悲しき鬼 2017-01-27 21:27:05 |
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…それもそうね。
( 彼の答えに最もだ、と納得して同意してみせ。内心確かにその容姿からして唯の人間では無さそうだ、等と思案していたがそんな訳あるまいと独りでに否定して。同じような質問をされるとは思わなかったのか大きい黒瞳を更に大きく見開かして彼を凝視し。如何言うべきか迷っているのだろう彼女の視線は当てもなく彷徨った後、何処か遠くを見るように「 …知らない。ただ一つ言えるのは、私は一人ぼっちだっていうこと。」何処か憂いを帯びた表情でそう答えて。 )
…それじゃあ君は、私がこの庭で出逢った少女だ。
私はきっと君のことを忘れないし、もしも再び会う事があればきっと一緒にこの花を眺めた少女だと思い出す。
それに此処に私がいるんだから、1人ではないだろう?
( 相手の憂いを帯びた表情に僅かに瞳細めるも特に気にも留めていないようであっさりとそう答え、同意を求めるかにようにその青い瞳でじっと相手を見つめて。先程まで眩しい程だった日差しは幾らか柔らかさを取り戻しその青い瞳を水面のように煌めかせて。「好きに遊ぶが良いよ、花を摘んでさえしなければ何をしても構わない。」そう言うと再び立ち上がり、相手を振り返って付け足すように述べた言葉は彼の常套句。存分に楽しんだ客人に振る舞う茶には忘却の術が掛けられ、それを飲み眠り込んでしまった客人をそっと村に送り届けて木の下に寝かせるのが彼の常であり。目覚めた子ども達は只、輪郭のはっきりとしない幸せな夢を見ていたような気持ちだけを残して二度とこの場所を思い出すことはない。)
遊び疲れたらまた縁側に戻っておいで。お茶を淹れてあげるから。
…うん。そう、だね。一人じゃない。今は貴方がいる。
( こんなにも温かい言葉を掛けられたのも何年振りだろうか。――いや、生まれて初めてかもしれない。眦から透明な雫が零れ落ちてしまいそうになるのをグッと堪え、一語一句区切るように又同意してみせ。薄い水の膜で覆われた黒い瞳は先刻までとは一転して微量な光を宿し、それはまるで闇夜に一縷の希望が差したようで。続けて告げられた言葉に特に何を言うでも無く、儚げで何処か幸せそうな微笑を浮かべて小さく頷き。この後振る舞われる茶に忘却の作用があるなんて彼女が知る由もなく、更にそれが掛からないなんて事もまた知る由もない。緩慢な動作で立ち上がると声を掛けた後歩き出し。 )
じゃあ、ちょっと散歩してくるね。
暗くなる前に戻って来るんだよ。
( 僅かに涙の香りを感じてす、と息を吸い込むもその涙が悲しみによるものでないことはすぐに理解できて。相手の表情に微笑みを返すとそう告げて、相手が来る前に読んでいた書物を取り再び縁側に腰掛けるとほんの僅かに赤みの混ざった光の下再び一人静かに読み始め。静かな空間に、ガラス細工のように白く細い指が時折紙を捲る小さな音だけが響いて)
( うん、と一言だけ返事をしては直ぐに屋敷周りを探索がてら散歩して。大きな屋敷といい名も分からぬ美しい花々といい、此処だけ別世界のように思えて仕舞う。時折吹く微風に長く真っ黒な髪を揺らし乍気の済むまで花を眺めたりして居り。軈て燦々と降り注いでいた陽の光が緋を帯び、全体を茜色に染め上げ黄昏時となった頃。縁側に戻り本を読んでいる彼を見つけて。一瞬の逡巡の後、やや控えめに声を発し。 )
…えっと、一通り終わったから戻って来た。
…言い付けを守って良い子だね、
おかえり、楽しかったかい?
(す、と視線を書物から目の前の相手に移すと柔らかく微笑んで相手の髪をくしゃりと撫ぜ。一度奥に戻り見慣れないガラス製の器を持ってくると相手に手渡しながら聞いて。相手の手に包まれたその繊細な器からはなんとも言えない、花を何種か混ぜたような芳しい香りが溢れていて、透明にも近いうっすらと此処に咲く花の葉の色にも似た色を湛えた水面に黄昏の色が映り込み。その様を眺める彼の瞳は何処か遠くを見つめているようにさえ見えて)
楽しかった。見た事のない花とか沢山あったの。
( 己のものより大きく、然し雪のように白い掌で優しく頭を撫でられ口元に微笑を湛えて。満面の笑み、とまでは行かない者の声音から嬉々としたものが感じ取れる程度には喜色を露にして問いに答え。同時に手渡された其れからは瑞々しく、それでいて柔らかい淡い芳香が漂い鼻腔を擽り。何とも形容し難いがその薫りに頬を緩め、透明の水面には朱に金色を混ぜたような黄昏の光が揺蕩い。これに忘却の術が施されているとは全く考えず、小さくコクンと液体を嚥下して。 )
…それは良かった、さぞや良い夢になる。
(相手の言葉と笑顔に微笑むその表情はどことなく寂しげにも見え、相手の喉が動いたことを確認すると直ぐに眠りに落ちるだろうと相手を見つめたままで。屋敷とその庭を照らす緋色がぐっと深いものになると日暮れが近いことに無意識のうちにその青い瞳は一瞬冷たいものになり。)
…
( その芳醇な香りを裏切らず、味も優しく甘く、何処か酸味のある今まで飲んだ事もないもので。この後彼の望む通りであれば彼女は眠りにつく。器を両手で包んだまま何も言わず佇み瞳を閉じる――と思われたが一つ瞬きをした後眠る所か活力が漲ったと言わんばかりに黒い瞳を爛々と輝かせ「 美味しい…! 」感嘆の声を洩らし。黄昏にその身を照らされながら彼に視線をやるとお礼を言って。 )
有難う、こんな美味しいお茶初めて。
(相手の手に包まれる器を取り上げそっと彼女の肩を支えようとした手はぴたりと止まり、まさかと言わんばかりに相手を見つめる青い瞳が僅かに見開かれ。此れ迄にたったの一度も起きることのなかったこの状況に相手の感謝の言葉に反応することも出来ずにいて。 半ば強引に相手の瞳の目の前にその手を翳すも彼の思惑どおりに相手が眠ってしまうことはなく、徐々に赤みを失っていく空を見て僅かな焦りが生まれ。きょとんとした様子の目の前の相手に静かにそう尋ねて)
…眠気、は?
眠気…?まだ夕暮くらいだし、眠くないよ?
( 何故か驚いた様子の彼の碧眼とばちりと視線が合い、頭の中で疑問の花が咲き。言葉も発しない彼に不思議そうに首を傾けて。ふ、と翳された白い掌と焦りの混じった表情の彼を交互の見遣り、更に彼女の脳内には疑問符が乱舞し。空は何時の間にか紫を帯び始めている、そろそろ夜が来る頃だろう。唐突に眠気の有無の確認、質問の意図が理解出来なかったのか少々ズレた回答をするが、その答えから察するに矢張り眠気は無いようで。 )
…今日はもう日も暮れる、一度此処を離れた方が良い…っ、!
(相手の前に膝をつき両肩に手を置き言い聞かせるようにそう言う彼の目は必死で、相手に元来た道を帰るように言おうとするも遂に日は沈みきってしまい。小さく息を呑むと同時にどっと身体に痛みが襲うともう時間が無いと判断しそのまま相手を引っ張り上げるようにして相手を抱き上げるとひとつの部屋へと向かい。部屋に灯をともすと再び相手を真っ直ぐに見つめて言う彼の白い肌には僅かに汗が滲んでいるようにも見受けられ。)
…今日はもう帰してやれなくなってしまった、明日の朝になったら村に戻るんだ。
今晩はここに。何があっても部屋を出てはいけないよ、明日の朝までは。分かるね?
…!?
( 今まで穏やかだった彼とは一変、がしりと両肩に手を置き何かを恐れているような、必死の形相で言い聞かせている様子に少しの恐怖心を覚えては如何する事も出来ず唯硬直して。日は既に沈んだ。紫色の空はまるでこれから先の良からぬことを暗示しているようにも、彼を嘲笑っているようにも見えてひどく不気味だ。途端、荒々しく抱き上げられ連れてこられたのは一つの部屋。彼の白皙には汗の玉が浮かび、焦っているのは一目瞭然だった。然し彼女にはその焦りの理由が分からない、恐怖心の抜けぬままコクコクと頷いて。 )
わ、分かった。ここから出なければいいのね。
…絶対に、だ。約束だよ
明日になったら、きちんと帰してあげるから。
(相手が頷くのを見ると幾らか落ち着いた表情になり「良い子だね」と言って相手の髪撫でるとそのまま相手を1人部屋に残して部屋を出て。いつもの如く身体を襲う痛みに耐えながら自室に戻ると夜が更け月が高くなるに連れてどんどん呼吸は上がっていき。)
…
( 先刻と同じように温かく大きな掌で撫でられても、彼女の中にある恐怖心は完全に払拭出来ず。そして静寂が辺りを包む夜を独りで過ごし。――然し、木々の擦れる音や徐々に冷たくなっている風の音に混じって荒々しく苦しげな呼吸音が聞こえ。誰の、何て言う問いは馬鹿馬鹿しいだろう。此処には自分の他に彼しかいない、病でも患っているのだろうか。出てはいけないと言われたが心配の気持ちが勝り音のする部屋の前まで行くと、そっと気付かれないように一㎝程開けて。 )
( 鬼と変化するその瞬間が苦しいようで床に手をついて必死に耐えるその額には玉のような汗が浮かび。漸く苦しげな呼吸が落ち着いた時には角が生え、昼間はあれ程に深く煌めいていた青は見る影もなく赤く揺らめいていて。浅くなった呼吸を落ち着けながらもまだ彼女の存在に気付いてはいなかったものの襖がほんの少し立てた音に振り返ればその紅く揺らめく瞳が相手を捉え。)
…!?
( 息を殺して見ていると、彼の額からは一つの角が生えてくるではないか。薄々人間ではないと感知していたがまさか鬼の類だとは思わず動揺と焦りと恐怖の入り混じった表情を浮かべ。その場から離れようとしたが身体が鉛のように重く、氷漬けにされたように動けず。すると彼の紅く妖しく光る瞳と視線が合ってしまい、思わずふらりとよろめくと後ろに蹈鞴を踏んで。 )
…っ来る、なと…あれ程…!
(何とか理性を繋ぎとめようとしているもののそれすらも難しいようで表情歪め、辛うじて言葉が漏れるも次の瞬間には相手の首元掴んで部屋に面した床に組み伏せており。普段の意識途切れそうになりつつも必死に抑えようとしているのは表情からも伺え、然しその意思とは裏腹に相手の首元掴んだ力は強まり、相手を見下ろす深紅の瞳はひどく冷ややかなもので。)
…日が暮れれば妖の刻、大人しくしていれば身を滅ぼさなかったものを…
うッ…!
( 刹那、気が付いた時には床に組み伏せられ、暖かく優しく撫ぜてくれた其の大きな掌は今や己の首元を掴んでいる。首をじわりじわりと圧迫され続けている為に上手く酸素が取り込めず顔を歪めて。彼の表情から何とか抑えようとしているのだと分かる。男と女だという前に人と鬼、圧倒的な力の差が存在する。然し元より抵抗しようという気持ちは彼女にはない。何せこの人は己に初めて優しい言葉を掛けてくれたのだから。小刻みに震える小さい手で首元にある彼の手をそっと包むと、大丈夫だと安心させるように辛そう乍にも微笑んでみせ。 )
…っ、!
( 冷たい瞳で相手を無表情に見下ろしていたものの相手の微笑み見て思わず目を見張るのと同時に、深紅の瞳の奥に鮮やかな青が一瞬ちらつき。ーー然し生の源が足りないが故の身体の警告は徐々に隠しきれないものになっているようで急に酷い目眩に襲われてはふ、と相手の首元から力が抜け。そのお陰で一瞬理性が戻ったようで顔を覆ったまま「部屋に戻るんだ、」と小さく告げて)
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