悪魔との暮らし（BL）

(実害があったらそりゃあ平然としている訳もあるまいな、と向けられた卵焼きに恨めしげな目を移して。だがここで引くのも負けた気がする一方で、どのみち許容すれば今の二の舞だろうと数秒迷う。やがて無理矢理に身を乗り出してきちんと差し出される前の卵焼きを一口で奪えば、信者相手用の笑顔を貼り付けて痛む左腕で身を支えるという本末転倒なことをしつつ相手の眼前に林檎を突き付けて)
ご親切にどうもありがとうございます、オルキス。
恩義には報いねばなりませんね。
さあ口を開けて下さい？

（奪われた卵焼きに、フォークの先を見たまま驚いたような表情を浮かべて「……随分無茶をするんですね」と呟き。それから相手の顔に視線を向けたところで貼り付けられた笑顔に思わず引き攣った笑みを作って。突きつけられた林檎を見ては嫌な予感がして後ろに仰け反るも椅子の背もたれが邪魔をし。顔を逸らしつつ不格好な笑みを浮かべたままで視線を相手に向け）

おや、随分と欲の無い悪魔だ。
遠慮など不要なのですよ？
(相手が上手く逃げられないのを見て取ると、更にずい、と林檎を差し出す。林檎が食べられないのは悪魔だったか吸血鬼だったか天使だったか、細かいことは忘れて曖昧な記憶がよぎるが今更引けない。無茶をするという指摘は事実で、傷口が開いたのかすぐに包帯に血が滲み力が抜けかける腕、しかし意地で姿勢を保ったまま据わった目で)
恩返しは我々神父にとって欠かせぬものなのですから、どうか遠慮なさらずに……食え。

はは……遠慮などしていませんよ。
（乾いた笑いを漏らし、断固として拒否の姿勢を取る。林檎を食べたところでどうということはないのだが、先程の仕返しと考えるときっと口を開ければ碌なことが待っていないのだろう。最終的に命令形で告げられた言葉に意地でも食わせるつもりかと考え、厄介なことになってしまったと溜息を吐きたい気になり）

そんな顔をする位なら初めから人をからかうんじゃ、っ！
(面倒だと分かりやすく書かれた顔に青筋立てて怒鳴りかけるも、不意に外から話し声が聞こえ信者に下らない諍いを聞かせてはならぬと口を噤む。まだ話は終わっていないからな、と目で訴えてしずしずと音を立てない様椅子に座り。だが漏れ聞こえてくる声に、今の今までとは別ベクトルに苦い表情になり)
げ、また厄介な奴等が来たな。

（突然静かになった相手に不思議そうな目を向け、一先ず危機は回避できたと安心し。しかしその目が訴えかけるものに気が付くと誤魔化すように苦笑を浮かべて視線をそらし。外から聞こえてくる話し声に耳を傾けていると相手の言葉が聞こえ、視線を相手に戻してはその表情につられてこちらも眉を顰め）
……彼らは誰なんですか？

ん……誰と言われると……、そうだな、少しこっちに来てみろ。
(呟きを拾って当然問われたことに、言葉に詰まりどう説明したものかと悩む素振りを見せて。ちょいちょい、と手招きすると己のすぐ脇に立つ様に指示する。相手が応じて動き出すのを待たずに、おもむろに「あー」と発声練習の如く声を出して)
それで、試しにこんな感じにここで声を出してみろ。

（一度フォークをテーブルの上に置いてから静かに椅子から立ち上がりつつ、相手の行動に怪訝な表情浮かべ。そのまま指示の通りに相手の傍に立つと、躊躇うような素振りを見せるがやはり外から聞こえてくる声の主が気になるのか相手に倣って声を出し）

ふん！
(声を出す為開かれたオルキスの口に、すかさずぐいと手掴んだ林檎を奥まで押し込む。途端悩む風の表情は霧散し、今の説明に言葉を詰まらせた時間は何だったのかと思えるほどにあっさりと口を開いて)
外のは恐らく軍の連中だ。

んっ！？
（完全に油断していた為抵抗する余地もなく林檎を奥に押し込まれると背を丸めて激しく咳き込んで。その拍子に口の中の物が出てしまわないように咄嗟に口を押さえてはどうにか噛んで飲み込み。落ち着いたところで相手を睨みつけては、次の仕返しはどうするかと思案し。相手の言葉を聞くとまだ不機嫌そうにしながら「どうして軍の人間が教会に？」と首を傾げて）

ふふ、ははっ……そう睨むな、自業自得だろうが。
(綺麗に成功した罠に思わず笑ってしまい、相手の睨みを鼻で笑って受ける。椅子をゆらゆらと揺らしながら今度は本当に思案しながらで言葉に詰まりつつ、「軍としては、国民には国王の為に身を捧げる有事に備えた駒であって欲しいんだ」と切り出して)
だから神を至上の存在とする点でも、無為な殺生を禁じる点でも俺達は邪魔でしかないのだろうな。
道理で今日は村の人間が来ない訳だ！

（笑う相手に更に苛立ちが募り、舌打ちをしては相手の話に耳を傾け。確かに、老人が早朝に訪れて以来一度も来訪が無い。もうあれから時間は経っているのだし、そろそろ信者が教会に来てもおかしくはない時間であったのに。ゆらゆらと揺れる相手の椅子の脚を一度蹴っては）
いつも思いますが、人間とはつくづく面倒くさい生き物ですねぇ……

(蹴られて倒れかけた椅子に声にならない声を上げ、ばたばたと暴れてどうにか体勢を立て直す。テーブルに一応掴まり、「自分の保身も考えずに振る舞える悪魔様は人間と違ってさぞ自由だろうな、早死にしそうだが」と返して再び外の声に耳を傾ける。やがて脇に立つ相手を見上げて)
余裕そうだが、連中はじきに中に来るぞ。
お前は隠れるなり何なりしておいた方が身の為じゃないか？

彼らの中に、悪魔の姿を視ることのできる人間でもいるのですか？
（体勢を立て直す相手の姿に堪え切れず、口元を押さえつつ声を殺して笑い。その笑いをやや引きずったまま、相手を見下ろして上記のように返して。悪魔の姿を認識できる人間など限られているのだから、そう構えることでもないだろうと考えていて）

連中はいきなり武力行使はしてこない。
教会を潰す「建前」が必要だからな、世間体的に。
だからこそ視える、ないし感じる人材を一人は連れてくるはずなんだ。
(笑いに努めて反応はしてやらず、説明しながらテーブルの上の空になった相手のグラスに聖水を注いでやる。教会と敵対していようと軍からしても悪魔は歓迎すべき存在ではない。だからこそ微弱な悪魔でも見つければ、職務を果たさぬなら不要だと主張してこちらを潰してくる常の手口。その想像と現実に今ここにいる微弱どころかむしろ強大な悪魔を比べて、何てタイミングだと眉を寄せて)

（グラスに注がれた聖水に、そこまで機嫌を損ねることだろうかと信じられないものを見るような視線を向け。相手の説明の内容に成程と相槌を打てば、確かに教会で悪魔の姿が見つかるのは不味いだろうと納得し。実力行使で追い払う訳にもいかない為、身を隠す他に方法はない。深いため息をついては相手に視線を戻し）
……そういうことであれば、貴方の言葉に従った方がよさそうですね。
早々に教会から離れておきましょうか。

いやそれはそれで困るんだが。
(信じられないのはお前の方だと言わんばかりに相手の目を見返して、駄目押しとばかりに燕尾服の裾を掴もうとしてより拘束性の高いベルトを握る。とりあえず逃げなければ良いので掴んだままに「どうせあれは何かしら難癖付けてくるだろうしな、」と話を続けて)
いざというとき応戦するには今の俺は無理だ。
最悪お前が全員どうにかしてくれれば急場は凌げる、いきなり見つかっては困るがこの場から去られるのもな。

分かりました、掴まなくてもどこにも行きませんから離しなさい。
……私が隠れられそうな場所はあるんですか？
（ベルトを握られ、動きにくくなったことに対し咎めるように相手の手首を握って引っ張り。応戦やら何やらそんな物騒な話に発展するほどものなのかと人間の不可解な部分に呆れを感じつつ、それを一々口にしていてはキリが無いと考え。見つかるわけにも去るわけにもいかないのであれば隠れ場所だけでも聞いておこうと）

どうにかならないのか、悪魔様？
(言われてベルトからは手を離し、隠れ場所を問う言葉にはきっぱりと首を横に振る。大して広くも無ければ複雑でもない教会、加えて軍は蟻の子を探す勢いで粗探しをしてくるのだ。普通に隠れようなど土台無理な話。お前その辺り上手く誤魔化せる力無いのかと言いたげに逆に聞き返して)

(/昨晩は闇落ち失礼致しました！)

（問い返されると視線を床に落としながら暫し考えるような素振りを見せて。無い、と言い切るわけではないが個人的にあまり好ましいものではなく。だがそんなことを言っている場合でもない、眉を寄せたまま相手に視線を戻しては）
……視界に入らずとも気配で悪魔の存在が分かる……というので無いならば、姿を変えて物の隙間に潜むことくらいはできますが。

（/いえいえ、お気になさらず！）