のん 2016-07-16 14:08:39 |
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二‐続き
「何故、皆、感謝しないのかしら」
シリウスには何のことだか分からなかったが、エウロパは深刻そうだ。
「遠い昔、この地球には何の生命もいなかったのに、どこかで奇跡的に命が芽生えて、ずっと懸命に生きてきたんだよ」
「ああ、発展をしながらな」
「そうだよ。そうして、最後は私たち、新しい人類が生まれたの」
「前の人類は腐ったからね」
「私は畏怖を持ちたいのよ」
「何のこと?」
「敬意も持ちたいわ」
「愚かな旧人類にか?」
「そうだよ」
シリウスは目を丸くした。正直に言って、この女、キチガイかと思ってしまった。
「世の中にはまだ分からないことが沢山ある。宇宙の真理どころか、地球上のことでさえも。私はそれを解いていくのを楽しいと思っているけれど、その中で自分達の存在の小ささを感じるんだよ。旧人類を滅ぼしたのは間違いじゃなかったと思いたいけれど、私たちが今ここにいるのは、旧人類の存在があってだし、過去からの系譜なんだよ。祖先への感謝を失い、侮蔑ばかりが先走る…、今の新人類は、発展、発展そればかり、目に見えるものばかりを追って、精神的なものを失っていっているんじゃないかって…、私はたまに怖くなるのよ」
シリウスの心には特に何も響かなかった。こんなに子供っぽいことを言う女だったんだな、と思っただけである。彼女は何も分かっていないのだ。
「精神的にも今の人類のほうが優れているよ」
当たり前じゃないか。シリウスはオムライスを食べ終えると、皿をテーブルの中央にある穴に落とした。そうすれば、食器は自動的に洗浄され、またロボットが必要とした時には使える状態となって出てくる。
分からず屋が分かっている人間を分かっていないと決め付け、稚拙な論理を以って勝手なことを喚いている―。それはなかなか不快なものだった。どうして、今の時代にこんな人間が出来てしまうのだろう。シリウスは恋人に対して、そんなことまで思ってしまった。馬鹿は要らない、滅ぼすべきだ。今まで有ったはずの愛情すら薄れるような感覚を覚えた。
エウロパはシリウスがそんなことを考えているのを察すこともできていないのだろうか。まだ食べ終えていないシチューに目を落としながら、最後には言ったのはこういう一言だった。
「ああ、会ってみたいな。小さな島で静かに暮らしていた旧人類」
恐らく、あのニュースに対してそんな感想を抱いた者は他にいないだろう。
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