黒井 狐 2016-02-13 21:23:47 |
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【第一幕】神は僕に微笑んでいる?
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珀狼 雅魅(はくろう まさみ)は最強の喧嘩男子である。
相手が5人程度であれば、5分と経たずに片を付ける。
10人以上とやり合おうとも、最後は誰一人として彼の前に立っていられる者はいない。正に鬼のような不良男だ。
……というのが、噂で流れているらしい。
だかそれは、全くの思い込み、勘違いである。確かに自分は、5人程度なら5分以内に片付ける、こともある。
しかしそれでも、自分は断じて『不良』ではない。
というのが、雅魅の意見だ。
見た目だって、焦げ茶に染めた髪と鋭い目と桁外れの身体能力を除けば、どこにでもいる普通の学生と変わりない。ピアスやアクセサリーを付けたりはもちろん、制服を着崩してすらいないし、何よりも一人称が『僕』である。
一人称が『僕』の不良など、居るだろうか?普通に考えて、まず居なそうだ。
そういった具合で、珀狼 雅魅は不良ではないハズ……
いや、不良ではない。
断じて、不良などでは、ない!
◇ ◇ ◇
ピピピピッ____
ピピピピッ____
「んん………」
____朝。
まだ覚醒しきらない寝惚けた頭に、目覚まし時計の不愉快な音が響く。
ピピピピッ____
ピピピピッ____
手探りで時計を探すも、それらしい感触がない。
どこだ……。
「んぐ……んん~……」
ピピピピッ____
ピピピピッ____
「……………………」
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ____
「あぁもう……っるさい!!」
雅魅は遂に観念し、起き上がる。
霞む視界の中、時計を見付ける。どうやら届かない位置にあったようだ。
ピピピピピピピカチッ____
小気味いい音と共に、鬱陶しい音が消えた。
雅魅は溜め息をひとつ吐くと、立ち上がってカーテンを開ける。
そして毎日毎日元気に輝いている太陽が出ている________
________のではなく、鉛色の空から雫がしとしとと窓を叩いていた。
「雨、ね………誰だよ梅雨明けしたって言ったアナウンサー……」
梅雨明け宣言して、晴れるとか言った次の日に急に雨とかどういうことだよバカじゃねぇの。
そんなことを考えながら時計を見る。
7時5分だった。
今日は金曜日。今日さえ終われば明日から至福の休みだ。
はぁ、と二回目の溜め息を吐き、雅魅はクローゼットを開いた。
◇ ◇ ◇
制服に着替えてリビングに降りてくる頃には、もうすっかり目が覚めていた。時刻は7時12分。通っている高校までは20分もあれば間に合うからまだ余裕がある。
朝食くらいいくらでも作れる。
キッチンの冷蔵庫を開けると、昨日買い足したばかりの野菜があった。
「きゅうり……は別にいいか。……トマト…なんていう兵器はなし。…あ、ツナ缶あったな……」
適当に食材を手にする。ちなみに雅魅は、トマトが大嫌いだ。
トマト=お口破壊兵器、である。
「コショウはまだ……あるな。」
何を作るかなど、決まっている。
サンドイッチだ。
適当に具をのせて、シンプル・イズ・ベスト。
「……おっけーっと」
見た目はまぁ、手抜き感抜群。
食パンを4枚使って2つのサンドイッチを作った。それを皿に乗せてリビングのテーブルまで運ぶ。
テレビをつけ、イスに座り、「いただきます」と言ってからサンドイッチにかぶりつく。
味は、まぁ……手抜き感満載だった。
窓を叩く雨の音が大きくなる。
ザァザァと一心不乱に鳴り続ける雨の音と、ニュース番組のアタウンサーの声だけが、家の中に響いた。
……他に家族が居ないわけではない。
父と母は二人ともまだ存命だ。
ただ、家を留守にしているだけである。
…………この2年間。
「一体どこで何してんだか……」
テレビの横に置かれた写真立てを眺めて呟く。
写真には、高校に入学したばかりの雅魅が面倒くさそうな顔で写っており、それを挟むように両親が写っている。
二人はこの入学式の日から、世界中を旅している。
前からちょくちょく出掛けてはいたが、雅魅が高校生になって一人暮らしできるようになったところで本格的に旅を始めたようだった。
「はぁ……さてと」
また溜め息を吐いて立ち上がる。
鞄が二階の自室に置いたままだったのでサンドイッチ片手に取りに行く。
リビングの後ろ、テレビと反対側にある階段を上がって自室へ向かう。
ふと、テレビを消していないことを思い出した。
階段の上からリビングのテレビを覗くと、どうやら占いの途中らしい。
オネェが色々とラッキーアイテム片手に饒舌に話している。
次で最下位と1位の発表らしかった。
『さぁて、乙女座と蟹座!最下位になるのは~…………ざぁんねんっ!乙女座のあなた!変な人に出会いそう!ラッキーアイテムは、コレコレ!そうスタンガン!変な人はコレで撃退しちゃいなさい!正当防衛よ正当防衛~!』
「……何て占いしてやがるんだ」
視聴率下がるぞ、と8月24日生まれ乙女座の雅魅はツッコミを入れて再び足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
玄関を出る頃には、雨の勢いはかなり弱まっていた。あと少しで霧雨といったところだろうか。
傘を持つか持つまいか迷っていたが、この様子だと、もうしばらくすれば止むだろう。
雅魅は玄関の鍵をしっかりと閉めてから、前へ向き直った。
家の前の道は、緩やかな坂になっている。この坂を上へ進むと、左右に様々な店が軒を連ねる商店街へと続き、逆に下れば、その約1km先にある駅へと続く。
買い物だの、出掛ける用事がある時には、わりと困らない位置だ。
「さてと…………ん?」
歩き出そうとした雅魅の足は、不意に“あるもの”を見付けて止まった。
雅魅の視線の先には、シャッターの閉まった一軒の惣菜屋。
そこにある自販機の前に、柄の悪そうな男が数人いた。
ただそれだけならば、どうということはない。だがしかし、問題は見た目などではなかった。
「缶ビールなんてそこの自販機で売ってイルノカナー」
売ッテナイヨナー
と、あからさまに棒読みで言ってみる雅魅は、嫌な予感で頭の中が埋め尽くされていた。
雨宿りなら分かる。だがそれでは缶ビールの説明がつかない。明らかに別の場所で買っている。それなのにわざわざ、何故、ここで雨宿りをする必要があるだろうか?
しかも、この坂の上には、ちょうど公園があり、雨宿り場所にはちょうどいい建物もあるハズだ。
それでも何故あそこにいるのか。
知らん。
……憶測だが、人を待っているの可能性がある。
わざわざあんな場所で、あんな柄の悪い男達が……誰を?
今朝の占いが思い出される。
『変な人に出会いそう!』
「………」
嫌な考えを振り払うように、深呼吸をする。
「……僕じゃありませんように……。」
せめてもの気休めに、神様にでも祈ってみた。
◇ ◇ ◇
結果。
占い凄い。
男の一人が、雅魅の姿を見るや否や、他の男達にコソコソと耳打ちした。
そして案の定……
「よぉ、そこの兄ちゃん」
あからさまな呼び掛け。
それを無視して通りすぎようと試みる。
しかし____
「無視たぁ、なかなかいい度胸じゃねぇかよ。珀狼 雅魅クンよォッ!!」
途端、雅魅に話し掛けてきた男が、雅魅の後ろ姿に向かって殴り掛かった。
が、次の瞬間____
「あ……?」
雅魅の姿が消え、男の拳が空を切る。
その姿が一瞬にして消え去った雅魅は、しかし、消えたのではない。
“目にも留まらぬ早さでしゃがんだ”のだ。
雅魅はしゃがんだ姿勢のまま、左足を突き出し、右足を軸としてコンパスの如く半円を描く。
「うおお!?」
雅魅の左足は、これまた目にも止まらぬ早業で男の足元を救った。
バランスを崩した男は、そのままアスファルトめがけてダイブを決める。
……顎から。
「あがッ!!あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"~~ッ!!」
「ふん。」
この間、僅か3秒にも満たない動きは、正に神業だった。
雅魅は、顎を押さえて悶絶する男を一瞥して立ち上がり、他の男達を見やる。
皆、「えーっと」とでも言いたそうな顔だった。一人を除いては。
シャッターに寄り掛かったまま、微笑を浮かべている男がいた。その格好は少し変わっている。
まぁ、“真っ赤なジーンズ”なんてここらでは滅多に見ることはないので、そりゃあ変わっているだろう。
するとその赤いジーンズの男が前へと出てきた。
「やぁやぁ、君が噂の珀狼 雅魅君だね?いやぁ、今日は運がいい。丁度、会ってみたいと思っていたんだよ。」
白々しい台詞を吐いて、手を差し出してきた。
「……何でしょうか」
「握手だよ。」
生憎、雅魅はこんなやつらと仲良くする趣味はない。
「お断りします」とキッパリ言い切ると、男は肩を竦めてヤレヤレとでも言いたそうな顔をする。
「ま、いっか。珀狼君、ちっと俺らに付き合ってくんないかな?」
これは、『喧嘩しようぜ』ということだろう。
当然、「はい分かりました」とは言いたくはない。かといって、断ったとしても問答無用で襲って来るだろうし、仮に撒いたとしても、また待ち伏せだの何だのをされては迷惑だ。
ここは、穏便に済ませることを考えよう。
「喧嘩しようぜ?」
「…………………………………………」
コイツ、バカナノ?
そう思う他ない。
いや、待て。よく考えてみよう。このタイミングでダイレクトで言ってくるということは、もう喧嘩は避けられない。
日を改めることも、不可能だろう。となると、だ。
選択肢はもう、ない。
「……………わかったよ……」
「ふ、賢明な判断で何より。」
お前が選択肢を消したんだろうが、と言いかけるのを何とか我慢する。
男はそのまま「こっちだ」と言って雅魅に背を向けて歩き出した。が、不意に後ろを振り返り、言い放った。
「そうそう。俺の名前は将坂 和也(おざか かずや)覚えといてくれよ。」
将坂和也
そう名乗った赤いジーンズの彼は、それだけ言って再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
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