようにまたスープを啜り)
…へぇ、すごいな!牙までつけて…
(銀色の髪に白い肌、思いのほか本格派な衣装を着た彼はまるで本物の吸血鬼のように見え、思わず感嘆の声を上げて。今よりもほんの少しだけ幼い顔立ち、その赤い唇から覗く牙はその年頃の子供たちには目に毒だったろうと容易に想像できる…まぁ、本人は気がついていないだろうが。なんにせよこんな写真を見せてくれるなんて、そんなうわついた気持ちで言葉を発しているときに、一つ、気づいてしまう。彼の周りを縁取るように並ぶ可愛らしい女子生徒の姿に。…きっと彼女らの手によって、彼はこの姿になったんだろう。そんな当たり前のことに、ほんの少し、ほんの少しだけ…狡いなと思ってしまって。そんな薄靄を払うように「…かっこいいよ。人気者だったみたいだな?」と無理に言葉を繋げて)
……別に…からかわれてただけですよ。
(苦々しそうな表情のまま「…「エドワードくんって地味で暗いから、吸血鬼の格好とか似合いそう」って言われて着せられたんですよ。…その割に着たら着たで「思ったより似合ってる」とか言われるし…」昔を思い返すようにぼそぼそと小声で呟き、スープを飲み干すと空のマグカップをサイドテーブルに置いて。「…そっちこそ仮装したこと…えっと…名前…」ここで漸く相手の名前を聞いていなかった事を思い出したのか困ったようにぼんやりと天井を見上げ、「…お名前は?」と質問し)
トピック検索 |