ゴースト 2015-12-19 22:24:54 |
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僕はどうしたら良いのかわからなくて、ソニアの事も相まって少し混乱しちゃってさ。
もう考えるのは無駄かもだとか、諦めようとか、マイナスの事を考えたりしたんだ。
だけど、このまま諦めたらソニアやメルヴィナ、サニャはどうなるって思って、
このままだとカミーユの行動が無駄になるって考えたんだ。
サニャ達を守るって誓ったのに、このままだとその誓いも破ることになってしまうって。
だから、3人を連れて街から逃げようとしてさ。
行くあてもないし、ましてやこの国の人間ではない自分には頼れる人もいない。
それでも、ここに留まっているよりは、マシな選択に思えたんだ。
逃げるなら、今のうちしかないと考えた僕は、ソニアの腕を引っ張って、モスクの中に戻った。
そしてまだ寝ていたメルヴィナやサニャを起こして、
「ここは危ないから街の外に逃げよう。」
と言ったんだ。
メルヴィナもサニャも、起こしたばかりだから、少し寝ぼけて反応が薄かったけれど、外の音が聞こえたみたいでさ、何が起きているの気づいたらしく、「うん。」と答えてくれた。
だけど、遅かったんだよ。
余っていた食べ物とかを集めていたら、もうモスクの直ぐ近くにスルプスカの警察が来てしまったらしく、大人達が騒ぎ出したんだ。
大人達がスルツキだ警察だって叫んで、早く逃げなきゃって思ったんだ。
ソニアは警察だから大丈夫だよって笑っていたけれど、その警察がボシュニャチやフルヴァツキの市民を連行したり暴行したり、殺したりしてるんだよ。
もうこの街に正義の味方、少なくともボシュニャチを助けてくれる味方はいなかったんだ。
そんな感じでモタモタしている内に、モスクの周りは更に騒がしくなっていた。
外に居た大人たちは、慌てながらモスクの中へ逃げ込んできたり、他の場所に逃げようとしたみたいだった。
だけど、他の場所へ逃げようとした人に向けて、警察は銃を発砲したらしく、乾いた銃声が周りから聞こえて、外の悲鳴とかは少しずつ聞こえなくなった。
その状況を見ている内に、もうモスクは警察に囲まれていたんだ。
モスクから逃げようにも、幼い僕達が走って警察から逃げ切れるはずもない。
最悪、カミーユのように僕が囮になって、サニャやメルヴィナ、ソニアの3人だけでも逃がそうと思った。
もう9人の中で、男は僕しか居ない。
僕しか3人を守れる人間はいないって思ったんだ。
でも、現実はそんな英雄的な行動をおいそれと取れるものじゃなかった。
少し間をあけて、警察たちが銃を手にしながらモスクの中に入ってきたんだ。
多くの人は、隅っこに下がったり、布を被ったり、伏せたりした。
だけど、そんな事をしても意味なんてないんだよね。
彼らは僕達の様子を見に来たわけじゃないのだからさ。
警察官達は、大人の男だけじゃなく、隅っこで震えている子どもや女性、お年寄りの顔を一人ひとり確認していった。
僕達の所にも近づいてきて、僕はさっきまであんなに囮になろうと考えていたのに、怖くて足も動かないし、声も出ないんだ。
本当に動かないんだ。
動かそうと思っても、心が折れてしまっていたんだ。
警察の人の顔は、暗くてよく見えなかったけれど、その時はとても怖い顔をしていたように見えた。
一通り、性別や年齢とかを確認し終えると、警察官は大人の男性や女性を無理やり引っ張って連れて行ってしまったんだ。
当然、男の人は暴れたけれど、外に引きずり出された後に銃声が聞こえて、その人の声はもう聞こえなくなっていた。
変な話だけど、この時ぐらいからだと思う。
人が殺されても、あまり感情とかが湧き上がらなくなってきていたんだ。
ああ、またかといった感覚に似ているけれどさ。
警察が去った後は、皆ぼーっとしながら、夜が明けるまで座っていたと思う。
赤ちゃんとかは泣いたりしていたけど、それをあやす母親はとても憔悴しきった顔をしていた。
もしかしたら夫があの時連れて行かれたのかもしれない。
だけど、そんな事を聞けるような状況でもないし、正直に言えば、もうソニア達3人以外の事を考える余裕なんて僕にはなかった。
それから数日経ったけれど、時々街中で銃声や悲鳴が聞こえるぐらいで、初日ほど騒々しい状況になることはなかった。
スルプスカやスルツキに忠誠を誓う印として、生き残ったボシュニャチの人々は家の前や屋根に白い布とかを掲げて、自分もスルツキの一員だといったような合図をしていた。
後で調べて、これが警察とかから指示されたものだと知ったよ。
この白い布や旗っていうのはさ、今考えてみれば、自分がボシュニャチですと公言しているようなものなんだよね。
この家や建物にはボシュニャチがいるぞ!って。
かといって、白い布を掲げなければ、殺されたり拷問されたりするんだ。
掲げても暴行やいやがらせを受けて、時には見せしめとして殺害され性的暴行され、掲げなくても殺害・性的暴行をされる。
自分が標的にならないように祈ることしか出来なかった。
もう希望なんて正直消え失せていた。
この街から逃げたくても逃げ出せない。
街の所々にはボシュニャチの人々の収容所とかが作られたりしてさ、男の人は暴行、処刑されて、女性は数人がかりで性的暴行されていたらしい。
この時は、そんな事になっているとは知らなかったけどさ。
何もする気力が起きないし、する事が無い。
何日もぼーっとしてたんだ。
そしたら、モスクに元々いた年配の人がさ、
「君はムスリムなのか?」
って聞いてきたんだ。
だから、違うって答えた。
そしたら、「何で我々と一緒に行動するんだ」って言うんだ。
何でってそんなの僕が知りたかったよ。
だけど、友達と離れたくないから、友達を守らなきゃいけないからって答えたんだ。
そしたらさ、君は異教徒で異民族かもしれない。
だからこそ、生きて目にしたものを伝えなさいって言って、藁半紙みたいなノートを数冊くれて、鉛筆も何本かくれたんだ。
今こうして書いている内容の元は、この時にもらったノートに書いてある日記というか、起きたことを書いた文なんだ。
元々さ、カリノヴィクに居た頃から絵日記みたいのはつけていたんだけど、あの時は急だったから持って居なかったし、取りに行ける状況じゃなかった。
だから、このカリノヴィクから逃げる時期やフォーチャでの出来事、これから先の出来事は多少細かく書けるんだけど、
その前の出来事は、時々思い出みたいのが書いてあるぐらいだから、今じゃどんどんその時の記憶が思い出せなくなってきているんだ。
それがとても怖い。
日にちは経って、4月22日になった。
この日も、ここ数日のように過ぎていくと思っていたんだ。
だけど、違った。
スルプスカ軍か、民兵か、警察かはわからないけれど、フォーチャにある、歴史あるモスクが次々に破壊され、爆破されたんだ。
もう僕達が気づいた時には、街中から轟音が聞こえて来ていた。
また始まったと思ったけれど、この日はいつもと違ったんだ。
この日の標的は、僕達とは関係ないボシュニャチの人ではなく、僕達自身だったんだ。
急いで荷物をまとめて、モスクから逃げようとした。
大半の人は逃げていたけれど、サニャが忘れ物をしたといって、モスクに走って戻ったんだ。
僕は駄目だよ。危ないよって何度も叫びながら止めようとしたんだ。
でも、サニャはカミーユの荷物があるから取りに行くって言って、止まってくれないんだよ。
必死に追いつこうとしたけど、この時のサニャの足は速くて追いつけなくてさ、モスクのすぐ隣に生えている木の所でやっとサニャの手を掴んだんだ。
そして、危ないから俺がとりに行くって言った瞬間だったと思う。
耳がつぶれるかと思うくらいの轟音と一緒に、目の前が真っ暗になって、気づいたら10数メートル吹き飛ばされてたんだ。
一瞬、何が起きたのかわからなくてさ、耳もキーンとして聞こえないし、目もよく見えなかった。
体中にも激痛が走ってた。
だけど、感覚はあるし、どうやら自分が無事だって事は何とかわかったんだ。
それではっとしてさ。
そういえばサニャはどこだって。
でも、自分の手はサニャの手を握ってるんだよ。
だから、無事で良かったって思ったんだ。
だけど、違ったんだよ。
耳とか目の視力が回復してきて、よく見たら、サニャの手しかないんだよ。
僕は丁度木の陰に隠れて、打撲で済んだけれど、サニャは木の陰に隠れてなかったんだ。
僕はよくわからなくなっちゃってさ。
サニャどこに隠れたんだろってサニャの事必死に探したんだよ。
でも、周りにサニャ居なくてさ。
あ、モスクの中に隠れたかもって思ってさ、崩れ落ちたモスクに行こうとしたんだ。
モスクの中に運よく隠れたんだって思ってさ。
そしたら、メルヴィナが僕のところに駆けてきてさ。
危ないから早く離れるの!って言うんだ。
でも、まだサニャがモスクにいるから、いるから!って俺何度も言ったんだ。
サニャに手を返さないと、くっつかなくなっちゃうから早くしないとって。
よくわからないけど、僕は泣きながらサニャ早く出てこないと、手返さないよって叫んだんだ。
そしたら、メルヴィナにビンタされてさ。
かなり痛かった。
「サニャはもう駄目なの!祐希まで死んじゃったら私たちどうしたらいいの!」
みたいな事を泣きながら言うんだ。
もう駄目だってそんなのわかってるんだよね。
わかってるんだ。
木の陰がとか、そういうのはその時は気づいてなくてもさ、手首から少し先がもぎ取られたみたいになってるのを見れば、そんなのわかるんだよ。
でも、そういった現実は僕には認められないんだよ。
だって、僕はカリノヴィクでカミーユにサニャを守ってねって言われて、約束してるんだよ。
その後、カミーユの代わりに僕がサニャを守るって誓ってるんだよ。
情けないけどさ。
僕はそれから数日の記憶なくてさ、気づいたらフォーチャからソニアやメルヴィナ、そして何人かの大人と、赤ちゃんとか小さい子ども数名と一緒に山の中にいたんだ。
僕さ、サニャよりも足はずっと速いんだよ。
怪我でもしてない限り、サニャに追いつかないはずないんだ。
あの時、僕が追いつけなかったのは、多分、僕がビビッてたからなんだ。
僕は守るとか調子良い事言ってたにも関わらず、またビビッて、何も出来ずに今度はサニャを見殺しにしたんだって気づいてさ、悔しくて、悲しくて、そして憎くて涙が止まらなかったんだ。
それから1ヶ月か2ヶ月ちょっとは、山の中で生活していたんだ。
フォーチャにはもう戻れないから、結構離れた山中で静かにしていたんだ。
幸運な事にさ、一緒に脱出した人の中に、ミジュヴィナからついてきてくれた青年の一人が居て、薬とかを時々歩いて5時間くらいかけた所にあるらしい集落に取りに行ってくれていたんだ。
ただ、食料は毎回のように貰いに行くわけにはいかなかった。
なぜなら、それで僕達の存在がスルツキの人々に知られてしまう可能性があったんだ。
だから、この山中での生活は、食べ物が少なくて辛かった。
食べられそうなものは何でも食べたんだ。
葉っぱも食べたし、変な虫も食べた。
動物も居たけれど、捕まえられたのは数回だった気がする。
食べ物が少なくて、大人の人も生きている動物を捕まえるほど体力がなかったんだ。
それでさ、動物を捕まえたとしても、火は起こせなかったんだ。
夜といっても、月だとか星の光で煙が見えちゃうらしいんだ。
だから、動物の肉は生のまま、皆でわけあって食べていた。
水も、何時間も歩いた場所にある池から取ってきて、
濁ったまま飲んでいたんだ。
それでも水が足りなくてさずっと空腹と喉の渇きに飢えていた。
それに耐えられなくなった僕達より少し上の子が、木の窪みみたいな所に溜まった水を飲んでしまって、お腹を壊して、何日か経った後に亡くなった。
男の人が、何日かごとに結構離れた農地へ作物を盗りにいって、野菜とかを手に入れてくるんだ。
だけど、その食べ物は幼児や赤ちゃんにミルクをあげなきゃいけないお母さんに食べさせて、僕達を含めた他の人は、食べられそうなものを食べて我慢してた。
葉っぱはさ、たまに毒があるものがあって、最初のうちは見分けられなくて舌がしびれたり、唇が腫れたりした。
だから、食べる時はまず唇に10分くらいつけて、それで大丈夫だったら口の中に入れて、そこからまた10分ぐらい口の中に入れたまま、咬まずにしておくんだ。
それでさ、舌に痺れだとか痛みがなければ、よく噛んで飲み込んでた。
美味しくはなかったけど、食べられずにはいられなかった。
その点、虫は栄養もあるっぽくてさ、最初は気持ち悪かったけど、途中から抵抗なく食べられるようになってた。
特にイモムシみたいなのとか、何かの幼虫はおいしかった。
結構大きめのクモも、肉に歯ごたえがあって、味は鶏みたいな感じだった。
とはいっても、この時はずっと空腹で味覚も狂っていたと思うから、実際はそんなに美味しいものではなかったと思うんだけどね。
色々と慣れてくるものだけど、一つだけ慣れないものがあったんだ。
それは夜の山なんだ。
時折、別の山とかに移動して転々としていたけれど、どの山も怖かった。
別に幽霊だとか、動物が怖いわけじゃないんだ。
もしかしたら、スルツキの警察や民兵、軍がくるかもしれない。
もしかしたら、この場所が知られているかもしれない。
そんな恐怖が子どもや大人全員にあって、夜は必ず大人二人と子ども一人が起きて、見張りをしていた。
それでも、物音がしたり、風で木が揺れる度に、皆が目を覚まして、息を潜めてさ、場所を移動してもそれはその恐怖は消えなかった。
この山中の生活でさ、子ども一人と年配の人が一人亡くなったんだけど、僕達はその人の遺体を食べたんだ。
とても気持ちが悪くて、最初は吐いたんだ。
吐いたけれど、食べないと死ぬぞって言われて、皆泣きながら食べた。
僕はさ、この時、別の肉もソニアやメルヴィナと食べたんだ。
そんな多い量じゃないんだけどさ。
フォーチャから脱出した時、僕はずっとさ、サニャの手を持ってたらしくて、目を覚ました時にサニャの手がバックに入っていたんだよ。
捨てるに捨てられなくてさ、腐ってきていたけど、ずっと手元に置いていたんだ。
それでさ、今書いた人の肉を食べた後、お腹がすいたって泣いているソニアを見てさ、じゃあ、サニャの手を食べようって言ったんだ。
もう、サニャの手は腐ってて、臭いもきつかった。
それでも、栄養があるものを食べなきゃって自分達に言い聞かせて、メルヴィナも呼んで三人でこっそり食べたんだ。
口の中に入れた瞬間、へんな臭いと味が広がって、思わず吐きそうになったけど、サニャの分まで生きようって三人で言い合って、食べた。
この時が、空腹とかの絶頂だったように思う。
友達を食べるって、やっぱ違うんだよ。
一緒に行動していた人も大切な仲間だけど、やっぱりその人のとは違うんだ。
味とか臭いだけじゃなくて、言葉に言い表せない気持ち悪さとか悲しさとか色んなのがごちゃまぜになった状態で、涙が出そうになるんだ。
声を出して泣きたい位の涙が出そうになるんだ。
でも、出ないんだ。
水が殆どなかったからかもしれないけれど、サニャの手を食べた時は、ソニアもメルヴィナも、もう泣かなかった。
この時ぐらいからだったと思う。
僕も含めて、ソニアやメルヴィナもあんまり感情を表に現さないようになっていったのは。
そんな生活をして1・2ヶ月経った頃、皆の体力もかなり落ちていて、このまま生活していても先がないという話になったんだ。
それで、本来の目的地だったゴラジュデに向かうことになった。
毎日日記はつけていたつもりなんだけど、フォーチャから脱出して数日は記憶が殆どなかったせいで、正確な日にちはわからない。
だけど、恐らく6月に入って数日程度経った頃だったと思う。
ゴラジュデへの道のりは、大体3日間ほどだったんだ。
それでも、体力が落ちていた俺達には、過酷で辛かった。
ああ。
ゴラジュデに向かいだして二日目の昼頃。
山の中を進んでいくとは行っても、道路とか人の生活圏を完全に避けて通過するのは厳しかったんだ。
本来であれば、夜にそういった場所を通過した方が安全なのだけれど、僕達には体力的にもそんな余裕がなかった。
この時は、丁度山道を横切る時だった。
道の200Mぐらい手前で、道に銃を持った人間がいるのが見えたんだ。
警察か民兵か、それとも軍の兵士なのかは見分けがつかなかった。
だけど、そこを通らないと山が越えられなかったんだ。
僕達、というか大人達は選択に迫られたんだ。
このまま気づかれないように進むしかない。
だけど、それには大きな障害があったんだ。
それは、赤ちゃんだったんだ。
赤ちゃんはさ、泣くのが仕事っていう位、よく泣く。
このときは、元気もあまりなくて、そんな泣くほどでもなかったんだ。
それでも、もし万が一泣いてしまったら、僕達はつかまってしまう。
全員の安全の為には、赤ちゃんを連れて行くことはさ、出来なかったんだ。
でもさ、さっきも書いたように、僕ぐらいの子どもも、大人達も、赤ちゃんや幼児の為に、どんなにお腹が空いていても、我慢して、耐えて、その子たちに優先的に食べ物をまわしていたんだよ。
そんな簡単に、皆の為にといって、赤ちゃんを連れて行かないなんて、決断は出来なかったんだ。
少しの間、沈黙が流れてさ、言いたいことはわかってる。
だけど、誰も言い出せない状況が続いた。
ここまで一緒に行き抜いてきたんだ。
こんな小さい赤ちゃんでも、皆にとっては大切な仲間で、気持ちとしては、家族同然のようなものだったんだと思う。
赤ちゃんの母親はさ、皆が言いたいことは十分わかっていたんだと思う。
そして、皆がそれを言い出せないという事も理解していたんだと思う。
誰も言い出さない中さ、笑いながら、皆が言いたいことはわかるって。
自分もこの子も、自分たちの為に皆が危険な目に合うのは望まないって言ってさ。
自分が母親だから、きちんと責任を持つって言ったんだ。
だから、皆は先に進んでください。
この子とお別れをしたら、私も後から追からって。
何とも言えない空気の中で、そう言った母親は、さっき来た道を戻って行ったんだ。
大人たちは、母親の姿が見えなくなった後に、「すまない。」って一言二言いって、武装したスルツキの近くを通過していくことにしたんだ。
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