黒猫 悠華 2017-05-22 16:43:58 |
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夢はシンガーソングライター、なんて言うのはもうやめた。分かってはいたけど現実はそう甘くなかったし、何かがある度に私の心はすぐに折れて、現実という壁を登ることを諦めてしまう。何を作っても何を歌っても、全部全部同じに聞こえる。一時、忙しい仕事の合間を縫って路上で弾き語りをやってみたけど、通行人の目を引くことすら出来なかったし、次第にちらちらとこちらを見てくる目が怖くなった。
だから今はそんなことをやめて、一週間に何回かだけ、一人で飲んだ帰りに一通りの少ない河川敷でマイナスな気持ちを紛らわすように歌を口ずさんでいた。自分の部屋じゃ隣の人が怖いから、最近出来た彼氏といても今まで一緒だった飲み友達といてもなんだか居心地が悪いから、今までの趣味だったピアノもギターもなんだかしっくり来ないから……。色んなものが重なって疲れ切った私はわざわざ河川敷にまで来て、空に自分の声が溶けていくのを聞いて心を休ませていた。その時だけは、私だけの時間だった。
六月に入るある日。いつも通り一人で飲んだ帰りに河川敷へ足を運ぶと、運悪く雨がぽつぽつと降り始めてしまった。傘も持っていなかった私は帰ることを決め、河川敷の方へ進みそうになった足を引っ込める。とその時、私の頭上から聞き慣れた音がふいに聞こえた。その音は傘のビニール部分に雨が当たる、あの独特な音だった。
「……今日は、時雨ですね。今日はもう帰りますか?」
後ろからかけられたその声に驚いてばっと勢いよく振り向く。そこには物腰柔らかそうな顔をした、スーツ姿の男の人が立っていた。私の方へ傘を傾け、私が濡れないように配慮までしてくれている。
「ごめんなさい、突然話しかけてしまって。傘を持っていないあなたを見かけて、どうしても気になって」
私が自分を怪しんでいると勘づいたのか、彼は怪しいものではないんです、と少々慌てながらに手を振った。そんな姿に思わず声が漏れてしまう。素直に感謝を伝えると、彼はふわっとした笑みに戻って少し歩きませんか、と私に提案してきた。私には彼がどうも悪い人には見えなくて、少しだけならと私は彼と歩き出した。
「この辺りが私の帰り道で……ある日ふとあなたの歌声が耳に入って、勝手ながらに聞いていた者です。誤解させてしまって、本当にすみません」
歩き出すが否や、彼は私の方を見てそう言った。その瞳は嘘偽りがなく真剣で、私にだってこの人が根っからの誠実な人なんだろうなと察することが出来た。それから少し歩きながら話をして、私の家の近くで雨も止んだので彼と別れた。
彼と出会って話をして、久しぶりに胸があたたかくなったような気がした。それに気付いた私は、彼が曲がり角に差し掛かる直前に感謝を伝えると、彼は私の方へ振り返って微笑んで言う。
「こちらこそ。またあなたの歌声、勝手ながらに聞かせてくれませんか」
少しだけ言葉を詰まらせる。自分の歌に自信なんて持ったことがなかったから、人に聞かれるということは今の私にとって、とてもとても大きなことで。でも彼なら、と思って問いに対して頷くと、彼は一礼してくれた。そんな彼の姿が見えなくなって、私は一息つく。
私は今、いつぶりかも分からないような、とても穏やかな気持ちだった。もしこのままベッドへダイブしたら、そのまま寝てしまいそうなくらい、気持ちがふわふわとしていた。そんな気持ちが収まらぬまま、一日が過ぎていった。
それから三日ほど経っただろうか、私はほぼ日課と化してきた一人飲みを軽く終え、いつもの河川敷へと足を運んでいた。先日会った彼のことが忘れられぬまま、モヤモヤしていた気持ちを晴らすために私は歌い始める。
私には彼氏がいる。でも自分が弱っている時に優しくされたら、勘違いだってしてしまう。今の彼氏なんて、アプローチがあったのは最初だけで最近はほぼ放ったらかしだ。浮気でもしているのではなかろうか、そんなことする人柄ではないことは知っているが。だけど私には色気も何も無いから、付き合いにくいから……やっばり彼には私じゃダメだったらしい。
彼氏とのことがあって覚えた、淡い恋の曲を歌いながら、星が光る暗い空を見上げていると、後ろから声をかけられた。
「こんばんは」
聞いたことがあるその声に安堵し、後ろを振り向くと案の定、先日お世話になった彼の姿があった。
「久しぶりです、覚えてくれてますか」
私がこくりと頷くと、彼は安堵した表情で私の隣に腰を下ろした。彼も飲みを終えたあとらしく、河川敷沿いに建てられた街灯に照らされた彼の顔がほんのり赤く染まっていることに気付いた。そんな彼が私を見てにへらと微笑んだので、私も控えめに微笑み返す。
「今日は晴れてますね、昨日まで夜も雨が降ってたのに。星が、綺麗だ」
私がそれに同調すると、それきりしばらく沈黙が続いた。だけど、自然と気にならなくて、心地いいとさえ思ってしまう。彼と一緒に星を眺めていると、彼があっと声を出して私の方を向いた。
「」
「なんでだろうね。不思議だよ、君の歌声は」
「なにがです?別に、普通ですよ」
「会っているうちに、思うようになった。才能に恵まれているのに、何でそんなに寂しそうに歌うの?」
歌が歌えない。友人に貶されたあの日から、一度も歌ったことはなかった。彼自身は軽い言葉だったのだろうけど、僕にとってその言葉は威力のある鋭い刃だった。そんな僕はある日、とっても綺麗な歌声に出会った。それだけだ。
ただの一目惚れで、それでいて自分が歌っていたあの時のことを懐かしむような感覚だった。
「……雨音が、響いてますねぇ」
窓から夜空を眺めながら、僕は自嘲気味に笑った。
ノスタルジア~異郷から故郷を懐かしむこと
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