ムーン 2016-02-18 17:52:07 |
通報 |
俺の名前は『来栖 紫音』。(くるす しおん)
幼稚園お受験組で、小・中・高と、何の苦労も無く旧帝大まで進んだ。
裕福な家庭のお坊ちゃま、と言う訳ではなかったが、ソコソコの家庭環境だったと思う。
習い事も結構やらされたし。
まぁ。そのおかげというのも変だが、そこそこモテた。
バレンタインの時には、多い年で『13個』も貰ったしな。
でも、女って怖いよな。
『本命チョコ』かと思いきや、『義理チョコ』なんだってよ!
将来有望そうな男子全員に配ってたって言うから驚きだ。
一体いくらかかってるんだよ…。
って言う話しだ。
まぁ、そんな話は置いといてだな。
こう見えても俺は、世に言う『3K』と言う奴だ。
『3K』。三つのK。
分かるか?
おぃおぃおぃ!
誰だよ!
(K)キモイ
(K)臭い
(K)小人族
なんて言ってる奴は!
そっちの3Kじゃないぞ!
(K)高学歴 旧帝大卒
(K)高身長 182cm
(K)高収入 年収1200万
の方だ!!
顔はフツメンじゃないかな。
だから『ソコソコ』モテるんだよ。
俺の年齢で1200万貰ってる奴なんて、そうそういないだろ。
だから女も選び放題さ。
慎重に吟味して、経済観念と一般常識を持ち合わせる女性。
そして何より、浮気のしない女。
しっかり見定めないとな。
まぁ。時間はたっぷりあるさ。
焦るな俺。
目指せ勝ち組 イエーイ♪
なんて。
出張に行く日まではそう思っていた。
だけど分からんもんだね。
人間って、いつ死ぬか、本当に分からん。
あんなに呆気なく死ぬなんて、誰が想像した?
誰もしやしないよ。
訳の分からん外人が、急に席を立ったかと思うと、コートべろ~んて。
変質者かよ!
って思うじゃん?
でも違ったんだなこれが。
コートの下にはちゃんと服着てたしな。
うん。確かに着てたな。
でもな。
服の上から、腹巻のように爆弾も着てたな。
「へっ?!」って思うじゃん?
何してんのおおお?!
って思うじゃん?
だけど、訳の分からん言葉で何かを叫んだと思ったら、右手に持ってたスイッチを押しやがったんだよ。
うん。
俺が覚えてるのはそこまでだ。
その後、どうなったかは知らない。
だって俺。
死んだんだもん…。
助かるわけがない。
飛行機の中だぜ?
飛行中のな!
電車なら爆風に飛ばされて、九死に一生。
なんて事もあるかも知れない。
でも、飛行機だぜ?!
爆風で飛ばされても、そこは遥か彼方の空の上。
無理じゃね?!
九死に一生なんてないよね?
でも、俺は生きていた。
いや。ちょっと違うな。
肉体は死んだ。
でも・・・・。
魂は生きてた…。
って事かな。
よく分からないけどね。
あの日俺は、日本に帰る飛行機に乗っていた。
乗客はほぼ満席。
外国人のCAは、日本人と違いナイス・バディだ。
たまにはこういうのも悪くないな。
予定通り定刻に離陸した飛行機は、順調に空の上を飛んでいる。
「後9時間か…。」
9時間後には日本の地を踏める。
日本に帰ったら何を食べようか考えていた。
ラーメン。いや、寿司もいいな。
でも、牛丼もすてがたい。
などと考えていると、前方の方で1人の男がおもむろに立ち上がった。
時折、トイレに行くために席を立つ人がいる。
彼もその一人かと思い、特に気にも留めていなかった。
しかし、よく見ると、機内だというのに男はコートを着ている。
暑くないのか?
どんだけ冷え性なんだよ。
コスプレや彼の趣味だとしたら、変な目で見るのは可愛そうだな。
俺は他人の趣味には干渉しないタイプだ。
変な目で見るやつもいるかもしれないけど、頑張れ…。
そう心の中で思っていた。
男は席を立つと、少し開けた場所まで歩いて行き、何語か分からないが大きな声で叫び始めた。
「$%&’O('&%$" &$GFR#23$%」
何を言ってるんだあいつは。
怒ってるのか?
ちょっ!ちょっとまて!まて!待て!!
お前、今コートを脱ごうとしてるだろ!
ボタンに添えてる手を離せ!!
それ以上やったら犯罪だぞ!?
あああああああああああああ。
だからそれ以上ボタンをはずすなよ!
分かった。わかった。
お前の『物』は立派だ。
コートの上からでもハッキリ分かるほど大きいよ。
だから自慢なんてしなくていいよ。
羨ましいよ・・・・ほんと。
そんな立派な『物』3本も持ってるなんてよ…。
ん?
あれ?
3…本?
なんかおかしくね???
普通1本しかないよな?
あれれ????
俺の頭の中が『?』で埋まる。
その瞬間、男はコートのボタンを全て外し終わり、勢いよくコートをはだけた。
そして、はだけたコートから顔を出した物は。
小型の爆弾だった。
腹巻を撒くかのように、小型爆弾を腹部に巻き付け、右手にはスイッチの様な物を持っている。
再び男は、聞きなれない言語で何かを叫ぶと、右手を高らかに上にあげて、親指で赤いスイッチを押した。
その瞬間。
俺の意識は消えた…。
周りが何も見えない暗闇。
微かに聞こえる人の声。
しかし、ノイズが酷くて何を言っているのか聞き取れない。
この時、俺は思った。
あれ?
もしかして俺、助かった?
生きてる?
って事は、ここは病院か?
身体を動かそうと思って頑張ってはみるが、思うように動かせない。
動かそうとすればするほど、苦しくなってくる。
俺は諦めた。
意識はあっても体が動かせないなら、動かせるようになるまで待つしかないな。
明日には動かせるようになるかな。
それとも数か月後かな…。
その時。
尋常じゃない苦しみに襲われた。
躰を締め付けられるような苦しみ。
何だこれは!?
やっぱり俺は死ぬのか?
母さん、父さん。
先に逝く親不孝をお許しください。
こんな俺を愛してくれてありがとう。
短い人生だったけど、
俺。幸せだったよ。
母さん。
父さん。
俺の分まで長生きしてください。
ゴメンよ…。
苦しみの中、俺は心から感謝の言葉を、声なき声で呟いた。
すると、どうでしょうか。
今まで暗闇だった世界に光が宿ったのです!
光の中に投げ出されると、さっきまでの苦しみが嘘のようになくなり、
ノイズのようにしか聞こえてこなかった、音と言うか言葉が、ハッキリと聞こえてきた。
聞き慣れた言葉。
日本語だ。
俺は日本に帰って来たのか?
誰かが俺の体に触った。
触ったかと思ったら、そのままヒョイっと持ち上げられて、温かい湯船に入れられた。
気持ちいい。
極楽極楽。
おまけに、丹念に身体を洗ってくれた。
もしかして俺ってば。
助かったはいいけど、手足が無いとか…?
だからそんなに軽々と持ち上げて、片手で俺の体を支えながら洗ってるのか?
終わったな…俺…。
でもまぁ、生きてただけ良いのか?
そんな事を考えながら、俺は恐る恐る瞼を開けてみた。
眩しい。
日の光が眩しすぎるぜ。
さて、ここはいったい何処だろう。
グルリと首だけを回そうと思ったが、動かない…。
ハァ~…。
チクショウ!
首さえも動かせないのかよ。
しかたが無いので目だけを動かしてみる。
白い天井。
白い壁。
・・・やっぱり病院か。
「アマンダさんの様子はどう?」
「ダメです」
「可愛そうに…。」
「この子、これからどうなるんでしょうね」
「可愛そうだけど、このまま乳児院に預けるしかないわね」
誰かが亡くなったようだ。
『子供がかわいそう』と言ってるあたり、母親かな?
『乳児院に預ける』って事は、赤ん坊か?
そりゃ可哀想だよな。
でもいいよ。
五体満足なんだろ?
それだけで十分だよ。
きっと君には素晴らしい未来があるんだからな。
俺は、だんだんと睡魔に襲われてきた。
眠くて眠くて仕方がない。
思考もぼやけてきた。
力尽きるかのように、女の人の話し声を子守唄にして眠りについた。
「あらあら。寝ちゃったわ。」
「本当にかわいそうにね…。
これからどうなるのかしら…この子」
「大丈夫よ。きっと大丈夫。
私達さえ黙ってれば、この子は生き延びれるわ」
そう話していたのは、とある村外れにある、診療所の医術士達だった。
お腹の大きな女性が、肩から背中にかけて刀に切られ、血まみれの姿で現れて、どうかこの子だけでも助けてくださいと、診療所の扉を開けた。
刀傷からは大量の出血をし、もうダメだろうと思った。
それでも最後の力を振り絞り、子を産み落とした。
我が子の元気な姿を目にした女性は、安心したかのように、最後の力を振り絞って、医術士達に伝えた。
「この子は…、この国の…、王の子・・・・。
ですが…、決して…、知られては…、いけない…。
知られれば…、殺さ・・・れて…、しま…い…。」
最後まで言い切らないうちに、意識が無くなった。
そして、二度と意識が戻る事はなかった。
第二話
■ ここは何処だ? ■
俺がこの、薄ぼんやりとした所に来て、どの位の月日が経っただろうか。
俺が目覚めた時に居た場所から、ほどなくして移動させられた。
籠の様な物に詰められて、ゴトゴトとした振動の激しい乗り物に乗せられた。
しばらくすると、乗り物は止まり、籠ごと移動させられたようだ。
声の響きから察すると、ここは何処かの建物の中か?
「この子が例の子です。どうぞ、よろしくお願いします」
「分かりました。」
『例の子』?
どういう事だ?
俺の他にも連れて来られた子供が居るのか?
そんな事を考えていると、誰かが俺の体に手を触れて、抱き上げる。
「まぁ。なんて可愛い子なんでしょう」
可愛い?
俺が?
マジで?!
この時の俺は、まだ目が視えていない。
いや。視えてるのだが、霞がかかってると言うか、モザイクがかかってると言うか。
まだハッキリとは視えていない状態だ。
人が居ると言う事は分かる。
物の形だけは分かるから。
だが、それが『男』なのか『女』なのかは分からない。
その分声は良く聞こえる。
俺は声で判断をする事にした。
ここに居るのは二人。
どちらも女性だ。
声の感じからすると、一人は二十代で、もう一人は三十代と言ったところだろうか。
今、俺を抱いている人は、三十代の方だ。
ここに来て数日め。
俺には様々な疑問が浮かんだ。
:一日中ベッドに寝かされている事。(何故だ)
:オムツらしき物をしている事(やっぱり 足無くなっちゃったか)
:食事は流動食(何故か感触は哺乳瓶)
:指先だけは動くが、腕は重くて上がらない(腕、本当にあるのか?)
:周りからは赤ん坊の泣き声多数(うるさい)
:声を出そうとしたが「あー」とか「あぅー」としか言えない(声帯までもやられたか…)
さて。
ここはいったい何処なのだろうか…。
聞きたくても喋れないんだよ!
そんな疑問が、数か月後には答えが出た。
ある日を境に、俺の目はハッキリと視えるようになった。
相変わらず首は動かせないけどね。
俺の世話をしてくれて、毎日俺に話しかけてくれる女性。
その人の顔が視えたのだ。
視えたと同時に、俺は驚いた。
「ぁう?!」
声にならない声で驚いた。
「あらあら。今日は元気ねぇ。
そんなに大きくお目めを開けたら、お目めが落っこちてしまうわよ? ウフフフ」
バ…化け物!?
何だこれは!?
人じゃねぇ…、人じゃねぇよ…。
そうか!
ここは地球じゃないんだ!
猿の惑星…、じゃないよな。
牛の惑星?
どう見てもこの人、『牛』だろ!!
頭には立派な角。
というか、完璧『牛顔』
でも、体は人間だ。
牛模様なんかついていない。(水玉っぽいやつ)
俺は驚きのあまり変な顔をしていたのだろう。
牛女はそんな俺を見て
「あらあら。お腹が空いちゃったのね。
いっぱい飲んで大きくなりましょうね~」
そう言ったかと思うと、いきなり服のボタンをはずし、何の躊躇も無しに、ビッグサイズの乳を露わにした。
「今日も沢山飲みましょうね~」
有無を言わせず、俺の口をこじ開けるかのように、その先端が俺の口の中に入る。
あれ?
この感触。この味…。
いつもの流動食じゃないのか?
そうだよ。これだよ。
いつも俺が食べさせてもらってたのは。
どゆこと??
とりあえず、腹が減ってた俺は、ゴクゴクと飲んだ。
ひとしきり飲み終わってから一息つくと俺は、辺りを見まわす。
俺の目に飛び込んできたのは鏡だった。
映っているのは牛女と、牛女に抱かれている赤ん坊・・・・。
「!!!!!!」
まさか…な。
そんなわけないよな…。
俺は微かに動く指を動かしてみた。
鏡に映ってる赤ん坊の指も動く。
「!!!!!!!!!!」
指だけでは分からない。
あと動く場所と言ったら、顔だ。
目を瞑ってみた。
・・・・・失敗だった。
目を瞑れば何も見えないのは当たり前だ。
口を大きく開けてみる。
鏡の赤ん坊も口を開ける。
笑ってみる。
鏡の…、もう何も言うまい…。
信じられない事に、俺は赤ん坊の姿をしていた。
髪の色も目の色も。
生前とは全く違う。
鏡の中の赤ん坊は、金色の髪を持ち、深いブルーの瞳をしている。
よく、テレビとかで見る外人の子供のように、ラブリーで可愛らしい顔をしていた。
これが俺…?
なんて可愛いんだ!!
うん。
これが第二の人生なら悪くはないな。
でも、いったい、ここは何処なんだろうか。
地球でない事は確かだ。
まっ、いっか。
そのうち分かるだろう。
喋れるようになったら誰かに聞こう。
ミルクを腹いっぱい飲んだ俺は、いつもの様に睡魔に襲われて、いつもの様に眠りについたのだった。
あれから半年が経った。
半年の間に、周りの様子を注意深く伺い、大人たちの会話にも聞き耳を立て、少しづつ、情報を収集した。
その結果、どうやらここは『アルテッド王国』と言う国らしい。
そしてこの国には、人間だけではなく、『獣族』『魔族』と呼ばれてる人もいる。
俺の世話をしてくれてた人は『獣族』だったと言う事が判明した。
獣族は、どこかしらに動物の名残があるらしい。
俺が今までに見た獣族は、牛の顔をした女性(ミルク担当)と、犬の様な耳と尻尾が付いてる女性(遊び担当)。
それと、蛇の様な鱗に覆われてる男性(医者の様な役割の人)
ほかにも数人いるけど、後は人間のようだ。
獣族とは言っても、決して奴隷のような扱いではなく、普通の人間と同じように暮らしている。
まぁ、それだけでも驚いたんだが、それ以上に驚いた事がある。
この国の、いや。
この世界の人達は、みんな魔法が使えるらしい。
魔族が魔法を使えるのは不思議じゃない。
獣族が魔法を使えても、俺は納得するだろう。
だって、普通じゃないんだもん。
獣族事態が、俺にはありえん人種だし。
まぁ、ここまでは100歩譲って頷こう。
あり得ない事に、人間までもが魔法を使えるってんだから驚いた。
俺の居た世界ではあり得ないよ?
アニメの中だけだよ?
ふふふ。
だけどな。俺の頭は柔軟なんだよ。
10000000000000歩譲って、魔法が使えるとしよう。
俺が考えるに、そいつらはみんな『超能力者』だ。
でも、そうするとさ。
人類全員が超能力者って事になってしまう。
んん~・・・・。
この設定、無理があるか…。
だけど俺は見たんだ。
ある日、乱暴にドアを開けた男が、ドアの取っ手をもぎ取ってしまったんだ。
― ガチャッ
ドアを開けて男が入ってきた。
見た事の無い男だ。
男が勢いよくドアを開けたものだから、
― ドンッ!
ドアが勢いよく壁にぶつかった。
「あっ・・・・・。」
男はまじまじと、自分の手の中に握られてるドアノブを見ている。
「また壊したの?これで何回目かしらね」
「わりぃ…」
そう言うと男は、長い詠唱を唱えてドアノブを直した。
マジか!?
って思ったよ。
魔族や獣族じゃなくて、人間がだよ?!
それも、当たり前のように魔法を使ってるんだよ。
目を疑ったね。まったく。
って事はだよ。
俺も使えるんじゃね?
って思ったわけだ。
動けるようになったら、ぜひ試してみよう。
第三話
■ 初めての魔術 ■
俺が生まれてから(?)一年が経った。
ようやく身体も、おぼつかないまでも自由に動かせるようになった。
ついでに、伝い歩きも出来るようになった。
ブラボー。
これで自由に動き回れる。
が。まだまだ監視の目は厳しい。
「ハルシオン。そっちに行ったら危ないわよ。戻って来なさい」
ほらな。
すぐこれだ。
まったく過保護すぎるぜ。
子供じゃないんだから、危ないか危なくないかくらいは分かるつーの。
そう言うと、犬耳の女の人が、ヒョイッと俺を持ち上げて、柵で囲まれたベッドの中におし戻す。
「・・・・・。」
自由に歩かせろよな…まったく。
俺達が柵の外に出れる時間は、一回につき10分だ。
短い。
まぁ、俺みたいな赤ん坊が10人もいればそんなもんか。
なんせここは乳児院なんだしな。
しかし暇だ。
やる事が無い。
柵の中から見える、外の景色を眺めていると、窓辺に小さな小鳥が止まった。
見た事も無い色彩の小鳥だ。
体全体がオレンジ色で、頭のてっぺんにはトサカが付いている。
あれはなんていう名前の鳥なんだろう。
そう思った時。
俺の目の前に半透明の画面が浮き出た。
それはよく見ると、ゲームなどで見かけるコマンドというか、ステータス画面というか。
そんな感じの四角い半透明の者が現れた。
そこには先ほどの鳥の映像が映ってる。
チュンギス(野鳥)※ランク外
ペットには付加
エサ:虫
能力:無し
図鑑のような説明だ。
俺は何気なく触ってみた。
するとどうでしょう。
触れたんだな。これが。
指先で、携帯画面のようにスクロールしてみた。
これまた動いたんだな。
てか、ランク外って何だよ。
鳥にランクとかあるのか?
分からん。
俺が下を向きながら、変な手の動きをしていた事に気が付いた犬耳さんは、
「ハルシオン。何してるの?」
そう言って覗き込んできた。
俺は犬耳さんの方に振り返り、にっこり笑うと再度画面に向かう。
そう言えば犬耳さんの名前なんて言うんだろうな。
なんて事を思ったら、突然に画面が切り替わった。
映し出されたのは犬耳さんだ。
マリー・ザコバ(21歳)獣族 ※ランクC
ゴルティア大陸の北に定住する種族
HP630
MP165
属性:風
おおおおお!
これは便利だ。
獣族のステータスまでわかるのか。
ふむふむ。
体力はそこそこ。
マジックポイントは低いのか。
なるほど。
獣族でこれなら人間はどうだろう。
調べてみた。
一度その対象物の姿を見てから、俺は画面に向かって見つめた。
カリフ・レイド(54歳)※ランクC
ゴルティア大陸ジフの町出身
HP:325
MP:160
属性:水
ふむふむ。
体力は少ないけど、獣族よりはマジックポイントがあるのか。
「ハルシオンったら、さっきから下を向いて何をしてるの?
何か面白い物でもあるの?」
犬耳のマリーが俺に話しかける。
「どうしたんです?マリー」
「いえ別に。ただ・・・。
さっきからハルシオンが下を向きながら変な動きをしてるんですよ」
二人が俺の方を見てきた。
もしかして二人にはコレが視えてないのか?
そして俺は確信をした。
このウィンドウは俺にしか見えない!と。
この便利なウィンドウ。
これがあれば俺はこの世界の事を知る事ができる。
上手く立ち回れば出世も夢じゃない。
そう確信したのだ。
よし!
俺はこの世界で頂点に立つぜ!
なんて思ってたのが、つい昨日の事だ。
しかし、その野望もすぐ打ち消される。
「春だというのにまだ寒いわね」
「こう寒いと水仕事も辛いですよね」
「そう言えばマリー、あなた温水魔法を覚えたって言わなかった?」
「!! そうでした!」
「だったらこの水をお湯にしてちょうだいよ」
「はい! やってみます!」
施設の人がそんな会話し、マリーが詠唱を唱えだした。
「’&%$#!‘?》《 )(’&%$EP*?>
}*PIP<M =~=)L+'(()L ・・・・・・」
時間にして15秒程度だろうか。
読経か祝詞でも聞いてるようだ。
小難しい言い回しで、長々と詠唱していた。
もしかして、魔術を使う時は、必ず詠唱をしなきゃいけないようだ。
便利アイテムで調べてみると、初歩の魔術で10秒程度で、中級・上級になるほど長くなる。
だいたい10~30秒間詠唱する。
長い…。
めんどくせ…。
俺は、記憶力は割と良い方だとは思うけど、
この世界でトップに立つほど魔術を覚えるとなれば、
どんだけ覚えなきゃいけないんだよ…、って事だ。
学生の時に、イヤと言う程勉強してきたのに、
やっと勉強からオサラバできたと思ったのに、
また勉強かよ…。
そう思ったらウンザリしてきた。
第二の人生はそう言う事を抜きにして、のんびり過ごしたいな。
生きてくうえで、不自由のない程度に魔術が使えればそれでいい。
それに、詠唱を唱えたくてもさ、まだ言葉がうまく出てこないんだよな。
試してみようと思っても、今はまだ出来ない。
それが現実さ。
俺は1人で何かを悟ったように、ベッドの中で柵に捕まり、
柵に身をゆだねながら、窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。
窓の外では一人の女の人が、掃除の時に出たゴミを焼こうと山積みにしていた。
ゴミの山の周りには、火の燃え移りそうな障害物は何もない。
きっとそこは、ゴミ焼き場の定位置なのだろう。
例によって詠唱を行い、女の人の手元から小さな火が見えた。
瞬く間に火はゴミ全体を包み込む。
この世界に地球の様な文明はないらしい。
火の属性を持ち、火を扱える者は魔術で行う。
マッチとかライターという物は存在しないようだ。
見た事が無い。
当然ガスコンロも無い。
IH?何それ?美味しいの?
って感じだ。
したがって、食事の支度は竈でする。
水は、水道という物が無いから、井戸水を汲んでくるか川の水を利用する。
ご苦労様です。
電気もないな。
その代りに『魔石』という物を使っている。
『魔石』には色々な種類があり、『光』を放つ石。
種火のように熱を持ってる石。
専用の瓶の中に入れれば、一定の水が湧き出てくる石などがあるようだ。
そんな便利アイテムが数多くあるから、この世界の文明は進化をしていないっぽい。
まぁ、そんな事はどうでもいいか。
話しは戻るけど、ふと、俺は思った。
俺と、外でゴミを焼いてる人との距離は50m程ある。
そんだけ距離があるのに、普通声なんて聞こえてくるか?
大声で独り言を言ってるわけじゃない。
小さな声で詠唱を唱えてただけだ。
聞こえないよな。
普通。
何で聞こえたんだろう。
こっちの人間って、耳が凄く良いのだろうか。
分からない事や疑問に思った事は、便利アイテム・タブレット君に聞いてみよう!
画面をヒョイヒョイ、と操作をし、調べてみたが、それらしいことは載っていなかった。
こちらから俺が、
「あぅ~。ああぅ~。まんまぁ」
と喋ってみたけど、女の人には聞こえていないようだ。
振り返りもしない。
何の気なしに自分のデーターを覗いてみると、
―――――
ハルシオン(1歳)人間 ※ランク未知数
HP:16500(封印)※一部解除
MP:35000(封印)※一部解除
能力:魔術師
属性:火(封印)水(封印)土(封印)風(封印)光(封印)闇(一部解除)
―――――
はいいいぃぃ?!
何ですかこれは?!
俺が今まで見てきた人達は、誰も1000すら超えてなかったよ?
ランクCだからか?
でも。封印ってなんぞ?
一部解除って。
どゆこと?
スクロールして下を見て見ると、赤文字で『封印』と書かれた魔術の名前がズラズラっと出てきた。
その中に一つだけ普通の色で書かれた名前があった。
闇スキル:『聞き耳』Lv1
えっと・・・・。
何だこれ?
スキル名をタッチすると、その説明書きが出た。
『聞き耳』
遠く離れた敵の足音や声を拾うスキル。
主に『索敵』をするときに使用。
Lv1:半径100mまで感知
Lv2:半径250mまで感知
Lv3:半径500mまで感知
Lv4:半径1Kmまで感知
Lv5:半径2Kmまで感知
おおぉぉ!
こりゃ凄い。
だが、なんで急に使えるようになったんだろうか。
思い出してみると、生まれてからずっと、周りの様子を探るために、聞き耳を立てていたっけかな。
知らないうちに訓練してたって事か。
って事はだよ。
これからの訓練次第では、赤文字で封印されてる魔術も使えるようになるって事だよな。
これは俄然(がぜん)とやる気が出て来たってもんだぜ。
ん?
でもちょっと待てよ。
俺、魔術使うのに詠唱なんてしたっけ?
てか、そんな詠唱なんて知らねぇし。
何故できた…、俺…。
「あらあら、ハルシオンったらどうしたの?そんな難しい顔しちゃって」
そう言って、遊び担当の犬耳マリーが、笑みを浮かべながら俺に話しかけた。
第四話
■ 乳児院から孤児院へ ■
こんにちは。ハルシオンです。
生前は『来栖 紫音』と呼ばれ、第二の人生では『ハルシオン』と言うのが俺の名前だそうです。
『紫音』と『ハルシオン』。
似てるな。響きが。
なので、何の違和感もなく受け入れてしまいました。
あぁ。俺の事はどうでもいいですね。
実はですね。
俺がこちらの世界に誕生してから、もう直ぐ三年が経とうとしています。
この乳児院に居られるのも後、数日でしょうか。
どこの世界でも類にもれず、だいぶ手のかからなくなった子供は、みな、孤児院に送られるそうで。
できればここにいる間に、里親に恵まれたかったのですが、俺の様な子供は貰い手が少ないとか。
孤児が嫌だとかそう言うのじゃなくて、何でも『使い勝手のいい子』または、『魔力の強い子』が好まれるとか。
ようは『摂取子じゃねぇかよ!まったく…。
子供は道具じゃないっつーんだよ!
――――――――――
魔力と属性は、髪の毛の色を見ればわかるらしい。
属性ごとに髪の色が違うと言う。
例えば。
火(赤)水(青)土(茶)風(緑)光(オレンジ)闇(黒)
なるほどな。
どおりで、みんなカラフルな頭をしてると思ったよ。
髪の色で得意魔法が分かる仕組みになってたのか。
それに、髪の色が濃ければ濃い程、魔力が強いと言われている。
同じ赤系でも、ピンク色だと火種程度しか魔力が使えないそうだ。
それに、使える回数にも制限があって、一日に五回も使えば魔力切れになるんだとか。
逆に、燃えるような赤い髪の持ち主は、火種なら数百回使っても大丈夫とか。
まぁ、放火魔じゃない限り、そんな事に魔法を使うバカはいないけどね。
したがって、どの色にも属さない俺は、魔力が全くないと認識されたようだ。
あったとしても、微弱な『光』程度だと。
そう。豆電球位の光しか出せない、と思われてたらしい。
幸か不幸か、俺は摂取子として貰われて行く難を逃れたのだった。
で、ここからが本題だ。
この三年間で、俺は色んな事を学んだ。
学んでみて、試してみて分かった事がある。
俺は。
詠唱しないで魔術が使えると言う事を。
どう言う原理で、無詠唱で使えるのかは定かじゃないが。
使いたい魔法を脳内に浮かび上がらせるだけでいい。
初めてまともな魔法を使ったのが二歳になるかならないかの時だった。
=====
外に散歩に連れてってもらった時。
俺は傷ついた小鳥を見つけたんだ。
どうせそこらの野良猫にでもやられたんだろう。
羽と腹に牙の後の様な傷がある。
たぶん必死に飛んで逃げたんだろう。
だけど力尽きてここに落ちたらしい。
息も絶え絶えなのに、俺の気配を感じるなり、その場から逃げようと必死だった。
必死ではあるけど、体がうまく動かないようだ。
バタバタとのたうち回ってるだけだった。
俺は可哀想に思い、その鳥を小さな両手で掴みながら、
「酷いよな…。痛いよな…。
突然訳も分からず襲われたんだよな…。
どうせ殺すなら一瞬でやれってな。
俺の時みたいにさ…。」
自分と、この鳥の姿が重なったんだ。
一瞬のうちに、痛いも怖いも分からないうちに、自爆テロで殺された俺と、
襲われた後に、恐怖と痛みに苛(さいな)まれる鳥。
偽善者ではなかったが、本当に可哀想だと思ったんだ。
「俺が傷を治せたらな…。」
『傷を治せたら』具体的ではなかったけど、もし俺が生前獣医だったら、このくらいの傷、チョチョイっと治してやるんだけどな。
なんて考えながら、脳裏には、以前テレビで見た『動物と命の大切さ』に出て来た獣医の映像を思い浮かべていた。
思い浮かべながら、あたかも自分がやってるようにイメージしてたんだ。
そしたらさ、手の中の小鳥の傷がミルミル塞がっていったんだよ。
喰いつかれて血みどろにはなっているけど、傷は塞がっていた。
驚いたよ。
怪我が治った鳥は、俺の手の中から大空に向かって飛んで行き、手の中に残った物と言えば、血の跡と数本の羽。
元々俺は頭が良いからな。
直ぐに理解したよ。
イメージをすれば、俺にも魔術が使えるんだってね。
で。そこからは、大人たちの観てない所で魔術の練習をしたよ。
大人にばれて、俺が魔術を使えるなんて知れたら、『使い勝手のいい便利な子』って事で、得体も知れない大人に連れて行かれてしまうからな。
暇と隙を見つけては練習をした。
時には、夜中に起き出して練習をした事もある。
だけど、使えるようになった魔術は、元の世界で見た事や、体験した事だけだった。
つまり、俺の知ってる知識内でなら、それに準じた魔術が使えるって事だった。
だからいまだに、赤文字で書かれた魔術名の物が沢山存在している。
名前だけで、それがいったいどんな魔術なのか、俺には想像もできない。
魔術名が載ってると言う事は、いずれ使えるようになると言う事だ。
だけど、魔術が使えると言う事は、大っぴらに言わない方がいいだろう。
名前からして大魔術の様な気もするしね。
『ブレスト・ファイア』『ブリザード・ファイア』(氷なのか炎なのか、どっちや!)
なんてような、訳の分からない魔術名がずらり…。
ふぅ~・・・。
って事で、俺はこのまましばらく、『魔術の使えない子供』と言う設定で行こうと思ってるんだけど、どう思う?
俺は、まだ三歳だし。
先は長い。
将来の事を考えるには、まだまだ早い年頃だ。
次に行く孤児院でも、あまり目立ちたくはないしな。
上手く立ち回って見せるぜ!
こう見えても俺、某アニメキャラじゃないけど。
見た目は子供 頭脳は大人
その名も『名探偵コナ○』 じゃなくて、
異界転生「ハルシオン」だもんな。
よし!
孤児院に行っても、俺は上手く立ち回れるさ!
今日の朝早くに、乳児院から隣町アドガボにある孤児院に連れて来られた。
隣町と言っても馬車で二時間はかかる。
周りの景色は、畑と何処までも続く平原。
チラホラと農作業をしてる人以外はあまり見かけない。
この世界には魔物と言うものが存在すると言ってたが、今のところは遭遇はしていない。
話しによると、魔物は深い森の中に居るとか。
人里に現れる事は稀な事で、もし現れたなら、騎士団の騎士か、冒険者と言われる人が退治するのだそうだ。
騎士団と冒険者の違いは、分かり易く言うと、
騎士団=警察関係
冒険者=腕に自信のある自警団
の様な物だそうだ。
騎士は国。つまり、王様に使える者で、主に貴族の身分の者が多い。
冒険者は誰でもなれて、商家にやとわれる者や護衛兵として雇われる者もいる。
でも、ほとんどの冒険者は魔物を倒し、迷宮に入り、武器の材料になりそうなアイテムを収集しながら、魔石を探してるそうだ。
ちなみに、この魔石。高く売れると言う。
で、この冒険者達をまとめてる所が『冒険者ギルド』と言うらしい。
ぶっちゃけ、派遣会社のような所だ。
そこに行き、冒険者登録をすると、ギルドに来た依頼書の中から、自分が受けたい仕事を請け負い、その成功報酬としてお金を貰う仕組みなんだってさ。
一応この馬車の御者も、元冒険者だったらしくって、魔物が出ても安心とか言ってた。
そんなこんなでゴトゴト揺れる事二時間。
目の前に、大きく立派な建物が姿を現した。
おおぉ。
今度の施設は豪く立派だな。
昔テレビで見た『世界の旅』に出てくる西洋風寺院みたいだ。
今日からここが俺の家か。
うん。悪くない。
なんて思っていたら。
その立派な寺院を素通りした。
ん?
まずは馬をしまわなきゃな。
家に入るのはその後だよな。
車だって、車庫に入れてから人が下りるもんな。
ほほぅ~。
寺院の裏手の方に馬小屋があるのか。
それにしてもデカイ馬小屋だな。
これだけ大きな施設だから、それなりに馬が必要って事か。
などと勝手に納得していると、
「着きましたぜ」
馬車が止まり、御者が声を掛ける。
俺は施設の人に促せられるままに、トコトコと後について歩いて行く。
すると、施設の人は馬小屋の扉を開けて、
「ハルシオン。
今日からここが、あなたの家ですよ」
へっ?!
そこって馬小屋とかじゃなかったのかよ…。
マジかぁ~・・・・。(軽く凹む俺。
中に入ると、かなり薄汚れていた。
床は歩くたびにギシギシといい、壁には所々にひび割れが見られる。
………。
まっ。そうだよね。
孤児の為にあんな立派な屋敷なんて、普通あり得ないよな。
分かってたよ。
うん。分かってたさ。
分かってたけどさ、もしかして…。なんて思っちゃったじゃねぇかよ!
凹むわぁ~・・・・。
馬小屋、もとい。孤児院の中には、先住民の孤児が10人程いた。
どの子供も覇気は無く、薄汚れたボロを纏い、部屋の隅で体育座りをしながら
足を抱え込む形で座っていた。
膝小僧に額をくっつけながら。
ドアが開いたと同時に、少しだけ顔を上げこちらの方を見る。
虚ろな目と怯えた表情が何とも言い難い。
「ほら!グズグズしてんじゃないよ!」
今まで優しい人だと思ってた女がいきなり大声で俺にそう言った。
ついでにケツをけ飛ばされた。
おっとっとっと。
何だこいつ!?
急に態度変えやがって。
後で覚えてろよ。
俺は言葉に出さず、心の中で威嚇してみた。
俺をボロ小屋に蹴り入れた後、女は居なくなった。
何処に行くのか足跡に『聞き耳』をたててみると、目の前の立派な屋敷の方に入って行った模様。
俺はこの時には、『聞き耳』のLvが既に3になっていた。
半径500m以内なら索敵が可能だ。
それが例え建物の中だったとしてもだ。
もちろん、頑張れば声も聞こえる。
「今回のガキはどうだ。高く売れそうか?」
「ハズレね。」
「ちっ。」
売れるとかハズレとか、どう言う事だ?
まさか…な。
俺の脳裏には、不吉な予感しかしなかった。
「ダメね、あのガキは。
魔力なんて殆ど無いわよ。」
「なら、そいつはボリス行きだな」
「あ~あ…。また安く買いたたかれるのね」
なるほど。そう言う事か。
更に聞き耳を立ててみると、二階の部屋から子供の声と足音がする。
1、2、3…、合計で15人。
あいつらの子供か?
それにしても頑張ったな。
大家族でテレビシリーズ化決定だ。
おめでとう。
なんてな。冗談だよ。
冗談。
とりあえず、俺が今置かれてる状況は把握した。
さてっと。
これからどうすっかな~。
第五話
■ 孤児院の秘密 ■
この国では、奴隷や人身売買という事を認めている。
基本的に奴隷は、他国との戦争で負けた兵士たちが売られて行く。
その生末は様々で、家畜同然の扱いはまだ良い方だ。
最悪なのは、新しい武器の試し切りの為に買っていく貴族もいるとか。
普通の人身売買は、金に困った親が子供を売り、そのお金で生活をするといったところが一般的だ。
中には、奴隷商人に売るためだけに、人攫(ひとさらい)いをしてくる輩もいる。
人攫いは犯罪だとしても、保護者との交渉の結果の売買は合法だ。
何の問題も無い。
そこに目を付けた悪人が、いま、まさに、目の前の館に住んでいた。
=====
「ギレーヌ様。ボリスに売るにしても、あのガキはまだ小さすぎやすね」
「そうですわね。
もう少し成長させてからにいたしましょう」
ギレーヌ様と言う人物は、少し品のある、上品な話し方をするやつだな。
雰囲気からいって、貴族あたりか?
「ジェシカ!またこの間みたいにやり過ぎて殺すんじゃねぇぞ!」
「ふん。分かってるわよ」
ふむふむ。
声から推測すると、ジェシカというのはさっき俺を蹴った女か…。
男の方は御者をやってたやつだな。
他にもいるけど、あいつらは下っ端というところだろうな。
親玉が『ギレーヌ』、参謀が『御者の男』で、ジェシカと言う女がまとめ役ってとこだな。
なんにしても、直ぐには売られないし、殺されないと分かっただけでも良しとするか…。
「お前、そんなとこにボーっと突っ立ってどうしたんだ?」
声を掛けて来たのは、10歳位の男の子で、ハニーブラウンの髪色をしていた。
土属性の魔術が使える色だ。
しかし、その髪色の薄さから見ると、大した魔力は備わっていないようだ。
「俺は『ロイド』ってんだ。お前、名前はなんていうんだ?」
「・・・・ハルシオン」
改めて部屋の中を見渡すと、ここに居る子供全員が、髪の色素の薄い子供ばかりだ。
着てる服も薄汚れてボロボロ。
風呂になんて何年も入ってないんじゃないかと言うくらいに、顔や手足も汚れていた。
それでも死なない程度に食事は与えられていたのか、やせ細ってはいるが、飢餓状態って程じゃない。
「ハルシオンて言うのか。
よろしくな。シオン」
『シオン』か。
懐かしい呼び名だな。
学生時代を思い出すぜ。
昔は友達から『紫音』と呼ばれていた。
来栖 紫音。外人みたいな名前だと茶化された事もあった。
それでも俺はこの名前を気に入ってたんだ。
なんかカッコいいだろ?響きがさ。
「お前なんでここに来たんだ?」
「・・・・わかんない」
俺は何も分からない普通の三歳児の振りをした。
「父ちゃんとか、母ちゃんが死んだのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・わかんない」
「シオンはまだ小さいから分かんないか…」
ロイドは、しょうがないな。と言う様な顔をして、
「よし!今日から俺が、お前の兄ちゃんだ!
困った事があったら兄ちゃんに言うんだぞ」
「兄ちゃん?」
俺は昔の記憶をフル回転にして、記憶の糸を辿った。
目の前には頼れる先輩がいるとする。
自分は非力で力が無い。
この場合どうすれば彼を手中に収める事ができるのかだ。
自分より劣る者。
自分に素直に従う者。
時には、自分に甘えてくる者に対しては、
嫌な気分にはならないだろうと言う事。
それが、まだ幼い子供だったら?
当然、年上の立場として、庇護欲にかられるはずだ。
見た目は三歳だけど、中身は三十一歳。
本来なら俺がこの場を何とかしなきゃいけない立場なんだが、
いかんせん、この身体じゃぁな・・・・。
ここはロイドの好意に甘えて、幼児の振りをするしかないか。
「分かんない事があったら何でも聞け。
俺はお前の兄ちゃんなんだからな」
そう言ってロイドは、俺の頭に手を置くと、クシャクシャっと頭を撫でながら笑った。
「兄ちゃん…。ここは何処?」
俺は小首を傾げながら、少し上目使いで聞いてみた。
昔付き合ってた彼女が、よくこんな表情をしてたのを思い出したからだ。
その時の俺は、その可愛い表情にコロッと騙されて、二股されたけどな!
チクショウ…。嫌なこと思い出したぜ・・・・。
ってゆーか、俺の黒歴史は置いといて。
ロイドはと言うと、
やっぱり男だな。うん。
小動物でも見るかのような表情で、喜びを隠せない顔だったが、
変なプライドの為なのか、それとも慣れていないのかわからないが、
喜びの笑顔を隠そうとして、顔の筋肉がヒクヒクと小刻みに震えている。
半笑いと言う不気味な笑顔になっていた。
そこは喜んでもいいんだぜ。ロイドよ。
「ここか?ここはな。
悪魔の住む家なんだ」
ほほぅ。悪魔ですか、兄さん。
「親が死んだ子供を「私達がお世話をします」なんて言ってな。
優しい振りして集めてくるんだ」
あぁ~。そう言えばそんな事言ってたな…。
「連れて来た子供はな。
魔力の高いやつは、あっちの館の方で世話をして、
俺達みたいに魔力の少ないやつは、ここに放り込まれるんだ」
そう言って、館の方を指さした。
なるほど…。
あの館に居る子供はあいつらの子供じゃなくて、どこからか連れて来た孤児って事か。
「あいつらは良いよな。
魔力が高いから、それなりの家に売られてくだろうし…」
!!!
売られてくってどう言う事だ。
「売られる?」
小首を傾げながら聞いてみる。
「ああ、そうさ。
孤児院なんて名ばかりなんだぜ。ここはさ。
子供専門の人身売買をやってるんだよ」
やっぱりそう言う事だったのか。
「あいつらは子供の居ない家庭に売られるけどな、俺達は違う。
奴隷商人に安く買いたたかれるんだ。
でも、安心しろ。
お前の事は俺が守ってやるからな!
だって俺、兄ちゃんだしな!」
ロイドは「ヘヘン」と、得意げな顔をして、人差し指で鼻の下をゴシゴシとこすった。
そうか。『ボリス』と言う奴が奴隷商人なのか。
なるほどな。
『貴族風』のギレーヌ=悪代官
『御者の男』=悪徳商人「大黒屋」
『ジェシカ』=大黒屋が雇うチンピラのボス?
『その他大勢の気配』=チンピラ
って事だな。
俺は、しばらくは売られないそうだから、それまでに何とか1人で生きていけるように、力を付けないといけないわけか。
いつでも逃げ出せるようにな。
いま、俺が使える魔術と言えば、水なら滝のように手から出す程度だし。
火なら火炎放射くらいは出来るか…。
風は…、つむじ風が精一杯だな。
土…。精々肥料の効いた土を作るくらいか。
光は…、懐中電灯クラスだし。
あっ!切り傷程度なら治せたわ!
闇か…。今んとこ「聞き耳」しかできないな。
・・・・・・・。
総合的に見て、職業「農家」だな。うん。
だあああああああああ!
もうちょっとアグレッシブルな技はないのかよぉぉぉ!!!
詠唱しなくても魔術が使えるのは良いよ?
でもさ、魔術の名前と原理が分かってないと使えないんだよな・・・・。
頼むから、俺の知ってる名前の術名にしてくれよぉ…。
などと、頭を抱えていたら、どこからともなく音が聞こえた。
― チン
はて?
何の音だ?
音と共に、いつもの便利アイテムが現れた。
!!
術名が書き換えられていた。
今まで載っていた『ウォーターシャワー』が噴水に変わり、
『ファイアーボム』が火炎放射にだ。
・・・・、なんだよ…。
結局名前なんてどーでも良かったって事か?!
今まで真剣に、術名を考えてきた俺の三年間を返せえええええぇぇぇ!!!
よし!そうと分かれば俺は、今日から術の秘密特訓をするぞ!
まぁ、あれだ。
ようはゲームの技みたいなことを手本に考えれば良いんだよな。
俺だって勉強ばかりやって来たわけじゃない。
それなりにゲームもやった。
なんだ。簡単な事じゃないか。
ふっふっふ。
今までやって来たゲームの技と、理論を組み合わせて、俺はやってらるぜ!
待ってろよ、悪代官に大黒屋!
今に目に物を見せてやるわ!!
その日から俺は、隙を見つけては魔術の研究に取り組んだ。
最初は失敗もしたし、うまくできない事もあった。
それでも俺は諦めなかった。
出来るまで何回も挑戦をした。
けど、1人でやるには限界があると悟った…。
それでも諦めなかった。
そして、七年の歳月が経ったのだった。
第六話
■ 仲間 ■
俺がこの孤児院に連れて来られた時に、最初に声を掛けてくれたのがロイドだった。
ロイドは結構面倒見のいい奴で、ここで平穏無事に過ごすコツを教えてくれた。
目立たず、騒がず、従順に。だそうだ。
そして、この小屋に住んでる子供というのは、館の方に住んでる子供の、世話係の様なものだという。
ロイドは俺を連れて井戸の側に行くと、洗濯の仕方を教えた。
洗濯が終わると、木と木の枝にロープを繋いだ物干し代わりの紐に、洗った物を干す。
バケツに井戸水を汲み、厨房にある大きな瓶の中に水を入れる。
満杯になるまで何往復もした。
館の周りの枯葉拾い。
各部屋の掃除。
やる事は沢山ある。
まるで奴隷かメイドの様な仕事だ。
俺達は魔力が弱いため、それくらいしか使い道が無いのだとか。
同じ孤児なのに、館に住んでるガキ(孤児)には腹が立ったな。
まるで俺達を下僕の様に扱いやがった。
いつか泣かす。
俺はまだ小さいので、枯葉拾いが主な仕事だ。
しかし、ウザったいぐらいに木が多い。
そんなに中を見られたくないのだろうか。
そのせいで落ち葉が多いんだよ!
メンドクセー。
「まったく…、履いても履いても減りやしないな。
木、燃やしちまうかな…。」
恨めしそうに木の枝に付いてる葉っぱを見ながら、そんな事を思っていたが、
ふと、俺は思った。
「そう言やぁ、なんかのアニメで、つむじ風で掃除してたアニメがあったな…」
俺はつむじ風を魔術で起こそうと頑張った。
まずは、地表の温度を上げて、上昇気流を作る。
そこに風を纏わせ、小さな小さな、つむじ風が出来上がった。
「よっしゃ!出来た!」
俺は周りの気配を気にしながら、ホウキで履くふりをしつつ、つむじ風で落ち葉を集めた。
超、楽である。
だってさ、つむじ風に付いて歩くだけでいいんだぜ?!
ルンバに付いて歩いてるようなもんだ。
ルンバには稼働時間があるが、つむじ風には無い。
それに、電気代もかからないからお得ですよ、奥さん。
大方掃除が終わった頃に、ロイドがやって来た。
「シオン!手伝いに来たぞ!
って、あれ?もう終わったのか?
早いな。一体どうやったんだ?」
ロイドは首をかしげて不思議がっている。
「今日は少なかったから直ぐに終わったよ。お兄ちゃん」
俺は笑顔で答えた。
「そっか~。偉いな~、シオンは」
単純で助かった。
そんな頼りになる(?)ロイドだったんだけど、しばらくした後に、
例の奴隷商人のボリスに連れて行かれてしまった。
ロイドは半分諦めた表情で、口をへの字に固く結び、悲しそうな顔をして連れて行かれた。
ロイドが居なくなった後も、俺は「目立たず、騒がず、従順に」の、教訓を守り、
人知れず魔術の練習をしながら、仕事をこなしていた。
成長するにしたがって、やらせられる事も増えてくる。
タライで洗濯をしてる時、何でこんな原始的なやり方でやってるのかを
不思議に思ったものだ。
洗濯機の要領で、タライに張った水を、魔術で左右回転させながら洗えば楽なのに、と。
バカじゃね?と、思っていた。
水汲みだってそうだ。
なんでわざわざ、井戸まで行って水を汲んで来なきゃならないんだ?
『ウォーターボール』の魔術が使えるんなら、その応用で手から水を流せばいいだけじゃん。
バカなの?
何でそんな事もできないのかが、
分からなかった。
『水流弾』や『水刃剣』とか言う技を使える癖に、そんな単純な事も出来ないのかと
俺は不思議でならなかった。
で、気が付いたのだ。
この世界には、洗濯機や水道と言うものが無い。
それがどういう物で、どう言った使い方をするのか知らないのだ。
知らない物は出来るわけないわな。
失敬。
バカじゃね?とか言ってゴメンよ。
まぁ、そんなこんなで七年が過ぎたんだが、
この七年で、俺の家事スキルはMAXになっちまったぜ!
いつでも自立可能だ。
職業(家政婦)にでもなろうかな…。
=====
俺は今年で十歳になる。
十歳にもなれば、大人の仕事も大概は手伝える。
魔術が使えないという設定なので、力仕事が基本となるが。
それでも十分に使える年齢になったのだ。
そうなると、そろそろ売り時になるのだろう。
大黒屋グラコと元締めジェシカの会話が聞こえてきた。
今の俺の『聞き耳』レベルはMAXだ。
集中をすれば半径2Kmまでは、音を拾う事が可能だ。
普通にしてても、半径100mなら普通の会話のように聞こえてくる。
だが、しかし。
それじゃあ、煩くて仕方がない。
だから俺は、修業をして、必要な時以外は、普通の人と何ら変わらないレベルの音に
抑える事に成功したのだ。
成功した時は感無量だったな。
だって考えてもみろよ。
お使いで買い物に行くだろ?
そしたら、宿屋とかの方から悩ましげな声とか聞こえてくるんだぜ?
まったくけしからん。
真昼間から何やってんだか…。
アグレッシブルな攻撃魔法は使えるようにはならなかったけど、どーでもいい魔法は
かなり習得したし、レベルもそれなりに上がってしまったよ…。
現在使える魔法
※聞き耳Lv5max
※ヒールLv2(体力30%回復 傷治し)
※つむじ風Lv2(掃除と洗濯に使用)
※土流Lv1(コッソリ作ってる家庭菜園の土造り)
※水弾Lv3(水瓶に直接投入)
※炎弾Lv3(集めた落ち葉やゴミを燃やす)
※サンダーLv3(川で魚を捕る時に、気絶をさせるために使用)
こんなとこかな。
教科書も無ければ参考書も無い。
魔術を教えてくれる人もいない。
一人で出来る範囲はこれぐらいだった。
自分で言うのもなんだけど、
俺、頑張ったと思うよ?
出来れば大技も身に付けたかったけど、ここに居る限り
そんな大技なんか一度も見た事が無い。
見た事も無いものは、仮説も立てられないから使えない。
そう言うカラクリらしい。
残念だ。
=====
さてさて。俺もそろそろボリスに売られるお年頃となったわけだが。
この孤児院に来た当時に誓った「悪代官一行に一矢報いる」と言う誓は果たせそうもない。
あの時は本気でそう思ったんだが、俺の考えが甘かった。
親玉の、悪代官ギレーヌは、貴族の奥方。
当然英才教育も受けていて、高度な炎魔術も使えるそうだ。
歯向かえば消し炭間違いなしだね。
グラコは元冒険者と言う事もあって、簡単な魔術と剣を扱うらしい。
うん。銅と首が繋がっていたいなら、こいつにも歯向かっちゃいけない。
最後にジェシカだが、この女はイカレテル。
こいつの沸点低すぎじゃね?
食事の支度が1分遅れただけで鞭打ち。
洗濯物をたたんだ時、端と端が5ミリズレてただけで鞭打ち。
ストレス発散で鞭打ち・・・・。
だから嫁の貰い手が無いんだよ。
ぶっちゃけさ、今の俺じゃ太刀打ちできないって事が分かった。
情けない話だけどね…。
このボロ小屋に居るメンバーも、七年前とは随分違う。
現在は俺を含め五人だ。
その俺も、明日にはボリスに売られるらしいけどな。
それはもう諦めてるから良いんだけど、俺みたいな奴を買う奇特な人間、居るのか?
どう考えても、試し切り人員にされそうなんだが…。
=====
次の日の朝早く、小屋のドアが開いた。
まだ仕事の時間でもないのに、ドアの側には男が立っていた。
ボリスだ。
ボリスは部屋の中を見回すと、俺の方に向かって真っすぐに歩いてくる。
「小僧。一緒に来い」
ボリスの顔には『チッ。この髪の色じゃ二束三文だな』と言う様な言葉が
書かれているように見える。
あからさまに嫌な顔をしたからだ。
「グズグズすんな!とっとと来い!」
一万円の福袋を買って、中を見て見たら、サイズの合わない洋服が入っていた様な
ガッカリ感と騙された感。
そんな時の、怒りの表情によく似ている
俺が悪いんじゃないのに。
俺が途中で逃げ出さない様に、手を後ろ手にしてロープで縛られた。
縄の手錠には更に、リードのように長い紐で繋がれる。
犬の散歩ならぬ、美少年の散歩だ。
この国では、こんな光景をよく目にするのか、すれ違う人の誰もが気にしてはいない。
ボリスのアジトに付くと、既に三人程、俺と同じ格好の人が、子分らしき厳つい男に見張られながら、部屋の隅っこに座らされている。
「ただいま戻りやした」
「うむ」
返事をしたのはボスだろうか。
椅子に座って、でっぷりとした腹を突き出してる男。
誰かに似てる…、誰だったかな…。
・・・・・・・・・思い出した!
北の半島に君臨する、カリアゲ君だ!
俺が転生するちょっと前に、「衛星打ち上げ成功しました」って言ってた国のあの人に良く似ている。
・・・・・・・・あの国も拉致国家だったな。
能力の無い奴は銃殺とか、犬に食わせるんだっけ?
マジやばくね?!俺!
待て待て。落ち着け俺。
ここは北の半島じゃない。
このまま殺されるわけがない。
売られるだけだ。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
考えても無駄だな…、運を天に任せるか。
=====
太陽が真上に差し掛かった頃、奴隷の売買が開始された。
いつもながら大勢の人が品定めに来ている。
使い勝手の良さそうな奴隷を探しているのか、全身舐め回されるような視線を感じる。
そんな中、俺達は、五人ずつ木箱の上に立たされ、上半身裸で首には番号札がぶら下げられていた。
買い手に、奴隷の健康状態と、見えやすくする為の配慮だろう。
そんな配慮、いらね。
「今日の奴隷はパッとしないな」
「美人の女奴隷はいないのか」
「俺は小さい女の子が欲しいんだよ」
等々、自分好みの奴隷を物色する声が、あちこちから聞こえてくる。
そんな中、俺は1人の厳つい男と目が合った。
男は俺の方をじっと見つめ、隣の男に何やら話しかけている。
男の腰には太い剣がぶら下がっていて、隣の男と話しながら、その手は腰の剣へと持って行き、剣を鞘から抜き、何やら話している。
・・・・もしかして俺ってば、あの剣の試し切り用に買われちゃう?
いやいや。
実はあの男、俺の事を見てるんじゃなくて、俺の隣に居る人を見てるんだ。
うん、そうだ。
きっと、そうだ。
俺じゃない。
微かな望みに託した。
しかし現実はそう甘くなかった・・・・。
男は俺の目の前にやって来た。
そして、俺の体のあちこちを触る。
「よし。こいつにしよう」
「本当にこいつで良いんですかい?兄い」
「ああ。中々賢そうな面してるじゃねぇか」
この瞬間に、俺の飼い主が決まった。
「よう!ボリス。こいつを貰うぜ。いくらだ」
「本当にそいつで良いんですかぃ?
そのガキは見ての通り、魔力なんて無いですぜ?」
ボリスは手をモミモミしながら男の機嫌を伺っている。
「俺が欲しいのは賢い雑用係だ」
「それでしたら、あちらの男の方がよろしいかと。
あの男は読み書きができますからね。
それに、魔力も一般レベルかと」
そう言って一番右はじの、十代半ばの子供を指さす。
「いや。こいつでいい」
俺は縄で縛られたままの姿で、厳つい戦士のような男に手渡された。
「いくらだ」
「大銅貨5枚です」
安っす!!
俺の価値ってそんなもんだったのかよ…。
凹むわぁ~・・・・。
この国の通貨はこんな感じだ↓↓
----
銅貨1枚=10円
穴開き銅貨1枚=100円
大銅貨1枚=1000円
銀貨1枚=1万円
金貨1枚=10万円
大金貨1枚=100万円
----
そう。
俺の価値。5000円…。
「お前。名前は何という」
「ハルシオンです」
「そうか。俺はロジャーだ」
えっ?それだけ?
他になんか言う事はないのか?
何の説明も無しに、このまま連れてかれるのかよ。
あっ、そうか。
これから殺す奴に説明なんていらないわな。
短い第二の人生だったな…。
なんて考えながら、俺はロジャーにリードを引かれながら、後ろから付いて歩いて行った。
連れて行かれた場所は、安そうな一軒の宿屋。
その一室のドアを開けると、中には三人の男達が居た。
「そいつにしたのか?」
「ああ」
「だけどよ~。そいつの髪…」
「問題ない」
「まぁ…、ロジャーが言うなら良いんだけどよ。
本当に使いもんになるのか?」
ロジャーが俺の顔を見た後に、質問をした男の方を見直して
「ああ」
と、言った。
その言葉を聞いた他の男達が、順番に挨拶をしてきた。
「俺はファインだ。
このチームの魔術師担当だ」
うん。見た目で何となく分かったよ。
ローブ着てるもんな。
「俺はリカルド。剣士だ」
うんうん。そんだけマッチョで魔術師って言われたら俺の方が困るわ。
「クリフだ。俺も剣士だ」
やっぱり剣士って皆ガタイが良いんだな。
そして後ろの方からも声がした。
「俺の名前はクウ。魔剣士ってとこだな。
よろしくな、ボーズ」
ロジャーと一緒にいた男だった。
「あの~…。
ここはいったい?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「あぁ、俺達は『イカズチ』って言う名前の冒険者なんだ。
前回の迷宮探索で、仲間が1人やられちまってな。
その穴埋めがお前だ。」
冒険者?
試し切りされるわけじゃないんだよな?
ならいっか。
「でも、僕じゃ何のお役にも立てないかと…」
「髪の色の事を気にしてるのか?
なら大丈夫だよ。
ロジャーに剣の振り方でも教えて貰えばなんとかなるさ」
なんか、この『クウ』って奴が一番話しやすいかもしれないな。
俺はロジャーの方に目線を移すと、ロジャーも俺を見てきた。
「問題ない」
彼は一言そう言うと、空いてる椅子に深く腰をかけた。
「僕の名前はハルシオンと言います。
みなさんにご迷惑がかからない様に頑張りますので
どうぞ宜しくお願い致します」
俺は腰を深く曲げ、日本人なら誰でもするojigiをした。
挨拶は大事だよな。
挨拶一つで今後の運命が変わると言っても過言じゃない。
でも、なんか様子が変だ。
顔を上げてみると全員が「ポカーン」とした顔をしている。
「何やってんだ?お前」みたいな?
どうやらこの世界には、ojigiという挨拶は浸透していない様だった。
まぁ、国が変われば文化も変わる。
仕方が無いと言えばしかたがない。
でも俺は、このスタンスを貫き通す。
だって俺は、日本人なんだから・・・・。
俺は運のいい方なんだろう。
本来なら、試し切り要因にされるか、盗賊団に売られるらしい。
どちらに売られても扱いは酷いものだと、後からクウに聞いた。
食べる物も満足に与えられず、こき使うだけこき使い、用が無くなったら首切りだそうだ。
首を切られない様に頑張らねば。
それに、幸運な事にこのチームには魔術師が居るんだぜ。
どう言う魔術を使うのかは知らないが、俺はその技を盗んで見せるぜ。
新しい仲間。
新しい旅立ち。
ロジャーとの出会いが、俺の運命を大きく変えたと言う事を
この時の俺にはまだ、想像もしていなかった。
第七話
■ 修業をするぞ ■
今日、仲間ができた。
たぶん仲間だと思う。
俺を買った奴らだけど、孤児院のババア共に比べれば良い人そうだ。
とりあえず、叩いたり蹴ったりは、今のところしてこない。
「ハルシオン。お前の仕事は今んとこ雑用だ。
明日から剣の稽古をする」
ロジャーが短く言う。
簡潔にまとめすぎだろ。
やっぱ俺、家政婦に買われたのね…。
「・・・はい」
そこですかさずフォローを入れたのがクウだった。
「雑用って言っても、俺たちの身の回りの世話位だから、
そんなに難しく考えなくてもいいぞ」
「・・・・はい」
やっぱ家政婦じゃんか…。
まっ、いいけどね。
その辺のスキルはバッチリだしな。
「それと、ロジャーの稽古は厳しいぞ。
根を上げるなよ」
「あのう…、聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「何故、僕が剣の稽古を?」
「ああ。迷宮に行くんだから、自分で自分の身くらい守れないとな。
俺達は助けない。
自分で何とかしろ」
「迷宮??!!」
思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
「なんだお前。
冒険者って言ったら迷宮探索だろ。
知らなかったのか?」
「はい。孤児院ではそんな話し聞いた事なかったです」
「そっか…。孤児院か…。」
二人の会話のやり取りを、少し離れた場所から聞いていたロジャーは、顎に手を掛けながら何やら考えている。
ロジャーと言う男が何を考えているかは分からないが、ここの連中はそれほど警戒しなくてもよさそうだ。
六年間、某一流企業で働いてきた俺にとっては、これぐらい些細な人間関係だ。
他人の手柄を平然と自分の物にする上司。
自分の失敗を後輩のせいにする先輩。
他人の足を引っ張る事に命を懸けてるような連中と、今までうまく付き合って来たんだ。
心理作戦なら負けない自信はある。
その為にも、俺は今まで通り子供の振りをして、この世界の常識を学ばなければならない。
この世界は、俺が知ってる常識が通用しないらしいからな。
=====
次の日から俺の仕事が始まった。
朝食の後、クリフとリカルドは剣の稽古。
ファインとクウは買い物。
俺は全員の洗濯物をしてから、ロジャーに剣の稽古をつけて貰った。
ロジャーから木刀の様な物を手渡され、素振りをしてみろと言われる。
隠してたわけじゃないが、俺は中高と剣道部に所属していた事がある。
たぶん基礎は出来てるんじゃないかな。
「なかなか筋がいいな」
ほらな。
「だが、それじゃ魔物は倒せん」
「えっ?!」
「お前の剣には闘気が無い」
「闘気?」
闘気って何だ?
殺気ならわかるが。
「闘気ってのはな。相手を倒そうって言う殺気だ。
だが、殺気だけじゃ魔物は殺せん。
闘気を剣と身に纏って初めて魔物を倒せる」
「・・・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・訳わからん。
ロジャーは、ポカーンとしてる俺を見て、溜息を一つ吐いた。
「殺気だけでは傷を付ける程度。
闘気を纏えば確実に殺れる」
「・・・・どうすれば闘気が纏えるようになるんですか?」
「死にたくない。と、思う事だな」
益々意味が分からん・・・・。
こんな理不尽な世界だから、『死んだ方がマシ』とか思ってる奴が多いって事か。
ってか俺、剣より魔術を教えてほしいんだが。
まっ、追々盗めばいいか。ファインから。
ロジャーの訓練は厳しかった。
素振り100回。
打ち込み100回。
駆け足10km。
この三つを1セットとし、三回やらされる。
初日から死ぬかと思ったわ!
特に打ち込みは、相手があロジャーなので、いとも簡単に受け流される。
甘い打ち込みをすれば、容赦なく叩き込まれ、体には幾つもの痣ができた。
痛い。痛すぎる…。
オヤジにも打たれた事が無いのに!!
「今日はここまでだ」
「ありがとうございました!」
俺は腰を45度に曲げて深くお辞儀をする。
俺は礼儀正しい日本人だからな。
この光景にも慣れてきたのか、ロジャーは特に何も言ってこない。
痛たたた…。
あちこち痣だらけだぜ…。
ヒールをすればこんな痣くらいすぐ治るんだけどさ、そんな事したら怪しまれるしな。
仕方ない、我慢するか…。
一応、光属性(治癒魔法も入る)の俺だけど、この髪の色だと何処まで使っていいのかが分からない。
後でファインにでも聞いとくかな。
稽古の汗を流すために、俺は井戸へと向かった。
一応風呂も存在するが、日中は水浴びと言うのが基本らしい。
確かに、あの浴槽に水を一杯に張るとなると大仕事だしな。
井戸と風呂場、何往復するんだろうと、想像しただけでげんなりする。
だから水術者が手から水を出せばいいと何回も・・・・まっ、細かい事は良いか。
上半身裸。手には濡れた上着。
水浴びをしてスッキリした俺は部屋に戻った。
部屋の中には買い物に行ってたファインとクウが戻って来て、掘り出し物があったとかで騒いでいる。
「いやぁ~、まさか魔導石がこんな所に売ってるなんて、誰が思うよ?」
「ファイン、それずっと探してたもんな」
ファインの手には、緑色に光る石が乗せられていた。
「ほぅ~。それが噂の魔導石か」
ロジャーが興味津々で見ている。
魔導石って何だろ…。
俺は久しぶりに便利アイテム・アイパッド君を召還し、調べてみる。
《《 魔導石 》》
魔力を含んだ石。
色によって効果は異なる。
使用回数:10回
赤:体力(HP)フル充電
青:魔力(MP)フル充電
緑:迷宮等の強制離脱
黄:万病治し
へぇ~、こんな便利アイテムがあったんだ。
「これで迷宮も怖いもんなしっすね!」
クウがおどけるように言う。
その瞬間、『ゴツ』という鈍い音が聞こえた。
「油断はするな。死ぬぞ」
「すいやせん…、兄い…。」
クウは、ロジャーに殴られた頭を摩りながら謝った。
「一つ聞いても良いですか、ファインさん」
「ん?」
「ファインさんはどんな魔術が得意なんですか?」
俺は興味津々だった。
「お前、魔術に興味でもあるのか?」
「はい!」
元気よく答える。
「まぁ…、大した魔術は使えないけどよ。
フラッシュバーニング(目も眩む様な眩い光)だろ、
フォーグ(霧)、ディフェンス(防御)、バイキルト(攻撃力up)
ヒール(怪我治し)ポイズン(毒消し)ポージー(麻痺治し)
こんなとこかな」
えっ…?その程度で良いなら俺も使えそうだな。
なるほどな。そういうスキルがあったのか。
今度練習でもしてみるかな。
「ファインさんは、お医者さんみたいな人なんですね」
俺はわざと大袈裟に、驚くように言ってみた。
「まっ、まあな」
おっ?掴みはOKか?
よし。ファインはおだてに弱いっと・・・メモメモ。
そして俺は新たな魔術を習得した。
習得したと言っても、フラッシュバーニングは光の発光量を増加すればいいだけだし、
ディフェンスは今後の練習次第だな。
ヒールは既に出来るからいいとして、万病退散(自己流命名)が使えるからポイズンとかいらなくね?
もしかして俺ってば、魔術師でもやっていけそう?
こりゃ、職業の幅が広がったね。
治療院開業も夢じゃない!
オラ、わくわくしてきたぞ!!
なんてな。
喜ぶのはまだ早いな。
今のままじゃ防御しか出来ないじゃん。
喧嘩はしたくないけどさ、攻撃呪文の一つや二つくらいは覚えておかないとな。
いざと言う時に自分の身を守る事も出来ないし。
それから数日。
俺の剣さばきも大体板に付いて来たと言う事で、いよいよこの町を離れて迷宮に行く事になった。
荷物持ち兼雑用係として。
なんだか遠足に行く時の気分に似ている。
わくわく、ドキドキ。
めっちゃ興奮するぜ!
ああ~。早く明日にならないかな~。
第八話
■ 剣と魔術 ■
次の日、俺達は予定通りに宿屋を出発した。
ロジャーに買われてから一週間。
自分で自分の身を守れと、みっちり特訓された。
素振り・打ち込み計300回・走り込み30km。
この地獄のような特訓に耐えて、とうとう迷宮に挑戦だ。
なんて言えればカッコいいんだけどね。
本当はただの荷物持ちさ。チッ
=====
町から迷宮までは歩いて二時間。
車だと十五分程度かな。
各自リュックに、食料等最低限の荷物を背負い、迷宮へと繋がる道を歩いていた。
先頭にリカルドとクリフ、真ん中がロジャー。
クウと俺が最後尾だ。
町を出た辺りは見渡しの良い草原でも、一時間も歩くとうっそうとした森林地帯になる。
森の中は魔物が出やすいので、剣士の二人が先陣を切るのだ。
幸か不幸か今のところ魔物の姿は見えない。
最初はクウも俺に話しかけてきてたのだが、今はロジャーと話しをしている。
そうそう、孤児院に居た時には馴染みのなかった言葉がある。
『魔剣士』だ。
『魔剣士』とは一体何なのかとクウに聞いてみたところ、
「ああ~、同じ剣士でもな、魔力の量が少ない奴が『剣士』で、多い奴が『魔剣士』
って言うんだ」
「魔力が多いなら魔術師じゃないんですか?」
「えっとな、『魔術師』になるにはMP量が最低でも5000は必要になる。
それでも少ない方だ。」
「少ないんですか?」
「当たり前だろ!?
索敵したり結界を張ったり、光と闇属性なら補助系呪文を酷使するしな。
炎と水は主に攻撃系だし、高度な呪文を使うとなれば、5000ぽっちじゃ
半日で魔力なんて空っぽよ」
俺は興味津々で食いつくように話しを聞き入っている。
そして尚もクウは話しを続ける。
「要はよ、MP1000未満の奴が『剣士』で、MP1000~2500の奴が『魔剣士』
って呼ばれてるんだ」
あれ?ちょっと待てよ。
髪の色の濃さと魔力って関係ないんじゃないのか?
リカルドは緑の髪でクリフは真っ赤な髪…、なのに魔力量が1000も無いって…。
なんかおかしくね?
「でも魔力は強いんですよね?」
「ああ、魔力量こそは少ないけど、上級魔法を使えるぜ」
「上級って事は、初級とか中級とかもあるんですか?」
「ある。
言っちゃ悪いけどよ、シオン。お前の髪の色だと初級が限界だろうよ。
魔力量も大したことないだろうしな。
精々あっても500が良いとこだろ」
はっ?何言ってんだこいつ。
500のわけないだろ。
ついこの間自分のステータス確認したら、4000はあったぞ?
俺の見間違いじゃなければな。
そう思って、パッド君を召還し、確認をしてみた。
ほら、やっぱり4000だ。見間違いじゃねぇ。
でも何でクウはそう思ってたんだろ。
そんな疑問も浮かんだ。
「それって、迷信とかじゃなくってですか?」
「今までお前と同じように、色の薄い奴を見てきたけど、皆魔力が弱かったな。
それに魔力量も少なかったぜ?
小さな水弾10発も放てれば上出来な方だったよ」
「そうですか・・・・」
あれ?あれあれ??
じゃあ、俺は?
・・・・・クウの言う事が正しければ、俺は『魔剣士』ってやつになれるって事か。
魔剣士か・・・・、どういう戦い方をするんだろう。
まぁ、クウの戦い方を見て研究でもするか。
そんな話をしながら歩いていたが、クウがロジャーに話しかけられ、今は迷宮の攻略について作戦を立てているようだ。
俺はと言うと、町の外をこんなにのんびり歩きながら眺めるのが初めてだったので、少々興奮していたかもしれない。
そんな俺に気が付いたクウが、一人になる時間をくれたのだと思う。
気の付く男は出世するぞ。クウ。
=====
俺は周りの景色を見渡しながら、この世界に転生した時の事を思い出していた。
自爆テロに巻き込まれて死んだはずの俺が、何故か前世の記憶を持ったまま生まれてしまった事。
そしてここは、慣れ親しんだ地球ではないどこかの世界。
人間・獣族・魔族と言う三種類の種族が共存する世界。
獣族や魔族に進化できなかった者達を『魔物』と呼び、時には討伐をする世界。
何故、討伐されるのか。
それは、知力が明らかに足りなく、意思疎通の『言葉』を操れないからだ。
その為、理性と言うものが無い。
目に映る動くものは『殺』、全てが餌に見えるらしい。
町には魔物除けの結界が張ってあるらしく、中には入って来れない。
だから俺は、この世界に魔物と言うものが存在する事を、ついこの間まで知らなかったのだ。
乳児院では皆が親切だった。
だからこの世界も悪くないと思った。
しかし、孤児院では地獄だった。
特にジェシカ。アイツだけは許さん。
少しの間だったが、ロイドは良い奴だったな。
孤児院(あそこ)に行った初日の事は、今でも覚えてる。
「早く入りな」
後ろから蹴飛ばすジェシカ。
俺を小屋の中に入れるとジェシカは無言で出て行った。
「大丈夫か?俺はロイドってんだ。よろしくな」
見た感じ十歳前後の少年だ。
髪の色はピンク。
カラーリングでもしてるのか?って言うくらいに綺麗なピンク色だ。
辺りを見まわすと、十歳前の子供が数人いる。
薄汚れてはいるけど、髪の毛だけはカラフルだ。
クリーム色の髪の子供に、薄い水色髪の子供。
そこに居る子供の全員が、カラーリングをしたみたいに色素の薄いカラフルな髪の色をしている。
そう言えば、馬車の中から見かけた人達は、みんな原色っぽい髪の色をしてたな。
ジェシカは黒髪だったが、御者の男は赤髪だった。
他に見かけた色は…、青‥緑‥オレンジか…。
これってなんか意味でもあるのか?
「お前、名前は何てんだ?」
「・・・・ハルシオン」
「シオン!よろしくな!」
挨拶のしっかりできるガキは嫌いじゃない。
ロイドと言う子供、気に入ったわ。
再び部屋の中に視線を戻すと、部屋はここ一つだけのようだ。
なのにベッドが無い!
一体どこで寝ろと言うんだ?!
見ると、子供達が薄汚れたボロ布を体に纏って、床に座っている。
中にはそのボロ布を蓑虫(みのむし)の様に巻いて寝てる子もいる。
なるほど。そういう事か。
部屋の中も掃除をしていないのか、やけに埃っぽいしな。
ここは孤児院とは名ばかりの軟禁部屋か…。
なんて思ってたんだけどな、軟禁されてるだけじゃなく、奴隷の様にこき使われた。
「グズグズしてないで、これ持ってとっとと洗濯しておいで!」
少し行動が遅いとジェシカに鞭で殴られる。
お前ら、鞭で殴られた事あるか?
無いだろ。めちゃくちゃ痛いんだぜ。
ミミズ腫れが出来るほどにな!
「イテテテテ…。バカ女、いつか殺す」
悔し紛れに小声で言った。
「何かいったかい?」
ギロリと睨まれ、俺は
「イエ…なにも…」
としか言えなかった。
誰だよ。いま「ヘタレ」とか思った奴はよ。
相手は大人でバカ女だぜ?
対する俺は、精神年齢だけは大人だけど、体が五歳なんだぞ?!
勝てる訳が無いじゃねえかよ…。
その五歳のいたいけな子供にだよ?
洗濯籠三倍分の量の洗濯を押し付けるって、考えられんだろ…。
それも手洗いだぜ。
そこで俺は考えた。
桶の中につむじ風を発生させたら洗濯機になるんじゃね?ってね。
結果は。大正解!だったね。
だてに一人暮らしやってたわけじゃないんだわ。
こうなったら徹底的に文明の力を使わせてもらうよ。(隠れてな)
この時点で俺は面白い事を発見した。
同じつむじ風でも、庭掃除の時は『ルンバ』と言えば小さなつむじ風が発生し、
洗濯の時は『渦潮』と言うとつむじ風ができる事を。
これってもしかして…術名関係なくね?
そう理解したら、色々な魔術ができるようになった。
洗い物をしてて手を切ったら『塞がれ』と思うだけで傷が治ったり。
こき使われて「疲れた~」と思った時に、
「ゲームならこう言う時は『ヒール』をすれば回復するんだけどな…。」
ポツリと呟いてしまったんだ。
そしたら、あら不思議。全回復しましたとも!
ワッハッハハ。いけんじゃね?と、思うじゃん?
でもダメだったのさ。
なんでかって?
ふん。MPの量が足りないんだよ。
HP 200/16500 MP 200/35000
パッド君を見たら、ヒール一回につき20消費だとさ。
それでHPを100回復だそうだ。
そんなもん十回も使ったらガス欠よ。
つむじ風も一回につき10消費らしい。
大きさにもよるけど、俺が庭掃除に使う奴が10で、洗濯に使う奴が20消費なんだってさ。
しょっとションボリしちまった俺だけど、とりあえずは、使える時はガス欠になるまで使った。
たまにお使いで買い物に行った時は、途中の川で泳いでる魚が美味そうに見えてな。
どうにかして魚を獲れないもんかと色々考えたさ。
初めは小枝にツタを絡ませてやってみたりしたが、無理だった。
次は手で獲ろうと思ったけど、相手の方が一枚上手で、近付く事さえ許されないかった。
で、昔テレビでやってたマグロ漁を思い出したのさ。
大物はショッカーで電流を流して気絶させてから引き上げるってやつをね。
俺は川の中を悠々自適に泳ぐ魚をロックオンしながら呟く。
「カミナリ!いっけえええ!」
― ガラガラガラ…ドドーン
おお。カミナリ魔術成功だ。
しかし…、雷の直撃を受けた魚は…焦げて大破していた…。
なんてこったい・・・・。
このカミナリ魔術だが、MPを異常に喰う。
ごっそり100持ってかれた。凹むわぁ~。
残りMP10。
なので、静電気くらいの物しか落とせなかった。
が!これが大成功。
ヒクヒクしながら水面に上がってきた魚。
それを一目散に獲りに行く俺。
魚はちょっと気絶してただけのようで、10秒くらいで元気にビチビチと跳ねだす。
生きのいい魚、ゲットだぜ!!(ニンマリ)
魚を獲ったのは良いが、生のまま食べる気にもなれず、明日、魔力が回復したら、今度は火を起こす練習をしようと思う。
それまで魚は部屋の片隅で飼う事にしよう。うん。
と、まぁ、こんな調子で色々と魔術の練習をこっそりやってたんだわ。
ん?何でこっそりやってたのかって?
それはな。
この世界じゃ髪の色素の薄い奴は、魔力が弱いらしい。
髪の色が濃ければ濃い程、魔力が強いんだってよ。
んで、普通以上の魔力を持ってる孤児は向こうの館の方に住まわせてもらって、良い家に貰われて行くか、傭兵に貰われて行くんだとさ。
なら、そっちの方が良くね?とか思うだろ。
だけどな。
ボロ小屋に住んでる子供は、食事も少ししか貰えないんだ。
死なない程度に生かされてるだけ。
可哀想だろ。
だから俺は、あいつ等の目を盗んで、裏庭に小さな畑を作ったりした。
バレないように、結界を張る特訓もした。
そしたらなんかさ、闇スキルって言うのがやたらと出来るようになったわけだ。
ワッハッハハ・・・・闇スキルって何ぞ?!
肝心の光属性スキルが『ヒール』と『カミナリ』だけだけどな!
ああ、そう言えば、小屋の子供が風邪を引いて高熱を出した時に、「病魔退散」とか苦し紛れに呟いたら熱が下がったっけな…。
きっとあれは『解毒』の魔術だったんだろうな。
そのあと、なんか知らんけど、『万病退散』に進化してたわ。
――――――――――
ステータス
ハルシオン(10歳)LV未知数
HP 3500/16500 (剣術の稽古の成果)
MP 4000/35000 (仕事を楽しようと乱使用していたおかげ)
光(一部解除)『ヒール』『万病退散』
炎(一部解除)『炎弾』
水(一部解除)『水弾』
風(一部解除)『ルンバ』『渦潮』
闇(一部解除)『聞き耳』『映像感知』『結界』『影移動』『分身』『地図』
――――――――――
『影移動』は凄いんだぞ。
透明人間になるんだ。
このスキルを使ってジェシカの尻によく蹴りを入れたもんさ。
『分身』が使えるようになったきっかけは、隠れて練習する時になんか良い案はないかと考えててだな。
俺が二人いればいいのにな…、って思ってだな。
そしたら出来ちまったわけだ。
気合いだね。気合い。
気合いと根性でなんとかなるもんだな。うん。
=====
なんて、昔を懐かしみながら歩いていると、いつの間にやら迷宮へとたどり着いたようだ。
「おおぉ~、これが迷宮ですか…凄いですね」
森林の合間の小道を抜けた先に、ひと際大きな崖肌が目に入る。
横幅50m、高さ100m。
真下には大きな空洞が口を開けて、「いらっしゃぁ~い」と言わんばかりに俺達を出迎えてくれている。
「ここの迷宮は地下100階層まであるって噂だ。
なんせ誰も最奥まで行った奴がいないってんだから、あくまでも噂だけどな」
クウが何故か自慢げに教えてくれた。
「・・・じゃあ、クウさん達は何階まで行った事があるんですか?」
「・・・・・・・。20階層までだ…。」
地下100階層まであるというのは、あくまでも噂だ。
誰もそこまでは行った事が無いのだからな。
「20階層まで下りるのにどれくらいかかるんでしょう…」
「それなら大丈夫だ。
前に来た時に、ファインが移動石を埋め込んでたからな」
「ああ、その点は抜かりはないぞ。
だが、欲を言えば、迷宮地図が欲しいけどな」
ファインがサラッと会話に入ってきた。
「迷宮地図は俺らには無理っしょ…。
あれはアサシンスキルを持ってないと見つける事さえ出来ないぜ?」
「アサシンスキルって何ですか?」
「闇スキルの事さ。
別名『アサシン』スキルって言うんだ。
アサシンの持ってる『地図』スキルが無いと、白紙にしか見えないんだよな」
そう言いながらクウはリュックから巻物を出して広げた。
俺はその巻物を覗き込むと、それは白紙ではなく、詳細な地図が書き映し出されていたのだった。
地図が視える事。
その事実を言っても良いものかどうか悩んだが、『迷宮』という危険を伴う洞窟に入るのに、やはり地図と言う物があった方が便利なのではないかと考えた。
それに、ここまで来てしまったんだ。
隠していてもしょうがないよな。
「あの…、僕、それ見えます」
「「「「 なんだとお?!」」」」
四人が一斉に俺の方を向いて叫んだ。
「本当に見えるのか?」
ロジャーが真面目な顔つきで聞いてくる。
「はい」
「やっぱりな。俺の勘は正しかっただろ。クウ」
「ロジャーさんには適いませんや。
どうしてこんな魔力のなさそうなガキを買うのかって思ってたんすが、
そう言う事だったんっすか」
「ああ。俺も半信半疑だったがな」
????
一体どういう事だ?
「どう言う事なんだ?ロジャーさんよ」
いまいち理解をしていないクリフが尋ねた。
ナイス質問だ。
「昔、じいさんが言ってたんだ。
『金・銀の髪を持つ者は、得体の知れない力を秘めてる』とな」
ロジャーの話しを聞いたクリフは、俺に質問する。
「おまえ、他に何ができる」
俺は素直に答えた。
だが、魔術の正式名称など知らないので、
「えっと、体力回復と病気治す事と、水出したり、火を起こしたり?
それと、雷と、透明人間になるやつと、つむじ風。」
つらつらっと名前を挙げて行くと、五人が固まっていた。
「あっ、それと、僕、耳がとってもいいです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ロジャー達五人は、驚きを通り越して呆れたような顔をして、お互いがお互いを見つめ合っている。
そのうちに、全員がいきなり力なく笑い出した。
ハハ・・・・ハハハ・・・・と。
『マジか!?』と言う様な顔をして。
「そいつは凄ぇな・・・・」
と、ポツリとロジャーが呟く。
何が凄いのか俺にはさっぱりわからなかった。
俺にしてみれば、お前らの方が凄ぇよ!
そんな思考を読み取られたのかどうなのかは定かじゃないが、
「魔族や獣族じゃない限り、大抵の人間は属性魔法しか使えないんだぜ。
つまり、俺は『水』兄いとクリフは『炎』リカルドは『風』ファインは『光』だ。
それ以外の魔術は使えない…。って事だ」
クウは確かにそう言った。
そして、クウが話し終わるか終わらないかのうちに、ファインが言う。
「もしかするとこれは…、今回は結構奥までいけるんじゃないかな。
本気でやばくなった時用の、緊急脱出魔法具も手に入れた事だし」
五人は顔を見合わせながら、小さく頷く。
「よし!そうと分かれば早速突入だ!」
俺達六人は、初めの隊列のまま迷宮へと侵入をした。
=====
俺は地図を見ながら、階下へ降りて行く道を教える。
その途中にある宝箱の存在も言いつつだ。
しかし、迷宮の序盤の宝箱は、既に誰かが取りつくした空箱ばかりだった。
開けても何も入っちゃいない。
たまに「おっ?!」っと思って開けてみると、中には気持ちよく昼寝をしている魔物が入っていたり…。
宝箱はベッドじゃないつーの!
一応俺も剣術を習った身だし?
チョットばかり実践したくなるじゃん?
弱そうな魔物を相手に、ロジャーに習った構えで戦いを挑んでみた。
楽勝とはいかないまでも、何とか倒す事に成功。
それでもかなりやられたがな。
でもヒールをすれば回復だ。
致命傷を負わされない限り、自己回復な俺。
今のところ俺しか怪我してないという事実にチョット凹むわ~。
まぁ、当然と言っちゃ当然なんだろうけどね。
皆のステータスをパッド君で見たらさ、パネェ強さだった。
―――――
ロジャー:ランクA HP8000 MP3000
魔剣士ってやつだな。
リカルド:ランクB HP6500 MP999
クリフ:ランクB HP7000 MP980
クウ:ランクA HP7000 MP3000
ファイン:ランクB HP3500 MP7800
―――――
どうやら、この世界の『ルール』ってやつがあるみたいだ。
Cランク:体力(HP)魔力(MP)供に1000以下なら一般市民とみなされる。
Bランク:体力、魔力のどちらかが1000以下の者。
Aランク:体力5000以上、魔力3000以上。
Sランク:体力、魔力、供に8000以上の者。
以上、が戦士と名乗れる定義だそうだ。
なら、俺はBランクってとこだろう。
そうそう、特Sって言うランクもあるらしいぜ。
体力、魔力が供に10000以上だそうだ。
化け物だな…。
話しがズレてしまったが、今は地下第19階層まで来た。
この階段を降りれば20階層だ。
「あのぅ~…、つかぬことをお聞きして良いでしょうか?」
「なんだ?どうした?」
「前回は何故、20階層で諦めたんですか?」
「・・・・・・・。20階層にはな、門番がいるんだよ」
「門番ですか・・・・」
『門番』と言えば、連想するのは地獄の門番である鬼とか、RPG的に言えば、ケンタウロスとかドラゴン系を思い浮かべる。
間違ってもスライムとかは浮かんでこない。
まぁ、門番と言われるくらいなんだから、結構ごつくて強い奴なんだとは思う。
はい!20階層に到着!
ファンが魔術で火の玉みたいのを、ここに来るまでずっと出してたんだけど、その火の玉目掛けて何かが飛んできた。
― バサバサバサ
先頭にいたリカルドが、いきなり剣を抜きその何かを真っ二つに切る。
ドサッ と落ちたそれを見ると、コウモリだった。
「コ…コウモリ?」
「吸血コウモリだ」
ひえええぇぇぇぇぇぇ
そんな話し聞いてませんぜ旦那!
俺は注射が大っ嫌いなんだよ!!
「来るぞ」
ロジャーさん…、何故そんなに落ち着いていられるんですか?
帰りたくなってきたぜ…。
― バサバサバサバサ
無数の羽音が聞こえる。
羽音は聞こえるんだけどさ。
ファイン!火の玉ちっせーよ!!
もっとデカくしろよ!
周りが見えないだろ!!
ああもう!
何処から飛んで来るのかわっかんねえぞ…。
っと、思ったら、目の前にコウモリが。
「来るな!こっちに来るな!!俺の血なんか不味くて吸えないぞ!!」
「シオン!騒いでる暇があったらたたっ切れ!」
ロジャーに怒られた…。
しゃーないな。殺るしかないのか。
吸血コウモリは嗅覚が良いのか、迷いなく俺達の方へ突進してくる。
それを剣で切り落とすが、数が多すぎだよ。
俺の所だけでも10匹は来たぞ。
味方同士傷つけあわない様に、少し距離を取りながらの撃退だったんだが、そうすると中々進めないんだよな…。
どうすっかな…。
あっ。
閃いたわ!
ふっふっふ。
これ、たぶん俺にしか出来ないと思う。
「みなさーん!僕の所に集まって下さーい!」
大声でみんなを呼んだ。
===========================================
さて、これから俺は、いったい何をするのでしょうか!
分かるかな?諸君!♪
第九話
■ 20階層の門番 吸血ジャミラ■
「どうした」
「何だよこんな時に」
「ションベンでも漏らしたか?」
「違いますっ!
とりあえず僕を囲むように、周りに集まって下さい」
「何する気だ!?」
「実験です!」
そう言って俺は、自分達を囲む大きさのシールドを張る。
「「「「「 おおぉ! 」」」」」
歓喜の声が上がった。
シールドにぶつかったコウモリは、地面に落下をするが、直ぐさま体勢を立て直し再度向かってくる。
徐々にその数も増え、シールドの周りは黒い塊に覆われてしまう。
「キモイな…」
「キモイですね…」
「ああ」
「で?どうすんだ?これ」
「えっとですね。
この防護壁に電流を流してみようかと…・」
俺の考えを当てたやつはいるか?
ほら、よくコンビニとかでさ、夏になると蚊や蛾を退治するアレ。
光に群がった途端に ― バチバチッ って言うアレだよ。
入り口付近に大量の死骸が…。
そう。それの応用編だ。
コウモリが明るい俺達の方へやって来るだろ?
そしたら見えない壁にぶつかるわな。
ただぶつかっただけなら、スズメでも直ぐに体制立て直して飛んでくよな?
でもさ。そこに電流が流れてたら?
そそ。正解。
コウモリは、あのコンビニの入り口付近にある屍のようになる。
という寸法さ♪
これなら剣で応戦しなくても、勝手に飛んできて、勝手にぶつかって。
そして・・・・、南無阿弥陀仏。チーン。
ちょっと可哀想だけどさ、しかたがないよね?
では、電流ON
― バチバチッ バチンッ バチバチバチッ
― ドスッ ドサッ バサッ
はい。いい感じに黒い絨毯がひけました。
「キモイな…」
「キモイですね…」
「「「 ・・・・・・・・・・・・・。」」」
俺達は、電流シールドを周りに張りながら、シールドと一緒に移動した。
これ、魔力調節が超微妙なんだよ。
俺達より早すぎても遅すぎても、シールドに触れれば確実に死ぬ。
だから、それなりの空間が必要になる。
両手を広げても触れない程度のね。
広い通路や部屋なら良いんでけどさ、狭い通路はきついぞ?
縦一列で歩くのは基本だわな。
まぁ、普通に歩くならかまわないさ。
問題は、平均台の上を歩くように歩かなきゃいけない事だ。
ちょっとでもバランスを崩して壁に手でも付けば、
― バチバチバチッ
ってなる。
南無阿弥陀仏…。
平らな道ならいいよ?
しかし、地面には黒い絨毯だ。
おまけに元からの凸凹道。
コウモリをスルー出来るのは良いけどさ、違った意味での緊張感から来る変な汗がダックダク。
これならコウモリ切ってた方がまだマシだったかもしれないな。
=====
さてと。
今回の目標である地下20階層のボスに会う前に、一旦休憩をとる事になった。
1階層から20階層までノンストップで降りて来たんだぜ?
そりゃあ疲れるだろ。
ん?なんで20階層から始めなかったのかって?
お前らなぁ~・・・・。
俺を殺す気か?!
俺はな。
自慢じゃないがど素人だ!
迷宮を見たのも初めてだし、入るのも勿論初めてなんだよ!
どんな敵がいるのかも分からんのに、いきなり20階層に突っ込まれても足を引っ張るだけだろうが。
逆に聞くけどさ。
お前らプールで泳げるようになったからって、いきなり太平洋の沖合に放り込まれてみろよ。
そこから岸まで10㌔だから泳いで帰って来いって言われたらどうするよ?
いくら先輩と一緒だからって言ってもさ、無理だべ?
そう言う事だ。
まっ、丁度腹もすいてた事だし、美味しくいただきましたとも。
鳥の丸焼きをね。
味付けは塩のみ。
食材は自分で拾ってくる。
食べる分だけね。
なんたって絨毯の様に転がってるからね♪
これが本当の自給自足…慣れたくないわぁ~…。
火を起こしたり水を出したりしたのが、意外な事に俺だった。
他の人は出来ないんだってさ。
火を起こす事は出来てもさ、水をチョロチョロと手から出す事ができないって言うのにはビックリだ。
どうやっても水弾になるみたいだな。
そこら辺水浸しになったぜ。
「そろそろ行くか」
「おー」
「そうっすね」
「どっこいしょっ」
「ファインさんジジ臭いっすよ」
みんな元気だな。
とりあえず俺も行くとするか。
それから数十分歩くと、門番がいるという部屋についた。
「このドアの向こうがそうだ」
「はい」
俺は生唾を飲み込んだ。
― ギギギギーッ
ドアを開けると、奴はそこにいた。
黒いマントを頭からすっぽり被り、体は少し宙に浮いている。
顔は良く見えないが、色的には黒い。
そして目だけが赤く光って見える。
不気味だ。
「アイツが門番の『吸血ジャミラ』だ。準備は良いか?行くぞ!」
ファインが詠唱をして全員にバイキルトをかける。
かけ終わるとすかさず、今度は防御力、俊敏力の魔術をかけた。
リカルドとクリフは特攻して行き、ジャミラに切り掛かる。
クウとロジャーは剣を魔術で覆い、クウは遠くから剣を振るう。
クウの剣先からは水の刃が一振り事に飛び出し、門番を切り付けた。
ロジャーの剣は炎の剣へと変身して、ジャミラを一刀両断にした。
それらの出来事を俺は唖然として見ていたんだが、こんなに強いのに何故前回は負けたのかと不思議に思っていた。
と、その時だった。
切られたはずの部位がユラユラと煙の様に宙を漂ったかと思うと、ピタッと元の場所に戻りよった!
なんじゃこりゃああああああ!!
これはあかんわ…。
切る意味ねぇし…。
どうしたもんかな…。
俺は元の世界の記憶をフル動員したよ!
思い出せ。思い出せ。
さっき居たのは吸血コウモリ。
吸血コウモリの親玉と言えば…、アイツだ!
吸血鬼。
吸血鬼と言えば太陽の光に弱い!
これだ!!
・・・・・・・・・・・・・・・・。
ここ洞窟の中やん…。
アカン…。
あっ…!
吸血鬼ってアンデットに分類されるんじゃなかったっけ?
・・・・・って事は。
ヒール!
たぶん答えはこれで合ってるはずだ。
試してみる価値はあるな。
「ファインさん!門番にヒールをしてあげてください!」
「何トチ狂ってんだよシオン!敵をわざわざ回復してやるバカが何処にいるってんだよ!」
クウが物凄い剣幕で怒りながら怒鳴った。
「このまま普通に戦っても勝ち目なんてありませんよ?
一度試してみてください。ファインさん!」
「どうなっても知らないからな!」
そう言ってファインさんは門番にヒールをした。
あっ…、やっぱりね。
かなり苦しがってるな。
おし!この勝負貰ったわ!
「僕も手伝います、ファインさん!」
俺とファインさんは門番の吸血鬼ジャミラに向かってヒールをぶっ放した。
そりゃあもう、休む暇もなくね。
― ギャアアアアアアアアッッ
「ハァハァハァ…
やったな…シオン…」
「はい!・・・・ハァハァ…」
肩で息をしながら俺達は顔を見合い、そして小さく頷いた。
門番が守っていた宝箱を開けてみると、ロングソードが入ってた。
「こりゃ凄ぇ…」
「これが吸鬼の剣(ジャミラ ノ ツルギ)か・・・」
「こんなの初めて見たっす…」
「ヤバイな…」
どうやら、吸鬼の剣はレア品らしい。
この宝箱というやつは、運で決まる。
今回はレア品だったが、ほとんどの場合が『お金』か、そこらの店でも手に入る『武器』なんだと。
魔力をすっからかんにして頑張ったかいがあるってもんだぜ。
=====
魔力切れの俺とファインさん。
このまま先に進むのは危険と判断し、次の階層への扉を開き、階段の途中で魔力が戻るまで休む事になった。
何故か階段だけには魔物が現れないんだわ。
まぁ、要は休憩と言う名の野宿だけどな。
そんじゃおやすみ。
おはよう。
洞窟の中だから、朝なのかどうかは今一疑問だが、魔力が回復してるところを見ると朝なんだろうな。
って事で、腹も減った事だし、食料調達がてら先に進む事になった。
20階層より下に行くと、今までとは比べ物にならないくらいに、強い魔物達が朝の挨拶をしにやって来た。
スケルトン・スケルトンキング・ワーム(むかで)・巨大毒蜘蛛・等々。
奴らは群れを成さないからいいけど、一匹でもそれなりの強さがあるからな。
でもこいつ等、良い金になるんだってよ。
スケルトンは・・・置いといて。
ワームなら皮を剥げば、武具に加工できるからかなりいい金額になる。
毒蜘蛛の粘液は薄めれば薬になるし、歯は短剣に加工できる。
今回潜った分だけで、250万ルピで売れるらしい。
ってか、俺の取り分ってあるのか?
30階層まで来たあたりで、みんなの荷物がパンパンだ。
ここで一旦引き揚げて、獲った獲物を換金しようと言う事になった。
この間ファインが買った『帰還の石』を使い、マーキングしてから洞窟を後にした。
次回は30階層から始めるんだと。
吸血の剣は皆が欲しがったのでジャンケンになった。
勝ったのはクウだ。
負けた三人は悔しそうな顔だな。おい。
ワームの皮や毒蜘蛛の毒などを売った金額は、ロジャーの見立て通り258万ルピになった。
1人五十万づつで、残りの八万が俺の取り分だってさ。
少なすぎだろおおおおおお!!!
俺頑張ったよ?
魔力すっからかんになるまで頑張ったよ?
言いたくないけどさ。
俺のおかげでジャミラを倒せたようなもんじゃん?
それなのに八万って・・・・。
グレていいかな?
でもまぁ、一銭も貰えないよりはマシか…。
=====
はい。只今豪遊中です。
今回の各自取り分を分けた後、皆で晩御飯を食べに居酒屋のような所にやって来た。
もうね。飲めや歌えの大騒ぎ。
ロジャーは酒を樽で飲みだしてるし。
他の四人も何杯飲んだかわからん。
俺は子供だから飲めないって事で、アレ食えコレ食えと散々食わされた。
腹キッツ・・・・。
もう喰えねぇ…。
あぁあ。みんな酔っ払っちゃって。
なんか暇だな…。
もう帰っていっかな…。
ザワザワとざわつく店内の声が、ふと、耳に入ってきた。
「おい、聞いたか?あの噂」
「ああ。これからこの国はどうなるんだ?」
あの噂ってどんな噂だ?
「やっぱ、次期王は第一王子のシュレッダー様じゃねぇの?」
「いやいや。第三王子のジェイソン様だってー話だぞ?」
シュレッダーとかジェイソンとか凄ぇ名前だなコリャ。
実に切れ味が良さそうな名前だ。
「王様が病で臥(ふ)せってるって話だ。荒れるぜ?」
「内戦にならなきゃいいがな」
「内戦ならまだマシだろ。この隙を狙ってマルタが攻めてこないとも限らん」
「そうだな」
「それとよ。これも噂なんだが。
数年前に亡くなった第二王子のジェームス様。
表向きが病死だってぇ話だが、本当は暗殺されたって話だ」
「おいおい、マジかよ」
「ああ。あくまでも噂だがな。
自分が頼まれて殺ったって言ってた奴がいるんだとよ」
「マジか…。
で…、どっちが殺ったんだ?」
「ジェイソン様だてぇ話だ」
ほうほう。
この国の王様が倒れたか。
そんで跡目争いが勃発、か。
何処の世界も醜いねぇ~。
まぁ、俺には関係ないけどな。
「おーし!ボウズ。食べてるか!?」
「ボウズじゃないです…、ハルシオンです…」
「ハッハッハッハ。そういじけるなシオン!」
もう、何なんだよこの人達は…。
さっきまで俺の事なんて忘れてたくせによ。
まっ、いっか。
こう言う生活も悪くはないな。
そう。この時は本当にそう思っていた。
この生活がいつまでも続くものだと。
第十話
■ 第一王子と第三王子■
ここは王宮。
第三王子の部屋。
第三王子のジェイソンが、王様の弟にあたるウスラ大臣と話している。
厭(いや)らしい笑みを浮かべながらの密談だ。
「叔父上。ジェームス兄上を亡き者にしたは良いのだが、他に父上の子供は
いないのだろうな」
「ふん。抜かりはないわ。
今までに何人身ごもった女を始末してきたと思っておるのだ」
「それを聞いて安心したぞ」
「だが、一人だけ腑に落ちぬ女がいた…」
「と、申すと?」
「確かにあの女は臨月だったはずじゃ。
生まれてくる前に息の根を止めるように部下に命じて始末させたはずなんじゃが
切られても尚、馬に乗って逃げおった女がいた。
確か名は『アマンダ』と言ったか…。
直ぐに見つけ出し死亡を確認したんじゃが、一回り小さくなってたような気も
しなくもない・・・。」
「確かに死んでおったのだな?」
「ああ。その後に、炎弾で灰と化してやったわ。フォッフォッフォ」
「ならば、後は兄上のシュレッダーだけと言う事か」
「その通りじゃ」
町での噂は当たっていた。
この第三王子ジェイソンとウスラ大臣が手を組み、王位継承権がある可能性のある者を次々と殺害していたのだった。
それもかなり昔からだ。
「父上にも困ったものだ。側室の侍女にまで手を出そうとは」
「まったくじゃ。あの女ときたら、刀で切っても逃げおって」
そして此方は第一王子シュレッダーの自室。
「ジェイソンの様子はどうだ」
「はっ!今は自室にてウスラ大臣と密会中でございます」
「今度はどんな悪巧みを考えている事やら」
「今までの手口から考えますと、次に狙ってくるのは多分…
明後日の城下視察の時ではないかと考えられますが…」
「確かにな。人混みに紛れて何かひと波乱あるかも知れないな」
とにかく仲が悪い兄弟のようである。
王位継承権から言えば、正妃の子供であるシュレッダーが第一位である。
ジェイソンは側室の1人である、隣国『シャブリ国』の第一王女『マリアナ』の一人息子。
殺されたジェームスは、小国『セブン島王国』第三王女の息子だった。
そして、その王女に附いて来ていた侍女と言うのが、ハルシオンの母親である。
このまま病床に伏している王様が亡くなれば、第一王子であるシュレッダーがその王位に就く。
シュレッダーは勉強熱心で真面目な性格。
臣下の話しを良く聞き、色眼鏡や思い込みでは決して判断をしない。
その為、優柔不断とか気が弱いと思っている人も中にはいるのだ。
つまり、強引な人間にとっては頼りにならない人物に映っていた。
対してジェイソンは、強引に物事を決め行動をする。
シュレッダーが十年先を見据えて行動をとるとするならば、ジェイソンは目先の利益の為に行動をする。
何方が王に相応しいかはその人によるだろう。
国を豊かに。
民の生活を豊かに。
そう考えているのが第一王子シュレッダーだ。
国を強固に。
国に利益を。
これが第三王子ジェイソンの考えである。
前者は民の生活を安定させて国を繁栄させる事。
後者は、国力を強くするために軍事に力を入れ繁栄させる事。
どちらも間違ってはいない。
が、どちらか片方しか出来ないと言う訳でもないのに、何故かその考えに固執してしまっていたのだ。
トピック検索 |