攻め女子 2017-02-03 22:39:53 |
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はい。正直に申し上げて、痛いです。
(首筋に何か刺さるような感覚がして漸く冷静さを取り戻し、噛まれていることは事実として認識出来たのだが何故相手がそのような行為に至っているのかまでは己の理解力が及ぶものではなく、とにかく今は相手を不用意に刺激するようなことはしない方が良いだろうと判断し潔く肩から両手を離し、代わりに上着のポケットに手を入れてそっとスマホを取り出しておき。ややあって気が済んだらしい女性が離れていくと若干体がふらつき、それでもバランスを取って踏み止まれば相手の質問に極めて正直に応答した後、噛まれていた首に手をやり血液が僅かに付着していることを確認しては110番しようと端末の電話機能を呼び出し)
あなたがどういう理由で私を噛んだかは理解しかねますが、これは客観的に見て傷害事件と判断します。よって、市民の義務として通報させて頂きます。
待って!今からでも対価を払わせてください!あなたの血は極上品だし、私も思わずたくさん飲んじゃったからお詫びに何でも…あっ、待って。やっぱり何でもは駄目ね。悪事にはだけは絶対手を貸しません。――私はただの吸血鬼、だもの。
(傷害事件や通報といった物騒なワードが相手の口から次々に飛び出せば、ぎょっと目を丸くし弾みで自分も立ち上がり。すぐに表情を正し相手の言葉に共感するように幾度か頷くも、その口振りは痛みや対価の有無を気にしており、相手の主張とも微妙にズレていたが。このまま警察のご厄介になるような事態に甘んじる訳にもいかず、相手がコールする前に待ったをかけ。焦っていても気を引く言い方をわざと選んでいるのはもはや癖とでも言うべきか。舌が回ってきた所で思わず口をついた何でもの部分を慌てて訂正した後、自嘲的な笑みを浮かべ。口端には自らの正体を裏付ける肉食獣のような長く尖った牙が覗いていて。)
吸血鬼――ですか?私の理解が正しければそれは空想上の生き物だと思うのですが、ヘマトフィリアと呼ばれるような嗜好ではないのですね?
(今にも親指は発信ボタンを押してしまいそうなほど画面に近かったのだが相手の主張が終わるまではきちんと何もせず黙って最後まで耳を傾け、彼女が発した日常生活ではあまり聞く機会の無い名称に思わず疑問符を口にして。しかしながらファンタジーと断ずるには相手の唇から覗き見える牙は確かに普通人間に生えている八重歯より鋭く長さもあるように見え、鵜呑みにもしないが完全に疑ってかかるようなこともせず、可能性として稀に見られる特殊な嗜好の類ではないのかと確認を。だが、そこで不意に鼻の奥がむずむずしてくしゃみが出てしまい、謝罪してから場所の移動を提案してみて)
くしゅっ!――失礼しました。
ここは寒く尚且つ話し合いには不適切な場所かと思いますので、お時間があれば室内で話しませんか。
随分とマニアックな嗜好をご存じですね。…でも違います。先程も言いましたけど私は吸血鬼ですから、空腹を満たす以外では吸血しません。
(こちらの言い分を端から否定するような空気ではないらしく、相手をからかうくらいの余裕が生まれたが、吸血鬼の沽券に関わる疑惑にははっきりと首を横に振って否定して。そこへ相手のくしゃみが聞こえ、どうやら人間には厳しい寒さであることを知ると続けて謝辞を口にし。まさか相手の方から対話の場を設けるという話を振られるとは思ってもいなかったがこれは僥倖。控えめに微笑み頷く裏で、改めてきちんと契約を交わし正式に血を提供してもらえるように今から思案を巡らせ。この辺に土地勘がないのは本当だが、ここぞとばかりにきょろきょろと辺りを見渡し、見当もつかないと小さく溜息を吐き)
いえ。私のほうこそ気が付かなくてごめんなさい。そうですね。どこか中に入りましょう。でも私、この辺りはあまり詳しくなくて…いい所、ご存じありませんか?
申し訳ありませんが当方のスケジュールに大幅な遅れが出ているので、差し支えなければ私の自宅で……ああ、8分11秒も遅れています。急がなくては。
(相手の同意も得られたところで場所について自身も思案し、この時間帯で尚且つ相手のような若い女性を伴うとなれば食事の出来る店を提案するのが無難なのだろうが生憎とそういった気の回し方が出来るような性分ではなく、更に、予定が狂っている事実が己の几帳面な性格に大きく引っかかるものとなっているため倫理的なものよりも綿密に組み上げたスケジュールを優先する判断を下して。既に吸血行為に対しての衝撃は習慣を遂行せんとする精神によって薄れつつあり、此方の場所の提示に対する相手の是非を聞く前に左手首の腕時計を確認すれば焦燥に駆られ、踵を返して早々に歩き出さんと。)
そんな…私達会ったばかりなのに、いきなり家だなんて…って、ちょっと待って!そんなに急いでいるなら飛んで行きましょう。そのほうが早く着きますよ。
(対話の場所としてさらりと自宅を提示するところを見ると真面目な印象とは裏腹にいわゆる肉食系なのだろうかと推測し。自分も吸血鬼といえど一人の女。端正な顔立ちをした男性に誘われて嬉しくないはずもなく、勝手な想像を膨らませ。しかし空想に浸っている間もなく視界の端に捉えていた相手の姿が消えると、はっと我に返り。相手のスケジュールにないイレギュラーな事態に巻き込んだのは誰あらん自分自身であり、詫びのつもりで提案し。帰宅ラッシュも落ち着いたのか、辺りに人がいないことを確認すると、みしみしと軋んだ音を立て背中に大きな蝙蝠の羽を出現させ。周囲を警戒しつつ相手へと手を伸ばし。)
――さあ、行きましょう。
……可笑しいですね。睡眠時間は十分確保している筈ですが……
(制止の声を耳にすれば律儀に立ち止まり振り返るも相次いで聞こえた「飛ぶ」という移動手段の提案には無表情のまま訝しげに首を傾げ、相手の発言の意図を問い質そうと口を開いたその瞬間、日常生活ではおよそ聞くことのない何かが軋むような音を伴って女性の背中に出現した蝙蝠の羽を視認し唖然。眼鏡に何か反射しているのかと一度外してレンズを拭ってから再度掛け直して見ても矢張り羽のようなものは存在しており、行き着いた結論は睡眠不足か若しくは疲労による幻覚かというもので。しかし、仮に彼女の背中に生えたものが現実だとしてもそれはそれで別の問題があるのではと理屈っぽい疑問を投げ掛け。)
ですが、私は正真正銘人間なので飛行手段がありません。体重も明らかにあなたより重いですし、飛べるとしてもあなたにかかる負担が大き過ぎるのではありませんか?
ご心配には及びません。吸血鬼は力持ちですから、人ひとり抱えて移動するくらいお茶の子さいさいですよ。
(蝙蝠の羽に視線を感じると照れくさそうにはにかんで。もじもじと体を動かせば、動きに連動して翼がぱたぱたと左右に揺れ。自分としては元より相手を抱えるかして移動するつもりでいたため、投げかけられた質問にその発想はなかったと小さく笑みを零し。どうやら何点か懸念があると見えると、誇らしげに胸を張りながら確信を持った口調で説明を終え。それで説明義務は果たしたとばかりに相手の方へつかつかと歩み寄るが、手が届く距離まで来て一度立ち止まり。失礼します、と言い置いてから背後へと回り込み、そのまま抱きつく形で腕を回し。急な接触への謝辞もそこそこに、その場で屈伸したかと思いきや次の瞬間には街が一望できる高さまで飛び上がり。)
ごめんなさい。少しの間、我慢してくださいね。
――ね?こっちのほうが渋滞もなくていいでしょう?…それでええと、ここから家がどのへんにあるか分かりますか?
ッ、これはなんと言う……航空法に抵触しなければ良いのですが。
(飛行能力を持つばかりか常人より身体能力が高いと聞かされればそれほど詳しいとは言えない自身の吸血鬼に関する知識を脳内で検索し、確かに一説ではそういう情報もあるようだと納得していると不意に迫る女性の甘い香り。一体何事かと、先程噛まれた経験もあって背中に回る相手に警戒していたが急に常軌を逸した空気の抵抗を全身に感じ、状況把握の処理が追いつかずとにもかくにもこれだけは守らなくてはと両手で眼鏡を押さえ。やがて体が安定したところで眼下に広がる夜景を見下ろしてほうと感嘆の息を吐き、これで落下の心配がなければと不慣れな浮遊感を持て余しつつ一つ懸念を口にして。真後ろから聞こえてきた相手の質問は自身の生殺与奪を握っているという点を考慮しても頼もしく感ぜられ、レンズ越しに己が住まいとしているマンションを見出しては淡々と特徴を述べ。)
此処から北西の方向に10階立ての白い壁のマンションがあります、そのマンションの一室が私の住居です。左隣に動物病院、右隣にコンビニエンスストア、向かい側に雀荘があります。他に情報が必要でしたらお尋ね下さい。
これっていけないことなんですか?人間界は素敵なものも多いけど、こういうところは不便ね。
白いマンション……ああ、あれですね!
(空を飛んだ感想で法律の話は全く寝耳に水。どうやら法律の話だろうというのも話の流れから推測したくらいで。続く言葉は独り言のように溜め息混じりに呟いて。相手にとって町を見下ろす今の視点は慣れぬものだろうに方角から周囲の建物まで抑えた的確な情報ですぐにそれらしきマンションを見つけることができ。場所が分かればあとは向かうだけ。体を傾け方向を決めると一直線に飛んで行き。目的地に近付くと徐々に高度を落とし、人の往来が途切れた時を見計らってマンション前にそっと降り立ち。相手から離れると蝙蝠の羽を元通り、まるで映像を逆再生したかのように背中へ収め。自分にとっても久々の空中散歩。高揚を隠し切れない弾んだ声で労いの言葉をかけ。眼前の建物は住宅事情に詳しくない自分が見ても立派なもので、尊敬の眼差しを向け。その流れでそれとなく同居人の有無も探りを入れ。)
はい、お疲れ様でした。
それにしても立派なマンションですね。誰かと一緒に住んでらっしゃるんですか?
ありがとうございます。
――成程。安全面に不安はありますが、これは確かに有効な移動手段ですね。
(どのような状況であっても慣れてくれば冷静な判断も可能であることは日常生活でも仕事でも経験済みである為、今はただ大人しく相手に身を委ねることにし。少しずつではあるが次第に浮遊感にも抵抗は無くなっていき、滅多に体験出来ない上空から街並みを見下ろす景色、主に駅から自宅への新たな道順を探す余裕も生まれていた矢先、徐々に目線が低くなって道路のアスファルトが鮮明に見えるようになり、漸く地に足を着けることが叶えば張っていた気を緩めふうと大きく息を吐き出し、相手が離れたことで背中の体温と女性特有の柔らかな感触が立ち消え、まず乱れた髪型と衣服を整え遺失物がないことを速やかに確認して。それから時計を見遣り時間が大幅に短縮されていることを実感すれば抱いた素直な感想を口にした後、問われたそれに生真面目な返答を相手に寄せつつカードキーを通してマンションの出入口たる自動ドアを解錠し。)
此処はペット禁止の物件なので私一人です。不定期に弟が来ることもありますが……さあ、閉まらないうちにどうぞ。
まあ。弟さんと仲が良いんですね。少し妬けちゃいます。
(実際どれだけ短縮されたかは分からなかったが相手にとって満足のいく結果だったようで、こちらも喜びを分かち合うように良かった、と微笑み。誰かと、と問うたのにまずペットの話が出てきたことに小首を傾げるも弟の話で色めき立った声を上げ。不定期でも家を訪れるなんてよほど仲が良いのだろうと目を細め。自動ドアの開閉音に一度話を中断させ、相手の後に続いて建物内へと足を踏み入れ。内装も外観通り立派なもので、何もかもが新鮮であるというふうに落ち着かない様子で視線を彷徨わせ。相手の半歩後ろを歩きながら、その横顔を覗き見るがやはり表情から内心を読み取れそうになく。少なくとも自分が吸血した時の動揺も見えず、意外と遊び慣れているのかも知れないという疑問が浮かぶが、まさか本人に直接聞くわけにもいかず。あくまでこういった状況は初めてだと、はにかんだ笑みで主張しながら相手の反応をそれとなく窺い。)
それにしても何だか緊張してしまいますね。こんな時間に男の人の部屋を訪ねるなんて、初めてで……。
勉強不足で申し訳ありません。一般に、男性が女性を部屋に招き入れて倫理的に問題が生じるのは何時からなのでしょうか。
仮に現時刻が問題のある時間であればご帰宅された方が宜しいのでは。
(相手が自分の後ろに付いて歩いて来ていることを視認すれば郵便物の有無を確認した後、エレベーターのボタンを押して到着を待ち。点灯される階を示す数字を見ている際に聞こえてきた女性の声にふむと少し考え込むような仕草をし、社会常識的に考えれば彼女が口にした懸念も当然のことと理解出来るも仕事上の付き合い以外で異性と接した経験がほとんど皆無に等しいため、積極的にリサーチしようとしていなかった姿勢をまずは謝罪してから男女関係に於ける社会通念について質問を投げ掛け。どのような答えが返ってくるにせよ男女が二人きりになって被害に遇うのは多くの場合女性だと認識しており、ならば強制して招くことはしないと事務的な物言いで告げれば漸く到着したエレベーターに先に乗り込み人差し指で開ボタンを押し、相手の判断を待つことにして。)
えっ?……またまた。冗談が上手いんですから。
(相手の返答に浮かべていた笑みは頓狂な声を上げると共に驚愕へと姿を変え。明後日の方角から思わぬ投球がされたような感覚に陥り、言葉に詰まってしまい。話し合いの場として自宅マンションを提示したのはそういったことを全て考慮した上で言ったのだと勝手に理解し、ともすれば意外と遊び慣れているかも知れないと思った矢先のことだったので動揺を隠しきれず。しかし現実問題として相手ほどの男性を周囲の女性が放っておくだろうかと考えを改めると笑って受け流し。エレベーターが到着したことを確認し乗り込むつもりで扉の開閉を待つが、そこへ最終確認めいた問いかけが聞こえ。自分を気遣ってのことだというのは分かるが、紳士な振る舞いにもどかしさを感じ、確固たる意志を示すように何の迷いなくエレベーター内へ踏み込み。有無言わさぬ内にボタンを操作し扉を閉め。)
私もここまで来て今更帰るだなんて言いませんよ。あなたにはきちんとお詫びもしたいし……それに、もっと知りたくなってしまいました。あなたのこと。
私の名前は真宮翔一郎です。32歳、会社員をしています。
あなたのお名前を伺っても宜しいですか。
(迷わずエレベーターに乗り込んできた相手が自身の隣に立つと狭い密室空間故に先程飛行していた時には感じる余裕のなかった女性らしい華やかな香りがして、彼女のボタン操作によって閉じたドアを横目に最上階である10階のパネルを押せば小さな箱は静かな唸り声を上げながら上昇を始める。唐突に向けられた己への好奇心に少し驚いて眼鏡の向こう側の目を数度瞬かせ、そう言えば出会ってから此処に至るまで自己紹介をしていなかったと気が付くなり口を開いて先ず名前を、次に年齢職業を淡々と明かすその口振りは其処に趣味や年収の項目も加わっていればまるでお見合いの対面のよう。自身からも名前を問い質したところで丁度エレベーターが10階に到着し、ドアが開いたため先に出て部屋に案内すべく先立って規則正しく扉の並ぶ通路を進み。)
私はローザ・フォン・ベルンシュタイン。どうぞ、ローザとお呼びください。
あなたのこともお名前でお呼びしてもいいですか?
(少々強引だったかと反省しつつも、相手がパネルを操作する手元をちゃっかり盗み見て。ボタンを押した後、何事もなかったかのように相手のすぐ隣に立つとにこりと微笑みかけ。二人きりの密室空間。ここなら相手を催眠にかけても目撃者はおらず、術を使うにはまさに格好の場所。けれど、そうしないのは彼自身に惹かれていっているからだと気付いた時には既に口説き文句のようなことを口にしていて。それも言葉通りの意味で捉えられ、不発に終わるもののこれがまた己の心に火をつけたようで。自分も相手に倣って自己紹介をしようかという時にエレベーターが到着すれば一度開きかけた口を閉じ。続いて通路に出るとすぐさま相手の隣を歩けるようにキープして。歩くペースが掴めてきた頃、中断された自己紹介を始め。それから三拍ほど間を置いて。)
何だか私達、長い付き合いになりそうですね。
ご自由にどうぞ。中傷や侮蔑的な愛称でさえなれば……しかし、ローザさんはそういった心配はなさそうですね。
(相手の赤く艶やかな唇から紡ぎ出されたその名は少なくとも日本人の名前ではなさそうで、響きからして欧州の何処かの出身なのだろうかと推測しつつ呼称に関する問いに透かさず頷いて受け入れ。強いこだわりはないにせよ不名誉な呼び名は流石に、と口にしたところで隣を歩く女性の横顔をちらと見遣り、纏う雰囲気が穏やかなことから安易に他人を無闇に貶めたりはしないだろうと珍しく主観的な印象を述べ。続けて耳に飛び込んできた相手の見解には首を傾げざるを得ず、自身の部屋の前に立ち止まってはカードキーを通して解錠し、玄関を開けながら発言の意図を問い。遅れて玄関に明かりを灯せば、アナログデジタル問わず幾つかの時計が目に飛び込んでくる筈で。)
それはどういう意味ですか?和解交渉が長引くという意味でしたら、迅速に終わらせるよう尽力致します。
ありがとうございます。では、翔一郎さんとお呼びしますね。
(相手の口振りは初対面での無礼を帳消しとまではいかずとも好印象を与えられていると見れば、力業で解決せずに良かったと内心胸を撫で下ろし。褒め言葉と捉え、礼を述べた上で確認するように相手の名を呼び。相手が立ち止まると続いて自分も足を止め。またももどかしい答えが返ってくれば、大きな背中に向かって怒ったような拗ねたような声でそういった意味ではないと否定し。扉が開かれるとその背に続いて部屋に足を踏み入れたところでお邪魔します、と形式張った挨拶を口にして。玄関でヒール靴を脱ぎきちんと揃えて改めて室内に目を遣れば、専門店と見紛うばかりの時計の数に圧倒され刹那、言葉を失って。すぐに表情を戻すといつもの調子で問いかけ。)
もう。あまりつれないことを仰らないでください。私、色々と自信失くしちゃいます。
素敵なお部屋ですね。時計がたくさん……コレクションされてらっしゃるんですか?
全て常用しているのでコレクションではないかと――ああ、申し訳ございません。先にリビングに行って待っていて下さい。少し時計を直して参ります。
(相手が靴を脱いでいる間に自身はドアを閉ざし防犯の観点からチェーンを掛け施錠して、女性物のヒール靴の隣に革靴を脱いで几帳面に整えれば部屋に上がり込み、先ずは相手の質問を否定して。しかしながら己の中にあるコレクションの定義が異なっている可能性も考慮するべきだと判断し、少なくとも観賞用ではないことを主張しつつ廊下を進んでいき、扉の一歩手前でダークブラウンの壁掛時計の時刻が数秒ずれていることに目敏く気が付いては足を止め、リビングの電気だけを点して相手に入室を促して。ともすれば無警戒のように思えるその行動は単なる優先順位の関係でしかなく、秒針を整えては元の位置にしっかり掛け直し。)
時計を?……分かりました。先にリビングで待ってますね。
(コレクションでなければ何のためにと疑問に思い小首を傾げるも、相手が足を止めその視線の先にある物を見遣り。秒単位でスケジュールの遅れを気にしていたことを思い返せば、大量の時計が点在している部屋は彼が住むにはむしろ自然だと妙に納得して。しかし相手が直すと言った時計は一見したところきちんと動いており、自分には秒単位のズレを感知できず不思議に思いつつも促されるままに一足先にリビングへ入り。ここでも無数の時計が出迎えてくれたが既に玄関で同じような光景を見ているため先程のような衝撃は受けず。好奇心から部屋を見て回りながら扉の方に意識をやり、相手が来たらすぐに取り繕えるようにはしておき。)
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