「　椿、枯れる　」〆

…揶揄うな、
（辛うじてそう答えたものの幼子を寝かし付けるかのように軽く叩かれ抗うことなく小さな寝息が聞こえ始め。威勢の良い稽古の声も今は聞こえず、春の優しい香りが鼻を掠めてはやがて自室へと。部屋に戻って来た事に気付くとベッドに腰掛けつつ意識をはっきりさせようと小棚に置かれた水差しからグラスへと水を注ぎ飲み干して相手にも差し出しつつ。やはり軍の敷地内に戻ってくると気を張るようでこのまま眠ってしまうのもどうにも気が引けて、いくつか瞬きを繰り返すと酔いが幾らか覚めるのを待とうと軍服のボタンを外し。）
ーー悪いな、結局部屋まで運ばせた。

いんや、俺の部屋にしようかと思ったけど散らかってるからな悪いなお前の部屋で。
(差し出されたグラスを受け取り身体に流し込むが元より酒豪な上に本日は気分も良く普段よりも多めに飲んだせいか酒が抜けるのもまだ先の事。整理整頓の行き届いた部屋を見渡し関心しつつ空になったグラスを小棚の上に置いて、軍服を彼から受け取ろうと片手を差し出し。兵士が見える窓はカーテンを閉めてしまい現実世界から遮断させようと。矢張り軍の敷地内は気が張りのは免れない事かと思いつつ何とか引き離そうと試みて)少し寝ても良いんじゃ無いか？邪魔なら出て行くが、必要なら此処で番犬役になってやってもいいぞ

…どうにも、此処に戻って来ると気が休まらない。
（机の上に広げたままの書きかけの書類、わずかに残るインクの匂い、机の上に置かれたままの煙草。小さく息を吐き出しつつ、酒が十分身体に残っているにも関わらず軍の敷地内では執務に関することばかりが頭を巡ってしまうのは生真面目すぎる自分の性か。カーテンを閉めたのはこの男の自分への配慮だろう、自室は気が休まらないとこぼしつつ相手に上着を渡すと少し身体が軽くなり楽になるようで、不意に思い立ったように相手を見上げ連れて行けとばかりに立ち上がると、出掛ける時に相手がしたのと同じように相手の肩を組み僅かに口角を上げて笑みを浮かべ。）
ーーお前の部屋で寝る。散らかってる方が好都合だ。

おお？…酒が入ると素直で可愛いな。けど、俺の部屋は、あーー……良し行くか！
(渡された上着を慣れな手付で自分なりに丁寧に折り畳めば側の棚へと置いておき、突如立ち上がる相手を反射的に支えるべく腕を伸ばし。酒のせいだろうが調子が狂う、積極的な一面につい本音が溢れて腰に腕を回せばまだ力の入らないであろう身体を支え。想定もせず開けて来た自室は地位に相応しい広さであるため勿論彼の部屋より狭く、乱雑に散らかっているであろう、如何わしい物まで転がってた気もしかなり気が引けるが彼の頼みならと余計な考え事は吹き飛ばし別の棟に存在する部屋へと移動して。空軍基地では然程兵士の数は少なくその代わり戦闘機が幾つも並んでいる。棟と基地を隔てる壁に沿って自室へと辿り着けば先に部屋に入れてやり)なんか飲むか？ーー、といっても酒か水しかないが。

だから揶揄うな。
（相手の言葉に先ほどと同じように嗜めながら腰を支えて貰うと遠慮もなく相手へと体重を預けて。空軍の将校に用がある時や相手を訪ねる時くらいしか足を踏み入れることのない此方側は、ほとんど相手が自分の部屋を訪れることの方が圧倒的に多いためまだ数回程度しか足を踏み入れていないと言っても過言ではない。陸軍とはまた違った空気に面白そうにしながらも相手の部屋へと入ると辺りを見回しつつベッドへと寝転び、意地の悪い悪戯な笑みを浮かべつつ相手を見上げ）
今はいい、これ以上飲んだら明日に支障が出かねない。
それにしても本当に散らかってるなーー何かないのか、面白い物…お前の日記とか。

日記？そんな可愛いもんは置いてないが、アルバムなら確かこの辺に…、部屋はあんまじろじろ見るな。
(明かりを付けなければほぼ何も見えない程陽は落ちたようで点灯した室内は散々口でも説明した通りが浮き彫りとなり。木製でできた落ち着いた部屋には瓶や空き缶、書物がどっさりと積まれている部屋の一角には皺の寄ったベッドが一つ。床にも書類の一部が散乱している。彼がベッドへと横になれば早々と床に落ちているものを拾い上げまたもや乱雑に机の上に乗せれば戒める視線を投げて。古い本棚から一冊のアルバムを取り出せば投げ渡して小瓶から水を注ぎベッドの傍らのタンスへと置いてやり。己はベッドの脇の方に座って)俺が軍に入ったばかりの頃に撮られたものだぞ、ほぼうちの軍の奴等ばかりだがお前との写真もあるはず。

…へえ、アルバムか。
（思いもよらなかったその単語には興味を示したようで投げ渡されたアルバムを開き、数頁捲っては相手と空軍の仲間達との写真を見て可笑しそうに笑って。そしてまた少し頁を進めたところに自分との写真が出て来ては捲る手を止めて写真を引き抜きまじまじと見つめて。明るい笑顔を見せる相手と硬い表情のまま映っている自分、新人兵の制服を着ている齢十八程度の姿に昔へと思いを馳せてはふっと表情を和らげ）
ーーお前も若いな、今も子供のままだと思っていたが一応成長してるんだな。
…嗚呼これか。いつ撮られたのかも覚えていないが…服が新しいから入隊直後だろうな。俺たちの写真は互いに昔から変わらずこの顔だよ。

一応ってなんだ！ほら見ろこの逞しい身体、羨ましいだろ
(悪態をつきながら楽しげな彼を横目に一度立ち上がり先程酒での汚したシャツを脱いで、その辺りに放り投げようとするが相手が部屋にいるのだと思い返すと渋々籠の中へと入れておき。新しいシャツをタンスから取り出し羽織りながら近寄ってアルバムを共に覗き込み。写真の彼は硬いが現在の彼はどうだろう、仄かに色付いた頬で柔らかく微笑む姿は何故だか眩く思え横顔をじっと眺めて。中途半端にボタンを止めるだけで終われば何となく彼の髪へと指先を伸ばし)今は良い顔してるぞ？本当に、冗談抜きで可愛い顔だ、怒るか？

はいはい、良い身体してるな。
（相手が服を籠に入れたのを横目で見て軽くあしらいながら自慢してくる相手の胸板を小突いてやり、アルバムの写真を見ていたものの不意に髪を撫でられ降って来た言葉に一瞬ぽかんとした表情を浮かべるもすぐに真っ赤になり相手の手をはたいて、褒め慣れていないのか珍しく完全に動揺した様子で視線を彷徨わせながら）
ーーっ、真面目な顔して恥ずかしい事を言うな、照れるだろうが、！

その顔も可愛い。見せろって、減るもんじゃ無いだろ
(珍しく動揺を露わにする様子が何とも愛おしくそして可笑しく感じられついつい加虐心が湧いて出て来てしまう。拒否された腕を下すことはせずに今度は人差し指で頬を軽く撫でて良く顔を見ようとベッドに腰を掛けたまま見下ろしてまじまじと表情を眺めて。緩く口角を引き上げれば瞳を細め数年に一度といっても過言では無い表情を堪能し)

（頰を赤く染め緩く相手睨むも、この男は尚も己の反応を楽しんでいる様子で。悔しくなったのか不意に身体を起こし自分を見下ろしている相手の襟元掴みベッドへと押し倒して、恥ずかしさと酔いの両方でまだ薄らと赤く染まったままの顔をぎりぎりまで近づけると形の良い唇を僅かに微笑ませて反撃に出て）
…っ、口説いてるつもりか？あまり揶揄うと、痛い目見るぞ。

揶揄うつもりは無いが、ーーッ、口説いてあるかもな。
(抵抗する術も無く引かれるまま背中僅かな衝撃を受け今度は相手を見上げる形となり。消灯してしまえば良かったと脳裏の片隅で考える余裕はまだあるようで近付く唇を人差し指と中指で撫でてやり、同じようににんまりと微笑んでみせ。もう一方の手で彼の腰へと回すとそのまま身を引き寄せて身体を密着させ)隙だらけだぞ灯夜、酒には弱いか？それとも俺か？今なら負ける気はしないなあ。

…嗚呼、そうかもな、だいぶ酔ってる。
お前に負ける気はさらさら無いがーー
（唇をなぞり同じように笑みを浮かべる相手の言葉に少し笑いながらそう答え、相手に腰を引き寄せられるとそれに身を任せて体勢を変えて相手の隣へと横になって。相手の体温のせいか、再び眠気が襲ってきたのか相手の首へと腕を絡めて）

ーーー…なあ、どちらかが先に死ぬなんて無しだぞ。生き延びるか同時に死ぬかの二つしか許さないからな。
(微笑んでいたのも束の間、僅かに口角を下げては懸念の声を。こんなにも寛げる時間は後にも先にも本日が最後かもしれないと過ぎる胸騒ぎに黙ってはいられず、眠たげな顔を見つめて腰に添える腕に力を込め。首に絡んで来た腕を一瞥しては天井へと視線を遣り嘆息を零して、下からシーツを引き上げれば相手にかけてやり)

ーー珍しく弱気だな。大丈夫だよ、俺たちは。
戦争だってきっと、乗り越えられる。…空で戦うお前こそ墜落でもしたらひとたまりも無いんだ、俺はお前の方が心配だ…俺を置いて行くなよ。
（相手の弱気な言葉に珍しいこともあるものだとそう答えて。きっと戦争を乗り越えて相手が語った夢を実現する、戦争さえ終わればもう生命を脅かす脅威は何処にも無いのだから。優しい温もりに気持ちも落ち着き安心させるように笑って相手の頬を撫ぜると、自分は相手の身の方が心配だとそう告げて。）

俺も、酒の影響だな。有難う。
(己が弱気になっているのだと気付いたのは彼の発言で、苦笑気味に酒に罪を擦りつけてやり覚めた瞳を瞑ってみては静かな空間に耳を澄まして。明日には何が起こるか分からないそんな世の中で上司にも部下にも挟まれた相手の方が切羽詰まっているだろうに慰められるとは思わず、気を遣わせたかと唇は噤んでは別の話題へと。)眠いなら寝ても良いぞ、暫く経ったら起こしてやるから。

…互いに忙しくなっても、戦う場所が離れても、親友だって事だけは変わらない。…だから安心しろ。
ただ死ぬ事だけは許さない。
（戦争下で兵隊として生きる自分たちは口約束でしか将来を約束することはできない、それでもその約束さえあれば、生きる事を諦める事は無くなるはずだと。もう何十年と共に生きてきた相手を失う事など考えることも出来ない、今はせめて口約束で相手を自分に縛り付けてしまえば良い。そう思いながら久し振りに穏やかな気持ちで目を伏せるとやがてすぐに眠りに落ち）

そう簡単には＊＊ないな、ーーお前もな。
(口約束といえどそれが固い絆となる。痛い程染みる言葉はそう悪く無い、淡い誓いを心に宿し薄く瞳を開いて横を見遣れば静かに寝息を立てている彼がいて。暫く経ったら起こすとは伝えたが寝顔を見ていると睡魔に誘われてしまう、兵士達の棟は夜22時を過ぎれば強制的に消灯するので態々消しに行かなくても良いだろうと灯をそのままにして瞼を閉じればいつの間にか深い深い眠りの中へと落ちて行き)

(/伏せ字になってしまいましたので、改めて書かせて頂きますと「し/ね、ないな」になります！失礼致しました。)

（やがて2人が深い眠りに落ちた頃、棟の灯りが消え。消灯時間を過ぎても眠れずにいたこともあったため久し振りにゆっくりと安心して眠ることのできた夜で。相手の首に絡めたままの腕を、相手を引き寄せるようにして無意識に相手の首元に顔を埋めるとそのまま夜に目を覚ます事もなく）

背後から失礼致します！最高の二人過ぎて夢中でお返事をしてしまっている自分がおります…！
さて、この後ですが戦争を激化、二人を多忙にしてしまっても構わないでしょうか？発病するのはまだ少し先なのですが、割といいテンポで進んでいるので途中で色々挟みつつ、という感じにはなるかと思っています。