雪月桜 2017-11-12 01:50:39 |
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プロローグ
穏やかな日差しが、ベランダのガラス戸をすり抜けリビングを暖める。
優しく暖かな日溜まりは、私の隣に座る彼女の微笑みとよく似ていた。
「もう、泣かないで。きっと彼は、貴方の魅力がわからない人だったのよ」
そっと彼女が私の右手に触れ、慰めの言葉を囁く。
頬を伝い落ちた涙が、私の右手とそれに触れている彼女の指先を濡らした。
体温と同じ温度の涙は、暖かいはずなのに私の心には届かない。
「大丈夫よ、私が側にいるわ。貴方の傷が癒えるまで、ずっと側にいるから…。だから、寂しくないわ」
呪詛のような甘い言葉。
甘くて苦い彼女の言葉は、昔読んだ童話の果実を思わせる。
「貴方を受け入れたら、私は楽になれるのかしら」
思うより先に言葉が出た。
それほどまでに、私の心は枯れていた。
「…そうね、楽になるかはわからないけれど、貴方の側にいることは出来るわよ」
彼女の言葉が引き金となり、私の心が答えを出す。
彼女の細く柔らかな体に私の手が触れる。
小さく震えた彼女の反応を無視し、そっと抱きつく。
その日の天気は快晴だった。
まだ雪の残る三月の第二日曜日、雪森笹芽(ユキモリササメ)は遅い朝食を味わっていた。
ドリップコーヒーとトースト、レタスとトマトのサラダ、それと目玉焼き。
簡素な朝食だが、栄養は問題ないはずだ。
コーヒーを片手に笹芽がスマホを確認してみると、新着メッセージが一つ届いていた。
メッセージの内容を読んで、笹芽は笑顔を浮かべる。
『おはよう。昨日は途中で返事返せなくて、ごめん。今週末には時間取れるから、どこか出かけよう』
気遣いと優しさの溢れる言葉を送ってくれたのは、笹芽と大学時代からお付き合いを続けている狩崎緑(カザキエニシ)だ。
お付き合い始めてもうすぐ四年になり、互いに社会人となったせいか、会える時間も減ってしまった。
それでもお互いを大切に思い相愛なのだから、笹芽には不安など欠片ほどもありはしない。
この先二~三年も過ぎれば、お互いに結婚等を意識する日も来るだろう。
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