悲しき鬼 2017-09-03 18:02:37 |
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…花達も、鈴が戻ってきて喜んでいる。
(辺りは闇に包まれ夜が世界を覆った、普段なら恐ろしい時間の筈なのに相手と共に庭に立てば月明かりさえも優しく、照らされる花も柔らかな風も全てが美しく思える。月が照らすのは一匹の鬼と一人の人間、椿のように紅い瞳にも穏やかな色が浮かび先の不安は考えずに今だけはこの瞬間を満喫しようと。)
ふふ、私も嬉しい。
(花たちが月明かりに照らされてその美しい命を惜しみなくこちらに魅せているのに鈴はくす、と笑みを零した後に彼の両頬をそっと小さな手で包んで。「…ねぇ、碧。これからはずっと──貴方にとっては短い時間かもしれないけど、貴方と共に生きても良い?」と儚げに揺れる黒瑪瑙で真っ直ぐ彼の紅を見つめて。鬼と人間では、生きる速度が違うかもしれない。自分にとっての一生は、彼にとっての一瞬かもしれない。でも、共に生きて良いかと。彼と命が尽きるまで一緒にいて良いかと、そう問いかけて。)
…君が、それを望むなら。
(相手と共に過ごすには様々な壁があるだろう、相手を苦しめてしまう事も当然ある。しかしそれでも、相手が幸せだと言ってくれるのなら、それを信じれば良い。重なる困難も幾らでも乗り越えられるはずだ。その口から紡がれたのは優しい言葉、椿色をした瞳が柔らかな色を灯し透けるように白い肌は月明かりに照らされて。そっと相手に顔を寄せるとその額に口付けを落とし)
ひゃ、
(ちゅ、と額に感じた柔らかい感触に思わずぎゅっと目を瞑ればしぱしぱと瞬きを繰り返して赤い顔でまゆを下げて幸せそうに笑い。嗚呼、なんだ。幸せってこんなに単純なことなんだ。ぽーっとした頭で考えれば思わず頬が緩んでしまい、「約束、ね。」と頬と耳を薄紅色に染めながら彼に約束という緩やかな鎖をかけて。その鎖は外そうと思えばすぐに外せるような簡単で儚いものだが、鈴にとっては命綱のようなもの。約束という鎖で繋がれた絆は、果たして吉と出るか凶と出るのか。)
──…嗚呼、約束だ。
(相手の言葉を自分に言い聞かせるかのように復唱すると小さく頷いて。人間と鬼の交わした約束はこの先どのように絡みついてくるだろうか。「もうお休み、」と声を掛けると相手と共に屋敷へと入って行き、痛いほどの静寂の中に独り身を沈める夜は終わったのだとほっと息を吐いて。)
……ん、
(彼の言葉にこくり、と小さく頷けば気が抜けて少しうとうととしてきたのか大きな瞳は眠そうに垂れて。久しぶりに踏み入れた屋敷の中は自分がいた頃と何も変わっておらず、帰ってきたんだなぁとぼんやり思いながらも今にも手放してしまいそうな意識をうとうととしながら必死に保って。「…くぁ、」と小さく欠伸を噛み殺せばそのままふるふると首を振ってなんとか起きているような状態で。)
(相手の部屋の布団に寝かせるとそのまま自分も布団の隅に身体を横たえて直ぐに眠ってしまい。次に目を覚ましたのは明け方、薄ら青い闇に沈んだ部屋の中、相手を起こさないようにそっと身体を起こすと布団を抜け出して。しばらく悲しみを得ていないせいか渇きが酷くなっている、折角取り戻した幸せを壊すような事はしたくなくて僅かな目眩に小さく息を吐いては自室へと戻り一人布団に潜り込むと再び眠りに落ちて朝日が高くなる頃まで目を覚ます事はなく)
ん、……?
(柔らかな朝日が差し込んだのを瞼の裏で感じ取れば、鈴はゆっくりと目を開いて。最近までいた家と違う家に居ることに一瞬驚いたものの嗚呼、戻ってきたんだと思い出せば「碧、」とこの家の家主の名前を呼び。そういえば、昨日ここに戻ってきてからの記憶が無い。彼はどこに居るんだろうとあたりをキョロキョロと見回して。)
(昼頃目を覚ましたものの依然として体調は悪いまま、ようやく起き出すも寝巻きに羽織を肩から掛けただけの状態。普段から真っ白い肌は青みさえ帯びているようで、お湯を沸かしては淹れたお茶を流し込むように煽り。明るい日差しが差しているのに気持ちは晴れることなく悲しみを取り込みたいという思いが身を焦がすようで体調は悪くなるばかり。今までこんな事はなかったと思いつつも1人その場に座り込んでしまい)
碧、おはよ──どうしたの!?
(取り敢えず髪型だけ整え、まだ覚醒しきっていない頭で彼がいるであろう部屋にひょっこりと顔を出したところ彼は部屋で座り込んでおり、思わず大声をあげて。彼の肌は真っ青で、具合が悪いというのは一目瞭然。鈴は慌てて彼に駆け寄れば「大丈夫?」と彼の背にそっと手を添えながら顔を覗き込んで。無論、今自分が近づくことで彼が更に苦しくなってしまうことなど微塵たりとも思っていないためその表情は不安げであり。)
…っす、ず…来ちゃだめだ、…!
(相手が自分の傍に来たことでますます身体は辛くなり、このままでは不味いとそう言って。意識は昼間のまま、鬼に奪われる気配もないが大半の思考を渇きに占められつつあり落ち着けと必死に自分を保とうと。昼間の意識のまま相手を傷つけることだけは避けたい、その想いとは反対に苦しそうに蹲ったまま動けずにいて。)
……苦しい、?
(彼の言葉で全てを察すれば、彼から離れるどころかぎゅう、と彼の身体を抱きしめて。「私の心、食べていいよ。私なら大丈夫だから。ね?」その言葉はいつも見せる無邪気な少女ではなく、大切な誰かを慈しむ女性のような声色で彼女の端麗な唇から奏でられて。心を喰らわれたらどんなに苦しいかは自分はよく知っている。だが、大切な人が目の前で苦しんでいる姿を易々と見逃せるほど心のない人間ではない。大丈夫、とは言ったものの、鈴の手は少しだけ震えていて。)
壊したくない…っ
(小さく漏らした声は心からの思い、自分が相手の心を喰らって相手が壊れてしまうことが恐ろしい。此れまで悲しみが足りずどうしても苦しくなった時は村の方へと降り、村全体から悲しみを得ていた。今回はそれもままならない程に具合が悪くなってしまっているがきっとそれも一時的なもの、少しすれば楽になるはずだと言い聞かせては相手に抱きしめられたままその肩に顔を埋めて。)
碧──、
(彼の心からの悲しげな言葉。痛いほどに伝わってくるその優しさに鈴の心はズキンと酷く痛んで。「壊れないよ、このままだと壊れちゃうのは碧だから、お願い。ね?」とカタカタと小さく震える手で彼の背中を優しく叩いて。自分の身を案じる彼と同じように、自分だって彼の身体が心配だ。怖くない、と言ったらきっと嘘になる。だが、まだ昼間の意識の彼ならば。湖のような青の瞳ならば、きっと怖くはない。)
…っ鬼になんて、生まれたくなかった──…
(相手の肩口に顔を埋めたまま、誘われるままに相手の背中に回した掌が柔らかく光を放ち始め。駄目だ、相手を壊したくない、居なくなって欲しくない、泣かないでほしい。そう思っているはずなのに一度心を喰らい始めてしまえばそれを止める事は出来ずに、しかし夜よりも格段に穏やかに相手の心を喰らって行き。悲しみが、砂漠に降る雨のように身体の渇きを癒し、急激に楽になって行く。強張って居た体から少しずつ力が抜け、顔色もだいぶ普段の白に戻り、相手の肩に顔を埋めたまま小さく囁いて。誰かを傷付けることでしか行きていけない鬼なんて。ごめん、と何度紡いだかわからない程に相手に向けた言葉、やがて少しずつ光が弱まれば相手の心を乱していた感情も穏やかに消え去り)
(心の波が揺れる、とはまさにこのこと。いつもならば嵐のように荒れ狂う心の波も、どことなくいつもよりも穏やかで、だがしかし穏やかだからこそその小さな苦しみを心は拾ってしまい鈴は小さな呻き声を漏らして。大きく瞬きをした瞳からはぽろりと涙が零れ、彼の背中に回した手は彼の着物をぎゅっと強く掴んで自身の苦しみや悲しみの波と戦い。ふっ、とその波が平穏を取り戻しては鈴はそのまま力を無くしてしまったかのようにゆらりと彼に寄りかかるように倒れて。「へい、き。大丈夫だよ、」とまだ涙の線が残る顔でへらりと力なく微笑んではもう顔色の良くなった彼の頬をするりと撫でて。)
(自分の身体が楽になった分罪悪感に駆られると少し悲しそうに目を伏せて。相手が倒れてしまわないように抱き締めたまま、相手の頬を滑った涙を拭い。嗚呼なんと愚かな鬼だろうか、耐えることも出来ずに人間に頼り自分を保っているだなんて。楽になりまた眠気に襲われたのか相手を離す事はないまま僅かに微睡み始め)
……私が、守るから、
(眠ってしまった彼を優しくぎゅ、と抱きしめた後にぽつりと呟いた言葉は、小さな決意。自分のように脆い人間に守るなんて大それたことは出来ないかもしれないが、それでも口に出してみるとなんだかできるような気がして鈴はほうっと息を吐き。まだ心が落ち着かずどきどきと波打っているものの、先程よりかは安定してきたのか鈴もうとうとと船を漕ぎ始めて。優しい陽の光に照らされた部屋の中はなんだかとても心地が良くて、彼と別れたあの日の続きのようで鈴は薄らと微笑み。)
(意識に薄い膜が張ったかのようにぼんやりとした微睡みの中、相手の声が聞こえた気がして。守られるべきなのは彼女の方なのに、という思いは声にはならず自分が彼女を守るなんて大それたことを言う資格は無いが相手の幸せを壊さないようにしたいと。せめて、鬼として相手を苦しめるぶん自分が相手を幸せにして、心が壊れないようにしよう。そう思いながら眠りに落ち)
ん、……?
(いつの間にか寝てしまったのか、鈴が目を開けるともう当たりはすっかり橙色に染まっており。夕方だ、とまだ覚醒しきっていない頭でぼんやりと橙色の世界をしばし眺めていて。彼の腕の中で眺める外の風景は、どこか現実味を帯びていない美しさで鈴の黒色の瞳にはその風景がただただ写真のように写っており。「きれい、」と思わず口から零れた言葉は、その場に鈴のように響いて床にじんわりと落ちて。)
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