黒猫 悠華 2016-07-27 20:46:22 |
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*
夜。この家にはベッドが1つしかないので仕方なく俺が下にねている。冷たい。あの時を思い出すからあまり好きじゃない。
「またそっちで寝るの?」
「…いい年した女が男と一緒に寝るのはダメって確か誰かが言ってたぞ」
「えぇー…だめなのー?」
「お前はそーゆーのに疎いからな。俺が言えねぇけど。とりあえずダメだ。おやすみ」
俺はクッションに頭をおき、ユウキとは反対方向に寝返る。
ユウキがぶつぶつ言っていたが止んだころ、ベッドが軋む音が聞こえた。
「……1人は、やなの」
後ろからユウキが俺を抱きしめた。あったかい。
人の温もりなんか、いらないと思ってたのに。どうしてこんなに愛おしいのだ。
「……やっぱ、だめ?」
「……風邪引くだろ」
俺はユウキの方へ寝返り、抱きかえす。
「一緒に寝るくらいならベッドの上に寝ろ」
「そしたらるーあ来てくれないじゃん」
「……行くから、今日だけな」
ユウキは駄々をこねる。小さい子どものように。
こいつのことだから小さいころはこんなことできなかったんだろうか。俺は絶対できねかったけど。やる相手なんかいるはずなかったけど。
「…明日も、明後日も、ずっとがいーな」
「…昨日まではそんなこと言わなかったくせに」
「さっきこそるーあが言いたいことは全部言えっていったんでしょー?」
それもそうだ。さっきユウキが何か言いたげにしていてうじうじしてたからじれったくてそーゆーことをいった。
まさかここでそう言われるとは。
「……言ったけど」
「なら、いーじゃん…お願い…」
「………」
俺はこういうユウキに弱い。自覚してる。
どうせ殺す人間だ。どうせもうすぐ俺に殺されるんだ。
なのに、なんで。
〖あっはは!!悠哉くんの手がとーれちゃったぁー!〗
僕は笑う。
高々と笑う。
あの日のことを、忘れるように。
あの人のことを、忘れるように。
「れ、な、逃げろっ、つの」
「そ…んなこと…できな」
「逃げろっってばっ!!!」
レナは足がすくんで動けなくなっているらしい。足がガタガタふるえている。
〖そーんな偽のおままごと、ばかっぽいったらありゃしなぁい!!いーや…馬鹿か。元から馬鹿だからしょーがないかぁぁ?!〗
持っていた鎌を振るう。
悠哉の手が、もう一本。
「いやぁぁぁあああっっ!!!」
「ーーーっ」
レナのヒステリックな叫び声に悠哉の叫び声がかき消される。
悠哉はこんなになっても訴えている。レナに、逃げろ、と。俺を置いてけ、と。
なのに、悠哉が命をかけて言っているのにレナは動かない。一歩も、一ミリも動かない。動けない、の方が正しいと思うが。
〖ねぇ、次は君の番だよ〗
鎌をレナの目の前へ。レナの目が見開く。
〖逃げないの?逃げてくれた方が嬉しいんだけど〗
「あ…あ……!」
悠哉は出血多量で動かなくなった。あーあ、あとで主さまになんて言われるか。
〖んー…じゃあ10秒。僕は10秒ここを動かないよ。何も見ないし、何もしなーい。つまり僕は無防備状態。だからさ、逃げてよ。僕を、楽しませてよ〗
レナは悠哉に近づき、キスをした。こんな状態で、こんな状況でこいつは何をやってるんだ。
「……じゅう、びょう、ね。おーけー。じゃあ、わた、しが、すたーとって、いうから」
〖うん。やる気になってくれたみたいで良かったよ〗
レナはうつむき、少し固まる。
僕は約束を基本破らない人なので今は僕も動かない。動かないといっても悠哉のそばでしゃがんで、死んでるって確認した。
レナはこっちを向いて、再度深呼吸をして、息を吸った。音が聞こえるくらいに。
「……おー、けー。じゃあ、はじめましょう」
〖うんうん、いつでもおーけーだよ〗
あとでゆっくり、とどめを刺してあげるからねと心の中で悠哉に、あいつに思って、レナの方へ向き直る。
「よーい」
声で怖がっているのがわかる。
主さまなら一人でこのセカイを生きたらどうなるのかとか気になりそうだけど、僕はそんなの興味ないのでレーナを殺すことにした。
1人ずつ殺して二回怒られるより、一回に2人殺して一回だけ怒られる方が楽って、そんな呑気なことを僕が思ったからである。
レーナがもう一度深呼吸をする。
「すたー、と!!!」
レーナはスタートっていう何秒か前に走っていったけどまぁそんなことはどうでもいい。
〖あ、あと10分耐えればレーナの勝ちだからねー!〗
そう叫んで自分の口を、目を、体をふさぐ。
もうあと、五秒。
四。
三。
二。
一。
ゼロ。
私は駆け出す。まず壁の向こうへ。
そして少し 刃が長い切れやすいナイフを想像し、手元へ出す。
…ここじゃ、なにしても、許される。たとえ、人1人殺しても、なんにも起こらない。
私は、悠哉との約束を守るんだ。
会ってから、ずっとずっと、悠哉のことを思ってた。想ってた。
私のことを考えてくれる人なんて、私のことを守ってくれる人なんて、私のことを分かってくれる人なんて、もうこの世にはいないだろう。
だから、だからこそ。私はこの人生といえ物語をバッドエンドで終わらせることにしたんだ。
ルルアの後ろへと回る。できるだけ気配を消しながら。気配を消すのは得意だから。
あと、三秒。
二。
一。
ゼロ。
*
ざくっ
変な音がなる。
腹の底がずーんと痛む。
レーナに後ろから刺されたことを今更のように自覚する。うん、痛い。
荒い息づかいが後ろから聞こえる。
「…これで…わたしの…勝ち……?」
その言葉に僕は血を吐きながら答える。
〖げほっ…いやぁ…僕に聞かないでくれるかなぁ…。まぁ勝敗はついたねぇ……〗
僕はレーナを向く。
レーナは案外怯えた顔をしていた。自信に満ちた顔でもしてくれればすごく殺したくなったのに、なぁ。
「……早く、死んでよ、ねぇ、お願い、だから……!」
レーナがついにぽろぽろと涙をこぼしだす。
···気にくわない。
「···ねぇ、どうして、笑って、いられ、るの···?」
助けてっていう声にならない声が聞こえるようですごく気にくわない。なんで悠哉がいなくなってもなお誰かに、僕に、守ってもらえる、だとか考えていられるのだろう。僕はそっちの方が気になる。
僕は《助けて》という言葉を言ったことがない。記憶の限り、だけど。
だってわかりきってるんだもの。
《助けて》なんて言っても、叫んでも、誰にも届きやしない。僕はよくわかってる。わかってるからレーナの要望には答えない。
【ふふ··あっははははははっ!!!!】
《君だけ助かるなんて、ずるい》。そう思ったから。目の前で泣いて、助けてもらおう、だなんて。
【世の中、甘く見ちゃダメだよ、レーナちゃん!】
僕は腹に刃物が刺さっていながらもなお、笑いながら···いや、嘲笑いながらレーナを見下した目で見る。レーナの顔はすっかり怯えていた。あぁ、面白い。
腹に刺さっている刃物を素手で抜き取り、再度レーナの方を見る。にたりと笑う。
血があふれでているのがわかる。もう何もしなくてもわかる。ドクドクいってる。すごく懐かしい気がする。この痛みも、久しぶり。
【ねぇ、言ったでしょ。僕はGot death···死神だよ?それにさぁ、このせかいじゃ僕、さらに不死身らしくて困ってるんだ】
「···不老···不死···?!」
【うん。だからこんなことしても無駄無駄。ほぁら、簡単にとれちゃうよ】
僕はまた素手でナイフを取り、床へ捨てた。
痛い。こんな僕が、こんな意味不明な存在になっても一番消えてほしい痛覚だけは消えない。
痛い。ものすごく。
久しぶりだから余計痛い。さっきのでも痛かったのに。なんで1日に二回もナイフに触んなきゃならないの。レーナはナイフ好きっこかよ···。
【まぁ君たちはこんなことされたら死ぬんだろうけど】
僕は鎌を持ち直す。
レーナがかけだす。もうこの恐怖には耐えきれるようになったのか、あるいはその逆か。もう何も考えたくなくて逃げ出したのだろうか。
まぁ、今となってはほんとにどうでもいいや。
僕が興味あったのは悠哉くんだけ。レーナは補助役的なものだったし。
悠哉くんが死んだのなら、僕はもうこの空間に興味がない。レーナ·アリーだってどうでもいい。
僕はレーナが走った方向へと走る。悠哉くんが作った迷路は結構複雑だった。でもレーナは案外すぐにぶつかった。
僕はにたりと笑う。
【···みぃつけたぁ】
ーーー
鈍い痛みを感じたのは、ほんの一秒遅くて、
「···っあああああっっ!!!」
声がでたのは、やっとのことだった。
痛い痛い痛いいたいいたいイタイイタイイタイイタイ。
もう助けてと声を出しても届かないことはわかってる。でも、悠哉は何回も助けてくれた。だから、願ってしまう。もう一度、助けてくれませんか、って。
その願いがどれだけ図々しいか自分でもわかってる。自分は一回も悠哉を助けなかったのに。挙げ句の果てには見殺しにしたのに。
私は、卑怯だ。私は···。
【···君は、バカだよね、ほっんと。なにも気付かないんだもん。なにも気づこうとしない。知ろうともしらない】
血があふれでているのがわかる。ドクドクいってる。こんなの、初めてで、気持ち悪くて、死ぬって感覚がわかる。
···悠哉もこんなだったのかな。
今になってあふれでてくる悠哉への気持ち。それと、たくさんの、言い切れないほどのお礼と、たくさんの、謝りきれないほどの謝罪。
気が遠のく。あぁ。私、死ぬんだ。
···最後に、かすかに聞こえた声が、私の今、一番想ってる人の声が、今、一番話したい人の声が、さらに私を締め付けた。
ふっと、私の意識は消えた。
「···っあああああっっ!!!」
僕は刺す。
とても簡単なことだ、人を刺す···殺す、なんてさ。久しぶりだからけっこう派手に殺っちゃったけどまぁ、自業自得だよねぇ。
【···君は、バカだよね、ほっんと。なにも気付かないんだもん。なにも気づこうとしない。知ろうともしない】
レーナの血がポタポタ落ちる。きれい。
ふらっとレーナが倒れる。どさっと音がする。もうレーナの目には光がない。こいつはもうここに戻ってこない。消える···この世界では死ぬ。
悠哉くんとは違って。
僕が後ろを向くと悠哉くんが無数に立っていた。
【···おやおや。ちょっと遅かったかなぁ。それに、さっき約束したでしょ?あとで、ゆっくり、とどめを刺してあげるって】
いつもの調子で僕は悠哉くんにちょっかいを出す。いつものそれに悠哉くんは過剰に反応する。
「うっっるせぇ。黙れ、レーナを、返せ···!!」
あぁ。やっと面白くなってきたぁ。
さっき、俺は生きていた。
レナと一緒に行動していたのは自分の分身。レナには言うタイミングがなく、ルルアが偽の俺の生死を確認したあたりから俺の周りに邪魔するやつらを出してきやがって、そして、こうなった。
レナは、悲惨な姿で、床に倒れていた。もう手遅れだ、と遠目からでも確認できた。
謝っても、なにをしても、俺はもう、こいつと話せない。笑いあえない。こんなの笑えない。
それもルルアの今までの行動は俺のためにあったとかなんだとかほざきやがる。くそっ。
俺は自分を落ち着かせるために深呼吸を1回、2回する。
「···ルルア、レナはどうなるんだ」
【ふふっ···さぁ···?】
だんだんと腹が立ってくる。くそっ。
多分いくらこいつをこんな分身なんかで誤魔化したって本当の俺が見えているのだろう。見えてなきゃこんなにまっすぐ本物のじっとみつめてはこないだろう。無駄だとは思うが分身を続ける。
【ていうか大体君にとってレーナはどんな存在だったの?レーナのこと、どう思ってたの?】
「···」
俺は、黙りこんでしまった。
どんな存在か、どう思っていたか。そんな簡単に答えは出てきてくれない。
それを見かねたルルアはまた質問をした。
【じゃあ、僕は君にとってどんな存在?僕のこと、どう思ってる?】
「···」
もう今の俺にはなにが正解でなにが間違いかわからなくなってきていた。
わからないから、自分にもよくわからない言葉を淡々を並べていった。
「···レナは、大事な、やつ、優し、くて、おれの、こと、覚え、くれた、好き···そ、好き、だった、お、れは、レナ、好き」
意識はちゃんとしてるのに、呂律がまわらないというか。自分のいいたいことが見つからない。もっと、いいたいことあるのに。こんなことに、なるんだな、人間って。
「···お、まえは、さい、しょぁ、ふざけぁた、やっだなって···でも、信頼、し、てた、けっこ、いいやっ。でも、もぉ、きら、い」
俺はゆらりとルルアの方へと視線を向ける。
俺は一人じゃない。そんな錯覚を自分に植え付けながら。
「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いきらいきらいきらいきらいキライキライキライキライキライ」
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