$10884 2018-05-13 15:49:18 |
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一番古い記憶は4才の頃。保育所の先生が気持ちわるいと言っていたのを聞いた。 なんとなく窓に反射した自分を見て、先生は正しいと思った。当時の僕は納得という言葉を知らなかったが確かにあの時、そう思っていた。 お迎えに来た他の園児の親たちも気持ちわるいと言っていて、それが耳に入る度に微妙な笑顔をする母を覚えている。 まだ家にいた父が僕の顔を極力見ないのも、もうその頃には知っていた。 僕はそれを認知し始めていた。
5才になって弟が生まれた。 ガラス越しに生まれたばかりの弟を見て、僕はどうしてなんだろうと首を捻らずにはいられなかった。 なんでキミには気持ちわるいのがないのか、と。 まっさらで綺麗な弟に笑いかけながらそんな事を思っていた。でも同時にどこか安心もしていた。小さいなぁとも思った。 母は弟が生まれて見たこともない顔をするようになった。それから少し体の弱い弟に付きっきりになった。
僕のことを兄という名称で呼ぶようになって僕もそう呼ばれる度、なんだか名前が薄れていくみたいで気に入った。 弟は僕を見ても、無邪気に笑ってくるから新鮮だった。その無垢な眼は底が見えなくて不気味でもあった。
小学生に上がると面と向かって直接的に気持ち悪いと言われるようになった。隠しようのないそれは勿論周りの子には無くて、僕は当然いじめという行為の対象になった。それは学年が上がるにつれて酷くなった。服やら荷物やらがぼろぼろにされる度に僕は嘘の口実を練った。ちょうどその頃に両親は離婚して、父は家を出ていき、母も仕事で殆ど家にいなかった。弟も保育所に入って、送り迎えは仕事に追われた母に代わって自分が行くようになっていた。
手を繋ぎながら小さい弟は覚えたての言葉で僕に向かって言う。なんで兄ちゃんには黒いのがあるの? 僕はその時初めて弟に嘘を付いた。そして弟を理由もなく殴った。弟は泣いて、怒って、僕を殴り返した。あまり力のない弟の拳の感触はくすぐったくて笑った。腫れた顔がひきつって、痛かった。
酷く優しい声が耳鳴りを呼んだ。目がぐるりぐるりと回るようにぼやけ滲む。
レミングスに誘われて。
手に力を込めたのが分かった。息がつっかえ上手く出来ない。声が上擦って掠れる。
辿り着いたは最の果て。
足がぎりぎりと痛み立っているのも哉っとになった。喉の奥が焼け付くように熱い。
虚空の地と燻る空の下。
喚き叫び。息を詰まらせ咳き込み。喉を掻き毟っては爪を突き立て。
初めて孤独と悟るだろう。
音の無い声は躯となった友が嘗て口ずさんだ唄を唄い脚を刈る。
一人では生きていけぬのに。
崩れ落ちた自身の身体は空洞には移らず。痛みはいつの間に風に拐われた。
初めて孤独を掬うだろう。
君の気配を 、 思い出したよ 。あの後ろから迫り来る一風のような 、青く聡明で 、あまりに空ろな気配 。やはりいつしか自分を追い越して遠くへと吹き去ってしまったよ 。
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