太陽 2015-12-22 01:12:59 |
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今年中に10話まで書きたかった……(-"-)
てか話に一区切りつけたかった……。
思ったより私執筆速度遅い…………。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました!!
来年も書き続けますので、どうぞよろしくお願い致します!
《10話》
満束の話によると、沖花の御守りが無くなったのは4日前の事らしい。
「そんな長え間隠しとく筈じゃ無かったんだよ。そいつイジりやすいから、苛めるっつーかちょっと遊ぶだけのつもりでさ。御守り盗って適当な所に隠して……探すトコ見て楽しむ予定だった。使われてない体育倉庫見つけたからそこを隠し場所に選んだんだ。でもこの前見に行ったら──」
無くなってたんだよ、と彼は話を終えた。
一応申し訳なく思っているらしく、バツが悪そうに目線を地面に落としている。
「でもオレがどっかに移動した訳じゃねえ。間違いない、誰かが持って行ったんだ」
※
「面倒な事になってきたな~」
「ですね……」
「…………」
満束を屋上から追放し、俺達は食事を再開した。
御守りが盗まれたとなると、持っていった人物を特定する事は容易ではない。
ひいては奪還も難しくなる。
てか無理だろコレ。
振り出しに戻った──と言うより双六本体が燃え落ちてしまった感じだ。
「だが諦める訳にも行かないしな……取り敢えずその体育倉庫にでも行ってみるか」
今はそれしか出来る事は無い。
そこで何か手掛かりでも見付かる事を祈ろう。
※
その日の放課後。
「えっと……」
俺達三人は体育館裏で途方に暮れていた。
白前は一貫校では無いが付属の中学もあるため、無駄に学校の敷地が広い。
入学してまだ日の浅い俺は、この学園内の施設の配置をまだよく理解しきっていなかった。
故に、満束に『体育倉庫』と言われても今一ピンと来なかったのだ。
まあそれは良い。
学園内を歩き回った所、体育館裏にあるのを発見出来たから。
だが……。
「…………多くね?」
目の前に広がるのは、軽く10棟を超えるであろうプレハブ小屋。
しかも一つ一つがやけにでかい。
「えぇえええぇっ!? 多くね!? コレ全部体育倉庫!?」
「……みたい、だな……」
「これは……多いですね」
二人も流石に引いている。
いや意味が分かんねえよ……これら全てにそれぞれ存在意義はあるのか?
疑問に思って体育倉庫群に近付いてみる。
やたら綺麗に羅列しているそれらからは、謎の威圧感すら感じる。
「……ん?」
よく見ると、体育倉庫の扉一つ一つに、15㎝くらいに切り取られたガムテープが貼りつけられていた。
一番端の倉庫に貼られたガムテープには、『授業用1』と書かれている。
「こっちのは『サッカー部&野球部』です」
「『授業用2』……」
「ああ……何だ、ちゃんと用途が分かれてんのか。部活は兼用なのか……まあこんだけでかければそうか」
良かった。
それなら話は早い。
使われていない倉庫──つまりテープが貼られていない倉庫を探せば良いのだ。
これだけあれば一棟では無いと思うが、大分絞られるだろう。
「よっし! 二人とも、全部見て廻ってくれ。テープ貼ってないの有ったら教えてくれよ」
俺がそう呼び掛けると、二人は頷いて倉庫の扉を見にかかる。
最初は嫌がらせかと思ったんだが、まあ何とかなりそうだな……。
「えーと、『テニス部&バスケ部』」
「『バレー部&バド部』ですね」
「『陸上部&ゴルフ部』……」
「『ソフテニ部&クリケット部』……クリケット部!?」
「ぽ……『ポートボール部&卓球部』です」
「……『ホッケー部&ラグビー部』」
「『スキー部&スケート部』!? ウチの学校にこんなの出来る施設あったか!?」
「『スカッシュ部&射撃部』、です……?」
……以下略。
「……まさか全部使われているとはな……」
「でも何か……自由な校風が生み出した悲劇の温床でしたね……」
「…………」
そうだ。
白前は校風が非常に緩い。
つまり、部活を作るのも容易いのだ。
確か部員三名以上、顧問一名以上居ればほぼ無条件で承諾されるんだったか。
今時無いぞ?そんな学校。
更に部の掛け持ち数に限度は無く、我が校には一時のテンションや受け狙いで創られた部活も数知れず存在する。
それで、この倉庫の量か……。
やっと理解した。
恐らくノリで創ったけど飽きたから放置してる、半ば廃部状態の部活があるんだろう。
きっとその部が使っていた倉庫を満束は見付けたのだ。
「あ~っ畜生めんどくせぇ!! もう満束に直接訊こうぜ?」
てか最初からそうしていれば良かった。
そうすれば入る気もない運動部の知りたくもない事情に首を突っ込む必要も無かっただろうに。
「あ、満束さんなら早退しました」
「えぇ!?」
沖花がさらりと発した一言に、俺は少なからず衝撃を受ける。
サボりとかじゃなくて、早退?
何故?
「なんか白樺さんにあっさり倒されたのが悔しかったらしくて……」
「ああ……」
「もうしばらくは学校来ないそうです」
「メンタル弱っ!」
ウチの学年の(元)番長打たれ弱っ!
……確かにあそこまで瞬殺されたらショックだろうがな……。
メンタル面では俺の方が遥かに上だな。
……いやいやいや。
何ちょっと嬉しくなってんだ俺。
些細な事過ぎるし、事態はむしろ悪い方向に進んでいるというのに。
「待て待て……えっと? じゃあ俺達、こんだけある倉庫をしらみ潰しに調べて、あるとも限らない御守りの手掛かりを捜すのか?」
「……」
「…………」
無言で項垂れる二人。
場の雰囲気から「無理だろ」といった空気を感じ取れる。
いや……俺も無理だとは思うが。
今の所、手掛かりは体育倉庫しか無ぇし……。
「よ、よっし! 取り敢えず動こう! 動かない事には始まらねぇ!」
折れそうな心を誤魔化すように、俺は無理矢理ポジティブに呼び掛けた。
「まず使われてなさそうな倉庫から行くぞ! 沖花は『スパタクロー部&リリアン部』、雪は『円盤投げ部&懸垂部』を調べてくれ! 俺はこっちを調べる!」
強引にテンションを上げ、早速『カバディ部&握力測定部』の倉庫を開け放った。
やはり久しく使われていなかったらしく、引き戸を引いた途端に埃がもうもうと舞い上がる。
咳き込みながら顔を反らすと、倉庫の扉を開ける雪が目に入った。
向こうも向こうで暫く使われていないらしく、扉が錆び付いているようだった。
上手く開かないらしく雪は悪戦苦闘していたが、最終的には蹴破るという力業で解決していた。
器物破損。
教師に見つかったら今後の学園生活に支障を来すので、適当に誤魔化さなくてはならないのが面倒だが、捜して貰えるのは助かる。
「……うしっ!」
俺は気を引き絞めて目の前の倉庫に踏み込んだ。
※
午後5時。
「…………」
「…………」
「…………」
疲労困憊。
俺達は大量の開け放たれた倉庫の前で座り込んでいた。
その脇を怪訝な表情を浮かべた野球部員が通って行く。
「…………そーや……」
「……あ?」
「……僕達……何を……捜して……たんだっけ…………」
「そりゃアレだ………………………………御守り……の手掛かりだろ」
15秒程本気で解らなくなっていた。
完全に思考が濁っている。
重苦しい空気の中、沖花がゆっくりと口を開いた。
「あの……お二人とも本当にありがとうございました」
彼も彼で疲弊しきっていたが、恐らく俺達に気を遣っているのだろう、無理矢理顔に笑顔を貼り付けていた。
「ですが、もうこれ以上ご迷惑はお掛けできません」
「沖花?」
沖花は一度俯き黙り込んだが、息を一つ吐くと笑顔で顔を上げた。
「もう御守りは諦めます。小森さん、桃菜にそう伝えて下さい」
《11話》
『は!? 何言ってんの!? 諦められる訳ないじゃん!』
沖花からの言伝を口にした瞬間に、桃菜は噛み付くように叫んだ。
大きな瞳にははっきりとした怒りと焦燥が浮かんでいる。
俺はその形相にたじろぎ、2、3歩後退った。
『諦められるんなら最初っからこんなお願いしてないよ……だ、だってあれは大切な御守りで……そっそれに手作りだから代わりなんて無いし……』
「いや分かってる分かってる。落ち着け……落ち着け桃菜」
必死に訴えかける桃菜の目尻に涙が滲んでくる。
俺は慌てて桃菜の両肩を掴み、落ち着かせる。
桃菜は唇を噛んで目を伏せた。
幼い顔が見せるやるせない表情に、胸がちくりと痛む。
「分かってる……お前の兄ちゃんがそう言ってたってだけだ。俺はまだ諦めてない」
そう言い聞かせるものの、桃菜の顔は晴れない。
そこで俺は、肩から掛けていた鞄を開け、プラスチック製のケースを取り出した。
掌に乗るくらいのサイズだ。
更に小さなレジ袋も出し、その二つを桃菜に手渡した。
『これ何?』
桃菜はきょとんと首を傾げながら受け取り、ケースを開けた。
『……裁縫道具?』
「ああ」
ケースの中身は針や数色の糸、針山や糸切り鋏などの裁縫道具が纏められた、小学校等で使う裁縫セットだった。
『こっちは……フェルト』
レジ袋には色とりどりの手芸用フェルト。
桃菜にはもう俺の意図が分かったらしく、潤んだ目で俺を見入ってきた。
「その……霊体でも物に触れられるってんなら、もう一回作るってのは……と思って買ってきたんだが」
『……』
桃菜は呆気に取られているようで、黙り込んで手元を見下ろした。
「あ、勿論探すのを止めた訳じゃねぇぜ? ただ、何かお前の存在を認識できる物があった方が沖花も元気になるんじゃないかと……」
『……なるほどね』
桃菜はぱっと笑顔を浮かべ、ケースと袋を握り締めた。
『作ってみるよ! せっかく不良な見た目の男子高校生が恥を忍んで手芸セットとフェルトを買ってきてくれた事だしね』
「喧嘩売ってんのか」
くくくっと悪戯っぽく笑う桃菜の顔は完全に子供のそれだった。
俺は僅かにほっとする。
この笑顔は失われてはいけない。
そう思った。
桃菜には子供らしく純粋でいて欲しい──彼女は、もう大人にはなれないのだから。
※
それからの桃菜は御守り作りに没頭した。
桃菜は手先が不器用だそうで、製作には何日も要しているようだった。
途中見せてくれとそれとなく頼んでみたが、激しく断られた。
どうやら未完成品を見られるのが恥ずかしいらしい。
その理由自体は微笑ましいものだったが、拒絶のしようが半端無く、御守りをこっそり覗いてやろうと目論んだ俺は幾度となくタックルを受けた。
拒絶というより攻撃だった。
めっちゃ強かった。
まあ小学生相手にムキになった俺も俺なんだが。
ちなみに雪や沖花には秘密にしてある。
雪に話してないのは、シンプルに俺が桃菜と会っている事を彼が知ったら面倒だからで。
沖花にすら話してないのは、まあ所謂サプライズだ。
沖花は体裁上は御守りを諦めてはいたものの、やはり亡き妹との思い出の品を失うというのは心に重く響いているらしく、最近落ち込み気味だ。
そこで桃菜がサプライズを発案した。
別に事前に伝えていても良いと思うのだが、桃菜曰く『それじゃあ面白くない』だそうだ。
落ち込んでいる兄へのプレゼント企画の内容を左右するのが面白いか否かとは。
なんと恐ろしい少女だろうか。
だが悪戯好きな桃菜としては、サプライズというだけでモチベーションが大分違うらしく、毎日楽しそうに製作に励んでいた。
まあそんな日々が続き────御守り完成を目前に控えたある日。
俺がいつもの通り桃菜の居る路地裏に向かっていると、人の喋り声が聞こえてきた。
あそこはいつもは無人なのだが、どうやら今日は先客がいるらしい。
他人が見ている中で大半の人間が視認できない存在である桃菜と会話できる度胸を、生憎俺は持ち合わせていない。
暫く時間を置いてまた来るか──と踵を返そうとした。
が。
その時俺は分かってしまった。
その声の持ち主が。
聞き取れる距離にまで近付いてしまっていた。
「!?」
思わず自分の耳を疑う。
そして確認するべく声の聞こえる方向へ歩を進めた。
塀の角に身を隠し、そっと覗き見る。
やはり。
喋っていたのは、紛う事無く、沖花桃菜本人だったのだ。
いつもお疲れ様です(´▽`)/1月すぎましたがあけおめです♪
後長文で見れなくなってます(汗)パソコンとかスマホの人は見れると思いますが自分の場合は見れないです(--;)その部分は見れないようで残念ですが途中からでもいいんで見れるように期待してますね。後小説がんばって下さい。無理しないで下さいねo(^-^)oでは
うわあああああ!!
返信ものすごい遅れてすみません!!
しばし放置していましたが、また書き始める予定ですので!
どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
後ろ姿だったので表情は窺えなかったが、正面に立っているであろう誰かに対し、声を荒らげている。
「なっ……!?」
思わず声を漏らし身を乗り出す。
と、桃菜がはっと振り向いた。
その顔は涙で濡れている。
『~~っ!』
俺と目が合った桃菜は苦しそうに顔を歪め、声を詰まらせた。
その小さな背の向こうに立つ、一つの影。
「…………」
沖花杏菜。
以前雨の中で出会った少女。
桃菜の、双子の妹だ。
俺の存在を意にも介さない虚ろな瞳には、俺の姿も桃菜の姿も映っていなかった。
無機質に無感情に足を踏み出し、踵を返して去っていった。
「あ……」
その、存在自体が掠れたような後ろ姿に手を伸ばしかけるが、呼び掛けるべき言葉が見当たらない。
立ち尽くす俺の脇をふらりと桃菜が抜けていった。
「ちょ、桃菜!」
桃菜が足を止める。
だが、振り返る事はしない。
「な、何があったんだよ……と言うか、杏菜とは喋れ──」
『ごめん』
「ッ……」
一切の干渉を拒むような、一言。
抱えるものの重さに必死に堪えるように、桃菜の身体が、声が、震えていた。
『やっぱ良いよ、御守りはもう。ありがとね』
「な……」
何で、と口を突いて出そうになったのを、俺は飲み込んだ。
あんなにも執着していた御守りをあっさり諦めてしまった桃菜に、それを許してしまった俺が問い質す気にはなれなかった。
問い質す権利は──俺には無いように思えた。
《11話・完》
《12話》
それから、いつもの場所に行っても桃菜に会う事はできなかった。
放課後の時間を利用して毎日探し回ったが、桃菜はどこにも見当たらなかった。
その日も俺は半ば無駄だと分かりつつも、町中を徘徊していた。
狭い路地や電柱の後等、幽霊の好みそうな場所を重点的に。
……野良猫と桃菜以外の霊ならいくらでも見付かったが、いつまで経っても桃菜は見付けられなかった。
「……疲れた」
大した距離は歩いていない筈だが、常に周囲に気を配っている為か心身ともに限界が近付いている。
一休みしようと、俺は目の前にあったコンビニに足を踏み入れた。
適当に飲み物を見繕い、数人が並んでいるレジに向かう。
「ん?」
と、そこで俺は前に並んでいる男に見覚えがある事に気が付いた。
くるんとそいつの正面に回り込み、真っ直ぐ顔を見据える。
「うお!?」
「……やっぱりお前だったか……」
驚いて飛び退くそいつを俺は睨み付けた。
「……満束」
「うわうわうわ! なっんだよお前! びっくりしたぁ!」
「うるせぇよ、店内で騒がしくすんじゃねぇ」
相当驚いたらしく、満束は心臓に手を当て息を整えている。
何堂々とコンビニ来てんだ、この不登校野郎。
大人しく引き込もって敗北の悔しさを反芻してろ。
「ふ、不良のお前にマナーを説かれたくねえよ……何だお前、この近く住んでんのか?」
あからさまに嫌な表情を見せる満束。
露骨な奴だ。
お前と御近所同士なんてこっちこそ御免被りたい。
「いや、今日はちょっとだけ遠出しててな…………ん」
と、そこで俺の脳裏に一つの考えが過った。
そうだ。
まだこいつに、聞いていない事があった。
「…………」
「な、何だよ」
突然沈黙して考え込んだ俺を、満束は気味悪そうに睨んだ。
「満束」
「お、おう」
「レジ。買わねぇんだったら抜かせてもらうぜ」
「うおっ、ちょ、てめえ!」
レジ待ちの順番が自分に回ってきている事に気付かなかった彼を、俺はひょいと抜かして会計に向かう。
「順番はきちんと守れ!」
「不良のお前にマナーを説かれたくねえよ……ところで満束、ちょっと聞きてえ事があるんだが、後で付き合ってくれないか?」
「は、はあ?」
※
「で? 何だよ聞きてえ事って」
コンビニの前で待っていると、暫くしてレジ袋を下げた満塚が出てきた。
「……結構買ったなお前」
「か、関係ねえだろ」
「ちょっ見せろ、何買ったんだよ」
「止めろ!」
抵抗する満束のレジ袋を強引に毟りとり、中を覗き込む。
炭酸飲料(2L)×3
スナック菓子×5
アイス×2
「……お前ニートしてんなぁ……」
「黙れ!」
羞恥と屈辱に真っ赤になって叫ぶ満束。
楽しい。
こいつが俺に手を出せないのは雪と俺の仲が良いからだろう。
虎の威を借る狐以外の何者でも無いが、この優越感はなかなかのものだ。
にしてもこいつ弄り甲斐あるなあ。
今なら沖花にちょっかいを出したくなったこいつの気持ちも少し分かる。
だが俺はこれ以上しつこく苛めるつもりは無い。
満束にレジ袋を返すと早々に本題に入った。
「で、満束。体育倉庫についてなんだが」
「体育倉庫? ああ、お前らまだあの御守り探してんのか? だから言ったろ、あれは盗られた、って」
「誰にだ?」
「は?」
満束が怪訝な顔で聞き返してくる。
「知るわけねえじゃん、それが分かれば最初から言ってるわ」
「そうか……まあそれはそうだろうが……」
「な、何なんだよ……」
「容疑者」
「あ?」
そうだ。
こいつは仮にも(元)学年トップ。
雪には至らなかったが、その実力も相当のものだ。
当然その強さに憧れて、もしくは保身のために、満束の配下に着く生徒も多いだろう。
沖花を苛めていたのはこいつ一人でも、こいつが御守りを隠した事を知っている奴も居るのでは無いか?
「お前以外に、倉庫に御守りが隠してあるって知っていたのは、誰だ?」
そこから、御守りを探し出せる可能性も、まだある。
「……かなり居ると思うぞ。とりあえず学校には…………30人ちょいか」
何か癪だが、やはりこいつに着く生徒は多い。
恐らく大半が一年生だと思われるが、入学してまだ一ヶ月も経たない内にここまでのコミュニティを築けるのは実力だろうか。
いや?
ちょっと待て。
「『学校には』? 校外にも居るのか?」
「おお。ウチの学校、セキュリティがガバガバだろ? 他校の不良が攻め込んでくる事もよくあるし。逆に仲良いトコの連中も来る。そいつらだって知ってるかも知れねえ」
「…………」
だとすると容疑者の数は計れない。
更に個人の特定も出来ない…………やはり無理か。
「あと前あの辺でガキも見かけたな」
「え?」
子供?
「体育倉庫の周りをフラフラしてたぜ? こんくらいの女のガキ。近所の子供か?」
そう言って満束は自分の胸くらいで手の甲を上に向ける。
彼の身長は180足らず。
そうすると、その子供は140前後……。
「!」
──桃菜?
──そう言えば沖花の様子見に来てたっつってたな──
──て事はこいつも視える?──
──いやちょっと待て──
──となると──
「お、おい? マジで何なんだよ……」
満束は熟考する俺を半眼で眺めていた。
が、俺はそんな事は気にせず、真っ直ぐに走り出した。
「うっわ!? ……訳わかんねえアイツ……」
困惑するような声が遠ざかっていくのを感じながら、俺は強く足を踏み込んだ。
《12話・完》
《13話》
「な……何でここが……」
そんな追い詰められたサスペンスドラマの犯人のような台詞を口にしながら、驚愕の表情を浮かべた少女が後ずさる。
「……そんなビビんなよ。大丈夫だ、桃菜」
「何で、ここが分かったの」
桃菜はまだ緊張を解こうとせず、服の胸部分を両手でしっかりと掴んで、防御体制に入っている。
「来たこと無いでしょ? ここに──私の家に」
※
今俺は、沖花宅の玄関前にいる。
だが桃菜の言う通り、沖花の家には来たことが無かった。
無論場所は知らない。
だから、探したのだ。
杏菜に初めて会った場所付近を、しらみ潰しに。
「大変だったぜ? すっかり日も暮れちまって、途中から表札見にくくて仕方無かったしよ。まあ余り無い名字だからな。ダブらなくて良かった」
「もう発想がストーカー」
「っ!?」
予想外の辛辣なコメントに、俺は思わず絶句する。
「……明日学校でお兄ちゃんに聞けばよかったのに」
そう言う桃菜は口許には笑みを浮かべているものの、目は悲しみを湛えていた。
──またそんな複雑な表情をする。
俺は息を吐いて顔をしかめた。
「まあそれでも良かったんだが……なるべく早く伝えたくてな」
「…………何を」
「御守りの在処」
「……っ!?」
桃菜は目を見開き息を呑んだ。
相当驚いているようで、全身が硬直している。
「まあ、まだ確証は持てないんだがな。とりあえず、行ってみるか?」
言いながら空を見上げると、日が沈み薄暗くなっている。
逢魔が時。
幽霊の本領発揮の時間帯だとは言うが。
目の前の幽霊少女は、弱々しい声で「……うん」と呟くと、俺の制服の袖を握った。
俯いているため、その表情は図れない。
俺は黙って彼女の頭に掌を置き、歩きだした。
※
「え、ここって……」
桃菜が唖然として言葉を溢す。
「そ。学校だ」
白前高等学校。
既に見慣れた、俺の通う学校だ。
満束の言った通り、閉門後であっても進入は驚くほど容易かった。
進入と言うか、普通に入れた。
白前は、これ以上の風紀の乱れを防ぐために完全下校時刻が早めになっているが、その意味とは。
敷地内にも不良と思われる学生がちらほらと見受けられる。
一応は教育施設。
未成年者を預かる立場としてこの警備はどうなのだろうと思ったが、今回はそれが幸いした。
「え、えっと……でもここは……」
桃菜は戸惑いを露にして語尾を濁らせた。
言いたい事は分かる。
この学校はまず選択肢から除外するべき場所だ。
だが、だからこそ。
一度俺達の視野から外れたここに、『隠し直す』やり方は有効だ。
無論、そのためには俺達の動きを常に把握していなくてはいけないが。
「ほ、本当にここに?」
「いや、さっきも言った通り、まだここにあると分かりきってる訳じゃねえ。あくまでその可能性が高いだけだ」
「でも、何で可能性が高いって……?」
そう問いながら俺を見上げる桃菜は、まだ緊張と戸惑いを隠せずにいる。
俺はそんな彼女の態度を切り捨てるように、きっぱり言い切った。
「御守りの在処は不確定だが…………御守りを盗んだ犯人には目星がついてるからだよ」
「! …………」
桃菜の瞳が揺れる。
そしてゆっくりと顔を伏せ、そのまま黙り込んだ。
その反応の意味は分かっている。
俺は敢えて言葉を発さずに、目的の場所へ歩を進めた。
※
そこに着いた頃には日は完全に落ちて、もう夜と呼ぶべき時間帯に差し掛かっていた。
大量に羅列している体育倉庫の内の一つに寄り掛かり、腕時計を見る。
文字盤は七時五分を示していた。
確か約束の時間は七時だった筈だ。
「……もうしばらく待つか」
元より独り言のつもりの呟きだったが、何となく桃菜の反応を確認してしまう。
桃菜はずっと黙って、顔を隠すように俯いたままだ。
「あ、宗哉……。遅れてごめん……」
「お、来たか」
待っていた声に顔を上げると、雪と満束が小走りでやって来た。
二人を一纏めにするような表現をしたが、実際は満束が雪の4mくらい後に位置する。
足取りもややオドオドしている。
近付きたくないんだろうな……心底。
だが雪はそんな満束の態度を気にせず、手に持っている物を誇らしげに掲げた。
「……あった……!」
それは、黄色のフェルトで造られた小さなサイズの手作り御守りだった。
「あっ!」
桃菜が声をあげる。
視線を向けると、彼女は慌てて顔を伏せ直した。
だが、これで御守りが本物だと確信した。
「まさか……本当に見付かる、とは……思わなかった……」
「ありがとな、雪」
俺がそう言うと、雪は嬉しそうに頬を綻ばせた。
「おいコラ! オレにも感謝しろよテメェ!」
「ああ……そう言えばお前も居たっけ」
やはり数m距離を置いて抗議の声をあげている満束。
「居たっけって何だよ! オレもこれ探すのに貢献したぞ!?」
「お疲れ。もう帰って良いぞ、事の発端」
「う"……」
満束に向けて、片手でしっしと追い払う仕草を見せる。
彼は悔しそうに唸っているが、これだけ離れていては怖くも何ともない。
「帰れるもんなら帰ってるわ! ……オレも見付けたんだよ」
「は? 何を?」
「これ」
言いながら満束は、背後から何か取り出して俺に突き付けた。
いや──それが何かは、この距離でも一目瞭然だった。
「えっ!? 杏菜!?」
桃菜が叫んだ。
その声には、驚きというよりも恐れが多く滲んでいた。
「嘘……」
そして、茫然と呟きながら俺の後ろに回り込む。
背中に触れている小さな手が、震えていた。
「──そ、」
つい驚愕の声が出そうになったが、辛うじて平静を装う。
「そいつは……」
何か訊ねようとしたが、咄嗟の事で言葉が出てこず、語尾が消えてしまった。
だが満束は何となく俺の言いたい事を察したのか、掴んでいた杏菜の襟首を離した。
途端、杏菜は走り出した。
雪に向かって。
「ッ!」
「わっ……と」
そして、雪に飛び付く。
雪は軽く身をかわし、杏菜の手は空を掻いた。
両掌を地面に突くようにして着地した杏菜は、素早く起き上がって雪を睨みつけた。
「…………!」
今までと同じく、声を発する事は無い。
だが、無機物のようだった瞳には、今は確かに感情が滲んでいる。
「そいつだよ、オレが見たガキってのは。なんか知んねえけど、必死になって御守りを奪おうとすんだよ」
その一言を聞いて、俺の中で何かがカチリと音を立てた。
「杏菜」
俺の呼ぶ声に反応して、息の上がった杏菜が振り向く。
そして驚きの表情を浮かべた。
体の動きが停止し、目を見開いて小刻みに震えて始める。
俺は黙って彼女に歩み寄った。
雪が不思議そうに首を傾げる。
「杏菜、もう良い」
少女の目を見て、俺は静かに告げた。
「もう──演技は、良いんだ」
《13話・完》
《14話》
場の空気が凍り付いたようだった。
杏菜は泣き出しそうに顔を歪め、数歩後退する。
まるで俺が苛めているような雰囲気になり、余り気分は良くなかったが、それでも。
真相を明らかにする義務が、俺にはあるように思えた。
知ってしまった者として。
気付いてしまった者として。
生者と死者の橋渡しができる者として、全てを明らかにしてこの少女達を救う義務がある。
だから、俺は言葉を続けた。
「そんな演技をする必要は、無い。俺はもう……全部分かっている」
「……」
俺は肩越しに背後を窺った。
少し離れた露ころに桃菜が立ち尽くしている。
こちらの視線に気づくと、こぶしを握り締めて覚悟を決めたように頷いた。
「杏菜」
「…………」
杏菜は瞳を揺らして怯えたように俺を見上げた。
「お前の口から話してくれねぇか? 今回の事、最初から全部」
「――――」
※
「…………? 宗、哉?」
雪の声がどこか遠くから聞こえる。
俺の言葉を聞いた途端、それまで恐怖が濃く映されていたいた杏菜の目から、一瞬だけ光が消えた。
初めて出会った時のような、無機質な目になったのだ。
だが、すぐに。
彼女は、口元に薄く笑みを引いた。
そして、小さな唇が動く。
「……凄いね、本当に分かったんだ」
雪が息を呑む気配が伝わってくる。
俺は目を閉じて深く溜め息を吐いた。
さすが双子。
桃菜と同じ声色だ。
だが、彼女とは声の調子がだいぶ違う。
女児らしい高い声音だが、妙に落ち着き払っていて大人びている印象を受けた。
この二人は顔だけ見れば区別が付かない程似ているが、喋ればこんなにも大きな違いが露見する。
それほどまでに、『喋り方』というのはその人の個性が表れるのだ。
声真似の類も、単純に声が同じなら良いという話ではない――口癖やイントネーションの置く位置、語彙の量、話す時の態度等の全てが一致して、初めて違和感が消える。
それをやってのけるのは至難の業だ。
特に小さい子供となると、たくさん練習してどうにかなるものでは無いだろう。
そう――小さい子供。
俺は目を開けて眼前に佇む少女を見据えた。
彼女は静かに微笑んで、再度口を開く。
「でも、分かってるなら……私の事を『杏菜』って呼ぶのは、間違ってるんじゃない?」
「ああ……そうだな」
今度は間を開けずに、一息で言い切る。
「桃菜――お前は、双子の姉の、沖花桃菜だな?」
「………………」
眼前に佇む少女は──桃菜は、笑顔を貼り付けたまま黙っている。
本物か偽物か分からない笑顔。
──これも、真実に辿り着く道標となった。
桃菜はゆっくりと口を開き、言葉を吟味するように語り始めた。
「……ハッタリとかじゃなくて、本当の本当に分かったみたいだね……じゃあ、良いよ。私の口から全部話すね」
と、後ろから右の袖を引かれた。
振り向くと、俯いている一人の少女が立っていた。
──杏菜。
『……ごめんなさい……』
彼女の口から零れたその一言は、誰に向けられたものなのか。
どんな意思を込めたのか。
俺には分からなかった。
《14話・完》
《15話》
「私はずっと、杏菜が羨ましかったんだ」
暫くの沈黙の後、桃菜はぽつぽつと語り出した。
場の全員が彼女に注目する。
桃菜は一人一人の顔をじっくりと見渡しながら喋り続けた。
「……いや、恨めしかったのかな? 運動もできて、勉強もできて、性格も良くて」
そこで桃菜は口を閉ざし、俺の袖を掴んでいる杏菜を見つめる。
そして、今までずっと浮かべていた笑顔を消し、暗く濁った瞳を見開いて言った。
「私には、何も無いのに。
※
……ずっと思ってたよ、私は杏菜に全部奪われて生まれてきたんだって。
いらないものを押し付けられた、脱け殻なんだって。
それならいっそ──消えてしまいたいって思ってた。
だからかな。
あの日、学校の帰り道。
二人で歩いていたとき。
こっちに向かって車が突っ込んでくるのを、避ける気は起きなかった。
気付いたら私は地面に座り込んでいて、そこにはもう車はいなくて。
目の前には杏菜が倒れていた。
姉を庇って死ぬ。
良い話だと思うし、杏菜らしいと思う。
でも、最後の最期まで綺麗な性格でいた杏菜を、私は憎んだ。
そして、少しでも彼女を汚してやろうという思いと、消えたいっていう思いがぐちゃぐちゃに混ざって……私は。
自分の名前が書いてあるランドセルと靴を、動かなくなった杏菜の物と交換して、
※
それから、走ってその場から去った」
『…………』
杏菜の瞳から涙が零れていく。
小さい肩を震わせて、杏菜の話に聞き入っている。
桃菜が抱えているものは、幼い少女には持ちきれないほどの劣等感だった。
同じ顔、同じ体形、同じ声。
何もかも同じだからこそ、圧倒的に違う中身に嫌悪したのだろう。
そして、成り代わろうとした。
それがコンプレックスから逃れる唯一の方法だと、彼女は考えたのだ。
桃菜は一つ深呼吸をすると、また喋り出した。
少し哀しげな表情で。
「……その時は混乱してて……よく考えずに動いちゃってたんだ。後から後悔することになったけどね。
※
当然といえば当然だけど……上手に杏菜になりきる事は出来なかったよ。
まあ、それが出来るなら最初からしてるし。
特にお兄ちゃんの目を誤魔化すのは難しいと思った。
だから、まず声を消したの。
声自体を出さなければ、変なこと喋って正体がバレるような事にもならない。
次に、気持ちを消した。
この頃にはもう全部面倒臭くなってきて、誰とも関わりたくなかった。
姉妹仲は良かったし、杏菜は姉思いの優しい子だったからね。
双子の片割れを失ったショックで『こう』なったという話で、皆納得してたよ。
お陰で学校行かなくて良くなったけど、日中家に誰も居ないから暇で。
何となく事故のあったあの場所に行ってみたんだ。
そしたらそこで出会ったの。
死んだはずの、『桃菜』に。
凄くびっくりした。
びっくりして──悲鳴をあげようとした。
でも、声が出て来なかったの。
出て来なかったというか、出し方を忘れちゃった感じ。
自分は『声を出してない』んじゃなくて『声が出せない』んだ、って気付いて、怖くて怖くて……恥ずかしい話だけど、その場で泣き出した。
『桃菜』は慌てて慰めてくれた。
やっぱり『桃菜』の存在に疑問は持ったけど、余りに生きてる時と変わらない調子だったから、何だか安心して。
落ち着いてきたら、声も出るようになった。
……それで、急に気まずくなった。
『桃菜』は言った、全部見てたって。
私のやった事、全部。
私が視えてなかっただけで、『桃菜』は見てた。
それを聞いて、私はまた堪らなく怖くなった。
絶対に怒ってると思ったからね。
でも、『桃菜』は許した。
呆気なく笑って許してくれた。
何で私が杏菜になろうとしたのか、とか……そういう事は訊かずに。
死んでも変わらない人柄の良さに、私は──苛々した。
早くこの場を立ち去って、一刻も早く『桃菜』の笑顔を忘れたかった。
でも、別れ際に『桃菜』は言った。
『演技でも、ずっと声出さないままだと本当に声出なくなっちゃうよ? 私話し相手になるから! いつでもここに来てね』
……ふざけるな、誰が行ってやるか、と思ったよ。
その時はね。
だけど、その後も気付けば私は『桃菜』の所に通っていた。
何だかんだ言って、私は話せる相手が欲しかったのかな……。
本当に意志が弱い、自分で呆れるよ。
でもある日、その意志の弱さとか、未練を断ち切るチャンスが来たんだ。
私がお兄ちゃんにあげた御守りが、高校で盗られた。
それを一緒に探して欲しいって『桃菜』に頼まれたんだ。
その御守りは、私がお兄ちゃんに教わって作った物で、数少ない『桃菜』の遺品だった。
私は不器用だから、出来は最悪だったけど、お兄ちゃんはそんなのでも大切に持ち歩いてたよ。
まあ、そんなものくらいしか、私の手作りの品なんて無かったんだけどね。
だからこそ、思った。
このままお兄ちゃんが御守りを諦めてくれたら、『桃菜』は消えて行くんじゃないかって。
だから、私は。
『桃菜』より先に御守りを見付けて、別の場所に隠せば……もうお兄ちゃんに見付かる事は無いって考えた。
捨てたり、私が保管する手もあるけど、私は基本お兄ちゃんに見張られてるからね。
見付けたらすぐに隠すのが良いと思って。
それで、必死になって探して見付けてそこから盗み出して──
※
──ここからは分かるよね? ……はい、これでお終い。ふう……喋り疲れちゃった」
そう言って桃菜は話を終えた。
気怠げに溜め息を溢し、俺に視線を向ける桃菜。
暗い目には変わらぬ余裕が満ちている。
挑発的にも感じる、子供らしからぬ毅然とした態度に気圧されかけるが、俺は静かに言葉を返した。
「それで終わりか?」
「うん」
桃菜は迷わず頷く。
当然だと言わんばかりに。
「本当に、か?」
「……そうだけど?」
再確認を不思議に感じたのか、桃菜の表情に怪訝そうな色が滲む。
だがそれも一瞬眉をしかめた程度で、またすぐに薄い笑顔に戻った。
そして念を押すように繰り返した。
「そうだけど、何か──」
「違う」
言葉を俺に遮られた桃菜は、ハッとした様に目を開いた。
「な、なにを──」
「それだけじゃ無い筈だ」
「……」
焦って吐き出した言葉をまたも遮られ、桃菜は少し苛立ちを露にした。
先程のものとは違い、怒りの籠った溜め息を吐き、彼女は一歩俺に詰め寄った。
「何? それだけじゃ無いって。私全部話したでしょ?」
いや、まだだ。
まだ足りない。
確かに今の話は真実だろう。
真相が明らかになり、御守りも返ってきた。
これで杏菜も沖花も救われる。
だが、まだだ。
まだ、桃菜が救われていない。
「じゃあ──」
俺はそう言って一歩前に踏み出した。
袖口を掴んで嗚咽を漏らしていた杏菜が、びくりと身を震わせる。
「じゃあ、お前はあの時、杏菜と何を話していたんだ?」
《15話・完》
《16話》
俺の言葉を受けた桃菜は、面倒臭そうに視線を滑らせ、口を開いた。
「あー……そう言えば見られてたんだっけ」
俺が杏菜に会いに行ったあの日、杏菜と桃菜は何か言い争いをしていた。
それからだ、杏菜の様子がおかしくなったのは。
あそこまで執着していた御守りの捜索を断念し、いつも居た路地裏から姿を消した。
原因は間違いなく桃菜との会話にあるだろう。
「別に。あの子、私が御守りを隠した後も探し続けてたからさ。教えてあげただけだよ? 御守りは私が先に見つけて、あんたに見付からないような場所に隠し直した、って。泣いて理由を訊かれたけど、教えなかった。もう会う事も無いと思ってたからね」
杏菜は淡々と言う。
確かに、この話には不自然さは無い。
それを本人も分かっているのだろう。
未だ余裕の表情を保ったままだ。
「杏菜……」
「?」
「俺がお前の正体に勘付けたのは、根拠があったからだ」
「な、何? 突然」
俺の言葉に余りに脈絡が無かった為か、桃菜はややたじろぐ。
「お前の兄ちゃんに言われたんだよ、『桃菜は運動も勉強もできなかったが、人を騙したり操ったりするのは巧かった』ってな。ま、実際あいつは末恐ろしい子供だったし、そう聞いても俺は大した違和感は覚えなかったんだがな……あの日、お前と杏菜が口論になってた時、ふと思ったんだよな──『逆』じゃないかって」
「へぇ……それがどうしたの?」
「そう仮定して考えてみたら、全てが繋がった。だからまあ……お前の正体に気が付いたのは証拠あっての事だった訳だが……ここから先の話には根拠も証拠も無い」
でも、俺が最も明らかにしたかった、するべきだと思った話でもある。
「……で? 何の話なの」
桃菜の目に、僅かだが警戒心が宿った。
口許はまだ平静を装って笑みを浮かべているものの、先程とは違う緊張感が場には張り詰めている。
「だから、あの時お前と杏菜が話していた事についてだよ」
「……それはもう話し──」
「いや、まだだ。」
俺は強引に桃菜の言葉を遮った。
桃菜は笑顔を消し、表情を曇らせる。
「まだ、お前は全部話していない」
「……」
桃菜の表情が固くなる。
初めに見せた、無感情な無表情でもない。
貼り付けたような怯えでもない。
余裕を含んだ笑みでもない。
焦り。
今の桃菜の表情からは、何かが露見する事を恐れた、焦燥感が見てとれた。
「図星みたいだな」
「ちが……違う……私は……」
桃菜は何か言おうと口を開いたが、すぐに歯を食い縛って押し黙ってしまう。
焦りを滲ませた瞳は忙しなく泳ぐものの、何を捉えるでもなく空回っていた。
俺の考えが正しければ、桃菜が杏菜に真実を喋った理由は他にある。
『杏菜が御守りを隠した後も探し続けてたから、教えてあげただけ』?
教える理由は無いだろう。
杏菜への未練を断ち切る為に隠し直したというのに、わざわざそれを杏菜に伝えていては意味が無い。
これではまるで──
「ヒントみたいだ」
俺の言葉に、桃菜がぴくりと反応する。
逃げ道を探すかのように動き回っていた視線は、無意味に彼女の足元で止まった。
「お前の行動は、杏菜にヒントを与えてるみたいだっつってんだよ」
「…………!!」
全身を硬直させ、桃菜は目を見開いた。
「え……? どういう……」
雪が怪訝そうに訊ねてくる。
まあ、この流れで理解しろという方が無理がある。
俺も最初は信じられなかった。
いや……今の今まで、確信を持ち切れてもいなかった。
「雪、俺は──俺達は、ずっと桃菜に利用されてたんだよ」
「……?……」
「桃菜は、杏菜に御守りの在処を仄めかすような事を言って、杏菜が動くのを唆したんだ。すると連鎖的に動かざるを得ない人物が居るだろ?」
いや、と言うより……連鎖的に動くことが出来る人物。
「俺だ」
『……?』
「…………?」
杏菜と雪が『それはそうだろう』とでも言いたげにきょとんと首を傾げる。
俺は杏菜から御守り捜索の依頼を受けた張本人であり、桃菜以外で杏菜を認識する事の出来る唯一の存在でもある。
そんな俺が、依頼主である杏菜の様子がおかしくなった時、最も不審に思うのは当然の事だろう。
「俺が杏菜の事を調べるのを前提に、桃菜は杏菜を唆したんだ」
「え……じゃあ……」
『……!』
「ああ。桃菜はきっと、自分の正体が明らかになる事を望んで──」
「待って!!」
俺の言葉を遮り、絹を裂くような叫び声が響いた。
「待ってよ…………私は……私は……そんな……」
俯く桃菜の足元に、涙が零れ落ちる。
彼女は、嗚咽を漏らしながら糸が切れたように座り込んだ。
「やめてよ……そんな……こと……」
感情と声を失った少女。
実の妹を羨み、成り替わろうとした姉。
桃菜が必死に貼り付けていた仮面が、剥がれ落ちていく。
本性が、露わになっていく。
「そんな事、お兄ちゃんが知ったら……」
後に残ったのは。
「お兄ちゃん……私の事…………嫌いになっちゃう……」
ただ兄に構って欲しかっただけの、一人の子供だった。
《16話・完》
《17話》
御守りの盗難。
それがこの事件の発端だ。
原因はというと間違いなく満束なわけだが、事態を複雑化させたのは、目の前で泣きじゃくるこの少女である。
自分の存在を消し去る事を目的に、御守りの人為的な紛失を利用したのだ。
だが、それにしては言動に疑問点が多かった。
杏菜や俺に敢えてヒントを与え、真実に導く。
意識しなければ気付かない程度の事だが、気付いてしまえば違和感が残る。
その行動は、彼女の目的とは完全に矛盾していたのだから。
──桃菜は『桃菜』を完全に消す為に、御守りを隠した。
──御守りさえ無くなれば、『桃菜』は消え去る事が出来た。
──御守りは、『桃菜』に戻る最後のチャンスだった──?
そう考えると、全てが府に落ちた。
桃菜は日々劣等感に苛まれ、ある意味愛に餓えていた。
杏菜のついでに分け与えられる有り合わせの愛ではなく、自分に、自分だけに向けられた愛に。
桃菜は杏菜を妬む反面、そんな愛を求めていたのでは無いだろうか。
だが、その欲求が満たされる事は無かった。
杏菜が、『桃菜』が死ぬまで。
『桃菜』が事故で死んだ後、形見として残された御守り。
沖花は、それを肌身離さず持ち歩くようになった。
それは、桃菜が求めていた愛なのでは?
死者に対する餞であったとしても、確かに桃菜一人に向けられた愛だ。
皮肉な事に、桃菜はその愛を自身の死を以て感じる事となったわけではあるが。
桃菜はやるせなかったのだろう。
悉く空回る自分が。
何とかしようと思ったのだろう。
そんな時、御守りが盗まれたという話が耳に入ってきた。
桃菜が『何とかする』ならこのチャンスを利用するのでは無いだろうか。
では、どのように?
※
「さ、最初は……御守りを捨てるつもりだった」
桃菜はか細い声で言った。
涙で濡れたその顔からは、今までとは違い、年相応の幼さが感じられる。
「私の存在を無くしちゃう事が、本当の目的だったはずだし……でも、その寸前で、思ったんだ──もし、今御守りを捨てたら、もうお兄ちゃんに愛されないんじゃないかって。もし、今ここで『桃菜』に戻ったら……」
桃菜はそこで言葉を切ると、顔を伏せて更に消え入りそうに呟いた。
「お兄ちゃんは、私を、『桃菜』のままの私を、愛してくれるんじゃ……ないかって……」
それは、桃菜が生まれた時から夢見ていた事だったのだろう。
もう諦めかけていた願いだったのだろう。
それでも、愛されたくて、愛されたくて。
周囲から溢れるような愛を注がれていた妹に為り変わって。
自分を偽って。
遠回りをして。
だが、根底にある感情はずっと変わらない、至って単純なものだった。
『見て欲しい』
『褒めて欲しい』
まるで幼児のような幼い欲求。
でも、そんなものでも、今まで満たされる事は無かった。
言動だけ取ると早熟過ぎるくらいに感じるこの少女も、中身はずっと幼い子供のまま成長できていなかったのかもしれない。
「で、でも……もう、無理だ、ね」
「え?」
不意にぽつりと溢した桃菜の言葉の意味が分からず、俺は思わず聞き返した。
「だって……私がこんな意地汚い事考えてたってお兄ちゃんが知ったら、ぜ、絶対、に、嫌われちゃう……から……」
「! そんな事──」
「そんな事、ない!!!」
俺が否定しようとする声を押し退けて、大声が響き渡った。
この場に居た、誰のものでも無い声。
全員の視線が、反射的に声の発生源に向く。
俺も続く言葉を飲み込んで、後ろを振り向いた。
「そんな事、あり得ない……僕が桃菜を嫌いになるなんて、絶対に無いよ……!」
※
「お、お兄ちゃ……!?」
『お兄ちゃん……』
体育倉庫に隠れるようにして立っていた沖花は、唇を噛み締めると、桃菜の元へ歩を進めた。
「……桃菜」
「お兄ちゃん……ま、まさか全部聞いて……?」
桃菜は絶望感を宿した目で、呆然と沖花を見上げた。
「うん……全部、聞いてた」
頷いた沖花はそう言い切ると、軽く息を吸って言葉を継いだ。
「全部聞いてたし、全部……知ってた」
《17話・完》
《18話》
「は……え……知って……た……?」
桃菜が愕然と呟く。
沖花は、その途切れ途切れの言葉を拾い上げるように、再び力強く頷いた。
「うん、知ってた。分かってた。分からない筈が無いよ……僕、桃菜のお兄ちゃんだよ?」
「…………いつ、から」
桃菜は辛うじてそう口にするが、その目は怯えきっていて、沖花を見ていない。
先程言っていたように、自分の本性が明らかになった事で沖花に嫌われてしまうと思っているのだろう。
沖花の口からそれが否定されてもなお、ただ一人の兄に見放される恐怖は払拭しきれていないようだ。
そんな桃菜の両肩を抱き寄せ、沖花は優しげに笑った。
「最初から」
「え」
「桃菜と杏菜が入れ代わってたのは、最初から気付いてた」
「……!?」
瞬間的に、桃菜の表情を支配していた恐怖が、驚愕の色に塗り替えられた。
「う、嘘、何で……だ、だって私、バレないように……喋らないように……して……」
「それでも、分かっちゃうのが兄妹だよ。何年二人を見てきたと思ってるのさ」
桃菜の頭を撫でながら、沖花は恥ずかしそうに笑った。
「でも、何で入れ代わったのかは解らなかったよ。僕はこんな頼り無いお兄ちゃんだから、問い詰める権利も無いと思ったし……だけど…………」
沖花の眼差しが真剣なものへと変わる。
そして、唇を噛み締め言葉を詰まらせた。
「だけど……御守りが盗まれてから、桃菜は何か悩んでいるように見えたんだ」
「!」
本人は隠していたつもりだったのだろう、桃菜は再び驚いたように沖花の顔を見た。
「僕……本当は良くないのかもしれないけど、桃菜がそれで幸せになるなら、杏菜と入れ代わったままでも構わないと思ってた」
「え……?」
「やっぱり、何よりも妹の幸せを第一に考えちゃうのが僕なんだ。どんな過ちや罪を犯しても、味方でいたいって思う」
「っ……!」
桃菜の瞳が揺れる。
沖花の言葉が桃菜の中の何かに触れたようで、彼女は色を失い喘ぐような息を吐き出した。
「だけど、桃菜が苦しむのは駄目だよ。それだけは許せない。それだけは──僕が許さない」
静かな声で沖花は言い切る。
気弱で臆病で流されやすい一人の少年が、どうしても譲れなかった只一つの物。
それが、家族愛なのだろう。
俺は杏菜の手を引いて沖花に歩み寄った。
「沖花」
「! あ……小森さん」
俺を目にした沖花は、罰が悪そうに目を伏せると、深々と頭を下げた。
「あ、あの、すみません! 僕……小森さん達を騙すような事してしまって……その、桃菜に何をしてあげれば良いのか分からず……小森さんに本当の事を言い出せなくて……」
オロオロと口籠る彼の沖花の姿に、俺は思わず吹き出した。
「くっ……くくっ……」
「……? 小森さん?」
そんな俺を見てきょとんと首を傾げる沖花。
「くくっ……ふっ……」
『お兄ちゃんを笑わないで』
「ぐっ……!」
脇腹に渾身の肘打ちを食らわせてくる杏菜。
「こ、小森さん?」
「い……いや、何でもない」
何とか平静を装いながら杏菜を横目で睨む。
凄い勢いで目を逸らされた。
さりげなく杏菜から半歩離れ、再び沖花と向かい合う。
彼は申し訳なさそうな目で俺を見ていた。
「……そんなにビクビクすんなよ、沖花」
「……?」
「折角今まで良い感じだったのによ、こんな時まで人に気ぃ遣ってたら格好良く決められねえだろ」
「あ……う……」
沖花は顔を赤くして俯いた。
「邪魔しちゃ悪いし、俺達はもう消えるよ」
「?」
「後は兄妹水入らずで話せ」
俺の言葉を受けて桃菜に視線を向けた沖花を、小さな腕が抱き締めた。
暫く黙ってその胸元に顔を埋めていた桃菜だったが、直にその身体が細かく震え始める。
「…………う……う…………っ」
一度口から漏れた嗚咽は止まらず、徐々に泣き声は大きくなっていく。
数秒後には、桃菜は大声をあげて泣き喚いていた。
「う、ああああああああああっ!!」
《18話・完》
《19話》
4月と言えど夜になれば肌寒い。
俺は制服のポケットに手を入れて夜の街を歩いた。
後からは満束が着いて来る。
その背中では雪がぐっすりと眠っていた。
「待……お、おいてめぇ! 何優雅に歩いてるんだよ! ちょっ……手ぇ出せ手! ポケットから手! 腹立つなぁそれ!」
「いや寒いし」
「オレはむしろ暑いんだよ!!」
人一人と二人分の荷物を抱えて息を切らしている満束の喚き声にも動じず、すやすやと寝息を立てている雪。
良いぞ、流石だ。
「大体何でこの……この人は寝てるんだよ」
まだ彼の中で雪の呼称が固まっていないらしい。
「もう9時だしな。雪は寝る時間だ」
「ええ……」
満束は困惑の表情を浮かべた。
分かるぞその気持ち。
「と言うか、雪より満束だろ。何でお前ずっと待ってたんだよ」
「帰るタイミング逃したんだよ! お陰でずっと蚊帳の外だ! 寂しかった!」
相変わらずのメンタルのようだ。
その情緒でどうやってあそこまでの地位を手に入れたのか。
「寂しかったって……そんなんで学年のトップ張ってけるのか?」
「……今はもう違うだろ」
「ああ、そうか」
雪に奪われたんだっけ、トップの座。
「本当、どうしてくれんだよ……この学校だとカースト上位に立ってねえと生きてけねえんだぞ? 文字通り」
え、命落とすの?
スクールカースト底辺だと死の危険性があるの?
改めてとんでもない学び舎に足を踏み入れてしまった事実に身を震わせつつ、背負われている雪を横目で見る。
彼は目覚める気配もなく気持ちよさそうに眠っていた。
…………。
「別に良いんじゃねえか? これからも学年トップ名乗って」
「は?」
「だってこいつ絶対忘れてるぞ? 今自分がトップに立ってるって事」
仮に覚えていたとしても、こいつは今後に及んでその地位に固執するような人間ではないだろう。
満束は驚いたような呆れたような表情で黙り込んだ後、深く溜め息を吐いた。
「はあ……お前ら訳分かんねえ……」
「何だ? 嫌だって言うんなら、俺と雪が学年トップ張り続けてやっても良いんだぞ?」
「お前関係無いだろ! 便乗するな! ……分かったよ、ありがたく地位は返して貰う!」
そう言い終わると、満束は突然足を止めた。
「? どうした満束」
「いや、オレん家ここだから」
…………。
「…………世も末だな」
「言うに事欠いて何だそのコメントは!!」
いや本当に世も末だよ。
満束が自宅と言った住宅は、立派な一軒家だった。
広々としたガレージに、二階建ての大きな白い家。
玄関の前には鉄製の高い門まである。
豪邸と言う程でも無いが、ここ周辺の住宅の中で最も立派な家と言って差し支えないだろう。
この家、前通る度にちょっと羨ましく感じてたんだよ。
まさか満束の家だったとは。
「……はあ? マジかお前嘘吐いてんじゃねえぞ」
「何でオレがお前にそんな悲しい嘘吐くんだよ!」
「いやだってこんな家の子供って……どう考えてもピアノが趣味の清純派美少女とかだろ。何で不良校に通う学年番長なんだよ」
「知らねえよ! 誰だピアノが趣味の清純派美少女!」
「俺も知らねえよ」
「っつーかピアノが趣味の清純派美少女は今関係ねえんだよ! オレが言いたいのは……この……これ!」
言って、満束は背中の雪を顎で指し示した。
ついに人を指す指示語で呼ばれなくなってしまった雪は、未だ夢の中だ。
「いい加減起こせよ……オレの腕もそろそろ限界なんだよ」
「お? 学年トップの腕力はそんなもんか?」
「うるせえ! 意識の無い人間ってすげえ重いんだよ!」
その豆知識、番長が口にすると説得力が違う。
「仕方ねえな……おい雪! お前の背後に黒髪長髪の女の霊が!」
「!!??」
俺がそう耳元で叫んでやった途端、凄い勢いで跳ね起きる雪。
「わっとと……」
バランスを崩す満束の背中からひょいと飛び降りて、周囲をきょろきょろと見まわし始めた。
「どこ!? 宗哉、どこ!?」
「嘘だ」
「あ……嘘か…………ん? ここ、は? ……あれ? ……」
やや強引に目を覚ました所為か、記憶が混濁しているようだ。
満束はと言うと、雪の目覚めに恐れを成したようで、気付けば既に門の内側で俺達に背を向けていた。
逃げ足の速い番長って何。
「……あ……そうだ……。あのあと……春が来て……えっと、どうしたんだっけ」
雪の記憶が徐々に回復してきたようだ。
そこまでは起きてたのか。
あと少しの辛抱だったのにな。
「宗哉……あの後、どうしたんだ? 春は? 桃菜は?」
もう眠たげな様子の雪は、欠伸混じりに俺に訊ねた。
「ああ————俺の役目はもう終わったからな。後は兄妹水入らずだ」
《19話・完》
《20話》
「あ、杏菜。やっぱりここにいた」
『桃菜? お兄ちゃんと帰ったんじゃ……』
「えっとね、ちょっと訊きたいことがあって来たんだ」
『……何?』
「うーん……違うならそれで良いんだけどね……単刀直入に訊くと……
覚えてる?」
『──!!』
「あ、やっぱり」
『な、違、何のこと……』
「あ~、駄目だよ。やっぱ嘘下手だね、杏菜。これじゃあバレるのも当然だよ……」
「で? 覚えてるんでしょ? 死んだ瞬間ときのこと」
『…………覚え……てる……』
「何であの人にそれを言わなかったの? 私を庇ってたの?」
『…………』
「馬鹿だね」
「言っちゃえば良かったのに」
「私に殺されたって・・・・・・・・」
「車道に突き飛ばされて・・・・・・・・・・、死んだって・・・・・」
『…………』
「分かってるよ。罪悪感を覚えてるんだよね」
「自分が殺されたのは、自分が私を追い詰めていたせいだ、って思ってるんだよね」
『…………』
「でもね、桃菜がそうやってお人好し気取ってるせいで、桃菜を救ってくれた人達が傷付くかもしれないんだよ」
『!? どういう……!』
「分かってないね。自分が何で死んだか」
『……え? それは……桃菜が私を憎んでた、から……?』
「まあそれは事実だよ。私は杏菜を憎んでいた。でもそれは殺す程じゃあ無いよ」
『え?』
「嫉妬が理由で人を殺すなんて虚しいだけだよ。私が杏菜を殺したのは、もっと明確な利益があったから」
『え? ……え?』
「私ね……お兄ちゃんが好きなの」
『 』
「親愛でもない。恋愛でもない。そんな言葉で括れない程、大好きなの」
『 』
「お兄ちゃんに嫌われるのは何よりの恐怖」
「お兄ちゃんに愛されることが私の全て。お兄ちゃんにとっても、私が全てであって欲しい」
「だから、杏菜の分の愛も欲しくなったの。それだけ」
『あ……あぁあ……』
「あ、やっと反応した」
「その感じだと、分かったみたいだね」
「そうだよ」
「お兄ちゃんと仲良くするあの人達の分も、私は欲しい」
『っ……桃菜ぁ!!』
「わ、怒んないでよ」
「大丈夫、私だってあの二人には感謝してる。本当、してもしきれないくらいに」
『……っ……』
「でもね、私は自信がある。あの人達に勝てる自信が」
『嘘……できるわけない!』
『桃菜はまだ子供だよ!? 力も弱い。私のときみたいに、上手く行くわけがない!』
「ううん、上手く行くよ」
「子供とか大人とか、力が強いとか弱いとか、関係ない」
「殺せる力より殺す勇気と覚悟。それが大切なんだよ」
「戦場で強力なミサイルや爆弾があっても、それが使える人がいないと人は殺せない」
「逆に、小さな拳銃一丁でも、引き金を引く覚悟さえあれば人は殺せるんだよ」
「生憎、私は桃菜を殺した今、何も後悔してない」
「お兄ちゃんに愛して貰うためなら、何でもできるんだ!」
『……っ!』
「それにね、杏菜も聞いてたでしょ?」
「お兄ちゃんは、私がどんな罪を犯しても味方でいてくれるって!」
「あれ、物凄く嬉しかった!!」
『……桃菜』
「私、あの言葉を聞いて勇気が湧いたの! 今はもう何も怖くない!」
『桃菜!!』
「……何?」
『あの人達に、あの人に、手を、出さないで……! お願ぃ、だから……!』
「…………それは、杏菜次第だね」
『……え?』
「手を出して欲しく無かったら、お兄ちゃんから人を遠ざけてよ」
『遠ざけ……る?』
「お兄ちゃんを一人にしてよ。もう誰にもお兄ちゃんの愛を取られたくないの」
『そん……な……どうやって……』
「それくらい考えれば分かるでしょ?」
「上手く行ったら私はもう誰にも手を出さないって約束するよ」
『…………』
「大丈夫だよ、お兄ちゃんの事は私が何十人、何百人分も愛すから。お兄ちゃん、寂しくないよ」
「それじゃあね、杏菜」
「別に急かしはしないけど、待ってるよ」
「期待してるよ」
「私はまだ、この話を終わらせる気は無いから」
「今日までの事は序章も序章」
「これからが、本番だよ」
「美しい兄妹愛を描いた物語は、ハッピーエンドじゃないとね」
《20話・完》
一応こちらのトピはこれで完結ということになります。
後味の悪い終わり方で申し訳ありません……。
それにしても中2のとき書き始めて今もう高2ですよ!
なんと感慨深い……!
続きは↘のURLの方で書いています!
http://www.saychat.jp/bbs/thread/630423/
このトピを読んで少しでも興味を持っていただけたようでしたら、こちらも是非……!
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