十六年前の冬、俺は死んだ。
ギャグアニメだからどうせ生き返る。
石臼が当たったって、コンクリに埋められたって翌週には綺麗に元気になってたんだから。
生き返る。そう思っていたんだ。
だが一日たっても、一週間たっても…俺が生き返ることはなかった。
俺が飛び出てしまった体も倒れたままだった。
俺の抜け殻を見たときの兄弟達の表情もいつものあっけらかんとした表情はどこにもなくて、青ざめたり泣いたり、呆然としたり…笑うものやスルーするものは誰一人居なかった。
俺はそこで気が付いたんだ。
そうか。この世界は既にギャグアニメではなかった。幕はとうに引いていたんだった。
俺が生き返ることはないし、ブラザー達が馬鹿にすることもない。
俺の体が引き取られて、
俺は白い死装飾を着せられて、
俺は、見たくもない自分の葬式を目の当たりにすることになってしまった。
死神とやらが何度も俺を迎えに来たけど。
暫くは成仏なんか出来なかった。
俺が死んで以来、おそ松は皆の前ではいつも通りなのに一人になったとたん歯噛みして悔しげに怒りを表した顔で苦しむようになった。
チョロ松は反応こそ普段と変わらなかったが、疲弊したようにやつれたような顔で作り笑いをするようになった。
十四松はひどくしゃべる回数が減ってしまった。口を開けばあの元気な声を出すが、回数が減りぼうっとするようになった。
トド松は…俺のことを相棒だとまだ思ってくれていたのだろうか。毎日泣くようになった。
一松は。
俺と一松は、恋人同士だった。
大好きだった。毎日笑っていてほしかった。
俺と結ばれてから少しずつ心を開いては明るくなったように見えた一松。
ひねくれながらも優しかった一松が。
「一松、早く帰ってこないかな」
「………いつ起きるか分からないんだって。」
俺の死体を見た瞬間倒れ、一種のトランス状態に入り、目を覚まさなくなった。
身体異常は何も無いらしい。精神面で起きたくないと逃避に入り、目覚められないと。
病院で入院して眠り続けていた。
気が気じゃなくて、暫くは俺もあちらの世界に行くことが出来なかった。
だが、考えが変わったのはそれから2週間したときだ。
一松が目を覚ました。俺も兄弟達の後ろから体のない姿でついて行った。
あんなにもちもちとしていたのに、ひどく細くなってしまった彼は、確かに起き上がりベッドに座っていた。
「一松!」
「やっと起きたかお前!」
「心配してたんだよ!?」
「一松にーさんよかった!!」
『一松……!!ああ、無事で居てくれて良かった。』
「………ああ。悪いね、心配掛けて。………先生に日付聞いたけどもう2週間、経ったんだってな。……俺、…出てやれなかった。葬式。」
『……!!良いんだそんな物!俺がお前を悲しませてしまったせいで!』
「……笑われちゃったよ、お医者さんに。こんなことで病院に来るケース稀みたいだからね…元も子もないし損しただろって。俺、本当に」
『…!!!!そんなこと言われ……』
「松野一松さん、体調お変わりないですか?お兄さん方、来てくれたんですね」
『……こいつが…』
「あ、あの!先生、いくらなんでも一松のこと笑うなんて…!」
「や、やめてよチョロ松兄さ…俺は別に」
「いい、一松もチョロ松も引いてろって。あのさあセンセ、あんた仮にも医者でしょ?患者の精神不安定にさせる発言はどーかと…」
「おそ松兄さ…っ!」
「いえいえ、不安定な気持ちにさせたつもりはないんです。そう思わせてしまってのなら申し訳ありませんでした。ただちょっと…うちもね、こんなことで来られても栄養剤の投与しか出来ませんし困っ…」
『一松を馬鹿にするな!!!!!!!』
ガシャアン!!!!
「……え」
「…い、いま、の何」
「先生が、いきなり…薬とか入れてる台に…」
「……え?」
「ちょ、ちょっ…!頭から血が出てるよ!!誰か早く呼ばなくちゃ!!一松兄さんナースコール押して!」
「も、もう押してる…っ!ど、どど、どう、してこんな……」
「直接呼んできた方が早い!俺行ってくるから!」
『…………!………俺………』
『わかりましたか』
『…死に神だったか…俺、俺!今、先生を殴ってしまって、』
『霊は怨念の強さによって化け物みたいになってしまいますから。』
『…!……一松を悲しませてこんなことにさせてしまった挙げ句俺は、人を……』
『成仏する気になりましたでしょう』
『……っ』
『ここにいてもあなたは報われません。』
『それは、わかった、わかり、きった…』
『ですから』
成仏して、生まれ変わるしかないのですよ。
今の貴方は誰かを怖がらせたり、傷付けることしか出来ません。貴方がもし必要な人間ならば、人間に戻れば良いのです。
その大事な人たちや、必要としてくれる人たちが、覚えていてくれるならの話ですが。
十六年前、カラ松が死んだ。
死因は脳挫傷。
路地裏でよく猫と遊んでいた俺は妊娠した母猫を贔屓していたんだ。早く生まれないかなあ。そう思いながら餌を多く与えてみたり、毛布をうちからもってきたり。毎日の楽しみにしていた。
カラ松にも紹介してやって、ふたりで新しい命の誕生を見守っていたんだ。
そんなある日。
いつものように俺が路地裏に行くと、明らかに刃物で傷つけられたおなかの大きい猫が血を流して倒れてたんだ。
「……あ、……っ!!…うそ、うそうそうそだ、だって、昨日まで、あんなに元気で、それにこれどう見たって、…人…に!」
「一松、遅くなって済まない!暖かいと思ってうちからミルクを温めて水筒に入れてきたんだ、きっとマミーキャッツもよろこ……?どうしたんだ、いちま……」
「っ…か、らまつ…、これ、」
「────!!!」
「おなか、おおきかったのに。こども、もうすぐ生まれるのに。…っ、絶対助けてやろうって、言って、た、のに…!これ、誰かが、…っ、つめたく、なっちゃってて。俺、…どうしよう。どうしよう、からまつ、どうしよ…」
「…………………」
「あっれ-?誰か居るよ?」
「昨日もここ野良猫集ってたんだよなあ」
「いや猫やっちまうとか胸くそ悪すぎるって、もう止めとけほんと…あ?おにーさん達何してんの」
「あれ?その猫昨日俺達がやったやつ…」
カラ松は。
路地裏に入ってきた男達を殴り散らした。
「…誰だ、…一松の大事なものを…こんな風にした奴は……」
チョロ松兄さんの就職祝いの時、おそ松兄さんを殴ったときなんかより数倍怖かった。
四人居る内の最期の一人を絞めたあと、そいつの頭を踏み付けて。
「……詫びろ、母親が、…子を亡くした気分も、子が母親を亡くした気分も、…っ大事な物を壊された気分も、全部…」
「っ、からま、もうやめとけよ!そ、れ以上、したらその人達死んじゃうだろ…?気絶、してるし」
「…っ、」
「…俺、ちゃんとこの猫のこと弔うよ、だから」
「──っ、一松後ろ!!!!!」
気付かなかった。
こいつらの仲間が、後から合流する約束をしていて、物音から状況を察していて。
俺の背後に伸びよって、鉄パイプを構えていたことに。
鈍い音がして。ああ、俺やられたんだって思った。痛くないから。人は強すぎる痛みは痛覚すら感じないって言うし────。
いや。おかしいな。
衝撃もないのは、さすがに………?
「ひっ、ひいっ!!!?…う、うそだろ!?…う、うごか、ねえ、……お、おれ、や、やっち、まったのか…?」
「…………え。」
ぬるりとした感覚。あと体が重い。誰かに覆い被さるように抱き締められていることにそこで気がついた。
髪が、濡れた。なんだこれ。
………赤い、けど。
どさり。
「…………え」
「うっ、…うわぁぁぁあ!?!?」
殴った男が逃げ出したことに追いかける気力さえ、僕には湧かなかった。
だって、視界が霞んだんだ。嘘だ、こんなの…
「……からま、つ、…からま………」
僕は、そこで意識を失った。
十六年して、僕は猫カフェのバイトをして生計を立てて、アパートで一人暮らしをしていた。
父さんも働けなくなったし、ニートしてたら生きていけない。最初は怖かったけど人生何とかなるもんで。
そういや、俺のアパートって実家から結構距離有るから最近様子見に行けてないけどみんなどうなったんだろ。
カラ松のことがあってか、僕だけは三年くらいしてからすぐに動いたもんだから……。
「…にしても、もうおっさんだね俺も。来年には俺が店長になるし、しっかりしないと。アラフォーってきっついわ……スーパーの袋がクソ重い」
こんなとき、アイツが居たらきっと
「貸すんだブラザー、重たいだろう?」
「………へ、」
「…フッ、やっと逢えたなマイリル一松。」
………………へぇええ!!!????
「な、な、な、な、にこれゆゆゆゆ幽霊」
「なっ!?ちがっ!ノンノンノン!!!カラ松だカラ松だ!!!生まれ変わって逢いにきたんだ!学ラン姿だから解るだろう!?」
「な、ななに言ってやがるガキが大人をからか」
「お前のエロ本の隠し場所は確か」
「うわぁぁぁ!!!!!やめろ!!!!わかったからやめろ!!…ど、ういうことだよ!?」
「…俺は紫泉 空!…まあカラ松で構わない。そら、なんてやはり十六年経ってもなんか慣れなくてな。赤塚高校1年のバスケ部さあ!ブーット!お前の、フィアンセ…あれから生まれ変わってお前を探し続けた人生を送っていたのさ!」
「はぁぁあ!?ばかじゃねーの十六年も!?」
「三歳の時からだから正確には13年だな。流石に覚えてなかった、すまん。」
「……ん?そういやそんくらい前におそ松兄さんが変なガキがよく来るって……」
「俺だな」
「…うわあ」
「大丈夫だぜ、一松が家を出ていたことには驚いたがちゃんと皆に少しずつだが説明して解ってもらえたんだ。更に十年くらい掛かったが」
「何やってんだお前は前世に未練ありまくりか」
「頭のおかしい子供だと言われたときはかなり苦しかったな……中1からはずっとお前のことを探していたんだ。だめじゃないか一松、自宅の住所を皆に知らせていないなんて」
「だ、だって皆心配するから…」
「だから知りたいんだろうが。さ、家までこれを運んでやるから。」
「い、いい」
「何故だ」
「…金輪際会いに来んなよ、新しい人生送ってるなら幸せになりゃ良いし。俺もうじじーだし。36だよ36。お前にはこれから新しい幸せみつけられんじゃん。…お前が死んだのだって俺が、いだだだだだだだ」
「行けないことを言うのはこの頬かー?んん-?それともこのくちか-?」
「やへろおお!!はなへえええ」
「俺が死んだのはお前のせいじゃない!むしろお前を守れたことが本望だ!」
「うう…阿呆なことばっかいいやが」
「お前が悪いと思ってるなら今すぐキスしてくれ一松」
「はあっ!?」
「それでチャラにしてやるぜ、ブラザー?」
「おおおおまえ頭湧いてるだろ外だろ此処!」
「やだやだやだやだやだやだやぁーだぁ!!!折角逢えたのにこのままだなんてやぁーだぁあ!十六年前からずっと大好きで追いかけてきたのにやだやだやだー!キスしてくんなきゃやだぁあ!」
「わかった!!!わかったから叫ぶな!ご近所さん今通りかかったのみえたから!やめて!」
「いちまつう!」
「帰ったらな!!!!!!いいかそこまで手ぇ出すんじゃねぇぞ!!」
「せらびぃ!!!!!」
こんなわけで、転生した高校生のこいつがうちにいりびたるようになってしまい。
「こんばんは、空の母です。」
「!!!!あ、あ、こ、こんばんは」
やべえ!!!!高校生の息子を三十路越えたおっさんが可愛がってるなんて知れたら…!いや可愛がられてんのおれだけども!!!!
「空がいつもお世話になっています。なんでも一松さんは保険の教育実習の先生で、そこで仲良くなって頂けたようで…」
「へ!あ、ああ、はい………」
こいつこんな方便を!!!
「それでお願いなんですが…うちのこ余りお友達が居なくて、なのに家事スキルがなくて…」
「はは……」
俺に会うためだけに十六年費やしてりゃそりゃあ出来る家事もやんねーし友達もあんま作んねえだろうな……。
「兄弟もおりませんし、実は私と旦那が仕事の都合でひとつきほど海外に行かなくてはならなくて…だからといえ高校生にいきなり付いてこいとは言えませんし、あの、生活費はお出しします。お礼も……空のこと様子を見てはくれないでしょうか。心配で…」
へ!!!!?????
「お願いします…!一松さんにしか頼れなくて」
今日未明。
「は、はい…お、俺で良いのなら……」
この高校生クソ松を。
「ありがとう御座います!!」
ひと月うちで預かる羽目になりました。
しばしおまちください!