のん 2016-07-16 14:08:39 |
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序‐続き
エウロパは決して、馬鹿者ではない。細かな担当分野は異なるが、元々、環境保全課の同僚であり、水資源の取り扱いに関してはエキスパートなのだ。明晰な頭脳と高度な専門知識、鋭敏な感性と鮮やかな表現力を持ち、ロボットが未だ追いつけていない最前線で、水質保全の為に日夜努力をしていて、成果も上げている。その彼女が『美味しいコーヒーを煎れられるロボットになりたい』だなんて。
「全く馬鹿げているよ!君はもっと価値のある仕事をしているじゃないか!」
シリウスは呆れと驚嘆が混ざった声色でそう言ったが、エウロパは「そうかな」と首を傾げ、「まぁ、貴方もあまり根を詰めすぎないようにね」と歌うように言って、部屋から出ていってしまった。理解不能である。
誰でも出来る仕事、そう、例えば『コーヒーを煎れる』という作業は機械化できる。機械化できることは機械にやらせれば良いのである。人間(間違っても無能な旧人類のことではなく、シリウスたち新人類のことだ)には他にもっとやることがある。当たり前じゃないか。それでこその発展、それでこその幸福。パターン化できることなんて、例え日々、必要なことでも、貴重な人生の時間を費やすには値しない。創造的でないからね。
エウロパの去った部屋で、何だか脱力してしまったシリウスは、そんなことを思いながら残りのコーヒーを啜った。
一
シリウスの元にその連絡が入ったのは、午前中の仕事はすっかり終わり、昼食も済ませたあとのけだるい午後だった。
「旧人類が生きているだって!?」
部長から告げられた驚くべき話に、部署内は騒然となった。
「そんな、百年以上も前に滅んだはずだろう?」
「考えるのも嫌だ…。伝え聞くに…あんなに悍ましい生き物がまだ生きていただなんて!」
「どこで資源を貪り続けていたんだ?すぐに滅ぼしに行こう。この星の為にならないよ!」
部署には様々な言葉が飛び交った。部長はそれを手で制するような仕種をし、苦虫を潰したような表情のまま、少し首を振ってから、厳かに続けた。
「静かに。君たちの言いたいことはよく分かる。私もまだぞっとしているところなんだ…。しかし、どうにもこれは事実らしい」
部署の皆の視線が部長に集まる。勿論、シリウスも言い知れない不安を胸にしたまま、部長を見た。室内にいる新人類たちの美しい瞳には、今、一様に不安の色が灯っていた。
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