黒猫 悠華 2017-05-22 16:43:58 |
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。プロローグ。
「最初の質問」
何もない、空虚な空間で、君がよく通る声が、俺を呼び掛ける。
「君はなんであの日から私といた、の?」
君は意図的に過去形にした。それが少し、つっかかった。
「···次の質問」
どんどん君が遠ざかっているようにみえる。ああ、いつもの、君みたいだ。
「···君はなんで私を見つけたの?」
ここで何も言わなかったら、何もしなかったら、きっと後悔する。
「じゃあ、最後の質問」
待って。
そういった、つもりだった。声が思うようにでない。あーあ。いつでも出せるように練習しとけば、良かったな。
「どうして、君はしゃべれないの?」
分かってて言っているのか?君は。しゃべれないんじゃない、しゃべりたくないのも、知ってるはずなのに。
君が遠ざかっていく。
待って、待ってくれ。まだ君に伝えたいことがあるんだ。
俺が出す音はどれも、息だけのもの。そんな自分に腹が立つ。声を出したいのに、出せないことが、嫌で嫌で。でも出そうとしないのは、出したくないのは俺で。
君が見えなくなったころ、俺はやっと言葉を発する。
「________________________」
次は、キャラしょーかい、する予定。
大体設定決まったんで、あと、名前とかだけ、、。
いい名前ないかな、、。((毎回名前とかの設定でつまづく人
声が出なくなった男の子。
玉森 敦 タマモリ アツシ(18) ♂
168cm 誕生日 10/12
容姿・ヘッドフォン、マスク常備。音楽は大体ロックとか、周りの音が消せるやつ。ジャンルは別に気にしてない。紫がかった青のパーカーにダボダボ(足袖を踏むくらい)のズボン。フード被ってる。スニーカー。夏も中の服を変えるくらいしかしなくてほとんど一年中このままな感じ。冬はたまにマフラー。前髪長い。黒髪長髪。ちょい猫背。つり目。目つき悪い。たまに見せる微笑みは普通にかっこいい。でも大体意地悪いことしか考えてないし、意地悪い笑みしかしない。細身。身体中にあざ。声を失う前は、大体今の逆。前髪短かったし、半袖半ズボンが多かったし、性格もまがってなかった。歌上手かった。(追加あったら後々)
詳細設定・声を失った(経緯は小説(笑)内にて)。失う前は音楽を聞くより歌う派だった。よく笑う子だったものの今はさっき説明した通り。目に光もなくなった。外嫌いだけど、こんなになった自分のことを悪く言う両親の方がもっと嫌だから、平日は大体外いる。公園かゲーセンか、病院で暇潰し。ジェスチャーも字も下手だから感情表現しなくなった。どうしてものときは、紙とペンを一応常備してるのでそれ使う。歌下手なやつ見るとイライラする。
一人称「俺」 相手のこと「お前/あんた」
イメカラ 青紫
自分のこと好きじゃない。というか嫌い。
いつも通り、病院へ来ていた。
白い建物の中は、優しい顔した看護婦さんとか目が虚ろな患者とか、様々な人がいる。
ロビーで座っているといろんな人がいて、観察できる。観察している間は、ほぼ何も考えていないからか一番落ち着く。
俺は、小さい頃に声が出せなくなった。そのせいで病院へ通院している。今日はちゃんと診断目的で来た。まぁ、ここがなんか落ち着くから、診断しなくていいときもここへ足を運んでいる。
"声が出せない"。
今の俺ならまだしも小さい頃からだったこの症状は、気持ちを伝える唯一の手段を封じた。手話とかもめんどくさかったというのもあって習ってない。結果的に俺は、人に自ら気持ちを伝える、なんてできないのだ。だから、日常的にめんどくさいことに巻き込まれる。
「···君、一人?」
見慣れない人影に首をかしげる。
誰だ、こいつ。
《そう ですけど》
俺は途切れ途切れにそうかくと、今度は相手が首をかしげる。
「なんで、話してくれないの?···あと、字、汚い」
この子は初対面でもズバッとしたことを言う人なのか。めんどくさいな。
思っていることを顔にこれでもかというくらいに出し、またサラサラと汚い字をかく。
《しゃべれねえの よけいなおせわ》
俺も文面ならズバッとしたことが言える、と自分では思っている。
字が汚いのはおいといて、なぜオールひらがなかって?漢字がめんどくさいからだよ。
「よ、けいな、おせ···なによ、余計なお世話ってー!!」
あーうるせぇな。そう思いながら立ち上がろうとすると、目の前にいる女は俺の肩に手をのせ、力を入れた。立てない。
目線を上にやり、目の前の女を睨み付ける。
「ちょーっと手伝ってもらいたいことがあるんだけど···。あ、声出ないならだめ、なのかな···?」
声が出ないから、だめ。
何回も言われた言葉だった。大抵は別にどうでもいいことだったけど、1つだけ、声が出ないことを理由に封じられるのが嫌いなことがあった。
《なにそれ》
「いやー今度学校で合唱するんだけど、私音痴だからさー、周りにすごい言われるの。でもそれが嫌で···。だから誰かに聞いてもらおうと思って」
嫌いなこと。音楽に関することだ。
元々、歌を歌うのは好きな方で、暇があれば流行ってる曲やらなんやら歌って、と頼まれたものだ。歌が上手いねと言われた。声が綺麗ねと言われたこともある。
唯一の武器を失った俺は、もう何も持ってなかった。
《 きいてやるよ それくらいはいいだろ 》
「えっ、ほんとっ!?」
キラキラさせて俺を見つめる瞳。見ていると吸い込まれるような瞳。そんな瞳が俺を掴んで離さない。でもなんでだか吸い込まれてもいい、そう思えるような綺麗な瞳。
俺が頷くと、病院だっていうのにはしゃぎはじめた。
「やったー!じゃあこっち来て!良いとこあるの、ね!!」
俺は引きずられるようにして、女の子のあとをついていった。
来たのは病院の屋上。高いフェンスが威圧するかのように立っている。
ここの病院は屋上を解放しているが来る人は少ない。ここに来るまでが結構めんどうだからだ。病棟とは別のとこにあるし四階まであがるのも、めんどうな要因の一つ。
そこへ女と二人。なんなんだこの展開。
「じゃあ、歌うね。"あなた"って曲なんだけど、知ってる?」
俺は首を振る。"あなた"なんて曲、心当たりはあるけど二つ三つあるし、俺が知らないあなたかもしれないから。
「そっか。まぁいいや、歌うね」
女は(···名前聞いてなかったな。)大きく息を吸う。
そして唇から放たれた音程は最悪だった。この世にこんな音痴が人間がいるのか。でも、声は、キレイだった。いや、今はそれ以前の問題だ。
俺は直ぐに紙を手にもち、女の方へつきだす。
《 やめろ 今すぐ 》
女の歌(?)が止まった。
「え、どうして?」
《 どうして、じゃない なんだそれ 》
紙を突き出すと、女の子は途端に怒り出す。
「なっ...人の歌をそれ呼わばりするなんて...っ!!!」
だから女の子ってのは分からない。なんで真実を告げると怒り出すのだろうか。多分俺には一生分からないんだろうな...。
「...まぁ、そーだよね。そういわれても、仕方ない、よね」
なんて思った途端、今まで感情高揚していた女の子が急にシュン、となる。喜怒哀楽が激しいのか、今まで無理していたのか、これも一種の作戦なのか。まぁ、この馬鹿っぽい子のことだから三つ目はないと思うが。
「私、音痴なのは自覚してるんだ。でもね、どうしても上手くできなくて。もう...困っちゃうよね」
《 , ,歌えない人の前で そんなこというな 》
「でも..,っ!何度もやったんだよ、歌いたくて」
《 でもまだうたえるならうたえばいいだろ 》
自分でもわかってるつもりだ。
「こんなんじゃ、歌いたくても歌えないじゃん!!!」
言葉が雑になってきてる、って。俺も、この子も。
《 うたいたくてもうたえねーのはこっちだよ ぜいたくいうなよ 》
《 おんちならおんちなりにどりょくしろ おくじょうでおおごえでうたう とかな 》
《 なんでおれのまえでそんなこというんだよ 》
《 ふざけんな 》
本当に歌いたいのは、こっちだ。
武器を奪われた主人公なんか、主人公じゃない。モブだ。俺は、モブなんかになるなんて、絶対嫌だった。
「...ねぇ、大変、誠に言いにくいことが三つほどあるんだけど」
《 んだよ 》
「字、読めない。名前何?もし良ければなんだけど、良ければ、なんだけど」
今までの紙を見返す。あー。読めねぇ...。
名前はこっちも聞きたかったな、もう二度と近づかないように。
「... 私の音痴、治して、くれます、か」
少し間を置いて、俺はかいた。
《 名前 》
「へッ?」
《 教えろ 》
間抜けな顔のすぐ目の前の、音痴でドジの俺が嫌いなタイプの女。でも、吸い込まれるような瞳と声を持っている。...羨ましい、なんて思った。
「...由羽。海老名 由羽(エビナ ユウ)。海老の名前に由来の由に羽ってかくの」
《 由らいの由に羽って、めずらしいな 》
そうかくと、なにかあるでしょみたいな目でこっちをみてくる由羽、いや海老名って呼ぼう。なに、というような目で返すと、名前、と言ってきた。
「君の名前は」
《 あつし 》
海老名は微笑みながら俺の名前を言う。
「...あつし、くん。あつしくん」
そんな海老名に名前を聞いた本来の目的を伝える。
《 えびな、いいか 今後一切俺に関わるなよ いいな 》
海老名は俺のかいた紙を二度見し、再度こっちを見ると、自虐的な顔で笑った。
「...君も、私を、見捨てるんだ。みんな、私のこと、見捨てて」
めんどくさい。そう思った矢先、海老名は言った。
「君も、偽善者なんだね」
偽善者。"偽善者"。"ギゼンシャ"。
『やっぱ結局君も偽善者なんだよッ!!!』
思い出す。記憶の波が押し寄せる。あいつの顔が浮かぶ。
なんだってんだよ。もう、思い出さないって、思ってたのに。
『...もう、ほっといて』
どうせ、みんな俺から離れてく。分かりきってるそんなこと。俺が、偽善者だから。
...違う。違う。俺は、偽善者なんかじゃない。偽善者なのは世界の方だ。理不尽なことばかり押し付けてくる世界の方だ。
「...ごめんね、変なこと頼んで。もう、気にしなくていいよ」
...ほら。みんなこんな風に離れてくんだ。
俺は屋上の扉を開け、一階まで足早にかけ降りた。外への扉を開けると、赤いものがあった。
一瞬で分かった。だって、一回見たことがあるから。
目の前のものは、赤いものは、さっきまで話していた、海老名だ。
周りに人はいない。誰も助けてくれない。また、俺しか、いない。やらなきゃ、死ぬ。
!!¡¡!!
体中痛い。痛い痛い痛い。
目を、開けた。白い、天井?
私、生きてんのか。あー、あ。
黒いかげが一つ。両親かと期待したけど、まぁそんなことはないだろう。
紙が一枚、私の目の前に差し出された。キレイな字がかかれている。"大丈夫か"。が、紙はしわくちゃだ。
なんとか首を横へと動かすと、そこにあつしくんがいた。
「...あ、つし、くん...?」
私が途切れ途切れにそう言うと、あつしくんは頷いた。と、同時にあつしくんがナースコールを押してくれた。
何故かあつしくんの腕に点滴がついている。何故か私は生きている。何故か、あつしくんは私の隣にいる。何故かは、分からない。
「...私...」
点滴のせいで書きにくそうにしながらも、みたことのある汚い字で紙を汚していく。
《 なんで おちた 》
会ったときから変わらない仏頂面でこっちを見るあつしくん。会ったときにしていた笑顔が出来なくて焦る私。
「...なんで、って...」
《 おれが 偽善者、だから? 》
それをかくと同時に、あつしくんは少しうつむいた。私がなにも答えずにしていると、あつしくんはまた書き出した。
《 おれが、わるい よな 》
《 ごめん 》
《 許されることじゃ ないけど 》
「...ううん、ごめんね、こっちこそ。飛び降りたり、しちゃって。なんだか飛べる気がして」
そういって少し口の端をあげる。まためんどくさいっていわれないように。...でももう思われてると思うけど。
「ほら、私の夢って、空、飛ぶことだから」
《 お前のゆめなんか しらねぇよ 》
《 むりにわらうな きもちわるい 》
ああ、なんでこんなこというんだろう。
あつしくんは書いたあとの紙を裏まで使ってポケットにしまう。会ったときからずっとそうしてた。
「...女の子に向かって気持ち悪いはダメだよ、あつし、くん」
そういいながらも、笑うことを忘れたのか、自然と涙が私の頬を伝ってくる。
「あー、あ。もう...私、笑ってなきゃいけないのに」
《 そんなことだれがきめた 》
「...誰も、決めてない、けど。でも」
私が言う前にまたあの汚い字で、私を追いつめた。
《 なきたいときはなけ わらいたいときにわらえばいい 》
なんでこの人はこんなことが言えるの。私を突き放したくせに私を自分の方へ引き寄せて。何が楽しいの
私は拳をぎっと握りしめ、泣いた。声を押し殺して、泣いた。人前で泣くのは小学生以来かもしれない。
「こんな、ことし、て、わた、しを、どうする、つもりなのよ」
《 別にどうもしない 》
「それは、わたしが、許さない、から。なんか、して」
途切れ途切れにそう言うと、あつしくんは苦い顔で、でも自傷的に少しだけ笑いながら紙に自分の言葉を書く。
《 俺が偽善者じゃなくなるには どうすればいいんだ 》
!!¡¡!!
自分を自分で笑う。なんでこんなことかいてんだろ。気持ち悪い。自分に吐き気がする。
裏がまだ真っ白な、表に柄にもないことをかいた紙をさっとポケットの中にしまう。くしゃ、って音がした。その音を聞くたびに、また自分の声を潰したんだな、とか、また自分を殺したな、とか思ってしまう。
また新しい紙を取りだし、ささっとかいて、相手に見せる。
《 ゆるしてもらわなくったっていい 》
《 今、俺が消えれば あんたは俺をわすれる 》
見せた瞬間、海老名は俺の顔を見て、かろうじて止まっていた涙をまた溢れ出させる。
「こんなこと、してくれて、忘れる、わけ、ないじゃん...!!」
俺は海老名からなにもかもを背けるかのように、椅子から立ち上がり、病室から出た。
病室独特のにおいが一層、強くなっている気がした。
白い廊下に、今にも倒れそうな人や本当に病気なのかと疑うくらい元気な人、今にも泣きそうな子ども。一人一人が一つの花に見える。いつ枯れるか分からない。危うく、美しい花。
...俺は、どうだ。
歌うことを諦めた、枯れた花の成り果てじゃないか。
海老名は、必死に努力しようとした、上を向いて誇り高く咲く"華"じゃないか。
俺はその華を潰してはいないことを祈ることしかもう、出来なかった。もう会う気にもなれなかった。会いたくなかった。だから俺は病院から出てすぐ、家近くの公園まで駆けた。逃げるように、全速力で。
昨日は診断目的で来たはずだったのに、あいつのせいでまたここに来る羽目になった。
待合室で一人、座って待つ。病院、ということでイヤホンで音楽を聞きながら、海老名のことをできるだけ思い出さないように。昨日から海老名が頭にちらつく。忘れようとしても、ふとした瞬間にフラッシュバックする。
前と、同じように。
「玉森あつしさまー」
名前を呼んだ看護師を見て頷き、イヤホンを外し、診断室へ向かった。
看護婦さんついていっていると、視界の片隅に見たことのある人影が見えた。...海老名だ。
俺はその存在をなかったことにして白い廊下を進んでいった。
診断が終わり、受付に呼ばれるまで待合室で待っていた。
すると唐突に、後ろから肩を掴まれた。掴まれた、といっても掴んだ手はとても小さな手のようだった。
後ろへ振り向くと、頬に小さな人差し指が刺さった。
「ふふ、おにーちゃん、ひっかかったぁー」
そういってイタズラっぽい笑みで笑ったのは、小さな男の子だった。
喋れないので、眉間にしわを寄せる。誰なんだこの子は。俺は知らない。
紙を取りだし、さらさらとひらがなを書いていく。字体に少し気にしながら書き終わると、男の子は不思議そうにこちらを見ていた。
《 きみはだれ? どうしたんだ? 》
男の子は紙をじっと見つめ、数秒経つとこちらの顔を見てにっこり笑った。
「僕は悪い子。海老名ちゃんからの伝言を伝えにきたんだ」
そう言うと、空色が基調の小さな紙をはい!、と言いながら差し出してきた。いろいろな疑問を覚えながらもその紙を受けとると、男の子はじゃあね、と言って白い廊下の向こうに消えていった。
渡された紙をそっと開くと、丁寧な字が書かれてあった。
病室に来てください。いつでもいいので、待ってます。
俺は盛大なため息をつくと、紙へ睨みをきかせながらも、男の子が消えていった白い廊下をゆっくりと歩いていった。
¡¡!!¡¡
がらりと1つの扉を開けると、窓の向こうを見つめる少女が1人。音がしたからか、それとも客人を待ちわびていたのか、こちらをさっと振り向く。
「...あつし、くん?」
肯定も否定も出来ないため、無言で少女...海老名の方へ歩み寄る。
「なんで...?昨日、帰っちゃったのに」
昨日はあんなに明るかった海老名の面影はすっかりなくなり、少々やつれたようにこちらを見ながら首を傾げる。
俺はさっき貰った紙とともに、自分の筆跡のある紙を差し出す。
《 これ こーゆーの無視できない性格でして 》
《 で、なに? 》
「...なに?これ」
続けてまた、自分の言葉を書いて差し出す、と同時に海老名が声を出す。
「誰からの紙?どういう、こと?」
《 さっき、男の子から お前からっていってもらった 》
「私、そんなこと、してないよ。そんな紙も、持ってないし...え、どういうこと?」
食い違う。
確かに俺は、海老名から、といってこの紙をもらったはずだ。なのに海老名はそんなことしてない、という。
どういうこと、と聞きたいのはこっちも同じだ。しかし、互いに分からないことを言い争ったって紙の無駄だ。
《 まぁいいや じゃあ帰る 》
俺が後ろを振り向き、手を振る。少しだけ期待していた、なんて言ったら笑われる。
「待って、待ってよ、ちょっとだけ」
扉に触れていた手を引っ込め、再度海老名の方を向く。
その様子を見た海老名は、ほっとしたような表情を浮かべ、数秒おいて口を開く。
「偽善者さん」
それだけ言った海老名は口を閉じる。俺は言葉を書く気にもなれなかったので、その場に立ち尽くすように黙っていた。
「今ある傷が治るまで、私の隣にいて。君が偽善者じゃないっていうことを、証明して」
イエスかノーか。答えはそれだけでいい。ノーを選べばもう海老名と会わなくて済む。イエスを選べば。
俺は、ぎこちなくコクリと頷いた。
その日から、俺は三日に一回は海老名の病室へいった。
あのとき、どうすればいい、と聞いたのは俺だ。だから相手の望むことをしている。ただ、それだけ。
海老名の病室はいつも静か。俺が来ても静か。
何故か、って?
海老名が俺に合わせて、大きなスケッチブックに二人で筆談しているから。
紙とペンが擦れる音、海老名が息を吸って吐く音、俺が息を吸って吐く音、それとたまに海老名がくすりと笑う声。
海老名の体が良くなってからは屋上へ行って、海老名が歌う。俺が隣でダメ出しする。病室に帰れば静かに筆談。
そんな日々だった。
ある日、俺がいつも通りに病室の前に立つと、女の人の声がした。しかも怒鳴りつけている声だ。
俺はその女の人と会ってはいけないような気がした。
一旦休憩所のような場所へ行き、自動販売機で炭酸ジュースを買った。
がこん、と音がすると同時に下から出てくる暗い色の炭酸水。それを手に取り、ふたを開ける。ぷしゅっ、といい音がした時、休憩所に誰か入ってきた。そんなことお構い無しに椅子へと近づき、ごくごくと飲む。喉へ刺激が気持ちがいい。
とたんに声を掛けられた。
「いい飲みっぷりだね、おにーさん」
その声の持ち主は、先に休憩所にいた年老いたおじいさんだった。頭皮が見え隠れし、年を感じさせるしわの入った人だ。
どうも、と伝えるように俺が頭を下げるとそのおじいさんはガハハ、と豪快に笑った。
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