天ノ河 玉藻 2016-02-02 01:54:26 |
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その後、しばしの間シャミの着せ替え人形となった僕は、最終的にカーディガンにスカートという何とも言えない具合の服装になった。
何だか実用的なチョイスなのが、地味に気になる。まさかこのまま過ごすなんてことになるのだろうか?だとしたら、絶ッ対に、それはもう超絶的にお断りだ。
何気なく、くるりと一回転してみる。
髪と一緒にスカートもふんわりと舞って、ちょっと面白い。足がスースーするのがかなり違和感あるけど。
「へぇ~なになに?気に入っちゃった?」
不意に後ろから声を掛けられる。
慌てて振り向くと、予想通りのニコニコ顔のシャミが居た。
「だっ、誰が気に入ってなんか……!」
「ふーん、どーだか」
シャミは軽く腕を組んで微笑みながら、からかうような目線をこちらに向けてくる。
……不幸になればいいのに。
そう言い出しそうになって、ギリギリ言葉を飲み込む。
代わりに僕は、そっぽを向いて徹底反抗する姿勢を見せた。
「何さ、自分が勝手に着せたクセに。それに加えてからかうなんて、酷いじゃないか!」
「あら。何を言うのかしら、ディラ?アンタだって男なら本気出せば逃げることだってできたでしょうにねぇ?」
言い返すも、更に追い討ちを掛けられる。
もうこうなったら言葉なんて選んでられるか!
「逃げたところで普通に捕まるしっ!!しかもそのあと絶対に『お仕置きが必要ねぇ?』とか言ってこちょこちょとかするでしょ!?やめてって言っても問答無用でッ!!それが怖いからこういう状況にならないように事前に逃げてるんだよ!?予防だよ予防!そもそもシャミはどうして毎回毎回突然変なことを僕にするの!?もうちょっと手加減とか情けとか掛けてくれてもいいんじゃないかにゃああぁぁ!?あひゃひひ!ひははははは!?!?や、やめっ!ひははっ!はっ!?はふひひひひっ!!いひひひひぃッ!?」
文句の塊を吐き出すも、結果はこれ。
迂闊だった。
シャミに背を向けて文句を言っていると、いつの間にか背後に近付いてきていたらしいシャミにこちょこちょをされてしまった。
もう、どうしようもない。きっとしばらくは解放して貰えないだろう……。
「そんなこと言う子には、やっぱりお仕置きが必要よね!さぁ存分に私の華麗なるくすぐり技を食らいなさいっ!」
「あっははッ!?いひひひひひひひ!ひぁぁはははははは!?くふふふっ!も……やめぇぇえっへへへひひひ!?ひゃみぃぃ!もうひゃめてぇぇぇぇはははひひひッ!?」
最早笑うことしかできない。
涙で視界が霞む。
シャミの手は、まるで意思を持った生き物のように僕の脇を上下しながらくすぐり続ける。
耐えられずに体を捩っては、刺激を受けてビクリと背筋が伸び、そしてまた体を捩るという悪循環。
涎が垂れそうになるのを必死に堪えながら、くすぐりに耐え続け、やっと解放された頃にはもう、腰が抜けてしまっていた。
「はぁ……はぁ………はぁ……」
シャミに支えられながら、椅子に座る。
猫背になるのも、背もたれに背を預けるのも億劫で、そのままテーブルに突っ伏した。
髪の毛が顔に掛かるが、もう、どうでもいい。心身共に力尽きてしまった……。
「はー……はー……うぅ……」
「……これはこれでありかも……」
そんなことを言うシャミを、全力で睨む。しかし、上手くいかずに逆にシャミを喜ばせてしまった。
……もう、僕の目の前から消えればいいのに。
そう念じても、シャミはいつまでも僕の目の前で、僕の顔をじぃーーーーーーーーっと覗いていた。
◇ ◇ ◇
コメントして良いのか分かりませんが…;
とりあえず面白かったので、
「コメントすんなよ!」とか思われてたらごめんなさい…;;
姉弟仲良しですね!
こんな弟が欲しいと思ってしまいます…
読んでいて楽しいです!次も楽しみにしてます!
………こうして、騒がしいながらも平和な一日が始まった。
だが、この時の僕らは知らない。
知るよしもない。
後にこの平和的な喧騒を懐かしむことになろうとは。
_________________
【プロローグ】『平和な喧騒に始まれり』綴
【第一話】
_________________
村の一日は、日の出と共に始まる。
大人達は空が白み始めた頃に起き出して、仕事や家事の準備を始る。すっかり明るくなる頃にはもうみんな笑顔で元気に挨拶をし合うのだ。
シャミも例外ではない。
シャミはいつも僕より早起きで、僕が部屋から出て一階に降りると、既に洗濯物を干して朝食の準備も済ませているのだ。
そして起きたばかりの僕に向かって「おはよう、ねぼすけさん」と言う。
シャミは、僕にとって大切な、たった一人の家族だ。
幼い頃から沢山面倒を見て貰ったし、いろんなことを教えてもくれた。
厳しくもあるけど、とっても優しい、自慢の姉だと胸を張って言える。
ただ……
「ディラ、お昼は何がいい?」
「……別に何でもいいよ」
機嫌の良さそうなシャミにニッコリ笑顔で聞かれ、素っ気なく一番困るであろう答えを言う。
僕らは今、買い物に行く途中だった。
天気もいいし、どうせ部屋に籠ってても得はないでしょ、とシャミに無理矢理連れ出されたのだ。
女装姿のままで。
「そんなに恥ずかしがることないじゃない。似合ってるわよ?」
「~~~っ!!」
耳元で囁かれて、顔が熱くなるのを感じる。
きっと耳まで真っ赤になっているだろう。
せめてもの抵抗に、睨み付けるものの、シャミはどこ吹く風といった具合だ。
「落ち着けよディラ。安心しろ、怖いくらい似合ってるから。」
そうこうしていると、不意に後ろから声を掛けられた。
聞き覚えのあるその声に、僕は数秒間身動きが取れなくなる。
それから、ゆっくりと、ゆっくりと、後ろを振り返るが、首が上手く回らず機械人形のような動きになってしまう。
「よ、ディラ。おはよーさん」
「ジ……ジン……お、おはよぅ」
そこに居たのは、ジンだった。
ジン・アグニス
この村で唯一、僕と同年代の友人。
背が僕より少し高くて、焦げ茶色の髪は少し長めで後ろに纏められている。
綺麗な緑色の目が、まるで品定めするように細められていて、居心地が悪い。
「ふむ……はっはは!やっぱり似合う似合う!」
「う、うるさい!」
ジンはいつも僕をからかって遊ぶ。
からかわれるこっちの身にもなって欲しいと思いつつ、普段からの恨みを含めて全力で睨む。
すると、流石にマズイとでも思ったのか、ジンは「まぁまぁ、そんなに怒るな」と言って、ポケットから2つの飴玉を取り出して僕にくれた。
「これで勘弁!」
「物で釣るのは、どうかと思うんだけど」
「そう言いながら飴玉食ってるお前もお前だよ。」
「うっ……」
返す言葉もない、とはこのことろうか。
いつもジンから飴やパンケーキなどを貰ってるうちに、餌付けされてしまったらしい僕の体は、何の疑いもなく飴玉を食べてしまっていた。
「おはよう、ジン。今から狩りにでも行くの?ん、美味しい!」
シャミもちゃっかりジンから飴玉を貰いながら問う。
「ええ。今日は親父と競争するんですよ。もし競争に親父が勝ったら全部の銃の手入れを一月俺がやって、俺が勝ったら、親父の銃を俺が貰う。フェアでしょ?」
あんまりフェアじゃないじゃない気がする。
思わずそう言いかける。が、よくよく考えてみると、ジンのお父さんは銃を多く持ってる筈だ。そのうちのひとつくらい、どうということもないのかもしれない。
「親父の銃全部貰う予定なんで、貰ったら見せてあげるよ。楽しみにしててな、ディラ。」
「全く以てフェアじゃないじゃないか!!」
◇ ◇ ◇
その後、ジンはそのまま南側の森に向かった。
どうやら別々の場所で猟をして競争するらしい。
どちらが勝つのかは分からないけれど、少なくとも両方とも手は抜かないだろう。
「……森の動物達がいなくならないといいなぁ……」
一抹の不安を覚えて呟くのは、ジン達なら本気でやりかねないからだ。あれでも一応は、この村で一番と二番の腕を持つ狩人なのだから。
「大丈夫大丈夫。どうせ気迫に怯えて動物なんて出てきやしないでしょ」
「それはそれで問題なんだけどね……」
不猟は不猟で困る。
ジンの家は、猟で捕れた動物の肉を売ったりもしていて、僕らも毎度お世話になっているのだ。
新鮮で美味しい肉を提供できないとなると、保存の利く干し肉で何とかするしかない。
あれもあれでいいけれど、生肉ならではの料理が食べれないのは、少し物足りな気がする。
まぁ、シャミの料理はどれも美味しいので結果的に、肉が生だろうと、生でなかろうと、微々たる問題となるのだけれど。
現状で問題があるとすれば、今の僕の姿だろう。
……というか、何げに自然体な自分が恐ろしい。
昔から何にでも適応するのが早かったけれど、女装に適応なんてしたくない。まぁ、もう既に適応してしまっているのだが。
「はぁ……ねぇシャミ、僕もう帰る。」
「ここまで来て何言ってるのかしら?」
「シャミが無理矢理連れてきたんじゃないか」
睨みながら言う。
けれどそれは、シャミの不敵な笑みによって跳ね返された。
「………あんまり我儘言うと、あなたの部屋にある本、全部燃やすから。」
……………マズイ。
シャミが僕を『あなた』なんて呼ぶ時は、本気だ。
つまり、燃やされる。
「ちょ、ちょっと待った!わかった!行くよ、行くから!」
「じゃ、早く行きましょ。」
最早、この上下関係はどうにもならないと、改めて実感した。
「……ねぇ、シャミ」
「んん?なぁにー?」
ふと気になることがあって、シャミに声を掛ける。
案の定というか、何というか、シャミの声は軽やかだ。
「これから、どこ行くの?」
「ん?あれ?言ってなかったっけ?ツェルクさんの農園なんだけど、何かマズイ?」
「いや、別に何でもないんだけど……」
ツェルクさんとは、この村で一番大きな農園を営むお爺さんで、野菜を安く売ってくれる。
だが、面倒なことにその農園、村の一番西側にあるのだ。
何が面倒なのか具体的に言えば、その農園に至るまでに多くの人と出会うことになるということで、それはつまり、このあられもない姿を多くの知り合いに見られるということだった。
「うわぁ……」
考えただけで顔が熱い。
そんな僕を横目で面白そうに見ているシャミもシャミで質が悪い。
俗に言う、ドSというやつなのだろうか?
「ふふ、ディラがみんなに何て言われようと、それが賛辞なら別に構わないわよ?私はね」
「あーそーですかー」
言い返す気力もない、と肩を竦めてみせる。
けれどそれもシャミには何の効果もないようで、馬鹿にしたような微笑みを返されてしまう。
その顔が腹立たしくて、そっぽを向く。
けれど、きっとシャミはもっと意地の悪い笑みを浮かべているに違いない。
そろそろシャミへの対抗方法を見出ださないとマズイな、と切に思った。
◇ ◇ ◇
この村は、村と呼ぶには少し余る大きさだと言える。
けれど、町と言うには少し物足りない。
そんな中途半端な大きさをしている。
まぁ、大きさがあっても別段見るものがあるというわけでもないのが現実だけど。
人口はまぁ、70人以上100人未満程度には人が住んでいると思う。
実際に数えてみたことはない。
多分普通に隣の村とかから人が来てたり、町からここら辺でしか採れない薬草を買い付けに来る商人が居たりして数えるのが面倒になるだろう。
村の人の顔や名前が分からないわけでもないけど、たまに「ああ、そういえば居たんだった」となることもある。
と、それはそれでいいとして、僕は別のことを考える。
……何を考えるか?
決まっている。シャミの魔の手から逃れる方法を、だ。
まず一番簡単な手立ては、走って逃げる。
だがこれは却下。
なぜならその後が詰むからだ。多分、シャミに今以上の仕打ちを受ける。
そうなっては元も子もない。
次に、何か用事を思い出した風を装って逃げる。
……無理だ。
僕には無理だ。絶対に。
演技なんて、できない。
見抜かれて詰む。
次、怒る。
無駄だ。
シャミに勝てるわけがない。
次、シャミの趣味を全面否定する。
これも駄目。
シャミが傷つくかもしれない。
「……ディラ、わかってると思うけど、無駄な抵抗は無駄よ?」
「……そんな頭痛が痛い的なこと言われても……はぁ……」
詰んだ。
以上。
「ほら、そんな暗い顔しない。男のくせして女の子みたいに可愛い顔が台無しなんだから」
「皮肉としか思えないその発言を全面的に否定するから!男のくせしてってなに!?こんな男で何が悪いの!?」
「はーいはい。怒らない怒らない。みんな見てるんだから」
………え?
一瞬にして背筋が凍る。
みんな、見てる……?
「…………。」
恐る恐る周りを確認する。いつの間にか、いろんな人に注目されていた。
「ひゃ……ひゃみ……」
顔が火に照らされているように熱くなる。
シャミのことを呼ぶけれど上手く呂律が回らない。
「ん?気付いてなかった?」
シャミのにこやかな笑顔が恐ろしい。
周りからの視線で肌がヒリヒリする。
顔が燃えそうなくらい熱い。
「まぁ、気付いてないのも無理ないか。アンタ、私の後ろにヒナみたいにちょこちょこくっついて来てたもんねぇ?」
ヒナとは失礼な
けれど実際その通りだ……。
シャミの後ろに付いて考え事をしていたせいで周りにまで気が回らなかった。
つまり、明らかな自滅。自業自得。
恥ずかしい。
それ以外何も考えられなくなる。
走ろう。この場から逃れよう。
…どこへ行く?
知ったことか
「ッ!」
「あ、ちょ!ディラ!」
身を翻して走り出す。
後ろからシャミの声が聞こえるが、当然無視する。
「はぁっ……はぁっ……!」
とにかく、ひたすらに走り続けた。
……そしていつしか、道と言う道を見失っていた。
_________________
【第一話】『疾走、そして失踪』綴
【第二話】
_________________
前を見ても、後ろを見ても、右を見ても、左を見ても、全て同じ。
木と草ばかり。
森は大きな木が一定の間を開けて佇んでいて、草も申し訳程度にしか這えていため、比較的歩きやすい。
とはいえ、道がないので適当に進む。
「あ~……帰りたいよぅ……」
空を仰ぎながらぼやく。
木の枝と枝の間から雲ひとつない青空が覗いているけれど、僕の心の中はどんよりとした曇天だ。
それはもう、今にも真っ白な雪が降って来そうなほどに。
「……………………………。」
……無言で歩き続ける。
かれこれ一時間はこうしている気がする。多分
そして、僕は思うのだ。
……これ遭難したパターンだよね……?
森の中をあっちこっち行ったり来たりするうちに、元来た道を見失ってしまった。
そして我ながら何を血迷ったか、適当な方向を決めて歩き出して、今に至る。
そろそろ限界だ。特に足が。
近くにあった木に背を預けて座り込む。地面は案外、湿ってはいなかった。
「はぁぁ~……もう無理……誰か助けてぇー!」
………
叫んでみるものの、無論返答なんてない。
静かに吹き抜ける少し冷たい風が、髪を揺らす。
「うぅ……シャミ……ジン……」
知らず知らずに溜まっていた不安が、徐々に染みを作る。
このまま誰にも会えず、家にも帰れず、死んでしまうのではないだろうか?
そう思うと足が震える。
………この震えがただの疲れによるものだと、今は信じたい。
と、その時
____チリン
「っ!」
不意に、音が響いた。
反射的に立ち上がるが、膝が悲鳴をあげる。
もしこのまま走るなんてことになったら、確実に10秒で終わるだろう。
音がしたのは、後ろの方から。
ちょうどある木に身を隠しながら、恐る恐る覗き見る。
「…………鈴?」
見れば、金色に輝く鈴が落ちているのが辛うじて見える。
鈴と一緒に何かあるけれど、ここからじゃ分からない。
とりあえず周りを確認、警戒する。
「……………………………」
一通り見回すが、何も見当たらず。
もう一度鈴を凝視するが、特にコレといった仕掛けなどはなさそうだ。
周囲をなお警戒しながら鈴の元へ歩いて行く。
近付いて分かったけれど、どいやら腕に付けるタイプの装飾品のようだ。細やかな鎖でできたそれには、鈴以外にも何やら青紫色の石が付いている。
「誰がこんなもの……」
もう一度、周囲を見回す。
やはり何もないし、誰もいない。
再び手に取った鈴付きの装飾品に目を向けた。
「ついておいで」
「ひぃっ!?」
突然後ろから声が聞こえて変な声が出てしまう。
っていうか、何!?誰かいたの!?
慌てて後ろを振り向く。
けれど誰も立ってはいなかった。視線を下へ向ける。すると……
「………」
「え?あ、えっ?き、狐……?」
そこにいたのは、可愛らしくちょこんと座った狐だった。
野生にしてはかなりふわふわな毛並みの狐は、猟師に見付かれば速攻で標的にされるだろう。
狐はまっすぐ僕のことを見つめている。
しばらくすると、不意に弾かれたようにきびすを返して歩き出した。
「?」
何だったのだろうか?
そう思いながらじぃっと見ていると、ある程度離れた場所で狐は止まった。そして僕の方を振り向く。
「………」
「……えっと……」
もしかしてこれは、ついてこいってこと、なのかな?
………
「……まぁ……どうせだし、いいよね」
このままただ時間が過ぎるのを待つよりはいいだろうし。
それに、もしかしたらこの狐は誰かに飼われているのかもしれない。
もしそうだとすると、人間に対してここまでの対応ができるのも、あの毛並みの良さも頷ける。
そんな淡い希望を胸に、僕は狐を追いかけた。
◇ ◇ ◇
狐はたまに変な行動を取る。
木を軸にUターンしたり、木と木の間をジグザグに歩いたり。
何を探している風でもなく、ただ純粋に、迷うことなく進んで行く。
何げなしに道を振り返ると、一応は一定の方向に向かって進んでいるようだ。
それはいいとして……
「……」
「……」
さっきの声は何だったんだろう?
まさか、狐が喋るわけはないだろうし……かといって、周りには誰も居なかったし……うーん、謎だ。
* * *
『ついておいで』
* * *
「…………」
声は男。
大人、という感じではなかった。
10代で通る声だと思う。
優しい口調で、僕のような迷子状態の人に掛けるような感じ。
……もしかして、不安で精神が参って、幻聴でも聞いたのだろうか?
「……謎ということにしよう。うんそれがいい」
「………」
……狐はなおも進み続ける。僕はそれに付いていく。
……気のせいかな?僕は人の後をちょこちょこ付いていくのが得意な気がする。
……今目の前にいるのは狐だけど。
しばらく歩いていると、前方に開けた場所があるのが見えてきた。
やった!助かった!
「……………ん?え?」
という喜びも束の間。
見えてきたのは予想より小さな野原。
縦横50メートルあるかないかといった広さの原っぱに、何故かアーチが建っている。古ぼけたアーチは、長い間そこにあるのか、全体に蔦が絡み何とも言えない神秘的な光景を生み出している。
アーチそのものもなかなか凝った造りをしているのだからなおさらだ。
狐は迷いなくアーチの下へと歩いて行く。
僕は相変わらずそれを追う。
「ここ、一体何なんだろ……君は知ってるの?」
「…………」
なんとなく、狐に話し掛けてみるけど、反応はない。
まぁ、当然と言えば当然だけど。
そうこうしているうちに、アーチの下へ到着した。
近くで見てみると案外大きい。4、5メートルはあるんじゃないだろうかという程だ。
狐はそのアーチの前でちょこんと座る。
まるで僕が通るのを待っているかのように。
「……」
「………」
当然、狐は何のアクションも起こさない。
何かこう……もっと動物らしい振る舞いをして欲しい気もする。
耳をピクピクさせたり、尻尾を動かしたり、毛繕いしたり。
「………」
「…………はぁ。まぁいいか」
僕は諦めてアーチに向き直る。
古びていながらも今なお気品を感じさせる佇まい。
質素な、それでいて美しいその姿は、貴族の豪邸にあってもおかしくはないだろう。
「……」
一歩、前へ踏み出す。
そしてもう一歩で、アーチの真下を潜る。
その瞬間、静電気がバチリとなったときのような痛みが、全身を覆った。
「ッ!」
そして、僕は見た。
、、、、、、、、
蒼い光を放つ木々を。
◇ ◇ ◇
“いいか、シャミ、スティラ。”
_____懐かしい声。
力強くも優しい色を持ったその声は、目の前の暗闇の中に響く。
“この森は人間を選ぶ。選ばれた人間は、森に好かれたのだ。”
_____あぁ、そっか。目を、開けなきゃ。
でも、うまくいかない。瞼が鋼鉄にでもなった気分だ。
“森は蒼い。眩しいくらいに蒼く輝いておる。だがな、ただの人間には見えることはない。”
少しだけ、目を開けられた。
ぼやける視界の中に、懐かしい顔が映る。白髪の混じりのくすんだ赤い髪、歴戦の戦士を思わせるような、右の頬を走る傷痕。
彼は僕のおじいちゃんだ。
“そして、森に気に入られると、その蒼は見えるようになる。多少時間は必要になるがな。”
おじいちゃんはどこか遠くを見て言う。
よく見れば、おじいちゃんの隣にはシャミも居た。が、眠っているようだ。
“実を言えばワシも、森に気に入られた人間の一人なのだよ。”
“___ふぅん”
不意に、別の声が聞こえた。
声がした方を見れば、シャミの口許が笑っている。寝ていたわけではなかったらしい。
“うん?なんじゃシャミ。起きておったのか。狸寝入りが上手いな”
“ふふっ”
相変わらず、僕の体は動かせない。
僕の意思に反して、体は休息を求めているらしい。
おじいちゃんがこちらを見る。それから、優しく微笑だ。
“ふっ。どうやらスティラは本当に寝てしまったようじゃな。さて、そろそろ帰ろうか。”
突然、浮遊感に襲われる。
どうやら体が持ち上げられたらしく、景色が変わった。
立ち並ぶ太い大きな木々。その根本に寄り添うように生える緑色の苔、丁度良い長さに育っている雑草……ここは森の中らしかった。
体が揺れるのが心地いい。眠気を誘われたのか、開きかけの瞼が徐々に重くなっていく。
もう少しすれば、この混濁しつつある意識は完全に霧散するだろう。
“ああ、それとな”
言い忘れがあるらしく、おじいちゃんが立ち止まって口を開く。
それにシャミが「なになに?」と相槌を打つ。
“一度選ばれるとな、一定の代までそれは受け継がれるんじゃ。”
“………?”
“つまり、気に入った人間の子供のことも気に入るということだ”
“ふぅん”
それだけ言って、おじいちゃんは再び歩き出す。
“_____……蒼い森は人を幸せにすると言うが、お前達もそうであって欲しいものだ……”
それが聞こえたのは、僕だけらしい。
そして間もなく僕の意識は泥沼のような眠気に沈んだ。
◇ ◇ ◇
_____鼻先がむず痒い。
そんな間抜けたことを考えながら、体を起こす。
「ん……んん…?」
見れば、雑草の葉が丁度鼻先をくすぐっていたらしい。
「えっと……ここ、は……」
辺りを見回す。
あるのは木と草と、そして後ろには例のアーチだけ。
再び前に向き直る。そして、僕は唖然とした。
「え…………城……?」
そう、城だ。城がある。
視線の先、崖があるその上に、堂々と城が建っていた。
「な、何で?来たときは、何も……っていうか、僕は一体何で……」
疑問がいくつも沸き上がり、混乱する。
頭を抱えたくなる衝動に駆られるものの、なんとか押さえる。
「落ち着け……冷静で客観的に考えなきゃ……」
昔、おじいちゃんから教えられたことを思い出す。
焦った時こそ冷静で客観的な目線で考えろ、というものだ。
まず、ここで目を覚ます前の事を思い出す。
「ええと……狐を追い掛けてアーチまで来て……あ、そうだ!何かビビッと来たんだよなぁ……」
そして、物理的な意味でビビッと来たあと、夢を見た。
いつのことだったか。森に散歩に行った時のことだろうけど、正直ほとんど忘れてしまった。
「確か……蒼い森がどうとか言ってたっけ……森は蒼く輝いてるって………」
………蒼く輝いてる?
「あ」
そこでもうひとつ思い出す。確か物理的にビビッと来たその瞬間、目の前に蒼く光る木々が見えた。
「うーん……何だったんだろ……夢……?」
夢ならあり得る話だ。
または幻覚とか
……と、まぁそれはいいとして、今はどう考えても夢でも幻覚でもないこの状況を改めて認識する。
さてどうしたものか。
目の前に聳え立つ城を眺めながら思案する。
ちなみに、今立っている場所は何故か木が生えておらず、横一直線に原っぱが広がっている。まるで区切られているようだ。
もしかして、植林した場所かな?
そんなことを頭の隅で考えているうちに、どうするべきか答えが出る。
とはいえ、これ以外に答えなどないが。
「あのお城……誰かいるかな……」
吸血鬼とか、魔王とかがいなきゃいいけど。
そんな馬鹿みたいなことを考えつつ、僕は足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
………おかしい。絶対におかしい。
何がおかしいかって?ふふふ、それはね……
全く前に進んでる気がしない!
正確には、進んでいるはずなのに、例の城が全く近付いてこないのだ。
まるで、太陽か月に向かって歩いている気分になる。
後ろを振り返っても元いた場所……あのアーチはもう見えない。
前に進んでいるはずなのに、前に進んでいる気が全くしない。
「どうなってんだこれ…」
いい加減足が痛い。
日も傾いてきたし、このままでは野宿だ。
雪の降る季節は終わったものの、屋外で夜を明かすことになれば、それなりの寒さは覚悟しなくてはならないだろう。
ついでに言うと、お腹も空いた。
朝食以外今日はまだ何も食べていない。
……今頃、シャミは心配しているだろうか……?
「……………してるだろうな……」
シャミのことだから、村の人を総動員させて森を探している可能性だってある。
「……早く、帰らないと」
やはり一番はそれだった。
早く家に帰って、シャミを安心させてあげないと。
「…………。違う、かな……」
そう、違う。
本当は、僕が安心したいんじゃないのか?
そう思うと納得してしまう自分が嫌いだ。
でも、事実だ。
僕は今、物凄く心細い。せめて、さっきの狐がいてくれたら良かったのに。
「それにしても……お腹好いたなぁ……」
「でしたら何かお召し上がりになって行きますか?」
「……………………………。」
………………………………。
………気のせいだろうか?声が聞こえた気がする。しかもまた後ろから。
となると、また狐でもいるのだろうか?
僕は固まって動かない。というか動けない。
普通、こんな場所で声を、しかもいつの間にいたのか、背後からかけられて驚かない人などいるだろうか?
それに僕はさっきの狐の前例もあるので、余計に動けない。
何度もあの怪現象を味わってたまるか!
「あらあら?あの~…どうかしましたか?」
…………。
気のせいだろうか?また話し掛けられた。
今度のは新手かな?
なんて馬鹿なこと考えてる場合じゃない。
このまま無視するわけにもいかず、後ろを向こうとする。が、どうしてもぎこちなくなってしまう。
「あ、どうも~」
「……………」
…………………。
_____人が、いた。
ジワッ
「あらあら~……どうされました?どこか具合でも悪いのですか……?」
目の前の景色が歪む。
どうしてだろう?
そう思ったところで原因に気付く。
「……うぅ……ひっぐ……」
「あらら~……ええと……クッキー、食べますか…?」
◇ ◇ ◇
太陽の位置が低くなっていくに連れて、森の中は徐々に暗くなっていく。
あと2、3時間もすれば完全に日が暮れるだろう。
その前に例の城に辿り着けるのだろうか?
僕の目の前を進む女性を見ながら、僕はそう思った。
ミミア・トパーズと名乗ったその女性は、オレンジ色の綺麗な長い髪を揺らしながら凛とした姿勢で歩いている。その行動には何ら不審な部分はない。だがしかし、問題はその格好だ。
黒いロングスカートに白いエプロン、それから無駄にフリフリの装飾を施した服装……そしてダメ押しとばかりに頭に乗っている、これまたフリフリしたカチューシャらしきもの………一体、この服は何なのだろう?
やっぱりエプロンをしているのだから、家事をするための……?
それにしては少し……というか、かなりヘンテコな格好だ。
……まぁ、何げに絶賛女装中の僕が言えた義理ではないけれど。
「………。」
僕は自分が手にしている、布で作られた袋を眺めた。中身はクッキーだ。
ついさっき、ミミアさんに貰ったもので、とっても美味しい。シャミといい勝負になると思う。
「あっ」
「え?」
突然、ミミアさんが声をあげて僕の方を向く。
「まだあなたのお名前、聞いてませんでしたね~!」
優しいお姉さんの笑顔に、好奇心が混ざったようなふんわりした笑顔で詰め寄られる。
近い!顔が近いです!
「え、ええと……スティラ・アルケミー、です」
素直にそう答えると、ミミアさんは僕の手を両手で掴んで「あらあら~、顔に似合ってかわいいお名前ね~」なんて言う。
かわいいって言われたよ……
僕の男としてのプライドが早くも瓦解の一途を辿る。
「あの……勘違いしてるみたいですけど……僕は、男です」
「あら?そうなの?でもその格好……」
「……………これは……その、湖より深い訳があるんです……」
「そう……分かるわ……きっと、女装させられたのでしょう?」
ああ神よ………いや、この人こそ神だ。
ああ、何て神々しい……
「だって、私だったらこんなかわいい子が近くにいたら、女装でも何でもさせてみたくなっちゃうもの……」
神じゃない………この人は悪魔だ……!
◇ ◇ ◇
よく考えてみると、女装の定義とは一体どうなってるんだろう?
不意に、そう考えてしまう。
「………」
………いや、よそう。スカートなんて身に付けている時点で確実に女装としか言えない。
ボリボリとクッキーを食べながら一定基準の思考を破棄する。
そう例えば、女装だとか、中性的な顔だとか……
とにかく今現在のコンプレックス関連を全て考えないようにしよう。
うん。クッキー美味しい。
そういろいろ考えていると、ミミアさんが立ち止まった。
木々の間から覗く城は全く近付いたようには見えない。どうかしたのかな?
「スティラさん」
「はい?」
不意に名前を呼ばれる。
しかし、ミミアさんは振り返らずに続けた。
「魔法って、知っていますか?」
何か急な質問が飛んできた。
とりあえず「はい。」と答える。
それにしても本当に突然だなぁ。
「では、魔法が実在すると思いますか?」
「は?」
魔法が実在するかどうか。
そんなのは知らない。でも
「あったら、嬉しいなとは思います。」
そんな夢見がちなことを言ってる自分が子供っぽくて、つい笑ってしまう。
ミミアさんも微笑んでくれた。
「ふふ、それじゃあ存分に喜んで頂いて結構ですよ?」
「え?」
そう言って、ミミアさんは目の前にあった一際大きな木に歩み寄る。
それから、木に手を当てて……
「『我が道を開けよ』」
そう言った。
声が、不思議な響き方をする。
そして僕は目の前の光景に驚いてしまう。というか、驚く他ない。
ザァァァァァァァァァ!!
凄まじいスピードで巨木が朽ちて行く。
表面は徐々に乾燥していき、やがてボロボロになって崩れていく。
枝がまるで灰にでもなったかのように削れていって、5秒もしない間に木は木としての形を失っていった。
「え?え!?な……!?えぇ……??」
「魔法です。とは言ってもこれは私のではありませんけどね~」
魔法?そんな馬鹿な。
ニコニコ笑顔でとんでもないことを言ってくれるなこの人は。
しかし、今目の前で起こった現象は?
トリックなんて何もわからない。
本当に魔法!?
一瞬にして巨木が完全に形をなくし、そこから黒い煙のようなものが一気に吹き出た。
「うわぁ!?」
周囲が一瞬にして闇に包まれる。
そしてまたまた一瞬にしてその黒い煙のようなものは消えた。
「さ、こちらですよ~」
「……………………………………………。」
………。
……唖然とする僕をよそに、相変わらず笑顔のミミアさんは歩いて行く。
気付けば城が目の前に聳え立っていた。
今いる場所は、どうやら城壁の内側らしい。
周りには多くの植物が生い茂っていて、中にはこの季節にはまだ早すぎるようなものまで、まるで自然の摂理を無視したかのように生き生きと伸びていた。
一定間隔で立ち並ぶ木も、青々とした木の葉を茂らせている。
一体、ここはどうなっているんだろう?
まるで別世界にでもいるみたいだ。
いや、もしかするともう来てしまったのかもしれない。
「スティラさーん?」
「え?あ、はい」
ミミアさんに呼ばれて我に返る。
見れば、ミミアさんはもうかなり前方に進んでいた。
「すみません、ちょっと気になることがあって……。あの、ここは一体……」
「スティラさん、物事には気にしたら負けというものもあります。……わかりましたね?」
「は………はい」
ミミアさん、顔が近いです。
あと笑顔が怖い。
そんなこんなで改めて歩き始める。
そういえば、もう月の光が僕らを照らし始めていた。
……シャミは、何をしているのかな…。
「………」
…そして、僕はちゃんと帰れるんだろうか?
そんな不安と心配が、再び影を作った。
◇ ◇ ◇
私は今、非常に困った事態に陥ってしまっている。
どのくらい困っているかといえば、家が火事になったときくらい困っている。
なぜかって?ふふふ、それはね………
「あーーもうッ!ディラはどこ行ったの!?」
そうッ!
いない!!ディラが!!どこにもッ!!
家にも村にも湖にもッ!!
一体どこにいっちゃったんだろう!?
「ちょっとちょっと、シャミちゃん」
もしかして、変な人に連れ去られたとか?
あの服装にあの顔なら、完璧に女の子と間違えられると思う。しかも名前がスティラなんて可愛らしいものだし……あり得る……!
「シャミちゃんてばー」
いや、でもディラだって一応足は早いし……いやいや、でもひ弱だし……いやいやいや、でも流石に考え過ぎってことも………
「シャミちゃん!シャミちゃん!シャミちゃん!シャミちゃ……」
「もう!うるさぁ……って、カレン!」
なんかうるさいなぁ、と思って後ろを振り返ってみると、そこには私と同年代の友達のひとり、カレンがいた。
「どうしたの、カレン?」
「どうしたの?じゃないよシャミちゃん!ディラ君が……」
「どこにいるの!?」
「ひゃ…!……も、森の中に物凄い早さで走って行っちゃって……」
私が詰め寄ると、カレンは顔を真っ赤にしながらそう答えた。
森の中……ってことはつまり、スティラは森の中を散歩中または迷子中……
「どこの森!?」
「きき、北の森……」
「北の森ね!ありがと!!」
それだけ言って、私は走り出した。
後ろからカレンの声が聞こえたけれど当然聞こえない。
「ディラ……無事だといいけど……」
心配と不安を胸に北の森を目指す。
帰ったら容赦なく着せ替え人形にしてやる、と心に決めて。
~数十分後~
「ここ……どこだろ?」
私は、道に迷ってしまった。そして……
「お前は、何?」
変な狐にも会ってしまった
「…………」
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【第二話】『道なき道の案内人』綴
【第三話】
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お城の中は、案外と明るかった。
そこかしこにある燭台全てに火が点いている。
ただし、普通の火じゃない。
青い火だ。
「うわぁ…」
「ふふ、綺麗な火でしょう?これも魔法の一種なんですよ。それと、見てわかると思いますけれど、この火は蝋燭や油を使っていません。」
ミミアさんはそう話しながら、淡々と歩いて行く。
僕は置いていかれないように注意しながら歩く。
燭台には青い火がある。
その火の元を見てみると、そこには何やら石のようなものが見えた。
「……あの石は……」
「あれは、燃晶石と言います。簡単に説明しますと、魔力の籠った水晶が燃えてるだけですね。少量の魔力でかなり長持ちしますから、蝋燭より便利なんですよね、あれ」
「へぇ……」
燃晶石………シャミが聞いたら絶対欲しがるだろうな。帰る時に少し分けてもらおうかな。
燃晶石の火はとても綺麗だ。
青い光が、優しく包み込んでくれるようで非常に落ち着く。
「ふふ、気に入っていただけたようですね。」
ミミアさんが立ち止まって言う。どうやらこの部屋に入るらしい。
あの中庭を真っ直ぐ進んで、城の中に入った僕は、ミミアさんに先導されていくつもの階段と廊下を歩いてきた。
その間、誰にも会わなかったけど、ここにいるのはミミアさんだけなのかな?
いや、でもミミアさんはあの木で“魔法”を使ったときに、私の魔法じゃないって言ってたっけ……
少なくともあと一人は確実だろう。
コンコンッ___
ミミアさんがおもむろにノックをする。
「………」
「………」
けれど返事はない。
「あらあら~、お出掛けでしょうか?それとも書斎に?…失します~」
すると何の躊躇いもなくドアを開けた。
そして現れたその部屋は、とにかく凄かった。
「うわぁ……何かよく分かんないものだらけ……」
壁一面の本棚、天井からぶら下がっている巨大な何かの骨、棚に並べられた綺麗な石や、壁に飾られた短剣など、そこかしこに変なものが大量に置かれている。
「ユウリ様~?いらっしゃいませんか~?」
“ユウリ”。
それが、この城の主なのだろうか?
周りを見渡すけれど、人は居ないみたいだ。
「うーん……いつもならいらっしゃるはずなんですけど……」
「お出掛けですか?」
「そうでしょうか~……」
ミミアさんは困ったとばかりに額に指を当てる。
「ん~………まぁ、いいですかね~」
「いいの!?」
軽くないですか!?
挨拶とかしなくていいんですか僕!?
ミミアさんは気にする様子を見せずに再び歩き出す。
僕もその後に続くけれど、何だか不安だ。
「あの……本当に探さなくていいんですか……?」
「ええ、気になさらなくていいですよ~。ユウリ様は優しいですから、ご自分のせいで空腹のスティラさんが待たされるなんていうことになったら、落ち込むでしょうし」
「そ、そうですか……」
……まぁ、これがいわゆる“気にしたら負け”なのだろう。
僕はそう考えて無理矢理納得した。
◇ ◇ ◇
その後は、大きな広間に案内された。
見たところ、食事をする場所らしい。
それにしても大きいな。何だか落ち着かない。
「では、少々お待ちくださいね~」
「あ、はい。その…すみません、こんな突然に……」
「いえいえ~、私としては料理を食べてくださる方が多いと嬉しい限りですから~!気合、入れちゃいますね…!」
そしてガッツポーズをしてミミアさんは厨房へと消えた。
「…………。」
静寂が再び訪れる。
とりあえず退屈だし、少し失礼ながらも室内を探索することにする。
「さてと…………んん!?」
何かしようとすると、よく変なことが起こるなぁ。
後ろを振り返ると、イスの上に赤い宝箱が置いてあった。
まさに宝箱だ、って感じの箱である。
「………………………………。」
開けて良いのだろうか?
開けろと言わんばかりのポジションにあるけれど……。
「………………。」
ちょっとくらいならいいかな、なんて思って、恐る恐る宝箱に手を伸ばす。
ガタンッ___!!
「ひぇっ!?」
う、動いた!?
宝箱はガタガタと揺れ始める。
中に何かいるのかな!?
と、その時
『おいッ!!ソコに誰かいるんだろ!?ユウリじゃねェならこの箱開けてくんねェかァ!!』
「た……宝箱が喋った!?」
『あん?聞きなれねェ声だなァ?客かァ?まァんなこたァどうだっていい!さっさと開けてくれやァ!』
と、とにかくここは素直に開けたほうがいいの、かな?
恐る恐る再び宝箱に手を伸ばす。そして
カチッ
小気味いい音を立てて宝箱のロックが開く。
蓋を開けると……
「…………猫?」
黒猫がいた。
額に何やら緑色の宝石がついているが、飾りだろうか?
「んだよ。何見てやがる」
「しゃ!?」
しかも喋った!?
黒猫は、知性の宿った瞳で僕を見つめる。
もう、ここは何でもありのパラレルワールドなんだろうか?
「おい小娘。お前、ユウリの知り合いか何かか?」
「え?あ、えっと……最初に言っておきますけど、僕は男です」
すっかり忘れ気味だが、僕は女装中だ。
これには黒猫も驚いたのか、僕のことを何度も見る。
「は?男?マジかよ?はァ?嘘つけ」
「本当です。」
「………。」
そして安定の沈黙。
まぁ、普通はこうなるよね……。
「……まァ……ワケありなんだろ?」
「……はい……」
「あァ……うん……ドンマイだな。あばよ」
それだけ言って、黒猫は去って行った。
「………。」
何だか、虚しくなってきたのは、気のせいだろうか………?
◇ ◇ ◇
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