ほのか 2018-02-25 17:46:31 |
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『ウチの病院がこんなに大きいとは思わなかった。』
医事課総合主任は病院の案内表示を見ながら急ぎ足で妻がいる感染症隔離病棟へ向かった。感染症隔離病棟は文字通り感染症患者を一般患者から隔離するための病棟だ。病棟と医事課との連絡は全て院内電子メールのみで、医療事務を担当する職員が出入りすることはなく、医療器具や院内で処方する薬、機材等は全てAIがIoTで制御するロボットが搬送している。主任はNICUを後にして約40分後、感染症隔離病棟の入り口の扉を開けた。
「あなた!」と振り返る看護師。
「すまなかった。全て俺の責任だ。」と主任。神父も大阪の風俗嬢も2人を見ている。
「私たちのあの子は大丈夫だったの?」
「ああ、NICUの看護師がそう言っていた。だけどあの子も生まれつきエイズ持ちだ。まさかこんなことになるなんて・・・。」
「・・・そう。確かにあなたのせいよね。でもエイズは潜伏期間が長いわ。発症するまでにはあの子の治療方法も見つかるはずよ。」
看護師は夫に抱きついて励ました。しかし主任は
「その治療方法こそAKなんだ。」
と肩を落とした。が、なぜか妙な視線を感じて顔を上げた。
「あ」と主任。
「あ」と大阪の風俗嬢。
2人とももじもじして、視線が泳いでいる。
「2人ともどうなされましたかな?」と神父。もう隠し通すことはできないと悟った大阪の風俗嬢は
「いつもご指名ありがとうございます。」
と、作り笑顔で開き直った。看護師は2人を交互に見て、
「・・・あなた。そう言えばよく『TKD製薬との打ち合わせがある』と言って出張してたわよね。TKD製薬って、本社は大阪でしょ!?」
と夫をにらんで腕組みをした。
「・・・ったくあきれた。あなたが彼女の常連客だったなんて!」
主任も大阪の風俗嬢も、恥ずかしげに頭をかいた。看護師は、
「あなたがエイズをもらってきたご指名のその子もゾンビにおっぱい噛まれたそうよ。AKAKって一体AKって何なの?」
と問い詰めた。しかし主任は
「彼女からエイズをもらったんじゃない。俺のミスで俺が彼女にエイズを移してしまったんだ。」
とこぼした。神父は感づいたようだ。
「AKというウィルスは、それだけでは人間をゾンビに変えてしまうようですな。」
主任は話し始めた。
「・・・AKとは、『AIDS KILLER』の頭文字だ。だがエイズウィルスを殺す訳じゃない。エイズウィルスを無力化させて汗や排泄物と一緒に体外へ放出されるのを促進するウィルスだ。しかしそれをコントロールするのは非常に困難で、単体での暴走増殖が始まると、人をゾンビにしてエイズウィルスを探し回るようになる。」
オトコとカレシは通用門の外に出た。
「おい!ゾンビはいるか?」とオトコ。
「見当たらないな。日が昇ったから多分ビルの中に逃げ込んだんだろう」とカレシ。
オトコは周囲を見回してボディーに”ISガス産業(株)”と書かれたトラックを見つけた。二人はゾンビの出没に気を張り詰めたままトラックに近づいた。だがトラックのエンジン音がしない。オトコはトラックの後ろから
「おい、運ちゃん!病院の通用門を開けたからエンジンをかけてバックで俺たちについてこい!」
と、声をかけた。しかし返事はない。
『・・・なんだってんだ、ったく。』
とオトコはイラつきながらトラックの運転席に近づいた。しかしカレシは後ろで不信に思っている。オトコは運転席のドアを手で叩いて
「おい、運ちゃん!いつまで寝てるんだよ!?」
と怒鳴ったがやはり返事はない。ドアのロックが上がっていたのでオトコは運転席のドアを開けようとしたその瞬間にカレシは
「待て!開けるな!」
と声を出したが遅かった。オトコが運転席のドアを開けたとたんにトラックの中からゾンビがオトコに襲いかかった。オトコは
「うわ!こっち来んな!」
と逃げようとしたがゾンビに追いつかれて左足を噛みつかれた。オトコは
「ぎぇー!いてー!ぎゃー!」
と叫んだ数秒後、「・・・あれ?」と振り返った。オトコの左足に痛みはない。オトコの叫び声にNICUの看護師も通用門から出てきた。NICUの看護師はカレシに
「あの人に噛みついたゾンビは、いつもウチにサンスを持ってくるドライバーさんだべ。」
と言った。ゾンビ、いや”元ゾンビ”は人間の姿に戻って死んでいた。
「何だってんだ、ビビらせやがって。ったく。」とぼやくオトコ。しかしカレシは
「・・・これでお前はHIVとAKの両方に感染した。」とつぶやいた。
NICUの看護師の看護師が後ろからの車のエンジンの音に気付いて後ろを振り返ると、オトコとカレシとNICUの看護師の後ろから、悟と茜、銀座の女に”女医”と大量の武器を積んだ白のレクサスのSUVが近づいてきた。
「あんた、大丈夫なの?どこを噛まれたの?」
と、”女医”はオトコに問いかけた。オトコは
「あぁ、アネキ。戻って来てくれたんだな。左のふくらはぎを噛まれたが大丈夫だ。」
と答えた。カレシは
「先生、他の3人は?」
と問いかけたすぐ横で銀座の女は
「あたしならここにいるわよ。悟と茜さんはまだ後ろの車の中。」
と答えた。
「何か2人で話があるみたい。なんだかラブラブみたいよ。」
「『悟と茜さん』?ああ、あの2人か。それがあの2人の名前なんですか?」
「『識別用』らしいわ。HWていって、タダの人間じゃないそうよ。」
「『タダの人間じゃない』?それは・・・。」
と、カレシが言いかけたところで”女医”が割り込んできた。
「今はその話はナシよ。後であたいが話す。今は彼の噛まれた左足の皮膚と筋肉の細胞のサンプルを採取して調べたいの。何か分かるかも知れないわ。」
「あんたらさぁ、何の話しよるんか知らんが、はよトラックを中へ入れてサンス交換スてくれんと、いつまでも通用門ば開けとられん。警備に怪しまれるっちゃ。」
とNICUの看護師が諭した。オトコはカレシに
「俺が運転するから、ガス棟の中まで誘導してくれ。」
と言った。カレシは了解し、2人はトラックをガス棟の中へ入れた。”女医”と銀座の女とNICUの看護師も後についていってガス棟の中に入り、NICUの看護師がガス棟の中においていたノートパソコンで<GAS BULD.>のアイコンの<CLOSE>をクリックし、シャッターも閉めた。
「んでぇ、さっきの白い車は何ぞね?米軍や旧ソ連軍の武器をようけ積んでたみたいやが。」
とたずねた。”女医”と銀座の女は顔を見合わせ、はっと気づいた。茜と悟の2人を通用門の外に置き忘れてきたのだ。銀座の女は
「ねえ看護婦さん、もう一度出入り口を開けて!あの2人も友達なの!」
と頼んだがNICUの看護師は
「1日で2回もシャッターを開け閉めしたらハッキングがバレてしまうっちゃ。警備が怪しんで、手動でシャッターと通用門をロックしてしもたら、もうどうしようもない。」
と答えた。NICUの看護師は続ける。
「明日になったら警備が交代するけん、そんときにまた芝居して開けるしかなかとよ。」
『はぁ~またあたいのドジが出た。』
と”女医”は顔を押さえた。敷地外に取り残されたレクサスの中の2人は話していた。
「・・・俺たち、取り残されたよな。」
「・・・うん、そうみたい。」
「茜さん。さっきは銃口を向けて済まなかった。ごめん、謝るよ。」
「ううんいいの、そんなこと。『あなたは絶対に撃たない』って分かってた。」
「そうか・・・。それが分かったていうのは、昨日のソフトウェアアップデートと再起動で理解できるようになったのか、それとも・・・。」
「私の”女の勘”で分かったの。」
今夜は”女医”にとって、またしても眠れない夜になりそうだ。しかしまだ太陽は高いところにある。
<<すいません、遅れました!>>
「ねぇ、これからどうするの…?」
「取り残されたんならどうしようもねぇよな…」
困り果てた悟は頭を掻く。
茜はうーん、と考え込んでしまった。
すると茜が突然思い付いたように
「もしかして近くのデパートとかに行ってみれば…」
悟も大きく頷いて
「あの辺りはゾンビが来ないから安心だ。じゃあ、行くか」
そういうと車を走らせる。
それからデパートにつくまでの間ほとんど無言だった。
それから10分ほどでデパートにつく。
シャッターで閉じられた中に入ると、それは人がいなくなる前と同じような状態で、ゾンビもいないという最高の条件が揃った場所だった。
”女医”は銀座の女と2人で感染症隔離病棟に戻ってきた。
「看護婦さん、みんな大丈夫なの?何か変わりはなかった?」
「ええ・・・。神父さんも大阪の人も大丈夫です。あ、それと、彼が私の主人です。」
看護師は自分の伴侶を紹介した。”女医”は
「初めまして。ここで常駐勤務をしている西原(さいはら)遼子(りょうこ)です。」
「どうも、初めまして。彼女の夫で、この病院で医事課総合主任をしている川崎(かわさき)です。先生は以前どこかで見かけたような気がしますが・・・あ、いえ、私の勘違いかと・・・失礼しました。」
主任はNICUで居眠りをしていたときに見た夢の中で、拳銃自殺をして世界を破滅させた女性医師と遼子がよく似ていたのを思い出した。看護師は
「人事データベースで先生のファイルを見たんじゃないの?」
と付け加えた。川崎は、ああそうかも知れないと腑に落ちない納得をした。お互いの自己紹介が済むと看護師は遼子に
「あの男性カップル2人と男の人と女の人はどこですか?」
とたずねた。遼子は
「男2人はガス棟でNICU用の酸素ボンベの交換をしてからこっちに来る。あとの2人は・・・あたいのドジで敷地外に置き去りにしてしまったわ。」
とこぼして、ソファに座り込んだ。銀座の女は
「あの2人は、武器が扱えるから大丈夫よ。」
と取り繕ったが遼子は肩を落としたままだった。看護師は労をねぎらいながら遼子に写真を見せた。例の5歳児が交通事故で死亡した時の写真だ。
「先生。この写真をどう思います?彼は15年前にこの病院で死んでるんですよ。」
『・・・15年前に死んだ子供の細胞組織をこの病院で冷凍保管し、一部をHW開発用に使ったとしか思えない。しかし今それを言っていいものか?もしそうだとしたら、悟より先に造られた茜はどう説明する?』
遼子は考えた末、
「さあ、分からないわ。今は銀座の彼女の言うとおり、としか言いようがないね。」
「『玲奈(れいな)』って呼んでくれない。お店の売り名だけど。」
「ウチは『みくる』。本名はインパクトあらへんてゆうて、店長から名前もろた。」
大阪の風俗嬢も名を名乗った。遼子は目をキョロキョロさせた。
「あれ?なんかおかしいのん?」
「あんたじゃないわ。」
いつの間にか、主任と神父はいなくなっていた。
茜と悟の2人は、デパートの4階にある寝具売り場に着いた。ゾンビの出没に備えて茜はアメリカ製軽機関銃と拳銃を、悟は旧ソ連製重機関銃2丁で武装している他、悟の背中にはアンテナのついた大きなリュックがあった。
「ふかふかのベッドは久しぶりだな。ここならゆっくり休めそうだ。」
「悟さん、そのリュックに何が入ってるの?」
「ああ、これか。旧式の無線機や衛星携帯電話、ノートパソコン、モバイルwi-fiルータとバッテリー、それに偵察用ドローン、それに『パスポート偽造機』にニセモノのビザとニセモノの免許証、クレジットカードに世界中の通貨・・・まぁいろいろだな。」
「・・・誰と通信するの?」
「・・・分からない。『自宅から半径3km外へ行くときは必ず持参しろ』とプリインストールされているから持っているだけだ。」
2人はダブルベッドに腰を下ろし、銃器類を脇に置いた。
「茜さん、さっき車の中で『試作品番号』とか口走ってたよな。1つ試したいことがある。右手を見せてくれないか。」
「・・・指紋、ないよ。」
「そんなことじゃない。」
悟は茜の右手に自分の左手を重ねた。茜は突然のことでどぎまぎしていたが、悟はいたって冷静だ。
悟は数分後自分の手を離した。茜はドキドキしてうつむいていた。
「・・・ダメだ。茜さんは本当に初期型の試作品だな。モルブルー通信ができない。」
「モルブルー?」
「モリキュラーブルートゥース通信の略で、触れ合うだけでお互いの情報を交換できる規格だが、茜さんにはそれがない。多分初期型の試作品として他のHWとは通信せず、ターミネーターみたいに単独で行動するしくみになっている。だけど・・・。」
「だけど?」
「・・・茜さんの手、あったかいな。」
2人とも頬を赤らめてうつむいたまま数時間が過ぎ、気づくと2人ともたまった疲れで寝入っていた。茜は午前2時過ぎに目を覚ましたが、悟はまだ寝ていた。茜は悟がベッドの脇に置いたリュックに目を向けた。
『勝手に開けたら悟さん、怒るかなぁ・・・。』
茜は悟の方を振り向いて、まだ寝息を立てていることを確認してこっそりリュックを開けた。悟の言った通り、確かに通信機器や軽量のドローン等しか入っていない。リュックのタブにはMADE IN CHINAと刺繍がある。しかし何か変だ。何でこんなにもたくさんのものが整然とリュックの中に収まっているのか?アメリカ製や日本製、その他海外製のいろんなものがたくさん詰め込まれているのならリュックの中は雑然としているはずだ。それらが中国製のリュックの中に整然と収まっている。そもそも何で悟がアメリカ製の武器とアメリカと敵対する旧ソ連の武器の両方を持っているのか?
「俺たちの秘密は中国にある。」
茜はどきっとして振り向いた。悟は起きていて、こちらを見ている。
「ご、ご、ごめんなさい。わ、わ、私・・・。」
「いや、かまわない。俺もいつか茜さんに言おうと思っていた。」
悟は茜にレクサスのキーを手渡した。
「夜が明けたら関空へ向かう。そこから上海行きの飛行機に乗る。昨日は俺が運転したんだから明日は頼むぜ!」
「え!そんな!?私免許持ってないし~。第一武器を持って飛行機なんか乗せてくれないよ~。」
「ハンドルを握れば『運転アプリ右ハンドルヴァージョン』が起動する。どのHWにもインストール済みだ。武器は『現地調達』する。」
<<<<<<
(スレ主じゃないけど)ご自由にご参加下さいませ。ただ一応「小説」ですので、
ご参加前にあらかじめ文脈やあらすじなどをつかんだ上でご参加いただけたら幸いです。
>>>>>>
「じゃあ、酸素ボンベの交換手順を説明してくれないか。」
「まず、空のボンベのバルブを右いっぱいに回して閉める。次に供給チューブのナットをゆるめてはずす。そん次は・・・。」
オトコはガス棟の上を見上げた。
「上の天井走行クレーンで空のボンベを吊り上げてトラックの荷台に降ろし、酸素充填済のボンベを吊り上げて空のボンベの位置に降ろす。あそこにぶら下がっている操作ボタンのスイッチを押せばON、離せばOFFだからお前にもできる。次は逆に、供給チューブをつないでナット締め、バルブを少し左に回して酸素の漏れがないかを確認してOKならバルブを左いっぱいに回して開ける。チューブは俺がやるからお前はバルブの開け閉めとクレーンだ。」
「それをA側全部やるのか?」
「そういうこった。1本ずつな。」
オトコとカレシは酸素ボンベの交換に取りかかった。オトコは慣れた手つきでナットをゆるめるレンチを持ってチューブの取り外しや取り付けを進めたが、バルブの開け閉めとクレーンを担当する彼氏は不慣れで、思うように進まない。
「おいおい、もうちょっと落ち着いてやれよ。ボンベで手を挟んじまうぜ。」とボヤくオトコ。
「すまない。スイッチ操作で動くと言ってもなかなかコツがいるもんだな。」と謝るカレシ。
2人の作業を見ていたNICUの看護師は
「ゾンビになって死んだガス屋のドライバーさんやったら1人でやるんやけどな。」
とオトコ同様にボヤく。
「看護婦さん。こっちだって一生懸命やってるんですよ。そんなこと言わなくたって・・・。」
「危ねーからスイッチ押したままよそ見するなバカ!どこの大学出たんだよ、ったく・・・。」
「す、す、すまない。」
カレシはオトコとNICUの看護師の両方にボヤかれてシュンとなった。漫才のようなデコボココンビだがこれでもうまくいっているから不思議だ。カレシはバルブの開け閉めとクレーン操作だけだが腕の力だけでレンチを回すオトコは疲れが回ってきた。
「あちっ!しまった!」というオトコの声と共にカラーンという音がガス棟に響いた。
「どうしたんだ?」とカレシ。
「腕が疲れてきて、レンチをおっことしちまった。ボンベの置き方が悪いから隙間が狭くて手が届かねぇ。予備のレンチあるか?」
「待ってくれ。うーん、同じものはないなぁ。モンキーレンチなら1本ある。」
「モンキーでいい。貸してくれ。」
オトコはモンキーレンチで作業を続行した。しかし最後のナットを締め終わった時に、今度は手に溜まった汗でモンキーレンチも落としてしまい、モンキーレンチは黄色のペンキで”オクナ!”と書かれた隅っこのエリアまで転がっていった。ガス棟にはカラーンという音が響いた後にゴローンという反響音まで響かせた。オトコは仕事をやり終えてはぁはぁ言いながら
「おい!今の音、聞いたか?」
尋ねた。
「ああ、聞いた」「おらも聞いたべ」。
「看護婦さん。あそこの”オクナ!”という注意書きは何のためですか?」
「おらも定年退職して辞めてった主任看護師から『「オクナ!」と書いてあるところには何も置くな』って聞いただけでぇ~、何も知らんのじゃが、今の音は確かに空洞がある印の反響音だべ。」
3人はオクナ!と書かれた隅っこのエリアに近づいた。オトコがモンキーレンチを拾い上げオの字をモンキーレンチで思いっきり叩くと今度はゴーンという音が響いた。
「ここだけコンクリートじゃない。鉄板のフタだ。ここに取っ手がある。」とカレシ。
NICUの看護師は後ろに下がるとトラックから電動のハンマーレンチを持ってきた。
「ほれ。これで四隅の錆びたナットを回しんしゃい。」
「『フタを開けたらゾンビがどどーん』な~んて?」ととふざけるカレシ。
「オメー!電動ハンマーレンチで鼻ひん曲げるぞ!」。カレシはまたシュンとなった。
電動ハンマーレンチでナットは外せたものの、肝心のフタは男2人がかりでも重くて持ち上がらない。
「アレで持ち上げたらよか。」とNICUの看護師は天井を指さした。
アレ。すなわち天井走行クレーンだ。なるほどと合点した男2人は早速準備をし、フタを開けた。フタの下にあったのは、階段と地下通路だ。NICUの看護師はつぶやいた。
「この地下通路だと、行き先は病院の外だべ。」
「あの2人、遅いわねぇ・・・。」
遼子は眠気をインスタントコーヒーでごまかしながらつぶやいた。遼子はゾンビに噛まれたオトコの細胞組織のサンプルを採取しゾンビ対策のヒントを得たいのだ。茜と悟がいない今、自分達の身は自分達で守らねばならない。そのためにもサンプルは必要なのだ。看護師である川崎の妻は遼子の後ろから声をかけた。
「・・・あの、先生。少しよろしいでしょうか?」
「ああいいよ。何なの?」
「主人が言っていたんですけど、ゾンビはAKというウィルスからきていると。先生は知っていたんですか?」
「知ってたわ。あたいがこの病院で研究してたんだから。」
「ぇえ!じゃあ、極秘研究グループって・・・。」
「あたいも元そのグループの1人よ。AKに関する極秘研究員だった。」
「だったら対処法が分かるはず・・・すみません、失礼しました。」
「気にしなくて良いわ。実際分からないからあたいが研究してたんだし。ところでご主人は・・・?」
「さあ・・・。先程までここにいたのですが、神父さんもいなくなっておりまして・・・。」
「そう。医事課総合主任さんだから入って良いところといけないところぐらい分かるはずだからまぁいいわ。ところでご主人さんはAKについて他に何か言ってた?」
「それ以外は特に・・・。」
「じゃあ、世界で初めてAKウィルスを発見したのは誰だか話してないのね。」
「はい。先生、誰なんです?」
遼子はため息を1つついた。
「・・・あたいの父方のじいちゃんよ。」
「ぇえ!?」
「AKウィルスはあたいのじいちゃんがヨーロッパでの研究旅行で偶然発見したんだけど、じいちゃんは元々欲のない人で早速エイズ治療への応用をしようとした。しかしじいちゃんが開業してた小さな診療所では研究資金もない。そこへアメリカ政府がこの研究に目を付けて、発見と研究開発の権利をじいちゃんから買い取ったの。そのお金であたいのオヤジはじいちゃんの診療所を大きくして、今じゃ地元の大病院よ。あたいはオヤジもおふくろも医者だから医者になる以外に選択肢はなかった。あたいは金儲けのことばかり考えるオヤジやおふくろより、無邪気に実験や研究のことを話してくれたじいちゃんの方が好きだったから、どうせ医者になるんならオヤジよりじいちゃんの後を継ぎたくてこの新潟第一医科大学に入学したの。オヤジもおふくろもあたいが性同一性障害を持っていることを認めてくれなかったけど、美容整形のための韓国での費用やこの医科大学の学費をオヤジが出してくれたんだから、オヤジを悪く言うのはバチ当たりだけどね。」
「でも先生、アメリカ政府が買い取った研究開発がこの病院にあることを、受験生だった先生が何で知ってたんですか?」
「オヤジのコネよ。オヤジはカネだけでなく日米両政府の要人へのコネもあった。オヤジがじいちゃんの名前を出したら文部科学省の偉いさんが簡単に教えてくれたらしい。オヤジにしてみれば世間に顔向けできないオカマ息子を遠くへやるのに都合がよかったし、あたいもじいちゃんの後を引き継げるんだから、あたいもオヤジもこの医科大学に進学することに異論はなかった。」
「カレシさんの話だと、『先生は高校生時代、成績が良かった』と・・・。」
「新潟第一医科大学の入試偏差値は60程度だけど、東大や京大、慶応の医学部に比べると確かに三流よ。でもよく考えてみて。こんなへんぴな片田舎にできた私立の医科大学の附属病院だけが何故世界有数の大規模病院なのかしら?」
「さあ・・・?」
「日本政府が『思いやり予算』として米軍に提供してきた税金の一部が裏金になってこの病院の経営を支えてるからよ。あたいの研究予算もね。」
「米軍からの裏金?て、ことは・・・。」
「この病院は米軍の軍事研究にも荷担している。研究が『極秘』なのはそのためよ。」
夜が明けた。レクサスのキーを受け取った茜はおどおどしながら運転席に乗り込むと悟に言われたとおりにハンドルを握った。すると茜の頭の中でピンと緊張が走り、無意識のままにキーを差し込んでエンジンをかけた。悟はその様子を後ろのシートで見ている。
「どうだい?言ったとおり『運転アプリ』が起動しただろ?」
「う、うん。本当に運転したことないのに体が勝手に・・・。」
「すぐ慣れるさ。さあ行こうぜ!」
「でも、道が分からないよ・・・。」
「デパートの駐車場を出てすぐ左に曲がれ。そこで俺が指示を出す。」
「わ、分かった。」
茜はレクサスのアクセルを踏んだ。初めて車を運転するのに、もう何年も乗りこなしたかのようなハンドルさばきだ。悟に言われたとおりに駐車場を出て左に曲がると悟は
「北陸自動車道のインターチェンジへ向かい、大阪方面行き車線に入れ。」
と指示を出した。茜は
「きゅ、急にそんなこと言われたってどこへ・・・。」
と言い切らぬうちに茜はレクサスのカーナビを操作しルートを検索し始めていた。向かう先は新潟西インターチェンジだ。
「ちょ、ちょっと!どうなってるの?体が勝手に・・・。」
「『運転アプリ』のルート検索モードだ。茜さんの中の検索エンジンと運転アプリが連動してカーナビの操作をしている。後は茜さんの2つのバイオカメラとバイオマイク・・・まぁ、『目と耳』がカーナビの指示を聞きながら状況を判断しアプリが体を操作し勝手に運転する。試しにアクセルを踏みながら後ろを振り向いてみな!」
茜は言われたとおりに後ろを振り向こうとしたが、体も首も回らない。
「振り向けないだろ?『自動危険運転回避プログラム』が常によそ見運転を監視して、事故らないようになっているんだ。例外もあるけどな。」
「『例外』って、あのゾンビをはねた時みたいな?」
「・・・俺の中ではゾンビは人間と見なさない。だから『例外』としてはね飛ばした。」
車は新潟西インターチェンジに近づいた。
「悟さん。」
「何だい?」
「私たち、本当に中国に行くの?」
「・・・先生たちのことが気になるんだろ?」
「う、うん。」
「俺も同じさ。だが中国へ行かないと俺たち以外のHWのことも分からない。分かっているのはHWは俺たちだけじゃないってことさ。」
「それって・・・、先生が言ってた『量産型』のことなの?」
「かもな。俺たちが上海へ行く理由は・・・俺の中に『もし中国へ行く機会があったら上海のホテルで指令を待て』とインストールされているからだ。『指令』が出る前に俺たちの秘密を突き止められれば先生たちだけでなく、世界を戦争から救えるかも知れない。それに・・・。」
「それに・・・?なんなの?」
「・・・俺は・・・。」
悟はうつむいて深呼吸し、バックミラー越しに茜の目を見た。
「・・・茜さんが好きなんだ。」
茜は車を左に寄せて停めた。
「俺たちHWには、恋愛は認められていても結婚は認められていない。だったら、『指令』が出て”人間兵器”になる前に、君と少しでも長く一緒にいたいんだ。」
「わ、私だって、悟さんが好き。でも・・・。」
「でも・・・?」
悟は不安になった。
「先生たちの病院はゾンビに囲まれてるのよ!先生たちを置いて行けないわ!」
「・・・そうか。そういうと思ったよ。昔のアクション映画ならここで君を殴って気絶させて無理矢理連れて行くところだがそれはHW相互支援法の趣旨に反する。分かった。君の言うとおり、病院へ戻ろう。だが車では戻らない。」
「どうやって病院に戻るの?」
悟は少し考えた後、茜に指示を出した。
「新潟空港へ向かえ!そこでヘリを拝借して空から病院へ戻る。」
茜の左手の人差し指はカーナビのタッチパネルを操作して新潟空港へのルートを検索していた。
「ああアネキ。すまねえ。遅くなっちまった。」
オトコは遼子に遅れを詫びた。
「遅かったわねぇ、もう寝ようかと思ってたわ。」
遼子のいた感染症隔離病棟の時計は午前3時を回っていた。神父と主任はこの日戻ってこなかったが、看護師と玲奈とみくるは既に寝ていた、はずだった。
「先生。実は俺たち、ガス棟の下に地下道があるのを見つけたんです。」とカレシ。しかし遼子は
「あ、そう。」と冷淡だ。
「『ハイブ』って知ってる?『バイオハザード』に出てくるアンブレラ社の秘密研究所の名前だけど、地下数百メートルにあるそうよ。ウチの病院くらい大規模なら地下に何があっても不思議じゃないわ。」
「先生の研究室も地下にあったのですか?」と尋ねるカレシ。
「ああ。でも地下通路は1つとは限らないわ。部外者以外には知らされていない地下通路がいくつもある。そうでないと極秘研究が外に漏れてしまうからね。」
「アネキ。俺の足の細胞のサンプルを取るんだろ!?今からやってしまおうぜ。」
「浩二(コウジ)。今は無理だね。」
「先生、何故なんです?サンプルは出来るだけ早く採取した方が・・・。」
「友英(トモヒデ)。今は真夜中の3時過ぎよ。サンプルを採取できる時間じゃないわ。あたいの勘にに間違いなけりゃそんなにすぐには変わらないから明日でも遅くない。あたいももう眠いし、明日にしよう。明日の朝9時半に検査室に予約を入れておくわ。」
遼子はパソコンのキーボードを叩いて検査室の利用予約を入れた。遼子、友英、浩二の3人以外は寝たはずだったが、みくるが起きてきた。
「なあ先生。ウチ、お手洗い行きたいんやけどぉ、夜やし、ゾンビとか怖いから1人でよう行かれへんねん。」
遼子と友英はあきれたが、遼子は
「じゃあ浩二と2人で行ってきな。浩二、案内してあげなよ。腹を撃たれた男を一緒に迎えに行った仲でしょ。あたいと友英は先に寝るからね。」
とみくるに浩二を紹介した。浩二は
「ちっ、いい歳してしょうがねえなあ。まあだけどアネキには逆らえねえや。俺もションベンしてえし、ついでだからついてきな。」
遼子と友英は先に寝た。浩二はみくると2人で夜のトイレに向かい、紳士用と婦人用に別れて2人とも用を足してそれぞれのお手洗いから出てくると、みくるは浩二にこそこそと話しかけた。
「なぁ。先生、様子がおかしいと思わへん?」
「ああ、俺もそう思ってた。アネキの親友の友英にすら何かを隠してる。」
「さっき話してた地下通路って、ホンマに『ハイブ』みたいにゾンビのウィルス作ってたんかなぁ?」
「・・・行って中に入ってみるしかない。」
浩二はみくるを連れてこっそりガス棟まで戻って行った。
夜が明け始め、東の空が赤くなった頃、玲奈は目を覚ました。遼子とカレシ、看護師の3人はまだ寝ているが、オトコとみくるの姿がない。
『カレシさんが寝ているってことは、あのオトコも返ってきたはずよね。みくるちゃんもいないし、どこへ行ったのかしら?』
玲奈はカーテンを少し開けて朝焼け空を眺めた。病院周辺の道路に目をやったが、白のレクサスはない。
『悟と茜さんを連れ戻さないと。でもどうやって・・・?』
玲奈はカーテンを閉めてベッドに座った。遼子の寝顔に目を向けようと振り向くと、目に入ったのは遼子が無造作に放り投げた白衣と名札だ。玲奈は遼子の寝顔に向かってこっそり
「先生、ちょっと拝借するわね。」
と言って白衣を着て名札を首から下げ、自宅から乗ってきたポルシェのキーを持って部屋を出た。車を停めてある駐車場に一番近い出入り口は既に確認済だ。礼子は28番通路から建物の外へ出て、ポルシェに乗り、エンジンをかけて、車両ゲートまで乗り付けた。
『これでゲートが開くかしら?』
と思いながらも、名札の裏の医療スタッフ認証用ICカードを取り出した。カードをゲートのセンサーにかざしたが、案の定開かない。代わりにゲートのスピーカーから警備員の声がした。
「おはようございます。ただいま封鎖中ですのでゲートをお開けすることは出来ません。」
玲奈はNICUの看護師並の芝居を打って出た。
「『この先のコンビニで未感染者が閉じ込められている』という通報があったの。迎えに行かないと、ゾンビに食べられてしまうわ!警備員さんには連絡は行っていないの?」
「少々お待ち下さい。」
警備員は申し送り書を確認したが、そんな通報の記録はない。警備員は勘違いした。
「申し訳ございません。交代前の者が確認を怠ったようです。」
「じゃあ早くゲートを開けて!」
玲奈はホっとした。芝居がうまくいったようだ。しかし、
「分かりました。ただ一応念のため、お車の窓を開けてカメラの方を見て下さい。ICカードの写真と先生のお顔をカメラで拝見いたします。」
『ん・・・しまった!』
玲奈は芝居は失敗したかに思えたが、銀座という日本最高単価の客商売の舞台で得た立ち回りでさらなる芝居を打った。玲奈はICカードを取り出し、窓を開けてカメラを見た。
「・・・失礼ですが、西原遼子先生ですか?」
「ええ、そうよ。」
「大変恐縮ですが、別人かとお見受けしますが・・・。」
「警備員さん。”女は医者であっても若く美しくありたいものよ”。」
「こ、こ、これは大変、大変失礼しました。」
警備員には玲奈が、ICカードの写真に写っている遼子が美容整形をうけたものと勘違いした。玲奈は難なくゲートを抜け、ポルシェは病院の外に出た。
『芸能人って大変よねぇ、こんな芝居を毎日やってんだから。』
玲奈はポルシェで大通りを走り抜けた。
NICUの看護師は早朝、感染症隔離病棟に内線電話をかけた。
「おはようごぜえますだ。NICUのもんじゃが、そつらにウチの病院を寿退職した川崎って女性がおると思うんじゃが電話には出られんかねぇ?」
この電話に出たのは川崎の妻絵里子(えりこ)だった。
「あらぁ、おはようゆかり。ウチの子はどう?」
「ああー絵里子か。サンスのボンベを交換できたさかい、当面は大丈夫じゃ。」
「そう、よかった。でも、ゆかり。あなた寝てないんじゃないの?大丈夫?」
「ちいとも大丈夫やない。警備が門ば閉めてしもたさかい、交代の医師や看護のもんが中に入れんで、当直の医師と2人で深夜のコンビニの店員状態じゃ。」
「じゃあ今から手伝いにそちらへ行くわ!NICUは37番通路の近くなんでしょ?」
「キモツは嬉しいけんど、アンタもエイズやらゾンビやら感染しとるんじゃろ!?ホンマにすまんが、エヌ・アイ・スー・ユーの中には入れられん。」
「そ、そうね。私は行かない方が良いのよね。我が子に申し訳ない・・・。」
絵里子は今にも泣きそうな声で答えた。
「で、ゆかり。こ、こんな朝早くにどうしたの?」
「絵里子が感染しとるエイズやらゾンビやらの件なんやけどな、どうもおらの父ちゃんが1枚かんどるようなんじゃ。」
「どういうこと?あなたのお父様は自衛隊の専属医師でしょ?確か、防衛医科大学校出身の。」
「んだ。その父ちゃんが勧めてくれた看護専門学校がこの大学の附属学校なんじゃ。」
「それがどうかしたの?」
「実はな、父ちゃん、今は実家で小さい開業医をやっとるんじゃが、定年退官の数年前に自主退官してこの病院に勤務しとったんじゃ。」
「それならお父様が勧めるのもなおさらじゃない。この病院は世界有数の大規模病院なんだし。」
「おらも最初はそう思ったんやがな、絵里子、医者も看護婦も大工さんと同じでな、決まったことしかせえへん大手より何でもこなす中小企業みたいな病院の方が腕が上がるんじゃ。その父ちゃんがここを勧めたんで、今になってどうもおかしいと思ったら、父ちゃん、ここで仕事し始めてから2,3ヶ月に1度しか家に帰ってきいひんようになった。母ちゃんはいつのもことみたいに思ってたんじゃが、父ちゃんが帰ってきた時に仕事のこと聞いたことがあってな、父ちゃんは『この病院である研究をしてるが研究の内容は言われへん』って言ってたのを思い出したんじゃ。」
『極秘研究・・・。』
絵里子は西原遼子医師の口から聞いた言葉を思い出した。
「ゆかり。ゆかりのお父様って当然だけど『医師免許を持った自衛官』よね。もしかしてアメリカとの共同軍事演習なんかもやってたんじゃない?当然機密連絡も扱ってたはずよ!」
「『ビンゴ!』じゃ。父ちゃんは明らかに米軍に依頼されて研究してたに違いない。それが何なのかは分からへんけどな。」
「ゆかり。ゆかりの実家の電話番号を教えて!」
絵里子はゆかりの実家に電話をかけた。
茜と悟と重武装を積んだレクサスは新潟空港のフェンスを突き破って空港敷地内に入った。
「悟さん、空港のどこへ行けば良いの?」
「うーん、人間2人と武器が積める民間ヘリがあればの話なんだが・・・。」
悟は、ヘリコプターで病院へ戻るアイデアは出したものの、空港にヘリコプターがあるかどうかまでは確認していなかった。地方空港は国際空港と違って、どんな飛行物体でも受け入れられる訳ではない。もっぱら国内線の中距離飛行機しか離発着しないのだ。ヘリコプターがあるかどうかは目視できなければ格納庫を1つ1つ開けて確かめるしかない。茜が滑走路をエプロンに向かって走ると、人が手を振っているのが見えた。
「悟さん、誰かいるよ。」
「何!そんなはずは・・・。」
と、言うなり前を向くと空港警備員が必死に手を振っていた。
「茜!ハンドルを切って突っ走れ!」
と指示したが茜は直進してブレーキを踏んだ。
「HWは無防備な人間を危険にさらすことは出来ないわ。人間を守る義務がある。」
と言って空港警備員の前で停まった。
「誰だ君達は?空港内は立ち入り禁止区域だぞ!それに・・・君達はゾンビではないな。何者だ?」
「あの・・・ヘリコプターを貸して欲しいんです。」
「はあ?空港は3時間前から封鎖中だ。君達は一体何物だ?どこのヘリ会社の人間だ?」
「おっさん!答えとワルサーの弾丸と、どっちが欲しい?」
悟は茜に向けたワルサーP38の銃口を、今度は警備員に向けた。
「うっ・・・テ、テロリストか。こ、この空港は3時間前の九州からの便を最後に封鎖している。空港の管制機能も麻痺して、ヘリだろうと何だろうとテイクオフできる状態じゃない!」
「とにかくヘリの格納庫を教えろおっさん!」
「これこれお若いの。物騒なものを出さんでもよろしい。ワシが話をつけよう。」
会話に入り込んできたのは1人の老人だった。
「これだけAKウィルスが蔓延しとると今ヘリ会社にチャーターを申し込んでもムリじゃろ。カネなら後でワシが払いますよって、ヘリを出してはもらえませんじゃろか?操縦免許ならワシが持っております。」
茜は、自分達と空港警備員との間に仲裁に入ってきた老人を見て言った。
「・・・おじさん、何なの?」
「ふむ・・・白いクルマに乗った若い男女と大量の武器。聞いた通りじゃな。」
「何なんだこのジジイ!」
悟は銃口を老人に向けた。
「新潟第一医科大学附属病院で看護師をしとる娘のお友達からの連絡で急きょ先程の便で宮崎県から来ました坂下(さかした)と申します。ワシを病院までヘリで行かせてもらえるのでしたら、後のことはワシがなんとかします。」
この老人こそ、NICUの看護師坂下ゆかりの父親で元自衛隊医官総合臨床医師の坂下良一(りょういち)であった。
浩二の左足の生体サンプルを取るために検査室に予約を入れた9時30分を過ぎた。が、遼子も友秀もイライラしている。
「・・・浩二のヤツ、一体どこへ行ったのかしらねぇ・・・。友秀、この病院にアイツの行きそうなところって、あるのかしら?」
「さあ・・・。アイツは先生も知っての通り、メカいじりだけでなく何でも興味を示すヤツですから、アイツの行きそうなところと言えば、大がかりな医療機器ぐらいで・・・。」
「だからあたいは悟の引き取り役としてアイツをCT”治療室”に行かせたのよ。あそこはただのCT検査室じゃない。あそこも部外秘と言えば部外秘だから、委任状にはあたいの直筆の署名と押印がないと入れないところなのよ。」
遼子と友秀の後ろから絵里子が話しかけた。
「先生。主人も神父さんも戻ってきてないし、みくるちゃんも玲奈さんもいないんです・・・で、先生、白衣はどうされたのですか?」
遼子はほおづえをついてぼやいた。
「それも分からないのよ。目が覚めたら脱いでここにおいたはずの白衣も名札もない。ったく、どうなってるのかしら。」
3人とも30分ほど考えたが妙案はない。絵里子は2人にある提案をした。
「あの・・・、お2人ともおなかすいてません?非常食しかありませんけど、こうしていても始まりませんし、今のうちに腹ごしらえをしておいた方が・・・。」
「そうだな。先生、そうしましょう。」
「・・・分かったわ。インスタントでいいからコーヒーもお願い。」
絵里子は非常食を3人分持ってきてコーヒーを淹れた。3人はそれぞれ自分の分の非常食を開封して黙ったまま食べていたが、絵里子が友秀に話しかけた。
「カレシさん、お名前は?」
「あ、ああ、今さら申し遅れました。佐藤(さとう)友秀です。斉原先生とは高校時代の同期で、その時からの友人です。で、今いない方のアイツは真島(まじま)浩二。高校の後輩です。ま、韓国のこと以外はアイツにこき使われっぱなしですけどね。」
「3人とも同じ高校だったんですか?だから仲がいいんですね。」
「ま、腐れ縁ってところね。」
「ところで、CT”治療室”って何ですか?私はこの病院の外来しか知らないもので・・・。」
「外来や通常入院で主治医が検査指示を出すCTスキャンが放出する放射線の数倍から数百倍の放射線を出してしつこい水虫やアトピー性皮膚炎のような広範囲な皮膚病を治療する医療機器ですよ。部外秘の扱いになっているのは、装置本体がアメリカ製で、厚生労働省からの認可をまだもらってないからです。一般的に見ても、チェルノブイリ原発や福島第一原発の事故の影響もあって強力な放射線は毛嫌いされていますからね。」
「水虫やアトピーなら最近はいい薬が出回っているのに・・・ですか?そもそも、そんなに強い放射線を浴びたら皮膚ガンや白血病の可能性が・・・。」
「放射線を出す直前に皮膚の炎症の深さをレーザーセンサーでピンポイントで測定して放射線の照射量と照射時間を量子コンピュータで瞬時に計算して水虫菌やアトピーの細胞を焼いてしまうんです。1カ所の照射時間は長くても通常のCTスキャンの大体10分の1です。」
「つまり、ガンの放射線治療みたいなもので、患者が浴びる放射線の総被ばく量は普通のCTスキャンと大して変わらない、と言うことですか?」
「1回の治療でどんな皮膚病でも完全に治すけど、レーザーセンサーの微妙な誤差で健康な皮膚も焼けてしまうから治療前に比べて皮膚が少し黒ずんでしまう。腹を撃たれた男が日焼けしたように見えたのはそのため。厚労省はこれが気に入らないのよ。でもウチの病院は患者や保護者の同意が得られれば保険適用外でこれを使う。だから部外秘扱いなの。なぜこんな明るみに出せないことをやるのかは、あなたには話したわよね。」
「『米軍の軍事研究の1つ』、ですか?」
「政府の偉いさんもひどいものよねぇ。広島と長崎に原爆を落とされ原発事故も起こしているのに陰ではアメリカ言いなりに兵器や原子力を使う未認可の医療機器を買うなんてさ。」
浩二とみくるはガス棟に入って「オクナ!」と書かれたフタのそばに来た。
「このフタの下が地下通路になっている。フタを開けるんで危ねーから少し離れてくれねーか?」
「なんか出てきそうやん!?ウチ怖い。」
「大丈夫だよ!俺と友秀が実際に開けたんだから。何も出てこねーよ!」
浩二はトラックに置いてあったハンマーレンチでフタのナットをゆるめ、天井走行クレーンでフタを吊り上げて横に置いた。フタを開けたのは2度目なので、浩二1人でも手慣れたものだ。フタを開けると階段があった。右側の壁には階段と地下通路を照らす照明のスイッチもある。
「この地下階段を降りた先の通路は病院の外になるらしい。その先は俺もわかんねーけどな。行くぞ!ついてきな。」
「ちょっ、ちょっと!めちゃ怖いから手ぇつないで!離さんといてや!」
「しょうがねーなぁ、はい!」
浩二はみくるの手をつないで階段を降り、地下通路を進んだ。階段は最初の1つだけではなく、通路を50m程進むごとにさらに下の階段へとつながっていた。1時間程通路を進み階段を降りまた通路を進むことを繰り返した後、最下階の長い通路にたどり着いた。かなり遠くにドアが小さく見える。
「おい!なんか変なにおいしねーか?タバコの煙みたいな。でもタバコとは違う。」
しかしみくるはこのにおいを数年前の懐かしい思い出として覚えていた。
「これな、大麻草の煙のにおいや。」
「大麻!?何でそんなこと知ってんだ?」
「高校生ん時な、お酒飲んでふざけてミナミのバイニンから大麻買って吸うてラリってたことあるねん。で、後になって警察にバレて高校停学になってそのまま中退したからよう覚えてるねん。」
「やっぱりアタマもヤラれてたのか・・・。」
「んなこと言わんかてええやんかぁ。大麻はそん時だけやし、今はタバコも吸わへんし、お酒は元々飲めへんし・・・。」
「何度も酒飲んでゲロ吐いてつぶれたことがあるから自分は飲めねーって分かったんだろ!?大体オエーはなんでもかんでも単純すぎるんだよ!何でこんな地下深くに大麻が生えてんだ!?温室栽培でもしねー限りこんなところに草なんか生えねーぞ!」
「うーん、ほな栽培してるんとちゃう?」
「あのな、病院の地下研究室で大麻を栽培してどうするんだよ?大麻の研究でもしてるって言うのかよ!」
「うーん、してるんとちゃう?」
「お前な・・・。」
浩二はみくるの単純さにあきれ果てたがそうこうしているうちに2人は小さく見えていたドアまで来た。
「おい、開けるぞ!ここから先はマジで俺も分からねえ。」
みくるは浩二の後ろに隠れた。浩二がドアのノブに手をかけてドアを開けるとみくるは目を見張った。
「・・・めっちゃ栽培してるやん!」
しかしあてのないまま走り続けていたせいでポルシェのガソリンメーターがE(empty:空)を指しつつあった。
『どこかのスタンドでガソリン入れなくちゃ・・・』
と思いながら走っていると、待っていたかのようにガソリンスタンドが見えてきた。玲奈はポルシェをガソリンスタンドに滑らせ、エンジンを止めた。しかし店員は出てこない。
『・・・セルフスタンドにゾンビ店員が出て来るはずはないわね。拝借じゃなくて完全に泥棒だけど、ハイオクガソリン満タンいただき!』
と、ガソリンノズルを手にとってポルシェの給油口にハイオクガソリンを注いだ。給油が終わってエンジンをかけ、先へ進もうとアクセルを踏んだとたん、ガソリンスタンドのコンクリートがポンっとはじけた。
『何!?』
とブレーキを踏むとさらに3度コンクリートがはじけた。しかも全てが1列にきれいに並んでいる。
『ね、ね、狙われている!』
玲奈の背筋にぞくぞくと戦慄が走った。コンクリートが4回はじけて狙撃が止まったので恐る恐る頭を上げると、1km程先の正面左側のビルの屋上からキラキラと光が差している。鏡のようなもので太陽の光をこちらに向けて当てているようだ。
「ちょっと~~~~もうこんなの、アクション映画だけにしてよ~~~~。ん?」
玲奈は思い直した。
『アクション映画?もしかして、悟にインストールされてたやつ?』
反射光は、一筆書きでハートのマークを描いている。
「もう!悟のバカったら!」
玲奈はポルシェのアクセルを踏んで10分ほど進み、ビルの前で停めた。しかしそこで待っていたのは、大きなサイトスコープを付けた長銃身のアサルトライフルを担いだ、悟より20cmは背の高い男だった。
「オネーサン、ガソリンドロボウ、ヨク、アリマセーン。な~んて!」
「あなた誰?さっきのもあなたなの?」
「Certainly yes!でも、普通に日本語分かるよ!」
「で、あなたは一体何なの?ここで何してるの?」
「ワタシモ、ワカリマセーン!でも・・・。」
「でも?何?」
「識別用に、デイヴィッドとだけイッテオキマース。」
『識別用?』
玲奈は、白のレクサスの中での会話を思い出した。
『このデカい外人もHWなの?そうとしか言いようがない。』
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