北風 2016-09-11 16:47:48 |
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「…………」
鴫羽さんが部屋を出て行ってからも私はしばらくぼんやりと座り込み、記憶の糸を辿っていた。
昨日は余りにも濃い一日だった……。
昨日の事なのに、今でもまだ気持ちの整理がつかない。
「はぁ……」
寝て起きたら全部夢でした、ってオチは……そりゃまあ無いよね……。
「本当、夢だったら良かったんだけどね」
はぁ……と再度溜め息を吐きながら俯くと、自分が見慣れない服を着ている事に気が付いた。
いつも就寝時に着ているパジャマでは無い。
もっと風情のある、桜柄の和服だった。
「浴衣……?」
着替えた記憶は無いから、寝ている時に誰かが着替えさせてくれたのだろう。
「おお……」
それにしても浴衣なんていつぶりだろうか。
鮮やかなピンク色に思わず感嘆の声を洩らす。
一つ一つ丁寧に花びらが刺繍されたそれは、寝巻きにするには勿体ない程の美しさだ。
私は浴衣の着崩れを直し、布団の上に立ってその場でくるりと回ってみた。
浴衣の裾が風を受けてふわりと揺れ、糸がキラキラと輝いた。
「ふおお……」
「ふむ。僕の浴衣はそんなに良い物かい?」
「ひゃおおおお!?」
驚いて声のした方に顔を向けると、鴫羽さんが小首を傾げてこちらを見ていた。
「あ……あれ!?あれ!?さっき出てったはずじゃ……!?」
私は取り繕うように早口でそう尋ねた。
恐らく今私の顔は真っ赤になっている事だろう。
「ああ。部屋を出てから食事の場を伝えて居無かった事を思い出してな」
「あぁ……た、確かにそうでしたね……」
それは良いけど、せめてもっと早い段階で存在を主張して欲しかった。
私が目覚めたときはあんなにも激しく主張してきたのに……。
「案内しよう。付いて来たまえ」
鴫羽さんは颯爽と身を翻し、部屋の襖に手を掛けた。
が、そこで動きを止め、私の方を振り返る。
「?どうしました?」
「そう言えばまだ先程の質問に答えて貰って居無かったな。さあ、教えてくれたまえ!何故君はその浴衣に其れ程迄に興奮して居たのかい?」
蒸し返すな。
もう終わっただろその話は。
次の流れに進もうとしてたじゃん、今!
「ああ、いやいや。勘違いし無いで欲しい。僕は何も君をからかっている分けではない。」
そう言って首を左右に振る鴫羽さん。
黒髪がさらさらと揺れた。
めっちゃ綺麗。
「その浴衣は僕が友人から譲り受けた物なのだが、僕は審美眼と言う奴を持って居無くてな。どうもその価値が分からない」
「か……価値って……?」
「ん?ああ、60万するらしい」
「ろくっ……」
余りの金額に、私は全身を硬直させた。
嫌にきらびやかだとは思っていたけど……!
「む。君はそれの良さが理解出来るのかね?」
「や、やややややや綺麗だとは思いましたけどそこまでとは……てか、理解できるとかできないとかの問題じゃなくないですか!?」
「む?」
鴫羽さんは不思議そうに首を傾げる。
「何故そう思う?持ち主が価値を理解出来なければ、其れは価値を持って居無いのと同じでは無いのか?」
「う…………いや確かにそうですけど……!」
調子狂うなぁ…………何なんだこの人…………。
>北風さん
更新お疲れ様でっす!
いやぁ面白いテンションの人ですねW
上手く言えないけどこのテンション好きだW
にしても凄い金額だなぁ..譲った友人すごいですねぇ
更新頑張ってくださいね!
:お返事遅れてすいません!
砌華さんは一番キャラ固めるのに時間がかかった子でして……^^;
本当、このキャラになるまで二転三転、いやもう十六転くらいしましたw
めっちゃ転がりました。
その結果大分不思議なお人になってしまい、「私の文章力でこのテンションを読み手に伝えられるのだろうか……」と心配だったのですが、分かってもらえたようで何よりですよ(*^_^*)
せっかく苦労して生み出したキャラですから、これから沢山活躍させてあげたいです!
次の更新の前に、多分もう片方の小説トピの方を更新するかと思います。
執筆速度カタツムリですが、見捨てずに読んで頂ければ嬉しいです……!
>北風
ほほぅなるほどこれは面白い展開で。自分はこれぐらいしか言えませんが更新頑張って下さいね。
寒い時期ですが風邪とかはお気をつけ下さい
「まあ取り敢えず着いて来給え。食事が冷める」
「え、でもこの服のままじゃちょっと……万が一汚してしまっても私弁償できないですし……」
「ああ別に構わないぞ。どうせ僕は持って居ても着ない事だしな。君に差し上げよう」
「ええ゛っ!?」
鴫羽さんがさらりと吐いた言葉に、私は仰天する。
どうする私。
60万貰ったぞ。
…………。
「っていやいやいや! 頂ける分け無いですよ!」
一瞬金額の大きさに靡きそうになった自分を心の中で叱咤する。
「ていうか貰い物なんでしょう!? 大事にしてあげてくださいよ!」
「だが君の服は今洗濯して居るし……それに送り主とは別に其れ程深い間柄でも無いぞ?」
「深いですよ! いや私その人知りませんけど! 60万でしょう!? と、とにかく私は貰えませんから!」
「むぅ……其処まで言うのなら仕方無い。君には僕の私服を貸して遣ろう」
「あ……はい。それでお願いします」
やっと納得してくれたようで、鴫羽さんは押入れを漁り始める。
また凄い値段の物出してこなきゃいいけど……。
多少危惧していたが、どうやら心配は無用だったらしい。
数分後には、私は花柄の可愛らしいワンピースを身に纏っていた。
「済ま無いな、そんな古いもので。生憎君の体躯に合いそうな服が其れしか無くてな」
「い、いえいえいえ! とても素敵なワンピースで。ありがとうございます!」
浴衣からの開放と可愛いワンピースに私が若干テンション上がっていると、
「オイ鴫さん!何してんだよ!?メシが冷めちまうだろーが」
突如スパァンと襖を開け放ち、誰かが現れた。
驚いて顔を向けると、金髪強面の男の人がお茶碗を片手に立っていた。
いかにもその筋です。といった外見だが、お茶碗というほのぼのアイテムひとつで迫力が完全に失われてしまっている。
「む、モロハか。済ま無い、今行く」
「ったく……早くしろよ!…………あ?んだこのガキ?ネムの餌か?」
モロハと呼ばれたその人は、私を睨み付けてそう言った。
……餌?
「違う食用では無い!訳有って此処に匿う事になったいたいけな美少女だ」
鴫羽さんはむっとした様子でそう言い返す。
美少女て。
鴫羽さんみたいなルックスの人に言われても全く嬉しくないどころか僅かに怒りさえ覚える。
……食用?
人間に対して使用するにしては何だか物騒な単語達に小首を傾げていると、鴫羽さんがこちらを見て笑顔で言った。
「安心し給え。モロハが餌とか宣って居たが、君の事は食べない」
フォローになっていない。
「いや、僕は犬を飼って居るのだがな?そいつが偏食家で人肉しk」
「あ、説明は結構です」
精神衛生上これ以上聞くのはよろしくないと判断し、私はその台詞を遮る。
「そうだ鴫さん。そのガキ、匿ってるたー言っても部外者なんだろ?余計な事教えんじゃねーよ」
モロハさんもあきれた様にそう言った。
この人、もしかしたら一番常識的なのかな……。
本当に人は見た目によらない。
「てか、それよりメシだ!ガキも早く来い!」
「は、はい!」
「ああ、では行くとしようか」
そうして、私の死際荘での慌ただしい2日目が始まったのだった。
鴫羽荘は2階建てで、1階は共有スペース、2階が居住スペースだそうだ。
2階には各住人の部屋に加えて、私が寝かされていた和室と空き部屋が2部屋、合計8部屋あるらしい。
外からでも十分な大きさに見えた鴫羽荘だが、いざ入ってみると予想以上の広さだ。
「そう言って貰えると管理人としても鼻が高いな」
私の正面の席に座った鴫羽さんは、満足そうにそう言って卵焼きを口に運ぶ。
「ま、ムダに広いよね。いざ住むとなったらけっこー面倒な事あるよ?」
と、右側の席から昶くんが茶々を入れる。
彼は私達が来る前に食べ終わってしまった様で、今はダイニングテーブルに頬杖を突いてくつろいでいる。
「んじゃ出てけアキ」
と、今度は左側からモロハさんが言う。
その辛辣な言葉は昶くんに投げかけられているものの、本人は箸を進める事に夢中である。
でもその気持ちはよく分かる。
出てきた朝御飯は白米・卵焼き・アジの開き・味噌汁、と素朴なメニューだったが、どれも作り慣れている感じがしてとても美味しい。
丸1日何も食べていない身としては、ついつい遠慮を忘れてしまう。
て言うか、私ってつくづくタフだなぁ……。
己の生命力の強さに若干引く。
「おいガキ!あんま食い過ぎんじゃねぇよ」
「ふっ!?は、はい!ごめんなさい!」
モロハさんに睨み付けられ、私は畏縮する。
目力が凄い怖い。
「モロハ、先程から思って居たのだが、此の子にも名は在る。其の様な呼び方は止め給え」
「鴫羽さん……」
鴫羽さんの予想外の優しい言葉に、思わず感動した。
変わってはいるけど、良い人なんだな……。
「でもオレこいつの名前知らねえんだよ」
「ん、成る程そうだったな。済ま無い、今教えてや……」
そこまで言うと、鴫羽さんはぴたりと動きを止めた。
「……鴫さん?」
モロハさんが呼びかけるが、鴫羽さんは固まったままだ。
「どうしました?」
「……重ねて詫びよう、済ま無い」
鴫羽さんは顎に手を沿え、深刻そうな表情で口を開いた。
「し、鴫羽さん?」
「僕も……君の名前を知らなかった」
「…………」
「…………」
唖然。
「あはははしーさん最っ高ー!」
脱力感の溢れる沈黙を破ったのは、昶くんの笑い声だった。
「なんで今まで違和感持たなかったのさー!」
「いや……すっかり忘れて居た。僕自身も衝撃を受けて居る」
「ははははあ、そーいや昨日の蛍ちゃんもそうだったなぁ。いやー、ほんっと良いコンビ!ボクの読みは外れてなかったよー!」
「ケイ……?其れが此の子の名なのか?」
鴫羽さんは私を見つめてそう聞いた。
「あ、はい……風実蛍といいます……」
「ふむ……では風実君と呼ぼう!モロハ、御前も呼び方を決め給え」
「あぁ?今か?オレこの後仕事あんだよ、鴫さん達だけでやってくれ」
「そう云う訳には行かん。大事な事だ。風実君も同居人との距離が遠いままでは困るだろうしな」
「別にオレは困らな──」
「管理人命令だ!」
鴫羽さんがきっぱり言い切ると、モロハさんは諦めたように溜め息を吐き頭をがしがしと掻いて私の方に向き直った。
「あー…………風実?」
「は、はい」
「オレは空田諸刃だ。まあ適当な名前で呼べ」
「えっと……じゃ、空田さん……」
流石に会って間もない大人の男性を名前呼びするのは失礼……と言うか、違和感がある。
『モロハさん』は改めて、名字で呼ぶ方が無難だろう。
空田さんは「ん」と頷くと、鴫羽さん振り向く。
「これで満足か?もう出るぞオレ」
そう言って空田さんはダイニングから出て行った。
空田さん……やっぱり一番まともに見えるな。
…………今現在身の回りに居る最もまともな人間が、あんな見た目の人なんて……。
空田さんには失礼だが、私は自分が立たされている状況の異常さを再認識してしまう。
「モロハは変な奴に見えるかも知れんが、根は良い奴だ。仲良くしてやってくれ」
空田さんも鴫羽さんには言われたくないと思う。
「モロハもしーさんには言われたくないと思うよー」
口に出しちゃったよこの子。
「む?如何言う事だ?」
「んー?そのままの意味だけどー」
「?」
楽しそうだなぁ……昶くんは……。
若干呆れながらそんな二人を見ていると、不意に背後に気配を感じた。
振り向くと、眠たそうに目を擦るヒオちゃんが立っていた。
「あ、ヒオちゃん」
「…………」
ヒオちゃんはぽーっとした目でこちらを数秒見つめていたが、急にハッとした顔に変わった。
「け、けーちゃ……」
どうやらやっと私を思い出したようだ。
可愛いなぁ、と和んでいると、ヒオちゃんは気まずそうに私の顔から目を逸らした。
「どうしたの?ヒオちゃん」
「あっ……あの……えと……」
彼女はもじもじして何か言い淀んでいる。
「き、のうは……ごめんね……」
「?……あ。あ、あ~」
どうやら昨晩私を怖がらせてしまった事を気に病んでいるらしい。
「いやいやいや!大丈夫だよ、そんな気にしなくても~!私もう忘れてたし」
「ほ、ほんと……?」
ヒオちゃんはほっとした様な表情を浮かべる。
「ほんとほんと~。ほら、ご飯食べよ」
「……うん!」
「さて、作戦会議だ」
皆が一通り食事を終えた所で、退屈そうにしていた昶くんがおもむろにそう切り出した。
「作戦会議……って何の作戦?」
「おや、風実君が其れを訊ねるのかい?」
私としては昶くんに聞いたつもりだったが、返事は鴫羽さんから帰って来た。
「無論、君をこの状況から救い出す為の会議だ。君が一生此処で隠れて暮らして居たいと言うのなら話は別だがね」
「ま、現状を変えたいなら動かなきゃダメだって事だよ。『こっちの世界』は今、蛍ちゃんが思ってる以上に大騒ぎになってる」
「……!」
ドクン、と心臓が鳴った。
二人の言葉が私を忘れていた現実に引き戻す。
「蛍ちゃんがそうしたいなら鴫羽荘でニートとして生きても良いんだけどね? ボクとしてはその方が楽しいし」
……それはちょっと遠慮しておきたい。
それに自宅に帰らず学校にも行かないとなると、失踪事件として取り扱われ、両親にも迷惑をかける事になるし……。
「どうする? 正直作戦を綿密に練ったとしても、上手く行くとは限らないよ。何せ裏の人間を敵に回しちゃったんだからねー」
「うぅ……」
「最悪の事態も考え有るな」
「うあぁぁ……」
淡々と私を追い詰めるように言葉を重ねる二人。
重圧に耐えられなくなり、私はテーブルに肘を突いて頭を抱えた。
そうだ、私はもう戻れない所まで来てしまっている。
前に進むしか無い。
この先にどんな悪路が待っているとしても、選択肢は二つしか無いんだ。
「ふ、ふたりとも、やめてあげて……? けーちゃんこまってる……」
「今決断出来ないんなら、これから動いたとしてもすぐ死んじゃうよ。困るくらいならニートを選びな、蛍ちゃん。命が惜しいならね」
ヒオちゃんがオロオロしながらフォローしてくれるが、昶くんは到ってドライだ。
鴫羽さんも頷いて同意を示している。
あぁ、もう!!
「昶くん!」
私はテーブルをバン!と叩いて立ち上がった。
「作戦会議をしよう」
あの路地裏で昶くんに拾って貰っていなかったら、きっと私は今頃殺されていた。
仮に数日生き延びる事が出来たとしても、完全に逃げ切る事なんて絶対に無理だろう。
昶くんに救われた命だ。
昶くんに委ねてやろうじゃないか。
「私は現状を変えたい。手を貸して」
そう言い切って、私は昶くんの目を見つめる。
暫しの沈黙の後、昶くんは不敵に笑った。
「──いいよ。言っとくけど、後悔しても戻れないからね?」
「分かってる」
私もそう言って、笑い返した。
「先ず状況を整理しよう。昶、頼む」
鴫羽さんの言葉に昶くんは頷き、着ているパーカーのポケットから携帯を取り出した。
「えーとね、昨日蛍ちゃんを拐ったのは『安河山会』ってトコの会員。お察しの通り、まあそっち系の人達だよ。多分恨みがある組の組長の娘と蛍ちゃんを間違えたんだろーね」
う……やっぱりか…………。
何度か同じ経験もあるしそうだとは思っていたが、こうなった理由の余りの理不尽さに腹が立つ。
「で、蛍ちゃんが元の生活を取り戻すための方法だけど、現時点では二つある」
指を二本立てながら昶くんは言った。
「まず安河山会の本拠地に乗り込んで、『私はただの一般人なんです~。この前の事は事故だったので忘れてください~』ってな感じで許しを乞う方法」
ちょっと待て。
なんだその作戦。
成功する気がしないぞ?
「そんな顔しないでよ蛍ちゃん」
考えが顔に出ていたらしく、私の顔を見た昶くんは苦笑いを浮かべた。
「無謀に見えるかもしれないけど、あいつらの世界では何の罪も無い一般人に手を出す事は絶対的なタブーだ。今回の事が公になれば、安河山会は表の世界でも裏の世界でも立場を失うよ」
……まあ説得力はあるけど……。
果たして私は『何の罪も無い一般人』という括りに入っているのだろうか。
確かに昨日拐われた時点ではそうだったが、今となっては私は……。
「ま、安河山会はそこそこ力を持った団体だからな。事件の前半部分は揉み消されて、『風実君が会の重鎮を刺した』と云う事実だけが残る事に為るかも知れん」
鴫羽さんは私の心を抉るような事をあっさりと言ってのける。
「ん、いやちょ、ちょっと待ってください?」
と、心に引っ掛かる事があり、私は掌を顔の前に突き出した。
「あの……私が刺してしまった人って……ど、どうなったんです?」
それ次第で私の罪じょ……運命が決まる。
知るのが怖くもあるが、そんな事言っていられる程平和な状況では無い。
あの時は私もかなり混乱していたから、あの人の安否なんて考えもしていなかった。
「あー、そう言えばどうなったんだろーね?」
「ひ、人の生死をそんな軽いノリで……」
ヒオちゃんを始めとして、ここの人達は命に対する価値観が普通とは違う気がする。
生命を軽んじていると言うより、死を恐れていない、と形容した方が良いか。
「うーん、待ってて。今『訊く』から」
きく?
どういう意味かと訊ねる前に、昶くんは携帯を操作し始めた。
メールでも打っているのか、忙しなく指を動かしている。
鴫羽さんもヒオちゃんも、昶くんの行動に対し特に疑問を抱いている様子も無い。
よく解らないまま成り行きを見守っていると、じきに昶くんは操作する手を止め、口許を緩めた。
「うん、解ったよ。蛍ちゃん安心して。そいつは死んでない」
「えっ本当!?」
……ぃよかったあああ~。
机に突っ伏して息を吐く。
何とか人としての一線は
越えずに済んだらしい。
だからと言って現状が変わる訳では無いが、取り合えず一安心だ。
「そいつの名前は黄凪真夜。安河山会の幹部でかなり腕の立つ会員だね。まあ女子高生相手とは言え刃物で一突きだからね。流石にまだ回復はしてないみたいだけど」
「あ、あの……昶くん」
「ん?」
ずっと気になっていたのだが……。
聞くタイミングを掴めずにずるずる引っ張ってしまった。
だが、正直もう限界だ。
堪らず、私は昶くんに訊ねた。
「昶くんは何で……そんなに知ってるの?」
「知ってる……って言うと?」
「何ですぐにあの人の安否が判ったの? 何で私の体質の事を知っていたの? 昨日、どこから私を見ていたの? 昶くんは──何者なの?」
一通り質問攻めにすると、私はじっと昶くんを見据える。
一呼吸置いて、彼は相変わらずの笑顔のまま口を開いた。
「やだなぁ、蛍ちゃん。もしかしてボクが実は裏社会を牛耳ってるとか思ってんの?」
「……ちょっとね」
だって意味深で怪しげな雰囲気放ってるし。
変な余裕あるし。
実際何なのか解ったもんじゃないよ、この子。
だがそんな私の思考とは裏腹に、昶くんは私の返しを聞いて笑い出した。
「あっはははは! いやー、そうだったらカッコいいんだけどねー!」
「う、うん…………まあ違うよね……」
いや分かってたよ?
私だってそこまで本気でそう信じちゃあいない。
でもそこまで笑い飛ばされる
と……。
私は自分の顔が赤くなっているのを感じ俯いた。
「ごめんね、けーちゃん。アキちゃんはそーゆーのじゃないの」
至って申し訳なさそうにフォローしてくれるヒオちゃん。
いっそ笑ってくれた方が良かった……。
そしてそんなヒオちゃんを見た昶くんは更に噴き出す。
「ははは! 蛍ちゃんもヒオも予想を裏切らないねー!」
駄目だ。
昶くんと話していると全然話が進まない。
まあ最初に脱線させたのは私なんだけどね……。
「鴫羽さん……」
私は鴫羽さんに助けを求める視線を投げ掛けた。
この人もこの人でいまいち会話が成立しない部分があるが、真面目に取り合ってはくれそうだ。
「うむ、分かったぞ風実君。僕が代わりに説明しよう」
言わんとしている事は汲み取ってもらえたようだ。
鴫羽さんは私に向かってしっかりと頷き、まだくすくす笑っている昶くんに代わって話し始めた。
「昶はな……まあ一言で言うと情報通と云う人種だ」
「情報通?」
それは、あの学年に一人は居る、クラスメイトや先生の良からぬ噂とかを一早く仕入れるタイプの人間の事か?
「昶はこの街で一番と言っても過言では無い程の情報を持っている」
「!?……そんなに……」
驚いて思わず昶くんを見つめると、彼は珍しく無邪気に誇らしげな表情を浮かべた。
こう見ると普通に可愛い中学生なんだけどな……。
「昶は訳有って『情報』に拘って居る。情報収集が趣味──否、仕事の様な物だ」
故に、と鴫羽さんは続ける。
「此の街の住人の事なら、手に取る様に解る。そいつの住む世界が、表であろうと裏であろうとな」
「…………」
背筋に冷たい汗が流れる。
──だから私の事も知ってたんだ……。
名前の事も体質の事も。
「昶の所持する記録媒体には、此の街を裏の住人の連絡先がびっしり刻み込まれている。そいつらに一斉にメールでも送れば、今街で起きている事件の詳細や真相等直ぐに入手出来るんだ」
「…………すご……」
思わず感嘆が口から洩れる。
映画のような体験など幾らでも味わってきたつもりだったが(サスペンス限定)、正に現実は小説より奇なり、だ。
昶くんは私よりも幼いが、そこらにいる普通の大人を遥かに上回る情報網を持っているだろう。
胸が高なるのを感じる。
と、昶くんが不意に口を開いた。
「ああ因みに蛍ちゃんって裏社会では割と有名人だよ。三人に一人は知ってるんじゃないかな」
「ぅえ!? 嘘!?」
「うん嘘」
「……」
「五人に一人くらいかな」
「え、ええぇ……?」
またも昶くんに翻弄される私。
てか、有名人?
何で?
「で、でもあの人達、私の事知らないっぽかったよ?」
私を拐ったヤクザさん達は、私を誰かと間違えていたようだった。
私を知っていたら、拐う前に気付く筈では?
「ああ、安河山ほど力持ってる所は知らないんだろうね。脅迫とか詐欺とかでみみっちく食い繋いでる奴等には知れ渡ってるよ。『標的はランダムで選んでる筈なのに、風実蛍という少女の登場率がいやに高い~』って」
「……」
心当たりがあり過ぎる。
よくよく考えてみれば、いや考えなくとも私が犯罪者の皆様の間で有名になっているのは当然の事だ。
「でもねけーちゃん、アキちゃんはそこをりよーしようとしてるんだよ」
「?」
利用?
ヒオちゃんが得意気に言った言葉に、私は首を傾げる。
「利用?」
鴫羽さんも首を傾げる。
いや、あんたは理解しているべきだろ。
立場的に。
北風さん久しぶりです。自分ガラケーなのか下のが行けなくて読めません;読めないのは残念ですが途中からでもいいんで期待してますねあっ無理はしないでください(^-^)
主さんお元気ですか?体調とか大丈夫ですか?時間がある時にでいいので続き楽しみにしてますね♪
あっ余談ですがガラケーの人が見れるよう「AA」と「言葉」を入れてみてはどうでしょうか?
スマホとiPhoneの人は見れると思いますが自分の場合は見れなくて;今は見れてますがストーリー書いてその後に「AA」とか「言葉」を入れたら見れるようになります
自分も今それで使ってますので3話分書いたら後に何か入れた方がこちらも見れると思いますから。どうするかは北風さんにお任せします
おおおおおおおおおお久しぶりです!
すみません、更新遅くなって!
>スカイさん
いつもコメントありがとうございます!
AA入れたらガラケーでも見れるんですか!Σ(゚д゚;)
今度から入れてみようかな……。
教えていただきありがとうございます!
>枯れ草さん
コメントありがとうございます!
めちゃくちゃ嬉しいお言葉です!
更新は不定期の極みですが、一応これからも続けていくつもりなので、気が向いたらで良いのでまたコメントいただけるとありがたいです^^
その日の夜。
私は空田さんの運転する車に揺られながら、流れ行く景色を眺めていた。
ごく普通の五人乗りの乗用車。
助手席には鴫羽さんで、その後ろの座席には私。
私の隣は昶くんが座っている。
もう一席空いてはいるのだが、そこには誰も座っていない。
ヒオちゃんは留守番だ。
「モロハ、とりあえず二丁目に向かって。あそこの奴らなら顔が利くでしょ」
「分かってるよ……しっかし安河川につながりのある奴か~……ピンと来ねぇなぁ……」
「大丈夫。あの辺の店に五十山の準構成員が居るから。旅さんに仲介してもらえるよう頼んどくね」
「おお、そうなのか。頼む」
昶くんと空田さんの会話に耳を傾けてみるものの、何を話しているのかよく分からない。
口を挿める空気でも無いので、私はまた窓の外に意識を戻す。
気づけば景色は都心のそれへと移り変わり、煌びやかなネオンが目を刺激してきた。
カラオケ、居酒屋、風俗、バー、その他諸々の。
…………。
「し、鴫羽さん……これってどこに向かってるんですかね……」
私は前の席に座る鴫羽さんに小声で問いかけた。
彼女は爽やかな笑顔でこう返した。
「さあ? それは僕にも分からない。だが治安が良い所では無いのは確かだ」
「…………」
この人はどうしてこう、自信たっぷりに私を不安にする事ばっか言うんだろう……。
変な汗をかいてきた。
そもそも何で昶くんは作戦内容を教えてくれなかったんだ……。
『蛍ちゃんが知っててもどうしようもない事だから』と言っていたが、それでも知っていた方が幾分か安心するだろう。
と、体が前に引っ張られる感覚と共に車が停止した。
「オラ、着いたぞ。さっさと降りろ」
空田さんが肩越しに振り返りながら言う。
あああ……いよいよだ……。
深呼吸をして気持ちを落ち着けようとするものの、どうしても不安が勝ってしまう。
私は高鳴る心臓の鼓動を感じながら車の扉に手を掛けた。
車を降りて駐車場からしばらく歩くと、私達は所狭しとビルが立ち並ぶネオン街に入っていた。
会社帰りのサラリーマンや客引きのホストに混ざり、夜の繁華街を学生二人とその筋らしい男性と美女が闊歩する。
うぅ、凄い浮いてるよ……。
めっちゃ見られてるし……。
居心地の悪さを目いっぱい感じながらおどおどと歩く私とは半面に先頭を悠々と歩いていた昶くんは、ある一軒の居酒屋の前で足を止めた。
店頭に掲げられた看板には趣のある字で『鈴八』と書かれている。
どうやら中々に繁盛している店らしく、外からでも店内の賑わいが感じ取れた。
と言っても居酒屋は居酒屋。
未成年が入りにくい空気はある。
だが、昶くんは一切逡巡せずに入り口の引き戸に手を掛けて普通に入店した。
戸惑う私を尻目に、空田さんと鴫羽さんも続く。
「あ、ああぅ……」
置いて行かれないように、私も慌てて後を追う。
中に入ると、お酒と料理の匂いが鼻腔を弄った。
きょろきょろと辺りを見ると、どの客も楽しそうに笑っている。
どんな所に連れて行かれるのかと怯えていたが、どうやら本当にただの居酒屋のようだ。
何だか拍子抜けしたような気分だが、まあとりあえず一安心して良いみたいだ。
――と、思った矢先。
盛大に何かが割れる音が響き、店内が一瞬にして静まり返った。
「っどぉいう事だよコレぇ!? ぇああ!?」
「えっと……そう仰られましても……」
入り口近くの席に三十代くらいの男が座っていて、若い男性の従業員に詰め寄っている。
机の脚付近には割れたグラスと思われるものが散乱している。
恐らくさっきの音はこれが割られた音だろう。
男は呂律の回らない口調で更に従業員を問い詰める。
「どぉ見てもおっかしいだろがよぉ!? オレこんなに食った覚え無いんですけどぉ!?」
男の手には伝票が握りこまれていた。
一人で結構頼んだようで、レシートの最下部に明記されている合計金額はゆうに三万円を超えていた。
「え……で、ですがお客様がご注文なされたのは、こちらで間違い無いかと……」
「はぁー!? 適当言ってんじゃねぇぞこの野郎!!」
絡まれている従業員は見た所大学生くらいだ。
恐らくこの手の悪質な客に捕まった事が無いのだろう、おろおろと困ったように視線を彷徨わせていた。
そんな従業員に対し、男は更に罵声を浴びせ続ける。
「こんっの、ぼったくりやがってぇ! っろすぞテメェ!!」
「あ……え……あの……」
従業員は気の毒な程萎縮してしまい、今にも泣き出しそうだ。
ど、どうしよう……。
私に何が出来るわけでもないけど、このままにしておいたら暴力沙汰になりかねない。
そう思ってちらりと昶くんに視線を送ると、昶くんは微笑み返してきた。
いや笑ってる場合じゃないよ。
そんな意味を込めてじとっと昶くんを睨んだ時。
だん、と。
男の怒声以外無音だった室内に、もう鈍い音が鳴った。
自然と、店内の目は音源に向く。
店の奥の方のボックス席。
そこに座っていた五十代くらいの男性が、机に乗ったビールジョッキを右手で掴んでいた。
ジョッキを割れない程度の強さで机に叩き付けたのだろう。
灰色のスーツに白髪交じりのオールバック、黒縁眼鏡。
いかにも真面目なサラリーマンといった風貌だが、眼鏡の奥の眼光は鋭かった。
「……オイ、さっきから黙って聞いてりゃテメェよぉ……」
シンとした店内に男性の低い声が響く。
「何この店に難癖付けてくれてんだぁ? 『鈴八』がぼったくりなんざする筈ねえだろ」
言いながら立ち上がった男性は、ゆっくりと歩いて先ほど従業員に文句を言っていた男に近づく。
「単にお前が記憶飛ぶまで飲んだってだけなのにギャーギャー喚き散らしてよぉ……そんな年になってまで恥ずかしくねぇのか? ……言っとくけどなぁ……『鈴八』はここれの店の中で一番常連客が多い……ぼったくりはしねぇって事はみーんな分かってんだよ」
そこで男性は一旦言葉を区切り、足を止めた。
場所は丁度例の男の目の前だ。
男性は威圧的に彼を見下ろすと、吐き捨てるように言った。
「分かったら慰謝料含めて金払って、とっとと失せろ」
「いやぁ~、見てたよ旅さん。カッコ良かったねー」
私達は男性と共に奥のボックス席に座っていた。
「お、そうだろ? 上手くキマッてたろ?」
男性は先程とは別人のように陽気に笑い、昶くんの頭を撫でている。
あの後、男性の迫力に後押しされた他の客があの男に一斉にブーイングをしだし、威圧感に押し負けた男は無事会計を済ませて逃げていった。
見ていた私としてはとてもスカッとしたのだが、この人の素性が知れない内は心を許せない。
出されたオレンジジュースのストローをくわえ、男性をじっと見る。
悪い人では無さそうだけど……。
「で、この嬢ちゃんが風実蛍か?」
「!」
突然男性の口から私の名前が上がり、私は驚いて息を飲んだ。
と同時にジュースを吸い込んでしまい、咳き込む羽目になったのだが。
「ははは! 可愛い反応してくれんじゃねえか」
「あははは! 流石蛍ちゃん」
仲良いな、この人達。
息ぴったりじゃないか。
「あー、でも俺からはまだ名乗ってなかったなぁ」
と、笑いながら男性は言う。
そして一つ咳払いをすると、佇まいを直して私に右手を差し出した。
「俺は間笠まがさ旅たび。この辺で仲介屋をしてんだ。ま、旅さんって呼んでくれな」
「仲介、屋……?」
出された右手を取りつつも、聞き覚えの無い単語に首を傾げる。
「ああ、仲介屋。読んで字の如く、仲介するのが仕事だ。人と人の、もしくは組織と組織の間を取り持つんだよ」
「……そう、ですか……」
説明されてもなおよく分からない。
いや、言わんとしている事は分かるのだが……それは仕事として成り立っているのか?
そう考えて曖昧に相槌を打つと、彼──旅さんは再び盛大に笑った。
「いや、そんな顔するけどよ、結構重要な仕事なんだぜ?」
言いながら煙草に火を点ける旅さん。
背凭れに体重を預けて上を向き、ゆっくりと煙を吐き出すと、言葉を続ける。
「今の御時世、表でも裏でも信用しきれる人間なんざ一握りだ。特に裏社会では、不用意に近付いたら大火傷するような奴らがゴロゴロしてる。この世界で人脈広げてく為には、双方が信頼してる人間が仲介しなきゃなんねぇんだよ」
「へえ……凄いんですね」
純粋にそう感じ、そのまま言葉に乗せる。
だって、そうなると旅さんは多くの人に信頼されているという事になる。
余り詳しくは無いが、この世界でそこまでの人間関係を作り上げる難しさは想像に難くない。
だが私の考えとは裏腹に、旅さんは少し照れたように顔の前で掌を振った。
「いやいや、俺の顔の広さなんざたかが知れてるさ。仲介屋もこの街でしか出来ねえしよ」
「それでも凄いですよ」
「そんな事ねえって」
「いえ、凄いです」
「いやいや」
「いえいえ」
「や、終わんないよ二人共」
昶くんの至極全うな意見によって、私と旅さんの謙遜合戦は終結した。
と、丁度そこに、店員が料理を数品お盆に乗せて運んでくる。
受け取ろうと顔を上げると、私はその店員の顔に見覚えがある事に気が付いた。
いや、見覚えというか──
「あ、旅さん……! さっきはどうも」
「おお、タマ。災難だったな」
旅さんと親しげに言葉を交わすその店員は、正に先程酔っ払いに絡まれていた若い男性従業員だったのだ。
※
「始めまして、ぼくは珠木と申します」
そう名乗り、深々と私達に頭を下げる店員──珠木さん。
……ん?
何で急に名乗られたの?私達。
自己紹介の流れだっけ?
キョトンとする私に向けて、昶くんがさらりとこう言い放った。
「この人は五十山組ってトコの準構成員。こんな顔してるけど、ばっっっちりその道の人だよ」
「へ!?」
私はぎょっとして、つい珠木さんをまじまじと眺めてしまう。
日本人らしい墨色の髪は清潔に切り揃えられ、前髪の下の垂れ目は若さ故の純粋さを纏っている。
身長は170前後で、やや細めの体には筋肉も余り付いていなさそうだ。
どう見ても人畜無害な大学生──いや、高校生と言っても通るだろう。
「こ、こんな人が……?」
「いや失礼だろうがよ、風実。一応俺らは初対面だぞ」
空田さんに嗜められて、私は慌てて珠木さんに小さく頭を下げる。
「いえ、大丈夫ですよ。よく言われますので……」
珠木さんはそう言って力無く笑った。
何だか自虐的な笑みだ。
本人も気にしている所だったのか。
申し訳ない気持ちが更に湧くが、同時に猜疑心も強くなる。
こんな低姿勢で生きていける道なのか?極道って。
就活とかには有利そうだけども。
「そんな顔すんなや、嬢ちゃん。こいつの凄さは見た目じゃ分かんねえ」
旅さんがにやつきながら珠木さんの背をバンバン叩いた。
そして、ふらつく珠木さんの首を捕まえて強引に肩を組む。
立っている所から座っている旅さんの目線の高さまで一気に姿勢を落とされたため、珠木さんは苦しそうだ。
だが、それを気にする様子も無く、旅さんは得意気に言った。
「これから分かってく事だろうよ。その為に俺が仲介するんだからな」
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