小説家 2018-11-29 01:25:00 |
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─今後とも宜しくお願いします。
(ここの店主は先生の作品のいち読者でもあり、店主と客という立場でありながらもまるでファン同士の語り合いのように先日出版された新作についての会話を少々。現在執筆中の物に関しての詳しい口外は出来ないはが期待しておいて下さいと一言だけ添えておこう。2つの会計を終えると2人分の袱紗と財布を鞄に仕舞う。毎度丁寧に包装までしてくれるこの店とは今後も長い付き合いになるであろう、1つ挨拶を交える。2つの箱を大事に抱え車に戻り、荷物をトランクに蔵う。運転手と次の目的地である家具屋の場所を確認、出発を。)先生、今回もとてもいい筆を購入出来ましたね。僕も心機一転、これからもこの万年筆と共に精進致します。(今日の目的はあくまで相手の買い物のお手伝いであるも、つい購買欲に負け万年筆を購入。公私混同してる気もするがそれを許してくれる先生のお人柄と心の広さに感謝しつつ、私物の購入は久しく、気分は新しいおもちゃを買ってもらった子供かのように開封するのが楽しみだと嬉々と笑って。)
嗚呼、此れで書き物にも精が出る。
(車は静かに動き出し次なる目的地へと。相手の言う通り今回購入した筆は機能性も見た目の美しさも申し分ないもの、正に良い買い物が出来たと言うに相応しいだろう。相手が購入した万年筆も、自分が初めに勧めた物を相手が気に入り珍しく購入に至った事がやや誇らしくもあり何処か嬉しくもあったが、その子供っぽい感情は今は黙っておこう。互いに日常生活でよく使う筆記用具を新調した事で機嫌は良く、次なる目的地である家具屋の前に車が止まるまでは普段よりも幾らか饒舌だったかもしれない。やがて再び停車すると此方もまた長く贔屓にしている家具屋の前で、車の音で気付いたのであろう店主が戸を開けて出迎えてくれ、軽く会釈をすると相手と共に店内へと。家具屋特有の微かな木の香りが心地良く周囲を見渡したものの、筆と違って椅子に関しては特段の拘りがあるという訳でもなく、この大量の商品の中から幾つかを絞り込むのは相手に任せたとばかりに軽く首を傾げただけで。)──どれが良いやら、…五つくらいに絞ってくれるかい。お前さんの方がそういうセンスや見る目はあるだろうから。
─…そうですね、先生の使う机の高さに合うのは、…これと、これと…あ、これも合いそうです。
(文具屋からさほど遠くない距離にある家具屋に着くと、相手と共に入店。店主と一言二言挨拶を交わした後、店内の家具を見渡す。大きなものから小さなものまで全てが揃っていて、木の良い香りが鼻腔を満たしてくれる。相手からの言葉に、まずはサイズかと手帳を取り出しては事前に測っておいた机のサイズが記されたメモを見る。いかんせん自分も家具についての知識は乏しい為、店主と話し合いながら選抜。5個程示し、「この椅子は座面が広く、ゆったりと座れますし、隣の椅子は背凭れを好きな角度に変えれるみたいですよ。これは背凭れが低めなので、見た目はすっきりして見えますが長時間座る事も多い先生にとっては疲れやすいかと。あとは全て似たり寄ったりなので見た目の好みです、」と特徴的な性質を持った椅子の説明を。長く使うものでもあり、下手に買い物しては直接体に影響してしまう。慎重に進めようと、うーんと頭を捻らせ、)実際に座ってみては如何でしょう、体にフィットする物が見つかると思います。
…椅子一つ取っても機能性に優れた物が次から次へと生み出されるんだから感心するよ。
(椅子選びを相手と店主に任せ、自分はその側で関係のない家具を物珍しげに眺めていたものの幾つか絞られたものを示されると、椅子一つ取っても工夫が凝らされ利点の異なるデザインに感心したようにひと言。勧められた通り、実際に腰を下ろしてみると一層それぞれの特徴がよくわかるようで。確かに相手の言う背凭れの低めの椅子は長く座ると疲れに繋がりそうで、初めに候補から外し。背凭れが柔らかいタイプは背中への負担が軽く座り心地は良いが、何となく柔らか過ぎて落ち着かない。相手はその辺りの微妙な自分の好みも既に分かっていたようでクッション性の高い背凭れの椅子は選択肢の1つだけ、その椅子も候補から外し。やがて残ったのは背凭れの角度を変えられるという椅子と、背凭れが高めでやや湾曲したデザインのシンプルな木の椅子。木製の椅子はシンプルな作りだが背中を覆う背凭れの湾曲具合が程よく、無理なく執筆を続けられそうだ。背凭れの確度を変えられるというのも、休憩を挟むのに丁度良いかもしれない、デザインも綺麗で部屋にも合うだろう。立ち上がりつつ相手を振り返り最終的な判断は相手に任せるとばかりに相手も椅子に座らせて。)──此の二つならどちらでも良い。お前さんも座ってごらん、
見た目のデザインだけでなく、コンセプトや特化した機能面に関しても異なりますもんね。
(目の前で入れ替わり座り、取捨選択していく姿を見ながら改めてその機能性の違いに関心をする。椅子ひとつとっても、各々特化した部分は異なり、ある特定の人向けの物から番人受けする物まで幅広く、其れはとても興味深い物で。残り2つ示された物に腰をかけ、体との相性や機能面での使いやすさを試した後、木製で、背もたれが湾曲した物を先ずは指で示して。)…フィット感はこちらの方があるように感じます。もう一方の物に関しましても、今まで調整可能の椅子を持っていらっしゃらないようでしたので、休憩を挟む際などに角度が変えられるこの椅子も捨てがたいです。しかしながら、先生は一度執筆活動に入ると熱中される印象があるので、この機能を使っている姿が想像し難い点は正直なところです。長時間使うとなると、体にしっかりとフィットした物が良いのかと。…なんて、最後は先生の好みです。僕の発言は聞き流してくださって構いません。長い時間体に触れるものですから、合わない物を買ってしまうと腰痛の悪化にも繋がりかねません。とことん悩んで、良い物を買いましょう!(意気込み、ぐっ)
…書き物をしていると、休憩の事なんてすっかり忘れてしまうからね。確かに此の椅子は見た目も洒落てるし、長時間座っていても楽だ。──…此れを戴こうかね。
(相手に決めさせてしまおうと思ったものの、上手い具合に決定権を委ねられ再びふむ、と思案して。言われてみれば背凭れの角度を自由に変えられる機能が付いていたところで大して休憩を挟まない自分にとっては宝の持ち腐れ。それよりは自分の執筆スタイルに合わせて、長時間座っていても疲れにくいところに重きを置く相手の助言は最もで。木製の椅子乍ら、執筆に使っている和室に置いても良く似合うだろう。細かい所ではあるが、着物を着る事が多い為座った時に皺が付きにくいのも利点だ。少し考えた後そう言って木製の椅子の方を示すと金額を確かめもせず購入を決めたようで。相手が選択肢を絞ってくれている時点で椅子の質に見合わない程の金額の物は除外されている筈で、後は多少高価な物でもこういう時に気兼ねなく買い物が出来るのは普段の余計な出費が一切無いからだろう。一年に数回程度の買い物、出掛ける事は好まないが年に数回となればその数回は楽しいもので、その上新しいものというのも気分が上がる。普段よりほんの少し機嫌が良さそうなのは、そのお陰だろう。)
体に合う物が見つかり、良かったです。
(自分自身が此方が良い、と決めた物と同じ物を選択した相手に本当に良いのだろうかと一瞬だけ戸惑いもしたが、僅かに見せる嬉々とした表情を見て、安堵感を覚える。家具1つにしても購入する機会は中々無いからこそ、慎重になるが良い物が見つかったようで自分まで嬉しくなる。お会計を済ませようと、「先生は先に車でお休み下さい。後は僕が。」と一言添え車を示す。預かった袱紗からお会計と、大きさから今日の持ち帰りは厳しいと店主と判断。馴染みの店の為、店主のご厚意で即日、家まで搬入してくれるとの事だったので住所を教えた後、お礼を一言。この間10分程であろうか、日にちや時間調整にやや時間を要し、足早に車へと戻り乗り込んだ。)─お待たせしました。折り畳み式の物ではない為、この車での搬入は厳しいとの事でしたので、明日午前10時に家迄搬入して頂く形を取りましたが宜しかったでしょうか…?
ん、其れが良いだろうね。私の今使っている椅子は処分しても良いし、必要だったら持って行っても構わないよ。
(再び会計を相手に任せ店主と幾つか言葉を交わすと車へと戻り、十分程度経っただろうか。相手が戻って来ると共に告げられた言葉に、大きさを考えれば当然だと頷いて。寧ろ今この車内に椅子を詰め込まれる方が窮屈で敵わない、相手の判断は正しいだろう。明日の朝に搬入されると言うことは今ある椅子は退けておかないとならない。今使っている椅子は廃棄なり、相手が使うようなら持っていくなりして良いと伝えつつ、長らく使った椅子、少し捨ててしまうのは寂しいような気がしながら。相手も車に乗り込むと目的地を言わずとも再び車は走り出し、次の目的地へと向かい。買い物は次の呉服屋で最後、到着まで30分程掛かるだろうか。布地の手触りや色などひとつひとつ手に取りながら選べるため着物を誂えるのは好きで、以前呉服屋に行った時にも、普段からあまり和服を着ない相手にも色々布を引っ掛けて楽しんでいた。呉服屋が一番滞在時間が長くなる可能性があるだろう。)
…はい、分かりました。
(搬入の時間を手帳に記しながら、忘れないようにと椅子の処分についての一言も書き記しておこう。相手が使っている椅子は自分が来た時から変わらない。いつから使っているのか定かではないが、筆や紙と変わらない、共に数々の名作を世に送り出した戦友とも言えるのだろう。捨ててしまうのが惜しい気もするのはまだ使える状態だけではなく同じものを使いたいという憧れもあるだろう。帰って、頂く事はできないか今一度尋ねてみようと思案。呉服屋に着き、店主に挨拶。店内に入ると、色とり豊かな景色に触れるとそれぞれ異なる質感を持つ布達。普段洋服ばかりの自分にとってはそれだけで物珍しく、思わず笑みも溢れたままに。煤竹色の着物が目に入ると手で示し、どうですかと笑って、)わぁ。呉服屋は何度来ても飽きませんね。色鮮やかで多種多様な生地を使った物…嗚呼、こちらなんて先生に似合いそうです。
…ん、落ち着いていて良い色だ。この辺りの色も品があって良い。この梅紫の反物なんかも上質で良い色が出てる。
(相手と共に呉服屋に入ると、所狭しと並ぶ様々な色や質感の反物。見て回りつつ相手の示した煤竹色の物に手を伸ばして布地に触れてみる。色は落ち着きと品があって普段使いもしやすく申し分ない、触れた感じも軽くて手触りも良くこれからの時期には重宝するかもしれない。その側に並んでいた紫色の反物の中から少し暗めの色を示すと其れを手にして。暗い紫の色味は元から白い肌を一層はっきりと白く見せ、凛とした風格を漂わせるため、此方は普段着と言うよりも少し出掛ける時や取材の際などの外出用には良さそうだ。手にして見るのは相手の勧めてくれた落ち着いた色味を始めとして全体的にやや暗めの寒色系が多く、中でも紫は気に入った色味が多いようで。実際に持っている着物も暖かい色のものは殆ど無いため、やはりその辺りの色味が好みのようで。呉服屋の店主に幾つか反物を当てて貰うが、肩周りや背中が以前に比べると少し薄くなったのだろうか、以前仕立てた物よりは多少詰めても問題なさそうだ。相手にも着物を誂えたくて仕方がないようだが、着物を着て行く場など滅多にないだろう。再び反物を手にしながら相手に似合う色味も探し始め。)──お前さんも一着持っていると良いと思うけど…今時じゃあ滅多に使わないからね。…この辺りの緑色は綺麗だ、若いとこういう色も似合う。
どのお着物も、とてもお似合いですよ。
(1つ1つ異なる色合いの着物を上から合わせて行く。少しの色の違いでも印象はがらりと変わるが、共通しているのはどれも先生にはぴたりと合う代物なのは、凛としたお顔立ちと醸し出す威厳あってこそ。洋服も主流となっている現代で、未だに着物を着用している姿に相手の性格や拘りが分かりやすく現れている。微笑ましく、ふふと小さく笑みを。)─…ありがとうございます。そう、ですね。以前に来た際も先生は僕に着物を着せて下さいましたが、若い僕は何処か小っ恥ずかしく購入までには至りませんでした。今思うと、自分が長年追っかけていた方が着ている物と同じ物を着るのに対して、手を伸ばしてみたい憧れと、僕なんか、という躊躇いが混合していたのでしょう。…6年経ちましたもんね。…付添人の身でありながら、図々しいお願いなのは承知しております、可能であれば僕にも1着、仕立てて貰えないでしょうか…?(相手の言葉と差し出された着物を手に取り、前に合わせた物を鏡越しに見ると、数年前に見た自分の姿より何だか様になっているような気がした。数年前も、相手と同じ物を着てみたいという憧れもあったが、若いなりの意地や照れも今思えば確かにあったのだろう。若気の至りだと、苦笑いを1つ。容姿に大きな変化はないのに、様になっているような気がしたのは精神的な面での成長を少なからず感じることが出来たからであろうか、自意識過剰だと言われれば確かにそうとも取れる。自分自身に、少しだけ恥ずかしさを覚えるが、良い機会だ、仕立てて貰おうと、付添の身でありながら、店主と先生に改めてお願いを。)
──其れは良い。私が何処に出しても恥ずかしくない良い着物を誂えてやるから安心しな。…御主人、悪いけれどお勧めの帯を十本程度持って来て貰えますか。若い人に似合いそうな物を。
(反物を幾つか手に取りながら相手の話を聞いていたものの、着物を仕立てて欲しいという言葉には分かりやすく反応を示して。もともと反物選びは好きな上、普段は釣れない態度乍ら、可愛がっている相手が初めて持つ一着を仕立てるとなれば気合いが入るのは当然の事。普段から喜怒哀楽を然程表に出さない彼にしては珍しく、愉しげな表情を浮かべつつ店主にそう依頼を。相手に似合いそうな色味の反物を手に、次々と其れを相手に引っ掛け吟味を始め。色とりどりの反物が畳の上に置かれ、鏡越しにじっと相手を見つめつつ候補を絞って行くその手際も良い。淡い色や黄味の強い色、暗さが目立つ色は余り相手のイメージには合わなかったのか早々に候補から外したようで、必然的に手元に残るのは赤青緑の三色を基調とした反物で。それでもまだ、その色の選択に合わせるようにして色の明暗が異なる反物を店員が次々と用意してくれるため一着に絞るには程遠い。相手に合わせてみると緑や青は洗練された雰囲気が出るし、赤は暖かみがありつつも凛とした雰囲気がありよく似合う。鏡越しに視線を合わせた相手は、確かに以前よりも大人びているし着せられている感じもしない。側に置くようになった6年前と比べても成長して、いっぱしの世話役として様にはなってきたと関心しつつ、其処でようやく相手に好みを尋ねて。)…確かに此の前よりもしゃんと背筋が伸びて、着物が様になるようになった。どれもお前さんには良く似合うと思うけど、色味の好みはあるかい。
…どのお着物も、捨てがたいです。(店主が持って来てくれた着物一式を相手の隣て同じように見遣る。いかんせん、和風をあまり着る事はないのでどれが自分にあうかなんて分からないし、ここに来て果たして似合う物はあるのだろうかと一抹の不安さえ。先生が選んだものを、軽く羽織り合わせて見ると、どれも格好は合い、鏡越しに真正面から見たり、はたまた顔を横に向けて見たりと浮かれた気持ちを無意識ながら出して。寒色系から暖色系まで一通り合わせた後に、好みを尋ねられ一考。お世話役として先生だけでなく色んな方をお家に迎え入れる事も多々ある。そんな時に、色んな方を暖かく迎え入れ、時に安心感を与えたい。凛としたクールな寒色系も、とても良かったが自分には暖かみのある色の方が合っているなと。選んだ理由は、少しこっぱずかしくて言うのには控えるが、暖色系のお着物を1つ、手で示して。)…どれも素敵はお着物でしたが、こちらが僕には合っているかな、と。先生は、客観的に見てどちらが良かったでしょうか…?
私と違って、お前さんには温かみのある色がよく似合う。寒色も良いけど、お前さんの印象には私もこの色が一番良いと思うよ。
(相手が選んだ着物に、納得したように頷いて。自分の着物ならば選ばない色ではあるが、相手には温かみのある色が良く似合う。一番良いと思っていたものを相手が選択したことに満足そうにしつつ手に取ったのは臙脂色の反物。深みがあって、それでいて温かさと凛とした雰囲気を醸す色は相手の初めての着物に相応しいだろう。華美な柄や装飾のない無地の布地、今時の若者ならば透かし模様の一つでも入っていた方が良いのかもしれないが、相手には余計な装飾は要らないように思えた。相手に臙脂の反物を羽織らせつつ、持って来てもらった帯をまた鏡越しに合わせてみる。臙脂色の着物に対して少し落ち着いた色合いの、白鼠色に薄く波模様の入った角帯が一番ぴんと来たようで、帯に関しては相手の希望を聞くことなく即決。着物が無地な分、帯には多少模様が入っていた方が映えるだろう。店主に声を掛ければ、呼ばれた店主は手慣れた手つきで相手の肩幅や丈などを測り紙にメモしていき。自身も先程合わせた幾つかのうち気に入った様子だった二着を購入する事に決めたようで、流石は長く通い詰めているだけあって注文の遣り取りも互いに無駄がない。店主も早々に寸法を測り終えるとその言葉に頷いて、三つの反物を抱えて。)──御主人、この臙脂色の反物にします。帯は此れ、悪いけど寸法を測ってやって下さい。私も先に合わせた煤竹色のと梅紫のを頂くので今日は三着。いつものように、出来上がったら家まで届けて下さい、急がないので。
本当ですか、…ありがとうございます。
(自分の目利きと尊敬する相手の目利きが一致したようでほっと安堵感を感じると同時に単純ではあるが″似合っている″という言葉が嬉しく口元を緩め笑って。相手が店主へと諸々を伝えると、慣れた手つきで次々と体の寸法を図られる。いかんせんこういう場は初めてな物で、店主が測りやすいようにと腕を上げてみたり、顔を上げてみたりと着いていくのに精一杯。全てを測り終え、相手の元へと向かって。)先生は2着お選びになられたんですね、どちらも先生にはぴったりの色合いです。あ、それと時間も随分と押してしまいましたのでお会計はご一緒で後ほど包みをお渡し致します。急遽僕の着物までお選び頂き、ありがとうございます。(予定時刻よりわずか押しており、着物の値段をちらりと見やる。先生が通っている所でもあって、値段も相応しい。お給料は頂いているが、出費する事もないため払える額かは確認済み、包みに入れて後ほどお渡ししますと申し訳なさげ、頬をかいて。)
──お代は結構。お前さんの初めての晴れ着だ、私が持つよ。この分は今まで通り働いてくれれば其れで良い…偶に良い菓子でも買ってきてくれたり、煙草に関して煩く言わなかったりすると、尚良いけどね。
(相手の言葉には軽く首を横に振ってそうひと言。相手の初めての晴れ着とも言える着物、長年側にいる相手に其れくらい仕立てて贈ってやるのは当然の事と、代金は不要だと告げて。これまでと同じように身の回りの世話をしてくれればそれ以上は求めない。此れからも側で働いてくれると言うのなら、着物の一着や二着安い物だ。しかし少し恩を売っておこうかと、揶揄い半分に笑みを浮かべて希望を幾つか。何はともあれ相手の着物に関して代金を受け取る気は無いようで、いくつか店主と言葉を交わせば見届ける気なのか相手に支払いを促して。この後に取っている料亭には、おそらく運転手が機転を聞かせて既に連絡をいれてくれている筈、急ぐ事はないと、反物を眺めつつ相手の支払いが終わるのを待っていて。)
お気持ちは有り難いのですが、このような高価な物を…
(相手の言葉に目を丸く、思わず即座に首を横に振ってしまう。着物となるとそれなりの額はする。自分から見たら高価な物、で。払える額はあるも、ぽんと出せる額ではないのだ。だからこそ決心を固めた物の、相手の申し出に込められた想いを考えるとあまりないがしろにするのも失礼なのか。それにそのような想いを持って自分に贈ってくださる気持ちが何より嬉しく、2つの狭間で葛藤しながらも急かされ相手の冗句に「た、煙草は目をそらせませんが、お菓子は…考えておきます。」なんて後者は自分の気持ちも少々、返しながらお会計をすませる。今に限って相手は見送るまで隣にいてくれている、終えた後店主に一言二言お礼を述べ、2人車へ戻ろうか。)…先生、本当に、良いのでしょうか…、?
構いやしないよ、先ずは此の六年間の働きに対する労りだ。…何か買ってやった事もあまり無かったから。
(相手が支払いを終えたのを見て店主と挨拶を交わすとようやく車へと歩き出す。後ろから追いかけて来て些か申し訳なさそうに尋ねくる相手にそう答えながら車に乗り込み。6年間側に置く中で、相手に何か贈った事はなかったような気がする。当然日常の世話を請け負ってくれていることに感謝こそしているが、それを形にした事もなければ感謝の気持ちを面と向かって伝えた事もない。仕立てた一着の着物は、この6年間の感謝と此れからも側に置くことへの約束になり得るだろうか。当然恥ずかしくて面と向かってその思いを伝えることはせず、ぶっきらぼうにそう言葉を述べただけだったが。長年の付き合い、無愛想な言葉の中に隠されたその思いを知ってか知らずしてか、クスリと密かに笑みを零した運転手は、彼の贔屓にする料亭に向けて車を走らせて。)
(/お世話になっております。料亭で二人食事をしつつ珍しく酒が進み、普段より陽気になって絶対言わないような事もさらりと言ってしまうような酔っ払い先生の話に進めようかと思っているのですが、いかがでしょう?一旦趣を変えてお出掛け系とは別の話にしてみますか?)
何かを頂くなんて、それ相応の物を先生に貢献しているとは、まだまだ思えません。…なんて、いつまでも言っている訳にはいきませんね。先生のお世話役として、これからも精進致します。
(相手の言葉に6年の長さをいま一度感じながらも、それに見合った力は付いているだろうかと少しながら不安に。長くお側にいることは簡単ではない、今までも数々の壁はあった。しかしマイナスの表現を使えば、ただ居るだけでも月日は流れていくもので。つい、言葉に出してしまうが先生の性格上、お側に置いて下さるというのはそういう事で、自分が自分を否定しては先生の選択さえも否定する事になる。完璧な訳ではないし、これからも沢山の壁にぶち当たるだろうが、弱音は吐いていられないと力強く、気を引き締めた。ふと、窓の外に移る景色は呉服屋から自宅までの道のりとはやや違うもの。手帳を取り出し本日の予定を再確認するが呉服屋で終了予定、「…この後は、…すみません。…えっと、…」と言葉に詰まり意気込んだ矢先に頼りない疑問符を頭上に。運転手が気まぐれでドライブ、なんて事はあり得ない、先生の日程を先生に聞くという何とも間抜けな光景だが、後ろ振り返り訪ねて、)…先生、どこか予定を追加されました…?
(お世話になっております。最近返信速度が遅くなり申し訳ありません…。今日からぼちぼち以前のペースに戻していけるかと思います。いつもお待ち頂き有難う御座います。お話の件ですが、酔っ払い先生、とても素敵で良いと思います。料亭での一幕を終えた後、また別場面へと話を進めても良いのかな、…と。どうしでしょうか、?
(その言葉を聴きながら、相手の打たれ強く前向きな性格が6年も逃げ出さずに側に居続けることのできる理由だろうと考えていて。おそらく他の人間であれば、これほど長くは自分の世話など続かない筈だ。こんな自分の側に好き好んで居ると言うのだから、相手はつくづく変わっていると思いつつ、窓の外へと視線を。普段はあまり此方の方まで足を延ばすことはなく、相手も自宅に戻っている訳ではないことに気がついた様子。しきりに手帳を確認し予定が間違っていない事を把握した上で此方を振り返り、一体どこへと向かうのかと此方を振り向き乍ら尋ねる相手に視線を向けるとしれっと答えて。相手が来てからは食事も全て用意してくれるため、わざわざ出掛ける必要もなくなった。店も其れを知っているため無理に声を掛けてくる事もなかったが、相手も連れて行こうと思い立った事が今回の外出にも繋がっていて。)
──雪灯りに久々に寄ろうと思ってね。最近顔を出していなかったから。…贔屓にしている料亭だ。お前さんも一日動き回っていて、腹が減ったろう。
(/とんでもありません、此方こそお忙しい中でもお返事を頂けて、嬉しく思っております。以前のペースに戻せつつあるということで、とても楽しみです。とはいえご無理だけはなさらず。いつもお付き合い頂きありがとうございます!そうですね、では料亭での一幕の後に別のストーリーに移りましょう。何が良いか、候補も考えておきますね。)
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