綿菓子 2016-08-14 23:57:17 |
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(目覚めたのは朝とも昼とも言えない十時半という微妙な時間帯、携帯で時間を確認すると隣に温もりがないことを酷く寂しく感じ。今までにないくらいに身体が軋んで骨に響き、やっとの思いで起き上がれば眼鏡をつけてのろのろと服を着て。既に寝室に彼が居た形跡はなく、そのままリビングの扉の前まで行くと覚悟を決めていつもより重く感じる扉を開き。彼が居ても居なくても覚悟は決まっているのか、ゆっくり室内に足を踏み入れては伏せていた顔を上げ前を見据えて)
(中々相手が起きてくる気配も無く先に朝食を済ませると、着々と授業の時間が近づいている事に気付き。僅かに眉を下げながら片付けを終えかばんを手に持ち家を出ようとするも、ふと思い当たる事があれば一度リビングへ戻り持っていたルーズリーフに“鍵閉めてね。あとちゃんと夜寝て三食ご飯食べて。”と書き置きしテーブルの上に置き。小さく息を吐いて家を出ると、重たい気持ちを抱えながら足早に大学へ向かい)
(見渡した先には誰もおらず料理の後の匂いと、微かな彼の残り香を感じ取ることができ。テーブルに並べられた朝食そして置かれていた用紙を見つけて、酷い仕打ちをした人物宛てとは到底思えない優しさ溢れるメッセージを見れば「馬鹿だな…何処までお前はお人好しなんだ」ともう会えないだろう彼の姿を思い浮かべながらぽつり呟き。一人きりでもなんとも思わなかった部屋が今日はやけに広く感じ、静かに腰を下ろすといつもより味わって朝食を食べ)
(悶々とした気持ちを抱えたまま平然と過ごしていられるはずも無く、何度か友人に体調を気遣う声を掛けられながら一日を終え。そんな日々が数日続いたが一ヶ月も経つ頃にはすっかり相手を思い出してしまう瞬間も減ってしまい、以前のように平凡な日常を過ごし。変わった事と言えば相手の居ない寂しさを埋めるように数人と体を重ねていたが虚しさが募るばかりで、会う度に事を終えてから一切の連絡を断つ事を続けているうち繋がりを持つ人間が居なくなった事くらいで。鞄の奥底に眠っていた鍵を見付けたのはそれからまた一ヶ月程時間が経ってからの事。大学で使うテキストが見付からずに鞄の中を漁っていた時漸く見付け、一瞬何処の鍵かと思案するも、直ぐに相手の家の物だと勘づいてしまい。何故こんなところに、と怪訝そうに眉を寄せるが、同時に胸の底から抗いようの無い強い感情が突き上げて来たのも事実であり。苛立ちや期待や後悔や怒り、様々な感情が入り交じって収拾がつかなくなると堪らず鍵を手に家を飛び出し。無我夢中で走って相手の家の前に辿り着きドアノブに手を掛けるが、そこで一気に頭が冷えていくと今更何をしに来たんだ、と自問してしまい。時間の経過はまるで相手との距離のようで、拒絶されるのではないかという恐怖心と相手の行動への怒りが先立ってその場から退くことも進むこともできず。酷い事をされたと認識はあるのにそれに対する感慨は殆ど無く、そんな自らを嘲るように歪んだ笑みを漏らすと意を決してインターホンを鳴らし。例え鍵が開いていたにしても閉まっていたにしても、手元の鍵は使わず手の中にあり。鍵を返すためだけに来たならポストにでも入れておけば良いことは十分理解している上で、もし相手と顔を合わせたとしても何をしたいかなんて考えられないまま応答を待ち)
(彼と離れてからというもの家がやけに広く感じてしまい、気づけばいつも心の何処かで彼を求めている自分が居て。元より生活能力の低い己が支えを失ってまともな生活を送れるはずがなく、一週間もすると部屋はゴミだらけ食事もまともに摂る日も減っていき。日に日に自分という人間そのものが腐っていく様な気がして、先日電話した友人が見兼ねて世話を焼きに来てくれたりもしたが結局は友人と彼を比べて余計に彼を思い出し苦しくなってしまい。このままではいけないと毎日毎日彼のこと考えずに済むように仕事に打ち込み、過ごしずつだが自分でゴミ捨てをしたり買い出しにいったりして生活改善しながら彼を良い思い出として残そうと努力し始め。そんな折久しぶりに家のインターホンが鳴ると、今現状ここに来るとすれば友人くらいしか思い浮かばずリビングから玄関に向かい「今開ける」と何の疑いもなくドアノブに手を掛け。鍵のかかっていない扉を開けるのにそう時間は要さず直ぐに彼とご対面となり、彼が此処に来た理由も何と声を掛けるのが正しいのかも何一つわからない中、ただ一つはっきりしているのは自分の中で未だに彼の存在が大きく胸を鷲掴みされる存在だということで。サンダル引っ掛けて二、三歩其方に歩み寄れば「真冬…」と震えの混じった声で呼びかけ)
…ちょっと痩せたね。ちゃんとご飯食べてる?
(緊張感は高まるばかりなのにインターホン越しに聞こえた声は普段通りで、何だか気が抜けてしまい。しかし出てきた相手は顔を合わせるまで己とは思っていなかったらしく、その様子を見ていると冷静さを取り戻しつつあって。それでも震える声で名前を呼ばれると心が揺れ動いてしまい、それを振り切るようにへらっと笑い問い掛け。返答を聞く前に手の中にあった鍵を差し出すと「…これ、何かの時に俺の鞄に入っちゃったみたいだから返しに来た」と相手が故意に入れた事は心の何処かで気付いているはずなのに素知らぬ風を装い告げ)
──ああ。
(心配かけないようにと短く返事を返すも、差し出された鍵見てはあの日の気持ちが昨日の様に思い出され言葉に表せないくらい切ない気持ちになり。へらりとした笑みに疑いかけることもなく彼は何ら変わりない生活を…否きっと己と居た時より幸せな日常送っているに違いないと思えば、彼の人生から己は潔く身を引くべきなのだろうと差し出された鍵を数秒見つめてから其方へ手を伸ばし)
(伸びてくる相手の指先を見詰めながら“何でこんな事したの?”と沸き上がる疑問を何度も押し留め、知らず知らずの内に悲痛に表情は歪んでしまい。すっかり忘れてしまった気で居たのに相手へ向けていた恋慕はまた己の中で募り、それと同時に最後の夜の事も鮮明に思い出されて。手の上から鍵を取り去っていくこの手が離れてしまえばもう本当に何の繋がりも無くなってしまうのだろう。そう思うとじわじわと心を軋ませていた感情が溢れだし、何の言葉も発する事ができないまま相手の服の袖を縋るように掴み。しかし相変わらずそれ以上は踏み出せないままただ俯いて、行き場の無い感情を逃がす術を探してしまい)
(裾掴まれたことに驚いてしまい咄嗟に彼の表情伺うも俯いている状況では何もわからず、求められているわけじゃないと思いつつどこか勘違いしてしまう自分も居り。どの道このまま彼を放って置けないと判断すれば、やんわりと手を掴み今にも切れそうな糸手繰り寄せる様にそっと静かに彼を抱き締めて)
離して…っ。
(自分から相手に甘んじようとしていたにも関わらず、いざ触れられると突然我に返り咄嗟に相手の肩に手を置き。絞り出したような声で何とか拒絶を露わにするも、相手の体を押し返そうとした手には一向に力が入らないままで。縋りきる事も拒む事もできずに俯きながら「余計な事しないでよ…」と鍵の事や抱き締められている現状の事を含め弱々しい声で呟き)
悪いが、離せない。…嫌なら突き飛ばして帰ってくれ。
(出会ってから今まで、もしかしたら全ての事が彼にとっては“余計”だったのかもしれない。そう思うと申し訳なさで胸が詰まり、解放こそが最善の行動なのだろうけれど体が言う事を聞かず。本気で抵抗されたら簡単に解けてしまうくらいの強さで抱きしめ直すと、数ヶ月ぶりの彼の温もりや匂いに目頭が熱くなるのを感じながら情け無い小さな声で伝え)
何、言ってんの…っ俺の事なんか何とも思ってないくせに…!
(掛けられた言葉を聞いても尚相手の腕を振り払うことはどうしてもできず、そんな自分にもどかしさを感じながらやり場の無い怒りを相手にぶつけ。相手の態度に期待させられる度最後の情事が脳裏を過って期待は打ち砕かれ、自らに言い聞かせるように張り上げた声は涙に震えていて。堰を切ったように溢れだした涙を止める術は見付からず、拳で相手の肩を力無く叩きながら「俺がっ、どんな思いで…っ」と声を絞り出すも言葉に詰まってしまうと相手の肩に額を付けて嗚咽を漏らし)
──!?っ、…違う、其れは…違う。
(今までこんな彼を見た事が無く一瞬言葉詰まらせるものの、余りにも己の気持ちと真逆な内容述べられては黙っていれずあやす様に背中撫でながら首を振り。今すぐ目を見て話したい事は数あれど声から察するに涙溢れているのだろうと思えばその姿勢を維持し、あの最後の日が誤解を生んでいるのかと逡巡するも今更何を伝えても言い訳になってしまうような気がして。これ程までに彼を乱してしまうくらい最低な事をしたという罪悪感と、己の存在がまだ少しでも彼の中に残っているんじゃないかと淡い期待抱きながら「どんな思いだったか…教えてくれ。罵声でも何でも…」と肩を叩く手はそのまま自由にさせて黙って受け止めて)
──…がっかり、したよ。結局、他の奴と同じだったんだって…っ。愛してくれてるのかも、なんて、馬鹿みたい…そんな資格、無いのにね。
(相手が言葉を促してくれたのだから気持ちを伝えるなら今しかないと分かっているのに呼吸は整わず、漸く落ち着いたかと思えば口から出るのは可愛げのない言葉ばかりで。相も変わらず相手の肩口に額を付けたまま嗚咽交じりに呟が、それでは気持ちは収まらず次第に本心が溢れ出し。「俺は遊びなのに、涼介さんに愛してもらえてるって、思ってた。涼介さんには、俺しか居ないんだって…。でも違うんだって分かって、…けど、俺はっ、…涼介さんしか、居ないのに…っ」と駆り立てる焦燥のまま口にすれば言葉は支離滅裂になってしまい、再び涙が込み上げると声を詰まらせて相手の肩に縋り付き)
それじゃあまるで…──、
(好きだと言われてるみたいだ、言い掛けては自意識過剰かとやや不安になって口閉ざし。淡い期待は彼の言葉でほんのり色づいて、そして封じていた己の想いも胸の奥で熱く突き上げてきて。泣き顔が見たかった訳じゃないのに、結局辛い想いしかさせてないくせに、それなのに気持ちを伝えても良いのだろうかと誰に許しを乞うているのか淀みのない空を見上げ。肩に手を置きゆっくり力を入れて互いの体の距離を空けると、彼の綺麗な顔が涙に濡れた表情を自分への戒めとしてしっかり心に焼き付けて。それからそっと頬に手を添えれば親指で涙の筋を拭い、澄んだ瞳と目を合わせると「愛してた。愛しく感じる気持ちは本気だったから、遊びを求めるお前にとって迷惑なんじゃないかと、お前を酷い目に遭わせて無理に離れた方が…幸せになれるんじゃないかとばかり思い込んでいた。…だが、もし違うなら…少しでも、俺に可能性があるなら昔も今も、──これから先もずっとお前を愛し続けたい」とこの数ヶ月間消せなかった気持ち吐露しては不安の色瞳に宿しながらも決して彼から視線逸らさずに返事を待って)
…でも、
(結局肝心なところで二の足を踏んでしまい率直に気持ちを口にする事ができないでいた時、不意に肩を押されると力無く数歩後ろに下がり。余計な事を言ってしまったと後悔が一気に胸中に押し寄せた刹那、頬に触れた温もりに自然と顔を上げて相手を見詰め。告げられる言葉は俄かには信じ難い事ばかりで、大きく目を見開く事しかできずにただ狼狽しており。思わず一言口に出すがそれ以上言葉は続かず、頭も気持も追い付かないまま「…愛して、くれるの?」と相手の言葉の真意を窺うように問い掛けて)
(返答待って居る間の僅かな時間で今更ながら“愛してる”“愛しい”だなんて一度も使ったことのない単語に戸惑い始めており、彼に真っ直ぐ向かうこの気持ちに嘘はないものの何度もその言葉繰り返すのは恥ずかしいのか問い掛けには真剣な面持ちで首を縦に振るだけに留めておき。未だ涙で潤っている瞳や赤くなった鼻先に視線落としては、不謹慎ながらも可愛いと感じてしまい。こんな時でさえも問答無用で触れたくなってしまう気持ちを精一杯押し殺した上で、どうしても堪えきれなかった愛情乗せた口づけを一つ彼の唇に落とそうとゆっくり顔の距離詰めて)
(相手の真意を知った今それまで胸元で蟠っていた物が解けていくかのようで、安堵すればまた涙が溢れ出し。近付く距離に身を委ねて優しい口付けを甘受すると、失われていた三か月間の相手との時間を埋め合わせるように此方からも唇を食んで。一度顔を離し情けなく泣き腫らした顔を見られるのは憚られて相手の肩に額を付けると「涼介さんの事、好きって気付かなくて…でも俺には、涼介さんに愛してもらう資格なんか無かったから、…ごめんね」とか細い声で己の態度の理由と謝罪を告げて)
お前は悪くない、謝るな。
(彼に悪気があった訳じゃない事は心の何処かで知っていて、元よりそんな悪どい性格じゃないからこそ彼に惹かれていったのだと思い。肩に頭預ける何気無い仕草にすら愛でたい欲求高まっていき、ぽんぽんと軽快なリズムで後頭部撫でては謝罪の必要はないと優しくも力強く抱き締めて。びゅうと秋風が頬を撫でた事で外だということを思い出しては「中、入るか」とやや冷え始めている彼の背中に気づいて摩りながら問い)
ん…。
(あやすように頭を撫でる手つきも相手の腕の中に居る温もりも、最後に感じたのはもう随分前の事で。それまで散々張り詰めていた糸が弛んだように相手に身を預けていたが、冷たい風が吹き抜けると同時に相手の声が聞こえると小さく頷き一旦体を離し)
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