悲しき鬼 2017-09-03 18:02:37 |
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(湯浴みも終わり新しい着物に着替えて、すっかり体はポカポカと暖かいのに心だけはどこかモヤがかかっているようにスッキリとしない。あんな事を言ったら彼が困るだけなのに。鈴はまだぽたりと雫が垂れてくる漆黒の髪を手ぬぐいで軽くぽん、と拭いたあとに彼がいるであろう縁側へと向かい。すらりと襖を静かに開けて縁側に出たものの、縁側にはふわりと湯気の立った湯呑みが置いてあるだけで彼の姿がいないことに気づき「……碧、?」と不安げな声で名前を呼び。まだ静かに振り続ける雨音を耳に流しながあたりを見回したものの傘は置いてあるままで、まるで神隠しにあってしまったかのようにその場にいない彼を目線で探しては不安げに眉を下げて。)
(花の小径の入り口へと向かい鬼の術を使って結界を強めると一息吐いて空を見上げて。見上げた空から降りしきる雨に再び着物が濡れてしまったと苦笑しつつ、相手はもう湯を出ただろうかとゆっくりと縁側の方へと歩き始め。足を止めたのは、花の小径に咲く花が地面に落ちていたからで。不穏なものを感じ、花を手で包み込み元の木へと咲かせて。そうしているうちに少し時間が経ってしまい足早に屋敷へと戻り)
(すとん、と縁側に腰を下ろす。雨粒に化粧された庭の華々たちはこの雨を喜んでいるかのようにどこか生き生きとしていて、鈴はそれをぼうっと眺めながら上半身を横に倒して。ひんやりとした廊下の冷たさを頬に感じながらそっとまぶたを下ろしては自分がこの屋敷に来たばかりの頃を思い出して。最初に彼と会った時に、本当に美しい人だと思った。まるで冬に咲き雪化粧された桜のように儚げで、それでいて凛としていて。無論今もその印象は変わらないが、彼は少し寂しがりだということが段々と分かってきたんだな、と頭の片隅で考えては、少しでも彼が心を開いてくれた証だと先程まで落ち込んでいた心がじわりと温かくなり。)
…そんな所で眠っていたら、身体が冷える。
(戻れば縁側に身体を横たえる相手の姿をその瞳に映し、困ったように微笑んでそう声を掛けて。羽織を掛けてやろうかと思ったものの自分の着物は濡れてしまっていて、これでは尚風邪を引かせてしまうと思い。「お茶を淹れたから飲むと良い、温まるよ」と言いながら縁側へと上がるとぽたりと水滴が床に滴り、ひんやりとした白い手で相手の髪を緩く撫で、相手の髪が濡れていることに気がつくと緩く首を傾げ自分の事は棚に上げたまま相手の後ろに腰を下ろして手拭いで髪を優しく拭き始めながら)
髪の毛も、きちんと乾かさないと。
ん、……ふふ、くすぐったい。
(手ぬぐいで優しく髪を拭かれる感覚に思わずくすくすと可笑しそうに笑ってしまえば幼い頃にも母にこうして貰ったことを思い出して心に暖かな炎が灯り。ぽたり、とふと自身の頬に降ってきた水滴に顔をあげれば彼が雨に濡れていることに気付いて目を丸くしては「!私よりも碧の方が濡れてるじゃない!風邪ひいちゃう!」と慌てて後ろを振り返り彼の持っている手拭いを少し拝借しては壊れ物を扱うように拭いてくれた彼よりも少し大雑把な手つきで彼の髪や肩周りを拭いて。)
鈴、私は大丈夫だよ、そんなに犬みたいに拭かなくても…
(自分は大丈夫だと驚いたように声をあげるもすぐに手拭いに視界を塞がれ、わしゃわしゃと髪を拭かれるとじきにくすくすと笑い出してしまいながらそう言って。水気の少なくなった髪は強く拭かれたことでいつもの真っ直ぐな流れる髪とは打って変わって犬のようにふわふわとしてしまい、白く乱れた髪の向こうで少年のように楽しげな青い瞳がのぞいて)
……ふふ、いつもの真っ直ぐな髪を素敵だけどこっちも可愛い。
(ふっ、と手拭いを彼の髪から離した時に見えた彼の髪はいつものように彼の真っ直ぐな心にも似たサラサラとした髪ではなく、まるで小さな子犬のようにふわりとした柔らかそうな髪になっており鈴は思わずくすりと笑ってしまい。「髪はきちんと乾かさないと、なんでしょ?」先程彼が自分に言った言葉をしたり顔で返せば、やっぱり彼の髪が可愛くて1度彼の白銀の髪を指で梳いた後にへらりと微笑んで。)
私が鈴の髪を拭きに来たのに。
ほら、早くお茶を飲んで温まって。
(楽しそうに笑いながら乱れた髪を手で簡単に整え、相手にお茶を差し出しつつ澱んでいた心が温かくなるのを感じて自然と表情は和らぎ。縁側に腰掛け直しながら不意に相手の肩へと頭を凭れさせ)
ふふ、ありがとう!
(彼から湯呑みを受け取ってはじんわりと手の平に伝わってくる温かさにまるで心まで溶けていってしまうような感覚を覚えればふにゃりと気の抜けた笑顔を浮かべ。早速一口、と湯のみの淵を唇に近づけたところふと肩に暖かな体温を感じれば「……なあに、?」と優しげな笑顔を浮かべながら彼の頭の方へ軽くこつん、と首を傾げて。彼と触れ合っている肩から伝わる優しい体温に思わず目尻を下げてはこんな事で気分の上がる自分は単純だろうかと思いつつ思わず笑ってしまい。)
…人は、温かいね。温かくて、優しい。
(相手に凭れかかり、その優しい体温を感じながら静かにそう言って。自分は、この温もりが好きだ。人間、というだけではなく特に温かい心を持つこの少女が好きだ。鬼という冷たい種族に生まれた自分も、相手と共に居て誰かを愛することを知った時の心の温もりは感じることが出来ている気がして。)
……碧もあったかいよ。それに優しい。
(彼の言葉に一瞬ぱちり、と目を大きく開いた鈴だったが、すぐに可笑しそうにくすくすと笑えば人だけではなく彼も暖かいと告げて。音もなく静かに庭に落ちる雨を眺めながら肩から伝わる彼の体温を感じては幸せだなぁ、なんてぼんやりと考えながら「それに、碧と居るととっても心が落ち着くの。」と静かに黒瑪瑙の瞳を瞑ってはゆったりと流れるこの時を慈しむように口元に微かな笑みを浮かばせ。)
どうしてだろうね。
(相手の言葉に嬉しそうに表情和らげつつそう答えると自分も目を伏せて、雨音に耳を澄ませて。ゆったりと流れるこの時間がとても幸せに感じて)
どうしてでしょう。
(本当は、理由なんてとっくに分かっているのかもしれない。それでも鈴は何も気付かない振りをして、触れ合う部分から伝わる彼の体温にただただ幸せそうに笑うだけで。さっき湯浴みをしたからだろうか、それともこの幸せなゆったりとした時間のせいだろうか。意識はだんだんと深い眠りに落ちようとしていて、鈴はせめて零さないようにと湯呑みをそっと自分の隣に置いてはこんなに穏やかなのは久しぶりだなぁとうつらうつらと船を漕ぎ始めて。)
ゆっくりお休み…幸せな夢を。
(船を漕ぎ始めた相手を見てクスリと微笑むとそう言って相手の額に触れるだけのキスを落として。だんだんと暗くなり始める風景を見つめながらざわりと身体の中で鬼が目を覚ましそうな感覚を感じて。心をすり減らし相当に疲れているだろう鈴を起こさぬように夢を混ぜた術を口付けに乗せてかけたため、夜に目を覚ますことはない。自分も今日は鬼の心を多く吸い取っているため夜はきついだろうと、そっとその華奢な体を抱き上げて部屋の布団へと寝かせるとその部屋自体にも穏やかな夢の術をかけてやり。)
───碧……、
(すぅすぅと安らかな寝息を立てながら、夢の海に潜ったままの鈴は無意識に彼の着物の袖をぎゅっと握る。どこにも行かないで、と彼の着物の袖を握る小さな手はまるで彼を緩く縛り付けるような鎖のようで。ふにゃり、と幸せそうな笑顔を浮かべながら寝言で彼の名前を呟くその純粋な彼女が握っているとは思えないその鎖は、外せばいつでも外れるような鎖。だがその緩い鎖は彼女にとっての蜘蛛の糸で、彼の袖を掴む白く小さな手は無意識下に握る力を強めて。)
鈴──…君が、堪らなく好きだ…どうか今だけは、安らかな夢の世界に。鬼の脅威に怯える必要はない…
(眠っている相手に届くはずもない呟き、一度相手を抱きしめるとその力がそっと弱まり相手の手を優しくほどくとまた布団へと寝かせて。自分の感情が術を弱めてしまうことなど知りもせず夢に包まれた部屋を後にするとまだ小雨の降る縁側で不意にがくりと崩れ落ち。ああ夜が来たと、頭の中は酷く冷静でそれでも昼間に吸収した鬼の力は絶大でその体を痙攣させて。鬼になどなりたくないといつもと同じように痛みに抗う瞳には涙が浮かび。)
(夢を見た。彼と手を繋ぎ、美しく花たちが咲き誇る小路を2人で笑い合いながら歩く夢。何を話していたかは思い出せないけれど、ただただ温かくて優しい時間が流れていたことは覚えている。ふと、1つの花に目が移った。白くて凛としていて、たった一つだけそっと咲き誇っている花。まるで彼のようで、鈴は嬉しそうに隣の彼を見るがいつの間にか隣にいたはずの彼が居ない。残っているのは、暖かった手の温もりだけ。周りを見ても、在るのは一人の自分を嘲笑うかのように煌びやかな花を咲かせている花ばかりで、先程見つけた花もどこかへ消えてしまった。──怖い、誰か、助けて、一人にしないで、ねぇ、「碧!」ぱちり、と目を開ければ見慣れた天井が目に入る。…夢かぁ、と深い安堵の溜息を吐けば上手く幸せになりきれない自分の夢にまるで今の自分たちのようなメタファーを感じて思わず拳をギュ、っと握り。)
どうして、…幸せになることすら、──…
(はらはらと透き通った涙の雫が零れ落ち、小さく囁くように零れた言葉。鬼の力が身体を支配し始め、相手にもかけた夢の術が少しずつ制御が効かなくなっていく。赤と青の混ざった瞳、相手が目を覚ましたことには気づかずに蹲ったまま碧のいる部屋だけが暗く闇に包まれ始める。碧が作り出しているのは悪夢、鬼に支配されかけている今これまでは現れることのなかった本来の力が動き始めていて。真っ白な肌はわずかに青ざめ顔を覆ったまま、少しずつ黒い靄が部屋からあふれ出して行き)
また少し遅くなってしまったね、ごめん。
っ、……
(ぞわりと背中をナニカが這いずるような感覚に思わず鈴は飛び起きてはあたりを見回して。粟立った両腕を擦りながら部屋を見回しても、特に異変もなければ違和感もない。だが、確かに何かに嫌な予感がするのだ。鈴は乱れた服を整えることもなく部屋を飛び出ては、自身に宿る嫌な気配のみを辿りにひとつの部屋へと向かい。「碧ッ!」中を確認せずとも部屋から溢れ出ている黒い靄で此処がこの嫌な気配の正体だと分かる。一瞬その仰々しい黒い靄に怯みかけたものの、ギュ、ッと唇を真一文字に結べば意を決したように部屋の中へと飛び込んで。)
平気よ、大丈夫!気にしないで。
─── … こんにちは。
うふふ、雨に濡れた桜を見ていたらね、何だか突然この場所を思い出したの。
もう何年も経っているのに、人の記憶って不思議ね。
もうきっと碧はここには居ないだろうけど、
……でも、ふふ。なんだか懐かしい。変な感じがする、あったかくて、でも胸が寂しくなるような。
あの時は言えなかったけれど、だいすきよ。
またね、碧。
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