雪。 2016-09-03 19:46:48 |
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銃で撃たれた傷は、もう痛まなかった。時々感じる鈍痛はただの錯覚で、右胸の下辺りには薄いカサブタの感触が残っているだけだ。
橘大和(たちばな やまと)が榊原浩介(さかきばら こうすけ)に銃を向けたのは、一ヶ月前の十二月だった。
一年前に出会った二人に何があったのか、真実を知るのは当人達のみだ。
今、榊原は、かつて暮らしていた安アパートの前に立っている。目を閉じれば、橘と過ごした日々が甦ってくる。そして、同時に胸のカサブタが痛んだような気がして、咄嗟に服を握り締めた。
「おい、ただでさえ狭いこの部屋に、こんな馬鹿でかい本棚を置くのか」
橘が発した、ほぼ初対面での一言目は、榊原の引越しの荷物に含まれていた本棚に対する文句だった。
正確には、二人は不動産屋で一度出会っていた。上京して間もない頃、親戚の家にずっと居座るわけにもいかないと家を探していたところで出会った二人は、動機が共通していることと同い年であるということから、直ぐに意気投合した。
適当な2DKを見つけそこに一緒に住むことを決めた二人は、以来携帯のツールや電話で連絡を取ることはあっても、いざ引越しの当日になるまで、顔を合わせることが無かった。
「ここは僕の部屋だから、君には関係無いだろう。君こそ、細々したガラクタが多いんじゃないか」
負けじと返した榊原の言葉に、沈黙が走る。しばらく眉間にしわを寄せたまま睨み合った後、どちらともなく笑みをこぼした。
「安心した。俺、結構うるさく言っちまうからさ。ここでヒヨる奴だったら無理だなと思って」
「そんなのは今までのやり取りで分かっていたよ。まだ一緒に暮らしているわけじゃないのに、早く寝ろだの食事はちゃんと摂れだの……」
「あぁ、悪かったって。でもお前も頑固だよな。自分は今までこのリズムで生きてきた、って」
文字だけで話していたわりに、まるでクラスメイトのように言葉を交わせることが心地よく、これからの生活に期待を抱いたのは、どちらも同じだった。
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