トーマ . 2016-02-24 19:25:30 |
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一人はどんなに頑張ったところで、二人にはなれないんだよ、判ってた筈なのに、何でそれを望んだんだろう、だから余計に苦しむはめになった。
相手が自分のことを忘れた時点で、僕自身も相手を忘れられるような、そんなシステムが欲しい。相手は忘れているのに、自分だけ覚えていて、その人ともう二度と会えないというのに、来るはずもない次を待つはめになったら、それは耐えられることではないよ。
おかえりといってらっしゃい、おやすみとおはよう、それだけで良かった。それだけでも十分だった、それが存在の全てで、居場所と誇り、そして愛だった。それも得られずに、そんな場所から別れを告げられる、それは未来を絶たれた純粋な不幸だよ。
別れを告げられたとしても、未練がましく帰省するのは、得られなかった関心を、取り戻そうとしているからなんだろうな、辞めるべきだと思っているし、過去はどんなに藻掻いても変えられない。余計に傷付くだけだと知っているのに、辞めることも出来ない。
自分の意思が常に第三者に支配されているような感覚だし、この人生は自分のものであると思っている反面、他の誰かの物のような感覚もある、そこに主体がない。
優秀な兄弟を持つということは辛いのだろうか、世間的に大きなことを成し遂げても、その行いが兄弟以下であると、自分で凄いことだと思えなくなり、永遠に満たされないことが有るのだろうか。身近な人に褒められても、素直に受け止められなかったり、皮肉に聞こえたりするのだろうか。一人っ子の僕には判らない。
最初から人と関わるべきではなかったんだろう、と思う。一人である選択肢以外、知らなければ、一人でいる苦しさや寂しさ、そう言った類いの感情に苦しめられる事も無かったんだ。
何も考えずに居られたら、過去の経験がフラッシュバックし、思考を縛り付け、動き出せなくなってしまう様なことは起きないのかな、‥だけど、思考をしなければ脳は錆びて、使い物にならなくなってしまう。それは僕の望んだことではない。
死にたいとは違う、そうじゃなくて、消えてしまいたい。存在が消えたら良いな、と思う。人の記憶からも、消えてしまえたら、それでいい。主体性もなく、過去に囚われ、自分の価値も自分で見出だせない人間何て、それこそ代わりは沢山居るし、誰も求めないよ。判りきってた筈なのに。
確かにドミノかもね。
でも、恐れていても良いことはない。
割りきりだと思う。
万人に好かれることは不可能だから。
自分にとって心地の善い人と一緒にいればいいんだと思う。
その人との信頼関係が崩れたらそれまで、という割りきりもあればね。
仕事での関係ならば、仕事に徹する関係であることで良いかな。馴れ合いは仕事の妨げだよ。
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