…………、こっちに、おいで。怖いことは、何もしねぇよ。
(時刻は夜10時を過ぎた頃。古宿の二階、角の部屋。蝋燭の明かりだけがぼんやりと灯る周囲の闇が濃いその空間で、男は大きなベッドに浅く腰掛け、戸口に佇む少女を、男なりにできるだけ優しさを込めた掠れ声でそっと呼び。
──彼女を購入したのは、本来彼女が仕事としている男女の営みを望んだからというわけではない。ただ……寂しかったのだ。長らく触れた記憶のない人の温もりを、全てを壊して喪った破滅的な人生の最期に、少しだけ味わいたかった。金を払わなければそうしてくれない赤の他人でも構わないから、誰かを腕の中に抱きしめて、罰を下され滅びる前に、一度だけ癒されたかったのだ。
少女を混乱させるだろうとはわかっている。それでも求めずにいられなかった。焦がれるような目を少女に向け、男はもう一度、店で知った彼女の名を呼び。大丈夫、契約は1日だけだ。朝になったらちゃんと解放するし、金も払う。だから今だけは──と、切なる願いを視線に乗せて。)
『 一夜だけ 』
▼罪人の男は訳ありで、明日には出頭しなければならない身。罪は重く、捕まれば死刑を免れることはまず出来ない。そのため最期に一度だけと、募集の彼女を買い取った……という経緯。
▼見ず知らずの他人同士で一晩だけ、けれど濃密に濃厚に、交流を深められたらと。