Sin 2016-12-25 17:13:20 |
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=艦娘誕生史=
1938年:第二次世界大戦の開戦から程なくして、世界中に未曾有の大規模流星群が降り注ぎ、それら天体の90%が地球に落着する。人的、物的被害は極めて微少。
天体群の総質量は、当初地球の約0.15%程とされていたが、現在はそれ以上の量が採掘されていることが分かっている。
天体群は未知の金属物質であることが判明し、「M天体群」と名付けられ各国で研究が進む。
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1945年まで:M天体群の研究が進み、金属物質の加工技術が確立され、「オリハルコン」と名付けられる。大日本帝国、開戦以来から建造していた「オリハルコン」使用の巨大戦艦、「播磨」を完成させる。オリハルコンを保有する列強各国もこれに続くが、単艦で三個艦隊に匹敵する高コストが発生し、それぞれが一隻を竣工した所でオリハルコンの兵器利用と研究は中断される。 建造された兵器は「超兵器」の名で呼ばれ、開発に先んじた枢軸国が勢力を盛り返し、大戦は長期化。連合国も超兵器で対抗し戦況は暫し膠着する。
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1950年:全ての超兵器が相次いで戦没し、参戦国は国力疲弊により終戦を余儀なくされる。
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196X年代:民間船舶の海難事故が多発。調査の過程で、後に「深海棲艦」と名付けられる不明海洋勢力と遭遇。各国海軍はこれと交戦を余儀なくされる。
程なくして、国連軍が設立され、国際共同のもと深海棲艦に対処する。
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197X年代:従来の深海棲艦を擬人化したような人型の深海棲艦、並びに非常に小型化された深海棲艦が出現し、深海棲艦勢力は物量を増す。これら人型は従来型より弱体化するも、国連軍艦艇の絶対数不足により対処が遅れ制海権の喪失が広がる。
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198X年代:人型深海棲艦をヒントに、嘗ての大戦で計画されていた「海戦歩兵計画」と、オリハルコン技術を統合した「TF(TrooperFleet=歩兵艦隊)計画」が始動。男性兵士の不足から、開発協力一般若しくは軍属の女性志願者を募る。 オリハルコン使用の兵器は性能を維持したままの小型化に成功する。
同年代後半、最初の海戦歩兵が誕生し通常艦艇の穴を埋める形で実戦投入され、通常艦艇に劣らぬ戦果を挙げて制海権の奪回が進む。
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199X年代:海戦歩兵の完全人工化の研究が進み、従来の女性志願者から人工培養された複数の女性クローン人間を素体とするようになる。これらクローンは記憶の穴埋めと戦闘能力の適性化の為、また海上兵力としての特化を目的とし、嘗ての大戦で使用された艦艇の戦闘データや記録が植え付けられていて、またそれに合わせて武装も嘗ての艦艇のそれと同じものがオリハルコンでミニチュアサイズに新造されて装備される。
この段階を以て、新型の海戦歩兵は「Fleetgirl=艦娘」と呼ばれるようになった。
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現在:艦娘達の戦いは今も続いている……それが人々を守るため、海に生きる艦娘たちの鋼鉄(くろがね)の使命なのだから……。
【続】
「ねえ、知ってる?あの噂。」
「『角鯨』のことかい?名前は聞いたことがあるよ。」
「何なのです?始めて聞いたのです。」
「そんなんじゃダメよ!このご時世、どんな些細な情報でも、見逃したらいけないんだから。」
「でも、所詮は噂話でしょ?『ただ一人で戦争をする艦娘』だなんているわけが……一流のレディーなら噂話に流されちゃダメだと思うわ。」
「でも、色んな人が見たと言っているよ。案外噂で片付かないものかもしれないね。」
「気になるのです、教えてほしいのです!」
「良いとも。それは……」
【続】
_『角鯨』……角のごとき謎の武器を携えた、大和型に匹敵する艦娘が、どこの鎮守府にも属さず孤独な戦いを続けている。二ヶ月程前から、複数の戦域で流行している噂話である。提督は勿論、多くの艦娘はこの噂を一笑に伏した。絶え間ない戦火に堪えかねた、希望を伴った妄想であると。現実問題として、あり得る話ではない。引き合いに出された大和型でさえ、莫大な資材と時間を必要とするのだ。故に軍部の管理は徹底しており、それ以上の艦娘が、まして実在も定かでないほどに隠匿出来る筈はないのだから。
だが噂を煽るように、奇妙な兆候が戦場に現れていた。
【続】
_某日、伊豆大島沖
「しっかりついて来い!ノロマは置いてくぞ。」
霧深く夜も明けぬ海上に複数の艦娘の姿があった。単縦陣の先頭を往くは、眼帯とグラマーな肢体が特徴の軽巡洋艦娘「天龍」である。彼女に率いられるは駆逐艦娘が四名、艦船としての前世に由来し、第六駆逐隊のくくりで呼ばれる者たちであった。
編制は、天龍に続き響、暁、電、雷の順である。
「Да。心配ないよ天龍。私はどこにも行かない。」
「むー……何で響が前なのよ……私がお姉さんなのに……。」
「ま、まぁまぁ……ともかく、何事もなく帰れそうで良かったのです!」
「本当ね!ふわ……帰ったら早く寝ましょ。疲れちゃった。」
資材確保を目的とした遠征はつつがなく終わり、残すは帰投を待つばかりである。
「明日は龍田に代わってもらうかな……『無理しちゃダメよ~?』って言ってたしな……。」
「ハラショー、流石にそっくりだね。」
「む……からかうなよ響。旗艦は俺だぞ。その態度は何だよ全く……。」
ちょっとした息抜きの物真似である。無論、この程度のからかいで本気で怒る天龍ではないが、それでも年長者として恥ずかしかったのか響を嗜める。
「電探に目を通しておけよな、全くよ……っ!言った側からこれだ!」
「はわわ!こっちでも捕捉したのです!」
「おおお、落ち着きなさい!一人前のレディーはう、狼狽えないのよ……!」
「あなたが一番狼狽えてるわよ暁ったら。……響、そっちは?」
「……少しまずいかもしれない。艦影が大きいみたいだ。そうだろう?天龍。」
「ああ、見えてる……馬鹿にしやがって、戦艦だ。」
接近するのは人型の深海棲艦、戦艦ル級二隻と……最新鋭艦、レ級が一隻である。両軍の戦力差は明白であった。
「全艦、歓迎委員会に付き合う必要はねえ。ズラかるぞ!俺から離れるな!」
敵に背を向け、全速力で退避行動に入る。ジグザグの回避運動を行う遠征艦隊と、その隙間に上がる水柱。未だ射程圏内。
「ダメ……!逃げられないの……?」
「弱音を吐くな暁!私たちは必ず大丈夫だ!」
「はわわ!……きゃあっ!」
金属のぶつかる鈍い音、閃光、爆音。電のいた場所。
「っ!電!?電!大丈夫なの!?返事をして!」
雷が悲鳴とともに接近すれば、海上に突っ伏していた電を抱き起こす。残り三名も反転し、二人を庇うように遠くの敵へ向き直る。
「っ!電ァ!へたばんなよな!」
「けほ……大丈夫……なのです……。でも、艤装が……!」
敵砲弾や破壊された艤装の破片が、電の体に少なからぬ傷を与えていた。命に別状は無いようだったが、艤装は最早電を浮かばせるのが精一杯であり、航行は望むべくもない。
「大丈夫よ!私たちで曳航すればいいわ!」
「そ、そうね!電の一人や二人くらい、レディーにお任せよ!」
「問題は、奴らから逃げ切れるか、だけれど……」
互いを元気づける姉妹たちをよそに、響は現実を見ていた。電を曳航すれば、今以上に逃げるのが難しくなる……だが、当然電を見捨てられるわけがない。
【続】
先頭は雷。響、暁が電を抱き抱え、天龍が殿を努めて撤退を開始する。暫しの航行の後、岩礁地帯に身を隠し、僅かな間ながら体力回復に努める。
「いつまで隠れられるか……。」
その時、電が呟く。
「……みんな。電は大丈夫なのです。このままじゃ皆やられちゃうのです。」
負傷の苦しみに堪えながらの震える声と、普段と変わりない笑顔で、諭すように。
「……電?どういうことだい。」
「電は皆に無事でいて欲しいのです!だから……!」
「はっきり言いたまえ。」
「……電を置いていくのです。少しは時間稼ぎに……っ!」
「電のバカ!」
乾いた音と怒鳴り声。響である。電は頬を押さえる。
「人の気も知らないで……!勝手に先走って!残される者の身にもなってみろ!」
雪のような髪を振り乱し、普段からは想像もつかない怒りを露にした。だが直後、怒りの形相をくしゃくしゃにして響は泣き出した。
「もう……私を置いていかないでくれ……!」
前世……艦船であった頃の記憶。最後の第六駆逐隊は響只一隻だった。
「電……あなた本当にバカよ。お姉ちゃん、あなたを生け贄にした人生なんて堪えられない。」
電の頭を撫でる暁。
「電、『沈んだ敵も助けたい』なんて言える貴方が、仲間を辛い目に遭わせてどうするの……。」
響の涙を拭う雷。
「……ごめんなさいなのです。」
そこへ天龍が割り込み、仁王立ちのあと深く息を吸い……語る。
「全くだ。良いか、電。テメーの命は俺の預かりだ。勝手にくたばんのは許さねえからな!無論!テメーは、いやテメーら全員!俺が責任持って鎮守府に帰してやる!分かったな!」
勇ましき宣言。六駆の面子はあっけに取られながらも、緩やかに笑みを取り戻していった。
「あ、当たり前よ!暁は一人前のレディーなんだから沈んだりしないわ!」
天龍、頷く。
「Ура!不死鳥の名は伊達ではないよ。」
天龍、歯を見せて笑み、頷く。
「大丈夫よ!むしろ、もーっと私に頼って良いのよ?」
天龍、肩を揺らして笑いながら頷く。
「……もう、弱音は吐かないのです!絶対に皆で帰るのです!」
「よし!」
天龍は会心、とばかりに拳を握った。
【続】
「とは言え、やることは一つしかねえ。」
直後、一行の隠れていた岩礁に砲弾が飛来する。
「チッ!流石に見つけるか!逃げろ!」
天龍は岩礁に身を隠しながら六駆に脱出を命じ、彼女らもそれに従った……ただ一人、響を残して。
「おい、聞こえなかったか。」
「天龍こそ、自分で逃げろと言ったくせに。」
「そりゃあお前、俺はお前らとは錬度が違うんだよ。俺なら残っても死なねー。」
「でも……。」
「ごちゃごちゃ言うんじゃねえ。ほら、あいつらあそこで待ってるぞ。」
不思議そうに首を傾げつつも、敵の発砲炎と残った二人を見れば焦りだす六駆の三人。遠くから手を振ったり、何か叫んでいるようだ。
「君を待ってるんだろ。逃げるも残るも一緒……っ!」
響の顔に……天龍の刀が突きつけられている。
「……早く行けよ。俺は沈まん。」
「……死ぬなよ。」
響は帽子を目深に被って背を向ければ小さく呟くが、天龍がすかさず彼女を小突く。
「縁起でもねーこと言うなよ……少し遊んでから帰る。あいつらにも言っとけ」
【続】
離れていく響たちを見送った天龍は、岩礁の陰より敵の姿を伺う。
「さて……ああ言っちまった以上、くたばる訳にはいかねえな。」
いつもなら、提督に「死ぬまで戦わせろ」と懇願する天龍であったが、「遊んでから帰る」とも「責任持って鎮守府に帰してやる」とも彼女らに言ってしまった手前、先の電の提案を肩代わりするつもりは無かった。時間を稼ぎつつ、自らの生存も成さなければならない。
「何にしても……。オラァ!天龍様はここだぜ!しっかり狙いやがれ!」
敵の注意を引けるよう、探照灯を光らせ勇ましく叫んだ。早速敵艦隊が食い付き、天龍の周囲に水柱がいくつも上がる。
「っ……!素直で結構!」
両手に魚雷を携え、唯一敵艦に勝る速力を活かし、敵中を矢のように突き抜けた。背後へ抜けた天龍を追うように、180°回頭する深海棲艦たち……直後、ル級の片割れが爆発を生じ、海面に崩れ落ちた。突然の事態に僚艦を見やる残り二隻。
「一丁上がりィ!海水をたらふく飲みやがれ!」
天龍の両手から魚雷が消えていた。すれ違い様に撃ち込んだのだ。盾状の艤装の裏側に着弾した酸素魚雷は、防御を掻い潜り艤装と本体を分かれさせるように爆轟を生じ、ル級は仰向けに倒されたまま海中へ消えていった。
【続】
だが、喜んでばかりもいられない。魚雷を撃ち尽くした今、敵に有効打を与えられる火器は最早無い。牽制の為に主砲を撃ち込むが、その全てが弾かれている。
「まだだ、まだ足りねえ……!」
最早敵を沈めることは叶わないが、逃走に転じるにはまだ早すぎる。今少し、時間を稼がねば……。
「っ!」
天龍が刀を振るうと、背後に水柱が二つ上がる。飛来した砲弾を叩き切ったのである。動きの止まった天龍目掛け、砲撃が殺到した。
「ちっ……動けやしねえ……だろーがっ!」
一瞬の隙を見せた内に、敵は照準を定めてしまった。着弾の密度が増し、下手に動けば被弾してしまう。仕方なく、天龍は敵弾を切り払い続けた。
その太刀筋は只の一発さえも通さない。徹甲弾は勿論、時折混じる通常弾は、避弾経始めいて受け流す。信管を作動させぬ繊細な剣技に衰えは無い。
しかし……。
【続】
「っ……!やべっ……!」
戦艦主砲を受け続け、酷使された刀は半ばより砕け折れた。無論……防ぐ術を失った天龍には砲弾が殺到し、彼女は爆風と炎の中へ消えた。
「ヤッタゾ。シブトイ奴ダッタナ。」
「クヒヒッ、最初ヤラレタノハ焦ッタケド……所詮ハ軽巡一人、余裕ヨユウ☆」
ル級はやれやれという風にため息をつき、対称的にレ級は口元を押さえ、肩をすくめて天龍を嘲った。
両者は立ち上る黒煙に近寄り、レ級の方が尻尾の様な艤装を黒煙のただ中へ突っ込み、手探りするように掻き回した。
「ンー?沈ンジャッタノカナ?手加減シタツモリダッタンダケドナ……ア!見ッケ!」
尻尾の先に付いた巨大な口が何かをくわえていた……衣服に至るまでの装備を無惨に破壊され、力なく項垂れて虫の息の天龍を。
「……ぐ……ぅ……。」
「マダ浮イテイタカ……。改メテ、シブトイ奴。」
「ネ、ネ。命乞イシタラ助ケテアゲルヨ。『雑魚ガ粋ガッテスミマセンデシタ』ッテ。ソレカラ……ン?」
レ級は目前に何かが突き出されたのに気付いた。天龍の手である。弱々しくも……その手は挑発的に中指を立て、口元に微かな笑みが浮かんでいる。ル級はそれを見ればレ級をからかうように鼻で笑った。
レ級は暫し呆気に取られていたが、すぐに無邪気な笑みを一瞬の内に失い無表情になった。
「アッソ。ジャア死ネヨ。マ、遺言ノ時間クライハヤル。」
天龍に噛みついている尻尾、その牙が天龍の体に食い込む。
「っぐ……っっ!!……ぁ……!」
歯を食い縛り耐えようとする天龍だが、体を圧迫され呼吸を乱す。残った服を貫き、その柔肌にも既に歯形が刻まれ始めている。
一思いに噛み砕く事も出来たが、今際の際の挑発に腹を立てたようでわざとらしくゆっくりと力を強めていった。
【続】
(カッコ悪ぃなぁ……あいつらにあんな啖呵切っといてこのザマだ……。怒るだろうなあ。特に響と電……。)
意識が朦朧としていくなか、痛みも分からなくなってきた天龍は心中でぼやいた。自己犠牲を諌めておきながら、結局自分がそうなってしまった。
そんな自分の姿にひどく悔しい思いをしていたが、もうどうにもならないと覚悟を決めた。
(すまねえ龍田、戻れそうにねえわ……。)
体へ食い込むレ級の牙を一瞥すれば、自分の体の末路を想像して憂鬱になって再び項垂れた。
(あばよ提督。また俺を建造してくれよな。龍田が寂しがるからよ。)
届かぬ遺言を呟き、天龍は眠るように目を閉じて意識を手放した……筈であった。
【続】
閃光と唐突な浮遊感。天に召される感覚かとも思ったが、直後に叩きつけられた水面の衝撃と冷たさがそれを現実に引き戻した。
「っぐ……?何……だよ……。あ……?」
天龍は腹部の圧迫感が和らいだのに気付いた。放り投げられたのか?違う。牙の異物感と痛みは確かに残っていて、身を起こして見ればやはりレ級の艤装は食い付いたままだ。
「……?どうなってやがる……っ。」
一度は起こした体を仰向けに投げ出し、逆さまになった天龍の視線にその答えが映り、同時に何か耳障りな音も耳に入った。
「……ッッアアアア゛ア゛!!」
尻尾を押さえ、喉を引き裂くような荒れた声で叫ぶレ級の姿。身の丈程もある尻尾は半ばから千切れていたのだ。更に注視すれば、レ級の特徴の一つであるパーカーが失われていて、露となった青ざめた肌を炎が包んでいた。
その背後のル級はその状況を飲み込めない様子で、呆然と突っ立っている。
【続】
「グ……ウギッ……!アイツ!アイツガヤリヤガッタ!」
「……ッ!コンナ海域ニッ!」
天龍の視界の及ばぬところを、レ級が怒鳴り声と共に指差し、ル級は我に帰ると、慌ててレ級を庇うように移動。武装を失ったレ級に変わって砲撃する。
「へっ……遠征の……尻拭いには……ちと、贅沢だな……。」
遠距離からレ級を大破せしめる火力、それは戦艦を置いて他ならない。資源確保の為に出撃した自分を助けに、資源を浪費する戦艦がやって来た。元の取れないであろう事実に、天龍は肩の力が抜けてしまった。
「だが、ありがと、よ……。」
六駆が呼んでくれたのか、それとも助けに来たわけでなく通りすがったのか、天龍には分からなかった。だが、微かな希望を感じつつ天龍は今度こそ意識を手放した。
【続】
水飛沫を巻き上げて接近する影は巨大であった。『それ』は自ら発生させた黒煙を突き破り、二隻の深海棲艦へと迫る。
「硬イッ……!『ヤマト』カッ!?」
左右に主砲塔と舷を模した装甲を持つ『それ』は、ル級の記憶にある大和型艦娘の姿と重なった。自身の主砲を悉く弾く桁違いの装甲と、レ級を大破せしむる火力も、ル級に確信を抱かせる。
「オイ!航空機ハマダ飛バセルダロ!空爆デ仕留メロ!」
「ググ……了、解ッ!」
レ級はふらつきながらも千切れた自身の尾を拾い上げ、力ずくでその顎を開いた。その中からは、夥しい数の楔型の飛翔体が飛び出した。それらは空中で幾つかの編隊を組めば、『艦娘らしきもの』の直上から急降下で迫る。一方のル級は、効かないと知りながらも敵の装甲へ弾を撃ち込み続けその場に釘付けにした。
「二ツニ一ツ……!私ノ主砲カ爆撃カ、ダッ!」
『艦娘らしきもの』はその場を動かず、そして深海艦載機は雨の如き投弾を終え……。
海上に、その日最も大きな水柱が上がった。
【続】
「ハァッ……ハァッ……手コズラセタナ……艦娘メ……。」
「グ……痛イッ……痛、イィ……ッ。」
二人の深海棲艦は立ち上る黒煙を凝視しつつ、荒い呼吸を整えつつ毒づいた。レ級は傷口を押さえて歯を食い縛り、ル級も艤装を手放し、絶え間ない砲撃で酷使された腕を休ませていた。
航空機群の帰投を見届けつつ、ル級はレ級を介抱していた。
「マダ修理デキル。運ガ良カッタナ。」
「ヒ、他人事ダト思ッテ……ッ!オ前ト言ウ奴ハ……。ッッ!ウ、後ロ!」
相方の無神経にも思える発言に毒づきそうになったレ級は、肩越しにル級の背後を指差した。ル級は言われるがままにすぐさま振り向き、言葉を失った。
「ナッ……ヒ、漂流物ガ、ナイ……!?逃ガシタノカ!?」
破壊したはずの敵、その痕跡が残骸から漏出燃料に至るまで確認できない事態に、ル級は艤装を拾い直しつつ辺りを見回した。
そして、全包囲を見回し敵の不在を確認した……と同時に……足下より上がった水柱に呑まれ、レ級と切り離された。
【続】
「ッッ!……エ?」
レ級は状況が理解できず、痛みも忘れて気の抜けるような声を漏らした。そして、目の前の水柱が崩れ海へ還っていった時、レ級は自身にとって非情な現実を目の当たりにした。
「ア、アア……ヒ……ッ!」
空爆で吹き飛ばしたはずの巨大な影。それが天高く突き上げた円錐状の艤装の中程までを、項垂れたル級の腹部が呑み込んでいた。
「タ、スケ……ッ……。グァ……!」
弱々しく、無理とわかってもレ級に助けを求めたル級だったが、首を掴まれて固定され、円錐状の艤装……即ちドリル……を押し込まれる。
直後、耳障りなモーター音が静かな夜海に轟き、ドリルに貫かれル級は爆散した。
「アア、ア……ヤ、ヤメ、助ケッ……!」
仲間の死に何思う余裕もなく、腰を抜かしたまま海上を後退るレ級。相方の形見である艤装を咄嗟に拾い、それに身を隠しながら。
『それ』はドリルにこびりついた体液を一払いしてレ級に迫る。
「クルナ!コナイデ!コナイデェェッッ!」
狂乱しながら至近距離で砲撃するレ級、近距離では流石に危険か、ドリルと装甲でこれを弾く『それ』。そしてレ級の弾が尽き、海上に空撃ちの乾いた音が響いた時、再び天に掲げられるドリル……。
【続】
「……はっ!」
眩しい。天龍は自身の意識が続いている事に驚き、慌てて飛び起きた。どれだけ倒れていたのか日はすっかり昇っていた。
「……マジかよ、生きてら。……はは、は。ツイてるぜ!……いてっ、いて……ん?」
沸き上がる喜びに後押しされる天龍だったが、傷が痛みふらついた。傷の具合を確かめようと自身の体を見回すと、不思議なことに気が付いた。
「何だこりゃ……。」
生身の体には丁寧に包帯が巻かれていたのだ。顔に触れれば、そこにもガーゼが貼られており、露出した傷は無いようであった。
「ありがてえんだがよ……。」
天龍は誰にともなく礼を述べつつも、不満そうにむくれた。何しろ……。
「ここまでやるなら連れて帰れよ!要領悪ぃな!助けてもらって言うのも何だがよォ!ったく……そう言えば、奴らはどうなったん……。」
ふと振り向いて見れば、天龍は言葉を失ってそれを見ないようにした。
「うっ……。くそ、夢に出るだろーが……。片付けとけよ……。」
”深海棲艦だったもの”から逃げ出すように、天龍はふらつきながらも立ち上がって帰路についた。艤装は流石に修理されておらず、10ktにも満たない鈍足を余儀なくされた。
「それにしても、何処のどいつだったんだ?面も拝めなかった。」
出張中の提督が帰ってきてから、他の鎮守府に確認をとってもらう予定を考えた天龍だが、程なくして不安が過る。
「龍田は、怒るよなあ……暫く出撃させてくれねえかも……はは……。」
提督さえ態度を窺う龍田にかかれば、自身の自室謹慎もあり得るかもしれない……と、鎮守府への足取りを重く感じる天龍であった。
【序章:完】
【続:一章】
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