匿名さん 2020-03-29 00:14:35 |
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野郎の癖に煙草の匂いよりアロマが好きとか抜かしてる時点で俺からすりゃ充分拗らせてるよ。おめでとさん。
世間にはあんたみたいに、鍵開いてるから入っちゃおうとか勝手に合鍵作っちゃおうとか考える頭のおかしいのがいるからそりゃ嫌でも防犯意識は持つわな。おう、精々頑張りな…って、これ俺んちに不法侵入されんだよな?さっきの無し、やっぱ頑張んなくて良い。途中で諦めて大人しく帰れ。もし通報されたって俺しらばっくれるからな、こいつ俺のストーカーですって。
他に決めておく事なけりゃ俺の方から勝手に書き出し始めるけど、明日からちょい立て込みそうなのと纏まった時間ねぇと書けないのとで例によって結構遅くなると思う。それとあんたの体調とか毛ほども興味ねぇけど、冗談抜きで今ほんと物騒な世の中だし、あんたの背後さんにはくれぐれも体に気をつけるよう伝えておいてくれ。いつもお世話になってますよっと、そんじゃ。
成る程、僕が防犯意識の向上に一役買ってるって事だね。それは何よりだ。相棒に向かってストーカーだなんて酷いじゃないか。お隣さんに見られて通報されないように、ピッキングの特訓をしてから行く事にするよ。
了解、無理の無い範囲でね。嗚呼ありがとう、伝えておくよ…その優しさをほんの少しでも僕に向けてくれたら嬉しいんだけど。なんて、本当厄介な事になってきたよね。君も忙しいのだろうし、くれぐれも無理をし過ぎないようにね。背後さんに宜しく。此方は返信不要だよ。
( 最寄り駅から20分と言う最悪の立地に自分の住む木造二階建てのアパートは立っていた。築30年にもなる其処は長年手入れがされておらず年季が入り、何処となく哀愁を漂わせ、昼夜問わず見るからに堅気では無い人間や他国からの者が出入りをし日本語以外の多種多様な言語が入り混じるそのさまは、寂れた雰囲気も相まっては宛ら小さなスラムを彷彿とさせる。薄い壁によって生活音は殆ど筒抜け。夜中になれば隣では謎の異国語と共にどんちゃん騒ぎが始まり住み心地は最悪だったが、居心地は悪くは無かった。来る者拒まずと言った無法で雑多な雰囲気が自分の性に合っていたのだろう。組織に入るより以前、身分証や保証人が不要との事で入居を決めた物件だったが、気が付けば住み始めてからもう八年が経過していた。そんな我が家に仕事明けの朝方に這う這うの体で帰宅すると、ベットリと張り付いた血糊と汗を温度調節の上手く行かないシャワーで洗い流し、着慣れたTシャツと短パンに身を包む。床のあちこちに危うげに積み重なる雑誌や漫画、仕事の参考資料や書類の山を蹴り飛ばしながら窓際に置かれた六畳一間のほぼ半分を占めるベッドの上へ勢い良くダイブすると、よっぽど疲れていたのだろう、眠りに吸い込まれたと思った次の瞬間には枕元でスマートフォンがけたたましく鳴き喚き、午前九時を告げていた。うっすらと目を開けると下げたブラインドの隙間から漏れ出るのは目映い日差し。未だ寝足りないのか体が重い。昨日あれだけ頑張ったのだ、二度寝したって罰は当たらないに決まってる。とろりと寝惚けた眼を擦りながらスマートフォンのアラームを切りそれをベッドの下に投げてしまうと、十五分後の自分が自然と起きてくれる事を信じ、体を丸めて布団を頭まで引き上げた。)
この前遅くなるとかビビらせるような事言ったけど、書き始めたら何か思いのほかあっさり終わったから投げとくわ。最初と同じで確認宜しく。もし気になるとこ無かったらこの返信いらねーよ。
(目を覚ましたのは、相手のアラームが鳴り響くおよそ1時間前の事。昨夜の就寝時間は遅かったにも関わらず、普段通りの時間にベッドを出ると欠伸をしつつ洗面所に向かい、歯を磨きながら部屋のカーテンを開ければ暗かった部屋に日射しが差し込んで。生活感が薄くどこか無機質さも感じさせるこの部屋は、本部から程近い都心に建つ小綺麗なマンションの中層階。そこそこの値段のマンションだからこその特権だろうか、治安も良く部屋の中に居る限り他の住民の気配や生活を感じる事は殆ど無い。無機質な空間に一人身を沈められる、というのはこの上なく快適だった。顔を洗い身支度を整えた所で時計を見遣る。昨夜が遅かっただけあって、この時間で有れば相棒はまだ布団に包まっている頃だろう。時間もある事だし遊びに行こうか、なんて気が起きると引き出しから紙を留めるクリップを2つ取り出して。彼の住む部屋は鍵が古いため、レンチとクリップが2つも有れば勝手にドアを開けて入る事は可能。そうと決まれば、と颯爽と部屋を出て、エレベーターで遭遇した住民に、にこやかに「おはようございます」なんて会釈をしつつ、向かったのは相棒の家。相手の部屋に到着したのは午前9時を少し回った頃で、部屋の前にしゃがみ込むと鍵穴に道具を差し込んで。どう見ても不審なこの状況だが、生憎アパート内に人の気配は薄い。相手と同じくまだ眠り込んでいるか、既に家を空けている住民が多いのだろう。そうこうしている内に、カチャリ、という小気味の良い音と共に鍵が空いた感覚。立ち上がり躊躇なく部屋の扉を開ければ、薄暗い室内、その奥のベッドが丸く膨らんでいるのが薄らと確認出来た。相手の嫌そうな反応を思い悪戯な笑みを浮かべつつ部屋に上がると徐にカーテンを開き意気揚々と声を掛けて。)
──おはよう、喜一くん!良い朝だ、起きる時間だよ。
流石は喜一くん、仕事が早い。嬉しい誤算だね。2人で本部に向かってから今日の任務を言付けられて事前調査、という感じにしよう。夜は飲みに行くのも良いなぁ、なんて。また相談するよ。
( 此処には貧乏ボロアパートらしくプライバシーやセキュリティの概念はない。立て付けが悪く取っ手がぐらついているドアは蹴破ればいとも容易く中に入れる事だろう。それでも空き巣や強盗と言った犯罪の被害が皆無なのは、住まい全体とその住民たちが発する異様な空気のお陰に他ならない。熱心な宗教勧誘の人間ですら訪問を躊躇う禍々しさを醸し出している此処はある意味最強の要塞と言える。そう、此処は安全で快適な自分の砦。誰にも自分の時間を邪魔することなど出来ない、筈だった。──カチャリ、いくら寝惚けていてもこの部屋では耳馴染みの無い音と共にドアが開いたのは直ぐに分かった。包まる布団越しに何者かが此方へと近づく気配が伝わる。こんな時間にお客なんか呼んでいない。敵襲、お礼参り、報復、物騒な言葉が次々と頭の中に浮かぶ。意識が朧げなままに反射的に枕の中に手を遣ると、手に収まる程の小振りは拳銃を持ち、慣れた手付きで安全装置を外し。自分が布団を払い除けて気配のする方向へと銃口を向けるのと、突如陽光が部屋全体に降り注ぎ、朝日を思わせる清々しい声が部屋に響き渡ったのはほぼ同時だった。)
……朝からなんっつー目覚めの悪いもん見せてくれてんだてめぇは。人の敷地に無断で入ったらいけませんって、ママに教わらなかったのか?
( 刺すような光に目を細めながら来訪者の顔を視認するなりぐにゃり、と文字通り苦虫を噛み潰したような表情を。大方お節介と言う名目で嫌がらせにでも来たのだろう。至福の時間を邪魔した不届き者をこのまま撃ち抜いてしまっても良かったのだが、短気は損気と昔の諺にもあった気がする。ベッドに腰掛けた状態のままいつも以上に乱れた髪の下から眠気が抜けきらない為にやや緩い眼光で相手をじっと睨み据えると、「 撃たれたくなかったらさっさと失せろ 」と言いたげな顔で銃口をドアの方へと指して。)
まぁな、例え時間がなくったって、俺に掛かればざっとこんなもんよ。つっても今回の返事は若干遅れちまったが…完璧過ぎても魅力に欠けるとも言うしな。この先の展開はあんたの提案で文句なし。今日は割と機嫌良いから、飲みは全部お前持ちなら行ってやらない事もねーかなぁ。はいよ、御用がありましたらなんなりと。
心外だなあ、せっかく相棒が起こしに来てあげたって言うのに。あー怖い怖い、埃っぽいから窓開けるよ。
(ブラインドが開き日射しの差し込んだ事で漸く室内を見渡せるようになり、最初に目にしたのは此方に向けられた銃口と相手のこの上なく不快そうな顔。両手をひらりと上げて笑うながらそう言うと、心にも思っていなさそうな言葉を口で呟きつつ、直ぐに手を下げてブラインドを一番上まで上げてしまうと相手の許可を取るよりも前に窓を開けて。ベッドに腰掛けた相方はどうやら部屋を出て行けと言いたいらしい。其れを理解しながらも無視して部屋を歩き回っては、積んであったものを蹴り飛ばしたのであろう床に崩れた漫画を見つけ、その場に蹲み込んで暫し物色。下の方にあった1巻を引っ張り出すとペラペラと頁を捲り「これ読んで良い?」なんて呑気に相手に尋ねて。しかし未だに動き出す気配なく、再び布団に潜り込んでしまいそうな相手の様子に、やれやれ、と態とらしい溜息を一つ。漫画を手にしたまま再びベッドに近付き至近距離で顔を覗き込んで。)
クマ、結構酷いよ。…仕方ないなぁ、お疲れの喜一くんに優しい僕が珈琲でも淹れてあげよう。
(なんて言いながら、ベッドに漫画を置いて立ち上がりキッチンへ。相手の為、と言いつつ自分が飲みたくなったという単純な理由だったが、コンロの上に置いてあったやや年季の入ったヤカンに水を入れ火にかけながら、勝手に侵入した事を悪びれる事も、部屋を出て行く事もなく平然と豆の場所を尋ねて。)
待たせちまってるよな、わり。返すのにあと少し時間掛かりそうだって言いに来た。背後の奴が今月は色々とバタバタしててだな、今週中には返せると思うんだが…流石に黙ってどっか行くほどの禄でなしじゃねぇからもうちょい待ってろ、じゃない。待って、ください、はい。
お疲れ様、喜一くん。連絡ありがとう、君の部屋で漫画でも読みながらのんびり待ってるから気にしなくて大丈夫だよ。悪い風邪も流行ってるから、無理しないようにね。あとは良く寝る事。勿論、相棒が戻るまで僕はちゃんと待ってるから心配しないで。
…あのさぁお前、この状況理解してる?それとも分かった上でその態度なのか?
( 銃を向けられて驚きでもすればまだ可愛げもあった物を、相手にとってはそんな物は取るに足らない、あまつさえ笑みを浮かべる余裕すらある事らしい。尤も自分が逆の立場でも今更銃如きに可愛らしく震える何て事はしないが。それにしたって現在この場を支配出来る武器を手にしているのはずぶの素人では無くこの自分なのだから、もう少し怯えて見せたって良いだろうに。目の前の男の綽綽とした態度を前に眉間の皺をより深く刻み込みながら、脅すように銃を構え直す。その間にも男は自分の部屋をあちらこちらへうろうろと。銃口は都度相手の動きを捉えて離さない。一体何をするつもりなのかと暫くは相手の様子を注意深く観察していたものの、床に屈み込んで漫画を読み始めた際に漸く「 ああ、こいつほんとに嫌がらせに来たんだ 」と悟るとこめかみにうっすら青筋を立てながらベッドの近くにあった雑誌の山を苛立ち紛れに蹴り散らし。)
…誰の所為だと思ってんだよ。ったく、朝っぱらから気分わりー…すみませんねぇ、生憎うちはコーヒー豆とか言う瀟洒なもん置いてないんですよお坊ちゃん。
( 顔を覗き込まれると不機嫌そうに見詰め返すのは淀んだ黒い双眸。一連の行動からしてこの部屋から出て行くつもりは毛頭ないらしい。引き金に掛けた指に緩々と力を込めたり抜いたりを繰り返しながらも此処で銃弾を轟かせる事の恐れが怒りに打ち勝つと、諦めて溜息を吐き安全装置を上げ直したそれを再び枕の中に隠し。それから無遠慮にキッチンを使い始めた相手の背中を追って自らもキッチンに立つと、小型冷蔵庫を開け缶コーヒーを二本取り出しぶつくさ言いながらも片方を相手に向け放り投げて。「 …んで、今日何やんだっけか 」と、缶コーヒーのもう片方を開け啜りながらそれとなしに尋ねてみる。任務についてはいつも事前に詳細に関する書類が渡されているのだが、予定通りに行く事の方が珍しい業界である以上任務の順序に変動が起きる事がある他、まずもってこの部屋の中では書類を探すことすら難しい。返答を待つ間缶コーヒー片手に部屋に戻ると、着ていたTシャツを脱ぎ捨てもたもたと着替えを始めて。)
ただいま、で良いのか?大分落ち着いたから今後は問題なく返せると思う。にしても期せずしてあんたに大きな借りつくっちまったなぁ。いつもならその漫画も怒鳴り散らしながら取り上げてやる所だが、今回ばかりはなんも言えねぇわ。ぬあー…っと、その、もし次あんたが同じような状況になった時は俺もずっと待ってるから。これからもあんたの気が向く限り、宜しく頼むな。
朝から随分ご機嫌斜めだね。勿論理解してるよ、相棒の部屋に遊びに来ただけなのに“どういう訳か”銃を突き付けられてる。
(自分の動きに合わせて追いかけて来る銃口を見て、やれやれ、と言った様子で相手の問い掛けに答えると再び軽く両手を上げて。元はといえば不法侵入した自分のせいなのだが其れは知らないフリをしつつ。物騒にも銃口を向けられているため降参の意味で手を挙げているのだが、いかんせん怯える事もなく手を上げたまま他の物に気を取られたりするものだからその意図が伝わらない。「勘弁してよ、僕この部屋では死ぬのは御免だよ」なんて言いながらも、彼が本当に拳銃の引き金を引くとは思って居らず、その口調は間延びしたもの。此処は彼の城であり、此処で銃弾をぶっ放すには彼にとってのデメリットが多すぎる。尤も、此処が自分の部屋で有れば引き金を引かないとは言い切れない程、彼の機嫌を損ねた事は確かだった。漫画を捲っている所で急に雑誌の山を蹴り飛ばされれば、不意の其れには流石に驚いた様子。苛立っている相手を見て、床に崩れて足場をまた狭くする雑誌の雪崩を見て、「あーあ、片付け大変だよ、それ」と、どこまでも彼の神経を逆撫でする言葉を投げかけた。)
それは残念だなぁ、今度は僕用に用意しといてよ。──そうそう、君の事だから任務の詳細にも目を通して無いだろうと思って来たんだ。…なんでも、僕らに黙って人身売買に手を出してる組織があるらしい。今の所、ベルの一部の輩が陰でコソコソ動いてるっていう情報が来てる。港湾倉庫ら辺で頻繁に目撃されてるらしい、裏さえ取れれば直ぐにでも動けるから今日はその下調べって所かな。
(豆が無いと聞けば、残念そうにそう言いつつヤカンの火を止めて。投げ渡された缶コーヒーを受け取り礼を言ってプルタブを開けた所で今日の任務について聞かれると、ようやく本題を思い出して真剣な表情になると現状を伝えて。下調べという事は、港湾倉庫周辺で人身売買に携わっている構成員を捕まえて内情を吐かせ、別の構成員に気付かれないよう発信器でも付けて巣の場所や内部の構成を確認出来れば今日は上出来だろう。ようやく着替え始めた相手を待ちながら、その辺に散乱している紙を拾い上げるとその中からつい先程説明した任務の詳細が書かれた紙を見つけ。手持ち無沙汰にその書類で紙飛行機なんて折ってみながら「重要書類はちゃんと保管しないと」と、相手に向けて飛ばして。)
おかえり、大変だったね。お疲れさま。君が声掛けてくれたから、僕は心配せずのんびり待てたよ。お、それは心強いなあ、その時は僕も早めに声掛けるようにする。僕の気はずっと向いてるだろうから、こちらこそこれからも宜しくね。
…ほー、そいつは大変だ。それで一人じゃ不安だからこうして俺を迎えに来たって訳だな。なら仕方ない、手を貸してやろう。
( 一度に二つの事を行う何て器用な事は出来ない性分。ワイシャツのボタンを留めたり荒れた部屋のどこかにあるネクタイを探したりしたながらの為に、相手の話は耳から入っては脳内で吟味される事なく逆側の耳から抜けていく。真面目な顔で語る相方に対して至極面倒そうな顔で全く噛み合っていない返事をしながらとっ散らかった山の中からやっとネクタイを発掘すると、何年経っても慣れない手付きで首元にそれを掛けて。最中ふわりと此方へ向かって飛んできた紙飛行機を片手で取って広げると、部屋と同じく乱雑に散らかった頭の中から記憶の一片が蘇る。そうだ、そう言えば最近不穏な動きをしている組織があるとか何とか聞いていた。任務を受けた時にどうして下調べくらい相方一人に任せないのだと陰で憤慨した事を覚えている。)
うっせ、これでも俺なりにちゃんと保管してんだよ。まさか床に広がってんのが重要書類の束だとは誰も思わねぇだろ。──要するに今日は一日南雲くんとデートって訳か、全く嬉しくって涙が出てくるね。お察しの通り任務の内容なんて殆ど飛んじまってるから、精々エスコートの方頼みますよ。
( 日頃自分のことを笑顔でチクチクと突いて来る相手と一日中一緒に過ごさなければならない事実にゾッとしながらも、ボスからの命令である以上断る選択肢などはなから無い訳で。であればさっさと済ませて帰るのが賢明だろう。体からそんな諦念を含んだやる気が漲るのに任せ、せかせかと着替えを済ませて洗面所に向かうと冷水を顔に掛けて無理やりに意識を醒まさせて歯を磨き。途中はたとスマートフォンが無いことに気が付き床に這いつくばり、起きがけに寝惚けてぶん投げたそれを求めて書類と漫画の山を掻き分け。その途中、読みかけの雑誌に気を取られること数度。そうして出発の準備を終えたのは相方が迎えに来た一時間も後の話。漸く探し当てたスマートフォンを持ち人を待たせている事など知るかといった太々しい態度でスニーカーを履くとドアを開け、「 おら、早くエスコートしろ 」と親指で快晴の広がる外を指して。)
(此方が真剣に話しているというのに、彼の反応は全く見当違いなもの。話した内容の2割も彼には伝わっていないだろうが今の彼に何を話した所で意味は無さそうだと、呆れたように溜息を吐きつつ彼の準備を待つべく足元を雑誌やら何やらに阻まれた椅子を少し引き腰掛ける。足を下ろしておくと些細な弾みで辺りの物を盛大に崩してしまいそうで、椅子の上で膝を抱えるようにして忙しなく動き回る相手の行動を眺めていて。それにも飽きて先ほど見つけた漫画を読み進めること数十分、ふと顔を上げれば探し物をしつつ手が止まっている様子の相手が視界に入り態とらしく声をかけて。)
すみませーん、待ちくたびれたんですけど早くして貰って良いですかー
(漫画を一冊分読み終えた頃にはこの部屋に来て1時間が経過しようとしていて、ようやく相手の準備も終わった様子。雪崩を起こさないよう細心の注意を払いながら玄関に向かうと、スニーカーを履く相手のネクタイはいつもの如く緩く、結び方も怪しい。「…ネクタイ締めてあげようか?それか、簡単に付けられる蝶ネクタイでも買ってあげようか。」なんて尋ねつつ、靴に足を通して部屋を出れば快晴の陽射しに目を細めて。駐車場に止めてある車まで歩きつつ、待ちくたびれた腹いせにそんな皮肉をぶつけて。いつしか2人で任務に出向く時は自分が運転主を務める事が常になっていた。気のない返事を返しつつも相手の定位置でもある助手席の扉を開けて。)
喜一くんて本当健気だよねぇ。僕とのデートが楽しみ過ぎて支度に1時間も掛けちゃうなんてさ。…はいはい、助手席にどうぞ、お嬢様。
…あんたが結ぶってのは論外だが、蝶ネクタイは案外悪くないかもな。
( 相方の発言でふと首元に在る不格好に結ばれたネクタイを片手で摘んで眺めてみる。これまでネクタイを締める機会なんて一度もやって来なかった為に、結び方なんててんで見当も付かない。『 ネクタイ 簡単 結び方 』と調べても、サイトに嘘が書いてあるのかそれとも自分の理解力に欠陥があるのかどう足掻いても上手く結べない。ならばいっその事開き直って蝶ネクタイにするのも存外良いのでは、と皮肉として言葉を放ったであろう相手に対し、顎に手を当て思案顔を。とは言え今から買いに行くことなど出来ないので、若干気にする素振りを見せるに留め我が家を後にして。一歩外に踏み出すと目に入ったのは雲一つなく清々しいほどに青く澄み渡った空。陽光は燦々と降り注ぎ自分達を眩く照らしている。その刺すような光がまるで自分達の事を咎めているように感じてしまうのは、きっと不本意な任務を前に神経が尖っているからに違いない。足元に落ちた濃い影に目を落としながら相方と共に駐車場に停められた車へと向かう。気障ったらしい流れるような所作で助手席のドアが開けられそれと共に''お嬢さん''と言う言葉が聞こえた瞬間、無意識の内に顔が強張るも、こんな事でいちいち癇癪を起こしていたら流石に身が持たない。)
──そりゃあ、ドア勝手にこじ開けて彼女を叩き起こしに来てくれる優しい優しい彼氏とのデートだからなぁ。念入りに準備しないと失礼ってもんだろう?…次は俺が起こしに行ってやるから楽しみにしとけ。
( 言葉の最後には相手の方へと顔を寄せ噛み付くように鋭い犬歯を見せつけながら低い声で唸ると、相手の反応を待つより先に助手席に乗り込み勢いよくドアを閉めて。腰を落ち着けるとジャケットから煙草の箱を取り出しながら先程軽く目を通した書類の内容を思い起こす。無断で人身売買、臓器の横流し、動いているのは少数の人間、取引場所は港湾倉庫と思われる…直接現場に殴り込むんじゃ駄目なのか?一人首を傾げる。下調べをしろと言うからには恐らくその前にやるべき事があるのだろう。頭脳労働は相方の仕事、悔しいが自分はそれに従った方が上手く行く。ただそんな感情はおくびにも出さず、後から運転席に乗って来た相手に対し煙草片手に綽綽とした態度で「 それで、デートプランの最初は?」とでも訊ねてみようか。)
じゃあ喜一くんは僕の為にわざわざお洒落してくれたって事だ。──残念でした、僕の家はナンバーキーだから簡単には入れません。
(威嚇するような相手の表情も意に介する事なくけらけらと笑いながらそんな冗談を言っては、ドアが勢い良く閉められる前に挟まれないよう手を離すと、車の前方を回って運転席のドアを開けて。シートに座りシートベルトを締めながら、起こしに行く、という相手の言葉には愉しげにそう答えればエンジンを掛けて。相も変わらず、悪びれる事もなく隣で煙草の煙を揺らめかせる相手を見ては、迷う事なく運転席側と助手席側の両方の窓を開けて煙を逃す対策を。そうしてようやくアクセルを踏み込むと目当ての港湾倉庫方面に向けて車を走らせて。)
……とりあえず、港湾倉庫周辺でベルの構成員を探すのが先かな。この時間じゃあ流石に大っぴらに取引きはしていないだろうし、とりあえず現状把握が先だ。1人見つけて拉致したら、適当な場所で情報を吐かせる。これがデートプランその1。実際に動いてるのは少数だけど、どうも根が深そうなんだよね。
(左手に海の見える幹線道路を走りながら相手にプランの説明をして。上からの話では、実際取引を行うなど表立って動いているのは一部の下っ端構成員だが、組織全体を巻き込んで横流しが行なわれている可能性が高いという。そうなれば表立って動いている輩を抹殺するだけでは根本の解決にはならず、ベルの内情を探る為にも下っ端を拉致して情報を吐かせる必要があった。また、巣の内部構造を把握するため、毒を持ち帰らせる働き蟻も必要。一日がかりの調査になりそうだと溜息を吐きつつ、程なくしてコンテナが積まれた倉庫がちらほらと見え始め。)
気にしないでよ、実を言うと僕もこの前読み間違えて返事しちゃったし。これでオアイコだね。
バタバタしてるって言ってたし、忙しくしてるのかな。僕は此処で気長に待ってるから良いんだけど、君が無理をし過ぎていないかが相棒としては心配だよ。また落ち着いたら顔を出してくれると嬉しい。身体には気を付けて、煙草も程々にね。
んー、と、あー…どのツラ下げてとか言われそうだな。約一ヶ月振り?流石の良い子ちゃんも愛想尽かして消えてそうだが、漸く落ち着いたんで言い訳だけ。あんたも察してる通り、五月に入って恐ろしいくらいタイミング悪く予定が重なっちまって何にも手ぇ付けたくねぇ状況に陥って、ん、で、気が付けば五月も半ばになってた。つーわけで今の今までずっと忙しかったかと聞かれればそうじゃねぇんだけど、やっぱ気不味くて顔出し辛かったってのが本音。じゃあ何で今更来たんだよって話なんだが、他所であんたが書いたメッセージ見つけてさ。いや、別にあんただって確証はねーんだけど、兎にも角にも、そのメッセージ見てたら居ても立っても居られなくて、漸く踏ん切りも付いたってわけ。コンビ解消するにしたって、此処まで相方放ったらかしにした理由ぐらい言って終わんなきゃてめぇも癪だろうし卑怯だよな。……あんた今何してんだろうなぁ。器用で世渡り上手なあんたの事だから、とっくに切り替えて良い奴捕まえてそうだ。ま、その方が俺も気持ち楽なんだけどよ。…んじゃな、俺の最低で最悪で最愛の相棒。精々達者でやれよな。彰。
あれ、生還報告じゃなくてお別れのご挨拶?ちょっと留守にしてる間に健気な僕を差し置いて、自分だけ言いたい事言ってさっさと居なくなっちゃうなんて本当狡いよね。忙しいのは仕方ないし、時間が空いて来にくくなっちゃうのも分かる、気にしないでって言っても君は気にするかもしれないけど──只、僕は君がいつか戻って来たら良いなあって思いながら漫画読んで待ってたんですけど。
ちなみに、僕は此処から出た覚えが無いんだよね。君が見たそのメッセージってやつ、多分僕じゃない誰かさんが書いた物だと思うよ、…ま、それを見て君が此処に戻ってきてくれたなら、そのメッセージには感謝しなきゃいけないんだけど。僕も喜一くんへの愛の詩でもその辺に書いとけば良かったかな、
あーあ、一方的にコンビ解消なんて話するだけして、さっさと居なくなっちゃうんだから本当君って性格悪いよね。喜一くんのばーか。楽にさせてあげられなくて悪いけど、君とはなんだかんだで良いコンビだと思ってたし、そう簡単に乗り換えたりなんてしないよ。新しい相棒募集だって見かけてないでしょ。…まあ、こんな泣き言を言っても君が本当に此処を去るって決めたなら、引き止めるのも野暮かな、とも思うんだよね。
とりあえず、悪かったとか気不味いとか抜きにしてまだ僕に付き合ってくれる気が少しでもあるならさ、戻って来てよ。まだ君とやりたい事も色々残ってる。
もし、もう此処を出て行くって固く決めたり、これを見る事もなかったりするなら、引き留めるのはやめるよ。今までありがとう、そっちこそ達者で。
──という訳で、僕はもう少し此処にいる。後者なら返事は要らない、その場合でも適当に切り上げるから心配しないで。身体、壊さないようにね。喜一くん。
…性格悪ぃのは生まれ付きだ。今更直せねぇから許せ。変な諦め癖付いちまってんのも、見切りが早えのも生まれ付き。こっちも直せねぇから、早とちりして別れ話を帰りの手土産にしたのも見逃せ。まさかあんたが此処までお利口さんだとは思ってなかったんだよ。代わりに馬鹿でも何でも、言いてえ事あんなら何でも黙って聞いてやるから好きなだけ吐けよ。つかさ、お前嘘吐いてね?はっきりとした確証は持てないまでも、彼処で見掛けたのはあんただと思ってたんだが…まぁ違うってんならそう言う事にしとく。ぁー…あんたからの熱烈なラブコールに釣られてのこのこ戻って来たは良いが、やっぱあれだ、…気不味いな。取り敢えずは面と向かって謝っとかねぇと。…一ヶ月も無言でほっぽり出して悪かった。それと待っててくれてありがとな。実はあわよくば最後に反応してくんねぇかなぁ、何て思って何回か覗いてたからさ、返事貰えてすげぇ嬉しかった。つっても引き留められるまでは正直予想外だったけどな。…と、まぁこれがあんたからの返信見た上で今抱いてる俺の本音。あんたの気が未だ変わってねぇなら、このままもう少しだけ、此処に留まって言葉を交わす事を許してくれ。
本当、口も性格も悪いし短気だし、…君の相棒はやっぱり僕にしか務まらなそうだ。戻ってきてくれて良かった。僕の忠犬さも伝わったようで何よりだよ。吐いてないってば、もしかしたら忘れてるだけかもしれないけど。そんなに僕っぽい人が居たなんて、逆に気になるなぁ、同じ境遇の人でもいたんじゃない?どういたしまして。僕も、数字が増えてるの見て待ってて良かったって思ったよ。もちろん、馬が合わないとはいえ君は僕の唯一の相棒だからね、居てくれないと困る。別にペースは気にしないし、忙しいからちょっと遅くなるって教えてくれればそれで良い、また戻って来てくれればね。──おかえり、喜一くん。
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