ムーン 2016-02-18 17:52:07 |
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第二十四話
■ ザイル星を目指したその先に… ■
あれから五日が経ったが一向に島らしき影が見えてこない。おかしい。
ローズは当然の事ながら食料など持っちゃいないし、自分の飲み水も出せないらしい。
一度やらせようとしたら、危なく船を壊されそうになってしまい、結局は俺が水係となる。
食べ物も持っていないので、仕方なく俺の常備品を分けてやったら
「そんな汚い袋に入ってる物なんて食べられるわけないでしょ!
アタシがお腹を壊したらどう責任を取ってくれるのよ!」
だとさ。
それでも空腹には勝てなかったのか、最終的には食ってたけどな。
こいつ海に捨ててもいいかな?冗談だけど。
で、文句ばかり言うから新鮮な獲りたての魚でも食わせようと思って釣ったら、今度は
「生でなんて食べれるわけないでしょ!野蛮人!!」
と、来たもんだ。
仕方がないから手造り七輪で焼いてやったよ。
土魔法で形を作って、それを火魔法で焼き固めて出来上がりの自由研究程度の造りだけど、これが結構重宝するんだわ。
そう言う訳だから食い物や飲み物に関しては問題無かったな。
じゃ、何が問題なのかというとだな。
このお嬢様、ほんとーーーーーーーーーーーに、働かない。
ただ飯食うだけの役立たず。リアル
「なぁ」
「何よ」
「疲れたから少し変わってくれね?」
「まさかアタシに船を漕げと言うのかしら?」
「そのまさかだ」
「いやよ。絶対に嫌」
「お前な…、食料も俺に世話されて、揚げ句の果ては漕ぎ手も俺か?
言っとくけどな。俺はお前の奴隷じゃない」
「似たようなもんでしょ!」
「いや、全く違うから!」
そんな不毛な言い合いをしていると、シルバーが何かを感知したようだ。
鼻をヒクヒクさせながら遠くを見つめている。
『陸があるぞ。土と草の香りがする』
どっちの方角だ。
『このまま真っ直ぐだ』
分かった。ありがとう、シルバー。
俺はそのまま木の板に魔力を注ぎ込んだ。
この程度の魔力なら疲れる事はないんだが、長時間同じ体勢って言うのが疲れるんだな。
でもアシデに着けばローズからも解放されるし頑張るか!
それから一時間後。アシデ島が見えてきた。
でも何かおかしい。島にしては大きすぎる。
はて???
※お詫び
反映されない言葉が入ってたようで、変な重複になってしまいました事をお詫びいたします。
(読んでくださる方がいると信じて)笑
=====
・・・・・・・・・・ここは何処ですか?
答え。魔大陸だそうですよ、奥さん。
何でだああああああああああああああああああああ!!!!!
クリフに言われた通りに、ザイル星に向かって進めて来たのに、何で魔大陸なんだよ…。
てか、魔大陸って何処に在ったんだよ…。
怪しすぎる名前なんですけど!
でも、見た限りゴルティア国と変わりないような…。
あっ、そうでもないか。
人族より魔族や獣族の方が多いかな。
それでも一応人族も居る事だし何とかなるだろ。
こういう場合は何処に行けばいいんだ?
大使館なんてあるわけないし。
警備兵とか門番あたりに聞けば良いのかな。
取り敢えず、今晩の宿屋を探してそこで聞いてみるか。
三十分ほど前、俺達はアシデ島だと思っていた砂浜に漂着した。
そこにボートを乗り捨て、徒歩で町を目指し歩いた。
俺の探索では、二㌔ほど先に大勢の魔力反応が映し出されたので、この数からいって魔物ではなく人だろうと判断した。
あまり使われてないのか、町に続く道も細い獣道状態で、草木を掻き分けながらの移動となる。
先頭はシルバー。真ん中が俺。最後から付いて来るのがローズだったが、やれ木が当たって痛いだの、虫が飛んでるなどと文句タラタラである。
道を掻き分けながら俺は最終確認を怠らない。
いくら女の子とはいっても俺よりは二つも年上だし、世間では十五歳は成人と言われてるんだから問題ないよな。
それに、町に入ってしまえば一人でも大丈夫だろう。
元々一人でアシデに来る予定だったんだし。
「町に着いたら俺達はそこで別れるって事でいいんだよな」
「当たり前じゃない」
そんな会話の後、町に着いてみるとどうもおかしい。
異常に町がデカすぎるのだ。
そもそもアシデ島自体を知らない俺は、こんなもんなのかと思っていたが、ローズが呟いた。
「アシデ島じゃない…」
「へっ?」
「前に来た時はもっと高い家が立ち並んでたわ。それに…」
「それに?」
「魔族や獣族が多すぎる」
「・・・・・・・・・・・」
町に違和感を感じてるローズだったが、やはりここでも自分から動こうとはしない。
業を煮やした俺は、食料補給も含めて饅頭屋の屋台に近寄って行き、買い物をしながら聞く事にした。
これはクウが良く使っていた手だ。
「あばちゃん饅頭五個ちょうだい」
「あいよ」
「あっ、そうだ。僕たち此処初めてなんだけど、なんていう街なのかな?」
「何だい。お前さん一人旅なのかい?」
「うん。そんな感じ」
「ここはサフレの街だよ」
「サフレ?」
「知らないのかい?魔大陸で唯一中立の街さ」
魔大陸だってえええええええええええええ!!??
魔大陸って・・・・・何処だよ・・・・。
と言う訳で、今の状況に至る。
どうしてこうなった・・・・・。
惚けててもしょうがない。
本来行くはずだったアシデ島じゃないって事が分かった今、俺達がしなければいけない事は一つだ。
アシデ島に行く船を見つける事。
しかし困った。
船着き場に船は、今は一隻も見えない。
あるのは小型の漁船ぐらいだ。それも手漕ぎの。
船の切符売り場の様な所はあるものの、人はおらず閉まっている。
今日はもう出港はしないんだろうな。
さてどうするか。
とりあえずは日が暮れる前に宿屋でも探すか。
魔大陸と言う事だけは分かったが、それ以外の情報が全く無いのがいたいな。
・・・・・ちょっと待てよ。ここは魔大陸と言ったよな。
俺達が居た所は確か《人大陸》だったはずだ。
って事は、別の大陸と言う事か。
ユーラシア大陸とアフリカ大陸みたいに繋がった大陸なのか、それとも北アメリカ大陸の様に海を挟んでの大陸なのか…、どっちだ。
後者なら…。そう考えると冷汗が出て来た。
「何一人でブツブツ言ってるのよ。気持ち悪いわね」
ローズは俺の後ろをずっと付いて来てたようで、独り言を言ってる俺を訝しげな顔で見ている。
「取り敢えず宿屋を探すぞ」
「ちょっと!アタシに命令しないでくれる?生意気なのよアンタ!」
海遭難から五日、ずっとこの調子だ。
イラッとは来るけどもう慣れてしまっている自分が怖いわ。
「あー、はいはい。
俺は宿屋を探すけどローズは好きにしていいよ」
「ちょっ!アタシも探すわよ!」
うん。ちょっと扱いに慣れて来たぞ。
ほんと、黙ってれば可愛いのに、残念な子だよな。
宿屋を探しながら大通りを歩くと、以外と宿屋の数は多く直ぐに見つかった。
ローズも居る事だしセキュリティーの安全な宿屋を選んだ。
どうせ安宿なんかには泊まりたくない、とか駄々を捏ねるに決まっているからだ。
手頃な値段で安全そうな宿を見つけ、チェックインをするために宿の扉を開ける。
入って直ぐにカウンターがあり、右手の方には食堂の入り口がある。
外に食べに行かない分安全だな。夜中は煩そうだけど。
そうと決まれば部屋を取ろう。
俺はカウンターの上に置いてある鈴を鳴らした。
― チリン チリン…
カウンターの奥にある扉から、犬耳を頭に着け、フサフサの尻尾を揺らしながら宿屋のおっさんが出て来た。
ここは獣族の人が経営してる宿だったのか…。
おっさんはニヤニヤとしながら。
「二人かい?」と尋ねて来た。
二人って事はローズとって事だよな。
何勘違いしてるんだかこのおっさんは。
「いえ。俺とシルバーです」
そう言ってシルバーが見えやすいように、足元に大人しくいたシルバーを抱き上げた。
おっさんはシルバーの姿を見た瞬間固まっている。
どうしたんだ。一体何があった。この短時間で!
「あの~…」
ハッ!と我に返ったのか、おっさんは気を取り直し、
「えっ?!いやっ。ちょっと驚いてだな…」
歯切れが悪いが、この宿はペット禁止だったのかな。
「ここはペット禁止の宿ですか?」
「ぺっ、ペットだと?!」
何でそんなに驚くんだよ…。
従魔は良くても犬はダメなのかよ!
『俺は犬じゃない!』
シルバー、ちょっと黙ってようか。
『犬じゃないし…』
「はい、俺が飼ってるペットのシルバーです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
おっさんの目が虚ろになって何処かに彷徨っている。
いったい何だって言うんだよぉ!
『アン アン!(泊めるのか泊めないのかどっちなんだよ!)』
「は、はい!!!ご宿泊ですね!喜んでお部屋をご用意いたします!ハイ!」
えっと・・・、これはもしかして…。
俺は微妙な、犬と狼の力関係を連想した。
狼の遠吠え一つで町中の犬が反応をし吠えだすと言う話しを昔聞いた事がある。
飼い犬より野良犬。野良犬より狼。そんな感じの力関係があったはずだ。
そして犬は、自分より強い相手には腹を見せて降伏のポーズを取ると。
おっさんは腹を見せはしなかったが、完璧に降伏状態の様だった。
シルバー…怖い子。
部屋を取る前に確認しなきゃな。
「えっと。ここから船は何処まで行きますか?」
「何処に行きたいんだ」
「アシデ島です」
「アシデ島なら明後日出港するはずだよ」
「明後日ですか。なら二泊分お願いします」
「分かった。一泊大銅貨五枚で二日分だから銀貨一枚になるが良いかな?」
「それでお願いします」
俺は袋から銀貨を一枚出して渡した。
「はいよ。確かに。で、そっちのお嬢さんはどうするんだい?」
「お願いするわ」
「何泊だい?」
「二泊でお願い」
ローズも二泊取り、それぞれの部屋へと案内してもらう。
「こっちがお嬢ちゃんで、向こう側がお前さんの部屋だ。
後、晩御飯と朝食が付くから下の食堂まで降りてきな」
俺は軽く会釈をすると、自分の部屋の鍵を受け取り中に入った。
=====
ドアを開けると、部屋の広さは六畳間くらいだ。
両脇が客室なので窓は正面に一つだけある。
窓の下にシングルのベッド。
左側のドア付近にテーブルと椅子が一脚。
右の壁には荷物が置けるスペースが有る造り棚があり、棚の下には大きな荷物でも置けるようにしているのか、何もない空間だ。
シオンの荷物はというと、腰に装着している無限異空間袋と剣。
それと、獲物の解体や料理などに使うと便利な短剣くらいしか無い。
他の冒険者や旅行者に比べるとかなり身軽だ。
部屋に入ると俺はそのままベッドに腰を掛け、乗っていた船が沈没した後の事を考える。
クリフに言われた通りにザイル星を目指してボートを進めて来たが、流れ着いたのは魔大陸だ。
クリフが嘘を言わない限りこんな事にはなるはずがない。
嘘?まさかな。
クリフは冗談好きではあったが、嘘は言わない男だ。
・・・・・・待てよ。
クリフが冗談で言った事を俺が真に受けたとしたら?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
大きな溜息をついた。
こんな時に闇の精霊王のベルが居てくれれば何の問題も無いのにな。
精霊というのは自分の生まれた大陸を離れられないらしく、付いて行く事ができないと言った。
ここはダメ元でパッド君でも見て見るか。
意外な事に俺の地図スキルが力を発揮したようだ。
今まで俺が見ていた地図は人大陸のみしか映し出されていなかった。
人大陸の周りは全て海で囲まれてたはずだったのに、今は魔大陸の姿が映し出されている。
その大きさは人大陸に匹敵するほど大きい。
そしてチョコンと豆の様に書かれているアシデ島もあった。
おぃおぃおぃ・・・・方向全然違うじゃないかよ。
アシデ島の位置は左下に大きくずれて浮かんでいた。
クリフめ。嘘を教えやがったな…。
クリフは嘘を言ったわけではない。
一人離れる事に落ち込んでいるシオンに対し、冗談で言っただけだった。
まさか乗ってる船が沈没するとは思ってもいなかったんだろう。
沈没さえに無ければ遭難する事も無い。
そのまま船でアシデ島について終わりだ。
軽い気持ちで吐いた冗談のせいで、シオンがこんな事になっているとは想像もしていないだろう。
ガックリと肩を落とし溜息をつくシオンだったが、気を取り直し魔大陸について調べてみる。
《魔大陸》
元々は魔物が住んでいた大陸。
魔物の中には進化をする種族がおり、極稀に進化をする事が確認されている。
体の一部が人間のようになると、知能も人間に近付き言葉も理解できるようになる。
単体で最終進化の妖魔まで行く者もいれば、進化した魔物同士の配合で更に進化できる子供が生まれる。
一般的に、普通の進化を成し遂げた場合、最終進化は《獣人》になる。
この場合、普通の人間と見た目があまり変わらなくなり、知能も人間並みか少し劣る程度だ。
ただし。体の一部に元である獣の証が残る。
魔大陸は人大陸と違い、多くの魔素で出来ている。
魔素とは魔力に必要不可欠な物とされ、これを多く取り込む事によって魔物は力を発揮する。
人間は魔素をそれ程取り込まなくとも、体内で魔素を作る事が可能なので必要はない。
この魔素のおかげで、枯渇した魔力が幾分早く回復できる程度だ。
したがって、魔大陸に住む魔物は、人大陸の魔物よりかなり強い。
人大陸の魔物よりワンランク上の力だと思えばいいだろう。
マジか・・・・。
って事は、最弱なゴブリンがオーク位の強さがあるって事だよな。
面白そうな大陸だな。
あっ、まだ何か書いてあるぞ。
何々。魔大陸は力を求める者の修練場所には最適だと?
ただし、その道のりは過酷で命の保証はしない・・・・って、何だよこれ!
自己責任でやれって事かよ。
でも考えてみりゃ、数カ月は迎えに来ないんだよな。
その間にここで修業をするのも悪くないよな。
魔大陸で俺が噂になったとしても、人大陸まではいかないだろうし。
これはチャンスかもしれない。
半年位修業して、その後でアシデ島に向かおう。
あ~・・・・、そうなるとギルドとかに入って冒険者にならないといけないのか。
俺この間十三歳になったばかりなんだよな…。
ダメ元でギルドにでも行ってみるかな。
そう思った俺は、早速着替えてから下に下りて行き、カウンターに居たおっさんにギルドの場所を聞く。
ギルドは目の前の大通りを左に真っ直ぐに行った場所に在り、かなり目立つ建物だから迷わないだろうと言われた。
=====
うん。これはかなり目立つな。
ピンク色の外壁にミニチュアなお城版だ。
入り口の上にでかでかと「サフレ ギルド支部」と書いてなきゃラブホかと思うぞ…。
これを作った奴の趣味を疑うね。
俺は呆気にとられながらギルドの前で立ち止まり、気を取り直して扉を開けて中に入った。
ギルドの中はその外装とは裏腹に、厳つい男達で溢れかえっている。
人族が五割、獣族が四割で魔族が一割という感じに見える。
魔族は人族と殆ど変わりはないが、大きな特徴として瞳が赤い。
当然魔族と呼ばれるのだから、その魔力も人族より大きい。
なら魔族の方が幅を利かせてるんじゃないかと思われがちだが、魔族は筋肉が発達しない為に、剣術や武術が全くと言っていいほどできない。
遠距離からの攻撃には向いてても、近距離からの攻撃や闇討ちには対処できにくいのだ。
獣族は、人族より遥かに体が丈夫で、種族によっては俊敏さもかなり高いものとなっている。
腕力に長けている獣族は、その分魔力が低いのが特徴だ。
したがって、別種族同士で協力し合うというチーム編成がこの魔大陸では一般的だそうだ。
受付カウンターが四か所あるが何処で登録すればいいんだ?
入り口の直ぐ側に立ちキョロキョロと見回してると、中に居た冒険者の男達が俺の方を見ている。
やっぱり十五歳にならないと冒険者にはなれないのか?
何しに来たんだこの出来損ないが。と言う様な視線が痛いな。
取り敢えず聞くだけ聞いてみよう。
一番人の少なそうなあそこのカウンターがいいな。
俺は一番並んでる人の少ないカウンターに歩いていった。
「いらっしゃい。なんの用事?」
笑顔一つ見せず機械的に聞いてくる。
「冒険者登録をしたいんですけど」
「登録は満十三歳からです」
おお。十三歳なら丁度出来るじゃないか。
「十三歳です」
「あら、そうなの?ならこれに手をかざしてちょうだい」
そう言って受付嬢はテーブルの下から水晶の様な物を取り出した。
俺は言われた通りに水晶に手をかざすと、水晶が光りやがて光は消えた。
「もう良いわよ」
水晶から手を離すと、俺が今まで手をかざしていた場所にカードが現れる。
それを受付嬢が手に取り、カウンターの上に置く。
「このカードの上に手を乗せてちょうだい。
幾つか質問するから答えて」
「はい」
言われた通りに手を乗せ、俺は質問に答える。
「名前は?」
「ハルシオンです」
「歳は?」
「十三歳」
「出身国は?」
「ゴルティア国」
「受付完了よ。おめでとう」
「ありがとうございます」
「では軽く説明しますね。
まず初めはFランクからとなります。
既定の依頼を幾つかこなすとランク昇格となり、Cランクまでならソロでも可能です。
Cランク以上になるとソロではきついでしょから、パーティーを組んだ方が無難です。
後は、冒険者専用の宿がこの建物の三階と四階にあるので、ご利用ください。
料金は一泊二食付きで大銅貨三枚。素泊まりなら大銅貨一枚になります」
こりゃ、めっちゃ安いな。
素泊まりで千円位なら明後日からここに泊まるか。
あそこの宿屋はもう金払ってしまったしな。
飯ならそこら辺にある食堂でもいいし、ギルド内にも食堂兼酒場があるんだから問題は無いだろう。
さて、ここはどんな依頼があるんだ?ちょっと覗いてみるか。
俺は依頼が貼り付けられている壁の前に移動した。
ふむふむ。Fランクは、っと。
ランク別にボードが壁に組み込まれていて分かり易いな。
Cランクの前が一番人が多いか。次にDランクね。
BとAはあんまり人が居ないのな。
ああ、護衛とか討伐が主なのか。納得。
Fランク・・・・って!全くと言っていいほど人が居ねぇ!!
そりゃそうか。初心者ランクだもんな。うんうん。
それにしてもあんまり無いな。
殆どが薬草採取か荷物運びとかの手伝いか。
荷物運びは一時間銅貨五枚。五百円ってとこだな。
薬草採取は、赤の薬草(体力10%回復)が銅貨一枚で緑の薬草(魔力10%回復)が銅貨二枚か。
金バリ草(体力30%回復)が銅貨五枚ね。
おっ、ツルギ草(魔力30%回復)が大銅貨一枚だと!?
これにしよ。
10株も採れば銀貨一枚だぜ。
薬草は常時募集と書いてあるから、今日はもう日が暮れそうだし明日にでも行ってみるか。
取り敢えず今出来る事はしておいたし、今日はゆっくり体を休めるとしよう。
そう思っていたら後ろから声を掛けられた。
「お前ここら辺じゃ見ない顔だな。何処から来たんだ」
声を掛けて来たのは赤い瞳をした魔族の少年だった。
歳は俺とさほど変わらなそうだが少し年上っぽいな。
その魔族が俺に何のようだ?
「人大陸から来た」
「人大陸からだって!?一人で来たのか?!」
「一人じゃないけど、色々と訳があってね」
「じゃあ仲間がいるのか」
「仲間じゃないな。成り行きと言うか、しょうがなくと言うか…」
「ハッキリしないやつだな」
「色々と事情って言うもんがあるんだよ」
「そっか、なら深くは聞かないよ」
おっ?コイツ良い奴かもしれん。
「用が無いなら帰るね」
「あっ、ああ。僕はジョシュって言うんだ。君はなんて言うんだ?」
「俺はハルシオン。じゃあね」
それだけ言うと俺はギルドを後にした。
あのジョシュって奴は何で俺になんか声を掛けて来たんだろ。
子供が俺しか居なかったからか?
深く考えるのも面倒だし、もう会う事もないだろう。
この五日間、ボート漕ぎで疲れたし。
起きてる間ずっと魔力を使って、つむじ風をしてたんだ。
ローズは交代してくれないし。
いや、一回だけ代わってくれたな。一分程な!
直ぐ疲れたと言って放り投げたけどね!!
ハァ~・・・・思い出すと腹が立つな。
アイツの事を考えるのは止めよう。精神的に良くないわ。
俺は足早に宿へ戻り、晩飯を食べて直ぐに寝た。
第二十五話
■ 薬草採取は簡単なお仕事です? ■
んん~~~~~。良く寝た。
大きな伸びをしベッドから起き上がると、既に日が昇っていた。
『おお。生きてたか』
「何でだよ!起きていきなりその発言ってどうよ?」
『だってシオン、昨日部屋に入っていきなりベッドに倒れたと思ったら
そのまま動かなくなったんだぞ?だから俺が布団をかけてやったのに
覚えてないのかよ』
「ごめん・・・・記憶にない。
でも、ありがとな。・・・・・・・てか・・・シルバー大きくなってないか?」
『あ?そう言えば少し体が軽くなった様な気もするな』
「なんか二回り位デカくなってるぞ…」
今のシルバーはドーベルマン程の大きさになっている。
犬ってこんなに成長早かったっけ?
いや、狼だから早いのか?
こりゃ餌も大物を獲らなきゃダメかもしれんね。
身支度を整え、今日から冒険者初日と言う事で、何となく気分も引き締まる。
冒険者の真似事と言うか、実際には冒険者だったのだが、今まではベテランのロジャー率いる《イカヅチ》のメンバーと供に行動していた。
何に注意を払い、いかに効率よく行動をするかは、この二年半の間に実戦で学んでいる。
今日から請け負う依頼は初歩の初歩なので、何も心配する事はないだろう。
今までも一人でふらっと薬草を摘みに森の中に入った事もある。
迷宮で魔物と対峙した事もあるし護衛の経験だってあるのだ。
普通は不安になるかもしれない。でもシオンは違う。
一人でどこまで出来るのか試してみたいという気持ちの方が大きかった。
一階にある食堂に行くために、ドアを開けて廊下に出ると、そこには不機嫌な顔をしたローズが仁王立ちの姿で立っている。
「遅いわよ!いつまで寝てるのよ!」
俺コイツと飯食う約束なんかしたか?
『俺が知ってる限りではしてないな』
そうだよな。なんでローズはこんなに怒ってんだ?
「俺、朝飯一緒に食べるようなんて言ったっけ?」
「い、言ってないわよ」
「じゃあ何で怒ってるんだよ」
「怒ってなんかないわよ!」
ほら怒ってるじゃないか。
何だかな…。
前世でも相手の考えを汲み取ってやらないと怒る奴がいたけど、そいつらと同じタイプだな。
自分は悪くない。気を使わないお前が悪い。みたいなさ。
無理!無理無理無理!絶対に無理!! メンドクセ。
「怒ってる位なら先に食いに行けばよかったじゃん。
そこまでして俺を待ってて何の得があるんだよ」
「はぁ?!アタシはね!アンタみたいな出来損ないが一人で食堂に行っても
食べさせて貰えないと思ったから待っててあげたのよ!」
待っててあげたのよって、すんげぇ恩着せがましいんですけど。
「いやいやいや。ここの宿だって俺一人でも取れただろ。
その時にちゃんと説明も受けたぞ。お前何見てたんだよ」
「あれは!アタシが傍に居たからでしょ!アンタがアタシの奴隷だと思ったから
親切にしてくれただけよ」
こりゃまた思いっきり斜め上を走り出したねぇ~。
昨日町の中を少し歩いて分かったんだが、魔大陸では実力がものを言うようで、魔力・腕力・武術、どれか一つでも出来れば苛まれる事はない。
現にこの俺が、商店でも露天でも、店の人に嫌な視線で見られなかったし、対応も丁寧だった。それがこの大陸の現実だ。
まだ何かブツブツ言ってるが、気にしたら負けだ。
ローズもローズなりに不安なんだろう。
仕方がないので一緒に食堂まで行き朝食を食べたが、朝からどんだけ食うんだよコイツは。
スープと一緒に付いて来たパン二個をあっという間にたいらげ、おかわりを二回して合計六個のパンを食べた。
いくら小さいパンとはいえ、何処にそんなに入るんだか。
見てるだけで腹が一杯になってきたよ。
シルバーだって目を丸くして見てるぞ。
朝食を食べ終わると俺は、早速依頼の薬草採取に行く事にしようと思い席を立つと、ローズが何処に行くのかと尋ねて来た。
「何処に行くの。アタシも行くわ」
「これからやる事があるからローズは連れて行けないよ」
どんな魔物が出るか分からない魔大陸の森の中になんか連れて行けるはずがない。
ローズを守りながらの薬草採取って、どんな罰ゲームだよ。
魔力はそれなりにある方だとは思うけど、水弾とウォーターカッター位しか使えないだろ。
それなのに自分は強いと思い込んでて魔物に突進して行くんだよな。
それに何より、コイツはノーコンだ。
何処に飛んで行くか分かったもんじゃない。
魔物じゃなくて俺が殺されそうだよ・・・・考えただけでも溜息が出る。
ここは穏便に・・・。
「やる事って何?!何をする気なのよ。
アタシが付いて行ったらまずい事でもするの?!」
「いや、そうじゃなくて。
俺には俺の用事がある様に、ローズにはローズの用事があるだろ?」
「そうね。お店も色々見てみたいし、お土産も買おうかしら」
「だろ?だから別行動で良いじゃないか」
「アタシに一人で買い物に行けって言うの?!」
「俺が付いて行く必要性が無いだろ。
ここは町の中だから安全だし、それに、俺はローズの使用人で奴隷でもないん
だからな。
それに昨日自分でも言ってたよな。
町に着いたら別行動だって。」
「・・・言ったかもしれないけど、か弱い女の子を一人にするなんて信じられないわ!」
「か弱いって…。ローズは俺なんかより強いんだろ?」
「当たり前じゃない!出来損ないのアンタ何かと比べないでよ!」
「だったら一人でもいいじゃないか」
俺は溜息交じりに答える。
「じゃあ!誰が荷物を持つのよ!」
「・・・・・・自分で持てよ。」
「荷物なんて今まで一度も自分で持った事なんてないのよ!アタシは!」
「・・・・・アシデ島に行ったら一人なんだろ?自分で持つしかないよな?
今から慣れとかないとな」
ローズは何か腑に落ちなそうな顔をしていたが、少し理解をした部分もあるのだろう。
それ以上は何も言ってこなかった。
これで諦めてくれたんだと思った俺は、そのままローズを食堂に残し宿を出ると、依頼をこなすために町の外門まで歩く。
歩く道すがらパッド君で、薬草の生息地を調べ、それを見ながら先を急いだ。
異世界版ナビだね。
外門まで来ると、門の両脇に兵士が立っていて、その近くに見覚えのある姿がある。
昨日の少年、ジョシュだ。
ジョシュは俺の姿を見つけると両手を大きく振り、俺のほうに歩いて来た。
「やあ、また会ったね」
偶然か?それとも誰かと待ち合わせか?
「誰かを待ってるのか?」
「うん。ハルシオンを待ってたんだ」
「俺を?何か用か?」
「薬草採取に行くなら一緒に行こうかと思ってね。
・・・・・・ところで、後ろの人は彼女かい?」
後ろ?彼女?シルバーは俺の横に居るし、だいいちシルバーは雄のはず。
一体誰の事を言ってるんだ?
クルリと後ろを振り返ると、そこにはローズが居た。
「何で付いて来てるんだよ。付いて来るなって言っただろ?」
「何処に行こうがアタシの勝手でしょ!?って、誰よその人」
「ローズには関係の無い人だよ」
俺が面倒くさそうに言うと、ジョシュがローズに話しかける。
「君も冒険者かい?」
「違うわよ」
「なら、通行証を貰って来たのかい?」
「通行証って何よ」
ジョシュは嫌な顔をせず丁寧に教えた。
「僕達の様な冒険者は、ギルド発行の証明書があればどの国でも出入りは自由なんだ。
でも、君の様な一般市民は、町の管理棟で通行証を発行して貰わないと外門から先は
出られない様になってるんだ。
町には結界が張られてるから魔物は近寄れないけど、一歩外門の外へ出たら魔物に
襲われる危険性がある。
外へ出る時は護衛の冒険者を雇うか自己責任って事になるんだ。」
「魔物くらい平気よ!アタシは魔術が使えるんですもの」
「うん。でも君は冒険者じゃないんだろ?
だったら管理棟で通行証を発行してもらわなきゃダメだよ」
「アタシの国ではそんな事をしなくても外に出れたわ!」
「君も人大陸から来たみたいだけど、ここは魔大陸なんだ。
魔大陸には魔大陸のルールがある。分かるよね?」
「それくらい分かるわよ!」
「だったら通行証を貰って来なきゃ外には出れないって理解したかな?」
「・・・・・・分かったわよ。貰ってくれば問題ないんでしょ!
行くわよ!ハルシオン!」
当然の様に俺の名前を呼び、顎をクイッと突き出す。
「・・・・・俺は行かないよ」
「何でよ!あんたも通行証が無いと出れないのよ?!
今の話し聞いてなかったの?!理解できないの?!バカなの?!!」
「俺、持ってるし。証明書」
そう言って冒険者用証明書を出して見せる。
ローズは驚いた顔をして、「いつの間に!」とか「何処で手に入れたの!」とか言っていたが、俺はローズの雇用人でもなければ奴隷でもない。
プライベートを話す義務もなけりゃ義理も無い。
少し可哀想だとは思ったが、ローズをその場に残し俺は薬草採取をする為に、町の外門をくぐり外に出た。
=====
「良いのかい?あの子を置いて来て」
「町の中なら安全なんだろ?わざわざ危険な所に連れて行く必要はないさ」
パッド君に記されてる薬草の群生地に向かい、両脇に草原が広がる街道を森に向かって歩きながら話す。
「ところで、何で俺と一緒に行こうと思ったんだ?」
昨日ギルドで合った時は、ジョシュは魔術師特有のローブを被り顔が良く見えなかったが、今日はローブについているフードを被っていない為、良く見える。
魔族は一様に中性的な姿形をしているが、ジョシュも類に漏れず中性的だ。
大人なら男性か女性なのかが分かるが、子供は見分けがつけづらい。
かと言って、男女どちらなのかと聞くのも憚(はばか)れる。
だから俺は、俺流の判別をした。
男なら真っ平。女なら出てる。そう、胸の凹凸で判別した。
チラッチラッっとジョシュの胸に視線を置き、真っ平な事を確認する。
おし!男だ。一人称も「僕」だし間違いない。
自分の中でそう納得していると、ジョシュが答える。
「インスピレーションかな?僕の勘なんだけどさ、ハルシオンは優しそうだな
って思ったんだ。嘘をついたり人を騙したりしなさそうだなってね」
「それだけで?」
「それだけで十分だよ」
「なら、俺の事はシオンって呼んでくれ」
「分かったよ。シオン」
話しをしながら歩いているうちに、薬草の群生地に到着した。
比較的森の浅い場所に生えている薬草は、赤い薬草と緑の薬草だ。
だいたい十株程が点在していた。
俺達は薬草がまた生えてくるように、土に中にある株を残し表面の葉っぱだけを丁寧に短剣で切り落とし、バラバラにならない様に紐で縛り自分の袋の中へ入れる。
パッド君があるおかげで俺達は結構な量の薬草を採取する事ができたが、それでも換金をすれば一人大銅貨二枚程度にしかならない。
ギルド経営の宿に泊まるならこれでも良いが、出来ればもう少し稼ぎたいところだ。
そうだな…ツルギ草あたりがどっかに生えてないかな…。
パッド君で検索してみるか。
おお。あるじゃないか。
少し奥には行った所に結構あるな。画面が真っ赤だ。
(検索対象物は赤い点で映し出される)
パッド君を見ながらブツブツと独り言を言っていると、ジョシュも俺と同じ考えだったのかツルギ草の在りそうな所まで行ってみないかと提案してきた。
「大体の場所は僕が知ってるから案内するよ」
俺はジョシュの後について森の奥へと歩いて行った。
十五分位歩いた所で、俺の索敵に反応が出た。数は一匹。大きさは2m弱。
種類は何だろう。そう思っていたらシルバーが呟く。
『この匂いはタランだな。巨大な毒蜘蛛だ。注意しろよ』
了解。
「魔物が近くに居るぞ」
「えっ?分かるのかい?」
「ああ」
「それはやっぱり・・・・君の相棒が教えてくれてるのかな?」
「相棒ってシルバーの事か?」
「そうだよ。・・・・・だってそれは・・・・ベルガーだろ?」
俺は驚いてジョシュの顔を見た。
「そんなに驚く事かな?って、もしかして今まで誰もベルガーだって知らなかったの?」
「・・・・いや、俺と俺の仲間は知ってたけど、人大陸では「犬」で通してた」
「犬だって!?それを皆信じてたって言うの?!」
「うん。誰も疑ってなかったよ」
「あははは。それは凄いねー」
人大陸で妖狼など見る機会など全くと言って良いほど無い。
だから大きな犬と言っても誰も疑わなかったが、ここではたまに妖狼を見かけるらしく、もし見かけたとしても、こちらから攻撃をしない限り襲っては来ないので、静かにその場所から離れる事が長生きの秘訣だそうだ。
「それにしても良く懐いてるよね」
「まぁね」
シルバーが従魔だっていう事は黙っていよう。
どうやって捕まえたとか、どうやって契約したとか聞かれても俺にはさっぱり分からんし。
いつの間にか主従の契約をしてたからな。聞かれても分からんよ。
森の真ん中で立ち止まり、小声で話していたら、タランの気配が段々と此方の方に近付いて来るのが分かる。
そのまま俺達に気が付かないで横に逸れてくれと願っていたが、どうやらその願いは叶わない様だった。
斜め前方の木の枝や草がわさわさポキポキと音を鳴らすのが聞こえる。
距離にして100mまで近付いて来ているのが索敵で分かる。
俺は腰に挿している剣を抜き構え、ジョシュは呪文を唱え掌に野球ボール大の光の玉を作ると、二人とも臨戦態勢をとる。
木々の間には生い茂る草。
その隙間から黒・黄色・赤で彩られた派手な配色が見え始めた。
流石に50mまで近寄れば臭いで分かったのだろう。
タランはピタリと止まり、一瞬の間を空けて此方へと突進してきた。
「来るぞ!」
俺はそう叫びながらタランに向かって走り出す。
虫の倒し方は知っている。
ロジャー達と何度も迷宮で戦ったから。
まず足を切り落とす。動きを封じるためだ。
毒を吐いてくる奴は、毒を吐こうと口を開けた瞬間に胡椒の様な刺激物を口の中に放り込む。この役目はいつも俺だったので自信はある。
俺は無限袋から胡椒袋を取り出しタイミングを見計らいながらタランとの距離を詰めていく。
タランは口から毒を纏わせた糸を吐こうと大きく口を開けた。
俺はそのタイミングを見逃さず、既に右手に握っていた胡椒袋をタランの口目掛けて投げつけた。
胡椒袋は吸い込まれるようにタランの口の中に入り、タランは大きく咽た。
息が出来ないのか悲鳴が聞こえる。
―ギギギィィィィ!
動きが乱れたのを確認して、俺は一気にタランの足元を攻める。
ロジャーが何時もやってた様に、前方右足を切り落とし、S字を書くように蛇行しながら後方左足を切り落とす。
左右纏めてやるよりも、切り落としながら魔物の体の下に潜った方が、魔物からは死角になって成功しやすいそうだ。
俺がある程度足を切り落とし終わると、今度は遠距離魔術師の出番だ。
動かない魔物は巨大な的にしかならない。
当て放題だ。
「後は頼んだ!ジョシュ!」
「任せろ!」
ジョシュは掌に作った光の玉をタランの頭目掛けて放った。
多分あの技は雷系の魔術だろう。
頭に当たった瞬間に火花の様な物が見えたからな。
何の属性の魔術を使うのか聞いてなかったが風属性だったのか。
魔族は髪の色で属性判断が出来ないからちょっと不便だね。
タランの急所とも言われる頭に一撃を加えたが、まだ息があるようだ。
俺は止めを刺すために、タランの眉間に向かって飛び上がり、頭の上に着地すると一気に剣を振り下ろして、眉間を刺した。
タランの動きが止まり、死んだ事を確認すると、早速タランの解体に取り掛かる。
タランが吐いた毒の糸は、毒素を中和すれば頑丈なピアノ線の様な糸になる。
中和する為には特別な液体を振りかけるか魔法しかないのだが、俺達はそんな液体など持ってはいない。
どうしようかと迷っていると、シルバーが毒素を抜けるというじゃないか!
森に居る光の精霊の手を借りて毒抜きが出来るんだってさ。
流石森を司る妖魔だ。精霊と仲が良いみたいだし有難いね。
って言うか、よく見たら俺とシルバーの周りに精霊が沢山集まってきてないか?
シルバーって人気者だったんだな。
『何をバカな事を言ってるんだ?そいつ等はお前の匂いに釣られて来たんだぞ』
それさ。前にも言ってたよな。
一体どんな匂いなんだよ…。
俺は自分の腕や着ている服の匂いをクンクンと嗅いでみたが、そこまで良い匂いはしない。
『人間には分からないさ。例えるならケーキの様な甘い匂いと言ったところだな』
へ~。甘い匂いね。喰い付かれないなら別にいっか。
それより毒抜きを頼むよ。
『任せとけ』
シルバーが毒糸に噛みつくと、糸に触れた牙から金色に光る何かが流れる。
それはあっという間に毒糸全体に広がり、浄化された部分から次第にその光は消えて行った。
時間にして十秒ほどの出来事である。
おおー。すげぇー。と呆気にとられて観ていた俺だったが、事前に説明をされていたのでそれ程極端に驚いたという訳でもなかった。
しかし、何も説明を受けていなかったジョシュは違った。
シルバーが毒糸に噛み付いた為、咄嗟に止めようと動いたんだが、噛み付いた瞬間に毒糸が光りだした光景に驚いていた。
シルバーが出した金色の光は、中和魔法と言って高度な魔法らしい。
長い詠唱が必要となる為に、この術を使える人は少ないとか。
それを無詠唱一噛みで遣って退けたのだ。驚くなと言う方が難しい。
「す…凄いね…君のシルバーは…」
ジョシュのその言葉に素早く反応したのは何を隠そうシルバー本人だった。
耳がピクピク動いてるぞー。
尻尾も小さくだけど左右に振れてるぞ?
これは嬉しい時の反応だな。分かり易い奴め。
でも可愛いぞ。シルバー♪
毒が中和されてピアノ線のように頑丈な糸だけが残ると、俺達はそれを巻き上げ一つの塊にする。
それを無限袋の中に仕舞い、タランの牙や足の爪を収集し、タランの体を切り裂き体内から魔石を取り出した。
タランが持っていた魔石は闇の魔石で、それもかなり大きい魔石だった。
魔物が持つ魔石の大きさが魔力の大きさだとは聞いていたが、「こんなに大きな魔石は今まで見た事が無いぞ」、俺がそう呟くとジョシュは不思議そうな顔をして、「そうなのか?ここではこれが普通だよ」、と言ってのけた。
マジ半端ねぇ!魔大陸ってどんだけ危険なんだよ!
大丈夫か?俺。やって行けるのか?ここで。
そんな事を考えていた。
するとジョシュが楽しそうに話しかけてきた。
「ハルシオンって強いんだね。それにとても慣れてる風だったよ」
「えっと、しばらくの間冒険者の手伝いみたいな事をしてたからね」
「そうだったんだ。今はもう辞めたのかい?」
「辞めたわけじゃないよ。ちょっと訳ありでね」
「そっか…。言いたくないなら深くは聞かないよ」
「ありがとう」
道具になりそうな部位を取り出し、残りはその場に放置だ。
タランの肉は不味くて食えたもんじゃないとジョシュが言ってたし、放置しておけば他の魔物達が処理をしてくれるそうだ。
そうする事によって人里には近寄らない様にしていると言う。
気を取り直し、ツルギ草があると思われる森の奥の方に再び向かう為に歩き出す。
しばらく歩くと崖が現れ行き止まりとなった。
パッド君では確かに赤い点が示されているが、見渡す限りツルギ草らしきものは見当たらない。
するとジョシュが崖の先端に立ち、下を見下ろしながら
「この下に沢山生えてるけど降りられないな…」
俺も助手の隣に立ち崖下を見下ろしたが、あまりの高さに、とある箇所が「キューッ」となるような生理現象が襲いかかる。
やばいやばいやばい。高い高い高い。
無理無理無理だああああああああああああああああ!!
「無理だ…。高すぎる…。」
「浮遊術でもあれば行けるんだけど、僕は使えないしな…」
「俺も無理・・・・」
『俺が取って来てやろうか?』
!!!!!
シルバー行けるのか!?
『楽勝だ』
・・・・・・・お願いします。
シルバーは高い所が平気なのか、山ヤギの様に崖の岩肌を上手い事使いながらピョンピョンと軽やかに降下して行った。
途中に咲いているツルギ草を上手に口で摘み取り、一つづつ丁寧に運んでくる。
上から見てるととても怖いぞ。
いつ足を踏み外すかと冷や冷やドキドキだ。
「シルバー!無理はするなよー!」
声を掛けるが聞いちゃいない。
俺の役に立てるのが嬉しいのか意気揚々と飛び跳ねている。
「凄いね~・・・。あの妖狼がこんなに従順なんて、君は一体何者なんだい…?」
「ただの人間の子供だよ」
ジョシュはニコニコとしながら「そう言う事にしとくよ」とだけ答えて、後は何も言ってはこなかった。
深く追及されないのは有難い。
そう言う事も含めて、ジョシュは良い奴なんだろうな。と、改めて思ったのだった。
結局この日の成果は、赤の薬草10 緑の薬草10 金バリ草4 そしてなんと!
ツルギ草が20採取できた。
合計で2銀大銅貨5枚だ。(25、000円)
一人頭1銀 大銅貨2 銅貨5 になる。
おまけに、タランの部位と魔石も合わせると、一人銀貨三枚だ!
何が高かったって?当然ピアノ線の様な糸だよ。
特別な術者じゃないと毒の中和が出来ないから触る事も出来ない代物だもんな。
それを大量に持って来たもんだからギルドの人が固まってたよ。
需要はあっても供給が無いから高額なんだとさ。
タランの糸を織り込んだ装備は高く売れるそうだ。
防弾チョッキのように頑丈だけど軽いし、おまけに毒耐性が付くらしい。
買うとしたら銀貨三十枚はくだらないんだってさ。
またタランに出会ったら、今度は沢山糸を吐かせた後に倒すとしよう。
そうそう。薬草は一度採取したら二日は待たないとダメらしいので、森に行くのは二日後だな。
明日はローズを船に乗せなきゃいけないしね。
てか、何で俺がそこまでしてやらなきゃいけないんだ?
放って置くとアイツ帰らなそうだしな。
そうすると俺の予定が狂う。
そうだよ。そう言う事なんだよ。
俺は自分で自分の考えに納得をすると、依頼報酬を半分受け取りジョシュと別れた。
宿に帰るとローズが俺の部屋にやって来てギャーギャー騒いでたが、何を言ってたのかは覚えていない。
何でそんなに俺に構うんだよ…。
俺の事が気に食わないなら構わなきゃいいのにな。
ほんと変なやつだ。
今日は森の中を歩き回って疲れたし早めに寝るかな。
おやすみ・・・・。
第二十六話
■ 俺は子守じゃねぇ! そして最終回? ■
おはよう。
今日の予定は、ローズをアシデ島行きの船に乗せてから、ギルドに向かおうと考えている。
昨日大量に稼いだのにまだ金が欲しいのかと思うだろうが、金は幾らあっても良いに越した事はないからな。
それに、ロジャー達が迎えに来るまでに、皆に新しい武器も作ってやりたい。
折角錬金術を覚えたのに材料が揃わないせいで作れなかったと言う事もあるが。
だけど此処ではかなりの材料が揃いそうだ。
後で本屋にでも行って魔物図鑑でも購入するか。
分布図とか載ってそうだしな。
そうと決まれば朝食を食べてチェックアウトの手続きでもするか。
俺は荷物を纏めるとウエストポーチの中に入れる。
忘れ物が無いかもう一度辺りをチェックし、忘れ物が無い事を確認すると部屋のドアを開けて廊下に出る。
ドアはそのまま開けっ放しでいい。
それがチェックアウトのサインなのだ。
ローズの部屋のドアを見ると、まだ閉まっているままだ。
寝てるのか?
寝ている女性の部屋。否、ローズの部屋に起こしに行ったものなら何をされるか分かったもんじゃない。
激しく罵倒された後に殴られるかもしれん。
放って置くに限るな。
そのまま食堂まで下りて行くとローズが居た。
・・・・・先に食べてたのね。まあ良いけど。
ローズは俺の姿を見つけるとプイッとそっぽを向いた。
まだ怒ってるのか。しょうが無い奴だな。
俺は悪くはないと思うが、ここは一つ大人の対応でもしとくか。
「まだ怒ってるのか?悪かったよ」
「それで誤ってるつもりなの?!アンタって本当に常識が無いのね!」
俺は頭をポリポリ掻きながら今日出港するアシデ島行きの船の事を話す。
「別に許してくれなくてもいいんだけどさ。今日だぞ。アシデ島行きの船が出るのは」
「し、知ってるわよそんな事ぐらい」
あっ。これは完全に忘れてたって顔だな。目が泳いでるし。
「なら準備は大丈夫なんだろうな」
「当たり前じゃない!」
そう言うと残りの食事を流し込むように食べたかと思うと急いで部屋に向かって行く。
魔だ何にもやってないな。アイツ。
俺は大きなため息をつきながら朝食を取り、食べ終わるとローズの部屋の前に行った。
ノックをしようかどうしようか迷っていると、中から慌ただしいバタバタとした足音が聞こえる。
そんなに荷物なんか無かったのに何やってるんだアイツは…。
ドアが勢いよく開き、中から顔を出したのは息が切れて「ハァハァ」言っているローズだ。
ドアとローズの体の隙間から中を覗くと、部屋の中には大量の荷物が・・・・。
「その荷物どうしたんだ?」
「買ったのよ!」
「何でそんなに大量に…」
「別に良いでしょ!アタシの勝手よ!」
腕を組みふんぞり返り、偉そうな顔をしている。
そんなにたくさんの荷物どうやって運ぶつもりなんだろう。
嫌な予感はしたが敢えて聞かないようにした。
「準備が出来たなら行くぞ」
「ちょっと待ってよ!この荷物はどうするのよ!」
やっぱりそう来たか。
「自分で買った物は自分で運べよな」
「はぁ?!荷物運びなんて奴隷のする事でしょ!」
「なら奴隷にでも運ばせたらいいさ」
「だから運びなさいって言ってるのよ!」
「・・・・・・‥俺はお前の奴隷じゃない。何度言えばわかるんだ?」
「出来損ないがアタシに楯突こうって言うの?」
ダメだこりゃ…。呆れを通り越して哀れみにさえ思うぞ…。
「はいはい。分かりましたよ。お嬢様」
取り敢えず船に乗せてしまえばそれでオサラバだ。
それまでの我慢だ我慢!
宿の女将さんに話し、大きめの木箱を譲り受けて、その中に荷物を隙間なく詰め込む。
そのままじゃ重くて持てないので、重力魔法を木箱にかけ、その重さを十分の一にする。
三㎏位ならローズでも持てるしこれで良いか。
俺は荷物を抱えながら船着き場まで行き切符を買うように促す。
切符を手にしたローズを連れて船に登る階段の所まで来ると、荷物を渡し持つように言ったが拒否された。
部屋まで運ぶのが常識なんだってさ。
階段の下の所で船員が切符の確認をしながら客を乗船させていたが、当然俺は切符を持っていない。
なので乗船は拒否された。
だがここは奥の手を使おう。
「ああ。すいません。俺は個人的に頼まれた荷物運びをしてる冒険者なんですよ」
そう言って袋からギルドカードを取り出し見せる。
「なるほど。ご苦労さん」
たまに居るらしい。
同じ宿に泊まっている冒険者を捕まえて荷物運びを依頼する客が。
俺もそれだと思われたみたいだ。
ローズの部屋に荷物を運び入れると、俺はそそくさとその場を後にし下船した。
ローズに気づかれると煩いのでシャドースキルの透明人間を使っての移動だ。
もし俺が居ない事に気付いたとしても、船のどこかに居るだろうと探すだろう。
だから俺は確実に船が港から離れるまでシャドーを解かなかった。
下船してるのがバレて降りられても困るからな。
後は自分で何とかしてくれ。
箱はデカくても軽いから自分で持ってくれよな。
― ボボーーーーーーーッ
船の出向の合図だ。
元気でな!
心の中で呟くと、何故か爽快感が押し寄せてくる。
やっと子守から解放されたという安ど感から来るものかもしれない。
これで俺は自由だ。そう思うと笑みが零れて来た。
=====
さてっと!次は本屋に寄ってギルドでも行こうかな。
今まで本屋と言う所は来た事が無かったが色んな物があるな。
興味が全くなかったと言えば嘘になるが、俺が知りたい事は全てロジャーや他の皆が教えてくれたから必要性が無かっただけだ。
魔物に関しても出会った魔物は全て説明を受けていたし、属性ごとの弱点も教えて貰った。
魔石や鉱石もそうだ。どう言う使い方をするのか、どう言う物と配合をすれば効率が良いのかとか、必要最低限の事は教わっている。
でもそれは人大陸での事であり、魔大陸に関してはど素人と言って良いだろう。
そして今は教えてくれるロジャー達はいない。
自分で調べて、自分で考えなければいけないのだ。
まずは手始めに魔物に関しての知識だな。
どの本を買おうか、俺は手当たり次第に本を手に取る。
《魔物大全集》これは良いかも知れないな。手に取り中を開いてみると、文字がびっしり書いてあるだけだった。写真なりイラストなり載ってないと分かんねぇよ。
《魔物の名前と特徴》・・・・。分かり易いっちゃ分かり易いんだが…、なんだこれ?
子供の落書きか!って程度のイラストが描いてある。
これで大銅貨五枚とかボッタクリだろ!
《草原の魔物》これは!分かり易い上にイラストも丁寧だぞ!
でも草原だけか…。値段はっと…ふむふむ、大銅貨三枚か。安いのか?分からん。
あっ、これはシリーズ物か。他には…《山にの魔物》《森の魔物》《海の魔物》…各大銅貨三枚なのね。
全て買うとしたら一銀大銅貨二枚か。うん。これにしよう。
少々高い出費だが今後の事を考えれば元が取れるだろ。
俺はこの《魔物シリーズ》を手に取り、会計まで持って行こうとした時に視界に入った物があった。
《錬金術の基礎と配合》。思わず手に取り中を見ると、基礎となる魔法陣の詠唱呪文や材料等が書かれている。
詠唱は作る物によって違うらしい。はて?俺は詠唱なんてしてたっけか?
答えは「否」だ。
俺は自分が想像した物しか作れないのだ。
俺が知ってる範囲であり、あれが記憶している物しか作れない。
だけどそれは前世での記憶であり、ゲームの記憶でもある。
そう考えると凄ぇチート能力だよな…。
だがこの能力をひけらかすと厄介事が舞い込んでくるのも承知している。
だから俺はなるべく使わない様にしてきたんだ。
誰構わず人助けをする様な正義の味方でもなければ偽善者でもない。
利用されるのは真っ平ごめんだ。
でもさ、ロジャー達は気付いてたはずなんだよな。
それなのに俺の事を利用しようなんて考えてなかったし、俺の安全を第一に考えてくれてたんだよ。
だから俺も、ロジャー達の為に何かがしたい。そう思ったんだ。
錬金術で作った高性能な武器を渡したら喜ぶかな?喜んでくれるよな。
迎えに来てくれるまでに最高傑作を作ってみせるぞ。
うん。でも高いな…これ。
ええい!必要経費だ!ケチケチするな!
自分で自分にカツを入れ、合計二銀大銅貨二枚を払った。
魔術の本はまた今度と言う事で…。
=====
・・・・・・・・・・・・・・・。
やっぱり派手なラブホに見える…。
ここに入るの何か躊躇するんだよな…。
大きな溜息を吐きながら木製のドアに手をかけ中に入る。
午前中だというのに朝から酒を飲んでる人が食堂の中に沢山いる。
それを尻目に俺は依頼書が張ってある掲示板の前に行く。
今日は何の依頼を受けようかな。
薬草は無理だから手伝いになるのか?
顎に手を当て考えていると、昨日の受付のお姉さんが俺の所に来て声を掛ける。
「ハルシオンさんですよね?」
「ハイそうですが。何か?」
「すみませんがちょっと此方の方に来てもらえませんか?」
言われるままにお姉さんの後を付いて行く。
お姉さんは受付の横にある細い廊下を奥へと進むと、突き当りにある凄く立派なドアの前で立ち止まった。
ドアの上に書いてあるプレートには《ギルド・マスター》と書かれている。
俺なんか不味い事やったっけ?
不安になりつつも動揺はしていない。
何も悪い事などしていないのだからな。
「ハルシオンさんをご案内いたしました」
ドアをノックしてから声を掛ける。
「ああ。入ってもいらいなさい」
お姉さんがドアを開けると、中には四十代くらいの屈強な男性がソファーの一人掛け椅子の方に座っている。容姿はゴリラの様な顔だが優しそうだ。オデコの皺が深く食い込んでいるのが印象的だった。
その向かいにある長椅子の方にはジョシュの姿があった。
俺は軽くお辞儀をした後に中に入り、勧められるままに長椅子に座る。
「そんなに緊張せんでもええで。実はな、お前達に聞きたい事があったんや。
昨日持って来たタランの糸の事やが、その・・・お前さんの横に座ってるベルガーが
やったって話やが間違いないか」
「間違いないです」
「そうか。物は相談やが、タラン討伐に行かへんか?」
「俺はまだそんなレベルじゃないと思いますが…」
「レベル的にはそうや。だが、そっちのジョシュと言う子の話しによれば
並の冒険者より強いというやないか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
俺は無言のまま隣に座っているジョシュを睨んだ。
何余計な事言ってくれるんだよ。
そんな目をしていたと思う。
その視線に気が付いたジョシュはバツが悪そうな顔をするかと思いきや、意気揚々と答える。
「そうなんです。ハルシオンは人大陸で冒険者の経験があったみたいで、
かなりの腕前でした」
俺は目頭を押さえて、俯きながら首を左右に振り溜息を吐く。
良い奴だと思ったのにな…。
だけどジョシュの目的は何だ。
俺はそのまま話しを聞く事にした。
「あんな所に生えてるツルギ草といい、中和術といい、ベルガーと言う生き物は
大したもんやな。
敵になれば恐怖そのものだが味方になると頼もしい限りやで」
さっきから話が先に進まないんだけど、何が言いたいんだ?
「で、話しって何ですか?」
「そうやった。実はな。タランの糸をもっと集めて欲しいんや」
「それなら依頼書を張りだせばよくないですか?」
「それはそうなんやけどな。毒を抜く中和液は知っての通り高いやろ?
ましてはそんな高度な魔術を使えるような魔術師なんかおらへんのや」
「そうそう。だから君に頼みたいんだってさ。
僕も手伝うから大丈夫だよね」
はは~ん。そう言う事か。
ランク上げの為にちまちま依頼をこなしてもさほど金にはならないもんな。
昨日みたいに大物の魔物を倒して部位を売ったり、人じゃ絶対に取れない場所に生えてるツルギ草だって、シルバーがいれば安全かつ大量に手に入るし?
魔物だって一匹なら魔族でも倒せるかもしれないが、それ以上の集団になって来ると命に関わるしな。
近距離の俺が居れば、遠距離の人はほぼ安全だし、いざとなれば俺を見捨てて自分だけ逃げればいいだけだもんな。考えたな。
だが、然うは問屋が卸さない。
「あ~・・・・、昨日タランを倒したのは偶然ですよ?
俺にそんな実力なんてないです。」
「でも毒抜きは出来るんやろ?」
「毒抜き中和が出来るのはシルバーですよ?」
「だからそのベルガーを連れてタラン討伐に行ってくれないやろか」
「どうしても行けと言うんですか?」
「出来ればでいいんやけどな」
「大丈夫だって。僕も一緒に行ってあげるからさ」
いやいやいや!誰かを守りながら戦うのって結構疲れるんだよな!
やっとローズの子守から解放されたと思ったのに、今度はお前かよ!!
「無理っす…。昨日は一匹だけだったから良いようなものの、二匹現れたら
ジョシュの事まで守れないので…」
「僕は守ってもらおうなんて思ってないよ?自分の事は自分で守れるさ」
・・・・・・どう思う?シルバー。
『無理だな。あのガキは自分の魔力を過信し過ぎている。大怪我するぞ』
「えっと、シルバーが居るから大丈夫だとは思わないでくださいね。
シルバーは基本的には俺の事しか守りませんから」
「・・・・・・‥やっぱりそう言う間柄だったのかい?」
「ぶっちゃけ言うとそうなりますね」
「「ほぅ~」」
ゴリラマスターとジョシュは「やっぱりな」と言う顔で頷いた。
その後話し合いは平行線で、俺が「うん」と言うまで話が終わりそうもなかった。
同じ内容を二時間も話され説得された俺は精神的に疲れ果ててしまい、とうとう首を縦に振ったのだった。
「分かりました・・・・。その以来お受けします。
ただし!付いて来るなら自己責任でお願いしますよ!」
「分かってるよ」
ジョシュは嬉しそうな顔をしているが、目が「¥」マークになってるぞ!
話し合いが終わり時計を見ると、お昼を少し過ぎた時間だった。
ギルド内にある食堂で食事をとり終えると、俺は受付のお姉さんの所に行き、長期宿泊を申し出た。
部屋代は二食付きで一日大銅貨三枚。大部屋だと大銅貨二枚だそうだ。
それと、長期滞在になると前金で個室が六銀で借りられるそうだ。三銀も安い!
大部屋だと四銀らしいが、他人と気を使いながら暮らすのはごめんだ。
俺は迷わず個室の部屋を取った。
部屋の中は質素な造りで、広さも六畳間程度だ。
一般の宿屋との大きな違いは流し台がある事だろう。
自分で調理が可能なタイプの部屋だった。
風呂は大浴場が四階にあるらしいが、部屋にもシャワーだけなら付いている。
半畳程度の大きさだけどな!
この部屋がこれから半年間の俺の部屋だ。
ここを起点に実力を上げてロジャーに褒めてもらうんだ。
そう思っただけでも笑みが零れ落ちてくる。
半年でどれだけ成長できるか分からないが、俺は俺なりに精一杯頑張るつもりだ。
今日から俺の、新しい冒険の始まりだ!
第二十七話
■ チーム《イカヅチ》のその後 ■
シオンをアシデ島へと送り出したその夜。港で涙の別れをしたはずのロジャー達は酒場で飲んでいた。
これから戦争が始まると言うのに、周りの雰囲気は暗く成るどころか陽気だ。
敵の兵士を百人倒せば銀貨一枚の報酬があり、司令官の首を持って帰れば金貨一枚の報酬となる。
司令官と言ってもピンキリで、小隊長で金貨一枚。中隊長で金貨二枚。大隊長が三枚だ。
総大将ともなれば破格の値段が付き、金貨三十枚が貰える。
平民がひと月に稼ぐ給料が平均して金貨一枚なので、総大将でも討てば余裕で二年は暮らせると言う事だ。
一獲千金を夢見る男達にはまたとないチャンスだろう。
「しかしこんなんで本当に戦争なんて始まるんっすかね」
「ゴルティアがあの状態なら近々おっ始めるだろうよ」
「何で分かるんっすか?」
「第三王子の母親がこの国の出身だからよ」
「??????」
クウの脳内は「?」で一杯だった。
恒例であれば第一皇子であるシュレッダーが王位に就くのが決まりだが、後ろ盾となる第一王妃は既に鬼籍となっている為、第一皇子であるシュレッダーより第三王子のジェイソン派の貴族が多いのである。
生真面目なシュレッダーであれば王位を継いでも何の問題もないが、ジェイソン派の貴族にしてみれば不正がしにくくなり旨味が少ない。
対してジェイソンは、小さい頃から我儘に育ち政務や祭り事にも興味が無く、ただ王座に座って偉そうにしていればいいと思っている愚息にすぎない。
腹黒い大臣や貴族にしてみれば、操り易い人形にしか考えていないのだ。
自分達に都合の良い政務を行い、税収をネコババする。
こんなに旨い話は嘗てない事だろう
したがってジェイソン派の貴族達は、シュレッダーを亡き者にしようと試行錯誤をしていた。
ある時は毒殺。またある時は闇討ち。
そのどれもが悉(ことごと)く失敗に終わっているが、ここに一つの計画を立てていた。
内乱に持ち込み、その後ろから隣国であるシャブリ帝国に襲わせようと。
シャブリ帝国はジェイソンの母親の母国である。
その国王はジェイソンから見れば祖父にあたる。
此方もまた、ゴルティアの大臣ウスラから内々に打診があり、一年前から準備を進めてきていた。
内戦でシュレッダーの命を取れなくても、外からシャブリが攻めてくれば、シュレッダーの事だ、内より外に目を向けるだろう。
シャブリとシュレッダーが交戦している隙に、本来なら味方であるゴルティアの兵士がその命を絶つ。
それにより必然的に王座は残った王子ジェイソンに行く事になるのだ。
戦争のどさくさに紛れてしまえば、敵も味方も分からなくなる乱戦になる。
シュレッダーの性格からすると、兵士たちの士気を高めるために自ら先陣を切る事だろう。
この機会を逃し、もし失敗でもしたのなら、再びこの様な好機は巡って来ないだろう。
故に、失敗は絶対に許されないのだった。
=====
規模の小さな小競り合いが、第一皇子と第三王子との間で七カ月続いていた。
一進後退の状況は両者変わらず、中々決着がつかない。
第一皇子派は正規の国軍である近衛隊+皇子の私兵で固められているが、第三王子派の兵士は、その全てが貴族達の私兵と王子個人の私兵による軍隊である。
数は第三王子の方が多いが、統制が取れているのは第一皇子の方だ。
それ故に中々決着が付かない揚げ句に、街中でも出合い頭に剣を振り合うと言う事もしばしば起こっていた。
国民は不安になり「もうどっちでもいいからさっさと王座に着いてくれ」と、内心では思っていても声に出しては言えないのが現状だ。
国内がこんな有様では安心して生活が出来ない。そう思っている人も大勢いる。
そんな折、国境付近で守りを固めていた兵士から伝令が届く。
シャブリ帝国の軍隊およそ三万兵がゴルティアに向かって行進してきていると。
=====
ロジャー、クウ、リカルド、クリフは剣士として最前線へ送られた。
冒険者としての実績を買われたのだろう。
ファインは魔術師として後方支援へ送られ、貴重なヒール使いと言う事で医療班へと回された。
ヒールを使える光の魔術師は少なく、ファインを入れても六人程度しかいない。
故に、力が弱くても一応は使えると言う者が集められ、総勢二十人程となった。
ファインの様に外傷だけでなく内臓も修復できるわけではないが、居ないよりマシと言う事だろう。
そして、秘密裏に立てられたジャブリとゴルティア第三王子派との、茶番とも言える戦争が、今まさに幕開けとなるのだった。
第二十八話
■ 報酬と昇格 ■
俺は今、シルバーと一緒に前回薬草採取に来た場所に来ている。
来てはいるんだが・・・・。どうしてこうなった。
前に薬草採取した時、タランに遭遇しただろ?
んで、そいつを倒し糸とか使えそうな物を回収したじゃん?
それをギルドに持って行き買い取ってもらった。そこまでは覚えてるよな?
そこからだ。話しがややこしくなったのは。
毒の塊のようなあの糸は、専用の毒抜きポーションか高度な毒抜き魔術じゃないと毒が抜けないと言う事が判明した。
魔術の方は毒魔法を極めないと習得する事は難しく、現在習得している魔術師は、この大陸中を探しても片手にちょっと毛が生えたくらいしか居ないらしい。
ポーションの方も薬の元となる材料がなかなか手に入らない貴重な素材が含まれているらしく、一本辺り金貨一枚だそうだ。
内容量がたった10mlでだぞ!
それだけ貴重って事らしい。
が。それらを踏まえて。軍資金0で毒抜きが出来る事が判明した今。俺とシルバーが借り出されたと言う事だ。
目を¥マークにしてたジョシュはどうしてるかって?
当然町で留守番だよ。
だってな。タラン狩りに来たのは俺達じゃないんだ。
他の手練れた冒険者達が我こそはと名乗りを上げてきてだな…二十名ほど居るぜ?
俺の周りにな…。
本当ならシルバーだけ借りて行きたかったようだけどさ。
ほら。シルバーって妖魔じゃん?
人の言う事なんて聞かないじゃん?普通ならさ。
でもさ、俺に懐いて言う事聞いてるじゃん?
それで何を勘違いしたのか、シルバーだけ貸せと言って手を伸ばしてきた瞬間にさ、シルバーがやっちまったんだよ。
初めは唸ってただけだったんだけどさ、ギルドマスターが呼んだ他のお偉いさんって言うの?
そんな人が三人程後から来たんだ。
んで、その人達の一人がえらく威張っててだな。
まあ、上から目線で話す話す。聞いててイラッと来たね。
=====
― コンコン
ドアを叩くノックの音がした。
ギルドマスターは「やっと来たか」と小さな声で呟くと「入りなさい」と声を返した。
中に入って来たのは背中に斧を背負った猪顔の獣人と真っ赤な瞳をした魔族の男。それと頭が禿げ上がり、腰に大剣をぶら下げてる人族の男だった。
獣族の人の年齢は分からないが、どことなく狂戦士に見える。
流石力こそが全てと豪語しているだけの種族だ。
魔族の方は年齢が三十歳前後だろうとは思うが、魔族は見た目じゃ判断が出来ないしな。
あいつ等って見た目二十歳でも実年齢が七十歳なんて言う奴もいるんだぞ。ほんと、分からん種族だわ。
そして最後に人族のおっさんだが、見た目通り三十代前半ってとこだろうな。
ロジャーと似たような感じだし。
問題はこのおっさんだ。
魔大陸の人は俺の事を蔑んだような目じゃ見て来ないんだけどさ、人大陸から来たこのおっさんの様な人は…言わなくても分かるよな?
そう。初対面から俺を見下してた。
鼻先でひと笑すると、こんな出来損ないでも従えられる妖狼なんて大した事が無い。
そう思ったんだろうな。
「ふん。この出来損ないがベルガーの飼い主だと?!まだ子狼じゃねえか。
なるほどな。そう言う事か。なら俺でも使いこなせるってもんだな。」
シルバーを値踏みするように、舐め回すように様子をみる。
その視線にシルバーは唸り声をあげだした。
「一丁前に威嚇するだと?子供のくせに生意気な狼だ」
あまりにも不躾なその態度に、部屋に居る他の四人も顔を顰める。
「まぁまぁ、あんまり挑発せんでくれよ」
ギルドマスターが制止をする。
が。俺がこの場所に居る事自体が気に食わないのか、相変わらず態度は悪い。
「で、話しって言うのは何でしょう」
口火を切ったのは魔族の男だった。
「ああ、そうだった。実はだな ―」
ギルドマスターが言うには、実力のある者にタラン狩りをしてもらうと言う事と、倒す際にできるだけ大量の毒糸を吐かせろと言う事。
「しかし、あの毒糸は毒抜きしないと使えないブヒ」
「私共の方でもタランポイズンバスターを習得している者は居ませんが…」
「ポーションはギルドで用意してくれるならいいが、あれは一本金貨一枚はする
代物だ。そんなに毒抜きするなら俺達で調達するのは無理だな」
三者三様それぞれの意見だ出る。
「ブヒ」ってるのが獣人で、丁寧語で喋ってるのが魔族。人族は…普通に喋ってるな。
「その事なら心配はいらん。そこのベルガーが毒抜きが出来るそうだ」
ギルドマスターと話していた三人がシルバーの方へと振り向く。
シルバーは唸るのを辞めて大人しく俺の足元でお座りをしていた。まるで飼い犬だね。
「ほぅ~。こいつがですかい。なるほど」
厭らしい目つきで再度舐め回すように見る。
それと同時にベルガーが唸る。
唸られた人族の男は「チッ」と舌打ちをし、話しを進めて行った。
「で、このベルガーを連れて行けばいいんですかい?」
「そうなんだが…、ベルガーだけを連れて行くのはまず無理だろうな」
うん。無理だね。
ロジャー達なら付いてくだろうけど、こいつには付いては行かない。仲間じゃないからな。
って言うか、俺が仲間と認めてないから完全に無理だな。
「ではこの少年も一緒と言う事ですか?」
「まぁ、そうなるな」
「しかしブヒ、子供が一緒だと守りながら戦うって事になるブヒ。
それはチョットやりづらいブヒ」
「彼も一応冒険者だ。自分の身くらい自分で守れるだろうさ」
そう言って視線を俺の方へ向けて来た。
「はい。自分の身は自分で守れます」
余計な事は言わずにそれだけを答える。
「と、言う事だ。
で、報酬の無いようだが、糸一塊につき金貨三十枚だ。
彼にはそのベルガーが毒抜きをした分、一塊に対し金貨一枚を渡そうと思う。
通常ならポーションを五本ほど使うところだ。安いもんだろ?」
「つまり、彼への報酬は私達が貰う金貨三十枚から一枚払えと言う事ですね」
「そう言う事だ」
「他の部位はその報酬には含まれないブヒか?」
「そうだ」
その話しを聞いた三人は力強く頷き、その依頼を承諾した。
俺の意思は無視ですか…そうですか…。
どうせ俺はシルバーのおまけだよ!チックショー
俺抜きで話しはどんどん進み、最後に欲に目が眩んだ人族の男がとんでもない事を言いだした。
「でもよー。使い物になるのはこのベルガーだけなんだろ。
こんな出来損ないの言う事も聞いてるんだ。
なら俺の言う事も聞くだろう。俺の方がこの出来損ないのガキより遥かに
強いんだからな」
訳の分からん講釈を垂れたかと思うと
「おい!ベルガー!
今から俺がお前のご主人様だ!」
そうのたまった。
おっさん。見た目判断はいかんよ?
いつか命取りになるぜ。
シルバーは見目は飼い犬っぽいけど妖狼なんだぜ?
そこんとこ忘れてないか?
あ~あ…。おっさんのその言い方でシルバー怒っちゃったよ…。
俺、知-らね。
「グルルルゥ」から唸り声がワンランクアップして「ガルルルゥゥゥ」に変化した。
「何だお前!ご主人様に対して唸ってんじゃねぇよ!こりゃ躾け直しだな」
そう言って右足を後ろに少し引き、シルバーを蹴り上げようとした。
足が前に出た瞬間、シルバーは男の足に噛み付き一瞬で足首を食いちぎる。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ」
男の情けない悲鳴が狭い部屋に響き渡り、男は床に転がりのたうち回る。
そこにシルバーが飛び乗りのど元に噛み付こうとした時、俺は大声で制止する。
「シルバー!そこまでだ!」
男の喉元まで後数ミリと言う所でシルバーは止まり、その大きく開かれた口元から覗かせている牙からは涎の様な糸が垂れてきていた。
突然の出来事で、獣人も魔族の男も咄嗟に動き事ができなかった。と言うより、体が動かなかったのだ。
妖狼であるシルバーの体から、物凄い質量の妖気が漂い、漏れ出していたからだ。
本気モードの妖狼に、いくら子供の妖狼だとはいっても、たかが人間では勝ち目がない。
いや、SSランクが十人もいれば勝てるかもしれないが。
正気に戻った他の四人は慌てた。
目の前にはシルバーに食いちぎられた人族の右足首が転がっており、その持ち主である男は既に床の上で気絶をしている。
魔族の男は幸い癒し術が使えるようで、右足首を急いで拾うと元の位置にくっ付けてヒールを施す。
切り落とされた直後だと問題なく元に戻るのだ。
但し今回は食い千切られたので多少は後遺症が残るかも知れないが、通常の生活には問題がないだろう。
今の事件でシルバーを連れて行く事に多少不安になった男達はシオンに聞いてきた。
ジョシュはと言うと、未だ声も出せず、腰が抜けた状態で床に座り込んでいる。
「君の名前を聞いてもいいかな」
「ハルシオン」
「その妖狼は君の従魔ですか?」
「友達です」
本当は従魔だけど、なんか《従魔》って響きが嫌なんだよな。
従魔っていうと、《下僕》ってイメージがあるじゃん。
俺はシルバーの事を下僕とは思っていない。
どちらかと言うと、ペット?が近いかな。
俺の相棒で友達。そして家族だ。死ぬまで俺が面倒を見る。そんな感じだ。
シルバーは、ペットと言う言葉に耳をピクンとさせたが、その後に続く言葉に満足していた。
私利私欲はなく、自然と発せられた言葉。その言葉がシルバーの中にストンと入り込んだ瞬間だった。
「なら、私とも友達になってくれると思いますか?」
俺はシルバーの方に視線を寄せたが、シルバーは「ふん」と、そっぽを向いた。
「無理みたいですね」
魔族の男は苦笑すると「残念ですね」とだけ言ったのだった。
結局シルバーだけを連れて行く事は不可能だと分かり、ハルシオンも一緒に行く事になり、今の状況に至っていると言う事だ。
獣人の男が率いる《最強》から六人。リーダーの名前は「オクタリア」。
魔族の男が率いる《ナイトクラブ》から八人。リーダーの名前は「ビクター」。
後の六人は腕に自信がある強者達が自己申告で集まって来た。
タランを狩り、吐かせた毒糸の数が今回の報酬となる出来高制だ。
各々力が入ると言うものだ。
普段なら取りたくても取れない高級資材が目の前のタランから吐き出される。
彼等には既に、お宝の山に見えている事だろう。
狩れるだけ狩ったその数はなんと。タランが十体にもなった。
勿論同じ場所で狩るわけではないので、毒抜きで走り回るシオンとシルバーは森中を走り回る。
距離にして30㌔位は走っただろうか。二人にはいい運動だ。
一体のタランから毒糸を搾り取れるだけ吐かせたので、その数は平均三塊程取れた。
合計で三十塊。今回のシオンの報酬は金貨三十枚だ。(三百万)
ただシルバーに噛んでもらって毒抜きをしただけでこの金額である。何気に申し訳ない気がしてくる。
他の冒険者の方も、いつも通りに魔物を倒して一体から平均三百万の儲けが出る。
これを三人で倒せば一人百万だ。
それを三体も倒せば一人三百万程の儲けを一日で稼いでしまったのだ。
こんな旨い話は過去にも、そしてこれからも滅多にある事ではない。
集まった冒険者達は大喜びでシオンとシルバーにお礼を言っている。
「いや~あ。こんなに旨い話は初めてだ。ありがとよ」
そんな言葉を言い残し、依頼完了手続きが終わると各々どこかへ消えて行ってしまった。
シオンは通帳機能も付いてるギルドカードを見ながら、
「結構貯まったな。これなら明日からランク上げに専念しても大丈夫そうだな」
『金が無かったのか?』
「そう言う訳じゃないけどさ。ギリギリで生活するより余裕で生活したいじゃん」
『そんなもんかね』
「そんなもんだ!」
今回の依頼は俺にじゃなくシルバーにだったので、ランク上げの依頼にはカウントされなかった。
あと1回。俺はFランクの仕事を完了しなければEランクには上がれない。
前回は纏めて取って来て数回に渡り完了手続きをしたために一気にこなしたのだ。
あと一回分Fランクの仕事を・・・・って!
そう言えば忘れてたぜ!
タラン狩りの時に、ついでにって見つけた薬草採取しておいたんだった!
これで完了だぜ!!
「おめでとうございます。Eランクに昇格いたしました」
「ありがと!」
今日は昇進祝いだ!
シルバーも好きな物食えよ♪
― キャウン♪
一人と一匹の、長くて短い夜が更けて行った。
■ 魔法具屋に行ってみよう ■
Eランクに昇格した俺は、これまで出来なかった魔物討伐が出来るようになった。
魔物討伐は一人でも出来る事は出来るが、それは上級冒険者に限る。
俺みたいな駆け出し冒険者が一人で魔物を狩れるのは、精々1体か2体が良い所だろう。
それ以上の数で束になって来られれば、普通は返り討ちにあって魔物の餌となる事が目に見えている。
そんな事から魔物討伐ともなれば三人以上のパーティーを組まなければならない。
しかし困った。
俺にはパーティーを組めるような知り合いなどいないのだから。
そんな事を考えながらギルドの扉を開けると、俺が来るのを今か今かと待ち構えていたかのように、中に居る冒険者達の視線が一斉に俺の方に注がれた。
そんな厳つい躰で獣耳生やして見られても、可愛くもなけりゃ癒しにもならないからこっち見んなし!逆に怖いわ!
そんな男達が俺の姿を見るとワラワラと俺の周りに集まって来た。
「お前がシオンか?」
「ああ、そうだけど」
「よし。ならお前は今日から俺達のパーティーに入れてやる。有難く思えよ」
いきなりのパーティー勧誘だ。
「はぁ?!何言ってんだお前!そいつは俺達とパーティーを組むんだよ!」
「おぃおぃおぃ。お前こそ何言ってだ。ワイらと組むに決まってんだろ」
近寄って来た男共は口々に勝手な事を言って来る。
どいつも自分達のパーティーに俺が入る事が前提らしい。馬鹿馬鹿しい。
「悪いけど俺は何処のパーティーにも入らないよ」
「ああん?!テメェせっかく俺様が誘ってやってるのに断るって言うのか!」
上から目線で格下扱いされての誘いになんか乗るかっちゅうの。
「はい。既にパーティーには入ってますからね」
嘘は言ってないぞ。俺はロジャーのパーティーのメンバーだ。
今は一時脱退状態だけどな。
ロジャーは戦争が終わったら迎えに来てくれるって言った。だから俺は待つ。ロジャーが来るまでな。
「ほぅー。一体何処のパーティーに入ってるんだ」
「《イカヅチ》人大陸に他のメンバーはいる」
「何だお前、本当は出されたんじゃないのか?!」
周りの冒険者達から一斉に笑い声が上がる。アハハハハ。
笑たけりゃ笑えばいい。そんな事は昔から慣れている。
魔術もろくに使えない役立たず。出来損ない。ごくつぶし。そんな風に言われて嘲笑われて生きて来たんだ。ロジャー達に会うまではな。
俺には俺の生き方がある。恩を返さなきゃいけない人が居る。俺はもっと強くなってロジャーの役に立ちたいんだ。
だからこれ位の事では動じない。笑いたきゃ笑っていろ。
俺は、その人だかりの中から出て依頼書の前まで進んだ。
どうせ俺に声を掛けて来たのだってシルバーが目当てだったんだろう。あの猛毒の糸の毒を抜けるシルバーを使って荒稼ぎでもしようと思ってたんだろうな。そうは問屋が卸すかってんだ。金が欲しけりゃ全うに仕事をしろ。楽して金が手に入るとは思うな。クズが。
暫く依頼書を色々と見てたが、これと言って良い仕事が無さそうだ。
そうだ。この間買った錬金術と魔術の本を見ながらいろいろと試してみるのも良いかも知れないな。
しばらくは働かなくても良い位の金も入った事だし。
さっそく宿屋に戻り本を広げて読みふける。
錬金術で重要なのは、精神統一と念じる心らしい。後は、才能だ。
志が人一倍あっても出来ない奴は出来ない。
回復薬を作ろうとしても、コポコポと泡立つ得体の知れない何かが必ず出来てしまう。それが何なのか飲んでみる度胸のある奴が居るだろうか。俺なら飲まない。
絶対おかしいだろ!そんなの!
俺の経験上そう言うのは毒系統だと決まってるからな。
まぁ、回復薬程度なら何か知らんが俺でも造れるんだ。昔ちょっと練習したら作れるようになったんだよ。問題は武器だな。
確か袋の中にタランの牙があったな。これで武器が作れないかな。
えっと。元になる武器と強化材料の魔物の部位と、鉱石か。
なになに。鉱石の種類によって付与付になるか。鉱石は鉄でいいか。沢山あるしな。
で。どうやってやるんだ?
あー、そうですか。そうですよね。
錬金釜に入れないと出来ないんですね…。って、初めて聞いたわ!!
錬金釜なんて何処に売ってるんだ?道具屋か?
けど、今まで一度も見た事が無いぞ。
分からない事はギルドに聞けば良いか。
さっき訪れたばかりのギルドに再び趣き、暇そうにしている受付の前に行った。
「こんにちは」
「今日はどうされましたか」
うん。マニュアル通りの受け答えだ。
「教えてほしい事があるんですが、いいですか?」
「私に分かる事でしたら、どうぞ」
分からない事は調べてもくれないって事か?大丈夫か、この人で。
「錬金で使う釜ってありますよね。それは一体何処に行けば手に入るんでしょうか」
「釜ですか?魔法具専門店に行けば買えるんじゃないですか?
結構値がありますけどね」
「因みに幾らくらいの物なんです?」
「そうですね…。ピンキリで、安くて金貨5枚。高いのだと金貨30枚と言うのもありますよ」
「やはり値段が高い方が性能が良いんでしょうか」
「そうですね。ある意味そうかも知れません」
歯切れの悪い受付嬢にもう少し突っ込んで聞いてみる。
「ある意味とは?」
「金貨5枚程度の釜ですと、錬金するのに丸三日ほどかかります。
金貨が30枚の方は半日程度で錬金が可能になります」
「なるほどー。分かりました。有難うございます」
急ぐものじゃないし、取り敢えず練習用に安いやつでも買うか。
付嬢に地図を描いてもらい、そこに店の名前も書いて貰った。
裏路地の分かりにくい場所に在るようで、俺は地図を見ながら歩く事10分。ようやく店の前に到着した。
「分かりづれぇ・・・・」
一見普通の民家。申し訳程度の看板。これで客が分かるのか不安になる。
「何でこんな場所に店構えてんだ。表通りの方が客が来るだろうに」
『あー。盗賊とかに襲われない様にじゃないのか?魔法具は良い金になるからな』
「―なんでシルバーがそんな事知ってんだよ…」
『常識だ!』
あーそうですか。すみませんね。常識が無くってよ!
木のドアを開けて中に入ると、コンビニ程の広さの中に所狭しと商品が陳列している。
ネックレス・指輪等のアクセサリー関係から鍋や鉄板と言う珍種までさまざまある。
高価そうな物は魔法が施されている透明の硝子のようなケースに入っている物もある。
その中に錬金釜らしき物を見つけた。
ざっと店内を見回し、カウンターの中に居る二十代後半の女性を見ると、俺とシルバーを交互に見て険しい顔をしている。俺の様な子供は買いに来ないのだろうか。それとも店内ペットお断りか?
『おい、誰がペットだ』
シルバーが何やら言ったが聞こえなかった事にしよう。
「すみません。錬金釜が欲しいんですけど」
「お使いかい?」
「いえ。俺が使いたいんですが」
まじまじと俺を見つめた女性は少し考えながら言った。
「錬金は才能が無い者には使えないよ。しかしあれだ。お前みたいな珍しい系統は久しぶりに見たぞ」
珍しいって何だよ。俺は珍獣か?
「まあいいだろう。だが、私も使いこなせない者に売る気はないよ。道具が可愛そうだからな。取り敢えずこれに手をかざしてみろ」
そう言ってカウンターの下から赤子の頭ほどの水晶を取り出した。
俺は言われたままに水晶の上に手をかざす。
水晶が虹色の光を帯びて光が消え去ると、手を離していいと言われ、手を離す。
その水晶を覗き込んだ女性が驚愕の表情になった。そして絞り出すように言葉を発する。
「お前は一体何者なんだ…」
「へっ?」
間の抜けた様な返事をしてしまったのもしょうがないと言うものだ。
いきなり「お前は一体何者だ」なんて言われても返事に困る。ここは「人間だ」と返すべきなのか、それとも「ただの冒険者だ」と言うべきなのか迷う。
「えっと、冒険者で普通の人間ですが。何か?」
結局全部言ってしまった。アホか俺は…。
「いや、悪い。そう言う意味で聞いたのではないんだ。私が言いたかったのは、普通の人間ごときが何故全属性の魔法を扱えるのか。と言う事なんだ。魔族でもない限りあり得ないだろ。普通」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「いや…、魔族でも無理があるな。精々4属性が良いとこだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「で、お前は一体何者なんだい?」
それまで黙って大人しくしていたシルバーが突然喋り出した。
『それについては俺が説明してやる』
「やはりお主は従魔であったか。では聞こう」
『シオンが全属性を扱えるのは、精霊の加護を授かっているからだ。それも精霊王のな。
コイツはどうも精霊達に好かれているらしい。俺と初めて出会った時にも精霊たちがシオンの周りに纏わりついていたからな』
「そうか、お前は精霊の申し子なのか…」
「精霊の申し子?」
「知らんのか?精霊に愛されし人の子と言う意味だ」
「初めて聞いたな」
「知らないのも無理はない。精霊の申し子が最後に現れたのが約800年前だ。
人大陸にあるゴルティア国の英祖。つまり初代国王がそうだったそうだ」
「ゴルティア国の英祖…?」
「ああ。私も母親から聞いた事だから詳しくは知らないが、金色の髪に紫暗の瞳をしていたと聞いた。・・・・・・・・その髪…、その瞳の色…、まさか・・・・。」
『俺達は人大陸から来た』
シオンは「他人の空似」又は「偶然同じだけ」と思っていた。
自分の出生地が偶然にも同じ国だったと。
ただそれだけだと。
シオンは知らない。
生まれて直ぐに母を亡くしたから。
自分の父親が誰なのかを知らなかったのだ。
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