ほのか 2018-02-25 17:46:31 |
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「どう?2人とも消火剤と水シャワーで頭が冷えたかしら?」
”女医”と女は消火剤を払い落とそうとしたが、水で濡れて落ちそうにない。
「あなたはその物騒なもの、さっさとしまいなさいよ!」
銀座の女は、女に怒鳴った。
「いや、その拳銃は撃てない。」
銀座の女の後ろからバズーカを構えた男が言った。
「俺を覚えているかい?」
「う、うん。忘れてないわ。」
「そうこなくっちゃ。お互い自分の生まれも名前も覚えてない。お互いの顔しか分からないんだ。あの時はすまなかったな。謝るよ。」
「ううん、私こそごめんね。もう大丈夫なの?」
「ああ、理性がなくなる寸前で先生に助けられた。本当に元のままなのかどうかは分からないが、一応見た目と頭はあの時のままさ。」
あの時。そう、ゾンビ化した男の腹に女が引き金を引いたときだ。
「あんたらさぁ、久しぶりのご対面は置いといて、2人ともその武器しまいなさいよ。あたいは認めてないよ。」
”女医”がなかなか取れない消火剤を払い落としながら2人に声をかけた。
「俺のバズーカもこの子の拳銃も、今は撃てなくなっている。」
銀座の女はたずねた。
「どういうこと?」
「俺のバズーカもこの子の拳銃も誤発射防止のための『安全装置』がかかったままなんだ。先生に銃口を向けて引き金を引いてもタマは出ない。」
”女医”と銀座の女は顔を見合わせた。
「あんた、どうしてあたいらがここにいるのが分かったの?」
「”女の勘”よ。」
「具体的には?」
「看護婦さんの書いた病院の間取り図。」
「と言うと?」
「あの看護婦さん、この大きな病院の外来しか勤務経験がない。大分疲れてたみたいだし、これだけ大きな病院なら出入り口番号を間違えても無理はないわ。」
「そうだったのね。あたいも『常駐勤務医』だから、決められた通路や出入り口しか分からない。」
「先生が向かうはずの出入り口は、39番よ。」
”女医”は防火扉を開けるため、名札の裏のICカードを持ってセンサーを探した。しかし見当たらない。
「先生。防火扉は火事の時延焼を防ぐために自動的に閉まるの。一度閉まったら開かないわ。」
「あんた、やけに建物に詳しいねぇ。」
「あたしはこう見えても工学部建築学科の出身。銀座の前はゼネコン勤めよ。」
「どうすればいい?」
銀座の女は出入り口を指差した。
「37番出入り口から外へ出るしかない。」
ちっ、私をのっとった奴が何をはなしてんのかわかんない…
しょうがねぇ、丁寧な言葉使いなんてやめて中学生の時の喧嘩魂燃やしてやる!!
(「神父さん!よく聞け!俺は中学の時に喧嘩してた!今から俺をのっとったこいつをぶったおす!だから他の皆がいるところに今すぐ駆けつけて事情を説明しろおお!!!)」
はぁ…多分…届いた気がする。
胸がいたいし苦しい。
早くこんなセかイ、オワッてしマエ
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ、・・・。
”女医”の院内PHSが鳴った。感染症隔離病棟からだ。
『看護婦さんね。病棟に何かあったのか・・・。』
「先生。わたくしです。」
「神父さん。病棟に何かあったの?看護婦さんは?」
「先生・・・。もう終わりにしましょう。その女性は耐えられそうにありません。」
「・・・神父さん。本当にここで終わっていいの?今から何百年後かしら?神父さんの生まれた時代でも解決していないんでしょ?この病気。」
「ええ、1万年後の”今”ですら解決の糸口が見えません。しかし神様はその女性の願いを聞かれました。”わたくしの時代の敵とは、わたくしたち自身が戦え”と神は仰せです。はかない存在の人間が、先生をお造りになったこと自体、人間の過ちなのです。」
「・・・そう。残念ね。で、あたいはどうすればいいの?」
「わたくしの祈りの言葉で、先生に埋め込まれた”バイオプログラム”が起動します。」
「・・・分かった。どうぞ。」
「主イエス・キリストのみ名により、『アーメン』」
”女医”は女の拳銃を奪い取り、安全装置をはずし、銃口をこめかみに当てて引き金を引いた。
全ての生き物が死に絶え、何もかもが荒れ果てた大地に、神父は一人立っていた。
「わたくしこそが、『神』です。」
なんか、干渉しちった…
男の人はどこ?
ねぇ、神父様。もしかして貴方が神であり私が信じた少女なの?
そっか…貴方が神なら…
私は「天使」とでもいっておきましょうか。
背中に生える白い羽で、頭の上に浮く黄色いわっかで、この世界を壊し、救い、滅ぼしにきたんだったわ…
なんて大事な事を忘れていたの…
で、今から皆を復活させようと思う!
の、前に…
「神父、どういうこと?」
ここで完結にしても面白そう((殴
この後はご想像に任せます的な?
まぁコレが終わったらこういうのやりたい!とか参加したい!って人募集しとくね!
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ、・・・。
NICUで待機していた医事課総合主任は自分の胸ポケットに入れていた院内PHSの音に驚いて目を覚ました。
「夢だったのか・・・。」
夢。それはこの医科大学附属病院の医師が拳銃自殺すると同時に医師自体がこの世界の全てを破壊する爆弾となって炸裂する夢だった。妻とケンカしている時にゾンビに噛まれ、怯えながらも未熟児の娘を守るためにこの病院に逃げ込んだと言うのに、居眠りして世界が破滅する夢を見るとは、なんとも呑気な主任である。
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ、・・・。
PHSはまだ鳴り続けている。
『・・・ん?感染症隔離病棟?誰だ?』
主任は通話ボタンを押して電話に出た。
「もしもし?」
「あなた?私よ。」
PHSから聞こえる声は自分の妻である、この病院の元外来看護師だった。
「大丈夫か?何で君は感染症隔離病棟にいるんだ?」
「何寝ぼけたこと言ってんのよ、このドスケベ!まぁいいわ。ケンカは一時休戦よ。NICUにいる同期の看護師に電話を取り次いでもらおうと思ったんだけど、NICUの内線はコードレスじゃないから、内線番号帳であなたのPHSの番号を探したの。」
「そうだったのか。で、君は感染症隔離病棟で何をしているんだ?」
「一時的にこの病棟の患者の管理を任されてるわ。で、あなた。あなた私に何か隠してるでしょ?」
「なにか隠してるって・・・。風俗の話ならもう・・・。」
「バカ!そんなこと聞いてるんじゃないわよ!あなたこの病院の医事課総合主任でしょ!この病院で一体何をしてるの?」
「主任をしてるけど・・・。」
「もう~~~当たり前じゃない!私が聞いてるのは、『この病院の研究室で一体何の研究をしてるのか?』ってことよ!総合主任のあなたなら、研究の大まかなことは知ってるわよね?」
呑気に居眠りして寝ぼけていた主任も、だんだん記憶がはっきりしてきた。
「・・・この病院の研究チームの中には、部外秘の極秘研究グループがいくつもある。例え妻の君でも、部外者には言えない。」
「・・・あなた。エイズの研究チームはどこなの?」
「何故君がそれを知ってる?これは日米間の極秘事項だぞ。」
「日米間?」
電話の向こうの看護師は、女に腹を撃たれた男が持っていたバズーカ砲がアメリカ製であることを思い出した。
「あなた。ゾンビが出てきた理由を知ってるわよね。」
「・・・君に会って直接話そう。ゾンビに噛まれた俺も君もHIVウィルスとAKウィルスの両方に感染しているから俺が感染症隔離病棟に入っても問題ない。だが今はNICUにいる俺たちの娘を感染から守ることが最優先だ。NICUの看護師に保育器の状態を確認してからそちらに行く。」
主任はPHSの通話を切った。
私は飛び起きた。すると目の前に広がる白い風景
なんだ…夢…?
でも、違う…妙にリアルすぎる…
ああ…よく…分からない…
男の人…はどこ…?
すこしすると目の前が見えてくる…ガラス越しのように…
目の前には倒れて苦しそうに唸る私と、それの手を握ってかなしそうに微笑む男の人と、そろ他諸々がいた。
私…タヒんだの…?頬に一筋の涙が伝い…いつのまにか男の人に助けを求めていた。
「お願いだから…私を助けて…貴方に告白もしてないし、お礼も、謝罪もしてないの…」
だから…
『だからなに?』
突然声がし後ろを振り向くとそこには幼き少女の姿があった。
”女医”は院内PHSで警備員室に電話をかけた。
「はい、警備員室です。」
「さっきの常駐勤務医よ。37番通路に閉じ込められているの。37番出入り口を開けてもらえないかしら。」
警備員は火災報知システムを確認した。
「今は鎮火していますが、37番通路付近で火災が発生したようですね。今担当者が被害状況の確認に行っておりますのでそれまでお待ち下さい。」
「今のは偽の火災報知よ。でも決してイタズラじゃないの。火事は起きていないわ。本当よ。」
「病院の火災は人命に関わる重大事故です。火災報知システムそのものの誤作動の可能性もあります。ゾンビの出没で病院全体の門に封鎖命令が出ていることもあり、院内で患者が集団パニックを起こし予想外の被害が出ているかも知れません。いずれにしろ、被害状況が確認できるまでは開けることはできません。」
「・・・分かったわ。で、確認までにどのくらい時間がかかるの?」
「そうですね・・・火災報知システムそのものに問題がなく、全て先生のおっしゃる通りでしたら10分ほどで折り返しご連絡いたします。」
「分かった。それまで待つわ。で、もう1つ聞きたいことがあるんだけど。」
「何です?」
「37番出入り口付近にゾンビはいるの?」
警備員は監視カメラの映像を確認した。
「監視カメラの映像ではいないようですが、院外周辺の監視カメラには死角もありますので、絶対いないという保障はありません。その点からしても今出入り口を開けるのは危険です。あ、少々お待ち下さい・・・。」
”女医”は銀座の女を見て言った。
「あんたの『偽火事作戦』は少し大げさだったようね。警備員が堅物でドアを開けるのに時間がかかるそうよ。」
しかし銀座の女はニヤリとして言う。
「本当に大げさかしら?先生は計画と違う出入り口に来たのよ。もし先生がこのままこの出入り口から外へ出てそこにゾンビがいたら、NICUの赤ん坊はどうなると思う?」
『ん?・・・はぁ~そうだった。あたいたちの行く出入り口は、本当は39番だったわ。』
「この防火扉はゾンビが束になって体当たりしても開かないわよ。」
”女医”は場当たり的で無鉄砲な自分の性格に久しぶりに恥をかいた。PHS回線の向こうの警備員の、もしもし?もしもし?という問いかけにも気付かない。
「先生。警備員さんが呼んでるわよ。」
”女医”は、はっと顔を上げて警備員の呼びかけに答えた。
「は、はい。」
「火災現場を確認した担当者からの連絡がありました。先生のおっしゃる通り、被害は全くないようです。」
「そ、そう。じゃあここを開けてくれない?」
「では開けますよ。」
警備員はオールロック解除のパスワードを打ち込み、No37のアイコンの<OPEN>をクリックした。37番出入り口が開いた時”女医”が外に出る合図のつもりで後ろを振り返ると、男はうずくまっていた女を抱きかかえた上、バズーカ砲まで担ぎ、女の手には拳銃を握らせて立っていた。
「消火器のおねーさん。バズーカ砲は俺がやるから、俺が撃てと言ったらこの子が握っている拳銃の引き金を引いてくれないか。安全装置はもう外してある。」
”女医”はぎょっと驚いた。
『この前腹を撃たれたばかりなのに、この体力はなんなの?』
少女は言葉を続けた。
『私にはなんにもないのに。なぜみんなはなんでも手に入れるの?』
「え…」
それは私の心の声だった。
でもこんな汚い思いには蓋をして来た。
生きてきた。
なのになんで。
おかしいおかしいおかしいおかしいおかしすぎる
『異常だよ。こんなのが正常な訳がないwそれとも…』
そういって嘲笑う少女。そして言う
『男の人、自分の物にしちゃう?』
医科大学理事長室にて。
専務理事は言う。
「理事長。まずいことになりましたね。」
理事長が答える。
「そうだな。厳重管理のAKウィルスがまさか我が校の不備で拡散したとはな・・・。」
常務理事はグチをこぼす。
「我々学校経営陣だけの問題ではありません。日米両政府の要人も特別背任の罪に問われ、国際社会からの非難も受けることになります。」
「常務。そもそもこうなった直接の原因は、平昌オリンピックや米朝会談の成功を認めなかった北朝鮮の旧保守系陣営が企てた日本と韓国へのミサイル攻撃だ。我々だけの責任ではなかろう。」
「理事長。ごもっともな意見ですが、我が校でのHIVとAKに関する研究を目的として米国から管理を委託されたAKウィルスを日米両政府にも秘密で韓国の製薬会社に再委託したのは、我々の独断です。国際社会は、我々の危機管理に問題があると非難するに違いありません。」
「専務。我が校と韓国とのパイプ役として大阪のTKD製薬経由を提案したのは君だ。TKD製薬は何と言っているかね?」
「TKD製薬経由に関する実務は病院長が指揮しています。日本もアメリカも韓国も資本主義ですから、多国間の取引に関する会計事務、とりわけ、『ウラ帳簿』の経理処理ができる人物を直接管理しているのは病院長です。」
理事長は病院長に問うた。
「病院長。我々のウラ帳簿を管理しているのは誰かね?」
病院長は答えた。
「病院の医事課総合主任です。」
「私のものにするって…どういうこと!?」
『どういうことだと思う?』
私はいろんな想像が頭に浮かぶ。
何処かに閉じ込める…?
記憶をなくす?
付き合う…?
それとも…こ、ろ、す?
『だいせいかーい♪』
「そんなの良い訳ねぇ!!」
『あれ?です、ます口調はどうしたの?』
「は?お前の為に敬語なんて使う必要なんだろ!」
『…自分だから?』
少女は先程私が思っていた事を口にした。
『でもね。このゾンビ感染を広げたのは私じゃない。でも貴方の回りにいる誰かが関係してる!必ず』
少女の口振りはまるでこのゾンビ感染を止めたいと言っているようだ。
私は思わず聞いてしまった。
「貴方誰なの?」
そう聞こうとした瞬間少女は私の手を掴み走り出した
『いいからはやくきて!捕まる!』
「つか…まる!?」
「おらぁ医事課のもんと話すことがないけぇ知らんかったんじゃが、ご結婚おめでとうございますだ。この度はお子さんにも恵まれたそうで・・・。」
NICUの看護師は医事課総合主任に2年遅れた祝辞のあいさつをした。
しかし主任は
「そんなことは今はいい。それより、保育器に何か異常はありませんか?」
と聞きただした。自分の娘がこの病院のNICUの保育器に預けられているのだ。気が気でならない。
NICUの看護師は
「ウヂの保育器は、1つなんぼするんか知らんが、世界最高水準のトップメーカーが開発した最新型の超高気密保育器でズ。カバーを開けん限り、花粉どごろか、PM2.5ですら入らんとです。」
「オランダ製で1台2,500万円だ。そんなことより保育器は大丈夫なのか?」
『ウヂにはこの型の保育器が10台あるっちゃ。ちゅーことは保育器だけで2億5000万円。小児科関連の医療はどごも赤字やっちゅーのに、ウヂの病院は何でそんなに儲かってるんやろか・・・。』
「君!聞いているのか!?」
「は、はい。ほ、保育器はなんともないとです。ばってん・・・サンスが足らんとです。」
「『酸素が足りない』ってどういうことだ?NICU用の酸素なら2週間前に発注したと報告があったぞ。」
「んだ、サンスはいつもの予定通り来てるんじゃが、ゾンビが出るっちゅーて警備が入り口の門ば閉めたさかい、ボンベの業者が病院ん中入れんちゅーて、門の前で停まってるとです。」
「じゃあ早く開けさせろ!」
「そげんこつ言われてもおらぁ~・・・。」
「主任さん、看護婦さんを困らせるっちゅーのはスジ違いじゃねーの?」
2人の話に割って入ってきたのはオトコだ。
「しゅ、主任の奥さんから、こちらの2人がボンベを交換スてくれるっちゅー連絡があったとです。」
「『妻から連絡があった』ということは、君達は感染症隔離病棟の患者だな。何故君達までここにいる?」
「ご主人、今はそんなことより酸素ボンベを交換する方が先です。我々がここにいるいきさつは後で説明します。」
受け答えをしたのはカレシだ。NICUの看護師はほっとした。
「メカモノなら俺たちに任せときな!コイツは大卒で俺の先輩だが、こういうときは俺の助手だ。俺たちに扱えないメカモノはない。」
オトコは得意満面だ。だが主任は問う。
「だがどうやって通用門を開ける?門の開閉は全て警備員室で管理してるんだぞ。」
NICUの看護師は目つきを鋭く光らせながらつぶやいた。
「・・・力仕事をやってくれる人がおるっちゅーんやったら、看護師のおらにもでけることはある。」
少女は息切れをしながらも走り続けていく。
周りを軽く見渡せば同じ景色ばかりが広がっている。
色もなければ音もない。形もない。
そんな空間を走り続けた。
すると少女は突然ピタリと止まった。
『撒いた…』
少女はそういうが私にはなんの事なのかさっぱり分からない。
何を撒いたの?なにがいたの?
すると突然少女が少し前の状態に戻りニヤリという
『色々、知りたいでしょ?』
私はその問いに思わず頷いた。
”女医”たち4人は37番出入り口から院外へ出た。太陽は西に沈み始め、”女医”たちの影は分刻みで東に伸びていた。ゾンビで荒れた街とは思えない静けさだけがあった。”女医”は本来の目的地である39番出入り口の方を向いた。
『ここから200mくらいはあるわね・・・。』
だが銀座の女は言う。
「先生。39番出入り口はもうダメよ。入っても37番出入り口と同じ袋小路よ。」
「何でダ・・・?」
”女医”が問いかけるまもなく”女医”は男に左に押し倒された。
「ちょ・・・?何・・・?」
「撃て!」
銀座の女も突然のことで何が起きたのか分からなかったが、37番出入り口で言われたとおりに女の手に握らせていた拳銃の引き金を引いた。女が握っていた拳銃はオートマチックである。バンという音と共に薬きょうが右に飛び出た時には銀座の女も驚いた。弾丸は”女医”に噛みつこうとしたゾンビの右脚に当たったが、それでもゾンビは”女医”に近づいてくる。”女医”は顔を引きつらせたが男は冷静に
「撃ちまくれ!」
と叫んだ。銀座の女とて、実弾の込められた本物の拳銃を撃つのは初めてだ。目を硬くつむりながら引き金を引き続けた。バンバンバンバンっと、銀座の女が覚えている射撃音は4回で、後は覚えていないが、気付いたときにはカチンカチンカチンという、空撃ちの虚しい音しか聞こえない。男が
「おねーさん、ゾンビはもう死んだよ。」
と言うので、恐る恐る顔を上げるとそこには、腹や胸、肩、頭の一部が銃弾でえぐれたゾンビが倒れていた。男は
「ふぅ・・・ゾンビ1体でマガジン(弾倉)が空になった。病院のすぐそばでバズーカは撃てないしな。」
と言う。銀座の女は力が抜けて何も考えられない。男は続けて
「先生。先生ならこういうときどうする?」
と尋ねた。”女医”は立ち上がって、監視カメラの死角にいて映っていなかったゾンビの死体を確認し、埃を払いながら
「・・・そうね、39番出入り口まで走りきるか、病棟に戻って考え直すしかないわね。」
と答えた。しかし落ち着きを取り戻した銀座の女は言う。
「31番から39番の奇数番出入り口は全部防火扉で閉じられたわ。建物の防火設備は1カ所の火災感知で1ブロック全部が作動する仕組みになってるのよ。」
”女医”は
「・・・じゃあ、29番か41番へ・・・。」
と答えるが、男は
「もう間に合わないな。日が沈み始めた。」
と言う。男は続ける。
「ゾンビが先生を襲ったのは先生の影がゾンビの足元まで伸びていたからだ。29番にしろ41番にしろ、そこまで行くうちに日が暮れる。このままここにいてもだ。夜になったらどこからゾンビが襲いかかってくるか、俺にも予想できない。」
太陽は分刻みでさらに西へ落ちていく。”女医”たちの影はさらに東へ伸びていく。男は提案した。
「『俺んちへ逃げる』てのはどうだい?近くはないがまだ間に合うし、俺んちなら武器は山ほどある。俺んちで明日の日の出まで過ごして、今後どうするか考えるのもアリだぜ。」
”女医”と銀座の女は顔を見合わせて、男の意見に同意した。女はマガジンが空になった拳銃を持ったまま、男に担がれて眠ったままだった。
<<<<< 筆者の個人的都合により10月下旬まで執筆ができません。どなたか中継ぎをお願いします >>>>>
「で、あんたの家はここからどの位かかるの?」
”女医”は男に問うた。
男は
「距離的には歩いても日が沈むまでには家に着くが、実際には走り続けてもギリギリセーフかどうかってところだな。」
と答えた。
「じゃあ歩いて行けばいいじゃない。何で走るのよ?」
と、銀座の女は反論した。
男は
「まっすぐ俺んちに向かうとビルの影が多いからゾンビを警戒しなくちゃならないし、場合によっては今みたいに武器が必要になる。だが今俺たちが使える武器はこのバズーカだけだ。ゾンビをビルごとバズーカで吹っ飛ばすと、ビルの残骸が病院への帰り道をふさいでしまう。ゾンビを避けながら俺んちに行くには、太陽の光を浴びながら西に向かってカタカナのコの字を逆になぞるみたいに遠回りするしかない。」
と説明し、”女医”と銀座の女の足元を見た。”女医”は院内用パンプスだが、銀座の女が履いているのはブランド物のハイヒールだ。
「おねーさん、そのハイヒールじゃ走りきれないな。足もハイヒールももたない。」
「じゃあたしに『裸足で走れ!』て言うの?冗談じゃないわ。」
二人のやり取りを見ていた”女医”は、女に持たせている拳銃の銃身を白衣の袖で巻いてつかんだ。
「ちょ、ちょっと先生!あたしを撃つつもり?」
「撃てる持ち方に見える?早くヒールを脱いで!時間がないわ!」
銀座の女がしぶしぶハイヒールを脱ぐと”女医”は拳銃の銃床でハイヒールのかかとを叩き折った。
「即席パンプスの出来上がり」と”女医”。
「・・・このヒール、高かったのよ、もう!」とふてくされる銀座の女。
男は叫んだ。
「じゃ俺についてきな。マジで時間がない!」
3人は西に向かって走り出した。
”女医”は走りながら男に問うた。
「あんた、その子と武器を担いで走ってるけど、重くないの?」
「この子に撃たれる前はバズーカが少し重い程度だったが今は何ともないな。それが何か?」
と答えた。
「いい気なものよねぇ、みんな走ってる時に好きな男に担がれてぐーぐー寝てるんだから。あたし最悪。」
と銀座の女はぼやく。
”女医”は走りながら考えた。
『HIVとAKの相互作用だけでは急激な体力増加はあり得ない。この男にはウィルス感染以外にも何かある。』
最初の角を曲がる頃には、太陽の半分が西に沈んでいた。
「うちの娘は大丈夫なのか?」
医事課総合主任はNICUの看護師に詰め寄った。NICUの看護師は
「んだ。見た目はタダの早産の未熟児じゃが、ウヂの主治医の判断でオランダ製の保育器に入れちょる。」
と答えた。NICUの看護師は続けて
「何で主任のお子さんがふづーの保育器に入れんとオランダ製の保育器に入れたか、知っちょるか?」
と問うた。
「そりゃあ、俺の娘だから特別扱いだろう。あの保育器の導入の件はNICUの主治医も知ってるはずだ。特別仕様の保育器を一度に10台も導入したんだ。オランダ政府との交渉にもかなりの時間をかけた。当然だろう。」
「違う。」
「じゃ、何だ?」
「おらが聞きたいくらいじゃ。」
「どういうことだ?」
「ご主人。お子さんは生まれた時からエイズの保菌者じゃ。万が一の他のゴドモへの感染を防ぐためにオランダ製に入れちょる。生まれた時からじゃけん、感染経路は母胎からじゃ。」
NICUの看護師は主任をにらみ付けた。
「お子さんの母親は美人でぇ、よその大学生からもようモテてたが、エイズをもらうようなふしだらな女やない。昔は血液製剤でエイズをもらうこともあったらしいけんど、あの子は輸血を受けるような病気やケガもしとらん。」
「・・・俺に何が言いたい?」
「奥さんと結婚後にお子さんを設けた時にエイズが移ったとしか考えられん。・・・ご主人、ホンマに心当たりはあらへんのか?」
「・・・。」
思い当たるフシのある主任は黙り込んでしまった。
「・・・やっぱりな。そつらのボンベを交換スてくれるお二人もカンセンからきたんじゃから、なんか病気もっとるんじゃろ。3人ともここから先へは入れられん。」
カレシは
「では看護婦さん、我々はどうやって酸素ボンベの交換を?」
と尋ねた。NICUの看護師はノートパソコンやドライバー等の工具を鞄に詰めながら
「サンスやチッスなんかのガスの配管点検用通路からガス棟へ行くんじゃ。おらは警備員室のコンピューターをハッキングして通用門を開ける。」
と答えた。主任はあわてて
「そんなことして失敗したら病院の情報システム全部がダウンするじゃないか!保育器の管理システムはどうなる?」
と怒鳴った。
「ご主人。『ハニカムブロックチェーンテクノロジー』て知っちょるけ?サーバー同士をネットでリンクさスて情報を共有するブロックチェーンを蜂の巣みたいにさらに広げた技術じゃ。この病院の情報システムは、医科大学や附属看護専門学校のブロックチェーンシステムともクラウドコンピューティングでリンクしちょる。おらがいじるのはその中の警備員室のサーバーだけじゃ。」
「ふーん、看護婦さん。なかなかイカしてるじゃねーか!」
とオトコは感心した。
「おらの父ちゃんはタダの転勤族じゃねーべ。防衛医科大学を出てPKOやら駆けつけ警護やらで世界中飛び回った、『何でもできる医者』じゃ。負傷した隊員の手当もしながら敵の通信記録も盗んで米軍に渡したりもしてた。おらは父ちゃんと一緒に仕事したくて医者になりたかったんじゃが、昔事件になった女子受験生差別をいまだに引きずっとって、おらは看護師にしかなれんかった。」
「あ~、あの東京医科大学の事件か。ありゃひでーよな。」
「おらの『趣味の顔』は、父ちゃん譲りのハッカーだべ。」
「うちの娘は本当に大丈夫なんだな?」
主任はもう一度NICUの看護師に問いただした。
「エイズ以外はな。」
NICUの看護師とオトコとカレシの3人は、配管点検用通路の中に消えた。
少女は話す。
『闇っていうものは誰の心にも存在してる。男の人にも“女医“さんにも。あの看護婦たちにも、神父にも。』
「じゃあなんで…私の前には私がいるの?」
『誰か私はあなただっていった?』
「…違うの?」
少女はニヤリと頷く。
「ていうか私は何でここにいるの?」
少女は小さな沈黙のあと口を開く
『この世界は何度も繰り返してる。何度も何度も。参加する人を変え。犯人を変え。なんども同じ舞台で違う物語を紡いでる。そして私は……………過去の標的なの』
私は混乱した。
この世界は繰り返してる?
この舞台は終わらない?
何かを壊さない限り…
『この世界を終わらす方法はただひとつ』
私は思わずゴクリと唾を飲む。
『この世界をまるっきり変えてしまうこと』
「変える…」
『所詮は舞台。人の心を利用した舞台は同じ道を辿っている。
そして最後は皆殺し。その決まりを変えるんだ。例えば…舞台の中に恋愛を作る。とか…』
私は少々イラっと来たがとりあえず大事な事を聞く。
「名前、なに?」
『茜』(あかね)
そう少女がいった瞬間私は下に落とされるような感覚に陥り、いつの間にか目をさましていた。
アメリカ・ホワイトハウスにて。
「大統領、中国からの輸入品にこれ以上関税をかけるのは危険です。」
「中国は我が国から先端技術を取り込んだ上に我が国からの輸出品にも報復関税をかけている。我が国の経済を回復させ、国民の暮らしを守るのが私の使命だ。中国からの輸入品のために国内のあらゆる産業が低迷し、消費が落ち込み、国民の賃金も伸び悩んでいる。君は国内の商品が日本のようにMADE IN CHINAの安物であふれても良いのか?」
「大統領。私もそのような事態を期待している訳ではありませんが、中国からの安価な輸入品に頼らなければ、情報機器の消費者価格は国民の所得の数倍にも跳ね上がります。最新型のiPhoneが5,000ドル(約51万円)にもなれば、購入できる国民はおおくはありません。大統領のアメリカ・ファーストに異論はありませんが、中国の報復関税のために我が国の中国向け農畜産物が出荷できず価格が低迷すると余剰在庫が低価格で大量に国内に出回ってしまい、我が国の農業や牧畜業は立ちゆかなくなります。高価な情報機器が買えない国民は情報化時代からも取り残されてしまいます。それこそ中国の思いのままです。」
「国防長官。我が国の軍需産業は世界最高レベルだ。日本が購入している我が国のミサイル・システムや日本各地の我々の基地がアジアの平和を支えているのも事実だ。我が国は日本製の車を大量に輸入しているのだから、中国向けの農畜産物を日本向けに輸出すれば良い。日本は資源のない国だ。兵器も食糧も日本が輸入すれば問題ない。」
「大統領。日本も経済情勢は我が国と同様であることをご理解下さい。それと大統領、ある情報筋からの話ですが、北朝鮮がどうも不穏な動きを見せているようです。」
「なんだそれは?」
「北朝鮮の反融和陣営が偶発的な誤操作を装って、日本と韓国にミサイル攻撃をしかけたらしいのです。」
「どういうことだ?北朝鮮は核開発を放棄したはずだぞ!」
「放棄したのは核開発だけで、通常兵器の開発までは放棄していません。あくまでも『偶発的な誤操作』と言うのが北朝鮮側の主張ですが、韓国は厳重抗議した上で既に臨戦態勢に入っているとの情報です。」
「日本側の対応は?」
「日本政府も抗議声明を出していますが、日本は憲法9条により専守防衛の態度は変えていません。安倍政権時代に日本政府が我が国から購入したイージス・アショアで対抗したようですが、数発は日本本土に着弾したらしく、もう限界かとの見方もあります。」
「憲法9条?『戦力はこれを保持しない』っていうあの条文か!何のために我が国が大金を費やして基地を置いているのか、まだ日本は理解出来ないのか!」
「日本への攻撃は、『日本政府が購入した我が国の巡航ミサイルやステルス戦闘機F35Bの配備が北朝鮮を刺激した』という見方が情報筋からの話ですが、別の筋によると、『韓国や日本への攻撃にも中国が関与している』とのことです。」
「どういうことだ?中国は正式に終戦に合意したはずの朝鮮戦争をまた蒸し返す気なのか?」
「『北朝鮮の反融和陣営をあおって戦争をけしかけ、我が国の対中関税の撤廃を暗に要求するつもりだ』という見方です。日本にも韓国にも我が国が基地を配備しておりますので、戦争の口実には丁度良いとも言えます。」
「・・・『正面からはシャープパワー、背後からはハードパワー』か。中国め・・・。」
「中国のさらに後ろにはロシアもあります。もしロシアとの全面対決になれば、いわゆるボタン戦争、つまり『核弾頭による第3次世界大戦』にまで発展しかねません。」
「・・・日本の医科大学に預けたあの2つのウィルスを使え!中国人を共食いさせてやる。」
「大統領。あの2つのウィルスは医療目的の研究対象です。貿易摩擦の解消のための応用には賛成しかねます!」
「国防長官。これは『大統領令』だ。君の意見は聞いていない。」
2つ目の角を曲がって東に向かって走る頃にはもうほとんど日没に近かった。
「もう少しだ。」
と男は”女医”と銀座の女を励ました。今は女の姿をしている”女医”も元々は男性なので疲れてはいるのもののまだ若干の体力は残っているが、銀座の女はもう息が切れてきた。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・。ちょ、ちょっと待って。あたしもうダメ。ちょっと休ませて。」
「・・・あたいも休ませてよ・・・。」
男は周囲のビル影を見回した。数体のゾンビがこちらを伺っている。
「『もう少し』って、はあ・・・はあ・・・はあ・・・。あとどのくらい?」
「まあ・・・大体2km位だな。ゾンビがこっちを見ている。休んでるヒマはないぜ!」
「2km!?」
”女医”と銀座の女は同時に声を上げて驚いた。
「・・・あんたさぁ、あんたは何ともないかも知れないけど、日が沈むまでにあと2kmもあたい等が走れると思う?」
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・。あたし最悪。もう無理!」
『しょうがないなぁ・・・。』
男はもう一度周りを見回した。ゾンビの数が増えているが、街路灯はもう灯っていた。
「せめてあの街路灯の下まで何とかならないか?」
3人は街路灯の下まで歩き、女2人はそこに越を降ろした。男は抱えていた女を降ろして、灯りは点いているが誰もいないコンビニの方へ向かった。男はコンビニでジュースやビールなどの飲料や明日までは保つであろう惣菜をバスケットにかきこんで、会計を済まさずに出てきた。
「ちょっとあんた、『堂々と万引きしてくる』って、どういうつもり?もう!」
”女医”はパンツの後ろのポケットから財布を出そうとしたが、当然院内PHSとICカードしか持ってきていない。
「『ゾンビ店員』にカネを払う必要はないさ。しかもいないしな。」
病院周辺の街全体がゾンビ化しているのだ。仮に財布を出しても意味はない。”女医”はバスケットの中から冷えたスポーツ飲料を取り出してキャップをひねり、銀座の女は缶ビールを開けた。男はウーロン茶のペットボトルを手にとって肩から降ろした女の頬にポンポンと軽く当てた。女は目を開け顔を上げた。
「俺は気付いてたよ。飲みな。ハーブティーじゃないけど。」
『・・・気付いてたんだ。』
太陽は沈み西の空だけが赤く染まっていた。
「3人ともこの街路灯から絶対に動くなよ。コンビニもダメだ。もし店が停電したらゾンビに囲まれる。先生、この子を頼む。俺は1人で行く。」
「ちょっと!あたし達を置いてどこへ行くのよ?」
「・・・I’LL BE BACK(また来る)」
男は東に向かって走って行った。重いバズーカ砲を抱えた人間とは思えないような猛スピードで。
「先生。あいつ本当にターミネーターじゃないの?」
「さあ・・・。あたいにも分からない。」
数分後ドゴーンというバズーカ砲の発射音とビルが崩れる音が鳴り響いた。
「・・・ターミネーター以上の化け物かも知れないよ。」
気付くと近くに“女医“さんたちの声が聞こえる。
その声はだんだん近付いてきて、周りもあかるくなっていく
瞬きをしてきづけば現実に戻っていた。
そこに男の人は居なかった。
「おはようございます……」
頭痛が酷くて回りの音が良く聞こえない、
わたしに何ていってるの?
私は耐えられないほどの眠気におそわれるが次の一言で目を覚ました
「…ここまであの男が貴方を担いできたのよ!」
その言葉を発した“女医“は溜め息を吐く。
でもここに男の人はいない。
ということは…
「しんだの…?」
「さあね。『I’LL BE BACK』とか言ってたからターミネーターみたいにまた来るんじゃないの。」
”女医”はさらりと受け答えしたが内心は途方に暮れていた。当初の計画だった、病院の39番出入り口からのゾンビおびき寄せ作戦が失敗した上、日が明けて東から太陽が昇り始めて、今朝は昨日走ってきた西側に影が伸びているのだ。来た道を引き返すことは出来ない。建物に詳しい銀座の女に病棟へ引き返すルートを聞きたかったが、昨日走り疲れた銀座の女は缶ビールを一気に5つも空けて酔いつぶれてまだ寝ていた。”女医”は女に問うた。
「ところでさぁ・・・。あんたそもそもどこから来たの?」
「え!?」
「あんたにしろ、あんたに拳銃で腹を撃たれてゾンビになりかけたあの『ターミネーター男』にしろ、一体どこから来たの?」
「・・・そ、それは・・・その・・・。」
「何なの?言えない理由でもあるの?」
「言えないんじゃなくて・・・分からないんです、私も、彼も。」
「『分からない』???」
「あなたにしろあいつにしろ・・・普通の人間じゃあないわね。」
酔いつぶれて寝ていたはずの銀座の女はいつの間にか起きていて、”女医”と女の会話に聞き入っていた。銀座の女は、昨日男が女に手渡したウーロン茶のペットボトルを拾い上げて”女医”に見せた。
「よく見て、先生。」
「『よく見て』って、何なのよ?ペットボトルがどうかしたの?」
銀座の女は指摘した。
「・・・指紋がないわ。」
”女医”は目をこらしてペットボトルを見て思い出した。昨日男がコンビニから万引きしてきて女に手渡したはずなのに、ペットボトルには指紋が1つもついていない。
「・・・あんた!手を見せな!」
”女医”は強引に女の両手をつかんでぎょっとした。女の手のどの指にも指紋がない。
「あんた。『自分が覚えている一番古い記憶』は何?」
女の体がピクピクと震えだした。
「・・・あ、あ、『茜』(あかね) ・・・え、HW・・・タイプFヴァージョン2.0。試作品番号・・・。」
女が続きを言いかけたとたんにレクサスの白のSUVがコンビニの壁ガラスを突き破って飛び出してきた。運転しているのは男だ。男は車を”女医”達の前で停めて
「I’M BACK(戻ったぞ)!乗れ!」
と叫んだ。
「『戻り方』までターミネーター丸出し」と、あきれる銀座の女。しかし”女医”のは別の理由で驚いていた。
『・・・HUMAN WEAPON・・・まさか完成していたなんて・・・。』
「先生!何やってるんだ!?」
という男の声に”女医”は顔を上げ、茜は我に返った。
「先生!先生はその子と後ろに乗ってくれ!おねーさんは建物に詳しそうだから助手席に乗ってくれ!早く!」
3人はあわてて指示通りに車に乗り込むと、男はアクセルを踏み込んだ。”女医”が後部座席を振り返ると、後部座席の後ろには大量の武器が積み込まれていた。
「3人ともシートベルトを締めてくれ。運転が少々荒くなるかも知れないからな!」と男。
「どういうこと?」と銀座の女。
「おねーさんみたいにゾンビ1体でマガジンが空になっちゃあ、弾薬がいくらあっても足りない。こっちに向かってくるゾンビは『脳天に一撃』でお願いしたいが、それが出来るのは俺とその子だけだ。その子が出来ないなら・・・。」
「私、出来るわ!」と茜。その途端に車がドスンと何かに当たった。
「・・・て、今みたいにゾンビをはね飛ばすしかない。昔のアクション映画みたいにハンドルや運転を変わってもらう訳にはいかないのさ。茜さんかな?後ろにトカレフと予備のマガジンがある。俺が見落としたゾンビは頼むぜ!」
と、男は答えた。男は続けて
「で、先生、おねーさん、俺は病院のどこへ向かえば良い?」
と尋ねた。しかし銀座の女はハンドルを握る男の手を見ながら、”女医”は男の後ろ姿をみながら、それぞれ考え込んでいる。
『このターミネーター丸出しの男にも指紋がない。』
『・・・『昔のアクション映画』・・・この男もHWだとしても、何故『昔の記憶』があるの?』
「おいおい、2人ともどうしたのさ?俺たちの行き場所を言ってくれなきゃどうしようもないぜ。」
銀座の女が指示を出した。
「病院周辺の道路を回って!病院のどこかの出入り口にボンベを積んだトラックが停まってるはずよ!」
私は車に乗り込み話を聞きながらかんがえていた。
指紋…ってなに?
指…の模様なのかな…
私は何度も指を見るがそこに指紋は無い。
私は人間では無いの…かな
男の人も人間ではないのかもしれない。
今なら…過去を思い出せる気がするのになんにも思い出せない。
思い出せないってこんなに辛い事なんだ…。
あはは……息がつまる…。
あ…大切な事を伝えてなかった。
「女医…さん」
『なに?』
「この世界は舞台。だからこの世界を終わらせるには何かをまるっきり変えなくてはならないんだって。そうしない限り、最後は……皆殺し」
私は聞いたことをそのまま伝えた。
「なぁ、看護婦さん。ダンナさんと連絡取れたん?」
と大阪の風俗嬢は尋ねた。看護師は
「ええ。こっちに来るそうよ。『俺も君もHIVウィルスとAKウィルスの両方に感染しているから俺が感染症隔離病棟に入っても問題ない。』って言ってたわ。」
と答えた。看護師は続けた。
「あなたも『ゾンビにおっぱい噛まれた』って言ってたわよね。じゃああなたもHIVとAKの両方に感染しているわ。」
「ん~よう分からへんけど、ほな、神父さんは?」
『ん?』
看護師は神父の方を向いた。しかし神父の右手首の入院患者識別用バーコードが印刷されたストラップを見て納得した。神父はHIVにしか感染していない。
「神父さん、いつからこの病棟に入院してるの?」
「・・・そうですねぇ、2ヶ月ほど前からです。」
「キリスト教って、日曜になったら信者が集まって、みんなの前で話するんやろ?信者の人はどうなったん?」
「わたくしもそれが気がかりなのですが、そもそもわたくしは正式な神父ではありません。聖日礼拝での説教を託されただけの、ごく普通のカトリック信者です。」
「へ?ほな、なんでみんな『神父さん』て言うのん?」
「わたくしの幼なじみの女性のお葬式を執り行った神父様の遺言なのです。神父様は天に召される前にこうおっしゃいました。『若くして一番大切な人を失い、それまでの行いを悔い改めた君なら命の大切さが分かるはずだ。私の葬儀は君が執り行いなさい』と。この遺言はバチカンにも報告され、『正式な神父として認められないが故人の遺言を尊重するため』という理由で、わたくしが聖職代行者として神父様のお葬式を執り行いました。それ以来、教会に来られるみなさんが正式な神父ではないわたくしを『神父』と呼ぶのです。」
「神父さん。さっき大阪の人と紹介状を書いた医師のことで話してたわよね。」
「ええ。」
「他に何かご存じですか?例えば『研究テーマ』とか『グループ名』とか。」
「これも噂でしかないのですが・・・紹介状を書いた医師はみなこの病院で『吸血鬼の研究をしていた』とのことです。」
「はあ?吸血鬼?吸血鬼って、あの、ヴァンパイアのこと?」
「今時そんなん、子供でも信じひんで。」
「わたくしも取るに足らない話だとは思うのですが・・・わたくしの場合、HIVウィルスの先祖は1カ所だという話も、診断書を書いた主治医から聞きました。」
「仮にその話が本当だとしても、2人とも感染経路が違うわ。神父は元カノさんから、大阪の人はお客からでしょ。」
神父も大阪の風俗嬢も首をかしげた。看護師は思った。
『やはり主人から聞き出すしかないわ。』
「『最後は……皆殺し』・・・いかにもHWらしい答えね。だけど恐怖で本音が出る当たりはこの子が言った通りの『試作品』だわ。」
銀座の女は後ろを振り向いて”女医”に問うた。
「ねぇ、何の話してるの?HWって何?」
「HWはHUMAN WEAPONの頭文字で、意味通りの”人間兵器”。昔日本がノーベル賞を取ったiPS細胞だけでできた、空想上の『究極の生物兵器』よ。あくまで空想上の話だったんだけど、今は現実にあたいの隣にいる。ペットボトルに指紋が1つもついてなかったから、今あんたの隣でハンドルを握っている男もHWよ。しかもこの男はこの子よりソフトウェアのヴァージョンが高い。『昔のアクション映画』というデータをインストールされているわ。」
「その子は『茜』って言ってたわよね。じゃああなたの名前は?」
「・・・識別用として、『悟』(さとる)とだけ言っておく。」
「悟。あんたはどこで造られたの?」
「・・・。」
「あんたも『試作品』なの?『量産型』はもう完成してるの?」
「・・・。」
「なんとか言いなさいよ!」
「・・・。」
「茜さん。あなたはどこなの?」
「・・・に、新潟第一医科大学・・・し、し、試作品番号・・・」
「茜!そこまでだ。早く後ろのトカレフを構えろ!でないと『HW相互支援法』違反でお前を撃つ!」
悟は車のバックミラーを見ながら左腕を上から後ろに回して茜に向けて拳銃を構えた。
「止めなさいよ!もういいわ!あたいはもう聞かないよ!危ないから前を見て運転しな!」
と”女医”が言うなりまたドスンと言う音と共に車がゾンビをはね飛ばした。悟は
「ちゃんと前を見て運転してはね飛ばした。」
と言った。銀座の女はぼやく。
「いくらレクサスのSUVでも、何度もゾンビをはねたら壊れるじゃない・・・どうせ盗んできた車だろうけど・・・。」
「トヨタレンタリースで拝借してきたが『ゾンビ店員』にカネを払う必要はないさ。」
「茜!早くなんとか言う拳銃の準備をしな!」
と、”女医”は茜を急かせた。悟は銃を下ろした。
「悟。あんたの拳銃はあたい、どこかで見たことある。」
「『ワルサーP38』。ルパン三世、『昔のアクション』だがまだ使える。」
NICUの看護師とオトコトカレシの3人は20分程配管点検用地下通路を歩いてガス棟に着いた。
「ここはサンスやチッス、スイスなんかの可燃性ガスのボンベがようけあるさかい、火の元にゃ充分気いつけてや。タバコは絶対あかんで!」
とNICUの看護師は注意を促した。オトコはガス棟を見回した。およそ500本のガスボンベが並んでいる。
「これ全部交換するのかよ!?こりゃ大仕事だ。」
「いんや。そこのNICU用の酸素ボンベの半分だけ。そこの20本じゃ。」
NICUの看護師の指さす方を見るとNICU-Aと書かれたエリアに、縦に4列横に5本、計20本のボンベがある。その隣には20本のボンベが同じように並んだNICU-Bと書かれたエリアがある。
「看護婦さん、何故A側の20本だけなんです?」
とカレシが問うた。NICUの看護師は
「A側とB側の圧力を監視する自動調整弁があって、A側の20本の圧力が下がるとB側の20本を開けるしくみになっとるんじゃ。今はB側のサンスがNICUに供給されちゅる。その間にA側の20本を交換するんじゃ。」
と答えた。自動調整弁でA、B両方の圧力を監視し交互に供給・交換することでNICU用の酸素が24時間途切れずに供給され続けるしくみになっている。NICUの看護師はガス棟の入出庫シャッターの周辺を見回してシャッター制御盤を見つけ、扉を開け、鞄からノートパソコンやドライバー、LANケーブルを取り出してハッキングの準備を始めた。しかし、入出庫シャッターのすぐそばにシャッターの開閉ボタンがある。
「看護婦さん、わざわざハッキングしなくても、このボタンでシャッターが開くんじゃないんですか?」と、カレシ。しかしNICUの看護師は
「シャッターをガス棟の中から開け閉めするんじゃったらそのボタンだけでええ。そやけどシャッターの外から開けるときは警備に電話して4ケタの暗証番号をもらってそれを押して開けるんじゃ。おらがハッキングするのはシャッターやなくて、シャッターの向こうにある通用門を開けるためじゃ。」
と答えた。NICUの看護師は配線等のハード面の準備が出来ると
「おらは今からちいと芝居するけん、気い悪うせんとパソコンの画面見ちょってくれへんか。」
と言って、シャッターの開ボタンを押してシャッターを半分だけ開けて外へ出た。NICUの看護師は新入りの看護師にシャッターの開け方を教えるフリをして警備員室から4ケタの暗証番号を受け取り、そこから警備員室のサーバーを乗っ取るつもりなのだ。NICUの看護師は携帯電話から警備員室に電話して芝居を始めた。
「・・・ほれ!分かったか?あぁ警備さん、今から新入りにシャッターの開け方教えるさかい、暗証番号ゆうてくれへんか。」
警備員は暗証番号を電話で伝え始めた。NICUの看護師は無言でこちら側にあるノートパソコンの画面を見るよう指さした。オトコとカレシの2人はパソコンの画面を見ていた。
「3」●
「0」●●
「9」●●●
「1」●●●●
「で、これ押したら最後に緑の”承認”ボタンを押すんじゃ。分かったか?あぁ警備さん、すまねえだ。これで終わりじゃけえ。」
と言って承認ボタンを押した。パソコンの画面には「LOGIN COMPLETE」と表示された。
「看護婦さん、なかなかイカしてるねぇ」とオトコ。
「こんなもん、父ちゃんの仕事に比べたらハッキングのハの字にもなんねーべ」とNICUの看護師。
NICUの看護師は続けて
「次はお二人の出番じゃ。おらはこのパソコンで通用門を開けるさかい、お二人は通用門の外に停まってるボンベを積んだトラックを中に誘導をお願いするだ。」
NICUの看護師はパソコンに表示された画面の中から<GAS BUILD.>のアイコンを探して<OPEN>をクリックした。
銃を向けられた時、昔の様子と重なった。
この光景…見た事がある…?
知ってるんだ本当は…
私が何処で生まれたとか。
その現実から目を背けてた。
でも………『茜!早くなんとか拳銃の準備をしな!』
「は、はい!」
そう言われて慌てて銃を用意した。
そして見逃したゾンビをバンバン撃っていく。
そのなかに人間は居なかった。
有り得ない光景なのになんの不安もなんの変化もない。
私、来世は人間が良かったな…なんて。
男の人があんな人だと思わなかった。
まぁ、人じゃないのか。
悟は黙ったままハンドルを握りアクセルを踏んでいる。午前10時の太陽はゾンビを真っ暗なビルの中に押し込んだ。こちらに向かってくるゾンビは見当たらない。
「先生。生物兵器って、炭疽菌(たんそきん)とか天然痘(てんねんとう)とか、細菌やウィルスみたいな『目に見えない兵器』のことじゃないの?なんで茜さんや悟が『究極の生物兵器』なの?」
「生きてるからよ。」
茜は黙ったまま空になったトカレフのマガジンを外し、予備のマガジンを差し込んで車の周囲を見ながら空になったマガジンに再装填していた。”女医”は続ける。
「炭疽菌や天然痘みたいなウィルス兵器、それに昔あった新興宗教オウム真理教がテロリズムに使ったサリンや北朝鮮の指導者の兄の殺害に使われたVXなんかの化学兵器は、それを取り扱う側も高度な専門知識や技術が必要だしお金もかかる。しかしHWは普通の人間のごく一部の細胞とiPS細胞だけで造った『目に見える生物兵器』で、それこそターミネーターと同じ。あらゆる武器を使いながら『任務を遂行するためだけに造られた兵器』よ。」
「でも、やっぱり人間なんでしょ?」
「『人間とほとんど同じ』ってだけで、人間じゃないわ。人間と同じように成長するし、食事もすれば水も飲む。ウンコもオシッコもオナラもするし、風邪をひくこともあれば頭痛も起こす。この2人みたいに思春期になれば恋もする。当然年も取るし、時期が来ればやがて死ぬ。でも『兵器は兵器』よ。」
「・・・分からないわ。」
「あんたは銀座のクラブで接客の仕事してたって言ってたわよね。もしうっかりグラスを落として割れたらどうする?」
「・・・まぁ、予備のグラスを出すか、なかったらオーナーにお願いして注文してもらうわ。」
「つまり、ダメになっても『代わり』があるってことよね。」
「うん、そう・・・え!もしかして!?まさかそんな・・・。」
「・・・そういうことよ。」
銀座の女は”女医”の言わんとするところを悟って理解しおののいた。HWは、任務遂行中に死んでもすぐに別の『代わり』が任務を引き継いで遂行する、『人間型多用途多目的生物兵器』なのだ。
「じゃ、じゃあ亡くなった後はどうなるの?遺体の引き取りとかお葬式とかは誰がするの?」
「『割れたグラス』に葬式なんかしないでしょ。『使えなくなった兵器』に葬式なんかしないわ。『使い捨て』よ。だから『究極の生物兵器』なの。」
「そ、そ、そんな・・・。だって2人ともワガママで自分勝手だけどみんなのためにがんばってるのにそれを『使い捨て』だなんて・・・。」
「人間にあってこの2人にないもの。何か分かる?」
銀座の女は震えてもう言葉が出ない。
「・・・『人権』よ。」
『ウチの病院がこんなに大きいとは思わなかった。』
医事課総合主任は病院の案内表示を見ながら急ぎ足で妻がいる感染症隔離病棟へ向かった。感染症隔離病棟は文字通り感染症患者を一般患者から隔離するための病棟だ。病棟と医事課との連絡は全て院内電子メールのみで、医療事務を担当する職員が出入りすることはなく、医療器具や院内で処方する薬、機材等は全てAIがIoTで制御するロボットが搬送している。主任はNICUを後にして約40分後、感染症隔離病棟の入り口の扉を開けた。
「あなた!」と振り返る看護師。
「すまなかった。全て俺の責任だ。」と主任。神父も大阪の風俗嬢も2人を見ている。
「私たちのあの子は大丈夫だったの?」
「ああ、NICUの看護師がそう言っていた。だけどあの子も生まれつきエイズ持ちだ。まさかこんなことになるなんて・・・。」
「・・・そう。確かにあなたのせいよね。でもエイズは潜伏期間が長いわ。発症するまでにはあの子の治療方法も見つかるはずよ。」
看護師は夫に抱きついて励ました。しかし主任は
「その治療方法こそAKなんだ。」
と肩を落とした。が、なぜか妙な視線を感じて顔を上げた。
「あ」と主任。
「あ」と大阪の風俗嬢。
2人とももじもじして、視線が泳いでいる。
「2人ともどうなされましたかな?」と神父。もう隠し通すことはできないと悟った大阪の風俗嬢は
「いつもご指名ありがとうございます。」
と、作り笑顔で開き直った。看護師は2人を交互に見て、
「・・・あなた。そう言えばよく『TKD製薬との打ち合わせがある』と言って出張してたわよね。TKD製薬って、本社は大阪でしょ!?」
と夫をにらんで腕組みをした。
「・・・ったくあきれた。あなたが彼女の常連客だったなんて!」
主任も大阪の風俗嬢も、恥ずかしげに頭をかいた。看護師は、
「あなたがエイズをもらってきたご指名のその子もゾンビにおっぱい噛まれたそうよ。AKAKって一体AKって何なの?」
と問い詰めた。しかし主任は
「彼女からエイズをもらったんじゃない。俺のミスで俺が彼女にエイズを移してしまったんだ。」
とこぼした。神父は感づいたようだ。
「AKというウィルスは、それだけでは人間をゾンビに変えてしまうようですな。」
主任は話し始めた。
「・・・AKとは、『AIDS KILLER』の頭文字だ。だがエイズウィルスを殺す訳じゃない。エイズウィルスを無力化させて汗や排泄物と一緒に体外へ放出されるのを促進するウィルスだ。しかしそれをコントロールするのは非常に困難で、単体での暴走増殖が始まると、人をゾンビにしてエイズウィルスを探し回るようになる。」
オトコとカレシは通用門の外に出た。
「おい!ゾンビはいるか?」とオトコ。
「見当たらないな。日が昇ったから多分ビルの中に逃げ込んだんだろう」とカレシ。
オトコは周囲を見回してボディーに”ISガス産業(株)”と書かれたトラックを見つけた。二人はゾンビの出没に気を張り詰めたままトラックに近づいた。だがトラックのエンジン音がしない。オトコはトラックの後ろから
「おい、運ちゃん!病院の通用門を開けたからエンジンをかけてバックで俺たちについてこい!」
と、声をかけた。しかし返事はない。
『・・・なんだってんだ、ったく。』
とオトコはイラつきながらトラックの運転席に近づいた。しかしカレシは後ろで不信に思っている。オトコは運転席のドアを手で叩いて
「おい、運ちゃん!いつまで寝てるんだよ!?」
と怒鳴ったがやはり返事はない。ドアのロックが上がっていたのでオトコは運転席のドアを開けようとしたその瞬間にカレシは
「待て!開けるな!」
と声を出したが遅かった。オトコが運転席のドアを開けたとたんにトラックの中からゾンビがオトコに襲いかかった。オトコは
「うわ!こっち来んな!」
と逃げようとしたがゾンビに追いつかれて左足を噛みつかれた。オトコは
「ぎぇー!いてー!ぎゃー!」
と叫んだ数秒後、「・・・あれ?」と振り返った。オトコの左足に痛みはない。オトコの叫び声にNICUの看護師も通用門から出てきた。NICUの看護師はカレシに
「あの人に噛みついたゾンビは、いつもウチにサンスを持ってくるドライバーさんだべ。」
と言った。ゾンビ、いや”元ゾンビ”は人間の姿に戻って死んでいた。
「何だってんだ、ビビらせやがって。ったく。」とぼやくオトコ。しかしカレシは
「・・・これでお前はHIVとAKの両方に感染した。」とつぶやいた。
NICUの看護師の看護師が後ろからの車のエンジンの音に気付いて後ろを振り返ると、オトコとカレシとNICUの看護師の後ろから、悟と茜、銀座の女に”女医”と大量の武器を積んだ白のレクサスのSUVが近づいてきた。
「あんた、大丈夫なの?どこを噛まれたの?」
と、”女医”はオトコに問いかけた。オトコは
「あぁ、アネキ。戻って来てくれたんだな。左のふくらはぎを噛まれたが大丈夫だ。」
と答えた。カレシは
「先生、他の3人は?」
と問いかけたすぐ横で銀座の女は
「あたしならここにいるわよ。悟と茜さんはまだ後ろの車の中。」
と答えた。
「何か2人で話があるみたい。なんだかラブラブみたいよ。」
「『悟と茜さん』?ああ、あの2人か。それがあの2人の名前なんですか?」
「『識別用』らしいわ。HWていって、タダの人間じゃないそうよ。」
「『タダの人間じゃない』?それは・・・。」
と、カレシが言いかけたところで”女医”が割り込んできた。
「今はその話はナシよ。後であたいが話す。今は彼の噛まれた左足の皮膚と筋肉の細胞のサンプルを採取して調べたいの。何か分かるかも知れないわ。」
「あんたらさぁ、何の話しよるんか知らんが、はよトラックを中へ入れてサンス交換スてくれんと、いつまでも通用門ば開けとられん。警備に怪しまれるっちゃ。」
とNICUの看護師が諭した。オトコはカレシに
「俺が運転するから、ガス棟の中まで誘導してくれ。」
と言った。カレシは了解し、2人はトラックをガス棟の中へ入れた。”女医”と銀座の女とNICUの看護師も後についていってガス棟の中に入り、NICUの看護師がガス棟の中においていたノートパソコンで<GAS BULD.>のアイコンの<CLOSE>をクリックし、シャッターも閉めた。
「んでぇ、さっきの白い車は何ぞね?米軍や旧ソ連軍の武器をようけ積んでたみたいやが。」
とたずねた。”女医”と銀座の女は顔を見合わせ、はっと気づいた。茜と悟の2人を通用門の外に置き忘れてきたのだ。銀座の女は
「ねえ看護婦さん、もう一度出入り口を開けて!あの2人も友達なの!」
と頼んだがNICUの看護師は
「1日で2回もシャッターを開け閉めしたらハッキングがバレてしまうっちゃ。警備が怪しんで、手動でシャッターと通用門をロックしてしもたら、もうどうしようもない。」
と答えた。NICUの看護師は続ける。
「明日になったら警備が交代するけん、そんときにまた芝居して開けるしかなかとよ。」
『はぁ~またあたいのドジが出た。』
と”女医”は顔を押さえた。敷地外に取り残されたレクサスの中の2人は話していた。
「・・・俺たち、取り残されたよな。」
「・・・うん、そうみたい。」
「茜さん。さっきは銃口を向けて済まなかった。ごめん、謝るよ。」
「ううんいいの、そんなこと。『あなたは絶対に撃たない』って分かってた。」
「そうか・・・。それが分かったていうのは、昨日のソフトウェアアップデートと再起動で理解できるようになったのか、それとも・・・。」
「私の”女の勘”で分かったの。」
今夜は”女医”にとって、またしても眠れない夜になりそうだ。しかしまだ太陽は高いところにある。
<<すいません、遅れました!>>
「ねぇ、これからどうするの…?」
「取り残されたんならどうしようもねぇよな…」
困り果てた悟は頭を掻く。
茜はうーん、と考え込んでしまった。
すると茜が突然思い付いたように
「もしかして近くのデパートとかに行ってみれば…」
悟も大きく頷いて
「あの辺りはゾンビが来ないから安心だ。じゃあ、行くか」
そういうと車を走らせる。
それからデパートにつくまでの間ほとんど無言だった。
それから10分ほどでデパートにつく。
シャッターで閉じられた中に入ると、それは人がいなくなる前と同じような状態で、ゾンビもいないという最高の条件が揃った場所だった。
”女医”は銀座の女と2人で感染症隔離病棟に戻ってきた。
「看護婦さん、みんな大丈夫なの?何か変わりはなかった?」
「ええ・・・。神父さんも大阪の人も大丈夫です。あ、それと、彼が私の主人です。」
看護師は自分の伴侶を紹介した。”女医”は
「初めまして。ここで常駐勤務をしている西原(さいはら)遼子(りょうこ)です。」
「どうも、初めまして。彼女の夫で、この病院で医事課総合主任をしている川崎(かわさき)です。先生は以前どこかで見かけたような気がしますが・・・あ、いえ、私の勘違いかと・・・失礼しました。」
主任はNICUで居眠りをしていたときに見た夢の中で、拳銃自殺をして世界を破滅させた女性医師と遼子がよく似ていたのを思い出した。看護師は
「人事データベースで先生のファイルを見たんじゃないの?」
と付け加えた。川崎は、ああそうかも知れないと腑に落ちない納得をした。お互いの自己紹介が済むと看護師は遼子に
「あの男性カップル2人と男の人と女の人はどこですか?」
とたずねた。遼子は
「男2人はガス棟でNICU用の酸素ボンベの交換をしてからこっちに来る。あとの2人は・・・あたいのドジで敷地外に置き去りにしてしまったわ。」
とこぼして、ソファに座り込んだ。銀座の女は
「あの2人は、武器が扱えるから大丈夫よ。」
と取り繕ったが遼子は肩を落としたままだった。看護師は労をねぎらいながら遼子に写真を見せた。例の5歳児が交通事故で死亡した時の写真だ。
「先生。この写真をどう思います?彼は15年前にこの病院で死んでるんですよ。」
『・・・15年前に死んだ子供の細胞組織をこの病院で冷凍保管し、一部をHW開発用に使ったとしか思えない。しかし今それを言っていいものか?もしそうだとしたら、悟より先に造られた茜はどう説明する?』
遼子は考えた末、
「さあ、分からないわ。今は銀座の彼女の言うとおり、としか言いようがないね。」
「『玲奈(れいな)』って呼んでくれない。お店の売り名だけど。」
「ウチは『みくる』。本名はインパクトあらへんてゆうて、店長から名前もろた。」
大阪の風俗嬢も名を名乗った。遼子は目をキョロキョロさせた。
「あれ?なんかおかしいのん?」
「あんたじゃないわ。」
いつの間にか、主任と神父はいなくなっていた。
茜と悟の2人は、デパートの4階にある寝具売り場に着いた。ゾンビの出没に備えて茜はアメリカ製軽機関銃と拳銃を、悟は旧ソ連製重機関銃2丁で武装している他、悟の背中にはアンテナのついた大きなリュックがあった。
「ふかふかのベッドは久しぶりだな。ここならゆっくり休めそうだ。」
「悟さん、そのリュックに何が入ってるの?」
「ああ、これか。旧式の無線機や衛星携帯電話、ノートパソコン、モバイルwi-fiルータとバッテリー、それに偵察用ドローン、それに『パスポート偽造機』にニセモノのビザとニセモノの免許証、クレジットカードに世界中の通貨・・・まぁいろいろだな。」
「・・・誰と通信するの?」
「・・・分からない。『自宅から半径3km外へ行くときは必ず持参しろ』とプリインストールされているから持っているだけだ。」
2人はダブルベッドに腰を下ろし、銃器類を脇に置いた。
「茜さん、さっき車の中で『試作品番号』とか口走ってたよな。1つ試したいことがある。右手を見せてくれないか。」
「・・・指紋、ないよ。」
「そんなことじゃない。」
悟は茜の右手に自分の左手を重ねた。茜は突然のことでどぎまぎしていたが、悟はいたって冷静だ。
悟は数分後自分の手を離した。茜はドキドキしてうつむいていた。
「・・・ダメだ。茜さんは本当に初期型の試作品だな。モルブルー通信ができない。」
「モルブルー?」
「モリキュラーブルートゥース通信の略で、触れ合うだけでお互いの情報を交換できる規格だが、茜さんにはそれがない。多分初期型の試作品として他のHWとは通信せず、ターミネーターみたいに単独で行動するしくみになっている。だけど・・・。」
「だけど?」
「・・・茜さんの手、あったかいな。」
2人とも頬を赤らめてうつむいたまま数時間が過ぎ、気づくと2人ともたまった疲れで寝入っていた。茜は午前2時過ぎに目を覚ましたが、悟はまだ寝ていた。茜は悟がベッドの脇に置いたリュックに目を向けた。
『勝手に開けたら悟さん、怒るかなぁ・・・。』
茜は悟の方を振り向いて、まだ寝息を立てていることを確認してこっそりリュックを開けた。悟の言った通り、確かに通信機器や軽量のドローン等しか入っていない。リュックのタブにはMADE IN CHINAと刺繍がある。しかし何か変だ。何でこんなにもたくさんのものが整然とリュックの中に収まっているのか?アメリカ製や日本製、その他海外製のいろんなものがたくさん詰め込まれているのならリュックの中は雑然としているはずだ。それらが中国製のリュックの中に整然と収まっている。そもそも何で悟がアメリカ製の武器とアメリカと敵対する旧ソ連の武器の両方を持っているのか?
「俺たちの秘密は中国にある。」
茜はどきっとして振り向いた。悟は起きていて、こちらを見ている。
「ご、ご、ごめんなさい。わ、わ、私・・・。」
「いや、かまわない。俺もいつか茜さんに言おうと思っていた。」
悟は茜にレクサスのキーを手渡した。
「夜が明けたら関空へ向かう。そこから上海行きの飛行機に乗る。昨日は俺が運転したんだから明日は頼むぜ!」
「え!そんな!?私免許持ってないし~。第一武器を持って飛行機なんか乗せてくれないよ~。」
「ハンドルを握れば『運転アプリ右ハンドルヴァージョン』が起動する。どのHWにもインストール済みだ。武器は『現地調達』する。」
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(スレ主じゃないけど)ご自由にご参加下さいませ。ただ一応「小説」ですので、
ご参加前にあらかじめ文脈やあらすじなどをつかんだ上でご参加いただけたら幸いです。
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「じゃあ、酸素ボンベの交換手順を説明してくれないか。」
「まず、空のボンベのバルブを右いっぱいに回して閉める。次に供給チューブのナットをゆるめてはずす。そん次は・・・。」
オトコはガス棟の上を見上げた。
「上の天井走行クレーンで空のボンベを吊り上げてトラックの荷台に降ろし、酸素充填済のボンベを吊り上げて空のボンベの位置に降ろす。あそこにぶら下がっている操作ボタンのスイッチを押せばON、離せばOFFだからお前にもできる。次は逆に、供給チューブをつないでナット締め、バルブを少し左に回して酸素の漏れがないかを確認してOKならバルブを左いっぱいに回して開ける。チューブは俺がやるからお前はバルブの開け閉めとクレーンだ。」
「それをA側全部やるのか?」
「そういうこった。1本ずつな。」
オトコとカレシは酸素ボンベの交換に取りかかった。オトコは慣れた手つきでナットをゆるめるレンチを持ってチューブの取り外しや取り付けを進めたが、バルブの開け閉めとクレーンを担当する彼氏は不慣れで、思うように進まない。
「おいおい、もうちょっと落ち着いてやれよ。ボンベで手を挟んじまうぜ。」とボヤくオトコ。
「すまない。スイッチ操作で動くと言ってもなかなかコツがいるもんだな。」と謝るカレシ。
2人の作業を見ていたNICUの看護師は
「ゾンビになって死んだガス屋のドライバーさんやったら1人でやるんやけどな。」
とオトコ同様にボヤく。
「看護婦さん。こっちだって一生懸命やってるんですよ。そんなこと言わなくたって・・・。」
「危ねーからスイッチ押したままよそ見するなバカ!どこの大学出たんだよ、ったく・・・。」
「す、す、すまない。」
カレシはオトコとNICUの看護師の両方にボヤかれてシュンとなった。漫才のようなデコボココンビだがこれでもうまくいっているから不思議だ。カレシはバルブの開け閉めとクレーン操作だけだが腕の力だけでレンチを回すオトコは疲れが回ってきた。
「あちっ!しまった!」というオトコの声と共にカラーンという音がガス棟に響いた。
「どうしたんだ?」とカレシ。
「腕が疲れてきて、レンチをおっことしちまった。ボンベの置き方が悪いから隙間が狭くて手が届かねぇ。予備のレンチあるか?」
「待ってくれ。うーん、同じものはないなぁ。モンキーレンチなら1本ある。」
「モンキーでいい。貸してくれ。」
オトコはモンキーレンチで作業を続行した。しかし最後のナットを締め終わった時に、今度は手に溜まった汗でモンキーレンチも落としてしまい、モンキーレンチは黄色のペンキで”オクナ!”と書かれた隅っこのエリアまで転がっていった。ガス棟にはカラーンという音が響いた後にゴローンという反響音まで響かせた。オトコは仕事をやり終えてはぁはぁ言いながら
「おい!今の音、聞いたか?」
尋ねた。
「ああ、聞いた」「おらも聞いたべ」。
「看護婦さん。あそこの”オクナ!”という注意書きは何のためですか?」
「おらも定年退職して辞めてった主任看護師から『「オクナ!」と書いてあるところには何も置くな』って聞いただけでぇ~、何も知らんのじゃが、今の音は確かに空洞がある印の反響音だべ。」
3人はオクナ!と書かれた隅っこのエリアに近づいた。オトコがモンキーレンチを拾い上げオの字をモンキーレンチで思いっきり叩くと今度はゴーンという音が響いた。
「ここだけコンクリートじゃない。鉄板のフタだ。ここに取っ手がある。」とカレシ。
NICUの看護師は後ろに下がるとトラックから電動のハンマーレンチを持ってきた。
「ほれ。これで四隅の錆びたナットを回しんしゃい。」
「『フタを開けたらゾンビがどどーん』な~んて?」ととふざけるカレシ。
「オメー!電動ハンマーレンチで鼻ひん曲げるぞ!」。カレシはまたシュンとなった。
電動ハンマーレンチでナットは外せたものの、肝心のフタは男2人がかりでも重くて持ち上がらない。
「アレで持ち上げたらよか。」とNICUの看護師は天井を指さした。
アレ。すなわち天井走行クレーンだ。なるほどと合点した男2人は早速準備をし、フタを開けた。フタの下にあったのは、階段と地下通路だ。NICUの看護師はつぶやいた。
「この地下通路だと、行き先は病院の外だべ。」
「あの2人、遅いわねぇ・・・。」
遼子は眠気をインスタントコーヒーでごまかしながらつぶやいた。遼子はゾンビに噛まれたオトコの細胞組織のサンプルを採取しゾンビ対策のヒントを得たいのだ。茜と悟がいない今、自分達の身は自分達で守らねばならない。そのためにもサンプルは必要なのだ。看護師である川崎の妻は遼子の後ろから声をかけた。
「・・・あの、先生。少しよろしいでしょうか?」
「ああいいよ。何なの?」
「主人が言っていたんですけど、ゾンビはAKというウィルスからきていると。先生は知っていたんですか?」
「知ってたわ。あたいがこの病院で研究してたんだから。」
「ぇえ!じゃあ、極秘研究グループって・・・。」
「あたいも元そのグループの1人よ。AKに関する極秘研究員だった。」
「だったら対処法が分かるはず・・・すみません、失礼しました。」
「気にしなくて良いわ。実際分からないからあたいが研究してたんだし。ところでご主人は・・・?」
「さあ・・・。先程までここにいたのですが、神父さんもいなくなっておりまして・・・。」
「そう。医事課総合主任さんだから入って良いところといけないところぐらい分かるはずだからまぁいいわ。ところでご主人さんはAKについて他に何か言ってた?」
「それ以外は特に・・・。」
「じゃあ、世界で初めてAKウィルスを発見したのは誰だか話してないのね。」
「はい。先生、誰なんです?」
遼子はため息を1つついた。
「・・・あたいの父方のじいちゃんよ。」
「ぇえ!?」
「AKウィルスはあたいのじいちゃんがヨーロッパでの研究旅行で偶然発見したんだけど、じいちゃんは元々欲のない人で早速エイズ治療への応用をしようとした。しかしじいちゃんが開業してた小さな診療所では研究資金もない。そこへアメリカ政府がこの研究に目を付けて、発見と研究開発の権利をじいちゃんから買い取ったの。そのお金であたいのオヤジはじいちゃんの診療所を大きくして、今じゃ地元の大病院よ。あたいはオヤジもおふくろも医者だから医者になる以外に選択肢はなかった。あたいは金儲けのことばかり考えるオヤジやおふくろより、無邪気に実験や研究のことを話してくれたじいちゃんの方が好きだったから、どうせ医者になるんならオヤジよりじいちゃんの後を継ぎたくてこの新潟第一医科大学に入学したの。オヤジもおふくろもあたいが性同一性障害を持っていることを認めてくれなかったけど、美容整形のための韓国での費用やこの医科大学の学費をオヤジが出してくれたんだから、オヤジを悪く言うのはバチ当たりだけどね。」
「でも先生、アメリカ政府が買い取った研究開発がこの病院にあることを、受験生だった先生が何で知ってたんですか?」
「オヤジのコネよ。オヤジはカネだけでなく日米両政府の要人へのコネもあった。オヤジがじいちゃんの名前を出したら文部科学省の偉いさんが簡単に教えてくれたらしい。オヤジにしてみれば世間に顔向けできないオカマ息子を遠くへやるのに都合がよかったし、あたいもじいちゃんの後を引き継げるんだから、あたいもオヤジもこの医科大学に進学することに異論はなかった。」
「カレシさんの話だと、『先生は高校生時代、成績が良かった』と・・・。」
「新潟第一医科大学の入試偏差値は60程度だけど、東大や京大、慶応の医学部に比べると確かに三流よ。でもよく考えてみて。こんなへんぴな片田舎にできた私立の医科大学の附属病院だけが何故世界有数の大規模病院なのかしら?」
「さあ・・・?」
「日本政府が『思いやり予算』として米軍に提供してきた税金の一部が裏金になってこの病院の経営を支えてるからよ。あたいの研究予算もね。」
「米軍からの裏金?て、ことは・・・。」
「この病院は米軍の軍事研究にも荷担している。研究が『極秘』なのはそのためよ。」
夜が明けた。レクサスのキーを受け取った茜はおどおどしながら運転席に乗り込むと悟に言われたとおりにハンドルを握った。すると茜の頭の中でピンと緊張が走り、無意識のままにキーを差し込んでエンジンをかけた。悟はその様子を後ろのシートで見ている。
「どうだい?言ったとおり『運転アプリ』が起動しただろ?」
「う、うん。本当に運転したことないのに体が勝手に・・・。」
「すぐ慣れるさ。さあ行こうぜ!」
「でも、道が分からないよ・・・。」
「デパートの駐車場を出てすぐ左に曲がれ。そこで俺が指示を出す。」
「わ、分かった。」
茜はレクサスのアクセルを踏んだ。初めて車を運転するのに、もう何年も乗りこなしたかのようなハンドルさばきだ。悟に言われたとおりに駐車場を出て左に曲がると悟は
「北陸自動車道のインターチェンジへ向かい、大阪方面行き車線に入れ。」
と指示を出した。茜は
「きゅ、急にそんなこと言われたってどこへ・・・。」
と言い切らぬうちに茜はレクサスのカーナビを操作しルートを検索し始めていた。向かう先は新潟西インターチェンジだ。
「ちょ、ちょっと!どうなってるの?体が勝手に・・・。」
「『運転アプリ』のルート検索モードだ。茜さんの中の検索エンジンと運転アプリが連動してカーナビの操作をしている。後は茜さんの2つのバイオカメラとバイオマイク・・・まぁ、『目と耳』がカーナビの指示を聞きながら状況を判断しアプリが体を操作し勝手に運転する。試しにアクセルを踏みながら後ろを振り向いてみな!」
茜は言われたとおりに後ろを振り向こうとしたが、体も首も回らない。
「振り向けないだろ?『自動危険運転回避プログラム』が常によそ見運転を監視して、事故らないようになっているんだ。例外もあるけどな。」
「『例外』って、あのゾンビをはねた時みたいな?」
「・・・俺の中ではゾンビは人間と見なさない。だから『例外』としてはね飛ばした。」
車は新潟西インターチェンジに近づいた。
「悟さん。」
「何だい?」
「私たち、本当に中国に行くの?」
「・・・先生たちのことが気になるんだろ?」
「う、うん。」
「俺も同じさ。だが中国へ行かないと俺たち以外のHWのことも分からない。分かっているのはHWは俺たちだけじゃないってことさ。」
「それって・・・、先生が言ってた『量産型』のことなの?」
「かもな。俺たちが上海へ行く理由は・・・俺の中に『もし中国へ行く機会があったら上海のホテルで指令を待て』とインストールされているからだ。『指令』が出る前に俺たちの秘密を突き止められれば先生たちだけでなく、世界を戦争から救えるかも知れない。それに・・・。」
「それに・・・?なんなの?」
「・・・俺は・・・。」
悟はうつむいて深呼吸し、バックミラー越しに茜の目を見た。
「・・・茜さんが好きなんだ。」
茜は車を左に寄せて停めた。
「俺たちHWには、恋愛は認められていても結婚は認められていない。だったら、『指令』が出て”人間兵器”になる前に、君と少しでも長く一緒にいたいんだ。」
「わ、私だって、悟さんが好き。でも・・・。」
「でも・・・?」
悟は不安になった。
「先生たちの病院はゾンビに囲まれてるのよ!先生たちを置いて行けないわ!」
「・・・そうか。そういうと思ったよ。昔のアクション映画ならここで君を殴って気絶させて無理矢理連れて行くところだがそれはHW相互支援法の趣旨に反する。分かった。君の言うとおり、病院へ戻ろう。だが車では戻らない。」
「どうやって病院に戻るの?」
悟は少し考えた後、茜に指示を出した。
「新潟空港へ向かえ!そこでヘリを拝借して空から病院へ戻る。」
茜の左手の人差し指はカーナビのタッチパネルを操作して新潟空港へのルートを検索していた。
「ああアネキ。すまねえ。遅くなっちまった。」
オトコは遼子に遅れを詫びた。
「遅かったわねぇ、もう寝ようかと思ってたわ。」
遼子のいた感染症隔離病棟の時計は午前3時を回っていた。神父と主任はこの日戻ってこなかったが、看護師と玲奈とみくるは既に寝ていた、はずだった。
「先生。実は俺たち、ガス棟の下に地下道があるのを見つけたんです。」とカレシ。しかし遼子は
「あ、そう。」と冷淡だ。
「『ハイブ』って知ってる?『バイオハザード』に出てくるアンブレラ社の秘密研究所の名前だけど、地下数百メートルにあるそうよ。ウチの病院くらい大規模なら地下に何があっても不思議じゃないわ。」
「先生の研究室も地下にあったのですか?」と尋ねるカレシ。
「ああ。でも地下通路は1つとは限らないわ。部外者以外には知らされていない地下通路がいくつもある。そうでないと極秘研究が外に漏れてしまうからね。」
「アネキ。俺の足の細胞のサンプルを取るんだろ!?今からやってしまおうぜ。」
「浩二(コウジ)。今は無理だね。」
「先生、何故なんです?サンプルは出来るだけ早く採取した方が・・・。」
「友英(トモヒデ)。今は真夜中の3時過ぎよ。サンプルを採取できる時間じゃないわ。あたいの勘にに間違いなけりゃそんなにすぐには変わらないから明日でも遅くない。あたいももう眠いし、明日にしよう。明日の朝9時半に検査室に予約を入れておくわ。」
遼子はパソコンのキーボードを叩いて検査室の利用予約を入れた。遼子、友英、浩二の3人以外は寝たはずだったが、みくるが起きてきた。
「なあ先生。ウチ、お手洗い行きたいんやけどぉ、夜やし、ゾンビとか怖いから1人でよう行かれへんねん。」
遼子と友英はあきれたが、遼子は
「じゃあ浩二と2人で行ってきな。浩二、案内してあげなよ。腹を撃たれた男を一緒に迎えに行った仲でしょ。あたいと友英は先に寝るからね。」
とみくるに浩二を紹介した。浩二は
「ちっ、いい歳してしょうがねえなあ。まあだけどアネキには逆らえねえや。俺もションベンしてえし、ついでだからついてきな。」
遼子と友英は先に寝た。浩二はみくると2人で夜のトイレに向かい、紳士用と婦人用に別れて2人とも用を足してそれぞれのお手洗いから出てくると、みくるは浩二にこそこそと話しかけた。
「なぁ。先生、様子がおかしいと思わへん?」
「ああ、俺もそう思ってた。アネキの親友の友英にすら何かを隠してる。」
「さっき話してた地下通路って、ホンマに『ハイブ』みたいにゾンビのウィルス作ってたんかなぁ?」
「・・・行って中に入ってみるしかない。」
浩二はみくるを連れてこっそりガス棟まで戻って行った。
夜が明け始め、東の空が赤くなった頃、玲奈は目を覚ました。遼子とカレシ、看護師の3人はまだ寝ているが、オトコとみくるの姿がない。
『カレシさんが寝ているってことは、あのオトコも返ってきたはずよね。みくるちゃんもいないし、どこへ行ったのかしら?』
玲奈はカーテンを少し開けて朝焼け空を眺めた。病院周辺の道路に目をやったが、白のレクサスはない。
『悟と茜さんを連れ戻さないと。でもどうやって・・・?』
玲奈はカーテンを閉めてベッドに座った。遼子の寝顔に目を向けようと振り向くと、目に入ったのは遼子が無造作に放り投げた白衣と名札だ。玲奈は遼子の寝顔に向かってこっそり
「先生、ちょっと拝借するわね。」
と言って白衣を着て名札を首から下げ、自宅から乗ってきたポルシェのキーを持って部屋を出た。車を停めてある駐車場に一番近い出入り口は既に確認済だ。礼子は28番通路から建物の外へ出て、ポルシェに乗り、エンジンをかけて、車両ゲートまで乗り付けた。
『これでゲートが開くかしら?』
と思いながらも、名札の裏の医療スタッフ認証用ICカードを取り出した。カードをゲートのセンサーにかざしたが、案の定開かない。代わりにゲートのスピーカーから警備員の声がした。
「おはようございます。ただいま封鎖中ですのでゲートをお開けすることは出来ません。」
玲奈はNICUの看護師並の芝居を打って出た。
「『この先のコンビニで未感染者が閉じ込められている』という通報があったの。迎えに行かないと、ゾンビに食べられてしまうわ!警備員さんには連絡は行っていないの?」
「少々お待ち下さい。」
警備員は申し送り書を確認したが、そんな通報の記録はない。警備員は勘違いした。
「申し訳ございません。交代前の者が確認を怠ったようです。」
「じゃあ早くゲートを開けて!」
玲奈はホっとした。芝居がうまくいったようだ。しかし、
「分かりました。ただ一応念のため、お車の窓を開けてカメラの方を見て下さい。ICカードの写真と先生のお顔をカメラで拝見いたします。」
『ん・・・しまった!』
玲奈は芝居は失敗したかに思えたが、銀座という日本最高単価の客商売の舞台で得た立ち回りでさらなる芝居を打った。玲奈はICカードを取り出し、窓を開けてカメラを見た。
「・・・失礼ですが、西原遼子先生ですか?」
「ええ、そうよ。」
「大変恐縮ですが、別人かとお見受けしますが・・・。」
「警備員さん。”女は医者であっても若く美しくありたいものよ”。」
「こ、こ、これは大変、大変失礼しました。」
警備員には玲奈が、ICカードの写真に写っている遼子が美容整形をうけたものと勘違いした。玲奈は難なくゲートを抜け、ポルシェは病院の外に出た。
『芸能人って大変よねぇ、こんな芝居を毎日やってんだから。』
玲奈はポルシェで大通りを走り抜けた。
NICUの看護師は早朝、感染症隔離病棟に内線電話をかけた。
「おはようごぜえますだ。NICUのもんじゃが、そつらにウチの病院を寿退職した川崎って女性がおると思うんじゃが電話には出られんかねぇ?」
この電話に出たのは川崎の妻絵里子(えりこ)だった。
「あらぁ、おはようゆかり。ウチの子はどう?」
「ああー絵里子か。サンスのボンベを交換できたさかい、当面は大丈夫じゃ。」
「そう、よかった。でも、ゆかり。あなた寝てないんじゃないの?大丈夫?」
「ちいとも大丈夫やない。警備が門ば閉めてしもたさかい、交代の医師や看護のもんが中に入れんで、当直の医師と2人で深夜のコンビニの店員状態じゃ。」
「じゃあ今から手伝いにそちらへ行くわ!NICUは37番通路の近くなんでしょ?」
「キモツは嬉しいけんど、アンタもエイズやらゾンビやら感染しとるんじゃろ!?ホンマにすまんが、エヌ・アイ・スー・ユーの中には入れられん。」
「そ、そうね。私は行かない方が良いのよね。我が子に申し訳ない・・・。」
絵里子は今にも泣きそうな声で答えた。
「で、ゆかり。こ、こんな朝早くにどうしたの?」
「絵里子が感染しとるエイズやらゾンビやらの件なんやけどな、どうもおらの父ちゃんが1枚かんどるようなんじゃ。」
「どういうこと?あなたのお父様は自衛隊の専属医師でしょ?確か、防衛医科大学校出身の。」
「んだ。その父ちゃんが勧めてくれた看護専門学校がこの大学の附属学校なんじゃ。」
「それがどうかしたの?」
「実はな、父ちゃん、今は実家で小さい開業医をやっとるんじゃが、定年退官の数年前に自主退官してこの病院に勤務しとったんじゃ。」
「それならお父様が勧めるのもなおさらじゃない。この病院は世界有数の大規模病院なんだし。」
「おらも最初はそう思ったんやがな、絵里子、医者も看護婦も大工さんと同じでな、決まったことしかせえへん大手より何でもこなす中小企業みたいな病院の方が腕が上がるんじゃ。その父ちゃんがここを勧めたんで、今になってどうもおかしいと思ったら、父ちゃん、ここで仕事し始めてから2,3ヶ月に1度しか家に帰ってきいひんようになった。母ちゃんはいつのもことみたいに思ってたんじゃが、父ちゃんが帰ってきた時に仕事のこと聞いたことがあってな、父ちゃんは『この病院である研究をしてるが研究の内容は言われへん』って言ってたのを思い出したんじゃ。」
『極秘研究・・・。』
絵里子は西原遼子医師の口から聞いた言葉を思い出した。
「ゆかり。ゆかりのお父様って当然だけど『医師免許を持った自衛官』よね。もしかしてアメリカとの共同軍事演習なんかもやってたんじゃない?当然機密連絡も扱ってたはずよ!」
「『ビンゴ!』じゃ。父ちゃんは明らかに米軍に依頼されて研究してたに違いない。それが何なのかは分からへんけどな。」
「ゆかり。ゆかりの実家の電話番号を教えて!」
絵里子はゆかりの実家に電話をかけた。
茜と悟と重武装を積んだレクサスは新潟空港のフェンスを突き破って空港敷地内に入った。
「悟さん、空港のどこへ行けば良いの?」
「うーん、人間2人と武器が積める民間ヘリがあればの話なんだが・・・。」
悟は、ヘリコプターで病院へ戻るアイデアは出したものの、空港にヘリコプターがあるかどうかまでは確認していなかった。地方空港は国際空港と違って、どんな飛行物体でも受け入れられる訳ではない。もっぱら国内線の中距離飛行機しか離発着しないのだ。ヘリコプターがあるかどうかは目視できなければ格納庫を1つ1つ開けて確かめるしかない。茜が滑走路をエプロンに向かって走ると、人が手を振っているのが見えた。
「悟さん、誰かいるよ。」
「何!そんなはずは・・・。」
と、言うなり前を向くと空港警備員が必死に手を振っていた。
「茜!ハンドルを切って突っ走れ!」
と指示したが茜は直進してブレーキを踏んだ。
「HWは無防備な人間を危険にさらすことは出来ないわ。人間を守る義務がある。」
と言って空港警備員の前で停まった。
「誰だ君達は?空港内は立ち入り禁止区域だぞ!それに・・・君達はゾンビではないな。何者だ?」
「あの・・・ヘリコプターを貸して欲しいんです。」
「はあ?空港は3時間前から封鎖中だ。君達は一体何物だ?どこのヘリ会社の人間だ?」
「おっさん!答えとワルサーの弾丸と、どっちが欲しい?」
悟は茜に向けたワルサーP38の銃口を、今度は警備員に向けた。
「うっ・・・テ、テロリストか。こ、この空港は3時間前の九州からの便を最後に封鎖している。空港の管制機能も麻痺して、ヘリだろうと何だろうとテイクオフできる状態じゃない!」
「とにかくヘリの格納庫を教えろおっさん!」
「これこれお若いの。物騒なものを出さんでもよろしい。ワシが話をつけよう。」
会話に入り込んできたのは1人の老人だった。
「これだけAKウィルスが蔓延しとると今ヘリ会社にチャーターを申し込んでもムリじゃろ。カネなら後でワシが払いますよって、ヘリを出してはもらえませんじゃろか?操縦免許ならワシが持っております。」
茜は、自分達と空港警備員との間に仲裁に入ってきた老人を見て言った。
「・・・おじさん、何なの?」
「ふむ・・・白いクルマに乗った若い男女と大量の武器。聞いた通りじゃな。」
「何なんだこのジジイ!」
悟は銃口を老人に向けた。
「新潟第一医科大学附属病院で看護師をしとる娘のお友達からの連絡で急きょ先程の便で宮崎県から来ました坂下(さかした)と申します。ワシを病院までヘリで行かせてもらえるのでしたら、後のことはワシがなんとかします。」
この老人こそ、NICUの看護師坂下ゆかりの父親で元自衛隊医官総合臨床医師の坂下良一(りょういち)であった。
浩二の左足の生体サンプルを取るために検査室に予約を入れた9時30分を過ぎた。が、遼子も友秀もイライラしている。
「・・・浩二のヤツ、一体どこへ行ったのかしらねぇ・・・。友秀、この病院にアイツの行きそうなところって、あるのかしら?」
「さあ・・・。アイツは先生も知っての通り、メカいじりだけでなく何でも興味を示すヤツですから、アイツの行きそうなところと言えば、大がかりな医療機器ぐらいで・・・。」
「だからあたいは悟の引き取り役としてアイツをCT”治療室”に行かせたのよ。あそこはただのCT検査室じゃない。あそこも部外秘と言えば部外秘だから、委任状にはあたいの直筆の署名と押印がないと入れないところなのよ。」
遼子と友秀の後ろから絵里子が話しかけた。
「先生。主人も神父さんも戻ってきてないし、みくるちゃんも玲奈さんもいないんです・・・で、先生、白衣はどうされたのですか?」
遼子はほおづえをついてぼやいた。
「それも分からないのよ。目が覚めたら脱いでここにおいたはずの白衣も名札もない。ったく、どうなってるのかしら。」
3人とも30分ほど考えたが妙案はない。絵里子は2人にある提案をした。
「あの・・・、お2人ともおなかすいてません?非常食しかありませんけど、こうしていても始まりませんし、今のうちに腹ごしらえをしておいた方が・・・。」
「そうだな。先生、そうしましょう。」
「・・・分かったわ。インスタントでいいからコーヒーもお願い。」
絵里子は非常食を3人分持ってきてコーヒーを淹れた。3人はそれぞれ自分の分の非常食を開封して黙ったまま食べていたが、絵里子が友秀に話しかけた。
「カレシさん、お名前は?」
「あ、ああ、今さら申し遅れました。佐藤(さとう)友秀です。斉原先生とは高校時代の同期で、その時からの友人です。で、今いない方のアイツは真島(まじま)浩二。高校の後輩です。ま、韓国のこと以外はアイツにこき使われっぱなしですけどね。」
「3人とも同じ高校だったんですか?だから仲がいいんですね。」
「ま、腐れ縁ってところね。」
「ところで、CT”治療室”って何ですか?私はこの病院の外来しか知らないもので・・・。」
「外来や通常入院で主治医が検査指示を出すCTスキャンが放出する放射線の数倍から数百倍の放射線を出してしつこい水虫やアトピー性皮膚炎のような広範囲な皮膚病を治療する医療機器ですよ。部外秘の扱いになっているのは、装置本体がアメリカ製で、厚生労働省からの認可をまだもらってないからです。一般的に見ても、チェルノブイリ原発や福島第一原発の事故の影響もあって強力な放射線は毛嫌いされていますからね。」
「水虫やアトピーなら最近はいい薬が出回っているのに・・・ですか?そもそも、そんなに強い放射線を浴びたら皮膚ガンや白血病の可能性が・・・。」
「放射線を出す直前に皮膚の炎症の深さをレーザーセンサーでピンポイントで測定して放射線の照射量と照射時間を量子コンピュータで瞬時に計算して水虫菌やアトピーの細胞を焼いてしまうんです。1カ所の照射時間は長くても通常のCTスキャンの大体10分の1です。」
「つまり、ガンの放射線治療みたいなもので、患者が浴びる放射線の総被ばく量は普通のCTスキャンと大して変わらない、と言うことですか?」
「1回の治療でどんな皮膚病でも完全に治すけど、レーザーセンサーの微妙な誤差で健康な皮膚も焼けてしまうから治療前に比べて皮膚が少し黒ずんでしまう。腹を撃たれた男が日焼けしたように見えたのはそのため。厚労省はこれが気に入らないのよ。でもウチの病院は患者や保護者の同意が得られれば保険適用外でこれを使う。だから部外秘扱いなの。なぜこんな明るみに出せないことをやるのかは、あなたには話したわよね。」
「『米軍の軍事研究の1つ』、ですか?」
「政府の偉いさんもひどいものよねぇ。広島と長崎に原爆を落とされ原発事故も起こしているのに陰ではアメリカ言いなりに兵器や原子力を使う未認可の医療機器を買うなんてさ。」
浩二とみくるはガス棟に入って「オクナ!」と書かれたフタのそばに来た。
「このフタの下が地下通路になっている。フタを開けるんで危ねーから少し離れてくれねーか?」
「なんか出てきそうやん!?ウチ怖い。」
「大丈夫だよ!俺と友秀が実際に開けたんだから。何も出てこねーよ!」
浩二はトラックに置いてあったハンマーレンチでフタのナットをゆるめ、天井走行クレーンでフタを吊り上げて横に置いた。フタを開けたのは2度目なので、浩二1人でも手慣れたものだ。フタを開けると階段があった。右側の壁には階段と地下通路を照らす照明のスイッチもある。
「この地下階段を降りた先の通路は病院の外になるらしい。その先は俺もわかんねーけどな。行くぞ!ついてきな。」
「ちょっ、ちょっと!めちゃ怖いから手ぇつないで!離さんといてや!」
「しょうがねーなぁ、はい!」
浩二はみくるの手をつないで階段を降り、地下通路を進んだ。階段は最初の1つだけではなく、通路を50m程進むごとにさらに下の階段へとつながっていた。1時間程通路を進み階段を降りまた通路を進むことを繰り返した後、最下階の長い通路にたどり着いた。かなり遠くにドアが小さく見える。
「おい!なんか変なにおいしねーか?タバコの煙みたいな。でもタバコとは違う。」
しかしみくるはこのにおいを数年前の懐かしい思い出として覚えていた。
「これな、大麻草の煙のにおいや。」
「大麻!?何でそんなこと知ってんだ?」
「高校生ん時な、お酒飲んでふざけてミナミのバイニンから大麻買って吸うてラリってたことあるねん。で、後になって警察にバレて高校停学になってそのまま中退したからよう覚えてるねん。」
「やっぱりアタマもヤラれてたのか・・・。」
「んなこと言わんかてええやんかぁ。大麻はそん時だけやし、今はタバコも吸わへんし、お酒は元々飲めへんし・・・。」
「何度も酒飲んでゲロ吐いてつぶれたことがあるから自分は飲めねーって分かったんだろ!?大体オエーはなんでもかんでも単純すぎるんだよ!何でこんな地下深くに大麻が生えてんだ!?温室栽培でもしねー限りこんなところに草なんか生えねーぞ!」
「うーん、ほな栽培してるんとちゃう?」
「あのな、病院の地下研究室で大麻を栽培してどうするんだよ?大麻の研究でもしてるって言うのかよ!」
「うーん、してるんとちゃう?」
「お前な・・・。」
浩二はみくるの単純さにあきれ果てたがそうこうしているうちに2人は小さく見えていたドアまで来た。
「おい、開けるぞ!ここから先はマジで俺も分からねえ。」
みくるは浩二の後ろに隠れた。浩二がドアのノブに手をかけてドアを開けるとみくるは目を見張った。
「・・・めっちゃ栽培してるやん!」
しかしあてのないまま走り続けていたせいでポルシェのガソリンメーターがE(empty:空)を指しつつあった。
『どこかのスタンドでガソリン入れなくちゃ・・・』
と思いながら走っていると、待っていたかのようにガソリンスタンドが見えてきた。玲奈はポルシェをガソリンスタンドに滑らせ、エンジンを止めた。しかし店員は出てこない。
『・・・セルフスタンドにゾンビ店員が出て来るはずはないわね。拝借じゃなくて完全に泥棒だけど、ハイオクガソリン満タンいただき!』
と、ガソリンノズルを手にとってポルシェの給油口にハイオクガソリンを注いだ。給油が終わってエンジンをかけ、先へ進もうとアクセルを踏んだとたん、ガソリンスタンドのコンクリートがポンっとはじけた。
『何!?』
とブレーキを踏むとさらに3度コンクリートがはじけた。しかも全てが1列にきれいに並んでいる。
『ね、ね、狙われている!』
玲奈の背筋にぞくぞくと戦慄が走った。コンクリートが4回はじけて狙撃が止まったので恐る恐る頭を上げると、1km程先の正面左側のビルの屋上からキラキラと光が差している。鏡のようなもので太陽の光をこちらに向けて当てているようだ。
「ちょっと~~~~もうこんなの、アクション映画だけにしてよ~~~~。ん?」
玲奈は思い直した。
『アクション映画?もしかして、悟にインストールされてたやつ?』
反射光は、一筆書きでハートのマークを描いている。
「もう!悟のバカったら!」
玲奈はポルシェのアクセルを踏んで10分ほど進み、ビルの前で停めた。しかしそこで待っていたのは、大きなサイトスコープを付けた長銃身のアサルトライフルを担いだ、悟より20cmは背の高い男だった。
「オネーサン、ガソリンドロボウ、ヨク、アリマセーン。な~んて!」
「あなた誰?さっきのもあなたなの?」
「Certainly yes!でも、普通に日本語分かるよ!」
「で、あなたは一体何なの?ここで何してるの?」
「ワタシモ、ワカリマセーン!でも・・・。」
「でも?何?」
「識別用に、デイヴィッドとだけイッテオキマース。」
『識別用?』
玲奈は、白のレクサスの中での会話を思い出した。
『このデカい外人もHWなの?そうとしか言いようがない。』
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