執事 2020-07-30 19:43:59 |
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ん……
(そう言い残し部屋を出ていった執事を視線で見送ると、自分はふぅ、と伸びをして。棚から一冊本を取り出そうと腰に刺さっている杖を抜き、今朝の彼のように一振り。お目当ての本は宙を舞ったかと思えば大きな音を立てて落下していき、自分でも思わず苦虫を噛み潰したような顔をして。立ち上がってそれを拾うと、何事もなかったかのように座り直し)
お待たせ致しました
(ふわりと香るチーズの匂いが食欲を唆るキッシュと、みずみずしいフルーツを載せたサービスワゴンをころころと引きつつ、彼の部屋に戻って。自分が朝食を取りに行く間、特に変わったことは無い部屋の雰囲気にほっと胸を撫で下ろしながら。彼の前に朝食を並べていき、)
……いただきます
(戻ってきた彼の様子を見るに、先程の大惨事はバレていないと知って安心したようにふぅ、と息を吐き。並べられた料理たちをサッと一瞥し、律儀に両手を合わせて挨拶を済ませてから、早速キッシュへと手を伸ばす。上手い具合に一口分を切り取るとそのまま口へ運び、美味しかったのか小さく口角を上げて。先程までのツンツンした態度は「寝起き」だけてはなく「空腹」も関係していたらしく、もう機嫌は良くなってきていて)
お味は、どうです?
(歳の割に子供っぽい彼を事ある事にいじって、揚げ足を取ってしまう。しかしそれは、いつも彼の事見ているとも取れるではないか。物は考えよう、とはよくできた言葉だ。幾分か機嫌が良くなった彼に影響されてか、柔らかな笑みをたたえながらそう問いかけて、)
悪くない
(素直に「美味しい」と言うのはなんだか自分のプライドが許さなくて、つい遠回りした表現を使ってしまう。しかし、やはり美味しいものは美味しいのであっという間にキッシュをぺろりと平らげて、本人は満足そうに笑みを浮かべる。その料理を気に入ったのか「数日後にまた同じものを出してくれ」と伝えると、今度はフルーツの方へ手を伸ばし)
かしこまりました
(予想の5倍は、キッシュを気に入ってくれたみたいだ。数日後は中身を変えて出すのも良いだろう、頭の中で、メモに落とす。フルーツに手を伸ばしかける彼を手で制し。ふい、と杖を一振しては何やらオレンジ色のソースが入った小瓶が現れ、ふよふよ浮いては独りでにフルーツの上で小瓶が傾き。滴り落ちるそれを見ながら、「マンゴーのソースです」と一言付け加え、)
……フルーツはそのままでも十分じゃ__?!
(ソースをかけられたフルーツ達を見つめ、「そのままでも美味しいのに」と、不思議そうにしながら口に運んで、軽く衝撃を受ける。マンゴーの甘みとフルーツの甘みが口のなかで絡み合って、単体で食べるのとはまた違った美味しさを醸し出していて。元々甘党ということもあってか、これまた随分気に入ったらしく、プライドなんて気にせず美味しそうに食べ進め)
喜んでいただけたようで、何より
(確かにフルーツは単体でも充分おいしい。昨日の晩、厨房に頼んで用意させた甲斐があった。甘党の彼の事だ。この食べ方も気に入って貰えるだろうと案の定の結果であり。プライドなんて気にしない食べ方にくすりと笑い、「数日後に同じものをお出ししましょうか?」ちらりと彼を横目で見ながら問いかけて、)
!……当然だ
(執事からの言葉にきらりと目を輝かせるとこくこくと頷く。いつまでたっても子供扱いされるのはこんな行動も影響しているからか。気付けばフルーツが乗っていた筈のお皿は空っぽになっており、その代わりとして自身の胃袋が膨らんで。満足そうに軽くお腹を撫でると、「ごちそうさまでした」と相変わらず律儀に両手を合わせて食事を終え)
さあ、お勉強のお時間ですよ
(彼が食べ終えた食器を下げ、片付けなど一区切りつけてくるからその間に顔を洗うようにと彼に告げたのが、1時間ほど前。分厚い魔導書とノートを小脇に抱えつつ、再び彼の前に姿を現して。彼の勉強机にどさどさと今日の課題を載せれば、「まずは杖を振ってみてください」と彼に促してみた、)
分かった、
(机上の山のような課題達は何度見てもいい気はしない。いつものことながらそれに恨めしそうな視線を向ける。執事に言われるがまま、何も考えないで杖を振れば、棚から本が数冊、勢いよく降ってきてそのまま床に散らばり)
…これは見事な失敗ですねえ
(不審者対策は万全ですが、なんて嫌味にも取れる一言を付け足し。魔法が上手くなりたい気持ちはあるようだが、がむしゃらに杖を振るだけでは意味が無い。まず、明確なイメージがないとなにもできないのだ。杖を取りだし、本が空をくるくる舞うイメージを描きながら、くるり、と杖を一振。すると勝手に本がくるくる空を舞い、)
五月蝿い、
(“不審者対策”などと例えられ、不満げに反論し。やはり本人は、自分の魔法が失敗続きの理由を解っておらず、目の前で彼の思い通りに操られる本を羨ましそうに見つめるばかりで。「……僕もヴィルみたいに魔法が使えるようになりたい」と、聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさで呟いて)
イメージが大切なのですよ、ほら
(杖を振る、本が飛び出して、くるくると空を舞う。そのイメージをどこまで細かくできるかが鍵だと伝えて。闇雲に杖を振るだけでは、操られるものたちも行き場をなくしてさまよってしまう、魔法はあくまで自分が主体なのだから。君ならできます、彼を鼓舞しながら、今度はなんのイメージも抱かずに本棚に向けて杖を振る。するとバサバサと本が落ちるだけであり、)
イメージ……イメージ……
(彼からのアドバイスを受け、一生懸命脳内で、ふわふわと本が浮かぶ様子を思い描く。それを何度か繰り返し、自分のなかでイメージが固まるのと同時に杖を振り。すると、まだバランスが不安定な部分もあるが、ゆっくりと目の前の本が浮かんでそこに留まる。それをこの目で確認すると、上手くいった、と嬉しそうに執事の顔を見て)
―お見事! 飲み込みが早いですね、
(口で説明しただけで、ここまで出来るとは。やはり彼は能力がない訳ではなくて、ただ不器用なだけなのだ。嬉しそうな彼を見てはこちらまで嬉しくなってきてしまって。口角を上げながら、ぱんぱんぱん、とゆっくり拍手しながら、少々大袈裟に彼のことを褒めてやり、)
ま、まぁ僕にかかればこんな魔法__
(珍しく彼から素直に褒められて更に嬉しかったのか、得意気に胸を張ると、照れ隠しか“楽勝だ”と強がって。見事調子に乗り「この調子でどんどんマスターしてやる!」と意気込んで)
これ、出来ますか?
(大袈裟に褒めすぎた、思ったより調子に乗り出した彼を窘めるかのように杖を一振しては、部屋一帯にきらきらとまるで金平糖のような星を降らして、ひらひら落ちる星のひとつを手に取っては彼の前にかかげ、)
__うわっ?!
(あっという間に広がった幻想的な景色に、思わず感嘆の声を洩らす。見よう見まねでやってみようと、早速イメージするのは部屋中に広がる星達。先程のように杖を振ると、その先からバチバチッと音を立てて勢いよく火花が飛び出す。予想外の結果に驚いて杖を床に落とし)
ッ、火花を出す時は野宿の時にどうぞ
(思いがけなくバチバチと、電光石火のような勢いで彼の杖先から走る火花に、僅かながら肩を揺らして。まだ自分は火が怖いのだと情けなく思いながらもいつもの調子で彼の揚げ足をとりながら、落としてしまった杖を拾い上げ、)
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