黒猫 悠華 2016-07-27 20:46:22 |
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隣でじっとテレビを見つめるあなたに、ふいに問いかける。自分は異常なんだろうかと。
するとあなたはばっとこちらを振り向く。それから俺の頬をつまんで、俺の大好きな笑顔で答える。
「それの何が悪いの?」
俺はこの人と生きていくと決めた。
でもそれは戦いの始まりでもあった。
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初めての感覚だった。でも直ぐにわかった。これは俗に言う恋であると。
そんなことあるはずないと思っていた。どんな女の子を見てもピンと来ない俺が、恋に落ちるなんて。
最初は自分自身でも戸惑ったものの、俺は俺らしく覚悟を決めた。たとえ振られても、引かれても、もう会えなくなってもいい。この気持ちを、伝えられるのなら。
俺はディナーに誘って、その帰り道に気持ちを伝えた。
先輩好きです付き合ってください、なんていう王道な言葉を言いながら頭を下げる。
先輩が黙っていたその間、心臓がバクバクして飛び出そうだった。今まで聞こえていた街の喧騒が少し遠のいて、くらりと体が倒れそうな感覚に襲われた。
だけど少しすると嗚咽のようなが聞こえてきた。次に頭をあげる時には、先輩の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
俺がそれに驚いていると、先輩はこくりこくりと何度も何度も頷いた。それが俺の言葉を肯定しているという事実だということに気づいた俺の頬にも涙が零れた。
俺は衝動的に先輩へと体を寄せ、先輩の体を包む。
「絶対、離さないですから」
そう言うとあなたは静かに微笑んだ。
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その冷めきった目がいつも俺らを傷つける。
「……お母さんに話してから決めなさいよ」
俺の姉はため息を吐きながらそう言うとさっさと部屋を出ていった。
今まで気付いていなかった人もいるだろう。だが正真正銘姉の言う通り、俺と先輩の性別は一緒。男同士だ。あえて性別を言及せずに進めてきたが、もう無理そうだ。
日本という国は同性愛に対して偏見を持っている。国民全てではないものの、偏見を持つ人が多い。結婚も認められていない。
だけど、俺たちは話し合って決めた。理解者なんていなくてもいい、ただ両方の血縁者にせめて報告だけはしてみよう、俺たちのことを、わかってくれるかもしれないから、と。
純粋な気持ちで始めた行動の結果は惨敗だった。俺の家も先輩の家も頭が固い人が多いのだろうか。みんな同じ目をしていた。
俺の家は元々こんなイレギュラーを毛嫌いしている。実際、母さんからは何回も何回もそれについての話をされた。
俺は好きな人同士幸せになることが何故悪なのかよく分からなかったし、そんなの幸せになんてなれないのよ、と何回も俺に言い聞かせた理由もやっぱり分からなかった。
そんな俺でも、自分なりに覚悟していたつもりだった。だけどやっぱり、悔しかった。
なんで俺達がこんなに言われなきゃいけないのかと、俺たちが傷つけられる度にそう思った。
だけど先輩はそんなネガティブな感じを一切外に出さなかった。俺の前でも常に笑顔で、人に言う度に、じゃあ次だと俺に微笑む。
俺と先輩は会社が同じだが、仕事に支障をきたすかもしれない、という理由で社内の人間には一言もいっていないし、言うつもりもない。あくまで血縁者だけ。それもまた歯痒かった。
俺が姉の部屋から遠ざかって、和室横の廊下を歩いていると、和室から母さんが俺を呼びかけた。それに対して返事をした直後、俺は後悔する。一番話したくない相手がこの人だったからだ。
この人は昔から言っていた。「この人たちはどうせ幸せになれないのよ」と。俺はそれを聞いて育ってきた、しかし結果的にこうなってしまったことに対して、この人はどう思うのだろうかとずっとずっと考えていた。だから面と向かって話すのが怖かった。
声が聞こえた方の襖をゆっくり空ける。
そこには俺が小さい頃からある大きなテーブル、そしてその向こうに綺麗な佇まいをした女の人、俺の母さんが正座して真っ直ぐこちらを見つめていた。雰囲気に蹴落とされ、俺は同じように正座して座る。
「あなた、同性の方と交際したんですって?」
聞きなれている凛とした声が響く。俺はゆっくりと頷いて、肯定の意を示す。
それを見た母さんは力を抜いて大きくため息を吐いた。
……許してもらえたのだろうかという少しの期待と、また大きな声でまた幸せになれないのだからなんて言われるのではないかという大きな不安。
でも母さんが口に出したのはどちらでもなかった。
「あなたがそこまで言うならば好きにすればいいでしょう。その代わり、あなたに実家などないと思って」
肯定でも否定でもなく、俺を遠ざける。そんな言葉は俺に重くのしかかる。
小さい頃からイレギュラーを毛嫌いしていたこの家の中でのイレギュラーな俺はどう足掻いても、この人たちの中ではイレギュラーのままらしい。
俺は一礼をして立ち上がる。俺は先輩と生きていくと決めた。だから、迷わず先輩を選ぶ。
俺が襖を開けると小さな声が聞こえた。
「……幸せに、なりなさい」
やっぱり母さんは母さんだった。
□■□■□
家から出た時は段々と空が暗闇に包まれてい
く頃だった。自分のものだった部屋でいろんな考え事をしていて遅くなってしまった。長居しすぎたなと、一人でゆっくり歩きながら仕事から帰った先輩がいる家に帰るために駅へ向かっていると、電話がかかってくる。先輩からだ。
俺が今日あったことを電話越しに話すと、先輩は声のトーンを落として言った。
「……ごめん。俺の方は何とかなりそうだけど……後輩くんはダメだったか」
先輩が声のトーンを落とすなんて滅多にない。だから反射的に俺は明るい声を出した。
「いえいえ、謝ったりしないでくださいよ。それに駄目になったんじゃないんです。それなりにいい事だってあったんですから。それに……二人で決めたことでしょ?」
二人で決めたこと。
そう言うと先輩は何も言い返せず、仕方ない感じで相槌を打った。
俺は駅に着いたから、と電話を早々に終わらせ、目に付いた店に入る。
買ったものを包装してくれる店員が俺に、誰にプレゼントされるんですか、と尋ねた。だから俺は堂々と答える。俺の愛する人へです、と。それを聞いた店員は素敵ですねと澄ました笑顔でそう言った。
それから俺は足早に帰路についた。
□■□■□
二人暮らしになってから、不意に出した自分の言葉が虚しく響くことが少なくなった。
「ただいまー」
自分以外の誰かが自分を受け入れてくれているという実感して、いつしかこの言葉が好きになった。
……だがしかし、返事がない。
先輩はこの家にいるはず。
返事がないことで自分の中に焦りを感じる。靴をささっと脱いで扉を開ける。
そこにはちゃんと先輩がいた。
机の上で突っ伏したまま、静かに寝息を立てている先輩。手にはさっきまで自分と通話していたであろうスマホが握られている。
俺はブランケットを先輩へふわりと掛けて、さっき買ってきたものをキッチンの端っこに隠して腕を捲る。事前に買ってあった食材を取り出し、先輩が好きだと言った俺の肉じゃがを作る。
今日はバレンタインデー。
「愛の日」と呼ばれ、日本では女性から男性に、欧米では恋人同士がプレゼントを贈り合う日だ。
肉じゃががもうすぐできる、というところで先輩の目が開いた。
「……あ、先輩。起きました?」
先輩へそう問いかけると、先輩は小さく唸りながら目をこすった。それから肉じゃがの匂いを察知したのか、眠そうにしながら椅子から離れ、キッチンにゆっくりと歩いてきて、俺の袖をくいと引っ張った。
……かわいい。眠そうにしてるところがさらにかわいい。
俺が先輩に見惚れ始めて数秒後、先輩は腕に力を入れたのか、ぐいと引っ張る。
「……肉じゃがだ」
そう言った瞬間、俺から離れ、食器などを取り出し始めた。その行為自体は有難いものの、俺の袖を引っ張っていた先輩が離れていってしまうのはちょっと惜しい。
それから肉じゃがをよそって並べて、二人で椅子に座る。もう先輩の脳は覚醒しきって、いつもの先輩だった。
「いっただっきまーす!」
そんな先輩の声と俺も同じことを言って、自分の作った肉じゃがを食べる。先輩がおいしい、と言って俺に微笑むのを見るのが毎回のご褒美だ。
いつものように食べ終え、二人で食器を下げる。そしてその後片付けをする先輩の袖を今度は俺が引っ張って、言った。
「……先輩は、苦しいですか?」
先輩は食器を洗うのを止めた。そして冷たく濡れた手であることお構いなしに、俺を包む。俺よりも少し背が低い先輩は俺の胸に顔を沈める。先輩の体温は俺よりあったかくて、それでいて心地よくて。
先輩はその態勢のまま、質問に質問で返した。
「……後輩くんは、苦しいの?」
そう言ってさらに俺に体重をかける。それに対して俺はぎゅっと、先輩を抱き返す。
「俺は、苦しくなんてないですよ。でも、俺が先輩を苦しめているんじゃないかって、そう思ってしまって。もしそんなことあったら、俺……」
離したくない、この人を。
人に対してこんなことを思ったことは初めてで、それと同時にそんな感情を持ってしまう自分が、それこそ気持ち悪くて。複雑な感情を持ったまま血縁者に話すことで、その気持ちが煽られて不安になって、それでも余計に離したくなくなって。
先輩は俺の雰囲気を汲み取ったのか、さっきよりももっと強く俺に力を入れた。
何回もあの目を向けられた。
きっとその人は俺たちの関係性についてのことに対してだったんだろうけど、俺は次第に自分に向けられているのではないかと感じるようになった。人ごみにいる時も誰かと話すときも、俺が先輩に対して、俗にいう独占欲を持っていることがばれているのではないかと感じて、人の目が怖くなった。
苦しくなんてない。だって先輩といられるのだから。でも。
「……どちらかというと、口惜しいです。この状況が。それに、怖い」
先輩に面と向かってネガティブな発言をしたのは初めてだった。それを聞いた先輩は軽く頭を動かす。それが相槌なのか、俺の言葉を受け止めるクッションなのかはよくわからないが、自分の言ったことが先輩に伝わったことだけはわかった。
それから沈黙が続いて、突然先輩が俺の頭に手を置いた。そしてその手をゆっくり動かして、俺の頭を撫でた。
「……口に出して自分の思いを伝えるの、こんなに難しかったっけ」
先輩は大きく息を吐きだす。そしてまた大きく息を吸う。
「苦しくなんてない。俺には君がいるから」
俺はそれだけで涙を伝わせた。改めてその言葉を聞いて安心した、というのが今涙を流した理由に近い気がする。
先輩、と一言呼び掛けて一旦離れる。それからさっき買ったプレゼントを手にもって言う。
「チョコを渡すのは女性らしいですから、俺は花で先輩に愛を伝えようと思ったんです、けど……。一緒に住んでるのに花束はあれでしたかね……」
先輩へと花束を渡すとゆっくりと赤いそれを受け取った。
しかし先輩は何も反応も示さない。それを見て語尾が弱くなる。先輩はじっと花束を見つめて、少ししてゆっくりと俺の方を見てつぶやくように言った。
「……赤い、アネモネ」
「はい、そうです。赤いアネモネです。綺麗なやつ、選んでもらいました」
先輩はこの意味が分かっているかのように、ただ口元を綻ばせた。
それからくるりと振り返り、たたたと自分の部屋に入ってしまった。その行動に驚いていたものの、先輩はすぐに戻ってきた。さっきとは少し包装の違う赤い花をもって。
「被っちゃったな……。まぁいっか。俺の愛情入りだぜ、はいよ」
俺の腕に赤いアネモネが乗せられた。一見同じ本数に見えるが、こっちの方が少し重く感じられた。多分、先輩の愛情の分まで重くなっているのだろう。
考えていることは同じだったらしい。
「これからもよろしくな、後輩くん」
「こちらこそですよ、先輩」
俺は先輩に再度抱きつく。
俺たちは逃げたりなんかしない。最初にそう二人で決めたあの日から、覚悟は決めていた。
日本は江戸時代中期のころから、同性愛は罪であるとして罰を受けるようになった。今はそんなことはないものの、まだまだ同性愛は卑下される対象として見られることが多い。
これはある同性愛者の二人の物語だが、俺らのような同性愛者だけでなく様々な理由から差別や迫害を受けたりする人がいることだってある。
確かに『普通ではない人間』が人間の生産性や効率性などを下げる要因となりうるかもしれない。
だけど俺たちだって、人権をもって生まれた人間だ。俺たちは俺たちなりの幸せを手にしていいはずなのだ。そしてそれを理解してくれない人ばかりではないということも忘れないでほしい。
時代が時代だからこそ、自分を突き通して欲しい。そうしたらきっと、なにか見えてくることもある。
「後輩くん、行くよー」
「せ、先輩、待ってくださいよー!」
だってこの世に絶対は「死」しかないのだから。
あとがき
やっほ、黒猫だよ。
せっかく書いたんだから上げてみるよ。また他のやつも気分であげるわいつか。
で、僕があとがきを書いている理由なんですけど、LGBTという難しい話題に寄り添った作品を書いたということで補足したかったからです。
人間はどうしてみんな十人十色、っていうのに何故「普通」ではない存在を疎外させるのか。その普通だって、誰かを束縛するための見せかけの衣なのに。人間というものは好きだけど、矛盾して自分は関係ないみたいな素振りで誰かを傷付けている現状が嫌だなぁと。僕はそう思ったんです。
まぁ僕は悪魔なんで。人間ではないんで。ふふ。
最終的にこれを通して僕が言いたかったのは、ありのままの自分を受け止めて、それを肯定してほしいということ、ですね。どこがどうなったらそうなったんだって感じですけど、感動系一切書けないんでお許しを。
私事ですけど僕のお父さんがちょっときつい人で、この小説は私のこの事実に対する思いを書いてお父さんに伝えたかったからです。そのためにこの場をお借りしてしまって申し訳ないですけど許してください。
あとがきはこの辺にして……また次号で会いましょう。これからもよろしくお願いします。じゃあの。
君がねこっちに来て私に触れるの
夢って願望を写すんでしょ
もう馬鹿みたいじゃん
私に触れて、その口から吐き出す息と音に酔いしれるの
私はどうしたいのさ
私よりいい人っていうか
私にはなんにもないのに、どこに魅入ったのかわかんないくらいなのに私をそう思えたなら
誰にだってそう思えるよ
だから君はもう僕のじゃなくて
君の自由で
それは君の幸せで
人の幸せを決めるのは良くないって私でも思うけど
でもそう思わずにはいられなくて
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