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No.2
by 狐と般若 2016-01-15 00:43:39
第一章『冷たい雫』
___目が覚めると何も無かった。
思えば、私が地獄に落ちたのも目が覚めて突然だったか。
真っ赤な空に血生臭い池や釜。ぐつぐつと煮込む炎は相変わらずパチパチと唄っている。
遠くに望める火山は火を吹いて、クランベリーソースの様に明るい紅がどろりと火口から流れている。
何処から聞こえているのか検討も付かない業火の燃える音は未だ健在。
ごぽごぽ。パチパチ。どろどろ。
地獄の大合唱が異様にナチュラルに聞こえる。異様に。静かに。静かに。
___誰も居ないのだ。
般若の顔をした鬼も、咽び泣く罪人も居ない。
只、白い布に身を包み裸足で地面に立つ私だけが息をしている。そんな異様な光景に唖然としている途端、背後から足音がした。
ぺたり、という音に気付き振り返る。するとそこには男が立っていた。
茶色の髪に、やつれた白い肌。きっとぱっちりとした二重で高い鼻の日本人なんだろうが、長く伸びた前髪で見えない。ただ此方を見て、少し驚いているだけ。
「あ..あの..」
思わず声を掛けるが、怯えさせてしまった様だ。私より少し高い背は、肩を震わせる。高いと言っても私が166程なので多分男にしては低いだろう。
ごうごうと鳴く川も今では少しキレイに見える。鮮やかに、赤。本当にそれだけだが。
何が綺麗かっていうと、人と一対一で話すのにこんな真っ赤なのだから少し芸術を感じる訳で。
無表情の私に、怯えた顔の彼が声を掛ける。
「今日はここ、お休みなんですか?」
随分と怯えた声で、青年らしい純粋な質問。そんな事私も知らん、と言う前に「あ..分かりませんよね」と申し訳無さそうに彼は顔を下げた。
傷と火傷で赤い肌。それは私も同じだというのに随分と若く見える。いや、地獄経験的に。多分相手も22くらいだろう。
しかし、ここで立ちすくんで居ては何も分からない。臆病そうな彼には申し訳無いがちょいと探検しよう。どうせ、着いてこれないだろうから。私が歩き始め回れ右をした瞬間だった。
「待って」
青年の震えた声。ふと足を止め振り向くとそこには意を決した様な少年の顔があった。いや、決心付けられても困るけども。
「着いていきます」
予想通りの答え。でもそんな震えた足で歩けるのだろうか。生まれたばかりの小鹿に似た可哀想な感じが凄く似合う。放っておけず手を差し伸べると、嬉しそうに手を取る。ぶわぁっと笑顔を浮かべ冷たい手と手が重なりあう。
その時、私は確かに感じた。
久々の体温。久々の感覚。
甘い電流が体を埋め尽くす。耳を、爪を、指を、睫毛まで。
誰も居ない静かな地獄。叫びの聞こえない静かな地獄。
余りにも久々の静寂と感覚に一瞬動きを止める。青年がきょとんと手を握っている。
はっと我に返る。息を整え歩きだした。
___この出会いが、本当の『蜘蛛の糸』の始まりだった。