藤村伊織 2016-05-07 12:59:57 |
通報 |
はっ…またアイツか。口を開けば “伊織、伊織”って、うるせーんだよな。(何となく予想はしていたものの、相手の口からあっさりとその名が出てしまえば不機嫌そうに鼻で笑いつつ顔を背け。小耳に挟んだ話によれば相手を追って入団したようなものらしいが、最近は犬のようにまとわりついているようにしか見えず。尤も歳が近い事もあって、呆れた様子を見せながら何だかんだで相手も昴には心を許しているのかもしれないが。昴が此処へ出入りしたとなれば詳細も気になるところだ。相手が招待したというよりは昴から押し掛けたのだろうが、少なくとも自分と居るよりは相手も自然体でいられるのだろう。泊まり掛けなんて事も絶対ないとは限らない。らしくもなくそんな事をごちゃごちゃと考えていると、苛立ちから自然と貧乏揺すりをしていて。独占欲が強い自覚はあったが、こんな風に女々しい嫉妬をする自分は知らない。しかし気になるものは気になるし、はっきりさせておきたい。眉間に皺が寄っているだろう顔を背けたまま、更に追及して)
…で?あの体力バカは何しに来たんだよ。
その時丁度公演で昴との掛け合いがあったから、その練習をしただけだ。勝手に家まで引っ付いて来たから仕方なく、な。
(気のせいだとは思うが心なしか昴の名前を出した途端相手が不機嫌になったような気がする、以前にもこんな事があったような。彼は何かにつけて昴に対して当たりが強い。当の昴本人はそんな事はあまり気にしていないようだけど。陽向の出ている番組を見て何となく和らいでいた雰囲気が一瞬で冷たく張り詰めるような相手の口調、表情、仕草。何をしに来たか、なんてそんな事わざわざ聞く必要があるのだろうか。そうは思ったものの、何だか素直に話さなければいけないような空気に自然と口は動いていて。何故こんなに相手の顔色を伺っているんだ。これが付き合っている男女の会話ならまだしも自分達は付き合う付き合わないの問題以前の関係な筈なのに。それなのに心の何処かでは相手に誤解されたくないという歪んだ感情。あまり相手を刺激するべきではないと分かっているものの、どうしても確めたくて再び口を開く。如何にも自分はそこまで気にしていないというように平然を装いながら視線はテレビに向けたまま)
前から思っていたが…何故昴にそこまで突っかかるんだ?アイツと何かあったのか?
っ、それは──…、……別に何かあったわけじゃねぇよ。暑苦しいあいつ見てるとイラつくだけだ。( “昴と何かあったのか” 、然り気無く投げられた質問にぴくりと肩を震わせ、背けていた顔をそちらに向ける。素朴な疑問だったのか、特に変化のない横顔はTVに向けられたまま。勘のいい奴ならこの辺で“もしかしたら”と気付くのではないか。しかしそういった思考に発展しやすい男女間でもない上、色恋沙汰に疎そうな彼の事、そちらから勘づくなんて事はまず有り得ないだろう。自分の事だけを考えるなら、今ここで気持ちを告げて押し倒してしまえば楽だろうが、拒絶されるのも相手を苦しめるだろう事も分かっていてそれは出来ない。いつからこんな風に他人の事など労るようになったのか。こんな甘い自分を中々受け入れられず、鳥肌が立つような感覚さえ覚える。それでもやはり愛しくて、大事にしたいという感情も存在していて。ぐるぐる回る思考、これ以上核心に触れられるような質問をされたらぽろっと本音を溢してしまいそうだ。何か誤魔化せないかと巡る思考と共に視線を泳がせた後、シャワーを浴びる前の会話を思い出し。これだ、とばかりに流れを変えるように軽く肘で小突きながら促し)
そーいやお茶入れてくれるんだろ。俺は珈琲な。
…そうか。まあ言っている事は理解出来る。だけど憎めない、奇妙なヤツだ。
(確かに昴は熱血タイプとでもいうのだろうか、暑苦しいし煩いし、すぐくっ付いてくるし。初めは自分もそんな昴を煩わしく思っていた時もあったが今となっては多少の慣れもあるのだろう、もう拒否する気も起きず普通に相手をするくらいにはなっている。恐らくメンバーの中で一番気兼ねなく会話が出来る人物なのではないかという程に。肘で小突かれた事で漸く視線を隣の相手に移せばそういえばさっきコーヒーを入れるだの何だのという会話をしていた事を思い出しソファーから立ち上がりキッチンに向かい。途中まで準備はしていた為ポットに水を入れ沸騰するのを待ち。そこでふとある事が頭を過る。相手と仲が良いメンバーといったらやはり陽向だろうか。年下という事もあり絡みやすいのだろうが、二人がじゃれ合っている姿を見る度よく分からない感情が込み上げてくる事が何度かある。こうしてオフの日に相手と過ごすなんて勿論初めてだが陽向とは遊びに行ったりするのだろうかと単純に気になりソファーに座っている相手に聞こえるように少しだけ声量を上げて問いかけ)
お前こそ、陽向と随分仲が良いみたいだが…何処かに出掛けたりとかはするのか?
…まぁ、悪い奴じゃねーのはわかってるよ。バカはバカなりに頑張ってはいるようだしな。(別に昴を憎んでいるわけでもないし、暑苦しいし煩いが悪い奴じゃないのもわかっている。時折衝突を繰り返す中で自分なりに仲間意識も育ってきた。相手に対し抱く感情も己と昴とでは別物、そう頭では理解しているが、相手にまとわりつく昴を見ているとどうしても苛々してしまう。それは何だかんだで相手の表情が柔らかくなるのがわかるからというのもある。今だって昴の事を語る相手の声音は何処と無く優しい響きを含んでいる。慣れもあるのだろうが、昴の多少のスキンシップは自然に受け入れるようになっている相手。それに比べて自分は近付くだけで身を固くされ、然り気無くかわされ逃げられてしまう。相手の一番になりたい、寧ろ自分の事しか考えられなくしてしまいたい。そんな歪んだ欲望はどんどん膨らむばかりで、いつ抑えが利かなくなるかわからない。ぼんやりと考え事をしているところ、不意に飛んできた質問に我に返り。話の流れで単純に聞いただけなのか、少しは自分を気にしてくれているのか。陽向との件にありのまま答えるも、僅かな期待と悪戯心が芽生え。どっかりとソファーに座ったまま最後はニヤニヤと口角上げ、緩く首を傾げながら言葉を強調し)
あ?ヒナタ?…そうだな、たまに出掛けるな。この前も衣装の参考に色々付き合わされたついでに買い物して飯食ってきた。まぁ奴のセンスは悪くねぇからな。…なんだよ、俺とヒナタが仲良くしている事が気になるのか?
ッ……、別に。お前が誰と仲良くしようが俺には関係無いよな。無駄な質問だった。忘れてくれ。
(相手の問いかけによりハッと我に返る。自分は何を聞いているんだ。別に相手が誰と一緒に居たってとやかく言う必要は一切無いのに。それに相手と陽向だって自分と昴のような関係だというのも分かっているし、一緒に練習して過ごしている仲間なんだから何処かに出掛けたりするのは当然の事。だけどつい口から零れてしまった事に後になって後悔しはあと大きな溜息をつき。コーヒーとお茶の入ったカップを手に持ちソファーの前のテーブルに置けば随分スペースをとって座っている相手になるべくぶつからないようにと極力端に腰掛け。とりあえず頭を落ち着かせようと早速お茶を一口流し込みまたテーブルに戻す。あんな事を聞いてしまって一体相手はどう思っただろうか。こんなのいつもの自分じゃない、一人で勝手に動揺し色んな思考がグルグル回り、最終的にはいつかの練習室での出来事が頭を過る。このままだとまた何か訳の分からない事を口走ってしまいそうで。この微妙な空気をどうにか変えるべく次の演目の練習でもしようかと台本を取りにソファーから立ち上がり)
今回掛け合いがあっただろう、練習でもしておくか。
いいから座ってろよ。どうせオフも今日みたいに練習ばっかしてんだろ。少しはそのカチカチな頭休めねぇと脳ミソ腐んぞ。(ソファーに戻ってきたかと思えば忙しく席を立つ相手の腕を咄嗟に掴む。練習熱心な相手がよく休日を削って練習しているらしい事は他のメンバーから聞いていたし、実際に今日もそうだった。自分と違い、普段から疲れを口にしない彼。真面目な性格上体調管理はしっかりしているだろうが、彼の事だから無理をしている事もあるだろうし、頭を悩ませたりもしているのではないか。居心地が悪そうに座っていた彼の為に漸くスペースを空けてやると、そこに座るよう顎で合図し用意された珈琲に手をつけ。彼の体調を心配しているのも確かだが、少しでも傍に置いておきたいという不純な考えもある。先程の陽向の件でわざと試すような言い方をした己に対し、彼の反応には以前のような勢いが無かった。迷いや戸惑いでもあるような、そんなニュアンス。駆け引きなど知らない彼だから、言葉にも態度にも彼の本心が垣間見えるはずで、もっと深く追い詰めたくなってしまう。しかし己のエゴをぶつけてしまっては彼に益々警戒されてしまうし、一つ間違えれば嫌われる。どうしたら自然に距離が縮まるのか、どうしたらもっと肩の力を抜いてくれるのか、そんな事を考えている内にふと思い出した事があり、声をかけると凭れていた体を起こし)
─…そうだ、お前ちょっとこのまま座ってろ。
…俺が石頭だって言いたいのか。
(咄嗟に掴まれた腕に目を見開く。きっと少し前の自分なら腕を掴まれたぐらいで意思を変える気になどならないだろうから簡単に振り払えていたと思う。でも今は少し強引に言われてしまうと反論するどころか触れられている事に嫌悪感すら抱かず大人しくソファーに戻り腰掛けていて。相手の気遣いもあってかさっきより広くなったスペースに背中を預けると聞こえてきた言葉にむっとして眉間に皺を刻む。勿論自分の事は自分が一番よく分かっていて、響也や蒼星みたいに臨機応変が利くタイプではない事も十分知っている。だけどそれをいざ人に言われるとやはり不満なのかボソリと小さく呟くと急に何かを思い出したらしい相手を見てなんだか忙しい奴だなと思いながらも首を傾げ、とりあえずそのまま座って様子を伺い)
わかってんじゃねーか。…仕方ねぇから頭マッサージしてやるよ。リラックスしとけ。(不満げな表情で呟く相手が何だか可愛らしく見え、ふ、と鼻で笑うと相手の背後に回り。普段から頑張り過ぎの相手を少しでも労ってやろうと思い付いたのはヘッドマッサージ。劇団にも中々上手い後輩がおり、休憩時間になどたまに世話になるが、心地よい刺激で気分もリフレッシュされる。何処が何に効くツボだとか細かい事は忘れてしまったが、何度か受けている内に身に付いた感覚を思い出しながら両手で相手の頭を挟むように触れると、力加減に気を付けながら指で解していく。 _…何つぅか変な気分だな、こんな風にこいつに触れんのは。 普段ならば他人の為にこんな事しないし、やろうとも思わない。彼に関しては奪いたいという狂暴な感情の隅に優しくしたいという甘い感情も存在し、今までにない感情や自分の変化に複雑な心境になる。指先に触れる綺麗な黒髪は柔らかく、さらりとして触り心地が良くて。考えてみたらこんな風にじっくりと相手の髪に触れた事などなかった。髪に触れている内に愛しさが込み上げ、マッサージの筈が次第に髪を弄るような動作に変わっていき。ぽつりと唇から零れる声音は自然と柔らかな響きを含んで)
…お前の髪、全然傷んでねぇのな。頭もちっせぇし……なんかムカつく。
…ッ、ムカつくとは何だ。もうマッサージはいい、…少しは楽になった。
(突然背後に回る相手の様子を伺っていると途端に頭に手が置かれ何かと思えばどうやらマッサージをしてくれているようで。力加減も丁度良く、普段から相手の件も含め色々と考え事が多いせいかそれはとても心地が良くて一気に気が楽になる。今までは相手が誰かにこんな事をするなんて有り得ないと思っていた為驚きはそれなりにあって。と同時に相手に触れられている事でやや速まる心拍音。当の本人は後ろにいるしきっと気付かれていないであろう薄く染まる頬。ただ頭に触れられているだけなのに自分は何を考えているんだろうか。ただのマッサージの筈が段々と手付きが変わり気付けば単に髪を弄られるだけの動作になっていて。聞こえてくる声色も普段の自信満々で棘のあるものではなく、優しくてゆっくりした声。ー何だ、こんなのいつものコイツじゃない。 そう思うと共に自分の中で危機感が芽生え始めた、このままじゃ俺は益々情けなくなる。そんなの絶対に駄目だ。そんな自分の感情とは裏腹にどんどん速まる鼓動。そのまま髪に触れている手を制止するように相手の手首を掴み離させようとして)
─…っ、たまには悪くねぇだろ?今日は世話になったし特別だ。(指先で髪の触り心地を楽しんでいたのも束の間、相手の方から止めろというように手首を掴まれ、はっとしたように動きを止め。後半は愛しさの余り、まるで愛でるような不自然な手付きになってしまっていたかもしれない。もし表情まで見られていたら気持ちがバレてしまっていた可能性もある。そう思うと今更ながら湧く危機感に慌てたように手を引っ込め、こうなった経緯を誤魔化すように言い訳をしながら、頭をぽんとやって離れ。幾ら感情を抑えていても、普段とは違う二人きりという状況に流されそうになる。相手を意識すればする程速まる動悸、突き上げる感情。 このまま一緒に居たら相手を傷付けるような事をしてしまうのも時間の問題だろう。窓の外の雨はいつの間にか弱まり、今なら帰宅出来そうだ。しかし名残惜しさが迷いを生む。プライベートで二人きりなんて機会、二度とないかもしれない。けれどこのままじゃ─…。ぐるぐると脳裏を巡る迷いを振り払うように首を横に振ると、帰るまでに乾くようにと干していた濡れた服に手をかけ)
小降りになったし今のうち帰った方が良さげだな。ジャージ…このまま借りても構わねぇか?
…ああ。返すのはいつでも構わない。
(相手の手が離れても自分の髪を撫でていた時の優しい感覚が離れずぼんやりと上の空で。とにかくこの状態で会話を、というのも自分にはなかなか難しくとりあえずその場しのぎでお茶を飲み進める。一体彼はどういうつもりなんだろうか。考えれば考えるほど分からなくなって、息が詰まる。そんな時相手から声をかけられた事で漸く窓の外に視線を移し、確かにこの程度の雨なら傘さえあれば問題無く帰れそうだと思えば静かに頷き言葉を返し。つまり相手はこれで帰ってしまうという事。何だかモヤモヤとした感情が込み上がる、名残惜しいような、少し寂しいような。だけど自分がまさか相手に対してそんな事を思うなんて、どうかしてる。そう頭では分かっているものの、今口を開けば相手を引き止めるような事を言ってしまいそうで。そんなの自分らしくない、言える筈が無い。一人でぐるぐると色々考えたせいだろうか、少し頭痛がしてきて額に手を当てながら玄関先まで向かい)
傘、持って行け。それと、今日は……感謝する。良い気分転換になった。
なんだよ、やけに素直じゃねぇか。まぁ…俺も気分転換にはなったな。(相手から感謝の気持ちを素直に伝えられるとは思わず、驚きで目を丸くするも直ぐにふっと不敵な笑みを溢して。照れ臭さから視線を逸らしながら遠回しに気持ちを伝え、一緒に玄関先へと。相手を独占出来る時間が終わってしまうかと思うと、妙な焦燥感に包まれ落ち着かなくなる。感情が言動に表れてしまわない内にこの場を去ろうと好意に甘えて玄関先の傘を手にするも、ふと気になるのは先程から額を押さえている彼。頭痛でもするのだろうか。雨に打たれたせいで風邪でも引かなければいいが。心配から若干眉を寄せると、念のため体調を確認し)
…おい、大丈夫かよ。頭痛でもすんのか?
いや…平気だ。このぐらい大した事無い。お前もそんな事言って、風邪引くなよ。
(相手に勘付かれてしまうと少々ドキリとして目を見開くもまだ頭痛の段階で風邪だと判断するには早いし耐えられない程の痛みでもない。こんな所で相手に無駄な心配をかける訳にはいかないと目を伏せれば何とも無さそうな声色で呟き、そうとなれば自分と同じぐらい雨に濡れた相手も体調を崩す可能性は大いにある為釘を刺すように言葉を続け。とにかくまた大雨にならないうちに早く帰った方がいいと半ば強引に相手の背中を押し軽く挨拶を交わしてから扉を閉める。嵐が去った後の静けさとはこの事か。シンと静まり返ったリビングに戻りソファーに身を投げる。…何だか嘘みたいな時間だった。名残惜しさが大半を占めるなか、徐々に体が熱くなっていき瞼も重くなる。どうやら本当に風邪を引いたらしくソファーから動くのも億劫でぐったりと寝転びぼんやりと天井を眺めるも思い出すのは相手の事ばかり。熱に浮かされているだけだと何度も言い聞かせつつゆっくり目を閉じ)
…ンだよ、んな急かさなくてもいいだろうが…(相手の体調が気になり様子を窺っていると、何やら半ば強引に背を押されドアを閉められてしまい。まだ一緒に居たかった己とは真逆に、さっさと帰れの如く追い出すような形で送り出す相手。何となく惨めな気持ちの中、振り返ると閉められたドアに向かって恨めしげに小さく呟く。とはいえいつまでもそこにいるわけにもいかず、小さく息を吐くと傘を差しその場を後に。雨の中ぼんやりと考えるのは言うまでもなく相手の事。今日一日の事を振り返りながら歩いていると、不意に軽い寒気に襲われくしゃみをひとつ。…あいつ、マジで大丈夫なのか? やはり気になるのは帰り際の相手の様子。歩く速度が自然に緩まり、やがてとまる。杞憂ならいい、だけど──…。 一度気になると確かめずにはいられず、水音を立てながら来た道を急ぎ足で引き返し。やがて彼の自宅まで辿り着けば、幸い鍵がかかっていなかったのをいい事にズカズカと勝手に上がり込み。「…カブキ…!」リビングのソファーでぐったりした様子で横たわる相手が視界に入ると目を見開き。慌てて近寄っては少々乱暴に額に触れ、伝わる熱に顔をしかめ)
ばっ…、お前やっぱ熱あんじゃねぇか。
……!何で、……
(きっと相手が一緒に居た事で無意識に気を張っていたのか一人になった途端一気に具合が悪くなりベッドまで行く労力すら失われていて。雨に打たれただけでなく恐らく今まで相手の事をなるべく考えないようにと練習に打ち込み過ぎていて疲労が重なっていたというのも理由の一つにあるのだろう、頭痛も激しさを増しとにかく風邪薬を、そう思った瞬間玄関先で音がして。何かと思えばどんどん近づく人の足音。同時に聞こえる相手の声。さっき帰った筈じゃ…─そう思ったのもつかの間、勢いよく自分の額に触れる相手に此方も驚きソファーから起き上がる。具合が悪かった事がバレていたのだろうか。さっきまでは平然とした態度でいれた筈なのに。でも一度気が抜けてしまっている為そう簡単に嘘をついたところで相手が引き下がるとも思えない。混乱する頭の中まずはポツリと呟きを落とし)
何でって…お前の様子がおかしかったから気になって戻って来たんだろうが。何が大したことない、だ。バテバテじゃねぇか。(やはり戻って来て正解だったという安堵と、さっき無理矢理でも確認しておけばという後悔が入り交じり、複雑な表情をしながら咎めるも、触れていた額から前髪をゆっくりと撫で上げる手つきだけは優しげで。調子が悪いのを我慢していたのか短時間で急速に悪化したのか、少なくとも今は様子からしても余程怠そうに見え。不意にぶつかる視線。熱のせいで潤んだ瞳を捉えた瞬間胸の奥がドクンと鳴り、指先がピクリと震え。時が止まったかのように視線を逸らせずにいたが、はっと我に返る。まずはベッドに運ぶのが最優先。ここまで高熱なら足元もふらつくだろうと、相手を支えるつもりで肩を貸し)
おい、とにかくベッド行くぞ。歩けるか?
、本当に…平気だ…、ッ
(普段は強情で意地っ張りでプライドの高い相手。そんな相手がわざわざ自分の様子を気にして戻って来てくれるなんて一ミリも想像しておらず拍子抜けしたように目を丸くさせながら聞いていて。体調が優れないというのはもう知られている為諦めてはいるが、これ以上弱っている姿を見せるのは何だかやけに悔しい。それに自分は今熱があるからだろうか、相手に髪を撫でられた瞬間一気に体温が上がる感覚。余計に頭がくらくらして、ぼんやりした表情で相手を見つめ返す。先程も思ってはいたがこんなに優しい顔が出来るんだな、と改めて感心すればここはひとまず厚意に甘えて相手の肩を借りる事に。片腕をやや遠慮がちに相手の肩に回して立ち上がろうとするもやはりなかなか力が入らずそのままぐったりと相手に凭れるような形になってしまい)
…!すまない、やっぱりソファーでいい。
うるせぇ、病人は病人らしく大人しく言うこと聞いてろ。…ほら、乗れ。(肩を貸して寝室まで連れていこうとするも、立ち上がることさえままならないようで。ぐったりと預けられた身を抱き上げて運ぶ事は不可能ではないが、こんな時さえ平気だと強がる彼が大人しく抱かれているとは思えない。只でさえスキンシップは苦手らしい上、先日の件で警戒している筈。万一腕の中で暴れ、体力を消耗されては困る。しかし背負う形ならマシだろうと、支えたまま体勢を変えれば、問答無用とばかりに突っぱね、半ば強引に相手を背負ってリビングを後にし。寝室だと思われる部屋を勝手に開けると、ベッドまで運んでゆっくりと下ろす。ぼんやりとしたままの相手を寝かせて布団をかけた後、額に手をあてもう一度熱を確認するが、額の熱さに真面目に呟き。氷枕等の必要な物を取りに行こうと、離れる際に声をかけて)
…熱、高ぇな。寒気はねぇか?取り敢えず冷やすモン持ってくる。
……少し、寒い。
(相変わらず言葉は強引だが相手にとってはいつもの事だろうし、それに自分の事を心配してくれているのが伝わる為いつものような反論の言葉は大人しく飲み込んでおき。本来ならどんなにバテていようと抵抗する力ぐらいは残っていそうなものだが今回はなかなかそうもいかず、それどころか抵抗する前に気付けば相手に背負われておりあっという間にベッドに辿り着き。自分が華奢すぎるだけなのかもしれないがやはり力があるんだなと具合が悪いにも関わらず内心はそんな事をぼんやり考えていて。こんな急に熱が上がるなんて自分でも久々の出来事だった為少し戸惑いがちに相手の言葉に返答すれば寝室から離れる相手の背中をややぼやけた視界の中じっと見据え、弱っているからだろうか普段なら口にしないような発言も零れ)
…悪い。迷惑掛けて。
トピック検索 |