ほのか 2018-02-25 17:46:31 |
通報 |
「さあて、ガーゼと包帯を交換するから、上着を脱いで。」
看護師は男にそう言った。
「わたくしは何をすればよろしいですかな?」
神父は協力を申し出た。しかし看護師は
「ありがとう、神父さん。でも今は私1人でできます。」
と協力の申し出を丁重に断った。包帯をほどくために男に近づくと、男はアルバムを手にしていた。
「ダメじゃない、勝手に病院の資料を持ち出しちゃ!」
とアルバムを取り上げようとすると男はその中の1枚の写真を看護師に見せた。看護師の顔色がみるみる青くなった。
『この子供・・・。』
写真の下には『20XX年YY月ZZ日。交通事故にて車内の5歳男児、搬送先の当院で死亡。』という見出しがある。
『20XX年って、15年前じゃない。じゃこの男性患者は誰?』
看護師はアルバムに挟まれた記録を読んだ。この男が一卵性双生児で、事故で死んだのはこの男の兄か弟かも知れないと思ったからだ。しかしそういう記録はない。
「神父さん待って。包帯ほどくの、一緒に手伝って!」
2人で包帯をほどきガーゼを取って傷口を見た神父は驚いた。
「なんと!看護婦さん、傷口が完全にふさがっておりますよ!神様のみわざはまことに素晴らしい!」
『銃弾が腹を貫通してたのに、こんなに早い回復はあり得ない。事故で死んだ子供の写真といい、この男の回復力といい、この病院には何かウラがある。』
看護師は、かつて自分が勤務していたこの病院を疑わざるを得なかった。しかし疑念を晴らすには病院の資料室やコンピュータに蓄積された膨大な資料を調べる必要がある。看護師は、恨んでも恨みきれない自分の夫を思い出した。
『医事課総合主任の夫なら何か知ってるかも知れない。』
看護師は、夫が待機している産科NICUの内線番号を押した。
「はい、エヌアイスー・・・ぁ、NIC、U、でズ。」
「あら久しぶり。あなた今はNICUにいるのね!」
看護師は、聞き慣れた内線電話の向こうの、看護専門学校を同期で卒業しそのままこの病院に同期で入職したNICU勤務の看護師の声に少し安心した。
「んだ。ひさすぶりだべなぁ~。外来におるっでぇ~聞いたけんど、ゲンギにしとっどが?」
NICUの看護師は東北の生まれだが、父親が転勤族ということもあり、東京をはじめ、札幌・名古屋・大阪・岡山・博多なと、行く先々で方言を身に付けているために”解読”できる友人は少なかった。
「もう結婚して辞めたわ。あなたは?」
「も結婚さしだっでが!あんたば美人じゃけん、外来勤務にもなっだじ~、うらやましか。おらぁブスじゃけん、この病院ん中たらい回しじゃ。ばってん、何でまたカンセンから内線ば、かけてきよると?」
看護師は答えに詰まった。同期の友人といえども、夫からエイズを移されゾンビに噛まれて感染症隔離病棟にいるとは言いにくい。
「え?えぇ~ちょっと色々あってね。私、お産もこの病院だったの。だけど未熟児で、NICUで管理してるって聞いたから。」
「ゴドモまで生まれたってが?早か~。ウヂであずかっでる子供ば、今はみなゲンギじゃ。そやけどな。」
「『そやけどな』って、何?何か問題でもあるの?」
今度はNICUの看護師が言葉を詰まらせた。
「何?どうしたの?」
「サンスが足んねえべ。」
「ぇえ!?酸素が足りないって?」
「んだ。サンスの圧力ば、チビリチビリ下がっちょる。ごのままじゃ、保育器に送るサンスがなぐなるのも、時間の問題だべ。」
「そんな!だってこの病院の医療用酸素は集中供給のはずよ!酸素供給が途切れるなんて聞いたことないわ!」
「あんたば外来勤務だけじゃけん、知らんと思うけど、ゴドモが保育器がら出るまで、ようけサンスが要るけん、エヌアイスーユーだけサンス送りが別供給なんじゃ。いづもは、ごんなごとないんじゃが、ゾンビが出るっじゅーで、警備が入り口の門ば閉めたさかい、サンスの供給業者が病院ん中入れんちゅーて、電話ばかげできた。」
「そんな・・・。」
「誰がが~外がらエヌアイスーユーのサンスボンベ交換スてくれんと・・・保育器ん中のゴドモば、みんなスんでしまう。」
1.”女医”がいないこの病棟での患者の健康管理。
2.腹を撃たれた男にまつわるこの病院の謎。
3.そして、自分の娘の命。
3重の責任の重みに、看護師の心は今にもつぶれそうだった。そんな看護師同士の内線通話に聞き耳を立てていた女2だけが冷静に病院の間取り図をにらんでいた。
「ここがNICUね・・・。」
「あの…すいません。妙な胸騒ぎがするんですけど…」
私は女医さんの方へ向いた
胸がザワザワする…
誰かが死ぬような…
でも、私や女医さん、男の人ではない誰かがしぬ。
だ…れ…?
『アイツ、「ゾンビを無傷で捕獲する」なんて言ってたが、そんなにうまくやれるんだろうか・・・。』
「おい!どうしたんだよ?」
「いや、別に。先生のアイデアがちょっと気になっただけさ。」
「おい!」
オトコはカレシの肩を叩いた。
「お前がアネキを信じなかったら、誰がアネキを信じるんだよ!?お前はアネキの唯一の親友だろうが!」
「それはそうなんだが・・・。アイツ、昔から到底無理なことを顔に出さずに一人で始めて、後になってあわてる無鉄砲なところがあるからなぁ。」
「ふーん。お前とアネキって、高校ん時からの付き合いだって言ってたよな。」
「ああ。高校に入学してからずっとだ。その時はアイツはまだ男だった。同じクラスで、アイツは俺の後ろの席にいたんだが、男か女かよく分からないヤツで、入学当初から男子からも女子からも気持ち悪がられてた。」
「何でお前とアネキは友達になったんだい?」
「部活のラグビー部で先輩に殴られて、顔面押さえて家に帰る途中、アイツが水で冷やしたハンカチ貸してくれたんだ。『見た目気持ち悪いヤツだけど、案外優しいんだな』って思ってね。それからだ。俺が高1の時だから、お前はまだ小学生だな。」
「俺も卒業したお前にボコられたよ。あのラグビー部のキツさは今も忘れてねぇ。」
「あれ?そうだったかな?」
「何言ってんだよ、ったく・・・。帰りに『さっきはすまなかった』って、お前も水で冷やしたハンカチ貸してくれたじゃねーか。俺とお前はそれからの付き合いだってことも忘れたのかよ?」
「あぁ、そうだったな。」
「んで?アネキが韓国で美容整形を受けるって決めたのも、アネキの独断かよ?」
「アイツ、高2の春休みに俺に電話で俺にそう言ってきた。「俺、そういうケがあってお前と友達になったんじゃない」て言ったら、アイツの家は爺さんの代から医者一族で、看護師に囲まれて育ったのが原因なのか、元々精神的に女性だったんだ。だからアイツ、「大学に行く前に体も女になりたい」って、電話口で泣いてた。」
「お前が大学で韓国語や韓国のことあれこれ勉強したのも、アネキのためかい?」
「そうだ。俺はサラリーマン家庭だから推薦入試で高校を出てすぐ大学に行ったが、アイツは成績が良いのに3年浪人した。だが無意味に3年過ごしたんじゃない。整形大国の韓国と言っても、全身となると時間がかかる。アイツは高校を出てすぐ一人で韓国に渡り、受験勉強をしながら、体のパーツごとに手術を受けていたんだ。俺もアイツのために日本と韓国を往復したが、アイツが日本に帰ってきたのは3浪目の秋だった。」
「で、翌年の春めでたく医学部合格という訳だな。」
カレシは1つため息をついた。
「あの事故さえなければ、アイツも俺も、そしてお前も、ここに来ることはなかった。」
なんか怖い。ヤバイ。苦しい。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…
「うぅ…うあっ!」
頭が痛い…
どうしようどうしようどうしよう
息が苦しい…
何で?私は悪いことしてないのに…
モウ、シンデシマイタイ。
「看護婦さん、ちょっといい?」
女2が看護師に声をかけた。
「あなたが先生と話してた、37番出入り口だけど・・・。」
「それがどうかしたの?」
「あなた、39番出入り口と勘違いしてない?」
「え!?」
「あなたが書いた間取り図を見て思ったんだけど、病院の西側通路は奇数番通路で手前から順に1番3番5番、その先の出入り口の番号も同じ。東側は通路も出入り口も同じ偶数番号よ。」
「て、言うことは・・・。」
「・・・あなたが先生に案内した37番出入り口は、NICUのすぐそばよ。」
「そんな・・・。」
看護師の肩に、1人では抱えきれない3重の責任の上に、出入り口番号を間違えるという重大な過失の責任がのしかかった。看護師はその場にへたり込んで倒れてしまった。
女2は、神父を見た。
「神父。患者が看護婦の世話をするというのは変だけど、大阪の人と協力してお願いできるかしら?」
神父と女1は快諾した。オトコとカレシは女2を見た。女2はうなずいた。
『あなたたちも来て。』
オトコは了解した。
『俺たちの出番だ。』
が、カレシは言う
「俺たちも何かこう・・・戦う武器があれば良いんだが・・・。」
男は病床から立ち上がり、バズーカ砲を担いだ。
「俺も行く。」
「女医さん…助けて…」
私はこういっているつもりなのに口から出るのは
「うぅ…はぁ…」
という声
私どうしちゃったの?
シシニタイシニタイシニタイシニタイ
コワイコイワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
これが絶望した時なんだ。
「お前なんか、いらねぇ。きえちまえよ。」
「あっち行ってよ。気持ち悪い。」
嫌…私をいじめないで…
気が付いたら銃を女医さんに向けていた。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
コノセカイヲツクリダシタノハ…ワタシ?
『ここが37番通路だから、この先が出入り口ね。ん?おかしい。37番通路はNICUの向こうのはずなんだけど・・・。ん?』
”女医”が女の気配が違うことに気付いて後ろを振り向くと、女は”女医”に銃口を向けていた。
「ちょっと、あんた・・・。」
と、言うか言わぬかのうちに、ブシューという音と共に、”女医”たち2人をを白い煙が包み込み、”女医”と女は白い粉に覆われてあたり一面真っ白になった。
「ふーっ、取り敢えず”1面はクリア”ってところね。」
白い煙が収まると、その向こうには”女医”たちに消火器の噴射ノズルを向けた女2が立っていた。女2はカレシに、銀座での喫煙客のために持っていたダンヒルのライターを手渡して
「2人で肩車して、10歩後ろの天井の熱感知器をライターであぶってくれない?」
と言った。カレシはオトコにライターを渡してオトコを担ぎ、オトコは女2に言われたとおりにした。ライターであぶられた熱感知器は、”火災”を感知し、37番通路を防火扉で封鎖した。10歩後ろに下がっていたオトコとカレシは、防火扉の内側、すなわち中央通路に残された。防火扉の内側から
「おい!銀座の姉ちゃん、どういうつもりなんだよ!」
とオトコが怒鳴った。
「ごめんなさい。あなたたちにはNICU用の酸素ボンベを交換して欲しいの。外に酸素ボンベを積んだトラックが停まっているはずよ!後はNICUの看護婦さんに聞いて!」
カレシが答える。
「分かった。で、君達はどうするつもりだ?」
「もうすぐ”雨が降る”はず。早くNICUの待合室に入って!」
熱感知器は、防火扉を閉めた後、消火用スプリンクラーを作動させ、扉の外側にいた全員、すなわち、”女医”と女と女2と、バズーカ砲を担いだ男の4人をずぶ濡れにした。
「・・・先生と、拳銃を振り回すバカ女の頭を水で冷やしてから、アイデアを練り直すわ。」
女は、女2の後ろでバズーカ砲を構えている男と目が合った。男はベッドで寝たまま病棟へ連れてこられた時と同様にほほえみ、女は、今が夢などではない現実だと知り、胸が熱くなった。
「…あ…れ?私何やってたんだろう…服がびしょびしょ…」
私が気が付くと周りに人がいて私はびしょびしょだった。
拳銃はきちんと持っている。
… 駄目だ。思い出そうとすると頭が痛くてクラクラする…。
でも、有力な情報を手に入れた。
この世界はある少女の為に出来たもの。
しかしその少女は夢を失い暴走した。
だからこの世界で少女の夢を叶えなければいけない。という事。
これを女医さんたちに説明した。
そして横に少し目を写せば、男の人がいた。さっき見たのはやっぱり夢じゃない…。
でも私はすぐに目をそらした。
なんだか仲良くなったら誰かが苦しむ気がした。
私なのか…男の人なのか…それとも別の人なのか…。
まぁ、いいや。
神父は責任の重みで耐えかねた看護師を抱えてベッドに寝かせ、女の時と同じように毛布をかけた。
「なぁ神父さん。ウチ等これからどうすんの~?先生等は行ってしもたし~、看護婦さんはダウンしたし~。」
「どうしたものでしょうなぁ・・・。わたくしたちは医療行為はできませんから、先生のお帰りを待つか、看護婦さんが目を覚ますのを待つか・・・。」
「あ、そや!他の病棟から医者とか看護婦とか呼んだらええやん!内線もつながるみたいやし!」
神父は女1を暖かく諭すように答えた。
「ここは感染症隔離病棟なんです。他の科のお医者さんを呼んでも、感染を恐れて誰も来てくれそうに思えません。」
「でもさぁ~エイズって、空気感染はせえへんのやろ!?それやったら、ひっつかへんように助けてくれてもええやん!」
「わたくしもそのように思うのですが、HIVに関する誤解は未だ解けていないのが実情です。だから先生は『常駐勤務医』、つまり『この病棟からは一歩も外に出ない医師』なんです。」
「ふ~ん、そっかぁ。」
女1は、紹介状を持って来たときに、他の大勢の患者とは違う通路を通って感染症隔離病棟に来たことを思い出した。
2時間ほど経っただろうか。看護師は目を覚ましたが疲労の蓄積により体が思うように動かないため、そのまま再び目を閉じて、神父と女1の会話に聞き入っていた。
「神父さん。大体ゾンビなんて、どこから何で出てきたん?エイズと何か関係あんのん?」
「さぁ・・・わたくしも存じませんが・・・。ただ・・・。」
「何なん?」
神父は聖書をひもといた。
「聖書の時代にも男同士で性行為をしていたことを示す記録がありましてね。使徒パウロは『男と寝てはならない』とか『男娼となってはならない』など、当時の信者を戒める手紙をいくつか残しております。神殿男娼と言いましてね、ローマ帝国の時代は、お金と引き替えに、男性客に性行為を売る男がいたようです。」
「援交の男版かぁ・・・。」
「当時は貞操観念が厳しく、夫の留守中に妻が不貞、まあ浮気ですよ、をしないよう、女性は貞操帯と呼ばれる鍵付きの下着を着けさせらていたようです。博物館に行けば、当時の現物もあるそうです。」
「ぇえ!?えっちさせないようにって鍵付きパンティー!?」
「ええ。しかも金属製です。当時はコンドームなどありませんから。しかし男の情欲というものは、満たされないとなるとさらに増長するのがいつの世も常でして、男が男を買う、という神様の定めに背いた行為も当たり前にありました。エイズが問題視された1980年代は、男性同士の性行為がエイズの原因と言われていましたが、エイズはHIVウィルスに原因があることは誰もが知る通りです。」
「ん~ほな、HIVウィルスはどこから来たん?」
「それが問題なのです。ローマ帝国の時代に比べれば1980年代は貞操観念の垣根が低くなっていたはずなのに、なぜHIVウィルスが爆発的に拡がったのか?、分からないのです。」
「ん~ウチが処女捨てたんも高1ん時やったし・・・中退して18からこのおシゴトしてるけど、ウチのお客は彼女おらへん男だけやなくて、新婚さんも来るし・・・。」
看護師は薄目を開けて大阪の女をにらんだ。自分の妊娠中の夫の風俗遊びが原因で自分も感染症隔離病棟にいるのだから無理もない。しかし神父たちに悟られぬよう、息を殺して聞き耳を続けた。
神父は続ける。
「これは噂でしかないのですが、そのHIVウィルスの存在理由を、この医科大学の極秘研究チームが突き止めたらしいのです。」
「ウチ等がここにいるのは、それを確かめるためなん?」
「エイズでこの病院への紹介状を書いた医師は、今住んでいるところは違っても、皆この医科大学を卒業し、この病院のある特定の研究室に在籍した経験のある医師ばかりです。」
ベッドに寝たままの看護師の眼がカッと開いた。
『主人はこの病院の何かを隠している。』
「何をすればいいんですか?」
私の口から声が出た。
え?私なんにも喋ってないよね?
体の自由が聞かない。
え?なんで?のっとられ…た?
そんなはずないよね!?
しかし私の体は鎖がつけられたように動かない。
は!?ヤバいヤバい…あ、まって落ち着け。
こんなあり得ない世界だ…
テレパシーとか使えるかもしれない!
まずは…神父さん!
“私“の中の“私”は目をつぶった。
本体の方は他の人と話している…
「(神父さん!聞こえますか!?神父さん!)」
私は心の中で叫び続ける
「(神父さん!気が付いて!)」
「ん?わたくしたち以外にも誰かおられましたかな?」
神父は左右に振り向いた。
「感染・・・え~と何やったっけ、ここ?今はウチ等しかおらへんよぉ~」
「感染症隔離病棟ですよ。ええ、確かにそのはずなんですが・・・。」
神父は立ち上がって、周りを見渡す。確かに3人以外誰もいない。
『・・・お願い、神父さん。私に気付いて!』
看護師は結婚式以来久しぶりに会う神に、正に祈る思いで、神父を見ていた。沈みかけた太陽の西日の光が看護師の涙に反射して神父の目に飛び込んだ。神父が光の方へ目を向けると、看護師が神父を見ていた。
「大丈夫ですか?ご気分は?」
神父は看護師に駆け寄って、背中を起こした。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。ありがとう、神父さん。」
「看護婦さん、非常食食べる?ちょっとしか残ってへんけど。」
大阪の女は非常食と水をを持ってきた。風俗嬢も接客業の1つである。非常食と合わせて水も持ってくるあたりは職業柄、よく心得ている。
看護師は、大阪の女が持ってきた水を一気に飲み干し、少し落ち着いた。
「ありがとう、はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・他のみんなは?」
「みなさん出て行かれました。『先生の後を追いかける』と言っておられました。」
「37番出入り口ね。NICUに電話しなきゃ。」
「看護婦さん、これに座ったら?」
大阪の女が用意したものは、病棟備え付けの車いすだった。看護婦は車いすに座り、大阪の女が車いすを押した。
「はい、エヌアイスー・・・ぁ、NIC、U、でズ。」
「あなた!?私よ!いまそっちに、ここの女性医師と若い女の子が向かっているはずよ!」
「あ~ごっぢば、何でか知らんが火災報知器ば鳴りよる。ばってん、火事は起きとらんけん、心配せんでよか。」
「後から2人を追いかけて男性3人女性1人がそっちに向かってるの。男性のうち1人は大きな武器を持っているわ。」
「あ~いや~そごまで言われてもおらぁ・・・。ちいと待ちんさい。」
NICUの看護師が待合室を見ると男2人が立っていた。カレシとオトコだ。彼らの他にもう1人男が待合室のソファに座っていた。
「ダンスーが3人来ちょるが、あの3人は誰ぞね?」
「私の主人とここの患者2人よ!その2人が酸素ボンベを交換してくれるわ!他の4人は?」
「あ~あの人があんたのダンナかいね~。どごがで見たことあるっちゅ顔と思ったらば・・・。」
「この病院の医事課総合主任よ。で、4人は?」
「4人ちゅ言われても~警報が鳴っで~通路の扉が閉まってしもたさかい、分からへん。」
看護師の息は切れ切れだった。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・主人と電話変わってくれない?」
よし。もう説明しよう。運かバチか…運の試しに!
「(神父さん!聞いてください。私の体がのっとられてしまいました。でのっとったほうの体が他の人たちと何かを話しています。どうすれば良いですか!?)」
話してたりしてたら申し訳ないけど…皆が死ぬよりはこっちの方がいい。
少女の願いが「皆死ぬこと」じゃなければ…ね。
「どう?2人とも消火剤と水シャワーで頭が冷えたかしら?」
”女医”と女は消火剤を払い落とそうとしたが、水で濡れて落ちそうにない。
「あなたはその物騒なもの、さっさとしまいなさいよ!」
銀座の女は、女に怒鳴った。
「いや、その拳銃は撃てない。」
銀座の女の後ろからバズーカを構えた男が言った。
「俺を覚えているかい?」
「う、うん。忘れてないわ。」
「そうこなくっちゃ。お互い自分の生まれも名前も覚えてない。お互いの顔しか分からないんだ。あの時はすまなかったな。謝るよ。」
「ううん、私こそごめんね。もう大丈夫なの?」
「ああ、理性がなくなる寸前で先生に助けられた。本当に元のままなのかどうかは分からないが、一応見た目と頭はあの時のままさ。」
あの時。そう、ゾンビ化した男の腹に女が引き金を引いたときだ。
「あんたらさぁ、久しぶりのご対面は置いといて、2人ともその武器しまいなさいよ。あたいは認めてないよ。」
”女医”がなかなか取れない消火剤を払い落としながら2人に声をかけた。
「俺のバズーカもこの子の拳銃も、今は撃てなくなっている。」
銀座の女はたずねた。
「どういうこと?」
「俺のバズーカもこの子の拳銃も誤発射防止のための『安全装置』がかかったままなんだ。先生に銃口を向けて引き金を引いてもタマは出ない。」
”女医”と銀座の女は顔を見合わせた。
「あんた、どうしてあたいらがここにいるのが分かったの?」
「”女の勘”よ。」
「具体的には?」
「看護婦さんの書いた病院の間取り図。」
「と言うと?」
「あの看護婦さん、この大きな病院の外来しか勤務経験がない。大分疲れてたみたいだし、これだけ大きな病院なら出入り口番号を間違えても無理はないわ。」
「そうだったのね。あたいも『常駐勤務医』だから、決められた通路や出入り口しか分からない。」
「先生が向かうはずの出入り口は、39番よ。」
”女医”は防火扉を開けるため、名札の裏のICカードを持ってセンサーを探した。しかし見当たらない。
「先生。防火扉は火事の時延焼を防ぐために自動的に閉まるの。一度閉まったら開かないわ。」
「あんた、やけに建物に詳しいねぇ。」
「あたしはこう見えても工学部建築学科の出身。銀座の前はゼネコン勤めよ。」
「どうすればいい?」
銀座の女は出入り口を指差した。
「37番出入り口から外へ出るしかない。」
ちっ、私をのっとった奴が何をはなしてんのかわかんない…
しょうがねぇ、丁寧な言葉使いなんてやめて中学生の時の喧嘩魂燃やしてやる!!
(「神父さん!よく聞け!俺は中学の時に喧嘩してた!今から俺をのっとったこいつをぶったおす!だから他の皆がいるところに今すぐ駆けつけて事情を説明しろおお!!!)」
はぁ…多分…届いた気がする。
胸がいたいし苦しい。
早くこんなセかイ、オワッてしマエ
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ、・・・。
”女医”の院内PHSが鳴った。感染症隔離病棟からだ。
『看護婦さんね。病棟に何かあったのか・・・。』
「先生。わたくしです。」
「神父さん。病棟に何かあったの?看護婦さんは?」
「先生・・・。もう終わりにしましょう。その女性は耐えられそうにありません。」
「・・・神父さん。本当にここで終わっていいの?今から何百年後かしら?神父さんの生まれた時代でも解決していないんでしょ?この病気。」
「ええ、1万年後の”今”ですら解決の糸口が見えません。しかし神様はその女性の願いを聞かれました。”わたくしの時代の敵とは、わたくしたち自身が戦え”と神は仰せです。はかない存在の人間が、先生をお造りになったこと自体、人間の過ちなのです。」
「・・・そう。残念ね。で、あたいはどうすればいいの?」
「わたくしの祈りの言葉で、先生に埋め込まれた”バイオプログラム”が起動します。」
「・・・分かった。どうぞ。」
「主イエス・キリストのみ名により、『アーメン』」
”女医”は女の拳銃を奪い取り、安全装置をはずし、銃口をこめかみに当てて引き金を引いた。
全ての生き物が死に絶え、何もかもが荒れ果てた大地に、神父は一人立っていた。
「わたくしこそが、『神』です。」
トピック検索 |