若き将校 2018-03-28 22:31:14 |
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いや、俺はまだ仕事が残っているからな、灯夜、お前はもう少し残ってやれよ、なかなか二人っきりで話せていないだろ
(気を利かせたつもりだが彼女の寂しげな表情を捉え眉を下げては帰り支度をする彼の肩を軽く叩き。此処暫くは会えていなかったのだろうと多忙の将校の側にいる己が一番理解が出来る。半分居た堪れない心境から抜け出したいという思いもあり、彼女には他愛も無い笑みを浮かべてそそくさと入り口まで退散し会計を済ませ)
…嗚呼、ーー
(思いがけない相手の言葉に驚いたように空いて見上げるも早々に店を出る相手を見てはその後ろ姿を少し不思議そうに見つめて。その後2人残され困ったように笑いながらも店に残ると夕刻になって許婚にまた、と軽く手を上げると店を出て。橙色に照らされる基地への道を一人で歩きながら不意に僅かに眉を顰めると足を止めて小さく咳き込み。このところ少し体調が悪い、忙しい時期に嫌な風邪をひいたものだと苛立たしげな様子見せつつもそのまま基地へと戻り)
(胸の内に宿る想いを有耶無耶にするように部下や上司と馬鹿騒ぎをしながら機体の汚れを擦る腕は止まらず、整備や点検の指揮や手伝いで気が付けば四角い窓の向こうは昼間とは別の色は変わってまるで先程の出来事が遙か前のように感じられて。一層汚れてしまった身で額から頬へと汗が伝い、短い溜息を腹の底から空中へと。一通り仕事も片付き報告がてら本部へ顔を出そうと空軍基地を後にして向かっている道中に親友の姿を発見すれば機嫌の悪そうな顔付きに何かあったのだろうかと気まずさを拭って近寄り)何苛ついてるんだ。
ーー嗚呼、お前か。仕事は終わったのか?
また随分汚れたな、ちゃんと風呂に入れよ。
(基地へと戻れば不意に声をかけられ驚くも、相手だと分かれば特に気にして居なかったのか気まずさは感じさせないいつも通りの表情に。相手に指摘されると溜息つきつつ理由を答えて。熱が出て寝込む事はないものの、随分と長く小さな身体の不調が続いている為なかなか治りきらずそれが逆に苛立ちを募らせるようで)…いや、少し風邪っぽくてな。この忙しい時に。
たまには汚れ仕事だってするんだ感心してくれ。大丈夫か?風邪でも大事を取って少し休んだ方が良いんじゃ無いのか
(ぱっと見は普段と変わらぬ様子だが、少し血の気の引いた肌や目の下の薄いクマをよくよく見れば僅かな変化が見受けられ眉間に皺を寄せて。彼の性格を知った上で提案するもきっと仕事を優先するに違いないと強く強要はしないがそれでも気がかりであり暫し横目で捉えて視線を外さぬまま)
偉かったな、
(感心しろ、という相手の言葉に子どもを褒めるようにそう言って相手の頭を軽く叩くと揶揄うように笑みを浮かべ。少し休みを取りたい気持ちはあるが戦況が少しずつ動き出している今はその時ではないと、相手の想像通り首を縦に振ることはなく。気怠さに加え近頃よく出るようになった咳も煩わしさを高めるもの、戦況が落ち着くまでの暫くの間は適当に風邪薬なり咳止めを飲んでやり過ごすしかないだろうと。)ーーさすがに今のこの状態では、休めないだろう。もう少し落ち着いたら、少し休養を取る事にする。
(己よりも一回り小さな温かな掌が触れるだけでも十分だと言い聞かせるようになったのはいつからなのか、動揺を瞳に浮かべたのは数える間も無く消え去りつられるようにくしゃっとした笑みを浮かべ。ーー確かにいつかこの地が戦場と化すか分からぬ今は指揮官の存在は絶大であり必要不可欠、武器も人手も不足した現状で強く止められる理由が無く沈痛が募るばかり。彼の様子を観察する毎日になりそうだがわざわざ口に出す事はせず)ならいつでも手を貸すから仕事が余ったら俺に寄越せ、お前の二倍は働いてやる
…嗚呼、ありがとう。
お前も、無理はし過ぎるなよ。
(相手の言葉は心強いもので、実際に相手に仕事を投げるようなことは無いかもしれないがその気持ちは嬉しく、礼を述べつつも今日はまだ仕事が残っているのだと相手にひらりと片手を上げるとそのまま司令室へと戻って行き。)
勿論…。
(心配は残るが直ぐに良くなる筈だと考えた事が後々後悔に繋がるとは知らず去って行く背を見届けて己も本部へと。ーーそれから数日間は自軍の飛行訓練や爆薬、爆弾を取り扱い本格的に多忙な日々が始まり顔を合わせる事が出来ずに時間ばかりが流れて行き。)
(忙しい日々が長く続き相手と顔を合わせる事もあまりないまま職務へと没頭することとなり。すぐに良くなると思われた風邪はなかなか治らず、むしろ徐々に悪化しているような気さえする。自分から休みたい、という思いに駆られたのはいつ振りだろうか。僅かに身体も熱っぽく咳も出る、漸く報告の兵士達や上層部との電話がひと段落すると机に座ったまま顔を覆って。まだ大丈夫だと自分を奮い立たせつつ効果を発揮しているのかすら分からない風邪薬を流し込み、それでもその瞳は鋭く将校としての使命に燃えて)
ーーー灯夜。
(本格的に仕事以外に手が付けられなくなった頃、暫し顔を合わせぬ彼はきっと身を削りながら将校としての役目を全うしているのだろうと。空軍基地から見える司令室の窓を眺める日々は続き、彼の名を呟き始めて何度目かの夜を迎える事に。その日は普段よりも時間に余裕があり顔を見るだけでも会いに行こうと久しく司令室へと足を運ばせ。夜中の嫌な静けさと街灯に照らされ浮き出た廊下の窓枠の影を踏み締めながら扉の前で数回ノックを)
(夜、机に置いた地図を前に軍の配置を考えていたところへノックと相手の声が聞こえ僅かに身を強張らせ。変わらず体調は悪い、背中をじっとりと濡らす嫌な汗も少し浅い呼吸も、相手に会えばそんな事一瞬で見抜かれてしまうだろうと返事を返す事はなく咳止めのお陰でいくらか抑えられている小さな咳をいくつか零すばかり。仕事に熱中していたと、言い訳はそれで良い。軍を新しい編成でそれぞれの戦地に配置するまでは、何が何でも休む訳には行かないのだと相手の呼びかけに応えないまま鋭い光を宿した瞳を地図上に往復させて)
(深夜の司令室に必ずいるとは限らない、扉から手を離して数秒待ってみたものの返事は無く辺りは平然と静まり返ったまま。居ないとなれば確認するまで、遠慮無く扉を開けた先には矢張り親友の姿が。地図と睨み合う姿に一瞬将校としての役割を全うしているのだと思い部屋を出ようとするが、何処かおかしい。元より細身とはいえあんなにも痩せて青い顔をして居ただらうか。額には汗が滲み、短い努力呼吸とでもいうべきか、明らかに健常者とは思えぬ見た目に声を掛けるまでにそう時間はかからず)おい、ーー灯夜、こんな夜中まで…、いや顔色が悪いんじゃないか少しおかしいぞ
ーー総一郎、…これが終わったら、もう休む。
(相手と視線がかち合えばやはり自分の状態を良しとする訳がないと少し気まずげに視線をずらし、万年筆を置くと椅子に深く腰掛けながらそう答えて。僅かに感じた目眩に目元を覆いつつ、あと少しの辛抱なのだと、数日後に迫った軍の再編成と再配置だけを目指して身体に鞭を打っているような状況で。真白な肌は薄青く、相手を見つめた灰色がかった瞳にも気怠げな色が浮かぶ。自分でも体調が相当不味い状態なのは理解している、だからこそ今は何も言わず帰って欲しいと)
…休まないと不味いのは自分でも分かってる、ーーーあと五日だ、それさえ終われば良い。
だから、帰ってくれ。今倒れる訳にはいかない。
ああ…灯夜、心配なんだ。お前が、お前一人が抱え込むものじゃ無いだろう、そんなもの他に奴らに任せたらいいじゃないか
(精神力だけで立っているようにも見える自棄に走った様な痛々しい有様に彼の願いを聞き入れるよりも先に口走るのは彼の身を案じる故の他力本願な思考の具現化。責任感の強い男だからこそ身を削るのも厭わないとみるがそれを承諾する程の心の余裕は青い肌に奪われて。ーー怒りさえ覚えてくる。何故彼がこんなにもなるまでやらねばならぬのかがまるで理解が出来ないと、拳を固く握り締めて顔もうろ覚えの上層部の人間へ遺恨を抱き。)
…本当に、お前の言う通りだよ。
ーーーただ俺は、将校としての肩書きでしか自分を保てない。五日後また、お前の部屋に寝に行くよ。
(相手の表情も、憤りの言葉も酷く胸に染みるもの。少し悲しげに微笑みつつ相手を引き寄せ、座ったまま相手の肩に顔を埋めると静かにそう述べて。言い聞かせるように相手の髪を撫でながら、やがて身体を離し。)
…もう戻れ、俺も今日はもう休む。
(ふつふつと煮え滾る怒りは触れ合う身体により一瞬は冷却するも納得はいかない様子で眉間の皺を深めるばかりであり、一度離れたいった身体をもう一度引き寄せてかたく抱き締め。背に浮かび上がった背骨を指先で撫で下ろし少し湾曲した腰を掌で支え、深い深呼吸を。直で香る花のような香りは変わらず健在で腹からの嘆息を噛み殺し堪能するように頭頂部に鼻先を押し付けて暫しそのままの状態で幾らか経てば名残惜しくも身体を離してやり扉へと)…そんな肩書きが無くてもお前はお前だ、どんな形であろうと。ーー必ず来い、約束だぞ。
嗚呼、約束する。
(相手の言葉と抱きしめてくる力強い腕に安心したように小さく息を吐き、そう答えるとやがて相手の去った扉を見つめその日は眠りに落ちて。身体に鞭打って仕事を続けるも、遂にそれすら叶わなくなったのは目指していた日の目前に迫った二日前の事。自隊の兵士を前に指示を出して居たものの不意に喉元で掠れた空気が音を立て激しい咳に襲われ思わずしゃがみ込んで。悪い、と断りを入れるころもままならず慌てた兵士が咄嗟にその背をさするも咳は治らず、誰かを呼ばなければと必死に考えを巡らせた数人の兵士が走ったのは親友であるはずの空軍中将と軍医の元。その一人が彼のいる空軍基地に走れば大声を出して)ーーーっ鷹田中将は、いらっしゃいませんか!!
ーー…どうしたんだ!!
(体調の芳しくない者に約束をこじつけるなど笑える話だがその時ばかりは重要なものに感じられて。それが的中したのか、ある意味嫌な的を得て訪れた兵士の切羽詰まった声色にゾッとし指導中にも関わらず任務を放り投げて兵士の元へと。脳裏によぎるは深夜に出会った青白い親友の姿、嫌な予感が動悸を早くさせて止まず早く答えをと)
鷺宮司令官の容態が、急にーー!
今朝から、いつもより体調が悪そうでお休みになった方が良いとお伝えしたのですが構うなと…今も意識はありますが、立ってはいられないご様子なのです、…!
(気が動転しているのか、何とか事のあらましを相手に伝えようと支離滅裂ではあるものの今日の出来事と今の様子を伝えて。どうかご一緒に来て下さい、と懇願して)
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