かっぱ 2015-10-08 14:54:24 |
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(仮定の話をするとして、己が彼の立場である。見目麗しき容貌を持ち教養も嗜んでいる、他ならない家柄に産まれ生涯の伴侶も決まっている。謂わば、安心安全で不安など影も差さない環境で生きてきたにも関わらず、幽霊屋敷に住まう得体の知れない世辞にも醜悪としか言い難い見目の奇人と名高い酒漬けの老い耄れ小説家に色目で見られていると聞けば堪ったものじゃない。これまでに読んだどんな書の数多の登場人物の中で一番不遇で恐ろしい経験になることだ。__それを、彼は逃げるでも暴れるでもなく壁に押し付けられたまま脅し掛けているのは己の筈なのに精神ばかりは追い詰められる様に沈黙が流れる。緊迫に振動する心臓は勢い強く中身の伽藍たる肋骨を折ってしまいそうだ。触れる手の平には幼さなど見えず、力強い男性的に変化していた。憎らしい程に美しく、説明のつかない恋慕に身を焦がし……壁に這わせた手の爪が割れる、パキリと音を立て端から亀裂が入り深爪になる。唐突に順応できず、我が身厭わず体が強張り力強く爪を立てたのが原因だ。愈々、今のこれは過去を捨てきれない己が飲み込んだ錠剤の副作用で見ている希望的夢と言われる方が現実と認めるより納得が行く、角度を変えて衰えた肺に酸素を送ってから再び口付けを交わして抱き寄せる。抱き寄せる間際"好きだ"と三文字分の言葉を音無く唇の動きで零してしまい、慌てる様に顔を背けてから"さらり"と指馴染みの良い髪越しの後頭部に手を当てて、骨骨しい己の肩口へ。)
(/大変充実したやり取りを毎度楽しくさせて頂いています!背後の都合によりお返事が本日の夕方以降になるかと思います。気持ちを楽にして待ってて頂ければ光栄です。常に荒波に放りだそうとする息子ですが、今後とも宜しくお願いしますね!このレスは蹴って頂いて構いません)
(逃亡の間を与えなかったのは意図した事、ただ"そうしたかった"と思うそれ以外の何かが突き動かしたとしても盃が満たされてゆく。遊君の様な腰付きだろう、心に薄荷に似た後味が残りるも満更でもない。彼と罪で繋がれた感覚が何故か嬉しい。この身が彼の肩口へと寄せられる間際、短く動く唇が何を空中に放ったのか、背く顔を瞳で追って「______何て?」何とも薄い身体がこれまでの生活を物語っているよう細く、固く、繊細で温かい。濃い彼の香りが鼻腔を通じて麻酔のような恍惚感が押し寄せ思わず立ちくらむ。触れてしまえば宙で分解してしまい戻らなくなりそうな彼の背を空気を含むようにしてそっとい抱き締める。途端、あの唇の口の動きが鮮明に思い浮かび気付いてしまった。彼の気持ちでは無い、己が抱く彼に対しての感情。霧が晴れたような感覚、同時に思春期のような気恥ずかしさ「先生の爪を看てあげますから、なんと言ったかもう一度教えて下さい」思わず気が付かないフリをする悪事が働く、困惑する彼をもっと見つめていたい。その顔を赤面させ狼狽えさせたい、強欲が湧く。胸に響く彼の鼓動、追いかけるよう自らの鼓動も足を早めて。今も尚後ろめたさを感じているのであろうその心身を宥めるよう背を数回叩いた後、曲線がなくとも女性のようなほっそりした腰へ、その腕を下ろして手を組み)
(抱き締める腕に感じる暖かさと、顔を寄せた先に学帽から香るのは彼の物なのに色濃いインクの匂いばかり。そんな違和が心を乱すと心が波立ち騒いだままに落ち着きが消える、痛い位の心臓の動きを堪えながら抱くのは後悔の念ばかり。何故、どうして、我慢が出来なかったのだ。この口は我慢をせずに欲望を漏らしてしまったのか、もう一度と言葉を強請られたことでその思いは一層と強まりサーと血の気が引く。自責の念が激しく迫り、ワナワナと力なく乾燥した唇が震えを帯び。それでも正直な体は彼が優しい手で背を叩いてくれるその衝撃に簡単にも冷静さを取り戻してしまい、羞恥に染まる初々しさなんてとうに枯れてしまった。情けないまでに眉尻を深く下げ、爪などどうでも良いのだ。顔を背け彼を見る事なんて出来る筈も無く伏せた眼は壁を見つめて「___悪い、」本音を吐露した悔しさに口惜しさに掠れる声が紡ぐのは一つの謝罪、「こんな俺が好きになっちまって、……御免」気持ちを伝えてしまえば綺麗な思い出のままでもいられない、それでも逃げる場が無ければ伝える他が無く未練が糸を引いて切れないのにダラダラと口惜しみつつ生涯で最初で最後だろう愛の告白を、己に押さえつける様に腕に込めていた力もダラリと抜け落ち自己卑下に拍車が掛かり「俺はずっと坊ちゃんに、……坊ちゃんだけに恋をしてた」腕の中に有る温もりに浸ったままいっそ息が止まれば良いのだ、後悔と同等に、それ以上に浮かぶ焦れた恋心を燃やさんばかりに自嘲の笑みを口元に蓄えながら呟いて)
前にも言いましたが自分を卑下しすぎです。ただの万年筆も、ただのインクも、貴方の手の内では役目を果たす喜びに満ちているでしょう。けれどこの上無い文才の持ち主は自分を押し込める事も厭わない。…そんな謙虚な所が自負すべき全てだ。
(生まれ持った気質なのか彼はこんな時でさえ、否、自分を押し込めず本音を語ろうとする時こそ奥ゆかしく謙虚だ。その大元且つ原因は己の存在が大きく関与していると自覚をしていても、謝罪を受ける見覚えが無い。何故ならば心身を掻き回し、隠す事が出来ぬよう逃げ道を塞いだのは紛れも無く己なのだ。強引に誘導した末にやっとの思いで吐き出すように伝える彼は今後罪悪感に苛まれ頭を抱える日々を送る事を知った上で言わせた。自分自身に苦笑する、何とも浅ましい。それでも、追求した言葉が形収まるとこの上ない幸福感が満ち溢れ指先をしびらせ。彼から身を離すも顔を覗き込むなどはせず、割れてしまったと思われる爪を目視し「その言葉が嘘でなければ、俺が先生に抱いているものも同じだ」内側のポケットからまだ真新しいハンカチを取り出すと爪にあてがいその上から自らの掌を重ね「いつしか貴方に恋慕の情を抱いていたのです。今日までこの感情がなんなのか明確に名を付けることができませんでしたが…」視線は未だ伏せ目がちにハンカチに向けられ、数回深呼吸を。あまりの静けさに秒針の進む音が煩く聞こえてくる、今更気恥ずかしさに口ごもりそうになるが意を決して顔を上げればしっかりとその瞳を捉え「愛おしく思うのです、その声もその顔も全て。…初めての感情なんだ。」真剣なあまりつい子供じみた口調になってしまい、述べた後に納得がいかない様子で口元をへの時に曲げて)
(本の僅かにでも自分を認める事が出来る性分であったならば、今、息をする事すらやっとの意識は和らいでいた事だろう。指先に生じるジンジンと熱を持つ痛みなど既に意識に点を残すことも無く、真直ぐに己を捉えて幼さの残る言葉を語るあどけない彼の表情や声に全てが消えて。信じられない、と瞳孔を開いた眼で真直ぐに目の前の彼の瞳を見つめれば真剣たるその表情にヒシヒシと石を積み上げるような後悔は姿を消して"く"と微かに肩を揺らし息を漏らすように喉奥を燻ぶる笑い声を上げて「__俺を現実に戻すくらいなら、今、坊ちゃんの手で殺してくれよ」泡が弾けりゃ目が覚めて、セピア色の書斎には埃が舞い、今日も今日とてなけなしの良心で文章を綴る廃れた生活に戻る位ならこの夢を永遠に。薄い皮を張る様にぼこりと膨れる喉仏を露出する為顎を上げて首を伸ばし。「それじゃなきゃ報われない」これまでの生涯で、悪い意味を持たずに心臓がこうも高鳴る事が有っただろうか。重ねられた手の平に頼りなく、それでも欲に勝てず遠慮がちと力を込めて目の前に本物の彼がいて己にとってこの上の無い都合のいい言葉を語り掛けてくれていると実感すればするほどに酒を呑んだ時の様な高揚感を覚え、顔に熱が集まれば血色の悪い顔に仄かな赤みを取り戻す。今更恋だ愛だと語る日が来るとは、焦れる思いが気恥ずかしさに姿を変えると「坊ちゃん、坊ちゃんが、__いや。良い、……」最初こそ後々の自身が傷つくことを恐れて彼を遠ざける言葉を向ける為口を開き、続く言葉はもう何も言葉が出ることなく前髪を揺らし頭を左右に少しだけ振ってから顔を寄せて恐る恐ると端正なその顔を近くで眺め、長い睫毛も男らしく凛々しい顔つきも忘れる事など出来る筈も無かった。慈しみ、愛を語る代わりに頬へ口づけを落とし)
_____おかしな事を言わないで下さい。
(対象に眉を寄せ顔を顰めては静かに戒める。彼を思うが故に比喩的表現であろうとも気に食わない、時折想像も付かぬ事を呟くからヒヤッとさせられるのだ。これではいつか本当に実現するかもしれない、短い言葉の中には下手な言えば四六時中監視を余儀無くするかもしれないぞと忠告の意味合いも込めて。___嗚呼、それでも何とも幸せそうな顔をするもんだと自ら瞳を合わせる彼の様子をスクリーンの外から眺める様な感覚でぼんやりと見つめ。まるで己を高嶺の花か何かと勘違いしているようだがそんな高貴なものでは無い、乱れた髪束を一つ摘み優しく揉み解す。その髪が柔らかく解けて行くのを眺めて一人の男を手に入れたのだと遅れて実感し、この部屋もこの屋敷も彼を閉じ込める為の囲いの中の様な感覚に陥る。戒めるべき対象は己なのかも知れない「俺が良からぬ事をしでかさない様に先生もその都度制して下さい。」出来る事なら外の世界に連れ出したい、それが本来己が彼に味合わせたかった願い。これからの事と彼の事、二つの事を同時に考えて行くには少しばかり脳が追い付かず頬に柔らかな感触が触れるまではその耳は音を遮断して「………!」急に糸が切れた様にぱっと顔色を明るくするなり、これまでの空気をガラリと変えて瞳の内側からより一層の輝きを放って彼を見やり「暫くの間此処に住みます、家出をしてやるのです、良いでしょう?先生!」勿論そんな大荷物は鞄の中には無い、誰かに予め伝えてもいない、たった今思い立った事である。脚に繋がれた見えぬ鎖は断ち切れずとも、微かなひと時を存分に浸っても良いのでは無いかと自らが耳に吹き込むのだ)
(顰めた表情ですら道行く女性が見ればその険しさすらも目をパっと覚ます様な冷たさを孕む差すような美しさに惚れ惚れとすること間違いが無いだろう、咎めるような言葉すらも彼が意識の中に己を置いてくれていると言う執着心にも似た感情に身を置いて。まるで、どちらが年上とも分からなくなる髪を梳かす手付きに気を抜いてしまえば依存が当然とばかりに彼の事を独り占めしてしまいたい欲を抱いて。__そんな微睡のように愛しい感覚を長い人生の中で初めて得るも、続く"家出"と言う発言から忘れかけた彼の家柄を冷や水を浴びせる様に思い出し、触れていた体を弾ける程の動きで引き離し「__」良いとも悪いとも綴らない口は今まさに夢と現実、本能と理性の間に苛まれて揺れ動き。指先に宛がわれたハンカチをギュウと握る様に力を込めて殆ど見惚れる様に彼の動きを追いかけていた目線は極まりが悪そうに下を泳ぎ。このまま此処で好きなだけ過ごせば良い、と思う反面で伴侶の候補がいる真っ当な世界に返してやらなければと血の気が引いて。遠慮がちと落としていた瞳を再び上げれば「それが坊ちゃんの将来に影響を与えるなら良いとは言えない。……言えないが、坊ちゃんを傍に置けるこの機会をみすみす無くすなら俺は何も言わずに判断を委ねたい」ボソリ、ボソリと呟きのように返す言葉は何処までも自分勝手で何処までも狡い物。彼の判断に己が意見を出さないと言う自分勝手の極みたる発言に自己嫌悪を、彼に被せた学帽を彼の頭から外すべく手に取ると「これを取りに来ると理由にして、またいつでも来るのでも」長い間、己の傍に寄り添ってくれた学帽の艶めくツバを指先でツーとなぞり暗に返さないことを示す様な発言を)
(限られた選択に背ばかり向けてはいられない日が来るとは重々承知しているも、美徳など当に灰に返して今更掬ってやるつもりは微塵も無く。清濁併せの世の中で多少の蜜を啜ったとしても誰も咎めまい、少なからず彼が直接的に制裁を受ける事はきっと有り得ない。世間の関心に躍らされてばかりでは死んでも死にきれぬであろう、後悔はしたくないのだ。_____己の思いとは裏腹に、世間に忠実な彼はその身を引き剥がして掌から逃れて行く。理解している事を他者がもう一度口にして煩わしく感じるあの感覚が身に纏い心が軋むように痛み。「__…いつでも来る、か。」彼なりの配慮だと脳は理解しているが、"夢の様な日々を君と離れないで生きてみたい"など歯の浮くような台詞はこの現状ではとうに語れる口では無い。いつの間にか曇天から降り注ぐにわか雨に人々の活気溢れる声は薄まり、代わりに騒音の自動車が行き交って流れた時間を悟る。「なら、日を改めて伺う事にします。今度は先生が安心して受け入れられるよう万全を整えてもう一度、"家出"をするので」彼の不安を根こそぎ引き抜けば、伸し掛る責任感を振り落とし、二度目と瞳に不安を浮かべずにいられるのではないかと思い立ち提案をぶつける。宛ら名案だと言わんばかりに胸を張るが、一応落ち着いたままの状態で賛成を口にするか聞く為に首を傾け「"家出"といっても数日家を空けると予め言うから…いいでしょう?」もう一押しするよう言葉を付け加えて今一度問いかけ)
(今こそ幸せと幸を噛み締めればその後の落差である不幸が恐ろしい、素直に目の前の幸せだけを噛み締める事が出来ればどれ程までにこの世界とは生きやすいことか。それでも、己にとって世界の全て、この端麗たる彼は完璧と言う様に己の不安までもを掻き消してしまう。床ばかりを舐める様に落とした眼差しは続く提案に持ちあがり、必要以上の心配を全て拭われた上で叶う欲に塗れた願望をそれ以上断る理由なんて有る訳が無くて、彼の思惑通り、への字に落ちる口角の口元はその中で不器用にも笑みに変わり。「雨、__玄関の所に傘が有るから。好きなの持ってけよ」顎を使い玄関先を示せば離れた体を再び寄せて「あんまり待たせるな、傘はそれ一本しか無いんだ」気が緩み破顔する事は羞恥に勝てず、口内をぎりと噛むことで己を律し浮かれそうになる思考を留め。寄せた手の平で張の有る、それでいて柔らかい頬を人差し指の背で撫でる様に触れ、待っている事と少しばかり溢れる欲で彼が来る事を急かす様な言葉を送り。___目まぐるしい程トントンと進む話は追いつくことがやっとであり、寧ろ追いついているかさえも怪しく。狐につままれたと言われても驚かないほど、見送る事は出来ずにいつもと変わらず書斎の扉まで足を進め後ろ髪引かれ名残惜しむようにその姿が見えなくなるのを視線ばかりが素直に追いかけ、一度だけ彼の元に渡り再び己に戻された学生帽をショーケースの中へ戻しては少しずつ蝕むように訪れた実感に年甲斐も無くカァと顔を赤く染め生唾を呑みこむ、触れた唇を割れた爪の指先でなぞれば、今もまた思い出される様な熱に冷静さを欠き。早鐘打つ心臓を抑え込むためにアルコールを手にしたところで、彼の顔を思い浮かべては瓶を取らずにまた置いて。久しぶりに、睡魔は来ずとも不快にならない、星の数ほどの罪難題に責められる事無く酒の無い夜を過ごし)
(気色を伺うまでも無く不器用ながら小さな笑みが溢れる様子につられて安堵し微笑みが浮かび。血の通う指先が頬を伝うのをまるでいつ離れてもおかしくない野生の蝶が逃げてしまわない様、微動出せず息を潜める。指が離れるまでは瞼を閉じて全てを遮断させ心身共に僅かに繋がり合う肉の境目を堪能な彼のを味わい。来るまではこの屋敷に後ろめたさを感じていたが今では我が家に戻るのが難に近い、いつか必然の日常に別れを告げれるようこの世の秩序に願をかけ新しい空気を吸い込んで瞳を開き。遅れ気味に頷き肯定の意を示し「______直ぐには難しいですが、成るべく早くまた戻ります。」今度の置き土産も学帽で満足なのだろう、身支度を整え訪れた時より軽い足で書斎の扉を開けば真新しい空気が広がっているように感じられ大きく深呼吸を一つ。「では…、また。」一歩を踏み出す間際横目で彼を見やればその目を細めて別れとは別の言葉を告げる。芽吹い恋心はまだ顔を出したばかり、惑いがない訳では無い、それでも今は。今だけは温かな感情に浸りたい。霞む空は未来を重く迎えるよう、傘に落ちる雨音を全身に響き渡らせながら世に背を向けて歩く足取りは不思議と軽く、重く。______あれから数日、革製のスーツケースを持ち再びこの街へと訪れ。何かを迂回するべく時刻は既に夜更けとなり、静まり返った街中に地面を蹴って歩く靴底が響き渡り野良猫が威嚇をする。片手には赤く開いたカーネーションを、屋敷の呼び鈴はいつもの如く押さずに玄関へ侵入すると丁寧に折り畳まれた傘を元の位置へと戻し。書斎へとは向かわず滅多に主人に使用されていないであろうリビングへ向かうと見付けた花瓶に花を。夜明けまで睡眠を取ることなく彼が目覚めて飲み物を口にするまで持参した珈琲豆を挽いて待機し。)
(元来の神経質に加えて毎晩の睡眠薬代わりのアルコール摂取が減った為か、酒浸りの頃であれば惰眠を貪り昼頃まで眠り耽る日々とは違い小さな物音、人の気配に落ちていた瞼はゆっくりと持ち上がり。薄紫の空は未だ夜明けであることを示すばかり、寝起き特有の重たい体を芋虫の如く怠惰的にノロリと起こして布団をぐちゃりと隅に寄せる。耳を澄ませても人の声は聞こえずに、余りにも早く起き過ぎた頭に早朝の冷たい酸素を送り込む。寝起きの水を、と寝巻のままの姿で足を引き摺り寝室から台所へ足を進め。その途中、通りかかるリビングルームに人影を見つけると通りかかった足を止め。再び扉の隙間を覗き込むと、いるはずの無いその姿に困惑しゴクリと唾を飲み込んでから扉に手を掛け「坊ちゃん、」いつか、家出と称してここに来ることは分かっていたが、よもやこんなにも早く。それにいつから来ていたのか、声を掛ければいいものを見慣れない花までリビングに彩と残した姿でいるものだから二の句は告げずに名前を呼んで。「――嗚呼、家を出たなら仕方ない。行き場の無い可哀そうな坊ちゃんを囲ってやるさ」早起きをしたと思っているのは己だけ、本当は未だ夢の中なのかもしれない。ソロリソロリと近づいて隣に並べば寝起きの霞みがかる頭のせいで素直に隠すことなく嬉しさを表情に浮かべて、近づくと香った芳ばしい香りを鼻腔の奥まで堪能し。隣へ腰を下ろせば遠慮なく胡坐をかくように座り込み「……声を掛けてくれれば良かった」いつから来ていたかは分からない、それでも書斎に籠るのとは違うこの場で、夜明けの薄暗い景色が一層とこの空間を日常から切り離している。そんな気持ちで目を向けて)
…!わ、もう起きてしまったんですか?それとも、起こしてしまいました…?
(静寂に鋭いナイフを刺すような唐突さに肩を跳ねさせて挽きかけの珈琲豆が僅かに零れ。声の主へと視線を向ければ非常にゆったりとした足取りでこちらへ向かって来るではないか、その定まらない声色に目覚めたばかりなのだと察し、覚束無いその身を下ろすまでハラハラしながら両手を伸ばして転倒の防止をはかり。憂慮する己とは対象的に、喜びを隠す事無く表情へ表した様子に思わず息を止めて脳裏に収める様に食い入るように彼を見つめ。「…先生?」既に癖気味の瞳に覆い被さる前髪が、更に寝癖としてうねり顔の半分を占めているがもっと見たいと思ってしまう。高鳴る心臓、頬の内側が熱い。自然に伸びた指先が彼の前髪をはけようと触れた刹那、はっと我に返りその指先を丸め。寝起きとはいえ、意識がはっきりしていない内に触れるなど寝起きを襲うようなものだと自らに言い聞かせ疚しい感情を吐き出すように咳払いを一つ。「先生が居なければ今頃野垂れ死にしていました。明日からは大変ですよ、まずは美味しい朝食から食べてもらわないと…だから今はもう少し休みましょう。」瞳を細めて微笑を浮かべては角の無い柔らかな声色で。髪に触れる代わりに彼の肩へ片手を乗せ撫で下ろし。起床するにはまだ早過ぎる時刻、小鳥の声一つ無い。彼の意識がまだ朦朧としている間に再び夢の中へと送ろう。先に立ち上がれば彼の肩を支えるように身体を起こしそっと耳元で"行きましょう"と囁き、寝室へ向かうべく方向転換をし)
(寝酒の量は減ったとしても仕事であり趣味である物書きは日付が変わっても不眠症の頭が眠いと訴えるまでは続く訳で、其処に薬が加わる頭を無理矢理に叩き起こした現状では都合の良い夢のような現状に浸るばかり、肩を宥めるような優しい手付きは一層と睡魔を煽るばかりでクア、と大口を開くように欠伸を漏らしたのちに微笑む美しきその表情をポーと見惚れ「世にも稀な美しい面だ、坊ちゃんの美しいことは迚も文字じゃ綴れない。__欧米のキネマも、化粧品のレッテルでも、ありとあらゆる物だって勝てない。……面だけじゃない、こんな変人を目に掛ける奇特な坊ちゃんだ。心の美しさが面に出てる、」微笑むその表情のなんたるや、眼球に焼き付けんばかりに見詰める最中、口下手と閉じられることが多々の重たいはずの唇が言葉が止められないと動き伝えるのは抱いていた本音。寝起きに赤面、羞恥に悶える言葉の数々は愛しいほどに止むことが無く、釣られる様に再び来たばかりの道を戻り進み。隅に寄せた布団はグチャリと見っともないが重い瞼には代えられぬとゴロリと転がり横を向く、己の片腕を枕にした体制で隣を血管の浮く腕を使いトントンと叩いては自らの場所を端に寄せる事で隣を作り、此処へ来ることを無言に訴えては「おやすみ、坊ちゃん。」と微睡の覚束ない声色で、粘着質にも似た挨拶を一言落としてから彼が己の傍を離れないと信じているからこそか、隣に来るのを確認するより先に瞼を閉じて再び夢に落ち。___次いで、目が覚めるのは昼頃、それまでの長い時間やけに幸せな気持ちに浸り)
(まさか神妙な夜明け前に口説き文句より繊密な言葉の数々で顔から火が出る思いをするなど夢にも見まい。意識が朦朧としているから、夢と現実の狭間に揺れ動き失言をしたのか、それにしても余りに心の臓の深部までもを擽るものだから自惚れず平然と立っていられる筈も無い、匂うけれど、気負うけれど、促されるまま彼と己の間に薄い壁を作って隣へと崩れ。理性は追えど超過する本性は水に溶けた絵の具のように何処までも滲むよう広がり透水を侵すと真面な思考を削られて行く。その度に全身を駆け巡る血液が沸騰したてのお湯の様熱く火照り、思わず胸元のシャツをクシャリと握り締め物理的にポンプを抑制を。当然、寝息を立てる愛しき男を眼前にして眠れる訳も無く、一晩寝ずに過ごすよりも倍の疲労を身に受けて昼前には起床し掛け忘れの布団を冷えたであろう相手に掛け 「…_____先生が寝惚けて何も覚えて無ければいいけれど。いや、覚えて無いはずだ。」空の冷蔵庫に配慮し、また持参の食材で昼食を調理、テーブルへと一人分。目覚ましがわりの熱い珈琲を一杯飲み干せば、寝不足の軽い偏頭痛に加え昨夜の出来事が鮮明に思い出され、唸る様に頭を抱え。そろそろ彼が起床する頃だろう、前髪をより一層後ろにかき上げ新たに淹れた珈琲のカップを手に取ればトレーへと乗せて再び寝室へ「お早う御座います。随分寝ていましたね。朝食…昼食が出来ていますよ」何度か扉をノックし返答が来る前にドアノブを捻って中を覗き込み)
……(随分と良い夢を見ていた気がする、夢と言う物はいつとて朧気で精密さも無ければリアリティに欠ける。意識が起きる事には泡が弾けるように記憶の中から存在をサーと消し去る性質の悪さを兼ね備えているから仕方がない、今日も今日とて瞼を開いた布団の中から眺めるのは日差しの強い外景色。嗚呼、また必要以上に睡眠を貪ってしまった、一日の大半を無駄遣い、駄目にしてしまったと低血圧のように重たい体を起こしては、しゃんとした一日を過ごすのとは程遠い鈍間たる動きで寝巻から着替えを行って。申し訳程度に布団を畳んでいると、声が聞こえた。それから少しと待たずにノック音が聞こえ扉が開く、その先に彼の姿を捉えた瞬間、刹那と思い出されるのは朧だった良い夢の詳細。堪らず絶句、生唾を飲む事すら出来やしないのは己の生々しい欲深さを直面したからで。寝癖が未だ残る前髪を暖簾代わりに視界を狭めつつ「"家出"とやらは、今日からやるのか」鍵を掛けない家であれば彼がどの時分に来ていても可笑しくない、其れでも先の出来事が現実ではなく夢であると受け止める方が気が楽のようで。出迎えにしては少々素っ気無く、目を見ては夢の中の幾分か素直な己が浅ましくも彼に伝える本音の欠片を漏らさないように気を付けているだけで。立ち上がり傍へと近づいた際に香る珈琲の匂いにスンと息を短く吸い込んでから「いつから……余り顔色が良くないみたいだが」最初は色濃い珈琲の香りに今来たばかりだろうかと推測を行い、その言葉を向ける途中、近づいたことで先日見かけた顔色よりも血色が悪い、具体性を上げるなら己と似通った目の下の隈が健康さを欠いていると眉間に皴を寄せて推測はソコソコと「俺よりも坊ちゃんが食べたほうが良い、」先ほど食事がどうのと話していた、そう思い出すと血色がよく健康たる雰囲気と凛々しい顔つきを知っているからこそ今の彼とは心配を煽るばかり「林檎がある、剥いたら食べれるか」そもそも食欲は、等と疑問を重ねる中で彼を書斎ではなくリビングへ誘導しようとペタリペタリと裸足の足が粘着質な音を立てる廊下を進み)
良かった。……え?えぇ、今日から、まあそんな所です。
(数時間前とはまるで違う午刻の光、寝室を照らし込む光の粒子が物言わぬ無機物に生命を吹き込むが如く、彼もまた灰色の毛先が微光に透かされながら瞳を開いて目の前に立っているではないか。どうやらこの世にあらずの意識も今やしっかりとその足を地につけて状況を素直に呑み込んでいる、少々温暖差を感じられるがきっと寝惚けていたのだから記憶は夢の中へ置いてきぼりを喰らっているに違いない、そんな都合の良い解釈を胸に安寧を呼び起こせば少しは偏頭痛も和らぐようで。ほっ、と息を付いている合間、何やら人の顔色を見て鋭い感を働かしている様子に再び心臓が縮み上がり、珈琲を載せたトレーを持つ腕が微かに震え。昨夜の己の破廉恥な行動が脳裏を過ぎる、夜明け前の青紫色が甘美な蜜を垂らしたとはいえ誘惑に負けたのは己自身、あんな人として良からぬ行為を彼にバレてしまえば見せる顔が無くなってしまう。そればかりは何としても阻止したい。リビングへと向かう背を訴えかけるよう見詰めていたが昨夜の一連の一つであるあの場所で、何か思い出してしまったら…と後ろめたさのあまり、腕を掴んで「林檎と言えば、饒舌な女店主の営む林檎を使った美味い和菓子屋がこの近くにあるとかなんとか!是非これから行きませんか?たまには外の空気も吸わなければ、ね」トレーを脇に抱え、半ば強引に珈琲のカップを握らせるとリビングとは真逆の洗面所へ。屋敷の内部を全て脳にインプットされている訳では無いがもしもの為を考え一階は過去に探索して吉と出た。先程用意した昼食は、彼の見ないうちに処分してしまおう、「____さ、顔を洗って髪を梳かして下さい。長蛇の列を成すので売り切れてしまえば先生のせいですよ」洗面所へ彼を押し込めば、普段の調子を繕いやんわりと笑を浮かべ。有無を言わさないトントン拍子で扉を閉めてしまうと、瞳を擦り己の準備を始めるべく最初のリビングへと荷物を取りに)
(夢と現実とは時に交わる物なのか、常識じゃ汲み切れない事こそが有るからこそリアリティに欠ける物なのだ。彼の夢を見た、目の前には彼がいる。己と言う人格は欲深く心臓が痙攣する程この日常に喜び震えているのだ、焦がれていた憧憬が手の届く距離にある。気を抜けば欲に逆らうことなくズルリズルリと流されて手を伸ばしてしまいそうになるのだから浅ましい限り。リビングへ誘導しようとしていた思考は外に出ると話題がトントン拍子に変化していることでスッカリ姿を消して、意見を挟む隙を一つと与えられない事で気づいた頃には洗面所。鏡越しに映るのを見るのは己の事ではなく、いつもよりも幾分か血色の悪い彼の顔色で。"今日は寝ていた方が"と恐らく家を空ける為に無理を祟ったのでは無いか、見当違いとも知らずに推測のまま眉尻を目一杯に落として困り眉の表情のまま何か言葉を上げることの無いまま閉じてしまった扉を棒然とばかり数部秒ほど見つめて。蛇口をひねりザアーと勢いよく出てくる冷たい水に指先を触れさせ、頭を一層と鮮明に、加えて不純な気持ちを思わないように己を律する為、キンキンと冷たい水を顔にパシャリとぶつける様に当てて。冷たい水が前髪ごと顔を濡らすと傍に置いてあるタオルを寄せて水の滴る顔を拭い、此処で初めて体内に燻ぶる思いを共に吐き出す為"フー"と肺の息を全て押し出して。着慣れた服に腕を通せば寝癖で普段よりもうねる髪を申し訳程度に整えて、外へ出ると言っていた。その言葉を思い出すように外出用の中折れハットを頭に被せて扉を開き、足取りは依然変わらず引き摺るような覇気の無い雰囲気で「坊ちゃん、__気分が悪いなら買って来よう。坊ちゃんは寝ていても」己とは自分で思っていた以上に彼の事を魅入り記憶していたのだと知る、物音のするリビングに足を進めそこで再び見つけた彼の顔色はやはり世辞にも良いと言えるものじゃ無く、不純な頭を覚ますのに慣れない人込みとは良い罰じゃないかと不慣れな気遣いを潜めるような遠慮がちの声色で告げて)
(嗚呼、忸怩たる思いで悟られまいと故意にあれやこれやバタ足で奔り出す姿は我ながら滑稽なもので目も当てられまい。果たしてこれを何時まで続けられよう、羞恥に赤黒く染まった感情の残渣が心に散り積もり滔滔、立場も無い息苦しい思いが喉元を締め付けて気道を圧迫し短な呼吸を強いる。夢では無いあれは現実で起きた紛れも無い真実、上から何度塗り付けようと浮き上がる黒。朝霧を映す硝子だけは己の全てを委細承知し不変に映さなくては良いものまで映しているに違い無い、選択の余地が無い無機質とはいえ勝手な無言の繰言が胸に反響し。余り目立たない形と色の上着を羽織り簡単な身支度を済ませ終えれば丁度彼と出会い。外出用の中折れハットが良く似合う、珍しく整った髪型も完璧とは程遠いが彼らしい。相変わらず表情にも雰囲気にも覇気がない様子でどんな第一声が出て来るのかと思えば、何一つ今の己とは無縁だった言葉達。汲み取るのは安易な事で、ハッとして感触では分からずとも指先を屈伸して目の下を擦るように触れ。まさか顔に出ていたとは、彼の健康を思って昼食を用意した己が不覚にも気を遣わせてしまう事になるなど考えてもみなかった。それ故絡まった思考が臨機応変な言動を生み出す事を忘れ知らず知らず肯定の意を示す頷きを小さく見せ。「_____朝の、気温の変化が今頃になって現れたみたいです。お言葉に甘えて少し休んでいても良いですか?」一番に抱いたものは彼への申し訳なさだった。下らない理由が理由な上に身を案じてもらうなど何と不甲斐ない事か、一刻も早く元に戻る為暫し気持ちを落ち着かせる猶予を己に与える事を選び。とは言え一人で向かわせるのも気掛かりでついつい屋敷の外まで見送っては、そわそわした落ち着かない様子でリビングにて座ったまま待機を試みるがいつの間にか仮眠を取る形となり数時間。若しくはもっと短いかも知れないが浅い夢の中をさ迷っていた意識を再び現実世界に戻すと、余計な時間に寝てしまったせいか、はっきりとしない思考である肝心な事を思い出す「………先生に、場所を伝えていなかった。」同じ姿勢で固まった身体を起こせば関節が鳴り鈍い痛みを伴う。静まり返った室内、まだ帰っては居ないのだろうか探しに出掛けるまでそう時間は掛からず)
(本音を語るなれば小さな転がり一つでさえ切っ掛けに変えて彼がこの家を出て行く事を防ぎたい、叶うならば彼の事を囲いこのまま古びた幽霊屋敷と名高い我が家に閉じ込めてしまいたいのだ。外へ出る切欠を奪う対価として、己が外へ出ることなど安価過ぎる。コクリと顎を引くように頷きを見せてから「寝室の押し入れの中に布団が入っているから、好きな部屋を使って構わない」彼がいずれ此処に家出しに来ると聞いたから、浮足立つままに準備をしたのも記憶に新しい。寝るならばとそれを伝えてから外へ出る為と黒のステッキを手にして。前回の原稿を取りに来た編集が、確か人気の菓子屋が有ると言っていた。記憶を辿る様に足を進めた所で久しぶりに感じる人の賑わい、楽しそうに語りながら順番を待つ人の群れ、普段であれば絶対に近寄りもしないそれだが持って帰れば坊ちゃんはさぞや喜んでくれるだろうとの思いだけで不釣り合いな体を列して、楽しそうに話をする列とは居心地悪く時間が一分でも一秒でも早く過ぎる事ばかりを考えて、漸くと己の番が来た頃にはすっかり憔悴。角切りにした蜜漬けリンゴが入るまんじゅうや、林檎の飾りがついたバターケーキ、オススメだと語られた林檎のショートケーキは二つ、全ては喜ぶ顔が見たいが為に少しばかり買い過ぎただろうかと買ったものが入る箱を手にぶら下げてノロノロと帰路につき。時間にしてはさして長くは無いのかもしれない、それでも慣れない環境に身を置くこととはゾっとする程疲れるのだと思い知る。気の持ちようかは分からないがクラリと立ち眩むような眩暈まで襲ってくる、瞼を落とし気を失わない為と呼吸を一度、再び瞼を開くとそこには家で休ませていたはずの彼の姿が。驚くように眉を少しだけ上げれば「__もう動いて平気か」口を付いたのは彼の体調を心配するもの、来てくれたならば助かると購入品の入る紙の箱を差し出して「悪いが持ってくれ」中身が崩れてしまってはどうしたもこうしたも無いのだ、と困り眉を浮かべながら頼む様に声を掛けて)
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