悲しき鬼 2017-09-03 18:02:37 |
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…また君を、泣かせた。──痛くない?
(小さく息を吐いた後にそう呟くと少し悲しそうに相手を見つめて。そっと相手の胸元に指先を触れさせると伺うようにそう尋ねて。心を喰らわれ過ぎて心がボロボロになった人間は、常に心の痛みを感じるようになってしまう。相手の心が枯渇してしまう前になんとかしなければならない。青い瞳が揺らぎ、再び思い悩むように小さく息を吐いて)
っ!
(考え事をしていたせいか、ふと自分の胸元に伸びた手に気が付いては声にならない声を上げては少し身を引いて。彼が今鬼ではないのは十分に理解をしているのだが、それでも心ここに在らずだった体はその恐怖が染み付いているらしく体が勝手に反応してしまい。鈴はハッ、と我に返れば「ごめんなさい、平気。心配してくれてありがとう。」といつものように明るい笑顔を浮かべながら大丈夫だと両手を横に振って。)
…それなら、良いんだ。
(自分が伸ばした手が相手に触れるか触れないかの時に小さく震えた相手の身体。人間に恐れられることには慣れているしきっと無意識の反応だろうことは分かっていながらも何処と無く虚げな微笑みを零しその手をそっと降ろすとそう言って。「冷えないようにしているんだよ、」と言いながら相手の肩に羽織を掛けてやるとそれ以上は何も言う事はなく書斎の方へと戻って行き。何度、どの本を読んでも見つけることの出来ない記述を求めて、そして時折鬼の使う記憶を奪う術についての記述を目で追いながら時間は経って行くばかりで)
あ、…………。
(自分が思わずしてしまった拒絶の反応を見た時の彼の表情を、鈴は見逃さなかった。傷付けた、と思った頃にはもう彼は行ってしまったあとで、自分の肩にかけられた彼の羽織りのぬくもりだけが寂しげにその場に残るばかりで。今追いかけたらまた傷付けてしまうかもしれない、でも謝らなきゃ、と色んな思いが頭の中をぐるぐると周り、まだ決心はつかないもののとにかく彼の元に向かおうと鈴は歩を進め。書斎の襖をそろーっと開けては「碧、?」と控えめに彼の名前を呼んでは襖から顔だけをのぞかせた状態でそのまま反応を待ち)
…鈴、少し遊んでおいで。
調べたいことがあるんだ、襖は閉じておいて。
(相手が幸せになる道を取らねばならないと思えば時折手を止め考えを巡らせながら。相手の声に振り返ると普段通りの優しい微笑みでそう言って。日暮れまで時間はそう長くない、相手の答えを聞く前に再び書物に視線を落とし文字に滑らせて)
……、わかった。
(少し何かを言いたげに口を開いたものの、それを言わずにそうとだけ言えば覗かせていた顔をひょっこりとひっこめて。そのまま襖を静かに閉めかけていたが、襖が閉まる直前に「ごめんね、」と小さな声で声を滑り込ませては襖は音も立てずに書斎と廊下を隔てて。顔を見て謝れなかったな、とぼんやりと思いながらとぼとぼと廊下を歩いていたが、冷たく頬を吹き付ける風に思わず身震いして羽織りをしっかりとはおり直して。)
(優しい子だからきっと、自分を傷付けたと思って謝りに来たのだろう。相手が部屋を後にすると閉められた襖を振り返り、少しして再び書物に視線を戻して。気づけば徐々に光が柔らかくなる時間帯、手遅れになる前にと立ち上がり部屋を出ると相手の姿を探して。)
……。
(あれからどれくらい時間が経ったかは分からないが、鈴は庭に出て色とりどりの美しい花々を眺めていて。綺麗だなぁ、なんて当たり前のことを考えながら花を見ていたらいつのまにか太陽の光もやんわりと橙みを帯びてきていることに気づいて。また、夜が来る。自分はまだ大丈夫、だが彼にまた悲しい顔をさせてしまうかもしれないと考えれば鈴の眉は自然と下がって。)
…鈴、やっぱり君は全て忘れた方が良い。
君は不幸なんかじゃない、その爛漫さがあればどんな人に愛されることだって出来る。君みたいな子が、敢えて鬼の側にいる必要なんてないんだ。
破滅への道より、幸せになる道を選ぶんだ。
(庭に居る相手を見つけると花を見上げる相手の背後から手を伸ばしそっとその目を覆うとそのまま自分の胸元に抱き寄せて。相手の後頭部を抑え視界を遮断してしまうと言い聞かせるように言葉を紡いで)
?あお───むぐ、
(ふと感じた人の気配に振り向こうとするが、それも構わずいつのまにか自分の視界は彼に抱きしめられたことによって遮断されて。なあに、と問いかけようとしたもののそれは彼から告げられた言葉によって口から出ることはなく、その代わりに鈴の口から出たのは「え、」という彼の言っている言葉が理解できないという疑問の声だった。どういうこと、なんて聞かなくても彼が言ってることは理解できる。だが頭で理解はできてもどうしても心がついて行かず、鈴は何も言うことが出来ずにただ目を見開いて。)
…どうして、
(相手を抱き寄せたままその後頭部にかざした手、記憶を奪ってしまおうと光を灯した手は幾ら待てど記憶を引き出す感覚を感じることはできなくて。何故か相手には記憶を消す術が効かない、そのことを改めて確信するとやがてぽつりと囁くように言葉を漏らし、そのまま相手を抱きしめたままで。)
?……碧、
(きゅ、と相手の服を掴んではどうしたの?と言いたげに彼の名前を呼んで。ぷは、と息を吐きながら彼の胸元から顔をあげれば「突然どうしたの?どうして、って、何が?」と丸い瞳をもっと丸くさせながら彼を見上げて。彼が自分を抱きしめた時にぽつりと囁くように零した言葉は、どうしても自分に身に覚えのない言葉で鈴の頭の中にはたくさんの疑問が浮かんで。)
…全て、忘れてしまうべきなんだ。
君は愛され、幸せになるべき存在なんだから、
(相手の問いには答えることなくそう言っただけで、しかし自分が記憶を奪うことが出来なければそれは叶わない。相手と顔を合わせることはなく、相手を抱きしめたままじっとしていて)
どう、して?そんなことないよ、私、今でも充分幸せだよ、
(彼の言葉、そして自分と目線を合わせてくれないことにじわじわと不安の波が鈴を襲えば自分は今でも幸せだと必死に彼に告げて。彼はきっと、私の記憶を消して、その言葉通りここでの暮らしをなかったことにするつもりだ。私の為に。──私が、傷つかないために。「ねぇ、碧、私、碧と一緒に居たいよ、」ぽたぽたと頬を伝う透明の雫を拭うことはなく、彼の服を掴む手に力を込めては鈴はまるで振り絞るかのように言葉を紡いで。)
…君を守りたいと言っておきながら、私は鬼に抗えない。
君の意志関係なく記憶を奪ってしまうつもりでいた…でも、鈴の記憶は私には奪えない。
君を幸せにしてあげることさえ、出来ない
(相手が泣いている、それだけで身体が満たされるのが悔しい。自分は相手に何1つしてあげられないと思えば無力感ばかりが募り、周りの光が徐々に色濃くなっていく様子さえ嫌で)
……ばか、
(彼から告げられた言葉に、そうとだけ返せば鈴は自分の涙をぐいっと乱暴に拭いたあとに彼の陶器のように美しい両頬を掴んで無理やり自分の方を向かせて。「忘れてなんてあげない、碧を一人にしないって言ったでしょ。」と涙に濡れた黒瑪瑙はしっかりと彼を捉えて。──それに、私は貴方が傍に居るだけで幸せなの。そう続けて彼に言葉を重ねたあとに浮かべた笑顔は、この場には合わないへらりと気の抜けたような、でも暖かい笑顔で。)
…でも、鈴が壊れてしまったら私はどうすれば良い?
ようやく見出した希望を、自分の手で壊してしまったら。
(相手に顔を持ち上げられてようやく合わせたどこまでも青い瞳は泣き出しそうに揺らぎ、そう聞き返して。辺りが少しずつ光を失って行く中、真っ直ぐに涙に濡れた相手の瞳を見つめて)
それはっッ──…………、
(何も、返せなかった。自分が壊れないなんて保証はどこにもなく、現に自分は昨晩でも充分すぎるくらいに心が壊れそうになった。自分は弱い人間で、彼は人間の心を操る鬼。種族が違うだけなのに、自分たちが共に生きることは許されないのだろうか。「……それ、は。」今度は鈴が目線をそらす番で、彼の両頬からはするりと両手が離れて力なくその両腕は自分の胸元でぎゅっと組まれて。)
…人間の世界は、もっと賑やかで明るい。
此処は君にとっては静かすぎる、きっとまだ鈴は外の世界の幸せを体験していないだけだ。
恐怖や絶望に心を掻き乱されるのではなくて、喜びや愛しさで胸が踊る世界が君には相応わしい。
(言葉に詰まる相手を見つめて少しだけ微笑むとそう言って。じきに日も暮れる、「さあ、今夜は部屋にお戻り。」と言うと相手の答えを待つことはなく屋敷の中へと誘って)
……、
(はらり、と花弁のようにまた鈴の瞳から涙がこぼれ落ち。この涙が悲しみの涙か、それとも何の涙なのか。鈴にはそれが理解ができないが、それでも彼から告げられた言葉は紛れもない事実であり、自分の身を案じてくれていることも分かっている。それでも、自分は彼のそばに居たいのに。鈴は何も言うことなく彼に連れられて大人しく屋敷の中へと入れば、またぽたりと地面に涙で水玉模様を描いて。)
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