黒猫 悠華 2016-07-27 20:46:22 |
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私束縛大好きだよ。
するのもされるのも。
一回何らかの形で関係をもったらもう私以外にその顔向けないでって思ったり、私から離れないでって思ったりするよ。それを行動に移したことは無いけどね。
でもこれは束縛よりも嫉妬の増幅されたもの、に近いかなぁ。
あと私、束縛じみたことされてきたから、私の中で束縛イコール愛(?)みたいになってて、束縛されないと気がすまなくなっちゃってるみたい。
私は与えられる側の人間だと自分で思っている。
何かを与えようとしても失敗して、結局は与えられるばっかりな私。
立場が逆転して、結局私は受け身側。
あなたが言えばそれに従う。
でもまぁ機械じゃないから反対する時はあるけどね。
そこは欠陥としてご愛嬌だよね。よしよし。
いい?私がこうしたいって言ってもどーせあなたはその顔をするでしょ?
私、その顔見たくないの。
その顔を見ると、私が否定されているようだから見たくないの。
だからいっそ束縛して、操ってくれって私は思う。
そしたら私はなされるがまま。
楽じゃん。
だから愛玩人形でもいいと思う。
ただの道具でいいと思う。
あぁ勘違いすんなよ、あん時は嫉妬だから。
私が人間であることに飽きた。
人間は大好きだけどね。
明日は朝のうちに漢文と生物終わらせて
昼は絵描いて
夕方になったら数学して
夜教えてもらお
だから今日は早く寝ます。
小説仕上げて寝ます。
煙草と煙
あの人は煙草を吸う。
大先生のもシャオロンのもコネシマのもしょっぴくんのもオスマンのもひとらんのも兄さんのも、俺は煙草っていうものの臭いが大嫌いだ。でも、その中であの人のだけは、何故か心が許した。
今でもなぜかは有耶無耶にしているが、あの人の煙草も普通の煙草も臭いは対して変わらないのに何故だろうと、そんなことばかり考えていた時期もあった。
あの人は腕をまくる。
本を読むときとかゲームするときとか、まくったら見える、外に出ていないという証拠である白い肌はすごく綺麗で。
別に自分に男っていう趣味はなかった。だけど初恋の感覚に似ていて、視界に入るたびにドキリとするし、つい目で追ってしまうし、少しだけ贔屓する。
この自分を自覚していたものの、目を逸らしていたのも事実だ。
「……目を、覚まして、ください」
それがさっきまでニコニコしていたあの人の答えだった。そして、自分が現実に戻された瞬間だった。
□■□■□
「聞いてくださいよー大せんせー」
少しだけ船を漕ぎながら、一緒に飲みに来ている大先生に話しかける。
大先生には自分の秘密を打ち明けていた。自分は同性が好きだということ、その相手がメンバーの中にいること、そしてそれがゾムさんだということ。
酔った勢いで話したにも関わらず、大先生は相槌をうち、時には相談に乗ってくれた。そんな大先生とたまに二人で飲みにくる。
「あんだけ俺に気を見せといていつもはあれですよ?もー無理ですわー」
私がそう言って項垂れると、大先生は煙草を吸うためのライターをカチッと鳴らす。
「いいねぇ……想い想われで」
大先生は煙草に火をつける。私は一瞬止まってにへらと笑う。
「そんな冗談言わんといてくださいよー」
そう、そんなことあり得ないのだ。ゾムさんは、普通の人だから。私が異常だから。
私が沈黙していると、大先生が口を開いた。
「俺さぁ、女にもてるやんか?」
「……知りませんけどそうですねって言っときますー」
大先生はふうと煙を吹き出すと、改めて私の方を向いた。何か大事な話でもあるんだろうか。まさか異常者の話にもう飽いてしまった、とか。私がそんなことを思って喉をならす。
しかしそんな心配は無用だった。代わりに大先生は酔った勢いなのかは知らないが、自分のことについて話した。
「でも今全然やねん。それよりも俺、何故かロボロとシャオロンに気に入られててん。前々から思っとったんやけど、三人でおるときとか二人ずつでおるときとか、なんか可笑しいんよ。それとな、エミさんの話聞いてたり、普段の皆の態度見て、俺思うねん」
彼は至極真面目に言う。
「やっぱ俺達しんぺい神、いやあのホモの神に守護されてんねんかなぁって。だからなんか可笑しいんやと思う。いや可笑しいっていうか、周りとは違う。だって、感じるんや。このグループ、絶対的に誰かが誰かを想っとーやろ」
■□■□■
あの飲み会から一週間。私の家のソファーの上にはゾムさんがいた。
今日は私の家に集まってゲームをする日だった。しかし、皆さん仕事が入ったかどうこうで結局集まったのは二人だった。たまにこんなこともあるが、私の家でゾムさんと二人になったのは初めてだった。
「……どーする?」
彼は帰るような素振りは見せず、私はキッチンで、ゲームする仲間と食べるはずだったお菓子等々を二人で食べるためにお皿に盛り付けていた。そんな私に向かってゾムさんはそう投げかけた。私は曖昧な返事をしながらも、お菓子を彼の前へ持っていく。
「まぁとりあえずゲームでもします?」
私がそう提案するとゾムさんはこくりと頷き、テレビのスイッチを入れ、あっという間にゲーム画面にして私にコントローラーを渡してきた。自分の家じゃないのに、なんて思いながらもその間、私はソファーへ座り、むしゃむしゃとお菓子を頬張っていた。
彼も私もせっかくの休暇で、羽を伸ばしたかったのには間違いない。人とゲームをするのはとても楽しいことだと気付いた私たちには、誰かとゲームをするということがいい羽伸ばしになる。
しばらく経って、ゲームのきりがいいところで一旦停止し、ゾムさんがトイレにいく、と言って立った。私も同時にソファーから離れ、飲み物の補給のためにキッチンへと向かった。
かちゃかちゃと食器等をいじっていると、突然後ろから服の袖を引っ張られた。何かと思って振り向くと、そこには俯いた彼の姿があった。
「……エーミール」
そう呼ばれた私は動きを止める。何故彼がいきなりこんな行動をし始めたのか。その答えが見つからないまま、彼は次の言葉を発した。
「……好きや、恋愛感情的な意味で」
……彼は、強い。
ゲームも胃もそうだが、全体的に彼は強い。自分が弱い、というところも反映しているからか、それ以上に彼は他人の目を惹く力を持っていると私は勝手に思っている。
彼は優しく笑う。
人を殺したあとの笑いも私的に好みだが、たまに見せる柔らかい笑みは特別だ。血色のいいぷるんとした唇が揺れて、その隙間から見える真っ白な歯。そして目元が優しくなり、その瞼の裏側に自分が映っていると考えると目を逸らしてしまいたくなる。
私の全てを射止めるには十二分な彼はいつも私にいたずらをする。視線を感じて振り向くと少し頬を赤く染めた彼が顔をそむけていたり、私に向けて無防備な笑みを晒したり、食事に至っては絶対に二人で行ってくれなかったり。
私自身の気持ちはとうの昔に分かりきっていたし、彼の気持ちも分かっていたつもりだった。
だから。
私は彼に、普通の幸せを手にして欲しかった、といえば都合がいいだろうか。
「……目を、覚まして、ください」
それから彼が私の目の前に姿を表すことはなくなった。テレビから聞こえるゲーム音が虚しく部屋に響いていた。
■□■□■
ぴんぽーん、とそんな無機質なチャイムが鳴り響いた。
ゾムさんと会わなくなって一ヶ月。グループでゲームする時以外は彼と話もしなかった。ついでに言うと、二人だけの生放送もすっぽかした。
私はぼーっと彼のことを考えていた。彼のあの言葉の真意のことばかり。でもこのチャイムで現実へ引き返される。
Amazonかなにかだろうか。はて、なにか頼んでいただろうか。そんな推察をしながらはーいと返事をする。
……返事がない。宅配ならそれなりの対応をするはずだし、グループメンバーだったらドアをどんどこ叩いて近所迷惑な行為をしているはず。いたづらだろうか。いやいたづらなんて今まで一度もなかったんだけど、なんて思いながら扉についている小さな穴をのぞき込む。
そこには私と同じくらいの背の、緑のパーカーを着た人が立っていた。間違いなく、彼だった。一ヶ月以上あってない彼がそこに立っていた。
私は驚きつつも、ゆっくり扉を開ける。
「ど、どうしたんです……?」
彼と目が合うと同時に発した言葉。しかし彼はそれに聞く耳を持たず、私の家の中へすすっと入っていった。
私は心臓をばくばくさせつつも、彼のあとをついて行った。
彼はベランダの出入口でもある大きな窓の方に立って、外を眺めていた。私は自分の心を落ち着かせる為にもコーヒーを入れようとする。
すると唐突に彼の凛とした声がこちらへ響いてきた。
「……エミさんがさ、目、覚まさせてよ」
震える声でそう言う彼は彼らしくなく弱々しくて。そんな彼を見ていたくなくて、だけど原因は私にあるらしくて。
この一ヶ月間、この人は何を思って過ごしていたのだろうか。少なくとも私は、苦しかった。
私は彼の方へ早足で近づく。それから彼の手を掴んで自分の体を近づけて、そっと彼を抱き締めた。
心臓はこれまでにないくらいばくばくとなっていた。ゾムさんに聞こえていないだろうか。
ゾムさんは私にもたれ掛かる。そして私の胸の中で嗚咽を漏らしながらごめん、と何度も謝った。
その言葉をを止めたくて、私は更にきつく抱きしめる。彼の体温はとても高くて、まるで子供のようで。サラサラと流れる茶髪が肌にあたってこしょばゆくて、でもそれを払う気にはなれなくて。代わりにその髪の毛を優しく撫でた。彼はそれを拒まなかった。
「……私、あなたに幸せになってほしかったんです」
私が正直にそう言うと彼の嗚咽は止まった。私を見ようとしたのか、上を向いた彼の瞳が真っ直ぐに私を射止めた。
「……しあ、わせ?」
彼がそう問うたので私はそれにこくりと頷く。
「私はあなたを、私で縛りたくなかった」
そばにいればきっと、あなたを不自由にしてしまう。私という人間はそういう人間だ。だから無事、魔法使い(未だ童貞)となってしまったわけだが。
自分勝手ですよね、と自虐しながら笑うと彼はその通りだと言わんばかりに、目一杯私の頬をつねった。
痛いと伝えると、彼はいつもの無邪気な笑みを零した。彼の頬ではキラリと透明な液体が光る。それを見て私は彼を再度抱きしめた。そしてそのまま言葉をかける。
「もう、目、覚まさなくて、いいですから」
私がそう言うと、彼は彼らしくしゃあないな、と言って私の腰に手を回した。
私はとても幸せな気持ちで満たされた。今私の腕で抱いているこの人を離さないでおきたいと、心の底から思ってしまった。
“普通”じゃない者同士だということは嫌でもわかっている。これからもっと思い知らされる。でもそれでも。
幸せだった。それで十分だと私は思っていた。楽観に見すぎていたのだと思う。
現実はそんなに甘くはない。
■□■□■
今日はグル氏、トン氏、マンちゃん、シャオロン、鬱先生、そしてエミさんと七人で飲んでいた。なぜこんなメンバーなのかなのには理由がある。
関東住まいのマンちゃんがこっちに集まれる日にグルッペンを呼び出して、僕らはある告白をしようと意気込んでいたから。
そして飲み会の真っ最中、話があるんだと僕は切り出す。こんなこと言うには勇気が必要で、羞恥心やなんやらも織り込んでくるだろうから酒で誤魔化してやろう、なんていう魂胆だったけどそれも無理だったみたいだ。胸の高鳴りが抑えられない、悪い意味で。
大きく息を吸って、吐いて。そして、また息を吸って、声に出した。
「僕、エミさんと、付き合ってるんで」
ここにいる五人全員がこちらを見た。自分たちが奇怪であるかのような、または理解ができないという目でこちらを見つめていた。
いつもは破天荒なこのグループだが、中の人たちは至って“普通”の人たちばかりなのだ。そりゃ自分たちだって“普通”だった。
でも今は違う。だから、分かる。自分たちが社会的に可笑しいということは、理解されることがないことは、自分たちが一番よく分かっている。
沈黙が続く。気まずくなって、やっぱり駄目なのかなんて思ってしまう。あんなに楽しかったこのグループでの日々はもう戻ってこないのかもしれない。そんな悲観的な思考がぐるぐる回る。
その中、口を開いたのはグルッペンだった。
「……そうか。おめでとう。幸せになれよ」
……上辺だけの言葉かもしれない。社交挨拶かもしれない。グルッペンが理解してないだけかもしれない。でも、それでも。
グルッペンの一言によってほかの四人も口を開いた。
「おめっとさん。どっちが彼氏なん?」
含み笑いで問いかける大先生。
「ゾムもエミさんもおめでとー!」
ニコニコと屈託のない笑みでそう言うシャオロン。
「お幸せに」
そう言って優しく微笑むオスマン。
「おめでとさん。幸せにな」
一番驚いていたトントンも、そう言って笑いかけてくれた。
あぁ。この場にいる五人はとても、優しい人たちだ。こんな人たちに出会えて、本当に良かったと改めて思う。
グルッペンがまた口を開く。
「あのなぁ、お前らがどんな関係になっても俺たちの関係は変わらん。……あぁでも、イチャイチャは他所でやれよ?」
この人までが含み笑いで自分たちを茶化してきたことに、ふっと息を漏らしてしまう。その言葉にエミさんと一緒に頷いた。それと同時に自分の頬に涙が伝っていた。エミさんも涙ぐんでいるようだった。
うれしかった。すごく。
この後も七人で飲み合って、それから解散となった。
■□■□■
「は?冗談はよしてや?」
いつもの口調で、いつもの声でそいつはそう言った。隣にいるしょっぴくんは無言で固まったままだった。
この前、ロボロとしんぺい神に話をして、またもお祝いの言葉をもらい、マンちゃんから聞いたというひとらんらんにも祝ってもらった僕らは気を抜いていた。コネシマ、という至って“普通”の存在に。“普通”ではないものに敏感な彼の存在に。
「……え、どしたん?冗談やろ?ゾムとエミさん、とか」
僕ら二人が黙っているとしょっぴくんが口を開いた。
「……俺も、冗談だと思ったんすけど、その表情を見るからに冗談ではない、ってことっすね?」
そう聞かれ二人で頷く。今までの分もあり、ショックが大きかった。
「……まじか」
ふいにコネシマがそう呟いたのが聞こえた。
……普通は、こうなんだ。
知っていた。これは、思い知らされただけ。
またも沈黙が続く。
どうしようか。(兄さんとはもう関わりがなかったので省くが)たった十人に理解されないとならば、もう。
「……あんたら二人はそれでええんやな?」
「……え」
そう問われて、息を呑んだ。先輩?としょっぴくんが小声で呼びかけたのが聞こえた。だけどコネシマは続けた。
「俺は人の人生に首を突っ込むつもりはないんや。ただ確かめたくてな」
コネシマはそう言って口角をあげた。たまに見せる男らしい笑みをこちらに向けたあと、大きく息を吸い込んで、言葉とともに吐き出した。
「……二人とも、それで幸せになれるんやな?」
その言葉の意図を汲み取ったのか、しょっぴくんも続けた。
「……先輩は二人が幸せならそれでいんすね。どっちかがどっちかのために無理してるならそれは止めたほうがいい。もしそうだとしたら、その選択は、間違ってる」
不覚にも胸がドキリと鳴った。僕は俯く。
もし。もしエーミールという男が俺に同情していたら?あの人は優しい人だ。ああやって泣きついた僕に同情してるのかもしれない。元々結婚願望のあったエミさんと、結婚のできない僕が一緒にいていいのか、それでエミさんが幸せになれるのか。
怖かった。だけど、エミさんは言った。
「ええ、私達、幸せになるんで見といてください」
はっと顔を上げると、体が何かに引っ張られた。そしてエミさんの胸へそのままダイブ。エミさんが僕を引き寄せたのだ。
「私、この人を絶対幸せにしてみせるんで。それが俺の幸せなんで。俺、ゾムさんを愛してるんで」
エミさんの真っ直ぐな目。僕に向けられたわけじゃないけど、率直で素直な目だっていうのは分かった。
僕を抱き寄せた腕は少し震えていて、でも言葉は真っ直ぐで。
真面目な顔をしたコネシマはそれを聞いて少し経ったあと、ふっと息を吹き出した。そしていつもの笑い声で笑い出した。
「エーミールがそんなこと言うなんてなぁ!そりゃ安心したわ!幸せになれよ!なぁ、しょっぴくん!」
しょっぴくんは小さく頷いて、口角をくいとあげた。
僕らはそれを見て聞いて、微笑んだ。
「んーやっぱきもちわりーわ」
「……そう、っすね」
その後に見せたコネシマとしょっぴくんの言葉には気づかずに。
幸せとは
手を伸ばす。
俺とはまた違う、大きな背中がまた一歩遠くへ行く。
あぁ、あなたはどうしていつも先をいってしまうのだろうか。どうしていつも、俺を待ってくれないのか。足早に去っていかないで、ここにいてくれればいいのに。何度そう思ったことか。
『編集出来ましたぜー』
あの人に動画と一緒にそう送ると、数分後に既読がついて返ってくる。
『おう、ご苦労さん。あんま無理すんなよ』
そんな少しの会話も俺には小さなご褒美で。編集やった甲斐があったなぁなんて思ってしまう。
俺はスマホを放り投げてベッドで仰向けになった。
◆
今日は俺の家で予定のない人だけが集まって、生放送の一環としてどんなゲームをするか、マイクラ人狼の方針などを決める会議を開くことになった。
集まったのは鬱先生、ロボロ、シャオロン、コネシマ、しょっぴくん、エーミール、そしてグルッペンだ。
大先生が行くと言ったら自然とロボロとシャオロンは来たし、しょっぴくんはコネシマが誘ったら来た。エミさんはゾムがいないから来ないかななんて思っていたら、差し入れまで持ってこちらに来た。なんだ暇なのか。
そして問題のグルッペン。この会議を開くと決めた当初は行けないと言っていたはずなのだが、都合がついたといって今日緊急参戦した。来ると予想してなくて、俺の心臓は鳴り止まない。俺も人に興味あったんだなと改めて感じる。
「さ、時間になったから会議始めるぞー。終わったら撮影な」
グルッペンがそう呼びかけると、各々話したり煙草吸ってたりしたメンバーがリビングに集合した。
しかしおっさんが八人もいるので、俺とエーミールはキッチンの方で待機。グルッペンはソファーの上、その他は床に座っている。一番端がロボロ、隣に鬱先生、それからしょっぴくん、シャオロン、コネシマの座り順。いつもとは違って変な並びだな、なんて思ったが多分コネシマの気分だろう。今日はしょっぴくんではなくシャオロンっていう謎のやつ。
部屋の香りはいつもとは違って、煙草の匂いが充満しているように思えた。喫煙者多すぎィ。でもそれが、俺の今の居場所であると実感させる一つのものだったりもするから憎めない。
「よぉし、それでは会議を始める!」
その一言を掛け声に俺らの生放送が始まった。スカイプでゾムとオスマンを呼んでおいたので、二人も放送に参戦しての十人放送だった。
ぎゃあぎゃあと段々うるさくなっていく中、俺は一人だけをぼーっと見つめていた。個性の強いこの九人を仕切り、それでいて自分の個性を十二分に発揮しながら、口には出さないが暗黙の了解のようにグループのリーダーとして、ここで笑っているあの人を。
途中でグルッペンがこちらを振り向いたのでさっと視線を他にやる。……気付かれていなかっただろうか。気持ち悪いと、思われていたりしないだろうか。
そんなことを思っていると、エミさんが俺に優しく声をかけた。
「トントンさん、大丈夫ですよ」
その言葉の意図や真意は何一つ分からなかったが、エミさんに俺がずっとグルなんちゃらを見ていたことがバレていたということは分かった。ハゲのくせに。
◆
放送も終わり、撮ってみようと企画した実写撮影も撮り終えた。夕方になると、みんながパラパラと帰りだす。
「じゃあなーお疲れ様」
「お疲れ様!ばいばーい!」
「お疲れー、またねー」
鬱、シャオロン、ロボロがそうそうに帰っていった。鬱からなんとなく事情は聞いてあるので、あとでどうなったか確認してみようかな、とか思いながら見送った。
「お疲れ様でした。それではまた!」
エミさんはそう言って礼儀正しく帰っていった。帰りにゾムの家に寄るらしい。ほんとに好きだな、食害されてろ。
「じゃあまたなーお疲れ!」
「お疲れ様でした、じゃあの」
先輩後輩組はいつものような絡み合いを見せずに帰っていった。放送の時は普段通りだったものの、最近ちょっとギクシャクしているのが見ていて分かる。まぁあいつらの事だし何とかなるだろうと、優しく笑って見送った。
「……トン氏、これ読んでから帰っていいか」
グルッペンは俺がこの前買った小説を指差す。特に断る理由もないし、元々グルッペンは読むのが早いので了承。
みんなが帰る時、ずっとこの人はこれを読んでいた。だからもうそろそろ読み終わるはず。そう思っていたが、グルッペンはなかなか腰を上げようとしない。
俺はしびれを切らし、電車間に合わんくなるでと呼びかけると、んーと雑な返事が返ってきた。
外はもう暗い。昼からの撮影で元々みんな帰るのが遅かったのにも関わらず、この人は未だに同じ本を手にソファーに座っている。
俺はグルッペンが座っている隣に座ってみる。グルッペンはなんの反応も示さない。ページはあとほんのちょっと残っていた。しかしいつもより明らかに読むスピードが遅い。
「ねぇグルさん」
俺は隣で静かに本を読んでいる人の名前を呼びかける。またんー?と気だるげな返事が返ってきた。それを聞いてさらに続ける。
「……同性愛って、どう思う?」
俺が問いかけながらうつむくと、グルさんはページをめくる手を止めた。
何故自分が今こんなことを聞いたのかも分からなかった。でも、いつかは聞いてみたいことではあった。
……ああ。いつからだろうか、こんなことを気にし始めたのは。でもこれは、事実なんだ。事実だからこそ、苦しい。
「……急な質問だな……。まぁあの二人のこともあったし、急ではないか」
ふうと息をついてグルさんはこちらを見た。
人からみればそんなに深刻な質問ではないはず。なのに今のグルッペンは一つ一つの動きが慎重になっている気がする。……もしくは俺の顔が深刻すぎて心配しているのだろうか。
グルッペンは言う。
「同性愛というものはこの日本の中では社会的に否とされる存在だろ」
胸にズキリと何かが刺さった。分かっていることなのに。
静かにグルッペンは言葉を続ける。
「……だが俺はそんな偏見を持つつもりはない。その選択が自分の最良の選択だと、幸せだと断言できるのであればそれでいいだろう。この世界の上でそういう幸せっていうのは大切になる。それが叶う保証はないが」
そう言ったあと、グルさんはページをめくり、また静かに読み始めた。それを聞いた俺はボーッと窓から見える外を眺める。今日は満月らしい。大きく見えるそれは、イレギュラーとなり得る俺を照らしているようにも見えた。じっと見ていると、まぶしすぎて目を伏せてしまうような、そんな光が俺を照らす。
他に何もすることもなくて、そういえば動画編集終わってなかったことに気づく。きっとグルッペンも読み終わったらそのうち帰る、そう思った。さっさと終わらせてしまおうと立ち上がる。
……いや、立ち上がろうとしたその時、右手がぐいとあらぬ方向へ引っ張られ、また同じところに尻をつけた。そんな一連の動きに思考がついていけずに動きが止まる。
「トントン、次は俺の話に付き合ってくれないか」
グルッペンがいつもの低い声で俺に問いかける。俺は反射的にこくりと頷く。
グルさんの方を見ると、いつになく真剣な目でこちらを見つめていた。俺もそれに応えるようにグルッペンを見つめる。
「……トントンは、同性愛のことどう思うんだ?」
「……俺は」
言葉が詰まる。
こんな自分のことをあなたはどう思うのだろうか。あなたは大層優しい人だから、俺のことを肯定してくれるのだろうか。
否、きっとそれは違う。
俺はゾムやエミさん、その他のメンバーとは違う。だってきっと他の人から見れば俺はグルッペンというリーダーの右腕的存在のはずで、俺は“普通”でなければいけない。
なのに、堕ちてしまった。誰が綺麗なスターリンだ、もうそんなやつはここにいない。
「……グルさんは幸せならそれでいいって言いはったけど俺、想いましたくっつきましたはい幸せに、なんてないと思うんや。だから」
そこまで言って声が出なくなった。もう、もう自分を傷つけたくなかった。自虐するのはもう、懲り懲りだった。
グルッペンの瞳を見つめきれなくなってうつむいた。涙が零れないように必死になりながら、早くここから離れたいと願っていた。
どのくらい経っただろうか。ふいに俺の身体はあたたかいものでつつまれた。
目の前は真っ暗で額に金属のような冷たいものが当たる。これがグルッペンのかけていたネックレスであると、そしてグルッペンの胸の中だと気づくのには時間を要した。
俺が思考停止している中、グルッペンは口を開いた。
「……だけど、俺はお前のことが愛おしいと思う。やっぱりこんな俺は“普通”じゃない、すまん。トントンは“普通”やから、俺を否定するんやろな」
好きになってごめん。今まで何回思ったことか。
ふわりと香る匂いも体温も手も胸もすべてが温かいのに、声だけが冷たい。
やっと今のことに思考が追いついた俺は考える。この人は今、なんと言った?俺が、愛おしい?そう、言った?
離れてしまいそうなグルッペンの腕に気付いた俺は、咄嗟にグルッペンの背中へ自分の腕を回す。そして離れていかないように強く強く抱き締めた。
「否定なんか、してない。俺は“普通”なんかじゃない。グルさんと、同じ、やから……。だから、もう、どっかいかんといてくださいよ……っ!」
やっと、手が届いたのだろうか。そういうことでいいのだろうか。
俺はついに涙を零す。らしくない。でも頬に伝うことなく、グルッペンの服へと染み込んでいく。まるで今までの俺の気持ちが直接グルッペンへ流れていくように。
俺の肩が震えているのに気付いたのか、グルさんは俺の頭をゆっくりと、あるいは恐る恐る撫でた。
俺が拒否なんてするわけがない。だってこの人は、グルッペンは、人に興味がないはずの俺が想った唯一の人で、一番大切な人なんだから。
その意思を表すようにさらに強く抱き締める。俺はここにいると、俺はあなたを受け入れると心の中で叫ぶ。
「……許して、くれるのか」
「……あたりまえだろーがよー……!」
グルさんはそれに応えてくれるように、俺と同じくぐっと抱き締めてくれた。もう、それだけで十二分に幸せだった。
「ていうか、俺がいつどっかにいったんだ……?俺はいつもお前と一緒だと思ってたんだが……」
「グルさんは知らなくていーんですー……!」
そう言いながら、いらない所に首を突っ込もうとするグルッペンを軽く叩いた。
いつまでこうしていただろうか。長い間こうしていたような気がする。そのくらい幸せだった。
またグルッペンの口から紡ぎ出された言葉に俺はまた泣きそうになった。
「……あぁ、トントン。俺、幸せにするから……なんて、照れくさいな……。でもなトントン、幸せになれんとか悲しいこと、言うやないゾ。そんなことには、させねーから」
「はえー……俺、めっちゃ幸せですやん……!」
もう、この手を離さないでいてくれますか。
“普通”じゃない自分を、受け入れてくれますか。
それなら俺は応えましょう。
俺はあなたとともに、“普通”ではない自分を貫いて見せましょう。
だってそれは自分が望んだ幸せだから。
選択肢
「ねぇ、知っとん?鬱せんせー」
シャオちゃんが俺の耳元に甘い声で囁く。甘い声があまりにも、いつものシャオちゃんには聞こえなくて少し驚く。
また反対方向から別の声で囁かれる。
「俺らの気持ち、気づいてるん?」
シャオちゃんとは違い、いつもより低くしっかりとした声を出すロボロ。
……俺も鈍感ではない。必要以上にこちらを誘ってくるこの二人にはあっけにとられていた。特にエミさんとゾムの件があったあとからは今まで以上に。
そして、今に至る。
俺はエーミール宅の書室の少し大きな椅子に座らされ、右にはロボロ、左にはシャオちゃん、と言う具合に挟まれている。そして手には手錠。
今エーミールの家には俺たち三人以外にもゾムやトントン、コネシマだっている。これがバレたらやばいのでは。
最初ここに座ってーと言われたときは、次はなんの遊びをするんだなんて思っていたが、今回は本気らしい。それはそれで困る。
俺は二人の機嫌を損ねないように、なるべく早く返答しようと小さく息を吸い込む。
「……知っとーし気づいとるわ。あのさぁ、逆に聞くけど何で俺なん?つか俺の性別わかって……」
「俺はね!」「俺は」
俺が問いかけ、次の言葉を言おうとした瞬間、二人が同時に口を開く。つまりは二人で被ったってこと。それをきっかけに二人は互いに睨み始める。
……埒があかない。こいつらは何歳だ。
そう感じ、俺がじゃんけんで勝った方からねと提案すると、珍しく二人は素直に頷いてじゃんけんし始める。いつもこうだといいんだが。
じゃんけんの結果はシャオちゃんがパーでロボロがグーのシャオロンの勝ち。それが分かった瞬間、キラキラと目を光らせてシャオちゃんが話し始める。
「よっしゃあ!俺はね、大せんせ!……」
そんな意気揚々と語り始めるシャオちゃんと少しむっとした顔のロボロを交互にじっと見る。よく見ると酒でも飲んでいるのだろうか、二人とも頬が赤く染まっているようだった。
自慢げに俺のことを話しているシャオちゃんをロボロは少し悔しそうにじっと見つめていて、それに気付いたシャオロンはさらに口角を上げて挑発する。それに気付いたロボロはついにそっぽを向いた。
……かわええな、こいつら。
「……で!……うーん、話し足りないけど終わらすね、ホビットがかわいそーーーっ、だから」
そう言って煽ったシャオロンに、いつもは乗せられないロボロははぁーっとため息をついて盛大にその煽りに乗っかった。
「こっっれだからポメラニアンは……やから不人気妖怪になってまうんやろ?」
にっこりと笑ったロボロはスイッチが入っているようで、シャオロンの頬をぷくりと膨らませた。しかし脹らませただけで何も言い返さない様子からいくと、よほど機嫌がいいらしい。
「じゃあ、次は俺な。だいせんせ、俺は……」
ロボロは俺へ視線を固定させたまま、シャオロンと同じように狂気じみた言葉を淡々と吐いていく。俺はそれを黙って聞いていた。内容は頭にちっとも入ってこなかったが。
「……まぁとりあえずはこんな感じや。あ、まだまだいっぱいあるで?でもそこのポメラニアンがうるさいからなぁ……」
ポメラニアンと言われた彼はこの狂気じみた空間に入った時から、目元がとろんと蕩けていて、忠犬のように俺に好意を寄せてくる。まぁ単純に言うと行動がうるさい。
そんなシャオロンはロボロの煽りにも動じず、俺に向けて次を催促した。
「で……!どうすんの?大せんせ」
正直に言う。俺は迷っている。
まぁ自分で言うのもあれだが、俺は浮気性でると言えるだろう。俺は同時に二人三人、それ以上の人間を愛すことが出来る。
俺だって本能に従順な男であるし、見た目も中身も大して悪くないこの男二人にこんだけ誘われたらその気になるしかわいくも思えてくる。これに至っては自分が異常なだけかもしれないが。
「……分かった、考えとくわ」
詰まったような声でそう言うと、二人は顔を見合わせにこりと微笑む。そしてこちらを向いた。
「どっちか一人やからな?」
「二人はだめだかんね!」
笑顔でそう言う二人は過去の怖い女を思い出させるようで、少し恐ろしかった。
??
肺に入る不純物が気持ちいい。ふーっと吹くと、煙が自分を纏っていく。
今日はトントンの家で生放送会議兼撮影会。今からみんなでこれからのことを生放送しながら会議した後、実写でカードかなにかで遊ぶ予定だ。んで俺はその前に一服、といったところ。
トントン宅のベランダで一息ついて、部屋の中の騒がしい会話をBGMに柵から身を乗り出す。
今日の撮影会にはトントン、エミさん、コネシマ、しょっぴくん、珍しくグルッペン、そしてロボロとシャオロン。トントンは自分の家だから何かと忙しいはず。そしてエミさんはゾムもいないからそれを手伝っているだろうし、先輩後輩、それに加えグルッペンは適当に暇を潰してるだろう。そうなってくると必然的に三人になってしまうわけで。
これからのことに頭を悩ませる。あの二人が変なことを仕掛けてこないだろうか。他の奴らにこのことがバレないだろうか。……まぁ別にバレてもいいんだけど。特にエミさんになら。
そんなことを考えていると、突然後ろから窓を開けた音が聞こえた。振り返ると、そこには口に煙草を咥えたシャオロンがいた。そして一言。
「火、ちょーだい」
こいつはたまにこう言って、煙草を咥えたまま俺に差し出す。まるでキスの代わりのように、俺は自分だけのだと言わんばかりに。
この前、これでシャオロンの煙草にライターで火を灯そうとしたら逆ギレされたので、咥えている煙草をシャオロンの方へ近付ける。
じゅっ、と音がしてシャオロンの煙草に少し火がつく。次第に広がり、煙が出てくる。俺とはまた違った匂いの煙草。
ふーっ、と一回吹ききると、シャオロンはベランダの柵にもたれ掛かり、こちらを向いて「ありがと」と言って微笑んだ。無性に可愛かった。
それからシャオロンの煙草が燃え尽きる頃、部屋の中で号令がかかった。シャオロンは俺の灰皿入れを勝手に使って、元気よく部屋の中へ入っていった。
そしてすぐさまロボロの隣へ座ってドヤ顔しているのが見える。子供かほんま……。
そんな様子を少し遠くから見ていると、シャオロンが急にコネシマの方へ吸い寄せられた。
「シャオローン!ロボロとなに言い合いよるん、俺とも遊ぼーや!ええやろ?」
コネシマはそんなことを言いながらシャオロンを自分の横に座らせた。まるでしょっぴくんとひとつ、距離を置くかのように。
しょっぴくんはそれに対して、不服そうな顔をしながらシャオロンの横に座った。そして俺はその隣に座る。しょっぴくんと反対側にはロボロ。
「……ふふっ、シャオロンざまぁ」
おいおい聞こえてるぞロボロくん。相変わらず心がないな。
君色に
「戦争屋」である私たちはグルッペンを起点に集った。それぞれ違う形ではあるものの、みな「戦争屋」として染まっていった。
だがしかし、染まりきれなかった者もいる。彼もその一人なのだろうか。
彼がネットに姿を見せなくなって早一年。しかし私は彼との交流を未だ絶えずに行っていた。
でないと、もう手の届かない気がしたから。
生身では会えず、してもせいぜい電話。大体はLINEでやり取り、みたいな感じで一年間やってきた。しかしながら、彼の心は遠のいていくばかりだ、と感じる。
『らんらんー』
私はささっとそう打って送信、出勤することにした。
◇
『らんらんー』
俺はひとらんらん、という名前で活動をしていた。しかしそれはもう過去のことになりつつある。
新メンバーも入っていく中、俺が戻ったところでなにもできない。俺はもう手を引こう、そう考えていた。
なのにこの人は。
自分の本当の名前ではない、今ではなつかしい名前で呼ばれた俺はそれを見つめる。
……一年。一年だ。いやそれ以上かもしれない。
まずまず俺は思ったよりこの人に会ったことがない。俺もこの人も関東住まいだが、そもそも関わったことすら他のメンバーも比べて少ないはず。何故かは知らないが、あの人のお気に入りにでもなっているのだろうか。
今でも他のメンバーともたまに連絡を取り合っているが、この人は違う。こうやって俺を誘ってくる。
だから、この人は。
『なにー』
適当にそう打ってスマホを閉じる。一息ついて社内のトイレを後にした。
◇
仕事が終わった。というか無理矢理終わらせた。今日は残業もさせられてヘトヘトである。
仕事場から出てスマホを取り出す。いい年したおっさんが女子高生みたいなことをする自分にだんだんと笑えてくるようになる今日この頃。……まぁJKだからいいか。
友達の少ない私のLINEは、日中ほとんど機能しない。意味などないことは分かっているものの、無意識にLINEを開くのは仕事終わりの日課となりつつある。私のこれは大抵みなが仕事の終わったこのくらいの時間に機能し始めるので、本来ならば家に帰り着いてからでいいのだが無意識だからしょうがない。
しかし今日は違った。私のLINEは日中に機能していた。一件の受信。それもひとらんらんから。
『なにー』
特別も何もない、何気ない会話の一欠片。だけど何が何でも返さなければ相手は遠くに行ってしまう、そんな会話の一欠片。
私は家に帰るまでずっとずっと悩む。会話が途切れそうで、それをつなぐために呼んだだけなのだから、最初からこれといった用なんてあるはずがなかった。
ふと家に入る前に思いつく。今度の休みが三連休だったことに。
『今度遊び行ってよい?』
そう打ってさっとスマホをポケットの中に滑り込ませる。心臓がいつもより早い。血が体をめいっぱい回る。
ドアノブに手をかけまわし、家の中へと入る。と同時にポケットの中のスマホが震えた。
ひとらんは大体朝に返してくる。だからこの時間で言うと、ゾム編集長かグルッペンのどちらか。しかしブロマガは明後日のはずだし、グルッペンと話す用事もなかったはず。
バッグとジャケットを所定の位置に戻し、スーツを脱いで楽なスウェットに着替える。ポケットの中からスマホを取り出し、スーツをハンガーにかける。
スマホの通知は一件。LINEの返信を知らせる通知。ひとらんらんからの返信だった。
再度胸が高鳴る。こんな時間に返してくるなんて珍しい。それと共にさっき自分が送った文章を思い出して、さらに胸がざわつく。あの文にあの人はなんて返してくるのだろうか。
落ち着くために横にあったベッドに横たわり、深呼吸。そしてトーク画面を表示した。
『おいで』
私はそれを見て固まる。何秒固まっていたのだろうか、でも私とは対照的にトーク画面は動いた。ポンッと音がして彼の言葉が次々とこちらに送られた。
『よかったら』
『俺の家』
『泊まる?』
息が詰まる。
こんなこと言われるわけないと思っていた。ただでさえ交流の少ない私に、彼はどうして。
なんて考えずに指が動く。知らぬ間に送信ボタンを押す。
『泊まる』
そう打って、詰まっていた息を吐ききる。このとき私は心の中で、私らしくなくガッツポーズをした。
それからいつがいいか、待ち合わせはどこか、どんなことをするかを二人で決めていった。
そして彼へ向ける気持ちに気付くことなく、三連休へと近付いていった。
貴方へ
いつからか、先輩が不機嫌になった。
たまにこんなことはあるものの、今回のは少し違うのではないかと俺は思う。
この前、トントンさんの家でやった生放送やみんなでゲームしている時は騒がしい普通のコネシマだし、してない時もちゃんと仕事をやってる。ちゃんと俺にも絡んでくれる。
だがしかし不機嫌。
なにしてもぶっきらぼうだし、何気に日常的な場面で俺に冷たく当たるようになった。ていうか少し厳しい。
こうなり始めたのはエミさんとゾムさんが俺らに報告した時から。先輩にとっては、前々から飲み行く時もそういう、同性愛やらメンバーの色恋沙汰やらの話をしていたからそんなに衝撃的ではなかったはずだ。まんざらでもない感じで、以前は俺に笑顔でそのことを話してくれた。今日ゾムとエミさんがな……、なんて言うふうに半ば応援してるようだった。そこから察するに、先輩はそのことを受け入れていたはず。
だけど先輩は言った。気持ち悪い、と。
そう言ったのを聞いたのはあれきりで、尚且つあれだけだ。なぜ先輩がそんなことを言ったのか。今考えても分からないが、とりあえずその場では同調した。
でも先輩が俺に関わらなくなったのはそこからなのだ。最近は最小限でしか喋ってないし、飲みにもいってない。いつもは週一、多くて週三ほどは二人で飲みに行っていたのに。
その行為が自分が不機嫌なことを自覚して迷惑をかけないよう避けているだけなのか、はたまた俺が嫌いになったか。まぁ心無いし前者はないと思うが。
そうなると後者。俺が飲みに誘おうとしても早々に先輩は仕事場から去っていたり、LINEでも適当な理由で返されたり。そして仕事中のミスはぶっきらぼうに返事を返されて黙々と直されるだけ。今まではからかわれたりしていたのに。
……胸糞悪い。
誰かと飲んでいるのだろうか。俺との飲みを二週連続すっぽかして。まぁ約束している訳でもないのでどうこう言えないし、先輩の勝手なのだが。……なんかやだ。
そして今、午前六時前。会社に出勤する前、先輩の家の前にて。俺はここに二十分程居座っていた。
###
「おはようございます、先輩」
午前六時すぎ。まず目に入ったのは見慣れた顔、しょっぴくんの姿だった。
今日は晴れていて綺麗な青空。それを見るよりも前に視界に飛び込んできた当の本人は、いつもより少し顔がひきつった無表情で挨拶。そんな光景に驚いて絶句、そして固まる俺。
「お、おう……どしたんや……?」
そうたじろぎながら返事をすると、しょっぴくんがすっと手を差し出す。まるでどっかの王子みたいに。……自分で言うのもなんだが例えが気持ち悪いな。
「今日もいい天気ですネ。行きましょ。遅刻しますよ」
そういってさっきの無表情はなかったかのように、ニコリと営業スマイルをかますしょっぴ。
俺はその顔をかき消すようにしょっぴの手を払いのけ、いつものように前を向いた。
「はいはいそーやな、ほな行くで。朝から驚かせんどいてや……」
しょっぴくんとほぼ会話もなくバス停へと歩きながら、少し思考を巡らす。
俺は少し前から意図的にしょっぴくんと関わることを避けていた。なぜか。それは見つけてしまったから。自分にピンク色の心があることを。
しょっぴくんは普通の人。俺は普通でありたい人。根本的に俺としょっぴくんは違う。
気持ち悪い。自分が。
ゾムとエーミールの件の時に彼は俺を否定した。俺が俺を見ているようで言った「気持ち悪い」という一言に、彼は静かに同調した。そうであると。
だが自分がこの心というやつに気づいてしまったが終いだ。変に彼を意識してしまうし、見つめられると目を逸らしてしまう。前までは普通に接することが出来たのに、それが出来なくなってしまった。
でも彼にこのことを伝えたら、いつものトーンで言うのだろう。気持ち悪い、と。
俺はエーミールとゾムが、心底羨ましかった。それと同時に共通認識をもつ同士である彼らに、二人で笑っている彼らに、腹を立てた。
「嫉妬」、とでもいうのだろうか。それとも俺がおかしいのか。これが普通なのか。
隣にしょっぴくんがいるだけで、いつも考えないようにしていたことが次々と溢れていく。しかし受け皿もなくだらだらとこぼれていく。
バスを降りる直前、当然のように俺の隣に座った彼は言った。
「先輩、今日飲みません?いや、飲みましょ」
気の所為なのかはわからないが、いつもより少しばかり目を鋭くして、いつもより強い声色でしょっぴくんはそう言った。俺は咄嗟に断れず曖昧に声を出すと、しょっぴくんは追い討ちをかける。
「最近付き合い悪いっすよね?俺、後輩として、そーゆーの寂しいんすけど」
後輩として、の部分をやたら強調して言うしょっぴくんの顔は、本当に寂しそうな表情をしていた。それに気付いた俺は断りづらくなり、ついに肯定を示す言葉を吐いた。
しょっぴくんはそれを聞いて、顔色も声色も変えずに、じゃあ仕事終わりにいつものとこで、と言って俺から目を逸らした。
心臓がうるさかった。
###
「お疲れ様です、先輩」
普段はしない残業をしてしょっぴくんと合流した。遅くないですか?と言及されたので、適当に上司のせいにした。
慣れない残業をしたのには理由がある。簡単に言えば、あまり彼と一緒にいたくなかった。ボロが出てしまいそうで怖かったから、と言えばいいのだろうか。なんか違和感を感じるから、俺は嫌々残業をした。
「ほな、いこか。さっさと行ってさっさと帰んぞ」
俺がなんともないようにそういうと、しょっぴくんは素直に返事をした。それはそれで珍しく、気になったのでしょっぴくんの顔をちらりと覗く。
「……なんすか。早く行きますよ」
そう言って素っ気なく前を向いた。そんなしょっぴくんの頬は少し赤かったような気がした。
……あぁ、胸が痛い。心臓が出てきそうなほど息が詰まる。それがなんなのかもわからぬまま、少し深呼吸をしてしょっぴくんのあとを着いていく。
彼の匂いが少しだけ、風に乗って俺に届いた。それはそれで胸をちくりと刺した。
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「先輩、飲みましょ?」
「えぇ……。あんま飲みたくないねんけど」
「いーからいーから」
そう言って強引に促すと、先輩は渋々目の前の酒を口元へ運んだ。
先輩の性質上、一杯飲めばもう二三杯は飲む。そしてさらに酒に弱い先輩はいとも簡単に潰れる。
「なーしょっぴー」
……いつもの流れ。こうなることを自分でもわかっているからか、先輩自身も外ではあまり飲まないようにしているらしい。たまに先輩が一人家で飲んでいたのか、酔って俺に連絡してくる時もある。大体は何言ってるかよく分からない。
先輩は甘い声を出しながら席を変え、俺の隣に座って肩を組み始める。今度は何を言い出すのかと思いながら、先輩のそれに付き合う。
「……しょっぴぃ……ごめんなぁ……。最近、胸が痛くてなぁ……」
俺の肩に顔を埋めながらそんなことを言う先輩。俺の頭の上にははてなが浮かぶ。
胸が痛い?どういうことだろうか。何か病気を患ったのだろうか。この前律儀に健康診断行っていたし、その可能性も捨てきれない。でももしそうなら、もっと早く言ってほしかった感がとてつもなくある。それか王道的にある心配させないようにってやつか。そんなんだったら許さない。
「……どういう、ことです?」
できるだけ自然な声を出しながらも、次から次へと出てきそうな言葉を唾で飲み干す。
少々上目遣いのような目で先輩かこちらを見つめてくるが、自分の気を紛らわすためにまた一杯酒を飲み干した。
「……自分でもなぁ……わからんねん……。なんかなぁ、お前と居るとなぁ……胸がなぁ、痛いねん……」
そう言って目を伏せた先輩は自分の手を心臓の方に当て、再度なんでやろうなぁと呟いた。
そんな先輩の姿が俺には愛しく思えて、思わず距離を詰めそうになってしまうのを理性で抑える。思いとどまったあと、弱々しい姿で俺にもたれかかる先輩へ、素っ気なくそうですかと返した。
俺は先輩から目を逸らし、またもう一杯酒を飲んだ。先輩はどれだけ酔ったのか知らないが、俺の袖をくいくいと引っ張ってくる。
俺もだいぶ酔ってきた。そろそろ帰らなければ、俺も先輩も手に負えなくなる。帰りを促すために先輩の方へ目を向けると、先輩はいつになく元気がなかった。
「……先輩。話ならあとでいっぱい聞きますから。一旦先輩の家に帰りましょうね」
俺はそう言いながら、俺の隣で歩きながらもうとうとしだした先輩を連れ、コネシマ宅へと足を早めた。
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未定
俺は殺人鬼。ある日、グレイっていう胡散臭い神父に言われて、暗い路地裏のような作りをした建物の階層に連れてこられた。その奥のもっとくらい所が俺の部屋。ゴミくずや赤く滲んだ包帯が散乱している。
何もやることもなく、薄くて硬いベッドの上に横たわっていると上の階層から人が降りてくる音が聞こえた。俺のこの階層は地下にあるらしく、大体そのグレイってやつが降りてきて食料を持ってきてくれる。そうだとしても、それにしては時間が早い。俺の腹も減ってない。
……嫌な予感がした。俺はその予感を振り払うように首を振って目をつむった。
グレイは俺が寝ていると分かれば、あの人はものを置いて静かにどこかへ行く。何も支障はない。
足音が徐々に近付いてくる。いつもとは違う、少し早い足音。
極たまに降りてきて説教を浴びせるキャシーっていう女であることを少し期待した。が、俺の嫌な予感は的中した。
俺の部屋のドアがあいて、誰かが入ってくる。そして俺のそばで立ち止まると上から声をふっかけた。
「ザック、そろそろ包帯変えようか」
俺は子供っぽく無視をして、目を開けないまま。グレイならため息一つついて諦める。が、この男は俺が諦めるまでここに居続けるのだろうか。それも困る。
「ザック」
「………あー、わーったよ。……ったくよー……」
俺はゆっくりと上体を起こして首をぽりぽりかく。
俺はこいつが嫌いだ。はっきりと言うが嫌いだ。見てるだけで吐き気がする。触られると、触られたところから痒くなる感覚がする。
俺は最初、こいつに傷のことを言われた時にほっといてくれと言ったはずなのだ。包帯は自分で巻けるし、傷の手当なんて今更必要ない。痛みも感じない。もう大丈夫。
なのに一定期間経つとこうやって俺の元を訪れ、俺の傷を診る。気に食わない。
「……今日は五回目だから、一度僕の階層でじっくり見たいのだけど」
俺の指先の方の包帯を少し解いて、それからもう一度巻き直してそう言った。めんどくさいやつだ。さっさとこいつの視界から消えてしまいたいのに。
「……やだ」
「やだじゃないよ、これじゃいつまで経ってもこのまま……」
「お前にはかんけーねぇだろ黙っとけよ」
俺が少し声を荒らげるとダニーは口を噤んだ。でもそれは一瞬のことで、ダニーは言葉を続ける。
「……君が関係ないと思っていても僕には関係あるんだよ。神父様からも頼まれてる」
ダニーはそう言って俺に手を差し出した。俺はそれに対して、過剰に反応し身をそらす。
自分でやっていることであるものの、自分で意図してやっている訳では無いので胸がむかむかする。ダニーから目をそらす。
「……どうしたんだい?」
「……んでもねぇよ、俺は行かねぇからな。神父に文句言っといてくれ」
俺はそう言ってダニーに背を向ける。するとついにダニーも諦めたのか、扉を開けて閉める音が聞こえた。
さっき触られた指先がいつもより熱かった。
◆
未定
「僕、出掛けますねー」
まふまふの声。俺は玄関へと向かう。
まふまふは靴をはく最中だった。
「……今日は、どこいくの」
「うらたさんとこです。ちょっと楽曲のこととかあったりして……まぁ半分は遊びですよ!」
まふまふは声を明るくして言う。最近こういうのが増えた。
あるときはツイキャスを、とうらたのとこにいき、お誘いがあったので、とうらたのとこにいき。夜になって帰ってくる。
どういったらいいのだろうか。……心配……そう、心配だ。多分。
「じゃ、いってきますね」
「……うん。いってらっしゃい」
なにもいえないまま、今日もまふまふは行ってしまった。
###
二日連続でうらたさんのところに行く予定になっていた。僕はいつもの様にそらるさんにいってきますと伝え、靴紐を結んでいた。
「ねぇ、まふまふ」
振り向くとすぐそこにそらるさんがいた。いつもはしないような顔してる。ああでも、最近出掛けるときにこういう顔されるなぁ。
僕はなにかあったときにしか言わない、そらるさんのねぇを聞きながら答えた。
「ん、なんですか?そらるさん」
するとそらるさんは、かわいくわたわたし始めた。
「え、えと、その、な、なんていっていいか、わ、わかんないんだけど」
「うん」
僕が相づちを打つと、そらるさんは少しビクッとはねた。
そらるさん、僕になんかしたのかな。なにもされた覚えはないんだけど。
「その……っ、なんで……な、なんで?」
「大丈夫ですよ、ゆっくり話してください」
あわてふためくそらるさんは、告白したとき以来かもしれない。かわいい。なんて言ってる場合ではない。
そらるさんがうつむいた。心配しなきゃなんだけど、でも、内容も気になるから急かしてしまう。
「……そらるさん?」
「……んで」
そらるさんは意を決したようにこちらを向く。
「なんで、最近、ここに、いてくれない、の」
寂しいじゃん。そう聞こえてくるような言葉の響きがあった。
若干涙目のそらるさんに近づく。そらるさんがいってくれたんだから、僕もなんかしないと。
そらるさんを抱き締める。身長はそこまで変わらないけど、小さな、乱暴にしたらすぐに壊れてしまいそうな、そんな感覚。まぁ、本人に言ったらなんか怒られそうだけど。
「……ごめんなさい、そらるさん」
#
「なんで、最近、ここに、いてくれない、の」
寂しいだろーが。そう言いたかったけどさすがにそれは引っ込めた。
若干涙目で情けない俺を、まふまふ優しく抱き締める。
ふわっと香るまふまふの匂い。包容力のある体。すごく、安心する。まふまふはここにいるんだって、そう思える。
「……ごめんなさい、そらるさん」
ドキッとした。それはどんな意味のごめんなさいなんだ、と。怖かった。俺が恐れている言葉を言われるのではないか、と。
でも、そんなんじゃなかった。
「気付いてあげられなくって、ほんとにごめんなさい」
「……え」
「そらるさんが必要としてくれる限り、僕はそらるさんと一緒です。だから、心配なんてしなくていいんですよ」
まふまふが俺の頭を撫でる。俺の髪をとく。気持ちがいい。
「ちょっといろいろ準備してたんですよ。ごめんなさい。そらるさんがそんなに心配するなんて、思わなくって」
まふまふは再度、強く抱きしめ、俺の頭を優しくなでた。
「……大丈夫ですからね。僕はそらるさんのそばにいますから」
お願いだから離れないで、そう訴えるようなまふまふと、同じことを考える俺がいた。
「
「……俺は、まふまふの、そばにいるから。隣、いるから」
俺がそう言うと、まふまふは体を離し、にこっと微笑んだ。
「ふふ、約束ですよ」
「……ん」
まふまふは満足そうに俺の唇にキスをした。
#####
数日前。俺は坂田に会っていた。
「……最近、まふまふとうらた、どうなの」
「……やっぱ、気になる?」
俺は坂田の問いかけに頷く。
まふまふとうらたが何かこそこそやっているのは、パートナーである二人は分かってる。が、肝心のその内容が分からないのだ。
そこで坂田と臨時会議を開いている。まふまふとうらたはさかうら家の方で集まっているので、こっちは俺とまふまふの家で会議中。
「今日は何日だ」
「……えーっと、10月の20」
うらたの誕生日とまふまふの誕生日は終わっている。俺は11月3日で坂田は12月5日。まだ、日はある。
「……一応聞きますけど、まふくんの誕生日、なんかやったんすか」
「まぁ、一応。プレゼントも、用意した、し、夜も、うん」
俺がそう言うと坂田は唸った。
「えぇーっ、じゃあなんやろ……。そらるさんのサプライズパーティーとか?」
「……坂田の家に、そういう材料、あった?」
「……ないな」
「だろ」
結局その日、二人でうんうん考えたもののゲームに走ってしまい、なにも分かることはなかった。
###
俺の誕生日は普通に過ぎた。普通といっても、まふまふは昼はゲームしたし、夕方は外に食べいったし、俺用のマグカップとマフラーをくれたし、夜も、した。一緒にいれただけでも嬉しかった。
そして坂田の誕生日も過ぎた。坂田も俺たちの同じ感じだったらしく、楽しかったーっ!!!とご満悦だった。
しかし、まふまふとうらたはまだ二人で何かをやっていた。
俺だってたまに、まふまふを誘ってみるものの、二回に一回、または三回に一回はキャンセルされた。
で、今日は何回目かの坂田との臨時会議。臨時会議といっても少し現状話してあとはゲームなんだけど。
坂田が言うには、最近うらたに部屋に入らせてくれないらしい。
……少し、不安になってきた。
そんなことはないとは分かっているけど、坂田と一回そういう話になり、ずるずると今に至る。
「さかたー」
「なんだいそらるくん」
「げーむー」
「こんどまけんぞ」
「なんかいめだよそれ」
そしてまたゲーム大会が始まった。
###
12月23日。クリスマス前日。
こんな寒い日に(まぁ最近ずっとそうだが)外に出る準備をしているまふまふ。と、俺。
だが目的は両方違う。まふまふはまたもうらたと会いに行くため。俺は明日のプレゼントを買いに坂田と近くのショッピングセンターみたいな駅に行くためだ。
まふまふがなにをしに行くのか言わないので、俺も言ってない。少なくとも11月くらいからは何も。それでも俺たちは普通に過ごしていた。
「……よし。僕行きますけど、そらるさん、気を付けてくださいね?風邪とか、引かないでくださいよ」
「ん」
まふまふは俺に近づき、俺が適当に巻いたマフラーを外し、首筋にキスをした。
「……んっ」
マークをつけ終わったのか、マフラーを巻き直した。?
「はい!これでいいですね。じゃ、いってきますね」
まふまふが扉を開ける。冷たい風が少し入ってくる。
首もとが、あつい。
「おう。……ありがと」
俺がお礼を言うと、まふまふ特有のへにゃっとした笑顔でふふっ、と笑った。
「どーいたしまして!」
そういってまふまふはうらたのところへ行った。そう考えると……なんだか胸が、痛くなった。
「……俺も行くか」
気分切り替えるように口に出し、少ない所持品を持って外へ出た。
###
「ねぇぇやっちゃったかもおぉぉ」
「ねぇぇやられちゃったぁぁぁぁ」
僕とうらたさんが同時にうなだれる。僕がやっちゃったかもの方。
坂田さんとそらるさんがなんかしてて、気付いてるんだけど何も言えない僕とうらたさん。多分、僕らが集まりだしたからだと思うんだけど……。不安になってしまった。
坂田さんだよ?大丈夫大丈夫。そう思ってたんだけど……マフラーの隙間から見えたそらるさんの首筋に、噛みつきたくなってしまって。噛みはしなかったけど、跡を残してきてしまった。
とられちゃ、いやだったんだと思う。いやまぁ、元からなんだけどね。
で、うらたさんは坂田さんに跡をつけられた、っていう……。なんとまぁ、僕と坂田さんは気が合うなぁ……。
「んー、じゃあここで言ってても仕方ないし、行きますかー」
「行きましょー」
そして僕らは最後の準備のため、ショッピングセンターみたいな感じの駅に向かった。
###
「……いる」
「……いるね」
ある店に入った瞬間見えたものは、扉を開け、出ていくときに見た後ろ姿だった。隣には見覚えのある背中。
「……一緒だ」
「一緒じゃなかったらちょっと怖いけどね。あと首をもうちょっとは隠そうかそらるくん」
「あ」
そう言われ、咄嗟に手で隠す。まだ少し熱を持っている気がした、けどそんなことはさすがにないだろうから気のせいだ。気がしただけだ。
「あ、じゃないぞそらるくん。忘れてたとか言うんじゃ」
「忘れてた」
「ないぞと言おうとしたんだそらるくん」
前方に見える二人は、なにか討論するかのように話しているのが分かる。その何かは棚が邪魔で見えない。気になる。
「んー、なにしてるんだ……?」
「……プレゼント、選んでんのかな」
「その可能性が高いな」
二人で二人をじっと観察する。まだあちらはこっちに気付いてないみたいだ。周りのお客さん(には大分可笑しい二人組だとうつっているのだろうか)の視線が痛い。
「……あ」
「動いたな……追尾するか……」
「ん、りょーかい」
俺たちは静かに尾行し始めた。
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「こんなのそらるさんに似合いそうじゃね?」
「あー!そんな感じしますね!これにしよっかなー……」
僕とうらたさんは絶賛お悩み中。相手へのプレゼントを選んでいる最中だ。
「あ、じゃあこの赤いライオンとかは坂田さんに合いません?」
「確かに!がおー!」
「ふふふ、がおー!」
二人で顔を合わせながら笑いあう。
すると向こうの商品棚のところにさっと隠れる人影が見えた。僕らの視線を気にしているっぽい。ちらりとこちらをうかがってくる。
僕は小声で話しかける。
「……ねぇ……なんか、いるんですけど」
「はい?」
うらたさんが辺りを見回す。こんなことしちゃあっちの方にバレちゃうんじゃ……。
ちらっと見えた、隠れていた人のうなじ。何回も出てくるものだからわかってしまった。あれは、僕がつけた噛み跡だ。……恥ずかしい。
「……あれ、そらるさんじゃね?」
「……そうだと思います。うなじに僕のつけたものがありました」
「やっぱそーかー……。と、いうことは坂田もいるな」
「多分。なんで僕らを尾行?してるんでしょうね。バレバレだし」
「……じゃあ、こっちも気付かないフリする?」
「いーですね、そうしましょ」
僕らは小声で話しながら次のお店へと歩いていった。
###
「……さすがにバレたよな」
「多分、バレたと思う」
「と、いうことは気付かないフリだな」
「うん」
俺らは普通に話しながらも、まふまふとうらたの顔をみて少しイライラしていた。相手が幸せそうにしているのはありがたいのだが、その目の前にいるのが自分じゃないとなるとこうなることがわかった。今。
「……こっちも気付かないフリする?」
「それは面白くなくない?……こう、なんかしよーよ」
「なにか……。あ、いーこと思い付いた」
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