白楼 2016-02-12 02:27:21 |
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◆ 第一章 私の名前 ◆
ここは何処だろう。
目隠しをさせられているせいか、視界が暗い。
近くからは獣の唸り声と、少女達の啜り泣く声が聞こえる。
耳を澄ましてみると遠くから騒がしい声も聞こえた。
これから私はどうなってしまうのだろう。
私が今なぜこんな目にあっているのか、それは今朝突然母さんの知り合いという人に道で会ったせいだろう。
母さんの知り合いという人は、はじめは親切な人だと思った。
重たい荷物を運ぶのを手伝ってくれると言われた、その瞬間までは。
ところがその後すぐ、不意に後ろから別の男に変な匂いの布を嗅がされ、その後目を覚ましたらこの有り様だ。
今思えばあの男達は、最近町で噂になっていた人さらいの連中だったのだろう。
話には聞いていたのだが油断しすぎていた。
母さんは今ごろ心配しているだろうか。
父さんが仕事で家を空けることの多いわが家は、母さんと私の実質二人暮らしのようなものだ。
そして父さんは昨日から一週間仕事で帰れないことも知っている。
つまり今、母は家に一人なのだ。
母さんの心配をしている場合ではないのかもしれないが、やはり気がかりではある。
「おい、次の商品はこいつか」
「乱暴に扱うなよ、売値が下がったら困るからな」
低い男の声とともに縛られた後ろ手を、無理矢理引き上げられた。
商品?売値?この男達は何を言っているのだろう?
もしかして私、売られるの?
そんな事をされたら、もう母さんと父さんの元に帰れない。
「んんー、んー」
必死に声をあげたいけれど、口を布で塞がれ喋れない。
「暴れるな、どのみちお前はもう売られるんだからな」
私の抵抗も空しく、男達は無理矢理引きずるように先ほど聞こえた騒ぎ声の元に私を突き出した。
「さぁ、次は今日一番の美少女だよ。見た目は少し汚れているけど磨けばそれなりのもんになる。さぁ、五十からだ」
六十、七十、八十という声とともに、私の目と口を覆う布が外されていった。
それと同時に私は、目の前の驚きと絶望に襲われる。
広めのホールにはこれでもかと言わんばかりの人々が、皆こちらを見ていた。
彼らは品定めをするかのようにこちらを見て何かを話しているようだ。
中には声を上げ数字をつり上げていく者もいる。
つまりは私を買うつもりなのだろう。
恐怖で足元は震え、顔色も青ざめていくのが自分でも分かった。
百、百十、百二十、百二十五。
あぁ、きっともう母さんと父さんの元には帰れないのだろう。
それどころか売られた先で、私はどんな酷い目にあわされるのか、考えただけで意識が遠ざかりそうだ。
出来ればこま働きがいいが、そう都合良くはいかないだろう。
百五十、百五十五、百六十、ドンドン上がる数字の中、会場をざわめつかせる数字が上がった。
「三百」
会場中の人が声の方へと目を向ける。
私も思わず、声の主の方へと目を向けてしまった。
声の印象的にはおそらく若い男性の声だ。
そして多分、この声の人物が私を競り落とすことになるのだろう。
「他にありませんか」
司会の男は我に返り、急いでオークションの進行を続けた。
しかし、その後数字を上げる者は誰も現れず、三百の声をあげた男に私は落札された。
それもそのはずだ。
三百万なんて大金を見窄らしい少女を買うために軽々払うような酔狂な若い男など、物珍しいにもほどがある。
そんな奴はよほどの変わり者か、相当変わった趣味の持ち主としか思えない。
そして私はそんな奴に競り落とされたというわけだ。
人はこういう状況を最低というのだろう。
数十分後オークションが終わり、私は別室に連れて行かれたが、もはや抵抗する気力もなくなってしまっていた。
私を引っ張ってきた男達も、あとは私を例の若い男に引き渡してお役御免と言ったところだろう。
「ではこちらで品物をお引き渡しいたします」
先ほどの司会の男の声が聞こえる。
扉が開く先をげんなりとした瞳で私は見つめた。
しかし扉の向こうから現れた男は、意外なことにいかにも平凡を絵に書いたような男だった。
「ふん、近くで見ればまあまあだな」
「では、こちらにお引き渡しのサインを」
目の前の平凡な男は何気に失礼なことを口にすると、司会の男に渡された書類にサインをした。
「はい、結構です。では焼き印の方はどうします?」
焼き印という言葉に私は反射的に、ビクリと体を震わせる。
そんな物を押されたら永久に奴隷扱いから解放してもらえない。
なによりも、『焼き印』という物が痛々しく、熱そうに聞こえてとても怖い。
お願い、そんな物を押したりしないで。
そうしておびえている私の目の前で、彼は戸惑うこともなくさらりと一言述べて見せた。
「そんなものはいらない」
その一言を聞いた瞬間、私は安堵のため息をもらした。
「今なら無料サービスですが」
「いらないと言っただろう」
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