悲しき鬼 2017-09-03 18:02:37 |
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…私の痛みは肉体的な苦痛だ。
だけど私を楽にする為には人間は心を差し出さないといけない…強制的に悲しみと恐怖を与えられ続けた心はいずれ、何も感じなくなってしまう。
私一人が耐えていれば、それで済む。
──…鈴、良い子だから鬼に関わろうなんて考えてはいけないよ…心が枯れて、壊れてしまう。私はそんな事は望まない。
(ふと頰を包む温もり、相手の言葉は酷く優しいものだがまっすぐ過ぎる相手が鬼に接触を試みたりでもしたらと考えると恐ろしい。相手よりも温度の低い白い手が相手の手に重なりそっと自分の頰から離すとその手を握ったまま言い聞かせるようにそう告げて。苦しいだけ、それで済むのなら目の前の相手から心を奪い壊してしまう事よりどれだけ良いか。相手の明るい笑顔が消えて、いずれまた一人になってしまう状況など考えたくもないと相手の手を握る指先に力を込めて。やはり相手に書斎の本を触らせるべきではなかったと後悔しつつも一つ一つの言葉を言い聞かせるように紡いではじっと相手を見つめ)
……でも、そんなの、
(悲しい、と言いかけてその小さな口はその言葉を吐くことなく閉じて。繋がれた手に目を落としてはどうしてもその続きの言葉をいうことが出来ずに鈴は黙り込んでしまい。ここで駄々をこねたって彼を困らせるだけだ、それに私が本当に死んでしまったら彼はまた一人になるのではないだろうか。そんな考えが鈴の頭の中をぐるぐると回った結果、「私は!……っ、私は碧だけが傷つくなんて嫌!」と自分のわがままとは分かっているし駄々をこねている事も重々承知だが、ただそれだけは分かって欲しくて自分の思いを素直に口にして。)
…鈴は優しい子だね。
大丈夫、私は傷付いてなんていない。ただ、少し夜が苦手なだけだ。
(相手の言葉に少し困ったように、それでいて優しく微笑むと相手の髪を撫でて。夜の間だけ少し病気になってしまうだけ、そう思えば相手もいくらか受け入れてくれるだろうか。「朝になれば治ってしまう病気だ。日が暮れたら鈴は眠ってしまえば良い、また朝に目を覚ませば何も不安な事はない。」日の出ている間なら少し相手に身を預けても良いかもしれない、小さく息を吐き出し相手の肩口に顔を埋めるようにして相手の背に腕を回すとそう言い聞かせるように言って。)
……碧、
(自分の肩口に顔を埋める彼に一瞬目を丸くしたものの、どうしてもダメだと言うならせめて太陽の登っている今だけでも彼の心が少しだけ軽くなればとぎこちない手つきで彼の背中に手を回し、ぽん、ぽん、とまるで母親が子供をあやすかのようにゆっくりと優しいテンポで背中を叩いて。「じゃあ、せめて今だけでも良いから。ね?私に少し苦しいのを分けて欲しいの。」そうゆったりと告げる鈴の瞳は慈愛に満ちていて、柔らかに花が綻ぶような笑顔をそっと浮かべて。)
…どうしたら鈴に分けられるか、分からない。
(相手の優しい表情と声に苦しくない、と言いかけた言葉を口にすることはなく少し間を空けた後にぽつりと呟いて。誰かに苦しみを分けようと思ったことも、その相手がいたことすらなく、身体を起こして相手から離れると手近にあった本を数頁めくりつつ「やっぱり片付けは辞めておけば良かったね、ごめん。」と少し苦笑して。せっかく明るい時間帯だというのに相手を暗い気持ちにしてしまっただろうかと。)
……。
(相手の苦い微笑みに納得がいかないような表情を浮かべては、相手の両頬を掴んでぐいっと自分の方へと2つの青を向けさせれば「全部話して、私に。辛かったことも、嫌だったことも、もちろん楽しかった事も。碧のこと、私まだ何も知らないもの。」と真っ直ぐな瞳でそれを見つめて。種族も、生まれも、育ちも、何もかも違うかもしれないけれど。知っていると知っていないじゃ色んなことが変わってくる。知らないまま彼のそばに居るのは嫌だ、と強く思えば「あっ、別に嫌だったら良いんだけど!」とふと彼の意見を無視していたことに気づきパッと手を離して。)
…私は、鬼の癖に臆病なんだ。
種族だけを見て鬼だと恐れられるのも、一族から出来損ないだと罵られるのも怖くて、だから頼り方を忘れてしまった。
(ようやくその青い瞳が相手の目を真っ直ぐに見つめると相手が降ろしかけた手をそっと取って。相手が話して欲しいと、知りたいと、そう望むのなら少しずつでも話してしまおう。何から話そうかと少し悩んだものの相手と向き合いその手を握ったまま少しして口を開いて。話し始めたもののひと息つくと、やはりこう言った話を誰かにした経験がないため相手はどう思うだろうかと少し心配そうに相手を見つめて)
…昔、まだ一族で暮らしていた時は私も同じように、普段の意識と鬼の意識は共存していた。
だけど、昔から臆病で鬼として人間から悲しみを奪うことが…人間が恐れ泣き叫ぶ様子を見ることが耐えられなくて。ある時から鬼の意識を排除しようとし始めた。
そのうちに今のように、二つの人格のように鬼と私の望む姿が別れてしまったんだ。…本当なら共存すべき一つの人格だったのにお互いがお互いを壊そうとし続けている、そのせいで身体が悲鳴を上げている。
だから夜、人格が入れ替わろうとするその瞬間は、本当に苦しい。身体が引き裂かれそうな程に痛みを感じるんだ、
……。
(繋がれた手にぎゅ、と力を込めては彼の冷たい手と自分の温かい手の温度がだんだんと同じ温度になっていくのを感じながら、彼の言葉を静かに聞いていて。相手の話を聞き終えて、少しの沈黙のあと。「…臆病なんかじゃない。碧は、とっても優しいよ。だって昨日、私を守る為に頑張ってくれたもの。」そうゆっくりと告げては相手と目線を合わせてへらりと微笑んで見せて。鬼たちのことは人間である自分にはよくわからないが、それでも自分は、彼のことを臆病だなんて決して思わない。それだけはどうしても彼にわかってほしい。)
…鈴といると、気持ちが落ち着く。
君みたいに優しい人に出逢ったのは初めてだ、
(相手の言葉を聞いてようやく普段の彼らしく柔らかく微笑むと、「こんな湿っぽい部屋に居たら気が滅入る、外に出よう。」と言って相手の手を引きそのまま抱き上げて。また幾つか本が床に落ちるのも気にせずに部屋の襖を閉めてしまうと縁側から下駄を引っ掛けて庭に出ては一番気に入っている桜にも藤にも似た花を咲かせる木の下へと。そのまま抱き上げていた相手を低い場所にある木の幹へと座らせると桃色や薄紫の花々を背負った相手を見上げてそう言う彼の青は、先ほどまでの虚ろげな色を消し去り光を受けて何処までも深い湖のように美しく。)
鬼は、私を臆病だと言った。
でも鈴は、私を優しいと言ってくれる
そんな優しい人間の心を枯らす事の無いように鬼を拒絶した私はきっと間違っていなかった…臆病なだけではなかったと、信じていられる。
…そう、碧は臆病なんかじゃないよ。とても勇敢で、優しいんだから。
(いつもは見上げている彼を見下げながら、鈴は微笑む。彼が自分を見上げているのは何だか新鮮で、自分を見上げている彼の視線が少し擽ったい。でもその視線は優しくて、まるで静かな森の美しい湖畔のように人の心をゆっくりと癒すようだ。「私はね、優しさは一番の強さだと思うの。だって、誰かに優しくするって単純だけどとても難しい事だから。」まるで母親が子供にやんわりと教訓を教えているように、どうか彼の心が少しでも軽くなるようにと鈴は思うことをそのまま口に出し、彼に全て伝える。大丈夫、貴方は臆病なんかじゃない。鈴はふわりと優しく頬を撫でる風に髪を揺らしながら、またにこりと微笑んで見せて。)
…嗚呼、きっと鈴の言う通りだ。
鈴に悲しい想いをさせないように…私が、鈴の笑顔を守らないと。
(相手を見上げたまま少し微笑むと白銀の髪がふわりと風に掬われ、纏めていた髪紐がするりと解けるとそれを指先に絡めて。明るく笑う相手と優しい色合いの花、自分が見上げている光景がまるで幸せな夢のようで少し目を細めるとそう頷きつつ答えて。花にとも相手にともなく伸ばした白い指先は相手の膝へと乗せられ、相手の存在を確かめるかのようにそこに置いたままで)
じゃあ、私は碧の笑顔を守るわ。
(自らの膝に置かれた彼の白魚のような手に自分の手をそっと重ねてはその手をきゅ、と軽く握って。彼が一人にならないように、悲しくならないように。まだ会って間もないけれど、それは家族への愛情にもよく似た感情で。「絶対に碧を一人にしない。約束する、」とにこりと笑えば彼の小指と自分の小指をするりと絡めて指切りをして。自分は人間だから結局は彼を一人にしてしまうかもしれないけど、それでも最期の一瞬まで、命の限界まで生き続けて彼と共にいよう。)
…さあ、そろそろ部屋にお戻り。
じきに日が暮れる、
(重ねられた相手の手を握り返しながら「ありがとう、」と応えるとまた陽射しが夕暮れのものになって来たことを感じてそう告げて。夜は嫌いだ、それでも相手の数々の優しい言葉や笑顔のおかげで昨日の同じ時間帯のような刺すような鋭さはなくなり。木の枝に腰掛けた相手に手を差し伸べると何処に相手を隠しておけば良いだろうかと一瞬考えを巡らせて。)
……、こんなに夕焼けが悲しく思えるの初めて。
(差し伸べられた手にそっと手を重ねた後に心苦しそうな声で小さくポツリと呟くとそのまま木の幹からひょいっ、と飛び降りてそのまま地面に着地すると思いきや、相手の胸へと飛び込んで。「……碧、大丈夫よ。」とまるで自分にも言い聞かせるかのように告げてはぎゅ、と彼を一度抱きしめた後にゆっくりと彼の胸から離れて。そうして自分の胸の中の不安を吹き飛ばすかのように明るく笑って見せては鈴の耳元で簪がしゃらん、と鳴って。)
…嗚呼、大丈夫だ。
(ふわりと地面に飛び降りた相手がそのまま自分の胸に収まると少し驚いたように目を丸くするもすぐに表情和らげて相手の髪を優しく撫でてやり。「昨晩のように私の側へ来てはいけないよ、鈴を傷付ける事が一番恐ろしい。」静かにそう告げるとどうか相手が安らかな夜を過ごせるようにと。自分を部屋に縛り付けるのでも良い、鬼に意識を奪われたとしても相手を苦しめない方法を考えなければと思いながら徐々に闇に沈んでいく空を見て目を細めると屋敷へと戻って行き)
……。
(ふと、屋敷を戻る途中に後ろを振り返れば先程まで眩いほどの橙色をしていた空が藍色に侵食されていくのを見て鈴の心の中に小さな不安の種が芽を出して。昨晩、自分を見下ろしていた赤い椿をさらに地で染め上げたような真紅の瞳を思い出せば思わずぞわりと背中に冷たいものが走り。大丈夫、とまた自分の心の中で呟けば彼の為にも今日は決して部屋の外には出ないようにと心に決めて。)
(相手を部屋に送り届け「おやすみ、」と声を掛けると自室へと戻り。また本など開いてみるもやがて再び痛みが身体を貫く感覚に日が沈んだのだとはっきりと感じ。今日こそは意識を保たねばならない、また相手を絶望の底に突き落とさないように。そう何度も繰り返し自分に言い聞かせるも夜が更けるに連れて痛みも酷くなるばかり、必死に相手の名前を、笑顔を脳裏に浮かべて耐え続けるも月が高くなった頃再び瞳に赤が揺らめき始め)
……っ、……
(辺りはもうすっかり暗くなり、部屋の中にも月明かりが差し込んできた頃。周りからは風の音以外何も聞こえるものはなく、他に聞こえるものといえば己のトクトクと煩く鳴り響く心音のみで。やはり一人の夜というものは怖いもので、風で揺れる襖の音に悲鳴を上げそうになるもののギリギリでそれを堪えて。「……大丈夫かな、」と小さな声で呟いては彼から借りている簪にそっと手を触れて。)
…鈴、…っ…!
(逃げろ、と目の前に居る訳でもない相手に向けて漏らした言葉は声にもならず、ただ相手の耳元で簪がしゃらりと微かな音を立てただけで。昨夜に比べれば深夜に近い時間、ぐったりと畳に倒れ込んでいた身体を起こした彼は昨夜と同じ何処までも紅い紅い瞳をしていて。昨日に比べて身体の自由が効きにくいのは碧の必死の抵抗のせいだろうか、苛立たしげに手を動かすも意識が鬼へと移り変わったことで屋敷全体の空気も張り詰めた禍々しいものへと変わり。なんとか体制を立て直すと襖を開き、その物音さえもが屋敷に鋭く響き渡るようで)
!
(ピン、と空気が張り詰めた。張り詰めた、というよりは体感温度が下がり屋敷全体が禍々しくなった。と言った方が表現としては正しいかもしれない。鈴は思わず顔を上げて辺りを見回すが、やはりそこにあるのは月明かりに照らされた闇と自分ひとり。空気が変わったこと以外に何も変わりはない。──と、遠くから鋭く襖が開いた音が響き渡り鈴は悲鳴をあげる前に両手を口元に当ててなんとか声を出すことを抑え。どうしよう、と考えるも生憎今は息を潜めてここにとどまることしか出来ずに背中を部屋の一番奥の壁につけてただただ彼から預かった簪に指先を触れさせて。)
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