どこかの匿名さん 2016-01-01 22:52:10 |
通報 |
苦しいですか?…苦しそうですね。――でも今、私が楽にしてあげますよ。
(それは煌々と月が照らすある夜のこと。ベッドの上で寝息を立てている彼女の横顔はまさに天使のようで思わず頬が緩んでしまい。けれど、その正体は悪魔であることを己はよく知っているというのに。意を決したように彼女の上に跨るとそれを拒否するかのように彼女は一瞬で目を覚まし、無茶苦茶に四肢を動かし始め。だが男の力に女が敵うわけもなく、彼女の抵抗を物ともせずそっと首筋に手を滑らせると、己がしようとしていることを察したのかはっとしたように目を見開き。だがそれも今更。もはや己に微塵の躊躇もなく、一思いに手にかける力を強めていき。すると美しい顔がみるみるうちに苦痛に歪んでいき白い陶磁のような肌が赤く染まっていくのが見てとれ。何かを訴えるように口をぱくぱくと開いているが、声が発せられることはなく吐息のみが漏れ出すだけで。そんな彼女に愚問を投げかけるのは己のささやかな復讐。徐々に抵抗が弱まり、彼女の命もそろそろだということを感じ取り。最期の情けと手に己の体重をかけながら更に締め上げていき。すると、己に向かって振り上げていた腕がベッドを叩いたのを最期に、それきり彼女は全身の力が抜けたようにベッドに倒れ込んで。瞳は驚愕に見開かれたまま、頬に一筋の涙が伝っていくのを見るとゆっくりと彼女から離れ。月明かりに照らされ永遠の眠りについた彼女の横顔はやはり天使のよう。その頬に最期の口付けを落とすと、部屋を後にし。錆びた階段を駆け下り、建物の外へと出ると通信機を手に今夜のことを報告していき。平坦な声で淡々と。通話相手の晴れやかな労いの言葉を聞きながら、微かに聞こえた小気味良いコルクの外れる音を己は聞き逃さず。だがそれを指摘するつもりもなければ、指摘できるような立場でもないため業務的な返事をして通話を終わらせると小さく息を吐き。懐から革張りの手帳を取り出せば、慣れた手付きでページを捲り、そしてあるページにCOMPLETEの印を押して。これが仕事が終わった印。そして、己の愚かな恋が終わった印。ページに挟まった彼女の写真を抜き取ると、そのままライターの火に晒し。手の中で彼女が溶けていく様子が彼女との記憶まで消えていくようで。やがて炭となった写真は風に舞い、天高く飛んで行き。その先には一番明るい一粒の星が瞬いて)
#創作 「復讐を果たした男の話」
それは何てことない、代わり映えしない一日だった。
いつものように帰宅し、風呂に入り、遅い夕食を取り、寝る前に一杯の紅茶を飲んだ。唯一いつもと違うのは、紅茶に数滴の“とっておき”を混ぜたことだろうか。
特別なことをするからといって、特別を演出することは嫌だった。それは胸の奥底にしまい込んだはずの恐怖が蘇るのを恐れているのかも知れない。
とにかく今、自分にできることはベッドに入って眠りにつくことだ。
永い永い、安らかな眠りに。
* * *
同時刻、闇に溶け込んで黒尽くめの男が建物から彼女の様子を窺っていた。
あまりにも彼女が淡々としていて、男は思わず手元の書類に疑念すら抱くところだった。
しかし、その疑念も杞憂に終わった。彼女の運命は書類の示した通りになった。
彼女は湯気の立つカップへ、人間界で猛毒とされている液体を数滴垂らしていく。それはまるで、とっておきのスパイスでも入れるかのように。
それからベッドに入って瞼を閉じた。しばらくは掛け布団が上下に動いていたが、ある時を境にぴたりと動かなくなった。書類に記載された通りの時刻だった。
「まったく……」
人が事切れる瞬間を見ても男は眉一つ動かさない。ただ、仕事が無駄に増えた自分の不運を呪うように溜息を吐き、人間離れした跳躍力で隣の建物へと飛び退った。
これから長く退屈な映画を観なければならない。一人の少女の悲劇の物語を。
#「キセキ」
トピック検索 |