月 2016-08-05 23:20:23 |
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最近の俺は常に機嫌が悪い。
理由は馬鹿兎と、アレンのせいだ。
よく分からないが、最近あの馬鹿がやたらとアレンに絡んでいる気がする。
元々ラビとアレンは仲が良いが、最近は少し距離が近いと思う。
アレンもアレンだ、何で嫌がらないのだろう。
もしかして、彼奴もあの馬鹿の事を?
そんな事が常に頭の隅にあるせいか落ち着かない。
教団内で内密な関係を続けている以上、やはり心は離れてしまうのだろうか。
***
その日の夕方、神田は任務を終え、自室に仮眠を取りに向かっていた。
昨日の晩は忙しく、結局一睡も出来ていない。
その為さすがに体に堪え、食事より先に睡眠を取りたいと思ったのだ。
「ラビ、止めて下さいよ」
不意に談話室からアレンの声が聞こえた。
ちらりと横目に見ながら通り過ぎると、ラビがアレンの髪を撫で回している。
「アレンの髪サラサラしてて気持ちいいさ」
最近はそんな些細な言葉にも、機嫌が悪くなる。
彼奴の髪に触れて良いのは俺だけなのに、何でアレンも黙っているのだろう。
満更でもないとでも言うのだろうか。
気分は悪いし、眠気は襲うし、さっさと自室に戻ろうと神田の足取りは僅かに早くなった。
***
自室に戻り、上着を脱ぎベッドに横になると神田はゆっくりと瞳を閉じた。
しかしすぐに眠りに落ちるわけもなく、先ほどのアレンとラビの様子が頭をよぎる。
以前は気にもとめてなどいなかった光景だが、今は違うのだ。
アレンの恋人は神田であり、ラビではない。
それなのに、なぜあの馬鹿兎は彼奴に触れることが出来て、俺は許されないのだろう。
理由は分かっている。
ラビは誰にでもスキンシップを取りたがる、アレンだけというわけではない。
それは以前からなんら変わりはしないことだ。
しかし、神田はスキンシップというものを嫌う。
煩わしいことが面倒に思えてしまうのだ。
要は普段の行いによるものなのだろうが、しかしそれでも苛立ちは募る。
苛立ちを沈めるためと、疲れを癒すために神田はゆっくりと眠りに落ちていった。
目覚めた時はまだ朝方であり、朝焼けはまだ微かなものだが、神田の横にいた人物のおかげで苛立ちは少し収まっている。
隣に居たのは、未だに寝息をたてているアレンだった。
確かに寝る前鍵はかけていなかったが、まさか勝手に潜り込んでいた事にはさすがに神田も驚いてしまわずにはいられない。
だが、その愛らしい寝顔に毒気を抜かれた神田は、アレンが起きるまで少しだけ横になることを選ぶ。
理由は、もう少しアレンの寝顔を眺めていたく思えた、それだけだ。
その後目覚めたアレンは、少し照れたように笑い、その様子を微笑し眺めた神田は、後で食堂で落ち合おうと約束をし、部屋を出るアレンを見送った。
顔を洗い仕度を終え、食堂に向かうとすでにアレンは注文を行っているようだ。
その横に立ち神田も蕎麦と緑茶の注文をする。
「隣、良いですか?」
先に席につき食事を始めていた神田に、後から来たアレンから声をかけられた。
「好きにしろ」
そっけない返事返す神田に、アレンは困ったように笑い隣に座る。
「後で部屋に行きますね」
周りに聞こえないよう小声で話すアレンに、「分かった」と短い返事を返す神田はやはり言葉が足りないのだろうか。
馬鹿兎ならこんな時、もっと気の聞いた言い方が出来るのだろう。
しかし神田はラビにはなれないし、その様な事を考えても仕方がない。
数分後、神田が食事を終え席を立とうとすると、先ほどまで考えていた馬鹿な兎が現れた。
「アレンも朝飯か、俺もなんさ」
両手に持つトレイに朝飯を乗せ、ラビは当たり前のようにアレンの横に座る。
「ユウも久しぶりさー、いつ戻ったんさ」
「昨晩だ」
ラビの声に神田は眉間に皺を寄せ、面倒くさそうに答える。
「俺は部屋に戻る」
食べ終えた食器を片付けに向かい、早々とその場を去る事に決めた神田は、一言だけ告げた。
「ユウが冷たいさー、アレンー」
神田の言葉を聞きアレンに抱きつくラビに神田の苛立ちは高まる。
(だから、なぜ彼奴は抵抗しない)
食堂を出る寸前に一度だけアレンの方を見てみたが、神田の目に映ったアレンは困ったように笑い、ラビの髪を撫でていた。
本音を言うなら今すぐあの馬鹿兎を殴り飛ばしたい。
そして『アレンは俺のものだ』と宣言してしまいたい。
しかしそれは許されないことで、だからこそ神田はその光景に目を伏せるしかないのだ。
自室に戻り十数分後、扉のノック音が聞こえた。
しかしその音は神田の耳には届かない。
「神田?いないんですか?入りますよ」
扉が開き、アレンが室内に入ってくるとようやく神田はその存在に気づいた。
「なんだ、いるんじゃないですか。返事くらいしてくれないと分からないじゃないですか」
ドアの鍵をかけ、呆れたかのような声を出しながらアレンは神田に話しかけた。
「来ていたのか」
アレンを見つめる神田の瞳は、どこか不安そうであった。
そんな珍しい様子の神田を見て、心配そうにアレンは微笑む。
「どうしたんですか、僕でよければ相談に乗りますよ」
アレンの言葉に神田は一息吐いて今までの思いを告げる。
「お前は、彼奴の方が良いのか?」
神田の一言にアレンは誰の事を言っているのだろうと、困ってしまう。
「え、えっと、あの、誰の事を言ってるんですか?」
アレンの言葉に神田の苛立ちは募る。
「だから、あの馬鹿兎の方が良いのかと聞いているんだっ」
少し怒鳴ったような声を出す神田に、アレンはビクリと肩を揺らした。
「すまない」
しかし、怒鳴ってしまった事への謝罪をする神田の瞳には、不安の色が消えないでいる。
「神田、最近様子が変だったのはその事のせいだったんですか?」
表面上落ち着きを取り戻したアレンが、神田の隣に腰をおろした。
アレンの問いに否定する事が出来ず視線を逸らす事しか出来ない神田の左手をアレンはそっと触れなおも続け言う。
「僕とラビがどうとか、ある分けないじゃないですか。それに、ラビがああやって触れてくるのは前からでしょう?」
「それでも、俺は」
優しく微笑み告げるアレンの声に反論するよう声を上げた神田の言葉は、途中でかき消される。
正確にはアレンの口付けによって、言いかけた言葉が飲み込まれたと言うべきだろうか。
「…っ、…ぅ…」
突然のアレンからの口付けに驚きを隠せない神田をよそに、アレンは普段神田にされるよう舌を絡ませ水音をたてる。
より深くを求めたかと思えば、甘く絡ませ互いの唇が離れた頃には、供に息があがっていた。
「神田、僕がキスしたい相手は神田だけです、他の人は嫌です。神田にも僕だけでいてほしい、それでも、不安ですか?」
息があがりながら、それでもしっかりと伝えようとするアレンの瞳は真剣に思える。
その瞳に吸い寄せられるようアレンを抱きしめる神田の体は、熱を帯びアレンへの思いともとれた。
「一度しか言わないからよく聞け」
神田がアレンの耳元に口付けを落とすよう囁いた言葉は、その熱を移すには充分と言えるものだろう。
「アレン、俺はお前を愛している、ずっと俺の側に居ろ」
それは、内密な関係においてプロポーズのようなものとも言える言葉であり、例えそこに目に見える物がなくともアレンの心に痕を残すには充分だった。
「はい、僕をずっと神田の側に居させてください」
薄紅に染めた微笑みで答えるアレンの瞳は、微かに潤んでいるように思える。
「何故泣く」
潤んだ瞳に口付けを落とす神田に、アレンは呆れたように微笑を浮かべてしまう。
「嬉しいから泣きたくなるんです」
「そうか、俺にはよく分からん」
アレンの言葉によく分からないと真顔で返す神田を見つめ、(本当に神田は仕方がない人だな)なんて事を思いアレンは微笑をこぼすしかない。
「ねえ神田、さっきの言葉もう一度言ってください」
先ほどの言葉をより深く自身に刻みつけたく思い、アレンは神田にねだる。
「一度しか言わないと言っただろう」
あんな恥ずかしい言葉、二度と言えるはずがないと神田は視線を逸らした。
「僕は聞きたいんです」
強く主張するアレンの言葉に仕方がないなと諦めたように見えたが、次の瞬間それは間違っていた事を理解した。
神田の口付けにより、その思いは言葉にせず行動で示されたからだ。
先ほどのお返しと言わんばかりにアレンの中に入っていく神田の熱は、徐々にアレンを溶かしていく。
体の力が抜け、神田に腰を支えられようやく放されたアレンはもはや言葉もない。
「まだ伝えたりないか」
意地の悪い笑みとともに耳元で囁かれた問いに、アレンが対抗する言葉などあるはずもなく、黙り込む。
そう、神田のこんな言葉がなくとも、アレンが強く主張せずとも、僕達はつながっている。
嫉妬や、心配などせずともこの盲目的な想いに言葉などはいらないのだから。
end
なぁ、ユウお前は、どうしたら俺のことを見てくれるんだ。
俺の時間は限られているんだと思う。
何となく分かるんだ、時計がなくても、この真っ暗な夜空の下でも。
だから、一秒でも良いから早く、俺の思いに気付いて…。
***
その日、任務を終えて眠い体を引き吊りながら、ラビはいつもの場所に向かって歩みを進めていた。
他の奴等だって任務開けは大抵食堂か、自室にすぐ向かう中、俺がこの庭に来たのには訳がある。
こんな風に雲一つない綺麗な月夜の番は、いつもユウが居るんだ。
案の定遠くに神田の姿を見つけ、ラビは偶然を装い声をかける。
「ユウ、こんな所で何してるんさ」
明るくいつも通りの様子で声をかけてきたラビを見ると、神田は目線を逸らし、ため息混じりに呟く。
「俺が何処に居ようがお前には関係ない」
神田の何気ない言葉は、いつもの事とはいえ、それでも小さな刺が刺さるようラビの心を傷つける。
確かに神田が何処で何をしていようが、恋人でもないラビには関係ないのだろう。
それを思えばより心は痛むと分かっていても、ラビには神田を諦める事など出来はしない。
初めて本気で側に居たいと思えた相手は男性で、ラビはブックマンの後継者で、ずっと側に居る事は叶わなくて、それでも諦められない人。
こんなに報われないと分かってる恋いなんて、したくはなかった。
ブックマンの後継者として生きねばならないなら、心なんて不要だとすら思う。
それでも、どれほど日々が過ぎても、ラビには神田への思いを断ち切る事など出来はせず、ラビには考え方を改めるという選択しかなかった。
側に居られる時間が限られているなら、いずれ別れが訪れるのが決まっているのなら、その最後の時まで神田の側に居て、自身の存在を刻みつけておきたい。
こんな事は自己満足で、置いていく事になる神田を傷つけるだけという事は分かっている。
それでも止められないこの衝動を人は恋と呼ぶのだろう。
「おい、どうかしたのか」
別の事を思い、無言で立ち尽くしていたラビに神田が声をかけた。
「んー、ユウの事を考えてただけさ」
気を取り直して、ユウに笑顔を向けるが、内心は色んな感情が心を巡る。
「ならいいが」
ふに落ちないと思いながらもラビの言葉に神田は再び月を見つめた。
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