「 どうしてさみしそうなかおしてるの? 」
5歳の誕生日、鬱蒼と木が生い茂る森の中にひっそりと佇む祠を見付けた。お供物など無く、所々苔に塗れ壊れ掛けた祠に手を伸ばそうとした瞬間───すてん、と後ろ向きに転んだ。喩えるならば強風に煽られた様な。ぱちくりと瞬きをする自分を押さえ付ける様に乗る、綺麗な男の人が居て。頭をぶつけた痛みさえ忘れて呟いた言葉と驚いた男の顔は今でも鮮明に憶えている。
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両親は仕事で忙しく、毎日の様に祖父母に預けられていた少女は或日、祠を発見して興味本位で近付く。好奇心の赴く侭、手を伸ばすも其れは叶わず、転ばされた少女は自身のを押さえ付けた綺麗な男を見て思った事を告げる。其れを聞いた男は驚いた様な表情を浮かべ、風と共に姿を消してしまう。
次の日、どうにも気になり祖母お手製の御稲荷さんを持って祠を訪れた少女。待てど暮らせど一向に男が現れる気配は無く、夕日と共に帰宅する少女の背を見遣る一対の瞳。供えられたプラスチックのパックに入った御稲荷さんを食べた男は再び風と共に姿を消す。
それから毎日毎日、少女は祠を訪れた。男は一度も姿を表さず、少女は日暮れ頃には家に戻る。其れを幾度と無く繰り返す事一週間。
少女は時に御稲荷さん、時に油揚げ、何故か狐が好きそうなものばかりを持って来ては供え、日暮れ頃には家に帰るを繰り返していた。男は何時しか少女からのお供物を楽しみに待つも姿は表さず。
或日、少女が何時もの様に祠を訪れると、一枚の葉っぱが祠の中に入っていて。恐る恐る祠に手を伸ばし葉っぱを取ると『美味』の二文字。爪で掻いた様な凸凹した文字に、持って来た御稲荷さんを置くと早々に帰宅した。背後であの男が満足気な表情を浮かべていたとも知らず───。
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それから数日、少女は親の転勤の為、両親と共に暮らす為、祖父母の家から引っ越した。男が待てど暮らせど、何時になっても少女は現れる事が無かった。
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「 あの人、居るかなぁ…。 」
それから12年、祖父の葬儀で祖父母の家を訪れた少女は手伝いの合間に祠を訪れる。───祖母が参列者の為に作った御稲荷さんを持って。
あの時よりも更に苔が増えた祠を見遣り、再び供えて戻ろうと思った矢先─────
あの時と同じ様にすてん、と倒された身体。息苦しく無い、それでもって身動きが取れない程の重さで伸し掛るあの男。
「 待ちくたびれましたよ、本当に。 」
綺麗な男は、とても綺麗な笑顔でそう言った。
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