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都々  2016-06-18 21:21:15 
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⊿ 也放浪者 / 独り言 / ロル練 / pf作成 / 設定案メモ / 乱入歓迎 etc.




    

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  • No.155 by 都々  2016-12-06 03:01:28 





(  >148 続き  )



 まるで夢の中にいるような、現実からほんの少しだけ浮き上がったような感覚。人に銃口を向ける時、あるいは首元に刃物を押し当てた時、ブルーノは自分が薬物中毒者にでもなったのではないかという錯覚に陥る。
 どれ程緊迫した状況でも、痛みで気がおかしくなる程の怪我を負っていたとしても、その瞬間だけは身体が嘘のように軽くなるのだ。そして思考が正常に動く頃には何時も全てが終わっている。手に纏わり付く血液は確かに現実のもの。しかし、横たわる人物を死体にしたのが自分だという実感は限りなくゼロに近い。そこには罪悪感も後悔もなく、ただ相手が死に、己が生きているという事実だけが存在していた。まだ幼かった彼が、金を寄越せと脅してきた五つも年上の相手に初めて反抗し、拳を目一杯振り上げた時からそれはずっと変わらない。当時は死人こそ出なかったはずだがその記憶すらも曖昧で、彼らの喧嘩がどのように終結を迎えたのかは謎のまま。殴られた頬や腹が痛むのは何時ものことで、けれどその日、自分は確かに何も奪われなかったのだとブルーノは後に語った。
 


 シャワールームから聞こえる音を背に、男は温め直したスープを器へ流し込んだ。天井からぶら下がる飾り気のない電球は淡い明かりを生み、糸のように細く柔らかな金の髪を仄かに照らしている。必要最低限の物しか置いていないリビングには黒や灰色が多く、男が身に纏うシャツの白をより際立たせた。料理をする為に袖を捲ってはいたが、それが上質な物であることは見る人が見れば分かるはずである。
 煙草の匂いが染み付いた部屋の中で、彼は明らかに浮いていた。しかし、それも当然のこと。本来彼は、この小汚い裏通りの住人とはかけ離れた世界で生きているはずの人間だ。
 名をアルバート・キース・プレスコットという。この街で知らない者はいない、かの有名なプレスコット家の次男。それが彼に与えられた肩書きであった。

 プレスコット家は古くから国に仕え、代々優秀な軍人を排出し続けてきた貴族として知れ渡っている。それは今も変わることなく、軍の上層部にはこの姓を持つ者が多い。アルバートもまた、若くして既に一部隊を率いる指揮官としての地位を手にしていた。しかし、それを示す為のバッジが取り付けられた上着は今、とても座り心地が良いとは言えない草臥れたソファーの背に畳まれることもなく引っ掛けられている。更にはその彼自身がこんな狭っ苦しい家で、どこぞの馬の骨とも知らぬ男に手料理を振る舞おうとしているのだから、彼の部下が見れば卒倒ものだろう。

 テーブルに食事が並びきった丁度その頃、シャワールームの扉が開き、この部屋の主が姿を現した。ブルーノ・スペンサー。数年前、無差別な殺人を繰り返し街中を恐怖に陥れたシリアルキラー。アルバートとの契約により無差別に人を襲うことはなくなったが、彼は今でもそれを続けている。彼が単独で仕事を請け負い、その手を血で染めていることはアルバートも知っていた。自分が何を言ったところでそれを止めさせることは叶わないと、理解していた為である。
 ところが、今日の報酬は良かったかと聞けばブルーノは帰りに何処かで落としたと言う。本当に何でもないことのような、まるでコートのボタンを一つ無くしたといった風な軽い口調で。当の本人に涼しい顔でそう述べられてしまえば呆れる気力すらも削がれ、半ば自棄になりながらもシャワールームへと追い遣ったのだ。

 水分を含み普段より幾分か長くなったブルーノの髪からは未だ水が滴り落ち、彼が歩く度に床を濡らしている。それを気にすることなく席につく様子に、アルバートは今度こそ呆れたように笑みを浮かべ、向かいのソファーに腰掛けた。生憎この部屋にダイニングテーブル等という代物はなく、彼らが食事をする時はこうしてソファーで向かい合うのが通例である。ブルーノの帰りを待たずしてアルバートが先に食事を終えるのもまた、この二人の間では暗黙の了解と化していた。
「‥‥いただきます」
 ブルーノは礼儀作法とは無縁な男であったが、食事の前後には必ず手を合わせた。フォークと皿が当たる度に品のない音を鳴らしているし、パンは千切らずそのまま口へ運ぶ。小さな子供がそのまま大きくなってしまったような人だと、アルバートは常々思う。事情を知らない赤の他人がこの光景を見たとして、今のブルーノを殺人犯だと言い当てる者はそうそういないだろう。今日彼が落としたという大金も、きっと何処かの誰かが__そう、例えば飢えに苦しんでいる子供なんかが偶然拾っているに違いない。
 アルバートはテーブルの隅に置いていた小説を手に取り、並ぶ文字に視線を落とす。やはり瞳は合わなかったが、それでも彼はこの時間が気に入っていた。



   

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